『初めての正式仕合が“浮雲”の初見泉さん、ってのはキツいぞ、親父。
ハッキリ言っておくが、勝てるとは思わないでくれ』
『別に負けても構わん。これはアリバイ作りのようなものだ』
『……これを機に、乃木グループと手を組むのか?』
『さてな。だが、どのような結果でも、おまえの将来にも悪いことにはならんだろう』
『ふーん、別にいいけどな。そろそろ格上にチャレンジしたいところでもあったし』
『ああ、清隆。おまえの好きにしていいぞ』
――― 軽井沢恵 ―――
「池くん、須藤くん、山内くん。今、大丈夫かしら?」
「……おまえが大丈夫なのかよ、堀北?」
朝のホームルームが終わった後、堀北さんが須藤くんの席の近くに集まっていたいつもの3人に近寄って話しかけた。でも近寄るときに櫛田さんに支えてもらいながら歩いていたのがマジでヤバそうなんだけど?
対する須藤くんたちは普段なら堀北さんのことを邪険に扱いそうだけど、流石に今の堀北さん相手に邪険にすることはできないらしく、むしろ堀北さんを気遣う態度まで見せている。
須藤くんは堀北さんのことを見てから、綾小路くんの方へと視線を移した。明らかに『何やったんだオマエ?』という疑問を顔に浮かべている。
なお、綾小路くんはあれからずっと正座したままだ。
朝のホームルームのために教室に入ってきた茶柱先生も正座している綾小路くんを見て一瞬ビクッとしていたけど、『遂にやってしまったのか、綾小路』の一言で流して終わりにしていた。教師がそれでいいのかしら?
「ちゃうねん」
須藤くんが視線を移したことに釣られてクラス全員から注目を集めた綾小路くんが、正座したままで何だかよくわからない否定をする。
けどクラス全員がそれを信じていない。
「あー……何だ、綾小路。昨日の勉強会のことは聞いたかもしんねぇけど、確かに売り言葉に買い言葉で俺たちも悪かったしよ。ここまで堀北を追い詰めることないんじゃねぇかな?」
「お、おう。流石に堀北のこの顔色は……大丈夫か?」
「どんだけ強く怒ったんだよ、綾小路?」
「僕もちょっと綾小路くんから話を聞きたいな。何があったんだい?」
須藤くんだけじゃなく、池くんと山内くんでさえも堀北さんを気遣っている。堀北さんの今にも倒れてしまいそうな顔色を目の前にすると、流石の3人でも思うところがあるみたいだった。
まぁ、あの3人は馬鹿で不真面目なんだろうけど、悪人とまでは言い切れないところがあるからなぁ。酷いヤツはもっと酷い。
それと昨日の堀北さんとの諍いのせいで、どうやら強くテスト勉強を拒んでいるのが山内くんから須藤くんに変わったようだった。それで山内くんは根性がないせいか、須藤くんが強く勉強会を拒否するようになったせいで、逆に今のまま勉強しないでいいのかどうかが不安になってるっぽいわね。
そして平田くんも参戦。
これもいつもの3人だったら平田くんが話に入ってくることを嫌そうにするんだろうけど、堀北さんに何があったのかの疑問の方が強いらしくて自然と受け入れていた。
「だからちゃうねん。
少なくとも堀北に怒ったりはしてないぞ。なぁ、櫛田?」
「うん。私もその場にいたから断言できるけど、綾小路くんは堀北さんに怒ったりはしていなかったね。
その場に一緒にいた長谷部さんと佐倉さん、それと生徒会長も同じことを言ってくれるよ」
「長谷部さんと佐倉さんはともかく、生徒会長もかい?」
「ああ、昨日の夜、色々あってな。オレの部屋で話をしたんだよ。なぁ、堀北?」
「ハイ、アヤノコウジクンノイウトオリデス」
「……綾小路くん?」
「落ち着け、平田。堀北はまだ割り切れていないというか、心の中で消化しきれていないだけで、誓ってオレは校則違反や道義に反することはしていない。
弁護人櫛田」
「判決、有罪」
「それ裁判官。
いや、冗談抜きで弁護してくれよ」
「はいはい。えーっとね、33-4どころか149-0で試合を終わらせるのが道義に反していないなら、綾小路くんがしたことは問題ないかな?」
「待って、櫛田。149-0は抗議のためのオウンゴール連発でそうなったんだから、例えとしては違くないか?」
33-4? 149-0?
