『あー、スッキリした。
高育に入学しちゃったら、暮石さんの整骨院に通えなくなるのが惜しいです』
『嬉しいこと言ってくれるねぇ。
清隆くんは自己管理をしっかりしているから、俺のしてることなんて大してないけどさ』
『いえいえ。身体の構造上、自分の手じゃ届かないツボはどうしてもありますし、何より他人の手でしてもらうのが気持ちいいんですよ』
『はっはっは。褒めても何もでないよ。
それにしてもお父さんと同じ褒め方してくれるね』
『は? 親父、ここ通ってるんですか?』
『うん。たまに来るけど知らんかったの?』
『聞いてないッス』
――― 橘茜 ―――
「―――ではこれより、先週火曜日に起こった暴力事件について、生徒会及び事件の関係者、担任の先生を交え審議を執り行いたいと思います。進行は、生徒会書記、橘が務めます」
そう言って私が軽く会釈すると、この場にいる全員が私に合わせて会釈をしました。
噂に聞く須藤くんなら会釈すらしないかと思いましたが、皆に合わせてちゃんと会釈しましたね。思ったより礼儀正しそうなのは体育会系ということが理由なんでしょうか。それとも綾小路くんが事前に注意しておいたんですかね。
生徒会からの出席者は私と生徒会長である堀北くん。
Cクラスからは担任の先生である坂上先生と、暴力事件の当事者である石崎くん、小宮くん、近藤くん。
そしてDクラスからは担任である茶柱先生と、暴力事件の当事者である須藤くん。そして堀北くんの妹さんである堀北鈴音さんと櫛田さんが弁護人として参加しています。
よって、計8人が会議室で顔を合わせています。
……聞いてはいましたが、やはり綾小路くんは弁護人としては出席しないみたいですね。弁護人としては。
綾小路くんが何もせずにこのまま終わらせることなんてない、という嫌な予感しかしないんですが、いつになったらダイナミックエントリーしてくるつもりなのでしょうか?
私が考えている間にも、防音がしっかり施されているために外からの音が聞こえない会議室の中に、真っ向から対立した双方の主張が響き渡っていきます。
双方が相手に呼びだされたと主張して、双方が相手から殴りかかってきたという主張。この時点でどちらかが嘘をついているのは確定なんですが、第三者である私たちは判断する根拠を持っていません。
この場合は通例ですと、基本的に訴えた側が有利となりますし、ましてやその訴えた側が怪我をしているということなので、今のままではCクラスの主張を認めざるをえなく、Dクラスがそれを覆す証拠などを提出できなければCクラスの勝ちとなってしまうでしょう。
と、思っていたのですが……
「――――須藤くんはいったい誰を、どのような理由で呼びだしたんですか?
それらを含めて当日に起こったことを時系列順に、覚えている限りの会話内容などもまとめて、3人が口裏を合わせないように相談せずにバラバラに、紙に書いて生徒会長に提出してください」
「「「えっ?」」」
「そしてこちらがDクラスが主張する、当日に起こったことをまとめた調書です」
「受理しよう」
意外と鈴音さんが大健闘しています。
いえ、堀北くんの妹さんなら、このぐらいはやれるのかもしれませんね。
「別におかしなことは言っているつもりはありませんが?
そもそもこの学校内ではなく学校外の世間で事件が起こったのならば、このように当日にいったい何が起こったのかや、事の時系列に関しては警察によって捜査されるものだと思います。教師による積極的な事情聴取がなかったのならば、自発的にこのような調書を作成して提出しない方がおかしいのではないでしょうか?
