いってこい実力至上主義の教室へ   作:嘴広鴻

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1-2 やはり筋肉・・・!! 筋肉は大体のことを解決する・・・!!

 

 

 

『清隆、力を持っていながらそれを使わないのは愚か者のすることだ』

『わかった!』

『待て、落ち着け。行動する前に何する気か言え、清隆』

 

 

 

――― 坂柳有栖 ―――

 

 

 

「なっ……! あなたは高校生でしょう!? 大人の言うことを素直に聞きなさい!」

 

 

 ……騒がしい上に見苦しいですね。

 騒いでいるのは通勤途中らしきの大人の女性。優先席に座っている高育の制服を着た少年に対して、辛そうに足元がフラフラしていたお婆さんに席を譲るように迫っていましたが、少年はそんな女性の剣幕も意に介さず受け流していました。「優先席を譲る法的義務はない」ですか。まぁ、その通りといえばその通りなので、女性も反論できず、悔しそうに涙目になりながらお婆さんに謝っています。

 しかし、少年の言い方もアレですが、あの女性もあんな口調で命令するように席を譲るように迫って、素直に席を譲ってくれると思っていたのでしょうか?

 

 清隆くんがよく読んでいた“葉隠”の聞書1の14でしたね。簡単な現代語訳では

『人に意見することは大事なことですが、意見の仕方はよく考えなければなりません。

 意見しても聞いてくれなければ、何の役にも立たず、人に恥をかかせて悪口を言うのと同じで、自分の気を晴らすために言っているだけです』

 と、見事にあの女性が体現してしまっていることが書かれていたのは。

 お婆さんも可哀そうに。あの女性があんなに騒いでいるせいで車内から注目を集めてしまって、見るからに気まずそうにしています。

 

「あの……私も、お姉さんの言うとおりだと思うな」

 

 これで終わりかと思えば、今度は女性の隣に立っていた、同じく高育の制服を着た短髪の少女が参戦です。社会貢献のためにも少年に席を譲るようにお願いしましたが、少年の「社会貢献に興味はない」「社会貢献に優先席云々関係ないから着席している他に言え」でアッサリと撃沈。相手が悪かったようです。残念でしたね。

 今度こそ終わりかと思えば、少女は優先席に座っていた少年の言う通りに、その矛先を私のような優先席ではない座席に座っていた乗客へと向けたのでした。

 しかし、それでも動く人間はいません。でもこれはお婆さんに席を譲るのが嫌だというより、あの騒動に巻き込まれたくないという想いが強いからでしょう。ヒステリックに騒いだ、あの女性の所業が後に響いてしまっています。

 

「ね、ねぇ。そこの君。お婆さんに譲ってあげてくれないかな?」

「オレか?」

「そ、そうよ! あなた元気そうじゃない!」

 

 席を譲る声が出ないことに焦った少女は、何を思ったのか私の隣で座って……座って?いた清隆くんにターゲティングしてしまいました。早まったことを……。

 あーあ、便乗した女性もそうですが、周りをよく見てから行動すべきでしたね。

 

「……場所は譲れても席は譲れないぞ」

「なっ! 何をわけのわからないことを言ってるの!?」

「いや、オレが座ってるの、座席じゃなくて空気だし」

「えっ?」

 

 ヒョイっ、という感じで清隆くんが立ち上がります。だけどそのお尻の下には座席はなく、ただ空間が空いているだけでした。

 

「く、空気椅子してたの……?」

「何でそんな紛らわしいことしてるのよ!?」

「(筋トレしては)アカンのか?」

「アッハッハッハッハ! 空いている席がないならば、空気に座ればいいじゃないか、ということかね? 老婆相手に酷いことを言うレディとプリティガールだねぇ」

「じゃ、じゃあ隣の女の子! 席を譲りなさいよ!」

「ちょっと待ってください、お姉さん! 少し落ち着いてください!」

 

