『……ったく、痛ぇな』
『クハハ、年の割に強かったですね、綾小路の坊ちゃん。
若をあそこまで苦戦させるなんて、闘ったら私もヤバいですかね?』
『いや、流石に三朝相手には無理だろ。だが素手限定なら護衛者の隊長クラスにも匹敵するか?
ウチの護衛者のほとんどは武器の使用前提のところがあるから、何でもアリなら普通の護衛者でも相性次第だろうけどな』
『そんなところでしょうねぇ。
以前に雑談で聞いたところだと、坊ちゃんは護身や護衛のための武術が基本で、政治家になったら群衆の中に入り込む可能性が高いから立ち技でコンパクトに闘えるボクシングを主軸にしているみたいですぜ』
『ま、人混みの中じゃ投げ技とかは使い難いだろうしな。
しかし、アイツは本当に政治家になる気なのかよ』
『あれでまだ15歳なら、5年も本腰入れれば“牙”クラスまで強くなれそうなのにもったいないですねぇ。
あの坊ちゃん、若との闘いの最中にシラットの技を盗んでましたよ』
『
しかし、政治家か……俺の将来の目的、親父の跡を継いだときのためにも、綾小路とは仲良くなっておくか』
――― 龍園翔 ―――
「私には何となくわかるのよね。軽井沢さんって好きな相手にイジメられたいタイプだよ」
「お、おう……」
「だって、ついこないだもジムでも綾小路くんに
『なぁ、いいだろう、軽井沢。オレは興味があるんだ』
『そんなこといきなり言われても……』
『大丈夫、優しくするからさ』
『……うん、わかった。それじゃあ優しくしてね…………って、イ゛ダ゛ダ゛ダ゛ダダァーーーッ!?!? ちょっ、待って! 痛いってば綾小路くん!?』
『ん? 間違ったかな?』
とか何とか言われて足ツボマッサージされてたんだけどさ、頻繁に実験台で痛い目にあってギャーギャー騒ぐ癖に綾小路くんにベッタリなんだよね、軽井沢さん。傍から見てたらDV彼氏に洗脳された彼女みたいだったわ」
軽井沢って女の性癖はどうでもいいんだよ。いや、ダイエット関連で1年女子の中では顔が広い女らしいから、軽井沢の情報自体はあった方がいいんだがな。
だが、俺が今一番知りたいのは綾小路の情報だ。
「真鍋、軽井沢についてはもういい。
それで? 聞いた話だと綾小路はずいぶんと女に囲まれているようだが、女好きなのか? 女子にマッサージすることはあっても、男子にはしてないようだが?」
「えっ? いや、男子でも希望すればやってくれると思うけど、単純に男子は実験台にされるのがイヤなだけなんじゃないの? 4月に『これが男女の骨格と筋肉の違いか』って呟きながら悲鳴を上げる軽井沢さんと平田くんを実験台にしてたらしいし?」
「石崎」
「えっ!? な、何すか、龍園さん!?」
「おまえ、ちょっと実験……いや、やっぱまだいい。まだ早いな。
それで真鍋。綾小路の交友関係はどうなんだ? 特に他クラスの女との関係だ」
「うーん、聞いた話だと仲が良い女の子は幼馴染のAクラスの坂柳さんの他に、Bクラスだと生徒会で一緒に仕事している一之瀬さんと最近ボクシングを綾小路くんから習い始めた白波さん。ウチのクラスだと椎名さんと伊吹さんってところじゃない?
