星野アイ。二十歳の誕生日を迎えた彼女は、現在最も伸びている、フォロワー百万人突破の超人気アイドル。
密かに抱えた二人の子持ちという秘密も、周囲のフォロー、そしてなにより子供たち自身の異常性にも助けられて隠し通し。
そして今日この日、アイドルにとっては一つの到達点である『ドーム公演』を控えていたのだが――
「あ……アイ!? アイっ!」
「痛いかよ……俺はもっと痛かった! 苦しかった! アイドルのくせに子供なんて作るから……!」
呆然としているアイ。血に濡れた包丁を手に、立ち尽くしながら己が犯した凶行への理論武装を行っている黒いパーカーの男。
それが、星野
床にこびり付いているのは、彼女の腹部から垂れ落ちた多量の血。既に致命傷であることは火を見るより明らかで――
「ファ、ファンを裏切るふしだらな……」
しかし。様子がおかしかった。
輪廻転生の枠からはみ出て、己の前世をはっきりと認識した結果。勤務医としての医療知識を備えているアクアは気づく。
――アイの顔色が変わっていない。
本来これだけの量の出血を伴えば、顔は青白く冷たく、表情も目も虚ろになるものだが。
「……え?」
数瞬遅れてパーカーの男も気づいた。
アクアを守るように動いて位置を変えたアイは、その腹から未だに血が流れているというのに。
冷や汗一つ、かいていない。
「アイ……だい、じょうぶ、なの?」
「……あぁ。大丈夫だよ?こんな怪我、ツバをつければすぐに治るから♪」
「えっ……」
俄には信じられない発言に瞠目するアクアだが、事実アイは、痛みによってか多少顔を苦しげに歪めながらも、しっかとパーカーの男に目を向け、小揺るぎもしないのだから。
「えぇええええええ!?」
あまりに非常識的であるが故に、救急車を呼ぶことも忘れて叫んだのだった。
「いやぁ、油断したね。ドアチェーンってこういう時のためにあるんだなあ。皆教えてくれないんだから、もう」
「な……んだよ! なんなんだお前っ!!」
そんなアクアを安心させようとにこやかに喋るアイ。
しかし、パーカーの男はその間に己の目的を思い出したようで、再び血濡れのナイフを構えてアイに向かって走り出……る前に。
「おっと、取り込み中すまねえな」
「なっ……え!?」
彼よりも更に数回り大きい巌のような身体をした大男二人がドアを潜り抜けたので、背中を押されて思わずつんのめった挙げ句に。
「な、なんだアンタら」
「あん? ……おい。何してんだお前。邪魔だ、どいてろ」
「がふぁっ!?」
腕であっけなく薙ぎ払われ、ナイフとともに宙を舞い、マンションの通路に転がり気絶したのだった。
「誰この背の高い危険そうな人たち!?」
「あ、竜馬さん、隼人さん」
「知り合いー!?」
アイが親しげに竜馬、そして隼人と呼んだ二人は。どれもアクアが前世においても今生においても会ったことすらないほど大きく、頑健で、そして危険そうな目付きをしていた。
ヤクザやチンピラなどとは比べてはいけないし、軍人だとしても抜き身のナイフのように鋭すぎる。
そしてふたりとも、アイの腹部の傷をみやり。まるでちょっとした擦りむき傷だというかのように無反応なのだった。
「久しぶりだな、アイ」
「うん、隼人さん。この子たちが出来てから、
「ちっ、だからこんな都心のマンションなんざ俺ぁ反対だったんだ。セキュリティなんざアテにならんし、誰が来るかわかりゃしねえ」
「じゃあ竜馬さん、どこが良かったの」
「そりゃあもちろん……山奥に決まってる!」
「それじゃアイドルするのに不便だよ」
そして事実。アイの腹部からはもう出血が止まっていた。なんの止血もしていないのにだ。
「あ、アイ。この人、たちは?」
「ちょっ! アイ!? 血!? 何!? いったい何が!?」
遅れて玄関に駆け込んだ双子のもう一人、
アクアと二人ともども前世の記憶を受け継いだギフテッドとはいえ、流石にこの状況にはついていけないようだ。
「あ、二人にはまだ紹介してなかったねー。竜馬さんと、隼人さん。私のまあ、おじさん、みたいな?」
