『おお、やっぱり生だとテレビで見るのと違いますね』
『ヌハハッッ!! どうじゃ、綾小路の坊主! 稽古場とはいえ生の相撲は迫力が凄いじゃろ!』
『はい、禍谷社長。ありがとうございます。
普通だったら見学なんてできない、双子横綱がいる三子山部屋の稽古場の見学ができるなんて……』
『なぁーに、ワシは双子横綱がガキの頃から面倒見てるからな。このぐらいは容易いもんじゃ!
…………プロレスより凄いじゃろ?』
『えっ? いや、あの……』
『社長、綾小路くん用の廻し借りてきましたよー』
『おい、兄貴たち。禍谷のオッサンが連れて来たガキって……』
『去年のオリンピックのボルダリング金メダリストの綾小路くんでごわすな。
『プロレスを生で見たことあっても、相撲を生で見たことなかったらしいんで見学に連れて来たらしいぜ』
『禍谷のオッサンが服を脱がそうとしている絵面がやべぇ。色んな意味で大丈夫か?』
――― 長谷部波留加 ―――
『―――愚かだな、本当に。昔のように痛い目を見ておくか?』
『兄さん、私は……』
『おまえには上を目指す力も資格もない。それを知れ――――――何だ、おま……綾小路か』
『あ、綾小路くん!?』
『大丈夫か、堀北?』
『だ、大丈夫だけど、降ろしてちょうだい!!』
『……兄の目の前で妹をお姫様抱っこするとはイイ度胸だな、綾小路』
『いや、歩いていたらたまたま堀北が降ってきたから受け止めただけだ。
コラ、暴れるな堀北。降ろすに降ろせない』
『だ、だって兄さんの前でこんな……』
『よくもぬけぬけと言う』
『ホラ、降ろすから気をつけろ、堀北』
『え、ええ……』
『……あそこから覗き見していたのか。よく俺に気づかせずに近づけたな』
『1回転したせいで髪の毛が乱れてる』
『……ありがとう』
『兄の目の前で妹に手櫛するとはイイ度胸だな、綾小路』
『あとスマン。1回転したせいでスカートの中が見えた』
『ッッッ!?!?!?』
『!? ―――ッ!?』
『あ』
『兄さんっ!?』
……どういう状況だったの???
「音声だけじゃわかんないんだけど1回転って何?」
「1回転は生徒会長が堀北を一本背負いしたことだな。オレはその回った堀北をお姫様抱っこの形で受け止めた。それでこう、フワッとスカートが捲れ上がってしまって、その……何というか中身がな。堀北はずっと目を瞑っていたから気づかなかったみたいだけど。
それについて謝ったらいきなり生徒会長が殴ってきたから、アゴに一発入れて気絶させた。そんなに強く打たなかったから1時間程度で起きるだろ」
「ああ、妹の下着を見た男に制裁しようとしたら返り討ちに遭ったわけね」
「そういう言い方はやめてちょうだい、長谷部さん」
判断に困る。
生徒会長が堀北さんに言っていたことは言い過ぎだし、一本背負いなんてやり過ぎと思うけど、綾小路くんが堀北さんにお姫様抱っこや手櫛したのを咎めるときの声色とか、妹の下着を見られたから犯人に殴りかかったことを考えると、単純に堀北さんを疎んでいるだけじゃなさそう。
むしろ今のしおらしくなってる堀北さんのブラコンっぷりを考えると、わざと嫌われるためにあんな突き放したような態度を取っているんじゃないかとも思える。
というか、堀北さんの態度がいつもと違い過ぎるよ。堀北さんにこんな顔もあったんだねぇ。
「そもそも見えたことなんて言わなければよかったのに……恥ずかしい」
「……堀北、これをやろう」
「何かしら、これ?」
「ペン型のカメラ」
堀北さんが凄い勢いで綾小路くんの手からペン型カメラをひったくった。
綾小路くんのジャケットの胸ポケットに今まで挿してたペンだけど、あんなのがカメラにもなってるんだ。
「録画されているかは確認してないからわからん」
「それは信用しておくわ。あれからずっと一緒だったわけだし。他にはないわよね」
「常備しているのは今聞かせたICレコーダーと、そのペン型カメラだけだな」
「……綾小路くん???」
それより、さっきから櫛田さんの態度が変だ。
いや、綾小路くんの部屋から私が顔をだした時から変なんだけど、もしかして櫛田さんって綾小路くんのこと本気なのかな? 入学当初から綾小路くんのファンだって言ってたけど、あくまで憧れの芸能人みたいな扱いであって、男の子として見ていたようには見えなかったんだけどね。
それともアレかな? 綾小路くんの部屋に入ることになったから、私や佐倉さんみたいに意識しちゃったのかな? 私たちも綾小路くんの部屋に入ることになったときは緊張したしね。
「流石に後から盗撮犯と言われるのは勘弁してほしいからな。今のうちに正直に白状するしかないだろう。
言っておくが、こういうのを持っていた理由はそんなことに使うためじゃなくて、車のドラレコとかと同じ理由だからな。5月1日に喧嘩両成敗を目的とした鉄砲玉の危険性は言っただろう」
「そうじゃなくて……いや、そうなんだけど」
「変なことに使わないから安心しろ、櫛田」
「……信用しているよ、綾小路くん。
ところで、いったいこれはどういう集まりなの? 私は山内くんたちのことで相談があるってことで来たんだけど?」
「集まりというか……その場の流れ?
