『よっ、清隆。紹介するよ、こっちのデカい人は若槻さん』
『古海製薬の闘技者をやってる若槻だ、よろしく』
『綾小路清隆です。お会いできて光栄です。
若槻さんのことは、現役最古参闘技者にして歴代最多勝利闘技者と伺っています』
『礼儀正しいな、綾小路くんは。今井とは大違いだ』
『…………』
『どうかしたか、綾小路くん?』
『古海製薬って毛生え薬の研究してましたっけ?』
『え? いや、どうだったかな?』
――― 櫛田桔梗 ―――
最初に結論だけ、書く。私はまた失敗した。
中学で失敗して、私のことを知っている人なんて誰もいないはずの高育に入学した。
だけど初日から微妙なミスをしてしまって、しかも私の過去を知っているかもしれない同中出身の生徒までいることがわかってしまった。
もちろん取り返しはついたと思う。
初日の微妙なミス。ちょっと周りに良い顔をしようとバスの中でヒステリーなOLに味方してしまって、危うくあの金メダリストの綾小路清隆の不興を買うところだった。
とはいえ、教室で媚びを売るように綾小路くんを持ち上げておいたし、後になってからわかったけど彼は細かいことは気にしないタイプで、そもそもOLと高円寺が酷すぎたこともあって、綾小路くんが私のことを悪く思っていなさそうだったのは幸運だった。
そしていないはずの同中の生徒の堀北さんがいた。綾小路くんも言ってたけど、全国から生徒を集めるはずの1学年160人、全校生徒合わせて480人の学校で、何で同学年の同中の生徒を入学させるのよ? いや、関東とか関西みたいな人口が多いところからの入学者が多いのはわかるけど、同中の同学年はおかしいでしょ。
とはいえ、堀北さんがこの学校で同中出身の同学年がいるのはおかしいと考える素直な女で、中学校時代も私のことを知らないようなボッチだったらしいから、私の中学時代の過去をバラされることはなかった。
そして私が配属されたのはDクラス。
5月1日になってようやく知れたことだけど、このクラスは不良品とみなされた人間の集まりだった。確かに他のクラスより騒ぐヤツが多かったみたいだけど、平田くんみたいな優等生の顔をした偽善者や、綾小路くんみたいな完璧超人の顔をしたポンコツがいたから気づけなかった。
あのポンコツ、学校に口止め契約を結ばされたのはわかったけど、それでも何とか周りに知らせろよ。いや、山内くんとか池くんに注意してたけどさ。
だけど、それでわかったこともある。
学校は私の中学時代のことを知っている。
まぁ、考えてみればそうだろう。
クラス崩壊に導いた私だ。中学がそのことを黙っているわけがない。普通に中学からこの学校へ報告はされていて当然だ。
それを考えると、私はこれまで以上に慎重にならなくてはならない。
茶柱先生は私のことを知っているのか? 知っていたとしたら、それをクラスの皆にバラす可能性はあるか?