「おじさんは止せっつってるだろ!」
「20年前ならとにかく今はもう37っしょ? おじさんじゃん」
「くっ……!」
アイの指摘に悔しがる竜馬と、その有様に思わずせせら笑う隼人。
「ふっ。言われてるな」
「んだとぉ!」
「いや、隼人さんも同い年だからおじさんだよ」
「………」
更にそれをピシャリと抑え込んで沈黙させるアイのやり取りを見るに、アクアにはアイと彼ら二人が、ともすればアイの所属する芸プロの社長夫婦よりも親しい存在であることが分かった。
「二人はね。私を拾ってくれたの。それで、研究所で育ててくれて。アイドルになるのも、二人を生むのも、いつも影から応援してくれたんだよ」
「そ、そうなのか……?」
「まぁな。妊娠してると聞いた時は流石に驚いたがよ」
「だが、その相手は既にこちらで対処している。とんでもないイカレ野郎で、見つけるのに手間はかかったが……」
しれっと自分たちの父親が「対処」されていることにまた驚く双子たちに対し、アイはもうすっかり塞がった傷跡を撫でながら、改めて大男二人に向き合った。
「ふたりとも、ここに来たってことは……」
「そうだ、アイ。来るべき時が来た。それだけだ」
「うん。分かってる」
「もう少し遅けりゃよかったんだがな。せめてそこのガキどもが大きくなってりゃ……」
「いいの。この子たちね、凄い子なんだよ。だからきっと大丈夫」
開きっぱなしのドアから、耳障りなアラームとともに緊急放送が流れてきた。
『緊急速報です! 東京都内に突如巨大不明生物が出現しました! 都心部へと向かっています! 自衛隊、及びNISARの指示に従い速やかに避難を行ってください!』
テレビに写っていたのは、おぞましいデザインの空を飛ぶ蟲。
それが何匹か群れになって都心、つまりこちらを目指しているようだった。
「なにこれ! ヤバいよヤバいよ、避難しないと!」
ルビーはそう言って騒ぐが、大男二人は、それどころかアイも微動だにしていない。
まるでそれが日常の風景であるかのように落ち着き払っている。
「……来たか」
「もう近いよね、すぐにでも出ないと」
「いや。お前を呼ぶ時間を確保するために、援軍は呼んである」
大男その二……神隼人がそう言った瞬間、ジェットの轟音が響き渡り、マンションのガラス窓が嫌な音を立てた。その衝撃でルビーは何秒か気絶していたみたいだが、かろうじて意識を保っていたアクアにははっきりと見えた。
青と、赤と、黒のジェット機が通り過ぎたのだ。
「あれって……」
その形に見覚えのあるらしいアイがまたしても何かを言いかけた時。飛行機の方から返答を叫んできた。
というより。
三機が垂直縦列に連なり、そして激突と言うべき勢いで合体したのだ。
「ゲッタァアアアア!! チェエエエンジッ!!」
斯くて生まれし青い鉄巨人こそ! かつて地中より復活した恐竜帝国と戦いし、プラズマエネルギーにより動く異端のゲッター。
ネオ・ゲッターロボ。
「久しぶりに血が煮えたぎって来やがったッ!!」
「相変わらずだな」
「さすが、昇進蹴って闇プロレスに戻ってただけはある」
「ゴタゴタ言うな! さぁいくぜ蟲野郎ッ!」
なぜか中継からも聞こえるレベルで通信を外部に垂れ流しながら、そのパイロットたち――
一文字號、橘翔、大道剴らは、15年のブランクを物ともせず、蟲兵器に挑みかかったのであった。
「……なんだよこれ、おかしいだろ。巨大ロボ? 怪物? ゲッター? そんなの、もうずっと前に」
「そう。終わったはずだった」
アクアの戸惑いに満ちた言葉を引き継いだ隼人は、続けて語り出す。
「20年前のニューヨーク。そして15年前の東京。恐竜帝国の野望は確かに潰えた。だが、地球を狙うのは奴らだけではなかった」
「え……」
「いや、奴らよりもずっとたちが悪い。連中は地球を欲しがってる訳じゃない。奴らは地球人類そのものを根絶やしにしようとしている」
複数の蟲兵器を前に、時に分離し、時に姿を変えて勇敢に戦うネオ・ゲッターを見ながら隼人は語る。