刑事ドラマを見たことはありませんか? 調書を取る、とかよく言いますよね?」
「……確かに、そのような調書を準備していなかったこちらが準備不足でした」
「で、でも今から用意しようにも時間がかかり過ぎます。ましてやこの審議中に書くとなると、焦ってしまって内容不足な調書を提出することになりかねません」
「つまりこちらが用意した調書を全面的に認めるということでしょうか?」
「いいえ。その調書に書かれていることに間違いがあれば指摘する、という形にしたいと思います」
うーん、今の問答をしている間のCクラス3人の反応を見る限り、黒はCクラスですね。あからさま過ぎます。
とはいえ、警察や裁判所までに厳格にされることのない学校の審議では、鈴音さんの要求が通るとは思えません。あらかじめCクラスに調書を要望していたら口裏を合わせられていただろうとはいえ、流石にこの審議中に調書を作成するのは無理があるでしょう。
ですがこの場で調書を提出しないということは、Cクラス3人が口裏を合わせられないから調書を提出できないためだ、という主張がDクラスからされた場合、心証的にはDクラス有利の判断をせざるをえないでしょうね。
「―――ひとまずはわかりました。結果は生徒会の判断を仰ぎたいと思います。
では次に、私たちは当日の須藤くんの携帯のGPS記録データを提出します。詳細はデータを見て頂くことになりますが、調書に記載している通りの動きを須藤くんはしています。
これにより、私たちが提出した調書の真実性に一定の保証がされることになると思います」
「ま、待ってください! それはそのデータはあくまで須藤くんの携帯のGPS記録のデータなんですよね!?
だから須藤くん以外の人間が須藤くんの携帯を持ち歩いても同じ結果となるはずです。だから須藤くんが実際にその記録データ通りに行動していた証明にはなりません」
「つまり、須藤くんが嘘をついている、と?
それでは、Dクラスは先ほどの当日の石崎くんたち3人の行動の調書に合わせて、携帯のGPS記録データの提出を要求します。
須藤くんが嘘をついているということは、石崎くんたちは嘘をついていないということです。それならば、これから記される調書の内容と携帯のGPS記録データに矛盾が生じないはずですよね?」
「えっと……」
小宮くんと近藤くんは頑張って鈴音さんに反論していますが、石崎くんがさっきから全く喋っていません。目も泳いでいますし、これは明らかにギルティですね。
このままでは普通にDクラスの主張が認められてしまうのでは?
とはいえ、先に訴えた方が有利なことを差し引くと、5:5の互角から6:4で少し有利といった感じですかね。
もちろん最初の状況からすると雲泥の差ですが、このままですとDクラス多少有利の痛み分けで終わるでしょう。決定的な証拠や証言がでてこない限りは。
「―――須藤くんが相手を殴りつけたのは事実です。
しかし先に喧嘩を仕掛けてきたのはCクラスです。その証拠に、一部始終を目撃していた生徒もいます」
「何ですと!?」
驚きの声を上げる坂上先生。
そんなに予想外のことだったのでしょうか?
「では、Dクラスから報告のあった目撃者を入室させてください」
「はい。今から呼びます」
そう言って、鈴音さんが電話をかけ始めました。
ずっと会議室の外で待たせるというわけにはいきませんでしたので、証人がいる場合は各自の教室で審議中は待機してもらって、証言をするときになってからこうして呼びだすことになっていました。
1、2分もした頃、会議室のドアがノックされる音がしました。それを聞いた鈴音さんがドアを開けると、1人の女生徒の姿が見えました。
「こちらが事件の一部始終を見ていた1-Dの佐倉さんです」
「し、失礼します」
「……フゥ、目撃者がいるというので何事かと思いましたが、Dクラスの生徒ですか」
メガネを拭きながら失笑する坂上先生。
ですが、どこか安心しているような表情をしているのは私の気のせいでしょうか?