Dクラスだとさっき言った軽井沢さんに、女子のリーダー格の櫛田さん、部屋の掃除のバイトをしている堀北さん、後は勉強を教えてる……何て名前だったかは忘れたけど髪の長い女の子が2人かな。クラスの残りの女子は怖がっているとまではいかないけど、綾小路くんが凄すぎて4月のときみたいに気楽に接せれないみたい。最近は少しマシになってるらしいけど。
それと男子も同じらしくて、綾小路くんと気楽に接せられるのは平田くんだけらしいよ。あと高円寺くん」
「ハッ、女への躾も得意みたいだな。
それと部屋の掃除のバイトってのは何だ?」
「言葉のまんまらしいけど? 週2か3で綾小路くんの部屋の掃除して月1万プライベートポイントだってさ。まぁ、勉強を教わる名目とかで、掃除以外でも堀北さんは毎日のように入り浸っているって櫛田さんが言ってたけど。
綾小路くんはDクラスのリーダーの役目と勉強とトレーニングで忙しいらしいよ。それで4月と5月の一人暮らしで自分に生活能力はあるってもう判断できたから、家事を外注してやらなきゃいけないことを減らしてるんだってさ。
それで仲の良い女の子は結構いるみたいだけど、女好きかどうかは微妙だと思う。軽井沢さんを実験台にして色々と試してる時の綾小路くんって、軽井沢さんのことを解剖用のカエルを見る目で見てるから」
「さっきから聞いてるとサイコパスとしか思えないんだが?」
「まぁ、ジムでのトレーニングについてファンの子が綾小路くんからアドバイス貰うことあるけど、女子に手取り足取りで教えてるときも平然としていたから、少なくとも女慣れはしてんじゃないの」
フン、本格的にそれぞれのクラスの中でも役割が決まってきたようだが、クラスによってリーダーの傾向は随分と違いがあるみたいだな。
俺が王として君臨しているCクラス。仲良しこよしで一之瀬を崇めているBクラス。
Aクラスは葛城と坂柳がリーダー争いをすると思っていたが、葛城がヘマをしたせいでスッカリと坂柳一強になっている。葛城を慕うヤツもまだいるようだが葛城が生徒会に入ったこともあって、Aクラス内では男子のまとめ役程度の地位になっている。坂柳に関しては、学校からSシステムの詳細についてのネタバレがあった5月1日からDクラスにちょっかいかけてやがったから、やはり侮れない相手と見るべきだろう。
Dクラスは聞いた感じだと綾小路一強のクラスっぽいんだが、単純に綾小路におんぶに抱っこされてるわけじゃなくて…………綾小路という暴れ馬が引っぱるソリに必死こいてしがみついているその他大勢、って感じか?
となると綾小路は強敵かもしれないが、Dクラスという集団には隙があるな。
「わかった。とりあえず真鍋は引き続きジムに通って、綾小路と軽井沢の情報をそれとなく集めておけ。
次、小宮と近藤。バスケ部での話を聞かせろ。綾小路はたまに顔をだすんだろ」
「は、はい。といっても、わかってるのはバスケ部の俺たちよりバスケが上手いってぐらいで……」
「1年で一番上手い須藤どころか、上級生でも綾小路に勝てるヤツはいません。綾小路の後ろから仕掛けても、後ろにも目がついているんじゃないかってぐらいにボールを取れません」
「サッカー部でも南雲副会長に勝ったって聞くし、他の運動系の部活でも綾小路は負け知らずって聞いてます」
綾小路が運動を得意にしてるなんてことは、オリンピックの金メダリストってことからもうわかってるんだよ。
やっぱりコイツラみたいな馬鹿に、改めて綾小路のことを聞いても新しい情報はないか。
「おまえらは綾小路と仲は良いのか? 5月1日にSシステムについてのネタバレメールを貰っていたようだが」
「いやぁ、普通だと思いますよ。バスケ部に来たときに連絡先の交換はしましたけど、別に休日に遊んだりとかはしないです。用があったら話すし、廊下で会ったら手ぇ挙げて挨拶するぐらいですかね。
……まぁ、荒っぽい須藤よりは仲は良い、かな?」
「それこそ本について話し合う椎名の方が仲良いんじゃ……?」
「チッ。おい、ひより。本のことで綾小路と何度も話しているんだろう? 綾小路について何か気づいたことはないのか?」
「クソでした」
「そうか、クソか…………クソ?」
は? 本を読むこと以外にロクに興味を持たないひよりにクソなんて言葉を使わせるとは、綾小路のヤツはひよりに何をしたんだ?