 少し落ち着いて見れば、清隆くんが席に座っていなかったことがわかったでしょうに。しかも、今度は私にまでターゲティングです。

 少女の方は私がバスの壁側に立てかけている杖が目に入っているからか、女性を止めようとしていますが、あの女性はもう駄目ですね。少年に煽られてしまったこともあって、頭に血が上って目の前のモノも見えておらず、冷静な考えができていません。

 

 せっかくの高校入学の日だというのに、騒がしさのせいで良い気分が台無しです。

 ……いい加減、不愉快ですね。黙らせますか。

 

 

「いいですよ。私が席をお譲りしましょう」

 

 

 そう言って、これ見よがしに杖を持って席を立つ準備をします。

 私の杖を見た女性はハッと、ようやく気づいた顔をし、次の瞬間には顔を青くしました。

 まぁ、杖を持った女の子から席を奪うなんて、傍から見たら外聞が悪いことこの上ないでしょうからね

 

「清隆くん」

「ああ。隣失礼するぞ」

「えっ? え、ええ」

 

 清隆くんに声をかけると、私の後ろの席に座っていた同じく高育の制服を着ていた長髪少女の許可を取ってから、彼女の隣へと移動して再び空気椅子の態勢に戻りました。

 先ほどの空気椅子の態勢と違うところがあるとすれば、前の座席の肩についている手すりをガッチリと握り込んでいることでしょうか。先程まではバスが急停車などしても大丈夫なように手すりを握ってはいましたが、あそこまで力を入れて握り込んではいませんでした。

 揺れるバス内でも、空気椅子で少しも姿勢を乱さない。うーん、相変わらず見事な体幹してますねぇ。

 

「そんな……お嬢さん。私はいいから座っていてください……」

「いえいえ、大丈夫ですよ、お婆さん。

 何しろ高校生は、大人の言うことを素直に聞かなければならないらしいので……」

「…………」

 

 心底から申し訳なさそうなお婆さんと、私の皮肉に更に顔を青くする女性。

 周りからの女性への視線も厳しいものとなっており、いたたまれなさそうな表情をしています。

 

 そして私は、そんな女性を無視して杖を支えにして立ち上がり、そのまま空気椅子姿勢の清隆くんの膝の上に嫋やかに座り込み、

 

 

「「さぁ、どうぞ。お婆さん」」

 

 

 清隆くんと声を揃えて、お婆さんに今まで私が座っていた席への着席を勧めました。何だかお婆さんは微妙な顔されてしまいましたけどね。

 うん、さすが清隆くん。私と息がピッタリです。

 

 

 

――― 堀北鈴音 ―――

 

 

 

 ……変なのがいる。

 それが私の抱いた彼への感想だった。

 

 高校へ向かうバスに乗車して空いていた席に座り、時間潰しに本でも読もうかとしたところ、ふと前の席に座っていた男女に違和感を感じて目を向けた。

 その2人は私と同じ高度育成高等学校の制服を着ており、何か話していると思ったら、どうやら目隠しチェスをしているらしく、

 

R(ルーク)a5」

B(ビショップ)g4」

 

 という声が聞こえてきた。

 小声で話しているのでそう気になるわけではないけれど、それでも何故か2人……いや、男の子の姿に違和感をどうにも感じてしまっていた。

 

 まぁ、よくよく見たら彼は席に座っておらず、空気椅子をしていたのだけれど。

 

 ……えええぇぇ? どうして???

