『―――というわけで、高度育成高等学校に入学しますんで、4月から3年間ほど会えません』
『若槻さん、清隆ってば随分と気が抜けたような顔してないかな?』
『いや、仕方がないだろ、今井。
気合を入れて準備した記念すべき初戦が相手の寝坊で不戦勝だぞ。そりゃ気も抜けるだろ』
『そもそもの話、ホワイトルームには特に欲しいものがないんで正式仕合をする意味はないんですけどね。それでもあの不戦勝には思いっきりやる気が削がれましたよ』
『ハハハ、いいじゃないか。綾小路くんは学校に行ったことがないんだろ。なら学校に行くのも良い経験になるだろうさ』
『そうそう。高校でクラスメイトと駄弁るだけってのも良い経験だよ。
あ、そうだ。清隆、片原の爺ちゃんにはそのこと言ったのか? 今度の土曜日に新年の挨拶を爺ちゃんの家にしに行くんだけど、一緒に行かないか?』
――― 一之瀬帆波 ―――
綾小路くんのことを初めて見たのは、テレビのニュース番組でだった。
同い年の若きオリンピック金メダリスト。それからしばらくはニュースでよく見かけて、オリンピックから数か月も経てばたまに見るぐらいになったけど、テレビに映る人なんて遠い世界の存在としか思えなかったので『同い年なのに凄いなぁ』なんて漠然とした感想しか持てなかった。
そのときに日米のSAS〇KEを制覇して賞金をたくさん稼いでいるのも凄いとは思ったけど、それ以上に羨ましいと思ってしまう自分が浅ましい人間に思えた。
「―――というわけで、南雲先輩について葛城と一之瀬には言っておきました。退学者をたくさんだす、という南雲先輩の考えには2人とも反対してくれるそうです。
葛城は保守的な思考をしてますし、特に一之瀬は女子ですからね。南雲先輩の女子への扱いを教えたところ、南雲先輩にはつかないことを約束してくれましたよ」
「よくやってくれた、綾小路。
約束通り、おまえら3人の生徒会所属を歓迎しよう。葛城と一之瀬もこれからよろしく頼む」
「はい、わかりました」
「よろしくお願いします。」
「ヨシ。じゃあ、オレは陸上部に遊びに行くんで……」
「それでは最初の指示だ、葛城、一之瀬。
その馬鹿を確保して、橘から生徒会業務についての説明を一緒に受けろ」
「「はい」」
「どうして???」
「俺は職員室に行かなければならない用事があるから、3人のことは任せるぞ、橘」
「わかりました」
葛城くんと一緒に綾小路くんの両腕をそれぞれ掴んで確保する。
生徒会には入ろうと思っているけど仕事より鍛錬やスポーツをしたいから、仕事を押し付けるために私と葛城くんを生徒会に入れようと考えている、なんて綾小路くんは言っていたけど、どうやら謙遜や冗談じゃなくて本当のことだったみたい。でも逃がさないよ。
全クラスが中間テストを無事に退学者をだすことなく終わらせられた数日後、かねてからの約束通り、綾小路くんに推薦されて葛城くんと一緒に生徒会に所属することができた。
入学したばかりの頃は生徒会入りを断られてしまったけど、どうやら堀北会長は私や葛城くんが南雲先輩に取り込まれることを恐れて生徒会に入れなかったらしい。
生徒会の副会長である南雲先輩の今までの所業を知らされたけど、もちろんBクラスからAクラスへの下剋上を果たしたことは今でも凄いとは思う。だからもし、綾小路くんに南雲先輩との会話を録音したものを聞かされていなかったら南雲先輩の本心を見抜けずにいて、下剋上を果たした南雲先輩に憧れていたままだったのかもしれない。
だけど退学者を意味もなくたくさんださせる、という南雲先輩が考える“真の実力主義”に私は賛成することはできない。
これに関しては葛城くんも同意見だ。
ただ、Aクラスのリーダーの坂柳さんのスタンスは『結果的に退学者をださせるかもしれないけど、わざわざ増やそうとは思わない』というのが少し不安に感じるし、Dクラスのリーダーの綾小路くんのスタンスが『キャッチアンドリリース』というのが…………このスタンスは本当にどう捉えたらいいんだろう? 別の意味で不安になるんだけど、戦闘狂なのかな?
