『ここが
『オレはこういうところは初めてなんだが、有栖は来たことあるのか?』
『いえ、私もTDLは今回が初めてです。動物園とかは行ったことありますけどね。
ウフフ、まさか清隆くんに誘われるなんて思ってもいませんでしたよ』
『そうか? まぁ、最近は忙しかったからな。でも33連勝で遂に挑戦者がいなく……いや、何でもない』
『忙しいとか、そういう意味ではないんですが……。
でも、本当に最近は何をしているんですか? お父様や綾小路先生に聞いてもはぐらかされるのですけど?』
『ハッハッハッハッハ。ホラ、有栖。TDLマスコットのモッキーがあそこにいるぞ。抱き着きに行かなくていいのか』
『嫌な予感がするので結構です。それと無表情で笑う振りするのやめてください。イラっと来ますので』
――― 櫛田桔梗 ―――
「兄さん!?」
あ、堀北先輩起きたんだ。
トイレに籠ってビンゴ表を3枚作り、最後の確認をしていたときに堀北さんの叫び声が聞こえてきた。もうすぐ10分だし、私もそろそろ行くとしますか。
「大丈夫ですか、兄さん?」
「……大きな声をだすな、鈴音。ここは……?」
「オレの部屋です。覚えてます?」
「綾小路か。俺は…………ああ、成程。単なるボクシングのフリッカージャブ……ではなかったな。何をした、綾小路?」
「おや、見えてましたか。フリッカージャブに近いですけど腕が最も伸びたときに、こう拳を握り込まずに指の第一、第二関節を折り畳んだ猫の手状態にして、手首のスナップを効かせた裏拳気味に第二関節部分をアゴに当てました。これで間合いが数cm伸びます。もうちょっと間合いが近かったら普通の裏拳をしてたんですけどね。
はい、ミルク(ルイボス)ティー」
「届かないと思った拳が当たったのはそういうことか。
茶は頂こう」
何で格闘技談義してるの、この2人?
しかも、殴り殴られした関係なのに特に敵意とかお互いになさそうだし。
「兄さん、怪我は?」
「(……この味、ミルクティーか? もしや味覚に異常が……)
……いや、問題ない。痛みはないし、腫れてもいない。そもそも俺が怪我をするぐらい強く殴っていたら、綾小路の指の関節も壊れていただろうしな。それと今の時間は……他にも人がいるのか」
「どーも、会長さん」「…………」「堀北さんと同じクラスのものです」
私と同時に部屋に戻ってきた長谷部さんは憮然として、佐倉さんは怯えながら、私は苦笑いしながら堀北先輩に挨拶をする。まぁ、妹さんや後輩に暴力を振るう人に対する反応としては穏当な方でしょう。
そういえば、この人は私のことを覚えているんだろうか? まぁ、私自身を覚えていたとしても、私が中三でクラス崩壊させたのは知らないだろうから、ある意味では気楽に接することができる人だ。
「そうだ。堀北先輩、過去問」
「3単語かぁ」
「綾小路くん、言葉は省略し過ぎない方がいいと思うよ」
「……とりあえず堀北先輩、さっきの堀北とオレへの暴力沙汰を訴えられたくなかったら、堀北先輩が去年と一昨年に受けた分と今年これから受ける分の定期テストや小テストの問題ください」
思わずフォローしたけど、綾小路くんってば相変わらず言葉を省略し過ぎぃ! 前の「10分、相談と整理時間」から思っていたけど、もうちょっと言葉を増やしてもらうことはできないのかな?