オレはあの後に買い物に行ったんだが、途中で長谷部と佐倉からチャットで解けない問題があるって来てな。直ぐに部屋に戻るつもりだったから部屋で待ってるって返信したのはいいが、直後に堀北兄妹が揉めてるのに遭遇したんだ。あとはさっき聞いた通りで、気絶した生徒会長を放っておくわけにはいかなかったから、こうして連れて帰ってきたんだ」
「驚いたよー。綾小路くんの部屋の前で佐倉さんと待ってて「綾小路くん遅いなー」とか言ってたんだけど、到着したエレベーターから生徒会長を肩に担いだ綾小路くんが降りてきたんだから」
「ビックリしました」
あのときは目を疑ったわ。
まぁ、そのおかげで綾小路くんの部屋に入る緊張が吹き飛ばされたんだけどね。私たち2人して宇宙猫みたいな顔をして綾小路くんの後に続いて部屋に入ったよ。
オロオロしながら綾小路くんの買い物袋を持っていた堀北さんも一緒に部屋に入って、生徒会長を綾小路くんのベッドに寝かして、綾小路くんがお茶を淹れるって言ってキッチンに向かった後に櫛田さんが来たんだよね。
「それで私たちはどうする? 綾小路くんがお湯沸かしている間に解けなかった問題の解き方教えてもらったから、山内くんたちのことで櫛田さんと相談あるなら帰った方がいいかな?
―――アラ、ミルクを入れたルイボスティーもいいね」
ルイボスティーを飲みながら確認しておく。その場の流れで私と佐倉さんもこの場にいるけど、本来は解けない問題の解き方を教わるだけのつもりだった。もし私たちに言えない相談をするなら、これ以上は綾小路くんの部屋にいる理由はない
それにしても最初はミルク入りのルイボスティーには面食らったけど普通に飲めるわね。綾小路くんの話によると産地の南アフリカではミルクルイボスティーは普通のことみたいだし、これならスーパーで安かったら買ってもいいかな。ノンカフェインってのもいいね。
「実はミルク入り麦茶もコーヒー牛乳みたいな味がするって話なんだよな。やったことないけど。
それで長谷部たちはどっちでも……いや、よかったら聞いていってくれ。オレはいけると思っているんだが、女子目線の意見も聞きたい」
「そういうことならいいよ。綾小路くんの考えだとやりすぎるんじゃないかって心配だし」
「櫛田からも言われたが……生きたアジ50匹はやっぱり駄目か?」
「駄目だよ」「……自信ないです」「当たり前だってば」
「生きたアジ50匹? どういうことなの???」
堀北さんが心底ワケがわからないという顔で聞いてくる。うん、その単語だけじゃ何が何だか意味わかんないよね。
それで綾小路くんから提案された佐倉さんの気弱性格改善方法を話してみると、堀北さんは眉を顰めながら溜息をついた。そうなるよねー。
「……それなら確かに佐倉さんの気弱な性格の改善の一歩目になるかもしれないけど、いくら何でも初めてにしてはハード過ぎないかしら?」
「ホラ、厳しそうな堀北さんですらこう言ってるよ、綾小路くん」
「やっぱり普通ならそういう反応になるよね」
「……怖いですけど、それでこの性格を変えられるなら私は……」
「いや、オレが悪かったよ。もっと別な方法考えるよ。
刺身のサクを切るところから始めて……いや、ミートハンマーだな」
「……ミートハンマーって何ですか?」
「やめなさいポンコツ」
「ミートハンマーで何をする気なのかしら?」
「まぁ、やるにしても中間テストが終わってからでいいでしょ。今は山内くんたちの話をするんじゃないの?」
うーん、やっぱり綾小路くんに佐倉さんのこと任せるのは不安だなぁ。
いや、もちろん綾小路くんがわざわざ善意で佐倉さんのために手を貸してくれることは良いことなんだけど、綾小路くんのポンコツ具合が不安になってくる。佐倉さんとは知らない仲じゃなくなったんだし、仕方がないから私も参加して様子を見るか。
それに料理で色々やろうっていうのなら、今日の夕飯みたくゴチになれるかもしれないしね。
「それもそうか。
だけど山内たちのことなんだが、堀北はこれからどうするんだ?」