まぁ、綾小路くんと坂柳さんは勝負事には厳正らしいので、Cクラスみたいに卑怯なことはしてこなさそうというのは確認できたのは幸いだった。
「それではまずこちらの資料を各自で読んでください。
……でもよかったです。堀北会長に賛同してくれる後輩が生徒会に入ってくれて」
「いえ、勉強不足によるテストの赤点で退学になる等、正当な理由がある場合なら仕方がないとはいえ、そう簡単に他人を退学に追い込むような人は尊敬できません」
「私も葛城くんと同意見です。……追試もなしに赤点一回で退学というのは、正当な理由でも厳しすぎるとは思いますけどね……」
「オレは一言で言って趣味じゃないです」
「……綾小路くんの趣味、ですか?」
「ええ。南雲先輩は革命を起こすとか言ってるみたいですけど、話を聞く限りぶっちゃけ“学校が許す範囲での革命”ってのが実際のところっぽいじゃないですか。
学校に『このぐらい革命していいですか?』って許可を貰いながらする革命って、そんなの革命って言いますかね? それじゃあ革命じゃなくて“革命ごっこ”ですよ」
うわ、ごっこ遊び呼ばわりなんて、綾小路くんってば辛辣ぅ。
「つまり綾小路は革命なんて大それた言葉を使うぐらいなら、生徒を相手にせず学校を相手にするぐらいのことをしろと言うのか?」
「そりゃそうだろ、葛城。革命とか下剋上ってのは、既存の権力や構造を変えることだったり、下の立場の者が上の立場の者を打ち倒すことを指す言葉だ。生徒が生徒を相手に何かをしても、そんなの革命だなんて言わないだろ。
それにこの学校の立場で言うと南雲先輩も所詮はただの一生徒、要するに下の立場でしかないんだから、“実力のある生徒はとことん上に、実力のない生徒はとことん下に”とか言っていても、南雲先輩が上げられるのは精々が“下の上”までだろうな。
クラス対抗は一種の教育方法としていいとしても、せめて革命と称するなら今のAクラス特権を全クラスに適用させて、更に重ねて新たなAクラス特権を学校から引き出すぐらいはしてから言って欲しいもんだ」
「……確かに。南雲先輩が何をやっても、生徒の立場を新任先生の立場である“上の下”までにすら上げられるわけはないか」
「生徒会長になったとしても、生徒の身分じゃ本当の意味での運営側にまわるのは無理だろうねぇ」
「(かなり凄いこと言ってますね、この後輩たち)」
「そもそも革命できたとしても、南雲先輩が卒業したら学校の意向次第ですぐに元に戻る。革命だの息巻いていても、結局は学校の掌の上なんだろうな。どうせ学校としては夏の風物詩みたく数年毎にああいうの入学させておいて、なあなあになりやすい閉鎖環境に新しい風を吹き込ませる狙いがあるんじゃないか?
それらに気づいていないんならただの馬鹿だし、気づいているんなら自分を強者だと自慢したいただの阿呆だ。そんなのは“ちっちぇえなぁ”と思うし、どうせやるならもっと派手に……」
「綾小路くん???」
「何でもないです、橘先輩。
冗談はともかくとして、オレからの南雲先輩への評価は“飼育員に逆らう発想を持てず、飼育員に求められるがままに芸をしてるのに、得意気に威張っているサル山の中のNo.2サル”だな。
自分を強者だと示したいのなら生徒同士で蹴落とす形になる革命ごっこなんかするんじゃなくて、生徒のために学校に歯向かう気概を見せればいいんだよ。それなら南雲先輩を支持してあげてもよかったんだけどな」
確かにそう言われたら、革命とかってそういうことだよね。
生徒会に入っていれば特別試験の運営にかかわることはあるらしいけど、それはあくまで下働きとか意見をだす程度のもので核心的なところまでは関与できないだろうから、それじゃどう頑張っても革命にはならないか。
南雲先輩がこの学校でしようとしていることは革命なんかじゃなくて、革命ごっこで“南雲先輩が考えた実力主義の学校”にしようとしているだけかぁ。
――――――――――――
「―――ところで葛城。もしかして真嶋先生って元気なかったりするか?」
南雲先輩への評価も終わり、橘先輩から渡された生徒会の資料を皆で見ているとき、綾小路くんが葛城くんに問いかけた。
真嶋先生はAクラス担任の生徒だけど、どうしてDクラス生徒の綾小路くんがそんなこと聞くのかな?