でも、省略しなかったら脅迫気味になったっぽいから、少ない言葉で相手に推測してもらった方がいいのかもしれない。
「過去問は南雲から巻き上げたんじゃなかったのか?」
「そうですけど、証拠は多い方がいいので」
「中間テストについては気づいているということか。
いいだろう。明日、俺が今まで受けたテストの問題を綾小路に送る。これから受けるテストについては、テストが終わり次第に渡そう」
「ではこれで示談ということで」
「ああ、いいだろう。
……プライベートポイントはいいのか?」
「堀北の……堀北先輩は情状酌量の余地ありだと思うので。今年の分のテスト問題を貰えなかったら請求していたかな」
今、堀北さんの下着を見ちゃったからプライベートポイントはいらないって言いそうになったんだろうけど、何とか踏み止まったみたいだね、綾小路くん。言ってたら説教追加してたよ。
それと今の堀北先輩の発言で中間テストは同じ問題がでるのが判明したね。でも、その法則が今年から変化してしまう可能性はあるし、今後の期末テストとかも考えるとクラスメイトの皆にはやっぱり勉強を頑張ってもらおう。
「しかし、成程な。
テスト前に筋トレをするだなんて、クラスポイントを0にしてしまったDクラスなのによほどの余裕があるのだと思っていたが、過去問に気づいていたのならその余裕さも当然のことか。過去問に気付いたのは誰だ?」
「気付いたのは綾小路くんですけど……私たちは筋トレなんか別にしていませんが?」
「? そっちの彼女が持っているのは小津俊夫著“筋肉で読め! 部位別トレーニング辞典”だろう?」
「兄さん???」
「その本を俺も持っているが、筋肉の部位別に複数のトレーニングを紹介している初級者から上級者までの全てのトレーニーに向けた良い書だ」
「小津先生は日本筋肉会の第一人者ですからね」
「わかるか、綾小路」
「私は兄さんのことがわからなくなってきました……」
佐倉さんが胸に抱いていた本を指差して堀北先輩が言うけど、何で堀北先輩がこの変な本のことを知ってるの!?
佐倉さんは裏表紙が堀北先輩に見えるように胸に抱いていたけど、佐倉さんの腕で隠れて“(著者近影)小津俊夫”って文字は見えないはずだから、堀北先輩は裏表紙にドアップで印刷されている上半身裸でポーズとってる小津俊夫のバストアップ写真だけでこの本が何なのか判断できたの!?
「生徒会長なんぞやっていると、なかなか空手と合気道の修行時間が取れなくてな。しかし、忙しいからといって運動を怠るわけにはいかないので、その本を参考に短時間で効果がある筋トレをしている」
「ああ、そういう……」
「ちょっと安心しました」
「今度、小津先生のトレーニングDVDも発売されるって知ってます?」
「何だと? そうなのか?」
「ええ、この学校に入る前に小津先生と知り合う縁がありましてね。その時に聞いたんですが、皇桜学園グループ系列の会社が企画したトレーニングDVD作成に協力してるらしいですよ」
「ほう、興味深いな」
「(この学校に入ってから兄さんは変わってしまったの? それとも私が知らなかっただけで兄さんは元々こうだったの?)」
ヤバい、ボケが増えた。普段から生真面目そうなところは似てるけど、もしかして堀北先輩と綾小路くんって似た者同士?
でも、そのせいか堀北さんが死んだ目になってきている気がする。仕方がない、フォローしとくか。
「えっと、あの本は下敷き代わりに綾小路くんから借りたものでして、これから皆でダイスビンゴっていう綾小路くんがアレンジしたゲームをするんです」
「ゲーム? ……鈴音、一緒にゲームをする友達がおまえにいたのか?」
「違います。綾小路くんに『将来、詐欺に引っかかりそう』なんて暴言を吐かれたので、そんなことはないと証明するだけです」
「ゲームで詐欺に引っかからない証明をする、だと?
…………ダイスビンゴだったな。どういうゲームなんだ?」
「じゃあ、ルールの復習を兼ねて、堀北から一回説明してみてくれ。
あ、ちなみにこれがさっき書いた見本ビンゴ表です」
堀北先輩は綾小路くんが渡した見本ビンゴ表を見て眉を顰め、堀北さんがダイスビンゴのルールを説明していくと更に眉の顰め具合を強くしていった。
「この馬鹿者が……いや、これも勉強のうちか」
「兄さん?」
「俺に構わずゲームを進めてくれ。俺もこのゲームがどうなるか見てみたい。
……綾小路、あくまで痛い目を見させるだけのお遊びのゲームなんだな?」
「それは勿論。ちょっと詐欺に警戒するようになってもらうだけですよ」
何だろう? ルールにどこか漏れとかあって、もしかして必勝法とかがあるのかな?