「……まずは謝罪させてもらうわ。あれだけ大口を叩いておいてこの体たらく。せっかく櫛田さんにも力を借りたというのに、それを無駄にしてしまったわ。ごめんなさい」
「まぁ、山内くんたちの態度も酷かったけど、堀北さんもアレで怒っちゃダメだよ」
「でも、アレはあまりにも酷過ぎて……」
「気持ちはわかるんだけどねぇ。でも、それは勉強会の前に綾小路くんから散々『3歳児を相手にするように接しろ』『余裕を持って接しろ』『頑張っただけで褒めてやれ』って、色々注意されていたからわかっていたことでしょう」
「そうなんだけど……」
どんだけ酷かったのよ、山内くんたち。
っていうか、綾小路くんのフォローって完全に山内くんたちをそういう人たちなんだって認識しちゃってるよね。もう明らかに山内くんたちのことをどうでもいい存在だと思っていそうだわ。堀北さんみたく怒ったりしないで、淡々としているのが逆に怖い。
「それで堀北。オレはまだ山内たちの退学回避に動くつもりだが、それに反対するわけじゃないってことでいいんだよな?」
「……反対はしないわ。綾小路くんがそう動くなら、私は止めるつもりはない。
でも、酷いことを言うようだけど、彼らが今後クラスの役に立つとは思えない。それでも綾小路くんは彼らを助けるのかしら? 彼らにそんな価値があるとでも?」
「酷いこと言うな。価値はあるだろう。ヘイトタンクや撒き餌、生贄なんかとしての利用価値がな。
資源ゴミだって、リサイクル方法によってはちゃんと資源になるんだ。利用できるものは最後まで利用しないとエコじゃないぞ」
「綾小路くんの方が酷いこと言ってるじゃないの。
……ハァ、綾小路くんと私の違いは何なのかしら? 学力や身体能力は別としても、綾小路くんはどうして…………こう、何というか……綾小路くんなのかしら?」
「ジュリエットみたいな台詞で、オレのこと貶していないか?
堀北は他人を意識し過ぎだと思うんだがなぁ」
綾小路くんは逆に他人を意識してなさ過ぎだと思うんだけど。
山内くんたちが退学しても退学しなくても、綾小路くんの態度は絶対に変わったりはしないと思う。何というか……例えクラスメイトであったとしても、地球の裏側にいるニュースでしか知りようのない人たちと同列ぐらいにしか扱っていないというか、結局は他人扱いなんだよね。
堀北さんが“意識して無視をする”のに対して、綾小路くんは“無意識に無視をする”ってところが違うんじゃないかな。
「“山内くんたちが目の前で交通事故に遭ったら救急車を呼んで応急処置もする”ぐらいには、山内くんたちのことを意識しているんだっけ?」
「夕食のときに言ってましたね」
「それは意識しているって言えるのかな?」
「当たり前のことを言っているはずなのに、そういうことを口にだしてる時点で何故か当たり前じゃない感じがするわね」
「いや、そういう即物的なことじゃなくて、武術でいうなら“観の目”と“見の目”の違いと言ったらいいかな。堀北は宮本武蔵の五輪書って読んだことあるか?」
「名前は知ってるけど読んだことはないわね。“観の目”も聞いたことはあるけど……“遠いところを近く見て、近いところを遠く見る”、だったかしら?」
「そんな感じだな。全体を把握する視点のことで、五輪書ではその観の目が重要だと書かれている。堀北は全体を見ずに一点のみを見ているんだろうな。
あとはそうだなぁ……世の中の出来事というのものは、“百害あって一利なし”や“百利あって一害なし”のような単純な一元的に語れるものはないとオレは思っている。
単純なものでもあったとしても“七十利あって三十害あり”みたいな二元的なもので、大抵の場合は“二十X利と五十Y利と七十Z利あって九十α害と六十β害と三十γ害あり”みたいな、単純に足し引きすることができない複数の要素が折り重なっているのが世の中の出来事なんだと思う。
それで堀北は三十γ害が目に付くことで他のこともまとめて切り捨ててしまうというか、一の正しさを信じてしまうと百の疑惑を無視してしまいそうというか…………ぶっちゃけ将来的に詐欺に遭いそう」