私のことを知っているかどうかは、茶柱先生の上で情報が止められていて、もしかしたら茶柱先生自身は知らないかもしれない。私の願望まみれの予想で確率は低いだろうが、藪蛇になる場合を考えると確かめることはできない。
それ以前に学校が私の過去を知っている以上、問題は茶柱先生に限らず学校側が私の過去をクラスにバラすかどうかだ。
普通ならわざわざ学校がバラすようなことはしないはず。
そして綾小路くんのメールだと、担任は担当クラスによってボーナスなどの給料に差がでてくるらしい。だから私たちを上のクラスに押し上げたい茶柱先生は、私がクラスに良い意味での影響力を持っている間は私と敵対することはないはずだ。
まぁ、他クラスの先生については怪しいが、そこは学校の倫理規定を信じるしかないのが実情だ。
今のところ、Dクラスでリーダー的な立場にいるのは男子では平田くんと綾小路くん、女子では私と軽井沢さんといったところだ。
平田くんは元々女子に人気があって、しかも5月1日以降は山内くんたちを除いた男子への影響力が強くなっている。というより、男子たちが綾小路くんとは顔を合わせ難いらしいので、平田くんをクッション材にしている余波みたいな感じだ。ただし平田くん自身は、綾小路くんをとても頼りにしていて、綾小路くんをリーダーに据えたいと思っているだろう。
軽井沢さんは元々ヤンチャな女子グループに影響力を持っていたけど、最近はダイエット関係でクラス問わず1年生女子への影響を強めている。注意が必要だけど、彼女も綾小路くんには頭が上がらないようなので、綾小路くんさえ抑えておけば大丈夫なはずだ。足ツボマッサージの実験台役、ご苦労様。
私は元々大人しめの女子グループと特に仲良くしていたし、平田くんが一部の男子から、軽井沢さんが一部の女子から敬遠されていたのとは違って、私はクラスメイトの皆と仲良くできていた。特に男子に対しては平田くんや綾小路くんよりも影響力を持っていたと思う。5月1日以降は男子への影響力が弱くなった気がするけど、これは平田くんと綾小路くんの影響力が強くなったからだろう。私の影響力自体は変化していない。
そして綾小路くんは元々平田くんに比べると、影響力はあるようで実際はなかった方だ。
いや、綾小路くん自身が動くことがあまりなかったから、影響力は持ってはいるだろうけど影響は及ぼしてはいなかった、と言うべきだろうか。動いたときは凄かったけどね。
男子からは騒ぐことを注意することもあって敬遠されていたし、女子からは満遍なく好意を抱かれていた、もしくは隔意を持たれていなかったぐらいか。堀北さんのようなハリネズミみたいなボッチでも、佐倉さんや井の頭さんみたいな気弱な子でも、綾小路くんとは話せていた。それに口煩いのと面倒見が良いのは表裏一体で、勉強などの相談には快く応じてくれていたから、口煩いぐらいは必要経費だって感じで頼りにはされていた。
松下さんが言っていたけど、綾小路くんって気配が感じられないのがその理由なのかもしれない。気づいたらそこにいるし、よくよく思い返したら最初っからいた、ってことがよくあるのよね。でも山内くんや池くんだけでなく、女子を注意するときなんかは存在感がありまくりだった。
実力はあって口煩くて無視できなくて頼りになるけどマイペースな人、ってのが4月中の綾小路くんのイメージだと思う。彼のことは未だによくわからない。
綾小路くんと私は悪い関係ではない。少なくともクラスのリーダー格としては軽井沢さんと同格か、むしろ勉強ができる分だけ私の方が頼りにされているところがある。勉強会で教師役を頼まれてるしね。
それにクラスメイトの中には軽井沢さんを苦手にしている人はいるし、綾小路くんを苦手、もしくは怖がっている人がいるのに対し、私はクラスの皆からマイナスのイメージを持たれていないところが特に頼りにされている。
堀北さんじゃないけど、私だって彼との実力差はわかっている。一生かかっても勉強や運動では彼に勝つことはできないだろう。私よりそれらの方面で上の人間がいるのは中学のときからわかっていたけど、綾小路くんはレベルどころかステージが違う。