「それでは次に―――」
「っ!?」
「佐倉さんの付き添いの長谷部さんです。
彼女は目撃者ではありません。あくまで佐倉さんの付き添いですので発言はしません」
「……フゥ」
女生徒が更に1人会議室に入ってきました。大きな×が描かれたマスクをしていることが、自分は発言しないという意思表示なのでしょう。
それとさっきから坂上先生の一喜一憂具合が凄いですね。
「……付き添い、か」
「駄目でしょうか、生徒会長?」
「この会議室は生徒会室より広いから余裕はあるが…………まぁ、いいだろう。ただし勝手に発言をしたら退室を命じる。それと今後は事前に申請するように」
「はい、わかりました。
では次に―――」
「付き添いは1人までだ」
「いえ、次は別の目撃者とその付き添いです」
「……だから付き添いは1人までだ」
「そうですか。
三宅くん、申し訳ないけど同席が許可されなかったわ。教室に戻っていてちょうだい」
鈴音さんがドアの外に身体をだして外にいた人に説明しているみたいですけど、いったいどれだけの人数を入れるつもりだったんですか?
「それでは、同じく事件の一部始終を見ていた綾小路くんです」
「ドーモ。付き添いが認められなくて1人が心細い綾小路です」
「なっ!? 綾小路くん!?」
次に入ってきたのは綾小路くんでした。綾小路くんは肩に鞄をかけていますが、あの中にノートパソコンが入っているのでしょうね。鈴音さんたちがノートパソコンを持ってきていなかったことに違和感を感じていましたが、こういうことになりましたか。
でも心細いとか嘘をつきなさい……っていうか、弁護人で出席しないって言ってたのは、やっぱり証人で出席するってことだったんですね。
いや、生徒会室を窓から出入りしてたのがあったから、おそらく何かしらの形でこの件に関わるとは思っていましたけど、アレは喧嘩を目撃しに行っていたということなんでしょう。要するに喧嘩が起きることも知っていたと……。
「ど、どうして綾小路がここに……?」
「綾小路! おまえ、契「待ちなさい!」ムガッ!?!?」
「君たちも静かに! 何も喋らないように!」
坂上先生が叫ぼうとした石崎くんの口を手で塞いでしまいました。
小宮くんたちにも何も言わないように注意していますが、綾小路くんといったい何があったのでしょうか?
「でも坂上先生……っ!」
「坂上先生が正しいぞ、小宮。そもそもオレはあの時に
「3人とも、何も言ってはいけません。これを見て思い出しなさい」
「えっ? でも…………あっ」
「準備いいですね、坂上先生。事前に契約書のコピーを3人分持ち歩いていたんですか?」
「……ノーコメントです。
(しまった。私もつい今しがた思いついたが、証拠映像にばかり気を取られて、綾小路くんに証人になってはいけないという義務を課するのを失念していた。
しかも、私たちと違って綾小路くんには契約を秘密にする義務がないから、綾小路くんの口を塞ぐことができん)」
「……あ、ホントだ」
「だから、何も言ってはいけません」
憎々しげに綾小路くんを睨んで声を絞りだす坂上先生。
まーた綾小路くんが何かをやったんでしょうね。契約書って言っていましたから、事前にCクラスと何らかの契約を結んでいたのでしょうか?
「オレに言いたいことがあるなら聞きますが、坂上先生?」
「結構ですよ、綾小路くん。
(この場で聞いたら契約違反になるでしょうが……っ)」
「そうですか。なら、早速ですがオレから目撃した、須藤と石崎たちの喧嘩について証言させて頂きます」
「……いえ、待ってください。言いたいことではないが、確認したいことがあります。
本来、極力教師は口を挟むべきではないと理解していますが、この状況はあまりに生徒が不憫でならない。生徒会長、構わないかな?」
「許可します」
「でも口を挟むどころか石崎の口を塞いだのでは?」
「ムッ……綾小路くんに、佐倉くんと言ったね。