「……論理が飛躍し過ぎていないかしら?」
「詐欺っていうのは中途半端に頭が良い人の方が深みに嵌まるらしいぞ。催眠も自分はかからない思っている人の方がかかるらしいし。
そういう意味では長谷部も怪しそうだな」
「えっ、私?」
「自分に自信を持っている、もしくは自分の芯というものを持っている点に関しては、堀北と長谷部は似ていると思う。あと1人でいることを苦にしないところとかな」
「私は自信家のつもりはないんだけどなぁ」
「でも、その場で怒りに飲まれる堀北と違って、長谷部は時と場合を選んで意識的に後からでも怒ることができる人間だろう。そういうのは自分の芯がないと難しいぞ。
ついでに言うと、佐倉は佐倉で押しに負けて変な契約結ばれそうだし、櫛田は不満を自分に溜め込むタイプだろうからDV彼氏とかに引っかかると沼に嵌まって危なさそうだ。大学とかに行ったら気を付けた方がいいと思う」
佐倉さんに関しては同感だけど、櫛田さんは……あー、でも櫛田さんはなまじフォロー力高い分だけ、彼氏に欠点があってもそれをフォローしようとすることで沼に嵌まっていくことはありえそう。
私は……どうなんだろ。よっぽどのことがない限りは怒るのを後まで溜め込むなんてことはないと思うけど、そもそもそこまで怒ったことが今までなかったから、実際そうなったら私はどうするんだろう。
「そういう綾小路くんはDV彼氏にならないように気を付けた方がいいんじゃないかな?」
「……オレって、そういうのやりそうに見えるのか、櫛田?」
「あ、ゴメン。言い過ぎた。でも、もし私が綾小路くんの彼女になったらって考えたら、ずっと綾小路くんに対する劣等感と向き合わなきゃいけなくなる気がしたんだよね。
だって綾小路くん凄すぎるんだもん。絶対に自分と比較しちゃって、綾小路くんに対する劣等感というか自分の無力感に苛まれると思うんだよ。そこら辺で綾小路くんは意識してなくても精神的DVとかに捉えられそうだから、女の子には気を使った方がいいと思うよ」
櫛田さん、何か怒ってる?
まぁ、言ってることはわかるけどね。綾小路くんの彼女になる人は大変そうだなぁ、ってのは同感だわ。
「綾小路くんって言葉足らずだし、もし彼女作るならコミュ能力が優れた人が良いと思うよ。ついでに綾小路くんのポンコツ具合知ってる人なら、劣等感については平気になるんじゃないかな」
「……ポンコツと言えば、それこそ綾小路くん自身は詐欺に引っかかったりしない自信があるのかしら?」
「詐欺に対処する良い方法を教えておこう。旨い話を持ち掛けられたら『ウチの顧問弁護士の前でもう一度説明してください』って言えばいいんだよ。説明拒否したら詐欺師決定な」
「それは力技過ぎるよ」
「一般家庭じゃ無理じゃん」
「安いところなら月1万円ぐらいで顧問弁護士になってくれるところあるぞ。まぁ、安いと短い時間しか相談できないが『この人が私の顧問弁護士です』って公言できるから詐欺師除けにはなると思うし、もしもの時のことを考えて評判の良い近所の弁護士の目星をつけておくのは大事だぞ。
そして一番大事なことは、自分一人の力だけで何とかしようとしないことだ。特に堀北みたいなジェネラリストタイプは自分一人でもある程度のことはできるだろうが、政治の世界に限らず、大人になるとジェネラリストとスペシャリストの知識の差がどうしても大きくなるからな。対価を払って他人の力を借りることに抵抗を持たない方がいい」
うーん、政治家一家の考えだね。
「フム、ならちょっとゲームでもして4人を引っかけてみようか。4人の将来が心配だし、今のうちに痛い目を見ておくのがいいだろう」
「随分と舐めたこと言ってくれるわね。そんなことを前もって言われておいて、わざわざ引っかかるような人間だと言いたいのかしら?」
「アハハ、面白そう。でも山内くんたちのことはいいのかな?」
「山内たちについては、まず明日にでも赤点ボーダーは34点じゃなくて、実はそのテストの平均値の半分を四捨五入した数値になるってことを教える。