自分でも不思議だけど、綾小路くんに対しての嫉妬心はあまり湧いてこなかった。
あそこまで勉強や運動ができるようになった理由というのが、綾小路くんがこの高校に入るまでは家庭事情で自宅学習ばっかりしていたらしいからかな。そのせいでポンコツ気味になってしまったわけだし、外国人が英語をペラペラに喋っているのを見て嫉妬しないのと同じ感じというか、彼と私が違い過ぎるとわかってしまっているのが最大の理由だと思う。
そして私がDクラスでの立場を強めるためには、その綾小路くんを何としても味方にしなければならない。
幸いにも綾小路くんは世間知らずというかポンコツなので、そこを私がフォローすることが結構あったからリーダー関連を抜きにしても良い関係を築けているだろう。
平田くんと軽井沢さんも綾小路くんとは仲が良いけど、友人関係というより既に上下関係になってしまっている。もちろん綾小路くんが上の立場だ。
それに対して私と綾小路くんは少なくとも今はまだ対等の立場だから、今後の動き次第では平田くんと軽井沢さんよりも上の立場になれるかもしれない。具体的には、綾小路くんがDクラスのNo.1リーダーで、私はクラスのNo.2となるように動くのが現実的だろう。
そして平田くんと軽井沢さんが同列のNo.3。
問題は男子女子の区別はどうするかだ。
おそらく男子のリーダー、というかまとめ役は平田くんになって、綾小路くんは男女区別なしのDクラス全体のリーダーになる。
これはほぼ確定だ。綾小路くんを差し置いてクラスのリーダーには誰もなれないだろうし、綾小路くんの性格からして男女区別なしで遠慮せずに指示をだして、クラスの皆もその指示に従うだろう。
だから私も女子のまとめ役を軽井沢さんに譲って、綾小路くんの補佐役として男女区別なしのNo.2、副リーダーとなるかどうかだ。
正直、迷う。
女子への影響力だけを考えると、もちろん女子のまとめ役の方が強くなるだろうけど、綾小路くんの補佐役となるNo.2は女子のまとめ役以上の影響力を持つことになると思う。
おそらく私が女子のまとめ役を選ぶか、綾小路くんの補佐役となるNo.2を選ぶかで今後が決まる。そして空いた席には軽井沢さんが座ることになるだろう。
私が女子のまとめ役を選んで、軽井沢さんが綾小路くんの補佐役になったとする。
その場合、軽井沢さんの言葉の後ろには綾小路くんが見え隠れすることになる。そして女子の意見と綾小路くんの意見が異なった場合、女子のまとめ役の私と綾小路くんの後見を受けた軽井沢さんが争うことになるかもしれない。
……駄目だ、その場合は勝てない。私と軽井沢さんの争いじゃなくて、実際は私と綾小路くんの争いになる。
それにもし勝ったら勝ったで綾小路くんから不興を買うかもしれないし、負けたら女子からの信頼を失くすかもしれないという、私個人ではどっちにしろ負けでしかないことになる。そんな危ない橋は渡れない。
それならやっぱり綾小路くんの補佐役となって、女子のまとめ役の責任は軽井沢さんに押し付けるべきか。
女子の意見と綾小路くんの意見が異なった場合でも、最終的には綾小路くんの意見に賛同しつつ、力及ばずとも女子の意見も受け入れる進言を綾小路くんにするところを女子に見せることで、やりようによっては女子からの信頼を変わらずに得ることも可能だろう。
ちょうどいいことに、山内くんたちのことで私の力を借りるかもしれない、と綾小路くんから言われていた。
優秀な綾小路くんにだってできないことはある。というか、あのポンコツは対人関係を筆頭にできないことはたくさんあるだろう。その彼の苦手な対人関係とかを逆に得意な私が引き受ければ、私は彼にとって替えのきかない存在となることができる。
私は一番にはなれない。
だけどやりようによっては、その一番の人間を私のものにして、私の良いように操ることができるかもしれない。そう考えると心が浮き立つ気が……いや、率直に言って、考えるだけでゾクゾクしてくる。