 

 とはいえ、よくよく見ると、一緒にいる女の子の方は背が低い。そんな女の子が座った状態で、更に男の子が立った状態では両者には高さの違いがありすぎる。周りの迷惑にならないように小声で話して目隠しチェスするために、ああして男の子の方が空気椅子で女の子の背の高さに合わせているのだろう。

 別に問題はない。バスの中は混雑し始めているけど、まだまだ人と人の間には余裕がある。単純に紳士的な男の子が、女の子へ気を使っているだけの話なのだろう。

 解決方法が一般的かどうかには著しく疑問が浮かぶけど、他人に迷惑をかけているわけでもないから関わる必要もないでしょう。

 

 そうして違和感が解消したので本を読み始め、それからいくつかのバス停を通り過ぎ、バスの乗客が増えてきたころだった。

 起こったのはよくある話。正義感に酔った大人が、独りよがりの善意を他人に押し付けただけの話。

 結果としては、ただ正義感に酔った大人が恥をかいて終わり。これも日本中のどこかで毎日のように起こっているありふれたことなんだと思う。

 

N(ナイト)b7」

「……Q(クイーン)……b7」

 

 でも、女の子を膝の上に乗せて空気椅子している男の子が隣にいる状態というのは、日本中でもありふれていないことだと思う。どうして私の隣に来たの??? いや、1つ後ろにスライドしただけなんでしょうけど。

 無視していいのよね? アッチはずっと目隠しチェス続けていて、隣に来た時に私に断りを入れてからは、私には目を向けようにもしていないし。うん、本を読んで無視しましょう。

 

 それにしても凄いわね、この男の子。やっぱりバスが曲がる際には大きく揺れたりするけど、姿勢を全くブレさせない。

 ……でもこの男の子、どこかで見たような気が……。

 

 

「ちょ、ちょっといいかな?

 さっきはゴメンね。急に席を譲ってなんてお願いしちゃって……」

「別に構わんぞ」

「ええ、あなたのせいではないでしょう。あなたのせいでは、ね」

 

 前の席の2人に話しかけたのは、途中からお婆さんに席を譲るように話に加わった短髪の女の子。…………この子も、どこかで見たことがあるような気がするわね。

 そして、それに対して皮肉気に返す女の子。さっきまでキャンキャン吠えていた女性は、顔を赤くして縮こまっている。

 まぁ、確かにこの短髪の子はお願いの仕方も丁寧だったし、客観的に見ても一概に悪いとは言えないでしょう。少なくとも、優先席を譲らなかったあの男よりもマシのはず。

 

「こうして座る場所には困っていませんので、問題ないですよ。ねぇ、清隆くん」

「有栖ぐらいならな」

「あ、あはは、仲がいいんだね。

 ……ねぇ、間違ってたら悪いんだけど、“清隆くん”ってことは、もしかして“綾小路清隆”くん? 一昨年のオリンピックのボルダリングで金メダルを取った?」

「ああ、そうだ。綾小路清隆だ」

「よくわかりましたね。彼は競技中、髪の毛をオールバックにしているせいか、普段の状態だと気づかれ難いんですが」

「わー、凄い! あなたたちも高度育成高等学校だよね!? オリンピックの金メダリストが同級生!? 凄ーい!

 あ、自己紹介遅れちゃったね。私、櫛田桔梗っていうの」

「私は坂柳有栖といいます」

 

 ああ、そうか。彼女たちの会話で思い出した。

 彼をどこかで見た気がしたのは当たり前だ。彼、綾小路清隆は一昨年のオリンピックのボルダリングで金メダルを取ったこともあって、同年代の中ではかなりの有名人だ。新聞やネットニュースでも彼の名前や顔を見たことがあったのを思い出す。確かに髪が上がっているかどうかで雰囲気が変わるわね。

 それに“櫛田桔梗”? これもどこかで聞いた名前のような……。

 