私は君たちを疑っているわけではないんだが、どうして今まで目撃者として名乗りでていなかったのかね? 先週、クラスの担任の先生からこの件についての目撃者がいないかを聞かれていたはずだが、今まで黙っていた理由は何かな?」
「頑張りますね、坂上先生。もう既に手遅れと理解していながらも必死に足搔く。嫌いじゃないですよ、そういうの」
「……いいから、黙っていた理由を答えてください」
「一言で答えますと、証人保護ですね」
「証人、保護ですか……」
「はい。何しろCクラスのリーダーである龍園はクラスメイトを荒っぽい方法で手下にするような生徒です。
事前に名乗りでることで、オレのような品行方正な優等生が審議前に目撃者だと龍園に知られた場合、審議に証人として出席しないように脅されるかもしれません。それを避けるために今の今まで秘密にしていました」
「ブン殴りたい」
「櫛田???」
ボソッと櫛田さんが怖いことを言ったような気がしますが、気にしないでおきましょう。
私も綾小路くんの答えを聞いてたら、同感ですとしか言えませんしね。
「綾小路くん、発言内容には気をつけなさい。
今の君の発言は、龍園の名誉を侮辱したと捉えられても仕方がありませんよ」
「いや、そんなこと言われましても、本人がそう言っていたんだから仕方がありませんよ。
証拠としてホラ」
綾小路くんは持ってきた鞄からノートパソコンを取り出し、音声を流し始めました。
『―――龍園のことは聞いているぞ。山田を始めとしたクラスメイトを荒っぽい方法で手下にしたそうじゃないか』
『それがどうしたよ。身の程をわからせてやっただけだ―――』
聞こえてきたのは綾小路くんの発言と、龍園くんらしき人の発言です。
うーん、クラスメイトを荒っぽい方法で手下にしたことをバッチリ言っちゃってますね。
「駄目ですよ、坂上先生。録音していたのは坂上先生もご存じでしたでしょうに……」
「クッ……」
「これで今の今まで秘密にしていたことには納得して頂けましたね?
それではあの日、特別棟で俺が目撃したことについての証言を始めさせて頂いてもいいでしょうか?」
「坂上先生、よろしいですね?」
「……構いません」
藪蛇をついてしまいましたね、坂上先生。
これでCクラスのリーダーである龍園くんは暴力的な人間であるという認識となりますので、石崎くんたちも同様に暴力的な人間だとみなされるかもしれません。
そして綾小路くんの語った証言は、鈴音さんが提出した調書の内容と同じものでした。
まぁ、これは当然でしょうね。同じクラスなんだから、実際は違っていたとしても口裏を合わせることができますので。ただ、気になる点としては……。
「綾小路」
「何ですか、会長?」
「おまえが提出したこの携帯のGPSデータについてだが、喧嘩のあった時刻におまえが特別棟の敷地内にいたのは事実のようだが、建屋の外に携帯の反応があるように見えるぞ?」
「いや、建屋の外にいましたからそれは当然ですよ」
堀北くんが、綾小路くんが差し出したノートパソコンの画面を見ながら質問を……いえ、ツッコミをしました。答えがわかっているのに、生徒会長の職務としてツッコミをしなければならないのがツラいところです。これにツッコミを入れなければCクラスの生徒から不審に思われるので、ツッコミせざるをえませんが。
それにしても綾小路くんも綾小路くんで、もうちょっと返答に気を使ってもらえませんかね? それがさも当然のように言わないでくださいよ。
「それでは喧嘩を目撃することはできないだろう。喧嘩があったのは特別棟の3階だぞ?」
「いえ、GPSだと高さ方向の検出はできないからわかり難いでしょうが、特別棟の3階の窓の外にちゃんといましたよ」
「3階の……窓の外、にか」
「そうですよ」
「……そう、なのか」
「そうなのですよ」
「…………わかった。それでいいだろう」
堀北くん!? 気持ちはわかりますけど負けちゃ駄目です!!
堀北くんは綾小路くんが生徒会室の窓から外に脱出する瞬間は見ていませんでしたが、それでもちゃんと私が後であの日にあったことを説明しておいたでしょう!