綾小路くんはポンコツという欠点はあるけど、この学校の学年問わずで一番の男の子であることは間違いない。ホント欠点はあるけど。
そんな彼を私の虜にできたとしたら、彼に頼られ尊敬されて、その関係を学校中が当然のように受け止めた上で皆が私を見るようになったら、かつてない程の快感を味わえることは確実だ。
男女の仲を目指すか、それともただ綾小路くんから尊敬を得るだけにしておくかはまだ決めていない。綾小路くんには坂柳さんの他にもファンがたくさんいるし、綾小路くんを彼氏にしてしまうと、もしかすると私への好意や尊敬よりも私への嫉妬が上回るかもしれない。
でも綾小路くんを見逃すのは惜しい。今までの私がやってきた方法とは違うし、そんじょそこらの男に靡くつもりはないけど、彼という極上のトロフィーに私の食指はスッカリ動かされてしまっている。
今までは皆から注目されて認められる方が嬉しかったから、それの妨げになるかもしれない彼氏を作ろうとは思っていなかった。だけど綾小路くん程の凄い男で、しかも欠点のあるポンコツとなると話は変わってくる。
綾小路くんを手に入れたら私に嫉妬する人はでてくるだろう。
だけど、その嫉妬が問題にならないぐらいに私はかつてない程注目される。凄いと思われる。私のことを羨望の目で見る女子にこの学校は溢れるだろう。だから多少の嫉妬は飲み込むべきだ。
そして綾小路くんのあのポンコツ具合だ。
どうせこれからも問題は起こすだろうから、そこで私が綾小路くんをフォローすることで綾小路くんには私がいなきゃ駄目なんだ、綾小路くんが凄いのは私のおかげなんだと彼にも彼の周りにも思わせることができたら、私はいったいどれだけの注目と尊敬を集めることができるのだろうか。
できるかどうかはわからない。むしろ難易度は高いだろう。それにあのポンコツのフォローは絶対大変だろうし。
だけど難易度は高くとも、実現性が皆無というわけじゃない。私のやりようによっては手が届くかもしれない。なによりも成功したときのリターンを考えると、これは簡単に捨てることのできない考えだ。
それに思春期入り始めの中学に比べると、高校ともなると彼氏彼女がいるいないで、そしてその彼氏彼女がどれだけ凄いかによってヒエラルキーが変わってしまう。いくら私が私だけで注目や尊敬を集めたとしても、凄い彼氏がいるだけの女の方が注目されるのが女子の世界でもある。
坂柳さんが4月のうちから注目されていたのが良い例だ。確かに坂柳さんは可愛い女の子だけど、綾小路くんがあんなに構っていなかったらあそこまで噂にならなかったはずだ。そう考えるといつまでも独り身でいるよりは、さっさと凄いと思われる彼氏を作った方がいいだろう。
中学のときと同じやり方では駄目だということは骨身に染みている。私はもう高校生なんだから、注目を集めるためには男も利用する必要がでてきた。坂柳さんを見ていてそれに気付いた。
幸い綾小路くんは坂柳さんのことは妹みたいに思っているって言ってたから、私にチャンスはあるだろう。
もちろん綾小路くんの誰にも言えない秘密を手に入れて、彼が私の言うことを聞いてくれるようになれば一番良いのだけれど、
『櫛田は政治に興味あるのか? え、一般人にも言えない業界の秘密?
…………興味本位で探るのはやめとけ(真顔)』
ガチっぽそうすぎて、それ以上は探れませんでした(震え声)
ヤッバイなぁ。彼のいつもの無表情ですら、実はアレで意外と感情だしてたんだってわかるぐらいの真顔だったよ。国会議員やってるお父さんの関係なんだろうけど、絶対に素人には言えないこと知ってるでしょ。
まぁ、冗談半分で踏み込んできた私に対する警告、というよりクラスメイトが馬鹿な火遊びしないように釘を刺した程度なんだろうけど、深く突っ込んだら本気で藪蛇になりそう。
『でもそうだなぁ……ああ、そうだ。これぐらいなら大丈夫か。
オレ、殺し屋に会ったことあるぞ。標的はオレじゃなかったが』
大丈夫じゃないですやめてください(震え声)
私を現代社会の闇に引きずり込まないでください。それに標的はオレじゃなかったって、それなら標的は誰だったんですか?