堀北先輩の呆れたような態度に気が付いたのか、堀北先輩のことを良くない目で見ていた長谷部さんと佐倉さんもどこか困惑したような表情を浮かべている。
堀北先輩はベッドの上に座ったままとなり、私たちはジャンケンをしてサイコロを振る順番を決めて、その並びで私たちは車座になって部屋の中央に座ることになった。
最初にサイコロを振るのは綾小路くん。続いて堀北さん、私、佐倉さん、長谷部さんという順番になった。
「……その、兄さんだったら、このゲームではどういうビンゴ表を作りますか?」
さぁ、ゲームを始めようかとしたときに、チラリチラリと堀北先輩を盗み見するようにしていた堀北さんが、意を決して堀北先輩に話しかける。うーん、ブラコン。
その質問に対して堀北先輩は溜息をついて綾小路くんを見たところ、綾小路くんは頷きながら紙とペンと下敷き用の本を堀北先輩に渡したので、堀北先輩はそれを使って何かを書き始める。
「兄さんも参加されますか?」
「違う。鈴音、それに他の君たちも。綾小路が説明したルールをもっと深く考えた方がいい……いや、考えた方がよかった」
「えっと、どういうことですか?」
「綾小路が見本に書いたビンゴ表をよく見ろ。
そう言われて私たちは見本ビンゴ表を見る。
この見本ビンゴ表は、最初は1列目の上から1~5、2列目の上から6~10、3列目の上から11~14だけど中央にはフリースポット、4列目の上から15~19、5列目の上から20~24と書かれていた。
そしてサイコロの出目合計値として1~3の数値がでないことから、綾小路くんが1~3を入れるマスを工夫した方がいいと説明したときに、21と23を×で上書きして、それぞれに1と3を入れた。だけどその後、元々の1と3を×で上書きして、
だから
いや、でもそれは21と23を入れる手間を省略しただけじゃ……。
「そして綾小路が説明したルールでは“25マスの中にフリースポットの黒丸1つと1~24の数値を
「「「「あっ」」」」
「となると、見本ビンゴ表で同じ数値を2回使っていることも含めて考えれば、
だから、俺がもしこのゲームに参加する場合はこのようなビンゴ表を作ることになるだろうな」
堀北先輩が1枚の紙を私たちに見せてくる。
その紙には5×5マスのビンゴ表が3つ書かれていて、その3つのビンゴ表はそれぞれが13、14、15の数値だけで埋め尽くされていた。
「ええぇぇ……」
「そんなのアリなの?」
「ゲームルールと見本ビンゴ表から考えると、もし俺がこのゲームの審判だったらこれを受け入れざるを得ない。
まぁ、獲得点数が発展ルールの“14からその列の各出目を引いた絶対値の合計値”だった場合は別だが、揃ったX列ごとに“XのX乗点”を獲得できる基本ルールならこの配置だろうな」
えっ? 1点=1プライベートポイントで点数履歴を記録することになってるんですけど……。
これだと13、14、15の数値がでるだけで、縦横斜め合計12列が揃うことになるでしょ。
確か14の値がでる確率は約11.3%と綾小路くんは言っていた。それと隣接する13と15の数値だから、2つの目がでる確率は10%はあるだろう。だからサイコロを1回振るだけで、約30%の確率でビンゴになってしまう。
そして獲得する点数は揃ったX列ごとに“XのX乗点”だから、12の12乗……っていくら? いや、単純に10の4乗で1万、10の8乗で1億、10の12乗で1兆だから、少なくとも兆単位じゃないの!?
思わず綾小路くんを見ようとすると、必然的に私と綾小路くんの間に座っている堀北さんが目に入る。その堀北さんは口をパクパクと開け閉めしているけど、どうやら何か言おうとして声をだすことができない状態のようだった。気持ちはわかる。
そして綾小路くんがそっぽ向いて「ピヒュー、ピヒュー」って下手な口笛吹いてるのが凄くムカつくんですけど? あの下手さワザとでしょ。しかも、その無表情さで余計にムカつき度が増してるんですけど?
