いってこい実力至上主義の教室へ   作:嘴広鴻

1 / 32
1-1 入学式の日に思い返す、8年前のあの日の光景

 

 

 

――― 坂柳有栖 ―――

 

 

 ガラス越しに見たあの日の光景を、私は昨日のことのように覚えています。

 

 ホワイトルーム。お父様に連れられて訪れたその名の通り壁から天井まで真っ白な施設では、人工的に天才を作るという実験が行われていると聞きました。

 事実、ここにいる子供たちが受けているカリキュラムは、幼い子供にさせるには人道的問題があるような厳しいものばかり。外の世界でいわゆる英才教育を受けている私でも難しいと思える難易度で、それは勉強にしてもスポーツにしても子供のレベルを超えているものでした。

 しかし、こんなことをやって何になるというのか。そもそも人工的に天才を作るという実験自体が無意味だと思います。

 

 何故なら、人は生まれた瞬間に、DNAによってそのポテンシャルは決められているから、という見解を私は持っているからです。

 

 だってそうでしょう。そもそも天才ではない凡人では、この施設の厳しいカリキュラムを達成することはできないです。

 もし厳しいカリキュラムを達成できる子供がいたとしても、それは優れたDNAを持っていたから達成できたのであって、それでは実験の賜物である人工的な天才を作れたという証明にはならないでしょう。

 才能がある子供も、才能がない子供も、皆等しくこの中で教育を受けて、脱落した者から順に消えていくシステム。

 

 ……脱落した者を、脱落しなかった者のレベルまで引き上げる教育方法を開発する、ということの方が“人工的な天才を作る”というこの施設の目的に沿っているのでは?

 

 そんな疑問も浮かびましたが、お父様の話ではこの施設の稼働歴はまだ短く、50年後、100年後を見据えた実験とのこと。もしかしたら今は“優れた才能を持った子供の、その才能を開花させる方法を確立させる”という段階なのかもしれません。

 優れたDNAを持っている子供がいたとしても、それが開花できるかどうかは本人の努力や周囲の環境次第で大きく変わってきます。現に同じく英才教育を受けているはずの私の同級生でも、中には挫折してしまう子供はいますので。

 どう考えても、優れたDNAを持っていない凡人を天才へと育てるよりも、優れたDNAを持っている天才の才能を開花させる育てる方法を模索する方が難易度は低いはずです。

 まずは難易度が低い方の天才の教育方法の確立を先に行い、それを元に難易度が高い方の教育方法を模索するのかもしれませんね。

 子供の私には、お父様のお知り合いが成し遂げようとしていることに関して、これぐらいしか理解できませんでした。

 

 視線をガラスの向こうへ、子供たちが課題に必死に取り組んで……いえ、食らいついている様相へ向けます。

 

 

「―――あの子、先ほどから凄いですね」

 

 

 その子供たちの中に一人だけ、異彩を放っている存在がいました。

 その少年は他の子供たちが必死に課題へ取り組んでいるのを尻目に、自らの目の前に置かれている3つのモニターを無表情に見詰めています。その3つのモニターは、中央モニターはダンスダンスレボリューション、右のモニターにはタイピングソフト、左のモニターにはフラッシュ暗算ソフトの映像が流れています。

 そして映像に合わせ、彼は光るステージに合わせて踊るように足を踏み鳴らし、彼の背の高さに合わせてステージに取り付けられた2つのキーボードを右手、左手でそれぞれ別に連打しています。

 ……早っ。難易度はルナティック? 足と手が残像が見えるぐらい早く動かしているのに、頭と胴体が全然動いていないのが奇妙に見えます。バランス感覚凄すぎです。

 

 それにそれだけではありません。少年の後ろには施設の教官らしき男性が4人いて、それぞれ男性の前に将棋、チェス、囲碁、オセロの盤があります。そして少年の口が動くの見える度にどれかの盤の少年側の陣の駒が動かされ、対局している男性たちがそれに対応して自陣の駒を動かしています。

 ……えっ? 目隠しで将棋、チェス、囲碁、オセロの4種ゲームを同時進行? というかダンスダンスレボリューションとタイピングとフラッシュ暗算をやりながらだから、身体と頭脳で合計7種目同時進行? 何ですか、この珍景は?