あ、待って。聞いといてなんだけど、やっぱり答えないで。
どうしよう。他人の秘密を知りたくないと思ったのはこれが初めてだよ。
私はいわゆる承認欲求が強い。尊敬され、注目されることがなにより好きだった。私にだけ打ち明けてくれる秘密を知ったときの、想像を超えたなにかが自分に押し寄せてくるような快感を得るために、ストレスになるような気に食わないことだって我慢してやってきた。
けど綾小路くんの秘密を知った場合、本当に想像を超えたなにかが自分に押し寄せてきそうです、物理で(震え声)
うん! そんなわけでDクラスの皆のためにも、これからは綾小路くんの補佐を頑張らなきゃ!
綾小路くんはこれからのDクラスのために必要な人だもんね! そんな綾小路くんの邪魔になることなんかしちゃダメだよね!
『日本国内で、猟師でも警察関係者でもない人が散弾銃を持ってたの見たことある』
だから秘密はもういいです。
『クレー射撃の選手のことだけどな』
いい加減にしないと怒っちゃうぞ☆
……綾小路くんを狙うのやっぱりやめようかなぁ。少なくとも高校卒業と同時にパージだね。
――――――――――――
あの冗談を言ってるのか本当のことを言ってるのかの区別が付きにくいポンコツのことは置いておこう。あのポンコツはいつも無表情なのが困る。
綾小路くんを狙うにしろ狙わないにしろ、今後のことを考えると綾小路くんには私が有能だと思ってもらわなきゃいけない。だから中間テストの勉強会の教師役を頑張って、クラスの皆からの支持率を上げておくことにしよう。
軽井沢さんは勉強ができない方なので、彼女に恩を売ることができるのもいい。最近の彼女は入学当初より落ち着いたのか、素直に勉強のお礼を言ってくれるようになった。このまま順調にいけば、軽井沢さんよりも私の方が立場が上になれるはず。
しかし、あの堀北さんが余計な仕事を持ってきてしまった。
私も私で話を聞くだけで止めておけばよかったのに、更なる実績を求めて堀北さんの頼みを受け入れてしまったのが運の尽きだったのかもしれない。
堀北さんがやろうとしたことは、山内くんたち専用の勉強会を開くことで彼らの退学を阻止すること。
そして私に頼んできたことは、山内くんたちが勉強会に参加するよう促すこと。
まぁ、言いたいこととやりたいことはわかった。
綾小路くんは最初の1週間は様子見して、次の1週間で勉強するように促し、それでも駄目だったらもういいや、って感じでいるらしいけど、自主的にクラスメイトが彼らに勉強を教えることや助けることは止めていない。むしろ推奨していたぐらいだ。
だからもし、堀北さんの狙い通りに山内くんたちに勉強をさせることができ、赤点回避の結果となったら綾小路くんからの評価も高いものとなるだろう。
私自身が同じことするのは考えたことはあるけど、正直言って山内くんたちとは関わり合いたくない。
女子からの好感度は最底辺だし、男子からも厄介者扱いされている彼らだ。そんな彼らを助けようとするだけで、クラスメイトから顰蹙を買う恐れがある。だから綾小路くんの言う通り、井の頭さんみたいな成績が悪くて大人しい女子を中心に勉強の面倒を見ていた。
だけど、堀北さんを矢面に立たせることでヘイトを彼女に向けさせ、同時に彼らを退学から救うことで綾小路くんからの評価も高めることができるかもしれない。
……そんな調子の良いことなんて考えなきゃよかった。
勉強ができることと、勉強を教えることができることは、全くの別物だということを忘れていた。
堀北さんが私に頼んできたのはわかる。
綾小路くんや平田くんが開く勉強会には山内くんたちは絶対参加しないだろうし、そもそも他のクラスメイトが参加に嫌な顔をするだろう。なら、山内くんたちのためだけの勉強会を開くしかない。