連中はワープゲートから現れ、その技術力は今の地球のそれを軽々と凌駕する。どんな兵器でも抵抗することは難しい。
ただ一つ――かつて恐竜帝国の侵略から地球を守り抜いた存在。宇宙から降り注ぐ特殊な放射線をエネルギーとして戦う『ゲッター』を除いて。
「ちょっと待てよ。それとアイがなんで関係するんだ」
「そうだよ! ママは確かにかわいすぎる最高の未来永劫推しアイドルだけど、そんなのには全然――」
「関係、あるんだよねー。それがさ」
はは、と笑うアイを前に、子供二人はただただ絶句した。
そんなことは、全然知らなかった。アイは何も話してくれなかった。いや、それはむしろ当然なのかもしれない。
星野アイは、嘘をつくことを武器として、芸能界を、いや、人生そのものを生きてきた女性なのだから。
「私が生まれた場所は、昔、ゲッター線の炉心が大爆発を起こした場所で。何もかもが吹き飛んだはずのその場所で、赤ん坊だった私は、たったひとりだけ、生きてたんだって」
「そうだ。ゲッター線をもろに浴びて、生まれてきた人間。それがアイ」
「俺たちとはモノが違うってことだ。ま、お前たちもその血を引き継いでるから、多少なりとも影響があるかもしれんが」
その瞬間、そもそもゲッター線についてロクに知らないルビーはとにかくとして、医大の授業で聞き知っていたアクアは気づいた。
未だ謎の多い超エネルギー、ゲッター線。その影響がアイを、腹部大動脈を傷つけられようが顔色一つ変わらない体質に。
そして、アクアとルビーにもまた、前世の記憶を植え付けたのだと。
「……誰かを愛することは出来たのか?」
「まだイマイチかも。やっぱり私はいつも、嘘を振りまいてる。アイドルをやってみたけど、それでもまだ、嘘を本当には出来てない」
隼人の問いかけに、アイは頭を振る。
「私は無責任で、どうしようも無い人間で。人を愛するなんてことがわからなかったから、代わりに皆が喜んでくれる、綺麗な嘘を吐いてきた、竜馬さんたちは、いつも素直になれとか言うけれど。私にはその素直が、自分が何を望んでるのかすら、曖昧で」
「でも。この子たちだけは……」
嘘じゃなく、愛している。
アイは、今までにないくらいに真剣な顔で二人を見つめながら告げた。
「……ならいい。愛する者の為に戦うことこそが」
「私の、そして人類の生きる唯一の道。だったよね」
「んじゃ、行くぞ」
「うん。じゃあね、アクア、ルビー。行ってくるから、いい子で待ってて」
にこやかに手を振り、アクアはドアから出ていこうとする。
「ママっ!」
「行ってくるって、どこに」
「あそこだよ」
指さしたのは、マンションの向こう。ビル街が崩れ、爆音響くなか、巨大ロボと蟲兵器が戦う鉄火場。
「どうして! ママがそんなことなんてしなくていいじゃん!! そんなのはそういうのする人たちに任せれば!」
「ううん。いつかこうなることは、最初から決まっていたんだ。ごめんね。私、二人にも、生まれてくれてからずっと、嘘をついてたんだよ」
「そんな……」
「巻き込みたくなかった。私の運命に。時が来たら二人は社長に預けて、出ていくつもりだったの」
「でも、愛してるって気持ちだけは本当だよ」
「分かんない……わかんないよ、ママ、こっちにいてよ、ずっと一緒にいて……!!」
ルビーの叫びに応じるように、アイは再び二人の愛する子供に歩み寄り。
両腕を広げて、ぎゅっと抱きしめながら囁いた。
「誰かを好きになるってこと、ずっと分からなかった。でも、誰かを愛せないときっと、これから……私は私でいられなくなる。私自身を見失っちゃう。そうしたらきっと、これからとても悲しいことになる。分かるんだ。なんとなくだけど」
「アイ……」
「ママぁ……!」
「二人がおとなになってくの、側で見ていたいよ。でもだから、私は行くんだ。あんまりいいお母さんじゃなかったけど、二人を産んで、本当に良かった」
「だから、アクアには、ルビーには。ありがとうを言いたいな。二人のお陰で、私はアイを理解したんだ」
そして、マンションの前で待機していたNISERのヘリに乗り。