「同級生として、2人ともよろしくね。

 あっ、年末のSAS〇KEも見たよ~。去年と一昨年で2年連続の完全制覇って、番組史上初だったんだってね。

 ……クリフ〇ンガーを壁走りで駆け抜けたのも、番組史上初だったみたいだけど」

「壁走りしたせいで、アメリカでのあだ名が“リアルニンジャ”になったけどな」

「ウフフ、櫛田さん。正確に言いますと、アメリカのSAS〇KEでも去年と一昨年で完全制覇してきましたから、4連続制覇ですね」

「うん、動画サイトで見たことあるし、賞金100万ドルがニュースにもなったよね」

「賞金を貰えたのはいいけど、税金でかなり持ってかれたよ」

「よかったらサイン貰えたり……あ、でも今は手帳しかない」

「別にサイン書くぐらいはいいが、次で学校だぞ」

「もうですか。それでは降りる準備しますか。

 櫛田さん、サインはまた今度で。同じ学校ですので、いくらでも機会はありますよ」

「そうだね! これからよろしくね!」

 

 へぇ、オリンピックの金メダリストが同級生……か。

 これも入学する高度育成高等学校のブランド力ということね。卒業生には著名人や各分野で活躍している人たちがいるということだけど、どうやらその噂は事実だったみたい。

 

 バスが目的地に近づいたので、本を閉じてカバンに仕舞おうと視線が下がった際に、彼の靴が目に入った。

 

 これはまさか三戦(サンチン)!?

 

 彼の靴が八の字を書くように配されていて、どうやら三戦(サンチン)の体勢から腰を下ろした状態で彼女を膝の上に乗せているみたいだった。三戦(サンチン)は琉球空手に伝わる守りの型で、特に下半身に力が入るのでバランスを取りやすくなる、単純にして究極の型と武道の先生から教わった記憶がある。

 彼はボルタリングだけでなく、格闘技もしているのかしら……?

 

 ……空手や合気道をしている兄さんなら、彼のことを注目するかもしれないわね。いえ、そもそもオリンピック金メダリストという時点で注目していそうだけど。

 うん、彼のことは覚えておくことにしましょう。

 

 

 バスが高度育成高等学校前に停まり、ぞろぞろと同じ制服を着た同年代の少年少女がバスから降りていく。

 綾小路清隆くんたち3人は、あの杖を使っている坂柳という少女に合わせて歩いていたため、私があっという間に追い抜いてしまった。追い抜く際に彼の顔をもう一度見てみようかと思ったけど、ミーハーな人間と思われかねないから止めておいた。

 そして校舎の近くまでたどり着くと、そこにあった掲示板に新入生のクラス分けが掲示されているようで、多くの新入生がその掲示板を見ていた。

 

 私のクラスは…………Dクラスか。

 

 まぁ、クラスがAだろうがDだろうが、名前なんてどうでもいい。それにどうせクラスメイトと馴れ合うつもりはないんだから。

 だけど掲示されたDクラスの名簿の一番最初に、綾小路清隆の名前があるのが見えた。彼と同じクラスのようね。

 バスの中での彼の様子を見る限り、騒がしい人間ではなさそう。マトモな人間がクラスメイトであることは素直に喜んでおきましょう。

 

 ……まぁ、体育会系だからか、身体方面での能力と常識が一般人とは違うみたいだけどね。

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

「バスで隣に座っていたな。綾小路清隆だ。よろしく」

「……堀北鈴音よ」

 

 そう思っていたら、まさか隣の席だったなんて。

 

「教室内では、空気椅子なんてしないで頂戴ね」

「うん? ……ああ、大丈夫だ。授業を受ける際は、ちゃんと授業に集中するからな」

 

 ―――休み時間はどうするの? そう聞きたかったけど飲み込む。スーツを着た担任教師と思われる女性が、始業チャイムが鳴ると同時に教室に入ってきたからだ。

 始業ギリギリの時間になって、綾小路清隆くんが私の隣の席についた。坂柳という名前がAクラスにあったから、おそらく彼女をAクラスに送ってから来たので遅くなったのだろう。

 

 スーツの女性は茶柱佐枝と名乗った。この1年Dクラスの担任で、日本史の担当もしている。

 この学校は学年ごとのクラス替えはなく、茶柱先生が卒業までの3年間ずっと担任も務めることになるらしい。

 

 ……女性教師の場合、産休とかどうするのかしら?