他に勉強ができるのは幸村くんと高円寺くんだけど、あの2人が山内くんたちのために働くことはないだろう。なら、残るは勉強会の先生役として働いていない堀北さんのみ。
というより、入学したころに比べたら態度が軟化した堀北さんが、私たちの開く勉強会に教師役として誘われても参加しなかったのは、おそらくこのことについて最初から考えていたのだろう。
そして堀北さんが山内くんたちを嫌っているのは彼ら自身も知っているだろうから、堀北さんが勉強会を開くと言っても山内くんたちは参加するとは思えない。だから山内くんにも信頼されている私を頼った。
悪くはない。
むしろいいだろう。実力がある人が、私の力が必要だと私のことを頼る。
うん、優越感に浸れるね。
それに堀北さんは私の中学時代のことを知らないだろうけど、よく考えたら来年には私のことを知っている後輩が入学してくる可能性がある。私や堀北さん、それと生徒会長みたいにあの中学の卒業生がこの高校に多いことを考えると、ありえない可能性じゃない。
そんな後輩が入学してきたら、なにか起こる前に退学にでもなってもらうつもりでいるけど、私の過去が一度でも噂として流れたら私へのダメージとなってしまう。
なので今のうちに堀北さんと仲良くなっておいて、もしそんな噂が流れたら堀北さんとは同じ中学だったことをバラしてから、堀北さんに噂を否定してもらうことにしよう。堀北さんはチョロいみたいだし、仲良くしておけば私の言うことを信じてもらうなんて簡単なはずだ。
同じ中学だったことを2年になるまで知らなかったのはおかしく思われるだろうけど、そこは綾小路くんの発言のせいにしておけばいい。この学校で同中の同学年はおかしいってのは理屈から行くと当たり前のことだから、どこかで見た覚えはあったけどまさか同じ中学だって思わなかった、ってね。
そして堀北さんに「櫛田さんのような人がそんなことするなんて信じられない」とか言ってもらえば、私へのダメージは最小限で済む。
というわけで、堀北さんに恩を売っておこうと思って……しまったのが間違いだった。
堀北、マッッッジふざけんな!!!
山内たちの勉強会を開くのを綾小路くんに言いに行ったときに、あれだけ注意されてたよねぇっ!?
『3歳児を相手にするように接しろ』『余裕を持って接しろ』『頑張っただけで褒めてやれ』『できなかったとしても叱るな』『諦めても叱るな』『理由をちゃんと教えてやれ』『ただし山内たちが理解できるように』『選択肢を提示して選ばせるといい』『イヤがっていることに共感してやれ』『感情的になるな』『スケジュールは気にするな』『できないと決めつけてやるな』とか散々さぁっ!!!
私が鳥肌立たせながら山内たちを宥めすかして連れてきたっていうのに、アンタがキレて山内たちを怒らして勉強会中止させてどーすんのよっ!? 連れてきた私のメンツ丸潰れじゃないのっ!!
それに須藤に胸ぐら掴まれて平然としてんじゃないわよっ!! 危うく綾小路くんから預かった防犯ブザーを鳴らすとこだったんだからねっ!!
偉そうにしてたから勘違いしてたけど堀北ダメじゃん! 全然ダメじゃん! 1人でいいとか言ってるけど、他人との付き合いがわからないただのコミュ障じゃん! あんなんで他人に勉強なんて教えられるわけないでしょっ!
……綾小路くんの注意、っていうかアドバイス、本当にその通りだったなー。
そっかー、あの3人の知能は3歳児並みかー。
っていうか綾小路くんも綾小路くんだよ、あのポンコツめっ!!
あれだけ注意してたってことは、絶対に堀北が勉強会を成功できるわけないってわかってたでしょ!? 確かに無理するなと言われたし、チャレンジ精神は大事だなとも言われたし、失敗しても気にするなとも言われてたけどさっ!!