長谷部もそうだったけど、山内たちも気づいていないみたいだからな」
「えっ? 何それ?」
「やっぱりそうだったの。中途半端な数値だったから変だと思っていたけど……」
「堀北さんは気づいていたの? ……そういえば5月1日に綾小路くんが茶柱先生に小テストのことで『四捨五入ですよね?』って質問していた覚えが……」
綾小路くんが私にクラスメイト全員分の小テストの点数が写された画像を携帯で見せてきた。私の携帯の電卓機能で小テストの40人分の点数を合計して、40で割って、更に2で割ると…………答えが33.7点ちょっとになった。四捨五入すると34点。
うわ、マジか。
「中間テストでは山内たち以外の皆が勉強するから平均点も上がるだろうな」
「山内くんたちマジでヤバいじゃん」
「成程。これを伝えたら彼らの気も変わるでしょうね」
「櫛田から伝えてもらうつもりだったが、こうなったからには伝え方をちょっと工夫するつもりだ。
更にこの過去問をテスト3日前ぐらいに配る。この学校の1年のときの最初の中間テストは毎年同じ問題がでるらしいから、この過去問を暗記すれば中間テストは大丈夫だろ。
もちろん赤点ボーダーもその分だけ上がるけどな」
「……え?」
「ちょっと綾小路くん、それ本当なの?」
「というか、過去問なんてどうやって手に入れたのよ?」
「少なくとも、先月の月末にやった小テストも毎年同じ問題でやらされていたみたいだぞ。ホラ、こっちが去年の小テストの問題だ。全部同じ問題だろ。
例年通りなら途中で中間テストの出題範囲が変わるらしい。今年もテスト問題が同じかどうかはわからないがテスト範囲が変わったりしたら、今年も同じテスト問題になるのは確定と考えていいだろう。
それと過去問の入手先は生徒会の
プライベートポイントはどれだけ巻き上げても税金のことを考えなくていいから楽で助かる」
プライベートポイントもふんだくったんかい。そういえば綾小路くん、5月3日は予定があるってことで勉強会は開かなかったよね。その時かぁ。
綾小路くんは2日に中間テストは何とかするって言っていたから、その頃から同じ問題がでるだろうって気づいていたんだ。
「ただ、負けた
それと言っておくが、中間テストで毎年同じ問題が出題されることや過去問のことについては山内たちは勿論、他のクラスメイトにも話さないでくれよ。話すとしたら、テスト範囲が変わったことを茶柱先生から伝えられてからだ」
「それはそうでしょうね。今年は違う問題がでる可能性があるのだし、せっかく勉強会で皆が真面目に勉強しているんだもの。それに水を差すことをしないわ」
「うん、そうだね。綾小路くんの話し方からすると、毎年同じ問題がでるのは中間テストだけなんでしょ。期末テストのこととかも考えると、今のうちに勉強できるようになっていた方がいいよね」
「まー、その方がいいんじゃない」
「で、でもこれで安心できました……」
佐倉さんがホッとした顔をしてるけど、ホッとしたのは私の方だよ。
でも、これで少なくとも今回の中間テストは乗り切ることができる。期末テストはどうなるかわからないけど、今から勉強をする習慣を身に着けておけばきっと何とかなるでしょう。綾小路くんから勉強の方法自体を教わってから、勉強の手応えは確かに感じるようになってきたからね。
うーん、私より必死になって勉強している沖谷くんと三宅くんにも過去問のことを教えて安心させてあげたいところだけど、堀北さんが言う通りに勉強頑張ってるところに水差すわけにはいかないから、2人にはこのことを言うわけにはいかないのはちょっと悪い気がするなぁ。
――――――――――――
中間テストについての不安が取り除かれたところで、気分転換にさっき綾小路くんが言っていたゲームをすることになった。
今日の分の勉強ノルマはさっき綾小路くんに教えてもらったことで完了したし、気分を変えるためにもたまにはこういうのもいいよね。
それで行うゲームは“ダイスビンゴ”。綾小路くんが以前に読んだ小説に登場したゲームをアレンジしたものらしい。用意するものはサイコロと紙とペンのみ。