「……何だかよくわからないけど、そのホワイトボードに書かれてるように綾小路くんは加減をしなかったことが問題であって、その行為自体には問題はなかったってことでいいのかな?」
「そんな感じでいいよ、平田くん。
今後のクラス対抗でも同じ手が使えるかもしれないから、詳しいことは少なくとも今この場では言えないかな。どうやら坂柳さんも知らないらしいからね」
「佐倉さんと長谷部さんも同意見でいいのかな?」
「は、はい……」
「それでいいよー」
「そういうことなら……今後は気を付けてよ、綾小路くん」
「だからちゃうねん」
「俺にはよくわかんねーんだが……」
「ん? そうだな。須藤、麻雀ゲームとかネットでやったことあるか?」
「まぁ、あるな」
「東一局で天和字一色四暗刻のトリプル役満で飛ばされて、何もできずにゲームが終わったときのおまえの気持ちが、堀北が今抱いている気持ちだ」
「秒で理解したわ」
「クソゲーじゃんかよ」
「そりゃ堀北も心折れるわ」
テンホーツーイーソースウアンコウ? 言っていることは何だかよくわからないけど、どうやら平田くんや須藤くんたちも納得したみたいだった。
まぁ、結局はいつも通りの綾小路くんだったということなんだろう。
「私のことはどうでもいいの。
池くん、須藤くん、山内くん。あなたたちは退学になる危機感が無さすぎる。このままじゃ退学になる可能性は高いわ」
「……そんなことは昨日も聞いたよ。
返事も昨日と同じだ。勉強なんてテスト前にやりゃ十分だっつの」
「最後にもう一度だけ聞くわ。勉強を頑張るつもりはないのね」
「…………ねぇな」
「あ、ああ……」
「だから一夜漬けでも何とかなるって……」
「そう、ならもういいわ。
言っておくけど赤点のボーダーは34点じゃなくて、そのテストの平均値の半分を四捨五入した数値だから」
「「「えっ?」」」
「ちなみにこれが先月末の小テストのクラス全員の点数よ。それじゃあ、あなたたちだけで頑張ってちょうだい」
紙を1枚、須藤くんに渡して自分の席に戻っていく堀北さん。ただし櫛田さんに支えられながらだから、見ててどうにも締まらない。
って、それより赤点ボーダーが34点じゃないって本当なの?
「堀北さん、綾小路くん、今の話は本当なのかい?」
「真面目に勉強している人たちは気にすることはないわ、平田くん」
「本当だぞ。先月末の小テストも同じ計算方法だから計算してみろ。むしろオレとしては、何で皆気付かなかったのが不思議なんだが?
堀北は気付いていたぞ。なぁ、堀北?」
「ハイ、アヤノコウジクンノイウトオリデス」
「…………綾小路くん???」
「だからちゃうねんて。堀北? 堀北さん???
……オレ、そんなに悪いことしたかな?」
「あー、ホラ、平田くん。昨日の夜に綾小路くんがやったことをメモ帳に纏めておいたから、他の人に見られないように読んでみて」
「……わかったよ、長谷部さん」
堀北さんの目がヤバい。綾小路くんに話しかけられる度にビクついて声も強張っている。本気で大丈夫なの?
そして平田くんが長谷部さんからメモを渡されて、他の人に見られないように読むために教室の端っこに行った。何が書かれてるんだろ?