「生徒会長、特別棟の3階の窓の外にいた手段は確認しなくていいのか?」
「聞かなければいけないと思いますか、茶柱先生?」
「心情的には聞かない方がいいと思うが、職務的には聞かなければいけないと思うぞ」
「……綾小路、どうやって特別棟の3階の窓の外にいた?」
「手と足で」
「知ってた」
「(生徒会長が昨日の俺たちと同じ表情をしてる)」
「(頭がいいと理由も簡単に思いつくから逆に大変だな)」
「(同じ生徒会だから綾小路のことも知ってるんだろうしな)」
「(静かにしなさい、3人とも)」
坂上先生がツッコミを我慢している顔をしてます。
普通だったら手足を使って特別棟の3階の窓の外にいて喧嘩の一部始終を目撃していた、なんて荒唐無稽な話は証拠としては却下するんでしょうが、ボルダリング金メダリストの綾小路くんですからねぇ。ツッコミを入れても、実演されたらそれで話は終了ですから迂闊にツッコめません。
実際私は3階の生徒会室から壁を伝って地面へと降りていく綾小路くんを目撃していましたので、この件に関してはツッコミしようにもツッコミできません。あの時は一緒に目撃した一之瀬さんとしばらくフリーズしてしまいましたよ。
「―――というわけですが、綾小路くんの証言についてCクラスからは何かありますか? なかったら、続いて佐倉さんの証言に移りたいと思いますが」
「……引き続き、口を挟まさせて頂きましょう。ああ、それとそちらの佐倉さんの証言は結構です」
「聞き捨てなりませんね、坂上先生。証言を聞かないというのはどういうことでしょうか?」
「いえいえ、生徒会長。佐倉さんの証言を無視しようというわけではありませんよ。もし綾小路くんと証言の内容が異なっているのでしたなら、その場合はもちろん証言を聞く必要はあります。
しかし、証言内容が綾小路くんと同じだったのなら聞く時間がもったいないでしょう。結局のところ、須藤くんと同じDクラスの生徒の証言だったのならば、たとえどれだけの人数の目撃者がいたとしても話の信憑性に一定の疑問が残るのは変わらないのですからねぇ。
(あの映像を証拠として提出されないのなら、この点で抗うしかない)」
坂上先生が攻め方を……いえ、この場合は守り方を変えてきたようです。
綾小路くんと佐倉さんが須藤くんと同じDクラスであることからクラスメイト同士で庇い合いをしている、と主張することで証言の重要性そのものをも落とす。これに成功すれば、決定的な証拠がない限り水掛け論になってしまいますから、不利な状況になっているCクラスが互角近くにまで持ち直せる唯一の手です。
となると、もはやCクラスは勝ちを諦めて痛み分けで終わらせようとしているのでしょうか?
しかし、妙ですね。わざわざ生徒会室を見張っていたCクラスの生徒に気づかれないように窓から出入りして、わざわざ特別棟まで須藤くんと石崎くんたちの喧嘩を見に行っていたのですから、綾小路くんが証拠を手に入れていないとは思えません。
考えられるのは、一つが綾小路くんたちの証言が嘘であるということ。そしてもう一つは先ほど綾小路くんが言っていた契約書という言葉からして、Cクラスと取引をして証拠をこの審議に提出しない、という契約を結んでいたということでしょうか?