「いきなりどうしたんだ?
……確かにそう言われたら今日の真嶋先生はいつもと違う感じはしていたが、綾小路に心当たりでもあるのか?」
「シルバーマンジムに宇都宮心春さんって女性トレーナーがいるんだけど、その宇都宮さんに真嶋先生がよく話しかけてたんだよ。
だけど宇都宮さんは元々シルバーマンジム京都支部の人で、ここには新入生が入学して会員が増える1学期だけに応援で来ているからもうすぐ京都に帰るらしいんだ。それで昨日ジムで真嶋先生と宇都宮さんがその話をしていたのを見かけたんだが、真嶋先生はそのことを昨日まで知らなかったらしい。宇都宮さんが去った後の真嶋先生が残念半分諦め半分の表情をしていてな……」
「……コメントし難い話題だな」
「えー、そうだったの? 宇都宮さんってあの髪の短い人だよね?」
「そうそう。普段は京都弁なのに、たまに何故か広島弁が混ざる人」
「一之瀬もジムに通っているのか?」
「うん。やっぱり一人暮らしだと運動不足が気になるからね」
Dクラスの軽井沢さん経由で、いつの間にか全クラスの女子に流出していた綾小路くんがまとめたダイエットテキストにはお世話になってます。
でも綾小路くんは凄いなぁ。運動だけじゃなくて勉強もできるんだから。
まぁ、綾小路くんに言わせると、スポーツ理論が発達している昨今のスポーツ界は勉強できないと活躍できないらしいから、綾小路くんの場合は勉強ができるから運動もできるってことになるんだろうけど。
Bクラスの皆も綾小路くんの凄さには注目している。
有名人として、クラス対抗の強敵として、そしてCクラスの人に絡まれたときに助けてくれた恩人としても。
『―――なら、BクラスでもCクラスでもない、Dクラスのオレの証言ならどうだ?
オレは一部始終を見ていたが、タイミングを見計らってCクラスのおまえからぶつかっていったのを証言するぞ』
『な、何で一部始終を見てたんだよっ!?』
『いや、物陰に隠れてスタンバイしてたの怪し過ぎだから、そりゃ見るだろ』
一時期、Bクラスの生徒がCクラスの生徒に因縁をつけられることが多発した。因縁というかイチャモンというか、最後は危うくBクラスの生徒が余所見して歩いていたせいでCクラスの生徒にぶつかって怪我をさせてしまった、なんて冤罪を吹っ掛けられてしまう事態になった。
だけど、たまたまその場に居合わせた綾小路くんが証言してくれたおかげで、Bクラスにダメージもなく無事にCクラスを退けることができた。
そういう意味ではBクラスの恩人だし、サッカー部の柴田くんを始めとした部活動をしている生徒からの話をまとめると、綾小路くんはルールに則って正面からブチのめしてくるらしいので、そういう意味でも信頼できる人というのが綾小路くんのようだった。
……別の意味で強敵過ぎるんだけどね。別の意味というか本来の意味での強敵というか……。
「先生方もこの学校に住み込みで働いているせいで出会いが少ないらしいですよ。真嶋先生が数少ないチャンスに頑張られるのも仕方がないので大目に見てあげてください。
はい、皆さん。コーヒーです」
「ありがとうございます、橘先輩」
「いえいえ。ついでに言うと、教師同士の恋愛は禁止なので職場結婚というのも難しいらしいですね」
「クラス対抗という観点からすると教師同士の恋愛が駄目というのも仕方がないですね。となると、普段の先生方の出会いはケヤキモールの職員ぐらいしかないのかぁ……」
「お労しや先生方。