「ひより???」
「失礼。思わず汚い言葉を使ってしまいました」
「いや、それはいいんだが……どうしたんだ?」
「何がと言いますか、綾小路くんの知人が書かれたという小説を紹介されたんですよ。尾道二徳って作家なんですけど……クソでした」
「……おまえがそこまで言うのか? その作家に逆に興味が湧いてきたぞ」
「難しい言葉を沢山使われていますけど話が単純です。作家ならもうちょっと捻って書いて欲しいです。それに登場人物同士の会話が設定資料を読んでいるだけのような不自然さで、そもそもの設定自体に興味を惹かれません。
おかげで無駄な時間を過ごしてしまいました」
「……そうか。ご苦労だったな」
「ちなみに綾小路くんに忌憚なく感想を述べたところ『やっぱりそうだよな』という返答でした。自分でもわかっていたのなら、あんな本を読ませないで欲しいです。お詫びとしてカフェで好きなだけスイーツをご馳走して頂けましたけど、正直に言ってあんな本を読ませた綾小路くんへの怒りはまだ収まっていません。
それと綾小路くんはたまに茶道部にも来るのですが、来た際に『抹茶キメに来た』とか人聞きの悪いことを言わないで欲しいです。抹茶に覚醒作用があるのは事実ですけどね」
「お、おう……」
プイッと怒った感じでそっぽを向いて読書に戻るひより。どんだけ酷かったんだよ、その作家?
とはいえ、綾小路がクソ作家の本を読ませたせいでひよりの不興を買ったのはラッキーだな。
ひよりはCクラスの中でも数少ない学力が優れているヤツだし、勉強だけでなく洞察力にも優れている。俺に逆らうわけではないが従順でもないところが気になるが、そういうことなら綾小路と仲が良くてもクラスを裏切って綾小路の味方をすることはねぇだろう。
聞いた感じだと小宮や近藤、それに真鍋辺りも裏切ったりはしないな。
小宮たちは綾小路のことを嫌っているわけじゃなさそうだが、バスケ部で頑張っている自分たちよりもバスケが上手いことに含んでいるところがありそうだし、真鍋は綾小路のことを便利な存在としか思ってなさそうだ。
下手な内憂をクラスに抱え込むわけにはいかねぇからな。
「次、金田」
「はい、龍園氏。綾小路氏が執筆された論文への質問をとっかかりに親交を深めておきました。小宮氏と同じで、用があったら話して廊下で会ったら挨拶するぐらいの仲ですね。
それで綾小路氏についてですが、申し訳ありませんが頭脳面では私に勝ち目がありません」
「そこまで言い切るか」
「ええ、単純な学力は既に大学レベルまで修めているようですし、教養についても現代世界情勢から経済、歴史、日本文学、西洋文学、果ては美術史などを一夜漬けながらも予習をしてから話を振ってみたのですが、その全てで私以上の見識を持って話を返されました。おかげで勉強になりましたよ」
「そこまでか……」
詳細は発表されていないから詳しいところはわかっていないが、学校の不手際があったらしいとはいえSシステムについて初日に気づいたんだ。それに先日の中間テストでも、1年の最初の中間テストでは例年同じ問題がでることに気づいて過去問を手に入れるなんてこともしたらしい。
綾小路はやっぱりただの頭でっかちの秀才ってわけじゃなさそうだ。頭脳方面でも侮れる相手じゃないってことか。
「次、伊吹。
真鍋の話では綾小路と仲が良いってことだが、おまえから見て綾小路はどんなヤツなんだ?」
「私? 別に仲が悪いわけじゃないけど、仲が良いってわけでもないんだけどね。ジムで会ったときに話すぐらいだし。
……まぁ、言えるとしたら、アルベルトのときみたいに簡単にはケンカ売らない方がいいよ」
「言うじゃねぇか。俺じゃ絶対に綾小路に勝てないと?」
「うん、無理。フリッカージャブでアゴ打たれて一発KOされるだけ。マジで綾小路のジャブ見えないよ。