……坂上先生の反応を窺う限り、証拠を提出しないとは言ったけど証人として証言しないとは言っていない、とか綾小路くんが言ってるオチっぽいですね。
「……フム、乱暴なご意見ですが、一理ありますね」
「佐倉くん、綾小路くんの証言に加えることや間違いだと指摘することはありますか?」
「い、いえ、ないです」
「綾小路くんと同じく提出されたGPSの位置情報データからして、諍いがあった時間に佐倉さんが特別棟にいたことは間違いないのでしょう。それは認めます。
ですが、佐倉君の証言内容が綾小路くんの証言のものと変わりがないのなら、わざわざ時間をかけて聞く必要はないでしょう。時間も押してるわけですし」
「つまり証言ではなく、実際の諍いの状況を撮影した映像のような証拠があればいいんですね、坂上先生?」
「……綾小路くん?」
綾小路くんが席から立ち上がり会議室の前の方に移動して、そこに置かれていた引っかけ棒を手にしました。その引っかけ棒を使ってプロジェクターで映すスクリーンを引き下げます。そして堀北くんの目の前に置かれていた綾小路くんが持ち込んだノートパソコンに、プロジェクターと繋がっているHDMIケーブルを接続しました。
リモコンで電源をつけるとプロジェクターが起動されて、スクリーンにノートパソコンのデスクトップ画面が投影されます。
「少し部屋が明るいか。ちょっと待ってください」
スクリーンに投影された映像は部屋の電気がついているため見難かったため、会議室の入口近くにある電灯のスイッチをOFFにして部屋の電気を消しました。
うん、これで見やすくなりましたね。
「これから映す映像ですが、実は佐倉が喧嘩の様子を撮影していたんですよ。途中からなんですけどね」
「なっ!?」
「ああ、坂上先生。言っておきますけど、コレは本当に偶然です。俺が仕組んだとかは一切ないです。
ただ、以前に佐倉へドライブレコーダーの大切さを話したことがありまして、それがあって佐倉は写真じゃなくて動画で映像を撮影したのかもしれないですけどね。
では堀北会長、デスクトップの右下にある2番の動画ファイルを再生してください」
「2番だな?」
「くっ……」
「そんな……」
「裏切ったのか、綾小路」
「やっぱりアイツなんか信じたのが駄目だったんだよ……」
Cクラスが死にそうな顔しちゃってます。観念した顔と言ってもいいでしょう。となると、やはりDクラスの証言が正しくて、Cクラスが嘘をついていたということなんですね。
まぁ、嘘をついて他人を陥れようとするなんてよくないことですので、真実が明らかになるのは良いことです。
ただ、事前に綾小路くんとCクラスが結んでいただろう契約が気になりますね。様子を窺う限りだと、綾小路くんがCクラスを騙したような感じがしますので、これが今後に起きる騒動の火種になりかねません。
これからの1年のクラス対抗の行く末に不安を感じたころ、既に起動されて“1”とナンバリングされたファイルを再生していた動画再生ソフトに“2”とナンバリングされた動画ファイルが読み込まれ、動画を再生し始めました。
“1”とナンバリングされたファイルは先ほどの龍園くんの暴力発言の音声ファイルでしょうかね?
『よぉ、来たのかよ、須藤』
『……何だよ。部活後で疲れてんだから、こんな蒸し暑い場所に呼び出すんじゃねーよ。それとソイツは誰だよ? バスケ部じゃねーよな?』
まず映像に映し出されたのは石崎くん、小宮くん、近藤くん……らしき3人の後頭部。そして石崎くんたちの奥に須藤くんがこちらを見ているのが見えます。
というより、石崎くんたちが凄くカメラに近いんですけど? もう石崎くんたちの真後ろから撮影してますよね、コレ?
「あれ? 堀北会長、再生するファイルをちゃんと2番にしました?」
「おまえも見ていただろう。確かに2番だったぞ」
「マジですか? ちょっとノートパソコン返してください」
会議室入口近くにいた綾小路くんが、堀北くんの元へと移動します。
しかし、ノートパソコンのデスクトップ画面がプロジェクターで投影されていたので、確かに堀北くんが再生したのは“2”とナンバリングされた動画ファイルでした。
これは私も見ていたので間違いないです。
“3”とナンバリングされた動画ファイルもありましたので、もしかしてファイルのナンバリングを間違ってしまったんでしょうかね?
「契約違反だ!!」
そう思っていたら、石崎くんがいきなり立ち上がってそう叫びました。
契約違反? この動画を審議に証拠として提出しないことでも契約していたんでしょうか?