……何だろう、ダイスって普段から言い慣れていないから、どうしてもサイコロって言っちゃうな。
まず紙に5×5マスを書いて、その25マスの中にフリースポットの黒丸1つと1~24の数値を好きなように入れていく。まぁ、フリースポットは中心だよね。
普通のビンゴだと数値は1~75で、縦1列目であるB列が1~15、縦2列目であるI列は16~30の数値を入れていくって感じで、BINGOそれぞれの縦列ごとに決まった範囲内の数値を入れていくんだけど、このダイスビンゴでは好きに入れていいみたい。
そしてサイコロを4個振ったときの出目の合計の数値が有効マスとなって、縦横斜めのどれかの列が揃った人の勝ち。
ただし、1列揃った人が勝利宣言をしなければゲームは続行する。続行する場合の利点として、1列揃ったときの獲得点数が1点なのに対し、2列揃ったら2の2乗=4点、3列揃ったら3の3乗=27点……と、獲得点数が跳ね上がっていく。
でも、ゲーム続行中に別の人がビンゴして勝利宣言した場合は獲得点数は無効になってしまうので、欲をかいて複数列を狙うのは危険っぽい。
今回のゲームではリーチ宣言は不要。列が揃った場合のビンゴ宣言は勝利宣言しないなら不要だけど、別に宣言しても構わないし列が揃っていないのにビンゴ宣言するブラフもアリ。
そして一番厄介だと思うルールは、他人の数値のマス配置がどのようになっているかは開示されないということだった。
「そもそも普通のビンゴと違って使用する数が少ないから、自分がビンゴになったってことは他の人のマスもその分だけ埋まっているわけだよね」
「2列……どんなに運が良くても3列が限界でしょうね」
「っていうか、これは運ゲームというよりチキンレース要素が強いよね」
「ちなみにサイコロ1個を振った際の期待値は3.5。つまりサイコロ4個を振った際の期待値は14なんだが、14がでる確率は約11.3%だ。小さい数値ではないけど、そこまで大きい数値でもないな。
それと当然のことだけど、サイコロ4個振った際の最低値は4だ。つまり1、2、3の数値を入れたマスは捨てマスとなるから、そこら辺の配置も考えた方がいいぞ。
もちろん計算は重要だが、最終的に運が試されるのがこのゲームだ」
綾小路くんからサイコロを4個渡されたので、とりあえず振ってみると出目は2、2、3、6。
合計値は13か。
期待値に近いけど、やっぱりバラツキはでそうだね。
それと綾小路くんが見本として書いた、縦1列目の上から1~5、縦2列目の上から6~10、縦3列目の上から11~14だけど中央にフリースポット、縦4列目の上から15~19、縦5列目の上から20~24と書かれてるビンゴ表を見せながら1、2、3の数値について注意してくる。
そっか。この見本ビンゴ表だと、成立する列は横2列と縦4列、斜め1列の合計7列しかないんだ。
「この場合だと、5列目の21と23のマスに1と3を入れるべきだろうな」
綾小路くんが実際に見本ビンゴ表の21と23を×で上書きして、それぞれに1と3を入れた。
成程。これで代わりに1と3が入っていたマスに21と23を入れれば、成立する列は横3列と縦3列、斜め2列の合計8列になるんだ。こっちの方がお得だね。
「基本ルールはこんなところだ。
あと発展ルールとして、サイコロを振る際に1点消費することで振るサイコロを1個増やせるってのもある。もちろん4個振った後に出目を見てから1個追加で振るというのは駄目で、振るサイコロを増やす場合は一度に全部のサイコロを振らなきゃいけない。
それと獲得点数は“XのX乗点”じゃなくて、“14からその列の各出目を引いた絶対値の合計値”にするってのもあるな。フリースポットは0点扱い。
でも複雑になるから、今回はいいだろう」
「振るサイコロを増やした場合、出目の合計値が25になったらどうするのかしら?」
「25がでたら一周して1で、26なら2だ。