それと私たちの思ってた赤点ボーダーとは違ったことにビックリもしたけど、それは堀北さんの言う通りに勉強を頑張っている人は気にすることはないと思う。私だって勉強会で真面目にやっているから、今までよりも良い点取れそうだと思っていたところだったので、このまま真面目にやっていればいいだろう。
他のクラスの皆も同様で、ビックリはしたけど悲嘆はしていない感じだ。
だけど、そうも言っていられない人が3人いる。
池くんが携帯の電卓機能を使って堀北さんの言うことが本当かどうか調べているけど、計算している池くんの顔は必死になっていて、それを見ている須藤くんと山内くんは不安そうに池くんの計算が終わるのを待っていた。
「……げ、小テストの平均値の半分が33.7点ちょっとだ。四捨五入したら34点」
「マジなのかよ、池……」
「ど、どうするんだよ? 一夜漬けとか言ってる場合じゃないんじゃないか、須藤?」
思わぬ事実が判明して慌てている須藤くんたち3人だけど、そんな彼らを見るクラスメイトの目は冷ややかだった。自業自得だ。自分で何とかしろ。自分の尻は自分で拭け。これはおまえらが始めた物語だろ。
そんな心の声が聞こえてきそうな冷たい目。当然ながら、堀北さんの最後の忠告を無視した須藤くんたちを助けようなんて声がでるわけもなく、ただ軽蔑した目で須藤くんを見ているだけだった。
だけど、そんな3人に救いの手が差し伸べられるようだった。
「く、櫛田ちゃん……」
堀北さんを席に送った後、櫛田さんが再び須藤くんの席に近づいていった。
櫛田さんが近づいてくるのを見た池くんと山内くんが顔を綻ばせる。櫛田さんなら自分たちを見捨てないとでも思ったのだろう。
「池さん、須藤さん、山内さん。ちょっといいですか?」
「えあっ?」
「く、櫛田ちゃん……?」
「何でそんな他人行儀な口調で……」
「だって、もうすぐ退学になるかもしれない人たちと仲良くしても、コッチが辛いだけじゃないですか」
だけど、3人に対する櫛田さんの態度は笑顔を浮かべていながらも、今までのクラスメイトに対する親愛に満ちたものなんかじゃない冷たいものだった。
その櫛田さんの思わぬ態度に須藤くんは変な驚きの声をだし、池くんと山内くんは呆然とした表情となってしまう。もちろん固唾を飲んで見守っていたクラスの皆も同じように驚いている。
それと教室の端っこに行った平田くんが、片手で自分の顔を覆いながら天を仰いでいるのがメッチャ気になる。長谷部さんが渡したメモ帳に何が書かれてんのさ?
「クラスの他の皆はちゃんと勉強しています。つまり赤点のボーダーは上がるということなので、あなたたちが退学になる可能性は高くなります。
ここまでは3人ともわかっていますね?」
「……ああ」
「一夜漬けで頑張ろうとしても限度があります。あなたたちが一夜漬けで1点多く取っても、勉強を頑張った他の皆が2点多く取ったら意味がありません。
まさか赤点のボーダーを下げるために他の皆の点数を抑えて欲しい、なんて言いませんよね?」
「……言えないです、はい」
「じゃあ、これからあなたたちが何をすればいいかわかりますね?」
「……勉強です」
「わかってるならいいです。
それでは本題ですが、どうしてもと言うのなら私があなたたちの勉強を見てもいいです。ただし、堀北さんにも手伝ってもらうことになります。
それでもいいなら勉強を見ますけど、どうしますか?」
「「「……よろしくお願いします」」」
「ちなみにですが、平均点と赤点の中間以上の点を取れば“さん”付けをやめて、平均点以上の点を取れば私の口調は元に戻そうと思います」
「「っ!?」」「…………」
うーん、中学の国語の時間に読んだ“蜘蛛の糸”っていう話を思い出すなぁ。作者、誰だったっけ? 夏目漱石だっけ?
でも見てる感じだと、池くんと山内くんはもう地獄に仏って感じで櫛田さんに縋っちゃっている。もう、あの2人は櫛田さんに逆らうことなんかできないだろう。
須藤くんは池くんと山内くんみたいまでには櫛田さんに縋ってはいないみたいだけど、それでもさっきまで堀北さんに向けていた敵意剝き出しの表情じゃなくてどこか気が抜けた顔をしている。あれならきっと須藤くんもこれからは勉強を頑張るんじゃないかな。
「……櫛田もそういう態度とることあるんだな」
「私が冷たい態度を取ることであなたたちの勉強が捗るなら、それでいいです。
須藤さん。5月1日に綾小路くんが言っていた私の欠点って覚えていますか?」
「あーっと……怒れないことだっけか?」
「それとあの日、須藤さんと池さんが山内さんを追いかけて行った後に綾小路くんがこうも言ったんです。『今後もずっと責任を持つというなら話は別だけど、そうじゃないならその人の今後も考えて接するべきだ』と。
そのことから私も反省しまして、今後はその人のためになるなら厳しいことでもちゃんと言うことに決めました」
「……それはいいんだけど、何でそれを俺たちじゃなくて綾小路の方を向いて言ってんだよ?
綾小路、ホントおまえ何したの?」
「だからちゃうねんて。
弁護人平田」
「……校選弁護人を呼んでもらおう、綾小路くん」
「そんな制度ないよ平田???」
櫛田さん、キレたの? おこなの? しかも平田くんでさえも綾小路くんの弁護を諦めちゃったの?