……綾小路くんの言うことを素直に聞いときゃよかった。
でもさー、あそこまで酷いとは思わないじゃない。退学がかかった試験なのに、一夜漬けで何とかなるって本気で思ってんのかしら、あの3人。
あー、ウザい。ほんっとウザい。最悪最悪最悪。
自分の実力を弁えずに事態を散々引っ掻き回して結局帰った堀北も、あの現実が見えていないクソバカ3人組も、達観した顔してメンドクサイこと他人に押し付けるあのポンコツもっ!!
特にあのポンコツっ! 自助努力とか何とか知らないけど、さっさと3バカを殴るなりなんなりしていうこと聞かせなさいよっ! どーせできるんでしょ、そういうこともっ! 他人に苦労を押し付けてんじゃねーよ! クソがっ!!
…………はー、これからどうしよ。
とりあえず綾小路くんに報告しなきゃ。それで堀北のことも3バカのことも、綾小路くんに押し付けちゃおう。それがいい。私は井の頭さんとかの面倒を見なきゃね。
失敗しちゃったけど責任は堀北さんにあるし、これぐらいじゃ私の立場は揺るがない。3バカが退学になったとしても、どーせ3バカの自己責任で落ち着くでしょ。3バカの退学に喜ぶ皆を見ながら悲しそうな顔をして「クラスメイトがいなくなるなんて寂しいよ」とか言っておきゃ、好感度も信頼度も下がったりしないって。
「―――ヨシ、大丈夫。まだ取り返しはつく」
「? そうなのか。勉強会は続けるのか?」
「ううん! だって、どうせ3バカ相手だと無…………駄に、なるかなー、なんて思ったり、するんだよ、ね、綾小路、くん?」
「そうか。オレが殴るやり方はともかく、櫛田の協力があればできると思うんだが……」
「…………いつから、いたの?」
「最初の『堀北、マッッッジふざけんな』からだ。というか、この屋上に到着する前から後ろにいたぞ。切羽詰まった顔してたから声はかけなかったが、心の切り替えが終わって落ち着いたみたいだから声をかけた。
ああ、それと堀北が謝ってた。反省はしているようだったから、もしよかったら電話してやってくれ。堀北の電話番号知らないならオレの携帯使っていいぞ」
ホレ、と綾小路くんの携帯が差し出される。ディスプレイには堀北鈴音の文字と携帯番号が表示されている。そっかぁ。堀北さんも、一応は綾小路くんに事態の報告ぐらいはしたんだね。
いや……そうじゃなくて……その、後ろをついてくるなんて、まるでストーカーかな? なーんて…………アハ、アハハハハハ。
あ゛゛あ゛゛あ゛あ゛ああぁぁーーっっ!?!? 全部口にだしてたぁぁっっーー!!!!
――――――――――――
『待て、清隆。おまえじゃ若槻さんにまず勝てない。
親父さんの額を見たら気持ちはわかるが、“若槻さんに勝ったら古海製薬は毛生え薬の研究を始める”なんて無謀な仕合を挑むのはやめるんだ』
『いや、いくら何でも今すぐ申し込んだりしないですよ。
ですがコスモさん、男には引けない時があるんです』
『仕合を挑まれるのは構わんが、そういう理由では勘弁してほしいんだが……』
『ハハハ、ウチの会社は高血圧治療薬が主力だけど、毛生え薬みたいな研究もいいねぇ。
清隆くんとの仕合は関係なしにやってみよっか。やっぱり需要はあるだろうしね』
『古海社長、寄付金の送り先教えて頂けます?』
『ゼネラル食品の瀬根社長から清隆宛てに「個人的に応援してます」というメッセージが届いたんだが……何だコレ?』
書く前からわかっていたけど、桔梗ちゃん視点で書くの楽しいです。彼女視点が続きます。
気を抜いたら平田くん視点か桔梗ちゃん視点ばっかりになりそう。
なお、ウチのきよぽんはゴルフの付き合いで関西に行った際に、ついでに呉の里にも行ったことがある模様。