 あ、オセロの人が負けた。

 

「……お父様」

「何だい、有栖?」

「アレは天然モノでは?」

「うん、まぁ……そう思っちゃうよねぇ。彼のことでは綾小路先生も頭抱えてるし」

 

 いや、頭抱えるどころの話ではないと思いますよ。

 彼が行っていることは、一つだけなら凡人でも練習さえ積めばできないことではないでしょう。しかし、あんな7つも同時にまったく別の作業を行うなんて、天性の才能がないとできないはずです。

 あ、チェスの人も負けた。

 

「何なんです、アレ?」

「彼はこの施設の責任者である綾小路先生のご子息、清隆くんだよ。

 それよりも有栖、人を“アレ”呼ばわりしてはいけないよ」

「失礼しました。以後は気を付けます」

「……まぁ、気持ちはわかるけどね。僕も彼を初めて見たときは似たような反応をしてしまったし。

 彼はこの施設で生まれて、ずっとこの施設の中で厳しいカリキュラムを受けながら過ごしてきて……10歳にも満たない今の時点で厳しいカリキュラムのその全てを達成してしまった、紛れもない天才だ」

「でしょうねぇ」

 

 アレを天才と呼ばずとして、いったい何を天才と呼べばいいのでしょうか? でも私が思い描いていた天才とは、まったくの別物のような気がします。

 あ、将棋の人も負けてしまいましたね。

 

「そして彼の能力は今も伸び続けている。

 僕が以前、この施設で彼を見かけたときも同じようなことをしていたけど、その時は確かチェスとオセロは同時にはやっていなかったよ」

「いえ、だからどうしたんですかって話なんですけど?」

「うん。全てのカリキュラムを達成してしまってやらせることがなくなったから、あんな遊びのようなことをさせているようなんだけど……もう遊びの範囲を超えているね。

 一応は反射神経の訓練や複数の別動作かつ同時動作を行う訓練って名目で、新たなカリキュラム作成のための時間稼ぎでやらせ始めたみたいなんだけどねぇ」

「それであんなとんでもない天才が育てられてしまったんですか? むしろ天才というよりかはバケモノ?」

「バケ……有栖、言い方。でも彼だってもちろん不得手はあるみたいだよ。

 天才と呼ばれる人間は、ある程度はその能力の方向性が決まっている。頭脳方面か身体方面か。それに頭脳方面でもいわゆる理系や文系、もしくは芸術方面といった感じで得意分野は天才一人一人でそれぞれだ。

 だが清隆くんは……頭脳が優れているから身体も優れている、ということになるかな?」

「? どういう意味ですか?」

「彼は記憶力が凄いんだ。本を一度読んだだけで全てを暗記できるぐらいに。

 そして記憶力は身体方面でも発揮されていてね。身体の動きも一度体験したら、僅かな反復練習で自らのものとすることができるようなんだ。これが運動という観点からして、どれだけのアドバンテージとなるかわかるだろう、有栖。

 言うなれば彼は学習の天才、といったところかな」

「なるほど、そういうことですか。

 私は身体の鍛錬とは無縁の身ですが、少し話を聞いただけでもその有用さが理解できます」

「ただ、それに対して芸術関係、特に新しいものをつくる創作方面は不得手らしい。

 歌を歌うとか楽器を演奏するのは身体能力で何とかなるし、絵画も人物画や風景画なんかを見たままを描くのはできるらしいけど、抽象画みたいなものはまったく駄目みたいだね。答えのないことが苦手というか、理解できないことが苦手というか。

 この施設からでたことがない、ということも関係しているのだろうけどね」

 

 ああ、何となく想像できます。抽象画を描け、という課題をだされたら、彼は白紙の前でフリーズしてそうです。

 それに芸術に関しては、特に天性の才能が必要なのでしょう。加えて自らの感性から生まれたモノを芸術に落とし込んで作品を作り上げるためには、今までの人生経験がモノを言います。

 しかし、ずっとこの白い施設に閉じ込められていた彼では、その方面の経験値が圧倒的に足りないのでしょうね。

 

「……しかし、この施設は本当に意味があるのですか? 肝心の彼一人で施設の存在意義を失わさせているように思えるのですが?」

「ハハハ、さっきも言った通り、綾小路先生も頭を抱えているよ。

 だけど施設の最終目的は、教育した子供全員を天才として育てあげることにある。しかし、綾小路先生にとってはこの施設、ホワイトルームはあくまで目的達成のための手段であって、目的そのものではないんだ。

 今までの経緯もあって今はまだホワイトルームを優先しているようだけど、もし綾小路先生自身の目的達成のためには清隆くんの才能の方が有効というのなら、案外アッサリと乗り換えるんじゃないかな?