綾小路くんってば、本当にいったい何したんだろ?
それにしても、一気に須藤くんたちが蚊帳の外になっちゃったみたい。クラスの皆が須藤くんたち3人へ向けていた白い目も、今となっては綾小路くんへ向けた『また綾小路か』って呆れた目に変わっちゃってるよ。
でもまぁ、堀北さんをあんな憔悴したような顔にさせて、その場にいた櫛田さんが綾小路くんに怒っているってことは、やっぱり綾小路くんがまた何かしちゃったんだろうなぁ。
――――――――――――
「中間テストも無事に終了した。
櫛田と堀北は須藤たちの面倒を見てくれたし、長谷部と佐倉は自分の勉強を頑張りながらも同時に櫛田と堀北のフォローをしてくれた。軽井沢は勉強会で率先して勉強する姿勢を見せてくれたからこそ、勉強が苦手な佐藤や篠原なんかも真面目に勉強してくれたんだと思う。中間テストが無事に終了したのも、皆の力があってこそだ。ありがとう。
というわけでお疲れさまでした。乾杯」
「「「「「乾杯」」」」」
途中で中間テストの出題範囲が変わるなんてハプニングがあったけど、無事に私たちは退学者をだすことなく中間テストを乗り越えることができた。
それもこれも1年生1学期の中間テストは毎年同じ問題がでることに気付いて、過去問をクラスの皆に配ってくれた綾小路くんのおかげだと思う。須藤くんたちも50点以上取ったので赤点には絶対ならなかったし、クラスの平均点も90点台と学年一位の成績だった。
『さて、テスト3日前となった。それで確認したいんだが、櫛田、堀北。
須藤たちは真面目に勉強しているんだな?』
『うん、大丈夫だよ、綾小路くん』
『はい。授業も真面目に受けるようになっています』
『ヨシ、それじゃあ皆に過去問を配ろう。中間テストは十中八九でこれと同じ問題がでるから、残り3日はこれの暗記を頑張ってくれ』
『……綾小路くん?』
『どうした、平田?』
『今どうして須藤くんたちが真面目に勉強しているのかを聞いたのかな? もし須藤くんたちが真面目に勉強していなかったらどうするつもりだったんだい?』
『?????』
『いや、そんな宇宙猫みたいな顔でわからないフリされても誤魔化されないからね』
『(えっ? ……真面目にやってなかったら)』
『(もしかして見捨てられてたのか、俺たち?)』
『(……綾小路ってやっぱり怖ぇよ)』
あれ以来、須藤くんたちはすっかり大人しくなった。
中間テストで3人とも平均点には及ばなかったけど、平均点と赤点の中間は越えていたので、櫛田さんからは改めて“くん”付けで呼ばれている。でも櫛田さんの冷たい口調は変わっていないので、口調を元に戻してもらおうと池くんと山内くんは意外と勉強を頑張っているらしい。
須藤くんは池くんたちよりは櫛田さんには拘っていないけど、中間テストが終わった日の放課後に綾小路くんにバスケに付き合ってもらってからは色々と吹っ切ったらしく、次の日に改めてクラスの皆に今までのことを謝っていた。
池くんと山内くんは須藤くんが謝ることは知らなかったらしく、須藤くんに続いて謝ってはいたけど、真面目な態度がいつまで続くかは彼ら次第だ。
そして今、私たちは綾小路くんの部屋で中間テストが無事に終わった打ち上げをしている。
参加者は部屋の主の綾小路くんの他に私、櫛田さん、堀北さん、長谷部さんに佐倉さん。裏で綾小路くんからコッソリと頼まれごとをされていたメンバーだ。
私は平田くんと幸村くんが主催していた勉強会に率先して参加して、真面目に勉強する姿をクラスの皆に見せるように言われていた。そうすれば佐藤さんや篠原さんたちみたいな今まであまり真面目にしていたとは言えない女子たちも、私の姿を見て勉強を頑張るかもしれないからだ。
それと私は知らなかったけど、櫛田さんと堀北さんが須藤くんたちの面倒を見ていたのも、長谷部さんと佐倉さんは自分の勉強を頑張りながらその櫛田さんと堀北さんをフォローしていたのも、そして須藤くんたちに櫛田さんが冷たい口調をするようになったのも、実のところは綾小路くんの指示だったらしい。
男子にコッソリと頼みごとをしていた人はいないのかと思ったけれど、平田くんを始めとして隠し事に向いていない人だけだと判断して止めておいたらしい。
「あ、本当に美味しいです」
「これが濃縮還元じゃない、ストレートの高級ジュースかぁ」
「1000mlが6本セットで5000ポイントなんだっけ? 美味しいけど高いねぇ」
「高いヤツはもっと高いけど、今のオレたちにはこんなもんだろ」