“14からその列の各出目を引いた絶対値の合計値”ってのは、もしビンゴした列の数値が13、14、フリースポット、15、16だったら、|14-13|=1点、|14-14|=0点、フリースポット0点、|14-15|=1点、|14-16|=2点の合計4点って感じだ」
「うわぁ、でる確率が高い出目でビンゴしても点数低いとか、その発展ルールあったら一気に難しくなるね」
「それと一度でた数値がもう一度でても、その場合は無効だから再ビンゴはできない」
「勝利宣言のチャンスは1列につき1回のみということね。
単純に見えるけど、思ったより駆け引きが重要そうね」
「佐倉、長谷部、ルールは把握できたか?」
「は、はい。このぐらいなら大丈夫です……」
「私も大丈夫」
発展ルールが有効だったら考える時間をちょっと欲しいけど、私だってこのぐらいの基本ルールだったら平気平気。
「点数履歴はプライベートポイントを使用するか。1点=1プライベートポイントで」
「それって賭け事に……まぁ、1点=1プライベートポイントならいいわ。多くても27点か256点でしょう。
それにプライベートポイントのやり取りをすれば、勝ち負けの履歴も消せないことになるわけだしね」
「やる気満々だな、堀北。
よし、じゃあ紙とペン……と下敷きになる本を渡すから、トイレと風呂場とキッチンと玄関とこの部屋に別れてビンゴ表を書くか。
1枚だけだったら勝負が単純になりそうだから、制限時間は10分で1人3枚ビンゴ表作ることにしよう。獲得点数は表ごとで別々で」
10分で3枚? えっと、一番確率が高いのが14なんだから、その数値の前後を使って1列作る感じでいいんだろうけど、3枚作るんだったらパターンを変えた方がビンゴになりやす「ヒャッ!?」って佐倉さん、下敷き用の本を落として大丈夫?
「お、落としちゃって、ごめんなさい」
「いや、気にするな。
落とした時に足に直撃してないよな? この小津俊夫著“筋肉で読め! 部位別トレーニング辞典”はページ数があって重いから、直撃したら痛いぞ」
あ、本当に分厚い本だね。表紙も立派だし、題名からすると筋トレの本かぁ……って、裏表紙の著者近影がおかしいでしょコレ!!! 何者なの小津俊夫!!!
そりゃこんなの目に入ったら佐倉さんも思わず本を落とすわよ!!!
――――――――――――
『こんにちはー、関林さん。
すいませんけど、ウォーミングアップしたいんで夜の仕合まで道場使わせてください。埼玉まで一度帰るには時間が中途半端なんですよ』
『おお、綾小路か。別に構わんけど今日も仕合やんのかよ。これで30戦目だっけか?』
『ええ、そうです。何とか負けずにやれてますよ。関林さんに教わったプロレスの演技力が役に立ってますね。とはいえ、そろそろ挑戦者がいなくなってきたんですが……』
『ようやるなぁ。まぁ、そろそろ疲労が溜まってる振りしてるのもバレるだろ。さっさと正式な仕合にでろよ。
っと、そうだ。ホレ、欲しがってた1・4*1の大会チケットやるよ』
『え、いいんですか?』
『いいっていいって。
……それで? 若い有望株がいるんだって?』
『ええ、オレも噂に聞いただけなんですけど、オレの一つ下に宝泉ってガタイが良くてヤンチャしてるのがいるみたいですよ』
『いいねぇ。今は忙しいから無理だが、暇ができたら見に行ってみるか』
『チケットのお礼に住所とか調べておきますね』
【悲報】宝泉くん、プロレスに売られる【チケット料金代わり】
ダイスビンゴの元ネタは西尾維新著の“新本格魔法少女りすか”の供犠創貴と水倉鍵が勝負したゲームです。
マガポケのコミック版を読んで久しぶりに思い出したんですが、いつの間にか完結していたんですね、りすか。最終巻が2020年発売で、その前の巻が2007年発売だったから完結に気づけなかったですよ。
なお、12の12乗は8916100448256。わかりやすく書くと8兆9161億44万8256です。今日は楽しかったけど、これからもっと楽しくなるよね、ハ〇太郎。へけっ。
それと小津俊夫著“筋肉で読め! 部位別トレーニング辞典”については“ダンベル何キロ持てる?”の2巻をご参照ください。