異世界最強のハイエルフですがウスイホンで沼ってます。 作:宇佐田よし
何度かよっても、ヤミイチの雰囲気は独特だと思う。
狭いながらも活気にあふれた観客。
あわよくば一獲千金を狙う連中とのやり取り。
そして時おり空気に混ざる妙なわい雑さとすえた匂い。
どれもこれも王宮には存在しないものばかりだ。
これほどの怪しげな集まりが連日のように夜な夜な王都の一角で開かれているとは、普通の貴族や一般市民たちには想像もできないだろう。
「300だ!」
「俺は350だ、いや400出すぞ!」
「420でどうだ!」
「こうなりゃヤケだ、オレは500!」
おおっ、という小さなどよめきが観客達の間に響く。ただの本、それも誰も読めないような言葉で書かれたウスイホン1冊に、500マルッカもの値段が付くとはね。まっとうな暮らしの市民であれば何か月も遊んで暮らせるだろうに。
「500マルッカの声が出ました! さあ、後はないか!」
ざわざわという観客たちのざわめきだけが聞こえる。さすがの悪徳商人たちも500マルッカという破格の金額を聞かされ、ようやく我に返ったということかもしれないわね。
「さあさあ、後はないか!」
司会を務めるローブ姿の男がさらにうながしてくる。がしかし、誰も意味のある声を張り上げる様子はない。
仕方がない、少々早いとは思うが、どうやら出番のようだ。周りの連中には気の毒だが、他の金銀財宝ならともかく、その本だけは他の誰にも渡すつもりなどない。
沈黙が支配するヤミイチの一角で、私は誰にでもはっきりと見えるように高々と右手を差し上げる。一本だけ指を立てながら。
「1000マルッカだ」
悲鳴のようなうめき声があちこちで上がる。それもそうだろう。一時は決着がつくと思われた値段の、さらに倍額を出すと私は宣言したのだから。
「あんた、気は確かなのかよ?」
隣に座っていた知らない男が話しかけてきたが華麗にスルー。
「……おいおい、あれの耳、まさかハイエルフか……?」
「まさか。こんな所にそんな貴人がいるわけないだろ……?」
どこかの二人組らしいささやきが聞こえた。思わず体中の血液という血液が沸騰しそうになるのをかろうじてガマン。よりによって耳のことを指摘するなんて、ああもう、このままブチのめしてやりたい。自分でも耳が大きすぎるのは気にしているんだっての。
あたり一面が困惑の色に染まる中で、ようやく司会役の男が我に返ったらしい。半ば裏返った声を張り上げ叫び出す。
「1000……1000マルッカが出たぞ! さあ、後はないか!!」
当然のことながら、後に続くものなどいるはずがなかった。
夜の帰り道は気を付けた方がよさそうだな、これは。
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悪い予感は高確率で当たるものらしい。それを確信へと変えたのは短く甲高いささやきだった。
『マスター、前方に10名ばかり。全員が闇に紛れています。恐らく襲撃を企てていると予想します』
「了解。ありがと、トントゥ」
『どういたしまして、エルミさま』
警告してくれた守護精霊に小さく礼を言う。ああ怖い、うら若い乙女が夜道のひとり歩きなんてするもんじゃないわね。
大切なウスイホンがふところに収まっていることを再確認してから、私は再び夜道を踏みしめる。
誰にも、誰にも渡さないわ。
このウスイホンだけは。
もしかしたら元の世界に帰れる手がかりになるかも知れないのだから。
満月を迎えた大小2つの月と未だ見慣れぬ星々の輝きだけが、まるで全てを見通すかのようにぼんやりと街並みを照らし出していた。
<続く>