「全員、お遊びのゲームでよかったな。綾小路が悪意を持ってこのゲームを持ち掛けていたら、支払い不可能なプライベートポイントを請求されていたぞ。その先は下手をしたら本気で退学だ。今後は綾小路の言う通り、詐欺には気を付けるといい。
……本当にお遊びでいいんだよな、綾小路?」
「人のことを何だと思ってるんですか。クラスメイトを退学に追い込んだりしませんよ」
綾小路くんのその言葉にホッとする。
いや、綾小路くんが私たちを退学にさせたりはしないとは思うけど、生殺与奪の権利が他人の手の内にあると思うとゾッとする。
堀北さんはまだショックから立ち直れておらず、長谷部さんと佐倉さんは「やっぱり……」って感じの呆れた表情を浮かべているだけだった。
長谷部さんと佐倉さんは余裕があるね。綾小路くんのことをそんなに信じているのかな?
「やっぱ綾小路くんって大型犬だよね」
「自分の体重を考えずにじゃれつこうと飛び掛かってくる大型犬ですよね」
綾小路くんが大型犬?
……あー、確かにそんな感じね。そのじゃれつきのせいで堀北さんが死にそうになってるんだけどさ。
それにしても勝てるとは思ってはいなかったけど、こうまで綾小路くんの思い通りに私も引っ掛かっちゃったのは悔しいなぁ。
だけど、考えようによってはここで引っ掛かっちゃってよかったと思うべきだろう。綾小路くんに味方になってもらおうとは思ってはいたけど、それでも私の素を知った綾小路くんに退学になってもらう選択肢を消したわけじゃなかった。さっきまでは。
でも、うん……無理だね。綾小路くんと敵対するのは絶対にやめておこう。運動だけじゃなくてこういう悪知恵も働く人なんて、絶対に敵に回しちゃ駄目なヤツだ。
それが再確認できただけでも、このゲームに参加した意味があったと思うことにしよう。
「契約書とかはちゃんと見ないと駄目ってことかぁ」
「長谷部、それは当たり前のことだ。
まぁ、携帯の契約とかするとわかるけど、ああいう契約書は慣れていないと内容が理解しづらいからな。下手したら内容を把握するだけで一日仕事だ。それならさっき言った顧問弁護士に精読を任せた方が、正確さもコスパも良い場合がある。
だけど言っておくが、オレが準備したビンゴ表は堀北先輩と一緒じゃないぞ」
「何? そうなのか?」
「よかったですね、堀北先輩。ルールを深く考えない状態でゲームに参加しなくて。
クラスメイトを退学に追い込んだりしないとは言いましたけど、暴力を振るってくる人間までにも手心を加えるとは言ってませんでしたし」
「ほう、面白い。俺の気付かなかったルールの穴がまだあるというのか」
何か私たちが蚊帳の外っていうか、綾小路くんVS堀北先輩になってる気がする。
「発展ルールに振れるサイコロを増やす云々ってあったじゃないですか」
「あったな。しかし、今回のゲームではそのルールは採用していないはずだ」
「はい。だけどそのルールの説明の中で、“振るサイコロを増やす場合は一度に全部のサイコロを振らなきゃいけない”という説明もあったはずです」
「確かにあったな。しかし、振るサイコ…………待て、一度に全部のサイコロを振らなきゃいけないのは
「そう説明したじゃないですか。だから逆説的に
そう言って綾小路くんは、自らが書いた3枚のビンゴ表を私たちに見せてきた。そこに書いてあった数値は全部4。3枚のビンゴ表の各25マスの全てに4が書かれていた。
なるほどー。これなら獲得点数が発展ルールの“14からその列の各出目を引いた絶対値の合計値”だった場合でも高得点を狙えるね。
でも4かぁ。4がでる確率は1/6の4乗だから約1/1300だから、つまり0.1%以下か。
綾小路くんは1の目を上にした状態のサイコロを1個、右の掌の上に載せる。私たち皆の注目が集まる中、そのサイコロをリビングの床の上に振る。
出目は……1。
佐倉さんだと思うけど「えっ?」という驚きの声と息を飲む音が聞こえた。
綾小路くんがまた右の掌の上にサイコロを載せる。今度も1の目を上にした状態だった。そしてそのサイコロをリビングの床の上に振る。
出目は……また1。
……3回かな?