綾小路の一番好きな格闘家はボクシングヘヴィー級四大団体制覇のガオラン・ウォンサワットらしいんだけど、綾小路は素手でならグローブをつけたガオランと同じ速度のジャブ打てるんだってさ」
「……そんなに速いのか?」
「一呼吸で13発。サンドバッグ打つところ見たけどマジで“フラッシュ”だわ。しかもアイツ、拳だけじゃなくて足技もできるよ。ミドルキックでサンドバッグを“つ”の字に曲げてたし」
「“く”の字じゃなくて“つ”の字かよ。文武両道どころの話じゃねぇだろ。
……しかし、伊吹よ。綾小路について随分と平然としたまま話すんだな。おまえの性格からしたら、自分より強いヤツのことをそんな風に気負わずに話せるとは思わなかったんだが?」
「ハァ? ……まぁ、私だって負けず嫌いの自覚はあるけどさ。
でも綾小路については何て言うのかな。……例えば龍園だって、金田に勉強で負けたり小宮や近藤にバスケで負けたとしても、それはそれで悔しいとは思うかもしれないけど、ある意味では当然だとも思うでしょ?」
「そりゃあなぁ。金田はガリ勉だし、小宮と近藤はバスケ部だ。流石の俺でも相手が努力している分野で負けるってんなら、それは仕方がないことだと受け入れるさ」
「私も同意見。得意分野が同じだとしても、明らかに私より頑張っているヤツに負けるのを受け入れられないのは筋が通んないでしょ。
それでなんだけど、綾小路に『どうやったら強くなれる?』って聞いたら何て答えたと思う?」
「……『鍛錬量を増やせ』か?」
「違う。『飯の量を3倍にして体重を最低5kg増やせ。あ、体脂肪量は今の値をキープな』よ」
「ガチじゃねぇか」
「ガチでしょ。流石に女子相手にそんなこと言うヤツと運動関連で張り合おうとは思わないって……」
そりゃしょうがねぇな。確かに伊吹も武術を学んでいたんだろうが、そこまで言う綾小路ほどには本格的にやっていなかったんだろう。
いつだったか高校の野球部の特集ドキュメント番組で見た覚えがあるが、野球部の名門校ともなると部員が寮住まいで飯をたらふく食わされて、身体作りからトレーニングを行うらしい。綾小路がそれ並みに努力しているとすれば、伊吹の今までの努力は普通の高校の野球部程度のものだろう。プロとアマチュアの違いと言ってもいい。
それならいくら負けず嫌いの伊吹といえども、流石にそこまで努力しているヤツに文句はつけられねぇか。
「あー、そういえば綾小路くんってそんな感じだよね」
「真鍋にも心当たりがあるのか?」
「うん。綾小路くんってスポーツ選手だからか身体のケアもしっかりしてんのよ。しかも、筋肉のケアだけじゃなくてお肌のケアも。外でランニングとかする時は日焼け止めをしっかり使うらしいし、化粧水とか乳液とかも使って下手な女子よりケアしてんじゃないかって思えるぐらいしてんの。
綾小路くんのイメージに合わないなと思って、どうしてそんなにケアしてるのか聞いたら何て答えたと思う?」
「知るかよ」
「『タンパク質がもったいないだろ』」
「タン……??? ……意味がわからねぇぞ」
「ホラ、お肌にダメージ受けたら、回復させるのにタンパク質使うでしょ。皮膚も結局はタンパク質からできてるんだから。
だけどそしたら、せっかく筋肉を育てるために取ったタンパク質がそっちに使われちゃうことになるからもったいないんだってさ」
「あー、言ってた言ってた。
(……それにアイツ、ボルダリング選手のせいか手のケアに特に力入れてんのよね。下手したら私より……)」
「綾小路って頭おかしいんじゃねぇのか?」
いや、プロのスポーツ選手ならそれが当たり前なのか? 流石にプロスポーツ選手や金メダリストの知り合いなんぞいないから、おかしいのかおかしくないのかのサンプルが綾小路以外になくてわからねぇ。