 

 茶柱先生の自己紹介が終わり、この学校の説明に移る。資料が配布されたけど、入学案内と一緒に送られてきたものと同じ資料だった。

 この学校は特殊な学校で、学生は学校敷地内の学生寮に住むことを義務付けられ、基本的に敷地外への外出は許されていない。しかも外出どころか、外部と連絡を取ることも禁止されており、それが肉親であっても同様だ。学校の許可があれば連絡は取れるようだけど、ここまで厳しいと生半可な理由では許可は取れないだろう。

 ただし、その厳しさを和らげるためにか、敷地内には生活必需品を売っている店は勿論、学生の娯楽を満たすようなカラオケや映画館、ブティックやカフェなどの施設がある。まるでこの学校敷地内に小さな町が形成されているようだった。

 

 そしてこの学校独自の特徴である、Sシステムの説明が始まった。

 この学校の売店や施設では現金は使用できず、学校から配布される電子ポイントを使用することになっている。

 おそらく電子ポイントにすることで学生のポイント消費履歴を把握したり、金銭トラブルを防ぐことを目的にしているのだろう。

 学生証と一体化したスマホ型端末には10万ポイントが振り込まれており、毎月1日にポイントが自動的に振り込まれることになっている。

 

 10万ポイントという、学生にしたら大金が配布されたことでクラス内がざわつく。

 確かに私も少し驚いたが、茶柱先生の話は続く、

 

「ポイントの支給額が多いことに驚いたか?この学校は実力で生徒を測る。入学をした時点で、お前たちにはそれだけの価値と可能性がある。そのことに対する評価みたいなものだ。遠慮することなく使え。

 ただし、このポイントは卒業後には全て学校側が回収する。その際に現金化はできないから、貯め込んでいても得にはならんぞ。

 ポイントをどのように使おうがお前たちの自由だ。好きに使ってくれ。必要ないと言うのであれば誰かに譲渡することも問題は無い。

 だが、無理やりカツアゲするような真似だけはするなよ? 学校はいじめ問題だけには敏感だからな」

 

 ほとんど生徒たちが戸惑うのも意に介さず、茶柱先生はぐるりと見渡す。

 

「質問は「はい、3つほど質問があります」……綾小路か。何だ?」

 

 そんな中、数少ない戸惑いの表情を見せなかった綾小路くんが手を挙げた。

 

「まず『学生証端末を落として壊してしまった時などは交換となるでしょうが、その交換にポイントは必要ですか?』」

「基本的には必要ない」

「基本的に、ということは壊した際の過失次第ですか?」

 

 それは、まぁ、そうでしょう。

 不注意などで壊したならともかく、遊びで学生証端末を投げたりして壊したなら、無償での交換は一般的にも認められないでしょうね。

 

「次に『学校の授業のために、高額のポイントが必要になることはありますか?』」

「……質問の意味がわからないな」

「いえ、教科書なんかは配布されるみたいですが、筆記用具やノートなどの個人で準備するものは、このポイントを使って個人で揃えるんですよね?」

「それはそうだ」

「個人で準備する高額なもの……そうですね、例えば雪国の学校のスキー授業に使うスキー用具は、学校支給ではなくてそれぞれで家庭で準備するらしいんですよ。

 で、それが下手したら1シーズンで何万円もかかることで、金銭面での負担が大きいことが結構問題になっているみたいでして……」

「ああ、その話は聞いたことがあるな。成程、そういうことか。

 少なくとも、この学校にスキー授業はない。そして、もしも個人で準備するには高額な用具が必要となる場合は、学校が支給することになるだろう。

 ……ただし、それこそスキー授業を例にすると、『支給されたスキーウェアが気に入らないから、支給品以外のが欲しい』といった要望の場合は、個人負担で準備してもらうことになるだろうな」

 

 ああ、成程。確かにそれは重要だ。聞けてよかった。

 中学の時に体育の授業で柔道着が必要となった際、意外と柔道着が高額だったことに驚いたことを思い出した。空手着と柔道着、それに合気道着って、見た目は似ているけど、実は生地の厚みとかで色々と違いがあるのよね。

 

「最後に『このポイントって、税金かかりますか?』 あ、消費税とかの間接税は除いてですよ」

「…………うん?」

 

 何を言っているのかしら、綾小路くんは?

