異世界最強のハイエルフですがウスイホンで沼ってます。 作:宇佐田よし
悪い予感は高確率で当たるものらしい。それを確信へと変えたのは短く甲高いささやきだった。
『マスター、前方に10名ばかり。全員が闇に紛れています。恐らく襲撃を企てていると予想』
「了解。ありがと、トントゥ」
『どういたしまして、エルミさま』
警告してくれた守護精霊に小さく礼を言う。
ああ怖い、うら若い乙女が夜道のひとり歩きなんてするもんじゃないわね。
『自分で言いますか、それ』
「心の声までイチイチツッコまないでくれるかな」
『これは失礼、図星でしたか。しばらく黙ります。ご武運を』
どうやら冗談を交わしている余裕もなさそうだ。油をこぼさないようにそっと灯りを高くかかげると、ぼうっと照らし出された暗闇の中、わずかに見える人影が語りかけてくる。
「ようよう、ねーちゃん。こんな所でひとりで何してるんだ? 送って行ってやろうか、んっ?」
やれやれ、なんでこの手の連中は、どいつもこいつも同じようなセリフを並べたがるのかしらん。まあロクな教養も身に付けられなかった境遇なのだろうから仕方がないのか。
「新手のナンパならお断りなんだけど。それとも有り金を残らず置いていけば見逃してくれるのかしら」
「くくく、分かってるじゃねーか。なら話は早い。まず有り金残らず出してから、ついでに着てる服を全部脱ぎな!」
下卑た笑い声が響く。それも複数。
やれやれ、ここまでテンプレかい。前世でアニメやマンガとかでさんざん見聞きしたセリフをこっちでも聞かされるとは。ここまでオリジナリティ皆無じゃあ、なんか笑いを通り越して悲しくなってくるんだけど。仕方ない、さっさと幕引きするか。
「悪いけどそのお誘いには答えられないわね」
「おっと、先に言っておくが、妙な手品は無しだぜ。こちらもそれなりの準備があるんでな。いくらハイエルフと言ってもこの護符の前じゃ魔法なんざ……」
「パイノ・セイッツエマン」
「「「「「うおっ?!!!!!」」」」」
ぼそりと呪文を唱えると同時に周りの連中、まあ盗賊なんだろうけど、そいつらが一斉に崩れ落ちる。もちろん私に恐れをなしてひれ伏したわけではない。
「き、貴様、いったい何をしたっ!」
「地面の下の重力をちょーっと調整しただけよ。そうね、7倍くらい強めに」
「なん……だと……!」
別に護符を身に付けていようが関係ない。重力係数をほんの少し書き換えるだけで彼らは自身の重さに耐えかね、勝手に動けなくなる。これが軽装の盗賊だったからよかったようなものだけど、もし重装備の騎士だったら鎧や兜の重さで大惨事という事態もありえたわけで。
「くそっ、動けないぞ!」
「どうなってるんだ、これ!」
「おかしら、いいいったいどうすれば!」
「ぐぬぬ……」
どうやら私に声をかけてきたナンパヤローがこの中で一番えらい人らしいと見当をつける。自分まで重力に捕らわれない距離まで近寄ってみると、すでに息も絶え絶えという有り様らしい。まあこんなもんかなぁ。
さてと、ここからは話し合いのお時間だ。
「あんた、家族はいるのかしら」
「な、何の話だ!」
「それともひとり身かな。だったらここで殺しちゃうけど」
「……妻と、子どもが5人……」
「あらら、思ったより大所帯なのね」
こんな男を大黒柱と仰いでいるご家族へ少しだけ同情する。
「魔法の効果はもうすぐ切れるわ。ここに1マルッカ銀貨を人数分だけ置いていくから、それをみんなで分けて帰りなさい」
「……どういうつもりだ……」
「面倒事は好きじゃないのよね。その代わり後を追いかけるのも無し。それでお互い明日の朝食にありつける。悪い話じゃないと思うけど」
「……わ、わかった。わかったから、とっとと消えろ……!」
「まあ怖い、もしかして嫌われちゃったのかしら」
我らが守護精霊がたまらず吹き出すが、軽くスルーしてふところから銀貨を取り出し地面に並べる。
「いいわね、もう一度夜道で出会ったら、今度はひとり残さずみな殺しだから。くれぐれも後をつけたりしないように」
「くそっ、勝手にしろっ!」
「それとも今すぐ20倍の重力を味わってみたい?」
「どうぞお引き取りくださいお願いします……!」
「よろしい、いい子ね。じゃあそういう事で」
その場を立ち去ろうをすると、興味深そうにトントゥが話しかけてきた。さいわい彼の声は小さくか細く、まず私以外の耳に届くことはない。足早で歩きながら耳を傾ける。
『ずいぶんとお優しいのですね、今回は』
「だって念願のウスイホンを手に入れたばかりだもの。心も広くなろうというものだわ」
『はたして彼らは不運だったのでしょうか。それとも幸運だったのでしょうか』
「両方じゃない?」
『なんと女神のように寛大でいらっしゃる。いやぁ、マスターにはかないませんな』
ピシッ。脳の血管が2、3本切れたかも。その皮肉ひとつだけで万死に値するのよ。
「あんた、明日のお茶の時間は甘い物なしの刑だから」
『前言を撤回します。マスターは鬼です、悪魔です。よもや慈悲という心をお持ちでないとは』
「なんとでも言いなさい」
ふり返ってもう一度だけ灯りを掲げる。ようやく魔法の効果が弱まってきたらしく、何人かがよろめきながら立ち上がる気配を感じた。なにやらトントゥがぶつぶつと呪詛を唱えているが、ひたすら聞こえないふりをする。
ああ怖い、うら若い乙女が夜道のひとり歩きなんてするもんじゃないわね、マジで。
<続く>