とはいえ、身体へのダメージが多ければ多い程、回復に時間がかかるってのは理屈的には間違ってないんだろうから、そういうものだと受け入れるしかないか。なにせプロスポーツ選手にとって自分の肉体こそが資本であり金の生る木だ。なら肉体のメンテナンスをしっかりするのは当然のことだな。
しかし、やはり綾小路に手をだすのは時期尚早か。
BクラスにちょっかいをだしたときにBクラスの味方する形で綾小路が介入してきやがったから、反応を見るためにも綾小路自身に軽く一当てしておきたかったが、この感じだと綾小路自身に手をだすのはもう少し情報を集めてからの方がいいな。やはりDクラスの他の雑魚から狙うとするか。
綾小路を甘く見るつもりはない。俺が前に見たヤツが本当に綾小路だった場合、アイツはただの品行方正なお坊ちゃんじゃねぇ。
今年の3月、この高校に入学することが決まった中学最後の春休みの頃の話だ。俺の地元で“宝泉和臣を探しているヤクザがいる”という噂が流れた。
直接会ったことはないが、宝泉ってのが俺の1つ下で地元では俺と悪評を二分しているようなクソガキというのは知っていた。そんな宝泉のことを、身長が2mぐらいありそうなガタイの良いドレッドヘアーのヤクザが探しているという噂を聞いた俺は、春休みでヒマだったこともあって噂を確かめてみようと夜の街を彷徨い歩いた。
せっかくだし、宝泉って野郎のツラを拝んでやろうとも思っていたしな。
しかし空振りの日が続き、あくまで噂は噂だったかと確かめるのを断念しそうになった夜に、地元の比較的大きな公園でヤツらを見つけた。
人気のない夜の公園にいたのは3人。
1人は宝泉。高校生と思えるほどガタイがよく、こりゃ噂になるのも当然だと納得する不敵なツラをしたガキだった。
もう1人が綾小路だったと思う。暗くて顔がよくわからなかったから確実じゃないし、高校に入ってから綾小路の顔を見てそうだったんじゃないかと思い返したぐらいのあやふやさだがな。
そしてもう1人。噂になっていたガタイの良いヤクザだ。確かに身長が2mぐらいありそうなデカさで、体重も俺の倍はありそうなオッサンだった。近くにいた中学生にしてはガタイが良いはずの宝泉が、オッサンと比較すると年相応のガキに見えるほどの体格の違いだった。
『ようやく見つけた。コイツが宝泉ですよ、関林さん』
『おお、聞いた通りにイイ身体した坊主だな。中学生でコレか』
『……テメェらが最近俺を探してたっていうヤツらか。俺に何の用だ?』
『そう怯えるなよ、宝泉和臣くん。ちょっと君をスカウトしに来ただけだよ』
『あ゛あ゛? スカウトだぁ!?』
『猫撫で声が怖いです、関林さん』
『そうそう。ちょっとだけでいいから話を聞いてみないか? 夕メシは食ったか? 食ってないなら奢ってやろうじゃないか。
ちゃんと親御さんには話を通しておいたから心配すんな』
『なっ、何だと……』
『(致命的な勘違いが生まれてそうだけど、面白そうだから黙ってよう)』
『ちょっとだけ。ちょっとだけだから。なっ?』
『ふざけてんじゃねぇっ!!』
暴れだした宝泉だったが、ヤクザのオッサンは宝泉に殴られるがまま『おお、元気いいなぁ! もっと来いや!』とか余裕そうに宝泉を子供扱いして、もう1人はその光景を慌てることもなく退屈そうに観察していた。
10分ぐらいだっただろうか。肩で息をするぐらいに殴り疲れた宝泉はアッサリと2人に取り押さえられて、オッサンに担がれてどこかに連れ去られてしまった。ガラにもなく警察に連絡した方がいいかとも思ったが宝泉を助ける義理はないし、そもそもどう説明したらいいかがわからなかったのでやめた。
ちなみに宝泉は少なくとも俺が高校に入るまでの間は帰ってこれなかったようだった。マジでどこに連れ去られたんだ、アイツ?