まぁ、そんなこと言ったら生徒のオレたちの方が恋愛は厳しいだろうけどな。少なくとも同学年他クラス生徒との恋愛は難しいだろ。あるとしたら同じクラスか別学年だけど、別学年の場合は卒業したら1年は絶対に会えなくなるのが厳しいだろうな」
「それはそうだろうが……綾小路、それなら坂柳のことはどうするんだ?」
「だから有栖は彼女じゃないぞ、葛城。
そもそも恋愛と言われても……うーん、正直よくわからん。女子の前で言っていいことじゃないのかもしれないけど、少年誌のグラビアとか見ても“ミロのヴィーナス”とか“ヴィーナスの誕生”みたいな芸術品や、ポージングしている女性ボディビルダーの水着姿を見たときのような感想しか持てないんだよ。奇麗だなとか可愛いなとかは思えるけどさ」
「……綾小路は少し恋愛とかした方がいいんじゃないか?」
「そこまでだと綾小路くんの将来に不安を感じますねぇ」
他の男子が言うと大人ぶってるとか見栄を張ってるとしか思えないけど、綾小路くんが言うと本当に聞こえちゃうなぁ。
というか、グラビアモデルとボディビルダーの水着姿が同じ感想って、思春期の男の子としては本当にマズいと思うよ。
「いや、マジで。
今年の正月に20歳のお姉さんの裸を見てしまうハプニングがあったんだけど、鼻血吹き出してぶっ倒れた先輩の介抱しなきゃいけないこともあったせいか、特に何とも思わなかったな」
「どういうことなんですか???」
「情報量が多いぞ、綾小路」
「20歳のお姉さんの裸なんて言葉がでてるのに、全くイヤらしい感じがしない。不思議!」
「今年の正月に、知り合いの金持ちの爺さまの家に新年の挨拶をしに行ったんだよ。格闘技の先輩と一緒に。歓迎されて夕食もたらふくご馳走になって、夜も遅くなったから泊めてもらうことになったんだ。
で、風呂も借りたんだけど、やっぱり金持ちの家だから風呂がまるでスーパー銭湯ってぐらいの広さと豪華さだったんだ。それで先輩と一緒に風呂に入っていたら、その家のお姉さんが風呂場に入ってきてな。もちろん裸で。
まぁ、入ってきたというより、風呂場の広さのせいで入ってたのをお互いに気付けなかったんだが……」
「あー、バッティングしちゃったんだ……」
「ああ。流石にサウナに入ってたら、お姉さんが風呂場に入ってきたのがわからなかったよ。
でもそのお姉さんが大らかというか豪胆というか、オレと先輩……あ、先輩は1つ上の男なんだけど、裸のオレたちを見ても自分の身体を隠そうともしないで平然と話しかけて来るお姉さんでさ。
純情な先輩はお姉さんの裸見たせいで鼻血吹き出して倒れるわ、オレたちも風呂に入ってたことに気づいたその家の弟さんが風呂場に殴り込んでくるわで、その夜はもう大変だったんだよ。話を聞いた爺さまは爆笑してたし」
「ニャハハ、そんなことあったんなら、お姉さんの裸を見て特に何も思えなかったのも仕方がないんじゃないかなぁ?」
……恋愛かぁ。それこそ千尋ちゃんから貰ったラブレターどうしよう?
本当は今日が呼び出しの予定だったけど、こうして生徒会の用事ができたから会うのは明日に延期してもらったんだよね。でも、千尋ちゃんにどう返事したらいいかがまだわからない。
いや、告白されても受け入れることはできないんだけど、どうやったら千尋ちゃんを傷つけずに断ることができるんだろうか……。
――――――――――――
「―――で、よりにもよってオレに相談するのか? オレが言うのもなんだけど、恋愛について相談するには人選ミスじゃないか?