 

「いや、1ポイント=1円の価値があるんですよね? 父の仕事の関係上、税金関係とかには特に気を付けないといけないんですよ。

 それにオレには、オレ個人の収入もありますので……」

「……ああ、お前は確かにそうだったな」

 

 父親の職業……? ―――あ、思い出した。彼の父親は国会議員だったはず。何度かニュースで、それこそ彼がオリンピックの金メダルを取った時に、彼の父親が取材されてコメントをだしていたのを見た覚えがある。そうか、それなら確かに気になるはずね。国会議員の家族ともなると、贈賄関係で自らの金銭関係にも気を付けるように言われているはずだわ。

 ましてや、バスの中での会話を思い出すと、彼はアメリカで100万ドルもの賞金を……え、2年連続だから200万ドル? 2億円? 中学生で?

 それに彼はオリンピック金メダリスト。スポーツ選手らしく、もしかしたらどこかの企業とスポンサー契約を結んでいたとしたら、彼個人の収入だってあるはず。それは気になるわけだわ。

 ボルダリングはサッカーなんかに比べたらメジャーとは言えないかもしれないけど、それでもオリンピックの正式種目になるぐらいにはなっている。そんなボルダリング選手で若き金メダリストとなると、中学生の頃から収入を持っているのはあり得る。

 

「スマン、綾小路。ちょっと上に確認させてくれ。

 他の生徒はこのことに関しては心配するな。ポイントは遊行費としてではなく生活費として配布しているから、必要経費としての扱いになるので大丈夫だ。

 ただ、綾小路個人の収入があるなら、ポイントがそちらに影響を及ぼすかは……ちょっと確認する時間をくれ」

「わかりました」

「……言っておくが、外の個人の資産を学校内に持ち込んで、ポイントへと変えることはできないからな」

「それは資料で読んだので知ってます」

「そうか、ならいい。

(でも綾小路がしている腕時計って…………いや、よそう、私の勝手な推測で学校を混乱させたくない)

 他に質問のある生徒はいるか? ―――無いようだな。では良い学生ライフを送ってくれたまえ」

 

 綾小路くんの件を、急いで上に確認を取るためか、茶柱先生が足早に教室をでた。

 それと同時に再びざわつき始める教室。ただし、今度のざわつきは開放感に溢れているものだった。浮足立っていると言ってもいい。買い物に行って何を買おうと、さっそく相談している子たちもいる。

 

 そんなクラスメイトを尻目に、立ち上がった綾小路くんは教室内を一度ぐるりと見まわし、

 

「成程なぁ」

 

 そう一言呟いて、教室をでていった。

 

 ……彼が教室内を見まわした際、彼の視線がクラスメイトではなくて教室の上側に向いていたのが、やけに心に残った。

 そしてそれをもっと注意しておけばよかったと、後悔の念を持ったのは5月1日になってのことだった。

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

『フム。若いうちにスポーツで名を売っておく、というのは良い手だった。おかげで俺の顔も売ることができた』

『世間の人たちは大好きだろ。スポーツマンってのが』

『ところで清隆。賞金を少『年利1%な』…………0.5で頼む』




 ボルダリングがオリンピックの種目になったのは、2020年の東京オリンピックから、しかも競技が行われたのは2021年ですが、この世界ではもうちょっと早かったということでお願いします。
 というか作中年代は適当です。
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