宝泉の末路に興味はあったが、あの日から宝泉と一緒にあのオッサンも出没しなくなったみたいだったので、藪蛇つかないように特に調べることもなくこの高校に入学した。そして学校内で有名だった綾小路の顔を見て、あの夜に見た1人だったんじゃないかと疑いを持った。
あの夜のことは忘れたことはない。
宝泉を子供扱いして連れ去ったヤクザのオッサン。あの光景を見たら、俺がそれまでやっていたことなんぞ、それこそただのガキのケンカでしかなかったと理解してしまった。
俺は恐怖を感じない。
しかし、恐怖を感じなかったとしても、そんなものは圧倒的な暴力の前には紙の盾にすらならない。たとえ何度だろうとリベンジする気概を俺が持っていたとしても、相手がそれを許さずに一度で勝負を決められたら俺の気概なんぞに1ポイントの価値もない。
この学校内だったら宝泉のように拉致られて人生終了、なんてことはなさそうだが、それでも退学になったらそれでお終いだ。リベンジする気概が残ってたとしてもリベンジする機会は永遠になくなる。
綾小路がヤクザと一緒にいたヤツかどうかの確証はない。
だが、あの夜まで俺がガキだけしかいない世界で自分だけは他の雑魚どもとは違う、なんて粋がっていたのは事実だ。自分の周囲だけじゃなくて世間に目を向けてみれば、ヤクザだの半グレだの俺がいた世界が生っちょろく思えるぐらいの現実が広がっている。俺は自分の周りにいるヤツだけを見て、この程度かと世間を甘く見ていたのは事実だろう。
それを反省して、綾小路をあのときのヤクザと同レベルの脅威として受け止める。あのヤクザのオッサンと一緒にいたのが本当に綾小路じゃなかったとしても、綾小路が俺よりも社会経験を積んでいるのは間違いないだろう。
それこそオリンピックのために外国に行ったりとか、政治家の親父に付き添って政治パーティーに参加しているぐらいに大人に慣れているはずだ。そしてこの学校を運営しているのも大人なんだから、その運営者の思考を俺よりも理解しているということでもあるだろう。
そもそも綾小路クラスで勉強や運動ができるだけでなくて、格闘技を習っていて荒事にも慣れていそうなヤツを甘く見ることはしない。
とはいえ、いつまでも警戒するだけ、というわけにはいかない。そろそろ動くとしよう。
Bクラスは中間テストのときにちょっかいをかけたので、Bクラスリーダー格の一之瀬や神崎のことはある程度わかった。
なら、次に手をだすのはAかDなんだが、Aクラスに手をだすのは危険だろう。なんだかんだでスペックの高い連中が集められているのだし、それに下手に手をだすと仲の良い坂柳と綾小路を同時に敵に回す。流石にそれでも勝ち目があるだなんて思えるほど思い上がってはいない。
となると、やはり次の獲物はDクラス。それも綾小路には直接手はださず、狙うは小宮と近藤と一緒のバスケ部の須藤とかいう簡単に挑発に引っかかりそうな馬鹿だ。それなら綾小路はでてくるだろうが、坂柳まではでてこないだろう。
いや、たとえ坂柳がでてきたとして、それはAとDの仲が良いことを意味してるんだから、そういう情報こそをクラス対抗が序盤の今のうちに手に入れておかなければならない。
ま、小手調べのための軽い一当てだな。
「おい、小宮、近藤。本当に2日連続で綾小路がバスケ部に顔をだしたことはないんだな?」
「え、ええ。それはマジです。
綾小路はサッカー部とバスケ部、陸上部、水泳部とかに顔をだしてますけど、休養日とか筋トレの日とかもありますので、次に顔をだすのは早くても次の週です」
「ここ2週間ぐらいは来てなかったんで、そろそろ顔をだす頃だと思いますけど……」
「いいだろう。次に綾小路がバスケ部に顔をだした翌日に決行だ。
石崎、おまえもスケジュールはしばらく空けておけ」
「は、はい。龍園さん!」
ククク……、直接対決はまだしねぇが、綾小路は俺の一手をどう返してくるかな?
須藤を見捨てずに抱え込むか、それともアッサリと須藤を見捨てるか。今回で綾小路の出方を観察して、今後起こる直接対決の参考にさせてもらうとするか。
――――――――――――
『でも若。仲良くなるのはいいんですが、綾小路の坊ちゃんが鞘香お嬢様……姉君とも仲良くなったらどうするんです?』
『…………あ゛?』
『坊ちゃんが15歳で、姉君が20歳。年齢的にはそうおかしくないですぜ』
『…………』
『御前も坊ちゃんのことは気に入られていらっしゃいますし、姉君もお年頃ですからアリかナシかで言ったらアリの類でしょうねぇ』
『……
『そっちは綾小路の坊ちゃんが泊まられてる部屋の方ですよ。どこに行かれるつもりですかい、若?』
やめて! Cクラスの挑発に引っ掛かって石崎たちを殴ってしまったら、須藤が所属しているDクラスのクラスポイントまで減っちゃう!
お願い、殴らないで須藤!
あんたが今ここで殴ったら、Dクラスのクラスポイントはどうなっちゃうの?
堪忍袋の緒はまだ切れていない。ここを耐えれば、Cクラスに勝てるんだから!
次回「龍園 死す」デュエルスタンバイ!
それと宝泉くんは春休み終了3日前には帰宅できました。ご飯をたくさん食べさせてもらえたので、体重が3kgぐらい増えたみたいです。