打ち上げにはプライベートポイントに余裕がある綾小路くんがお菓子と高いジュースを提供してくれたんだけど、この高いジュースは『一度試してみたかったんだ』って綾小路くんが言ってたから、きっと自分が飲んでみたかっただけだと思う。
高いジュースはスーパーに売ってるようなペットボトルのジュースなんかじゃなくて、贈答用の紙箱に収納されていたガラスビン入りの林檎、洋梨、蜜柑、桃、葡萄(赤)、葡萄(白)の豪華なジュースだ。特に葡萄ジュースは、そうと言われなかったら見た目はまるでワインみたい。
でもホント美味しいわ。高いし、独り暮らしに1000mlの6本セットは多いけど、こういう集まりで奮発するときにはいいかもしれない。
お菓子はプレーンのクッキーやマドレーヌみたいなものばかりだけど、このジュースにはチョコレートとかはあわないだろうから、むしろこのぐらいのお菓子がちょうどいい感じ。
「で? 今回の中間テストではどこまで狙い通りだったのよ、綾小路くん?」
「いや、あまり狙い通りにはならなかったというか、予期せぬハプニングが色々と発生してたな。やはり人間関係というのは、実際に試してみないとよくわからないということがよくわかった。
例えば、佐倉と長谷部には自分の勉強を頑張ってもらうつもりで櫛田と堀北のフォローを頼むつもりはなかったし、そもそも櫛田と堀北に須藤たちの面倒を見てもらおうとは思っていなかったからな。どうしてこうなったのやら?
でもオレも良い経験になった。飛び級で大学に行ったりしないで、この高校にわざわざ入学した甲斐があったと思うよ」
「ふーん」
「グラスが空ですよ、綾小路くん。注ぎますね」
「あ、じゃあ次は白葡萄ジュースで頼む、堀北。
……堀北がここまで打たれ弱かったことが最大のハプニングだな」
「だろうね」
4月終わり頃のDクラスと比べるとクラスの皆(ただし高円寺くんは除く)が良い方に変わったんだけど、その中で一番変わったのは堀北さんだと思う。
どうしてかはわからないけど綾小路くんに敬語を使うようになって、それに連動してか他の皆への当たりも穏やかになった。でもそれが凄く自然な姿に見えているから、もしかしたら素の堀北さんはコッチの方なのかもしれない。素というか根っこというか、前から思っていたけどお嬢様育ちっぽいし、あのハリネズミみたいな刺々しい態度は後付けなんじゃないだろうか? ひょっとして私と同じ高校デビュー?
綾小路くんへの接し方については長谷部さんが『お兄さんに接するみたいに綾小路くんに接してる』って言ってたけど、綾小路くんとやったっていうゲームで負けたのがそんなにショックだったのかな? どういうゲームをしたかは平田くんも『聞かない方が良い』って教えてくれないんだよね。
「いや、普通の人だったら、あんなことされたら心が折れるよ、綾小路くん」
「しかし、櫛田。一緒にゲームをしたはずの櫛田と佐倉と長谷部は心が折れたりしなかったじゃないか?」
「だって綾小路くんがすることですし」
「だよねー」
「私たちは最初から綾小路くんに勝てないだろうって、ある程度は割り切っていたからね。勝つつもりだった堀北さんとは精神ダメージの酷さが違うよ」
「そうなのか?」
「ただ私が思い上がっていただけです」
「アッハイ」
うーん、堀北さんが穏やかになったのはいいけど、ここまで卑屈になられると逆に反応に困るわ。
私たちだけを相手にするときは、以前よりは当たりが穏やかになったとはいえ、基本的には態度は今までとそう変わらないからまだマシだけど。
「あれかな? 堀北さんは堀北先輩を尊敬して絶対視していたみたいだけど、あのゲームで綾小路くんは堀北先輩にも実質勝ってるからね。そのせいで綾小路くんは堀北先輩と同じ格上ランクに分類分けされたんじゃないの?」
「そんな感じっぽいよね。でも堀北さんが立ち直ってよかったよ。あの日から数日は見てて本当にヤバかったからね」
「今はマシになったけれど、あのゲームをした夜は一睡もできなかったわ……」
「まぁ、テストも終わってゆっくりできるんだし、もうしばらくしたら落ち着くだろ。話し方も元に戻してくれていいんだからな」
「綾小路くん相手には自然にこういう話し方になってしまうんです。頭ではわかっているんですけど、口が勝手にこんな話し方に……」
「あー、もう上下関係をわからせられちゃったんだ。堀北さんってお兄さん相手にタメ口とか絶対できないタイプだよね」
「堀北さんが変わってしまったのか、それとも素の堀北さんを見られるようになったのか、どっちなのかな?」
「私にそういうことを言っているけど、櫛田さんもじゃないかしら?