アイと竜馬と隼人とは、戦場にほど近い高層ビルの屋上へと向かう。
「アイ!……必ず帰ってこい、あのガキどものためにも」
「もちろんだよ、隼人さん。昔よりなんだか少し、優しくなったね」
「……早くしろ。時間を稼いでいるネオ・ゲッターももう限界だ」
隼人の言葉通り、戦況は不利に傾いているようだった。青い巨人、ネオゲッターは先程から何度も痛めつけられ、だが、その闘志は寸分も失われていない。
踵を返してアイから離れていく隼人に代わって、沈痛な表情をした竜馬がアイの肩を叩いた。
「……すまん、俺たちは無力だ。何もかもお前に委ねちまって」
「いいの。真ゲッターはまた動かないんでしょ? だったら今度こそ……私の出番だよ」
「アイ……!」
「竜馬さん。おりょうさんと仲良くね。私と違って、ちゃんと夫婦やれてるんだから」
そして、彼女の『出番』は迫る。
それは、生まれてから決められていた運命。
従おうが抗おうが、否応なしに向かい合わねばいけないもの。
『ゲッター線を使わぬゲッターロボなど、所詮こんなものよ』
決意を固めてステージに、いや、戦場に降り立とうと踏み出したアイの前で。
ネオゲッターロボは傷つき、蟲たちを前に片膝をつくが。
「くそっ!!」
「真ゲッターさえ動いてりゃ……!」
「翔!剴!寝ぼけてんじゃねえ! 真ゲッターがまだ目覚めねえってことは、こんな奴ら、ネオゲッターで十分だってことよ! だから……気合い入れろぉぉおお!!」
それでもなお気合を込めた叫びとともに、最大級の必殺技を放つ。
「プラズマァァァ!! サンダァアアアアア!!!」
ネオゲッターがその最大出力を持って放つ稲妻は、蟲兵器のうち一つを完全に消滅させたものの。
失ったエネルギーを充填する僅かな瞬間に、残りの兵器たちがその巨体を吹き飛ばしてビルにめり込ませた。
「がぁああっ!! ちくしょおっ!!」
『それで終わりか……!』
「號さんっ!」
瞬間、彼女の纏う綺羅びやかな舞台衣装は、碧の波濤に包まれ靡き。
血よりも赤い真紅の戦装束に置き換わり、彼女の頬にはゲッター・エネルギーの流れる血脈が、緑の線となって現れた。
プラズマエネルギーの尽きたネオ・ゲッターに止めを刺さんと節足を伸ばした蟲兵器たちは、即座に彼女へと注意を切り替え向かう。
だが、視覚ではなくセンサーにて、エネルギーの総量を計測しているものならば分かるだろう。
例えこの蟲兵器がこの場に数十体、いや、数百体存在しても。
アイの纏い秘めたパワーの、万分の一にも満たないことを。
「なんだ、ありゃあ……!!」
「まさか、神司令が言っていた!」
「『一番星』の生まれ代わり……20年前、ゲッター1がその炉心を爆縮させた旧NY市街から見つかった、たった一人の生き残り……ゲッター線の化身!!」
――その名は!!!
「チェエエエェエエエエエンジッ!! ゲッタァァアアアアアアアアア!!!
完璧で究極のゲッター!
ゲッター
『現れたか……!ゲッタァァアアアアア!!!』
蟲たちはその全力を注いだ光線を彼女と、彼女の立つビルに浴びせるも!
あまりに高出力のゲッター線は、それら全てにバリアとして作用して弾き返し!
「ゲッタァアアアアアアア……」
その右腕が前に伸ばされ、敵を指さした先から放たれた光線が……
「ビィイイイイイイイイイム!!!」
瞬く間に極大の閃光へと代わり、濁流のごとく蟲たちを包み込み、溶かし尽くしたッ!
「……さあ、行くよ」
しかし、ついに目的とするゲッターを見つけた蟲軍団――アンドロメダ流国の尖兵たちは、都心上空にワープゲートを開き、大量の蟲を送り込まんとする。
だが、ゲッターI……星野アイの瞳に、もはや迷いも躊躇いもない。
己が愛するもののために。
そう。そのためにこそ、戦うべき価値はあるのだから!
(以下、予告詐欺になっちゃった部分)
――そして、時は流れ――
「よぉ。お前が星野アクアか? 俺と同じ『ゲッターの申し子』って聞いてたが…なんだ。意外とやせっぽっちなんだな」
「流……拓馬……!」
次回!
『推しの子』そして『申し子』!