一投目も二投目もサイコロが回転する最中、サイコロの目の中で唯一赤い1の目が転がっている間に2回見えて、3回目に見えたところでサイコロが停止した気がする。それと隣に座っている堀北さんの「コヒューコヒュー」って呼吸がうるさく感じる。
三投目を見る。出目はやっぱり1。
やっぱりサイコロを振ってから、3回目の赤い1の目が見えたときにサイコロが停止した。
それとサイコロが回転するとき、縦回転しかしていない。横回転や斜め回転もしないで、ただ真っ直ぐな縦回転のみをしているから、見える目は4つだけだ。
そして最後の四投目。出目は……1。
それと同時に「ヒュッ!?」という息を飲む音を最後に、堀北さんの呼吸が聴こえなくなった。
「ほい。出目の合計値は4。3枚とも全部ビンゴだ。点数は合計で26兆7483億134万4768点。オレの勝ちだな」
「綾小路、おまえは振る際の力加減で出目を操れるというのか? いや、でもコレはルールの穴じゃないだろう?」
「1個のみでならですけどね。4個同時は流石に無理。
どうだ? これは予想できなかっただろ」
「予想できるわけねーだろポンコツ」
「いい加減にしろよポンコツ」
「長谷部さんっ!? 櫛田さんまでっ!?」
あ、いけない。素がでちゃった。
でも長谷部さんも似たような感じだったから、汚い言葉になっちゃったことは気にしないでね、佐倉さん。
というか、佐倉さんも怒っていいんだよ!
「だって綾小路くんがすることですし……」
佐倉さん、諦めちゃ駄目! 諦めちゃうから綾小路くんが付け上がるんだよ!
いや、でもこれは酷すぎるでしょ。何考えてんの、このポンコツ!? 『もちろん計算は重要だが、最終的に運が試されるのがこのゲームだ』とか何とか言っていたけど、最終的に重要だったのは手先の器用さじゃないの! 詐欺師がどうのこうのとかいう問題じゃないでしょ、コレは! 確かに詐欺だけどさ!
あまりの酷さに堀北さんも声もだせずにいるじゃ…………堀北さん?
「わかっただろ。これに懲りたら賭け事はもちろん、詐欺には……堀北?」
「…………」
「鈴音?」
「…………」
「おーい、堀北さん?」「だ、大丈夫ですか、堀北さん?」
「…………」
「ね……ねぇ、堀北さん?」
「…………」
……死んでる………。
――― 軽井沢恵 ―――
今日は朝からクラスの雰囲気が悪かった。
私もたまたま図書館にいた他クラスの人に後から聞いただけだから細かなところはわからないけど、堀北さんがせっかく山内くんたちのために図書館で勉強会を開いたけど、肝心の山内くんたちは態度が悪かった上に、ろくに勉強もせずに堀北さんを怒らせ、売り言葉に買い言葉で言い争いになってしまって、結局は勉強会は中止になったらしい。
まぁ、堀北さんの言葉も強かったらしいけど、それでも聞いた感じでは相変わらず山内くんたちがどうしようもないっぽい。
クラスの皆の山内くんたちを見る目は更に冷たくなっていて、もう彼らは駄目だな、という雰囲気が漂っている。私もそう思う。
きっと綾小路くんは既にこのことを知っているだろう。
そして綾小路くんの予定では中間テストの3週間のうち、最初の1週間目は山内くんたちの自主的な行動を期待して待ち、2週間目で勉強をするように促していき、それでも駄目ならもう見捨てるらしいので、きっとその通りになるのだと思う。
山内くんたちもクラスの雰囲気が悪く、自分たちを見てくる目が冷たいことがわかっているのか、普段に比べたら3人で固まって大人しくしている。心なしか顔に罪悪感を浮かべているような気もする。
きっと彼らもこのままじゃいけないと、どうしようもないということはわかっているんだろう。だけどプライドのためなのか、謝ることも勉強を頑張ることもできないでいる。