綾小路くんに言われて、池くんや山内くんに勉強をさせるために冷たい態度を取るようになったみたいだけど、演技じゃなくて素でやっているように見えるときがあるのは私の気のせいかしらね?」
あ、それは私も思ったなぁ。櫛田さんが意外とチクチクと山内くんたちに嫌みを言ってたのを覚えてる。
でも、山内くんたち相手なんだから、普通の女子なら冷たい態度になるのも当たり前だと思うけどさ。
「うーん……正直なところ、女子の胸の大きさランキング作るような人相手なら、今の冷たい態度を取っている方が気が楽なんだよね。
(どうせなら“さん”付けにも戻したい)」
「……それを言われたら返す言葉がないわね」
「いや、今のままの態度の方が良いって。櫛田さんが優しくしたら絶対に調子乗るでしょ、山内くんたち」
「アハハ、他の皆にも今のままの態度を続けた方が良いって言われたよ、長谷部さん。
山内くんたちも頑張っているみたいだけど、最初の宣言通りに定期テストで平均点以上を取るまでは今のままの態度で接するよ。よかれと思って……とまでは言わないけど、実際に山内くんたちの生活態度も良くなっているみたいだしね。私が冷たい態度を取ることが山内くんたちの成長に繋がるのなら、綾小路くんの言う通りに心を鬼にして厳しく接しないとね。
(山内たちを避ける大義名分ゲット!)」
「まぁ、頼んだのはオレだからな。何かあったらオレに相談してくれ」
「だから綾小路くんにも厳しく接しないとね!
(いや、マジで仕事増やすなよ?)」
「オレもなの???」
「よかれと思って!
(仕方がないからフォローはちゃんとするけどね)」
何だか櫛田さんから色々と吹っ切れた感がするけど、山内くんたちの面倒を見ようとするなら今の強気の態度の方が絶対いいよね。
綾小路くんから櫛田さんのフォローをするように言われていたけど、山内くんたちの面倒を見るなんてメンドクサイことを押し付けるんだから、佐藤さんや篠原さんたちにも話を通しておいて、櫛田さんをクラスの女子皆でフォローする態勢を整えなきゃ。
それとついでに綾小路くんへの説教もお願いします。
いや、でもホントよくやるわ。私には櫛田さんの真似はできないわ。
ま、何にせよ、これで6月にはクラスポイントを手に入れることができるだろうから、今のクラスポイントが0のどん底の状態からは抜け出せるわね。Aクラスなんてまだまだ遠いけれど、それでも綾小路くんを中心として皆で頑張っていけばAクラスにも届くかもしれない。中間テストを通して、そう思えるぐらいに私たちは成長できたと思う。
プライベートポイントも欲しいし、これからちょっと積極的にやりますか。
「あ、そういえば最終的なクラス順位は、3年のときの3月1日時点のもので決定になるらしいぞ。
だから5月1日には
「「「「「綾小路くん???」」」」」
“
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『………………』
『………………』
『……初見さん、寝坊っすか? オレの不戦勝っすか?』
『どのような結果でも、とは言ったが、こんな結果は予想してなかったな』
『申し訳ありません! 申し訳ありません!』
『いや、秘書の秋山さんのせいではないので……』
『何というか……ゴメンね、清隆くん。楽しみにしてたらしいのに……』
『乃木会長、例の話はなかったことに……』
『アッハイ』
『親父、オレ高校行くわ。クロスオーバーだとあっちの物語の本筋には関われないみたいだ』
『言っていることの意味はよくわからんがわかった。坂柳に話を通しておく。
(焦ることはない。勝負は清隆が被選挙権を得てからなのだから)』
とりあえず1巻は終了。
有栖ちゃんわからせよりも、鈴音ちゃんわからせの方が先になってしまいましたね。へけっ。