それこそ橘先輩とかの方がよくないか? もしくは葛城は……無理そうだな」
「初めて会ったに近い橘先輩にいきなりこういう相談はできないよ。Bクラスの皆は近すぎて相談できないし。
だけど綾小路くんなら、関係ない第三者としての意見を冷静に言ってくれると思ってさ」
「まぁ、無責任に言っていいなら構わないが……」
生徒会の用事が終わった後、綾小路くんに相談することにした。
葛城くんは目下の敵であるAクラスの生徒だし、そもそも『女子から告白されそうなんだけど、どうしたらいいと思う?』なんて聞いたとしても、生真面目な葛城くんを困らせるだけになると思う。葛城くんの性格からして、真摯に取り合ってくれるとは思うけどね。
それに比べたら助けてくれた綾小路くんとは悪い関係じゃないし、このことを誰かに言い触らしたりしないだろうと思えるぐらいに信頼できる。それと綾小路くん本人の恋愛経験はなくとも、綾小路くんが今までに読んだ本を元に断り方を考えられるのを期待もできる。綾小路くんは読書家だもの。
「色々調べたら、付き合っている人がいるのが一番相手を傷つけないで済むってことなんだけど……」
「それはそうかもしれないが、一之瀬に付き合っている人はいないんだろ? 白波とは同じクラスなんだから、これからの学校生活で交際相手がいないのはバレると思うが……。
だったら片想いの相手がいるってだけでいいんじゃないか?」
「片思いの相手って言われても……」
「後は……お母さんに孫の顔を見せたいから交際相手は男性にしたい、って言い訳はどうだ?
確か一之瀬は母子家庭で大変だったんだろ。独りで育ててくれたお母さんに恩返ししたいと言えば、ちょっと卑怯な言い方になってしまうけどな」
「ま、孫……」
意外と現実的過ぎる言い訳なせいか顔が赤くなってしまう。
でも、そう言われたら確かにそうかも。今まで苦労をして私と妹を育ててくれたお母さんに恩返しをしたいと思っているし、今まで意識していなかったけど恩返しに孫の顔を見せるというのも考えたらアリだね。少なくとも孫の顔を見せたら、お母さんは喜んでくれると思う。
「とはいえ、昨今では女性同士のカップルでも子供を持てる方法があるから、白波の覚悟次第では押し切られることになりそうだな」
「う、うーん……千尋ちゃんの覚悟かぁ」
「同性愛が一般的じゃないこの世の中で勇気をだしてラブレターを送るぐらいなんだから、白波は覚悟を決めていると思った方がいいんじゃないか?
それを考えたらやっぱり片想いの相手がいるってのが安全だろう。同じクラスはマズいかもしれないから、他クラス他学年の適当な男子の名前を使えばいい。片想いじゃなくても、こういう感じの男性が好みだって言えば、白波はタイプじゃないって遠回しに伝わるかもしれないし。
それこそ堀北先輩みたいな真面目系がいいとか、Dクラスだったらカワイイ系の沖谷、ヤンキー系の須藤、爽やか系の平田とか色々いるだろう」
「堀北先輩はちょっと……ねぇ。沖谷くんは千尋ちゃんがカワイイ系だから例として挙げるにはマズいかも。それにヤンキー系は本当だと思われたら困るし、平田くんのことを例に挙げたことをDクラスの女子に知られたら怒られそう。
綾小路くんの名前じゃ駄目なの?」
「オレか? まぁ、他人の名前を使うよりは誤解を招く恐れがないから、別にオレの名前を使ってくれても構わないけど、オレは…………そもそもナニ系なんだ?」
ポンコツ大型犬系、かな? 櫛田さんとか軽井沢さんみたいなDクラス女子と話すと、大抵の人は綾小路くんのことをそう表現するんだよね。
それと堀北先輩のことをだすのはマズいんじゃないかな? だって橘先輩が……いや、よそう。私の勝手な推測で橘先輩の恋心をバラしたくない。でも堀北先輩のことについて語る橘先輩の顔を思い出すと……。
「でも、そうか。確かにオレならいいかもな。
オレみたいなのが好みのタイプだけど“政治家の奥さんになんかになる覚悟はないから憧れで止めている”ってことにすれば、白波もオレとの仲を軽率に後押しするようなことはしてこないだろう」
「あー、それは確かに覚悟が必要そうだよね」