 おや、囲碁も終わったようだね」

 

 お父様の言葉で、ガラス向こうの彼へと視線を向けます。

 囲碁も勝利して全てのボードゲームを終わらせたら、それと同時に3台のモニターの映像も途絶えました。相も変わらず無表情の彼ですが、やはり息は上がっているようで呼吸が荒くなっています。まぁ、複数のボードゲームをしながら、あれだけ激しく身体を動かしていたら当たり前でしょう。

 というか、呼吸が荒くなっているだけで済んでいる時点でおかしいです。汗も軽くかいているようですが、それでも同じことをもう一度しても問題ないような疲労具合にしか見えません。

 

「さて、それでは帰るとしようか、有栖」

「はい、お父様」

 

 お父様に抱き上げられたまま、彼のいる部屋から離れていきます。最後に彼のことを見ようと、もう一度ガラスの向こうへと視線を向けると、彼と視線が合ったような気がしました。

 ……いや、マジックミラー越しなんですけどね。しかも、運動直後のためか身体をほぐすための柔軟運動をしていたからこそ、偶然にもこちらへ視線を向けていただけみたいなんですけどね。

 

 そうだとしても、彼のことは私の記憶に焼き付き、彼と再会するまで決して忘れることはありませんでした。

 

 

 

「ところでお父様。私、囲碁と将棋とチェスとオセロを覚えてみようと思うんです」

「……どれか一つから始めてみなさい」

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

「―――有栖。バスが来たぞ。起きろ」

 

 

 

 彼に肩を揺さぶられて目覚めた私は、寝ぼけまなこで彼にもたれかかっていた身体を起こしました。

 

「懐かしい夢を見ましたね……」

 

 悪夢というわけではないけど、私の心に焼き付いてしまった光景。あの日から彼の姿を夢見ることもあったぐらいです。

 しかし、私の夢にでてくる彼は、あの日見た7種の運動・ゲームをしている姿でしたが、日が経つにつれて空いていた口でハーモニカの熱奏も増やす謎の進化を遂げていきました。今思い返しても何なんだったんでしょう、あの変な夢は?

 

 あの珍景を見てしまったせいで、私は“天才=変人”という新たな見解? 偏見?を持ってしまいました。

 いや、あの後に帰宅して、世間一般でいわゆる天才と呼ばれた人間のエピソードなどを調べたのですが、やっぱり基本的に“天才=変人”なんですよね。見えている風景が一般人と違っているというか。私は自身のことを天才に分類される人間だと思っていましたが、正直あの人たちとは同類扱いされたくないというか。

 

 ホント、何なんでしょうね、天才って……。

 あれから何年も経つのに、未だに答えはでていません。

 

「起きたか」

「はい、大丈夫ですよ、清隆くん」

「そうか。なら立て。バスが来た」

「はいはい」

 

 目の前の道路の先を見やると、乗る予定のバスが近づいてきているのが見えます。

 それにしても相も変わらず、私の身体のことは考えていないかのような冷たい言葉。

 しかし、先に立ち上がった彼の手には私のカバンが握られており、私の身を慮っていてくれていることはわかります。そもそも本当に私のことを慮っていないなら、身体にもたれかからせてなんてくれないでしょう。

 

 あ、近づいていたバスが赤信号で止まってしまいました。まぁ、座り直すのもなんですし、立っていますか。

 それにしても眠い。欠伸がでてしまいます。

 

「ふぁ……」

「眠そうだな。親父さんの高育への入学が待ち遠しくて眠れなかったのか?」

「何を言ってるんですか。眠れなかったのは清隆くんのせいですよ」

「? オレは何もしてないぞ」

「よりにもよって昨夜、20時過ぎに綾小路先生の公式サイトに論文を3本も投稿したじゃないですか」

 

 清隆くんが投稿した論文は“旧ソ連地域へのNATO拡大によって起こりえる、ロシアの旧ソ連地域への再侵攻について”、“今後起こりえるスペイン風邪の再来とその対処法について”、“日本のデフレとアメリカのインフレによる急激な円安進行の可能性について”の3本。

 まるで未来を見てきたかのように執筆されたそれらは、一度読み始めると止められない興味深いもので思わず熱中してしまい、結局ベッドに入れたのは午前2時を過ぎてからでした。

 

「アレを読んだのか。

 ああ、朝っぱらから親父からのメッセージが止まらんのはアレのせいか。まったく……息子の高校入学式当日だというのに非常識な」

「え、もしかして無断掲載ですか?」

「何を言っている。そもそも親父の公式サイトを作っていたのは俺だぞ。許可なんぞ必要ない。

 まぁ、高育入学に伴っての、新たな担当者へのサイト管理の引継ぎが終わったのは昨日の夜だがな」

 