そして平田くんがそんな3人のことを心配そうに見ていた。
何をどうしたら今の状況が好転するのかがわからないから動けない、その気持ちは私もよくわかる。
もし、早いうちに綾小路くんと平田くんに相談しなかったら、私も今でも虚勢を張って強がるために、山内くんたちと同じように綾小路くんに反発していたのかもしれない。
それを考えると、私はただ単純に彼らを軽蔑して終わりにすることはできなかった。
とはいえ、私にはどうしようもない。
彼ら自身が頑張るか、それとも綾小路くんが何かを「えっ、綾小路くん?」……綾小路くんのことを考えていたら、どうやらその綾小路くんが登校してきたみたいだったんだけどちょっと変だな。誰かが驚いたような声で綾小路くんの名前を呼んだみたいだった。
不思議に思って教室の入口を見てみると、確かにそこに綾小路くんがいた。
普段と違うのは、堀北さんと腕を組んでいることだった。
腕を組んでいるというか、堀北さんが綾小路くんに寄り掛かっているというか、まるでそれだけだったら綾小路くんと堀北さんが付き合い始めたのかと思っただろう。
だけど、違う。堀北さんを見たらそんな甘酸っぱい話じゃないのが一目で理解できる。
何しろ堀北さんの顔色は青白い。しかも憔悴しきった顔で目の下に隈はできているし、堀北さんが唯一いつもしているお洒落ともいえる頭の左側から垂らしているお下げをセットしていないし、心なしか髪の毛が乱れているように見える。昨日は寝れてないって言われたら信じてしまいそうな顔になっている。
綾小路くんと堀北さんの後ろには、そんな堀北さんを心配そうに見ている櫛田さんと長谷部さん、佐倉さんの姿も見える。佐倉さんがカバンを2つ持っているけど、1つはきっと堀北さんのだろう。
この状況で綾小路くんと堀北さんが付き合い始めたなんて想像できる人はいないだろう。一目見た感じは体調不良の堀北さんを綾小路くんが支えているというシチュエーションだ。
……だけどなぁ。
「大丈夫か、堀北」
「ハイ、ダイジョウブデス」
綾小路くんが普段から坂柳さんにしている気遣いと同じくらいの丁重さで、堀北さんを彼女の椅子に座らせると、櫛田さんと佐倉さんが堀北さんに近寄って本当に大丈夫かと問いかけている。
それを見届けた綾小路くんは何故か靴を脱いで自分の椅子の上で正座をし始めて、長谷部さんがそんな綾小路くんの首に100円ショップで売っているような小さな紐付きホワイトボードをかける。
そのホワイトボードには
『私は加減もできないポンコツです』
と書かれていた。
……。
…………。
………………綾小路くん、やっちゃったかぁ~。
――――――――――――
『TDLで遊んで夕飯はボスバーガー。うん、世間一般の中学生っぽいな』
『中学生っぽいことをしたくて、こんなことを?』
『うーん、したいという欲求じゃなくて、今のうちに経験しておいた方がいいという義務感だな。
何か親父が最近になって「高校に行きたいか?」とか言ってきてな。乃木グループの乃木会長と会食してから変だし』
『アラ、それなら是非にでも私と一緒に高度育成高等学校に、と言いたいですね』
『迷っているんだよ。本来の道に戻るか、それとも興味本位で少し入り込んだ道をそのまま進むか。
まさかクロスオーバーだとは夢にも思わなかったんだよなぁ』
『よくわかりませんが、ジックリと考えて……とは言えませんね。もうすぐ年末ですし』
『高育なら少しは融通が利くだろうが、今年中には決めないとな』
桔梗ちゃん「綾小路くんに関してならクラスメイトの前で素をだしても平気っぽい」
次話で1巻部分は終わると思います。
感想で色々と予想していた人はいましたが、