「もしくは単純にBクラスのリーダーとして“3年生の3月になってクラス対抗が終わるまでは恋愛はしない”ってことにしておけば、白波だけじゃなくて他にもいるかもしれない一之瀬のことを好きなヤツも牽制できるかもしれないな。
まぁ、それを言ったら最後、この学校にいる間は恋愛できないことになるだろうけど」
「う゛っ!?」
ええー。いや、絶対に彼氏が欲しいとか恋愛したいってわけじゃないけど、それでも3年間の高校生活で甘酸っぱい話がゼロに確定してしまうというのは、流石に二の足を踏んじゃうよ。
「もしくは時間稼ぎのためになら、3年生の3月までじゃなくて1年生の間は恋愛しないってことにしてもいいが、2年生に進級した直後がメンドクサイことになりそうだな。一之瀬だったら、下手したら10人ぐらいがスタンバってしまうことになりそうだ。
……いや、待てよ。そもそもオレの名前を使うにしても、“試しに付き合って”と言われても断れるだけの理由を考えておいた方がいいんじゃないか? 例えば“初めての交際は好みのタイプの人と付き合いたい”とか……」
「あ、そっか。漠然とした憧れぐらいだったら“考えが変わるかもしれないから試しに付き合ってみて”って言われるかもしれないね」
「こう考えると難しいな。恋愛というものは……」
本気で私の相談に乗って悩んでくれる綾小路くん。
何でもできるような綾小路くんでも、やっぱり苦手なことはあるんだね。櫛田さんから綾小路くんへの愚痴を聞いたことがあったけど、それは誇張じゃなくて本当のことだったんだ。
この高校に入る前から少しだけとはいえ綾小路くんと顔見知りだったウチのクラスの神崎くんは、綾小路くんのことを思いっきり警戒している。少なくとも自分では勝てない、とまで言い切ってしまうぐらいだ。
まぁ、Bクラスには勉強でも運動でも綾小路くんに勝てる生徒はいないのはわかっている。
だから、もしDクラスとクラス対抗で争うことになった場合は綾小路くんが最も警戒しなければならない生徒だったんだけど、綾小路くんにも苦手なところがあるってことが今のうちに確かめられてよかったし、綾小路くんが神崎くんの言う通りで強敵であっても信頼はできる人だということも確認できた。
いや、これを機会に綾小路くんの情報を手に入れられたら一石二鳥でラッキーと密かに思ってはいたけど、千尋ちゃんへの返事をどうしようか困ってるのはもちろん本当なんだけどね。
「―――ああ、そうだ。思い出した。
一之瀬は皇桜学園グループって知ってるか? 皇桜女学院とかが系列の」
「知ってるよ。皇桜女学院といえば私立の名門校で各界のご令嬢が通うお嬢様学園なんでしょ。
実は私も特待生として皇桜女学院に推薦貰える話もあったんだけど、学費だけじゃなくて生活費もかからないから高育の方を選んだの。だからその過程で色々調べたよ」
「そうか。その皇桜学園グループの理事長は奏流院柴音って女性なんだけど、その人の男の選び方を聞いたことがあるんだ」
「え、何々? 普通に興味あるんだけど」
「奏流院理事長は妹さんに常々こう言っているらしい。『男は顔よりヒッティングマッスルのデカさで選べ』、と。
ちなみにオレはまだまだらしい。まぁ、俺はスピード重視のところがあるからな」
「??? ……? …………???」
それを千尋ちゃんに言え、と?
確かに千尋ちゃんとは正反対のタイプになるだろうから納得はしてくれるかもしれないけど、今後の私の評判が変なことになる気がヒシヒシとしてくるよ。綾小路くんはそのことに気付いているのかにゃ?
うーん、櫛田さんや軽井沢さんが言ってた、綾小路くんはポンコツ大型犬系という表現はやっぱり正しいのかもしれない。悪い人じゃないことは確かなんだけど、悪気なしに飼い主を振り回す大型犬っぽいね、ホント。
「ヒッティングマッスルとまではいかなくても、一之瀬だってヒョロガリよりは筋肉がある程度ついている方が好みだったりしないか? だったらシンプルに筋肉質な男性が好みってしておけばいいんじゃないか?
それなら白波とはタイプが真逆だし」
「好みとまではいかないけど、確かにそっちの方が頼りがいがありそうって思えるね。
そっか。“初めての交際は好みのタイプの人と付き合い”たくて、好みのタイプは“筋肉質で頼りがいのある男性”って設定にしておけばいいのか。うん、それなら千尋ちゃんも納得してくれそう!