 自分のスマホに視線を向けながら毒突く清隆くん。

 お労しや、綾小路先生。今頃、論文についての問い合わせが殺到しているのでしょうね。

 清隆くんには実績……というより前科があります。何年か前にも“SNSの発達によって発生しうる言論抑圧地域での革命勃発”や“ロシアによるクリミア半島侵攻可能性について”等の論文を執筆したのですが、それが後になって悉く的中したのです。

 おかげで綾小路先生の知名度も上がったのですが、最近では「綾小路篤臣? ……ああ、綾小路清隆くんのお父さんね」と言われることが多くなってしまい、せめて上がった知名度に見合った見識を身に着けようと必死なのだそうです。

 

「いい加減うざったいな。『高校卒業したら着拒解除する』……送信、ヨシ!」

「ちょっと清隆くん。それやったら私の方に連絡きそうじゃないですか。あの人、私たちが一緒にいること知ってるんですよ」

 

 私も綾小路先生からの着信拒否設定……ヨシ!

 

「それにしても、何で昨夜に投稿したんですか?」

「いや、以前から9割方書いて推敲の段階だったんだが、今回のは3本とも時事的なものだろ。高育に通っている間に事件が起きて、論文が無駄になったら勿体ないから急いで書き上げてアップした。

 入学後も、高育経由でどこかの論文誌に投稿できるかもしれんが、確定ではないしな」

「ああ、確かにそれは勿体ないですね」

「それに今の時点で騒ぎを起こしておいて、尚且つ正当っぽい理由さえあれば、入学以降も外との連絡を取りやすくなるかもしれないからな。

 一応は連絡手段は準備しておいたが……」

「その手段については聞かないでおきます」

 

 また変なことを考えているのでしょうか?

 しかし、現在の高度な情報化社会においては、外部との連絡を取らせないような今までの高育の方針はそのうち終わると思いますけどね。情報をやり取りする手段なんて、今の時点でもいくつか思いつきます。

 それこそ綾小路先生が清隆くんへ情報を渡したいのなら、あらかじめ暗号表でも作っておいて、綾小路先生の公式サイトで堂々と文章を掲載すればいいだけの話です。

 まさか国会議員の公式サイトへのアクセスを禁止するなんて、高育が命令できるわけありませんからね。

 

 そうこうしているうちにバスが目の前に停まり、乗車口が開かれました。

 バスの出発点に近いバス停のためか、座席はまだ少し空いていますので座れそうです。

 

「それでは行きましょうか」

「そうだな」

 

 それにしても楽しみです。清隆くんと同じ高校に通うなんて諦めていたのに、まさかお父様が理事長を務めている高度育成高等学校に一緒に通えるなんて。

 清隆くんは小学校も中学校も結局通いませんでしたし、去年にアメリカ版SAS〇KEのアメリカン・ニ〇ジャ・ウォリアーを完全制覇した時の伝手を使って、もしかしたら海外の大学に飛び級で進学するんじゃないかと思っていました。

 でもやはり、綾小路先生も清隆くんの普段の振る舞いを見てたら、常識を学ばせに一般社会に突っ込もうと思ったんでしょうね。

 

 ……清隆くんを高育に封印しようとか考えているわけじゃないはず、です。

 

 ああ、高度育成高等学校はどのような学校なのでしょうか? 私たちが楽しめる学校だといいのですが。

 入学が決まってから、清隆くんと一緒に色々と情報を集めてはみましたが、それでわかったのはパンフレットに載っているような進学率や就職率に触れている表面上のことだけ。通常の高校でならでてくるはずの、OBによる学校生活に関する情報も不自然にありませんでした。怪しすぎです。

 お父様も教えてはくれませんでしたし、むしろ「楽しみにしてなさい」と期待をあおるばかりでした。

 

 これからの学生生活はどのようなもので、学生はどのような人間がいるのでしょう? そしてその生活と人間は、清隆くんへどのような影響を与えるのでしょうか?

 あのホワイトルームでの厳しいカリキュラムでも揺らがなかった清隆くん。そんな彼が今後どのような成長をしていくのか、とても楽しみです。




 今作品の有栖ちゃんは、清隆を天才と認めていることと、その天才の定義自体が揺らいでしまったせいで、原作とは大きく性格が変わっています。
 親関係で中学のときから清隆との付き合いができたのも合わせてジョグレス進化しちゃって、後方師匠面兼彼女面しているというか、よく訓練されたファンみたいになってます。

 ただ、原作でも清隆の行動次第では、有栖ちゃんは貢ぎマゾメスガキになってしまいそうな気が……。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。