……でも綾小路くんの筋肉でまだまだって、奏流院理事長ってどれだけ筋肉が好きなのかな?」
「オレは体重が80kgをギリ超えていないからなぁ。超えていないというか超えられないというか、筋肉を育てる上で最も重要な食事量をどうにもこれ以上は増やせられないんだよ」
「え? 綾小路くんって、食堂で定食2~3人前とか普通に食べてなかったっけ?」
「食べる人はもっと食べる。小津先生監修のTOSHIOプロテインとかも飲んでいるんだが、それでもやっぱりなかなかなぁ……。
とはいえ、オレは同年代の男子に比べると筋肉はついているから、それこそオレの名前を使う理由にちょうどいいだろう。それとジムで筋トレしているときに女子から写真を撮られたりしてるから、その写真を集めておけば説得力も増すんじゃないか? ウチのクラスの軽井沢に言えば回してくれると思うぞ」
「えっと……ウン、ソウダネ!」
あの……綾小路くんの写真はもう持ってます。
いや、違うの。
綾小路くんのファンの子が写真を撮ったのが事のキッカケだったんだけど、そもそもファンの子はちゃんと綾小路くんから撮影の許可を貰ったんでしょ。その子が撮った写真を周りの子に自慢して、そこからどんどん広まっていってるだけなの。聞いた話だと上級生にも回っているとか……。
写真を見たらわかるけど、本当に綾小路くんの筋肉は凄い。
加圧シャツっていうの? あのピッチリしたハイネックシャツを着て筋トレしてることもあって、筋トレ雑誌に掲載されていてもおかしくない筋肉が余計に強調されてるんだよ。それこそ男子とかでも綾小路くんの写真を見て『俺も鍛えようかな』なんて言っている人が結構多かったりするんだよ。
だから私が綾小路くんの写真を持ってるのは友達から回ってきた写真を消さなかっただけであって、決して私から欲しいと言ったわけじゃないの。
でも最近になって、綾小路くんの筋トレ中の写真だけじゃなくて、日常生活の写真も出回ってきているんだよね。
一昨日なんか櫛田さんや堀北さんたちが綾小路くんの部屋で手料理をご馳走になったらしく、綾小路くんのエプロン姿の写真を撮影して女子の連絡網に回してきたんだから。ちなみに夕食は麻婆豆腐だったみたい。
料理中の綾小路くんは紺色のバンダナで髪をまとめていて、部屋着は筋トレ時に着る加圧シャツとは違うらしい黒いコンプレッションシャツ。調べてみたら加圧の加減度合いが違うだけで、両方とも英語では
柄もない無地の紺色と黒色の2色しかない組み合わせの服だけど、シンプルなためか綾小路くんの筋肉が余計に強調されて似合っていた。
そういえば綾小路くんって着飾らないというか、普段がいっつもシャツとスラックスの組み合わせばっかりの私服らしいから、Dクラスの女子の中で綾小路くんを着せ替え人形にして遊ぶ企画が持ち上がっているみたい。面白そうだし参加してみたいっていうBクラスの女子もいるんだけど、Dクラスの女子と綾小路くんの幼馴染の坂柳さん限定企画みたいなのが残念だよ…………ってクラスの女の子が言ってた!
でも、千尋ちゃんに綾小路くんの写真を見せながら『こういう人が好みなの』って言えば、信じてもらえやすくなりそうだね。
――――――――――――
『―――綾小路清隆って言ったよな?』
『アッハイ』
『
ああ、のぼせた今井コスモは布団に寝かせてるから心配するな』
『烈堂さん??? そんなにお姉さんの鞘香さんと風呂場で出くわしちゃったこと怒ってるんですか?』
『俺じゃ不服か? 安心しろ、三朝は俺の師匠だからシラットも学んでいるぜ』
『若ー、刃物は禁止ですからね』
桔梗ちゃんは外堀を埋めるのに頑張っているみたいです。余計な女の子も混ざってるみたいですが。
それときよぽんも流石に外道マーボ―を食わせるほど人間を止めてはいません。普通の麻婆豆腐です。
ここに明記しておきますが、帆波ちゃんに限らずよう実キャラには、原作前の時点できよぽんから干渉したりはしていません。基本的に原作通りとお考え下さい。
例外は向こうから会いに来た有栖ちゃん以外だと、パッパの関係で付き合いができた神崎くんぐらいでしょうか。でも神崎くんもパーティーで会うぐらいでした。
それと宝泉くん。