「ま、待ちなさい、石崎」
「でも坂上先生。これは明らかに契約違反じゃないですか!!」
「そ、そうだそうだ!! あの映像を証拠として審議に提出しないって契約したじゃないか!!」
「そもそも勝手に佐倉が撮影したって言ってたけど、実は最初から綾小路に命令されて撮影していたんじゃないのか!?」
「ちょっと待て。落ち着け、3人とも。そう躍起になるのはおまえらのためにならないぞ。
……あ、バッテリー」
激高するCクラスの3人を気にも留めず、綾小路くんはノートパソコンとプロジェクターの接続を外してからノートパソコンを操作し始めました。
それとノートパソコンのバッテリーが危ないのか電源ケーブルをコンセントに挿し、ついでという感じでLANケーブルも挿します。
「……あー、ナンバリングを2と3間違ってるな、コレ。
3が佐倉の撮った映像だ」
やっぱりそうでしたか。
プロジェクターとの接続を解除したのでノートパソコンの画面は見えませんが、ノートパソコンを操作していた綾小路くんがそう呟きました。
「間違いでもなんでも、契約違反をしたことには変わりはないだろ、綾小路!」
「おいおい。落ち着けって、石崎」
「だから契約違反したんだから500万プライベートポイント支払ってもらうからな!」
「契約違反したんなら確かにそうだな」
「そうだろう! 1週間以内だぞ! そう契約書に書いてあるんだからな!
そうですよね、坂上先生!?」
「…………ノーコメントです」
「えっ、どうしてですか!?」
「坂上先生は流石に引っ掛からないか。
じゃあ、石崎。おまえが契約について話したのは契約違反だから、1週間以内に1600万プライベートポイントの支払い頼むな。8人分」
「…………ハァッ!?!?」
「クッ!!」
??? 事態が急転し過ぎて状況が把握できません。
石崎くんが綾小路くんへ500万プライベートポイントの支払いを求めたに対して、綾小路くんが石崎くんへ1600万プライベートポイントの支払いを求める?
石崎くんはその綾小路くんの請求に混乱して、石崎くんの契約違反を咎める声を聞いてから血走った目で書類を見ていた坂上先生は口惜しそうな声をだしました。
石崎くんが契約違反という言葉を連呼していたことから、やはり綾小路くんとCクラスの間で交わした契約があり、それについてお互いに違反をしてしまった? 綾小路くんの違反は先ほどの映像を審議に提出してしまったことで、石崎くんの違反は契約について言及してしまったこと、という感じでしょうか?
「どういうことだよっ、綾小路!?!?」
「いい加減、落ち着け、石崎。
綾小路、説明しろ。私も状況がわからん」
「別に複雑なことじゃないんですけどね、茶柱先生。
実は昨日のうちにCクラスと契約を結んでいたんですよ。簡単にまとめると、オレはデジカメで撮影したとある映像をこの審議に証拠として提出しない。その代わりCクラスはその契約について口外しない、というね。
違反時の罰金はオレが500万プライベートポイントで、Cクラスは契約について知ってしまった1人当たりにつき200万プライベートポイントです。そしてこの会議室には契約を知ってしまった人間が8人います」
「……デジカメ?」
ああ、なるほど。石崎くん、さっきバッチリと契約について話しちゃいましたね。
そしてこの場にはCクラスと綾小路くん以外の人間として
200万プライベートポイント×8人=1600万プライベートポイント。そういうことですか。
でも、須藤くんが不思議そうな顔をしてるのが気になります。
「えっ? …………えっ?」
「駄目じゃないか、石崎。あの契約について話すなんて、それこそ契約違反だろう?」
「でも……だって、昨日はあの映像を証拠として提出したら、おまえのことを糾弾しろって……」
「おいおい、そんなに焦るなよ。オレが言ったのは“
だいたいナンバリングを間違ったせいで目的とは違うファイルを再生してしまったけど、
だから、もしオレが契約を破ったと思ったとしても、おまえらが契約を破ったらそれは別の話だからアウトだ。おまえたちはこの審議の場では黙って見送って、審議後に改めてオレを糾弾して500万プライベートポイントを請求するべきだったんだよ。それならまだ500万プライベートポイントを手に入れられる可能性があったのに」
「そ、そんな……」
「……綾小路。貴様、俺を利用したな?」
「なんのこってすかい?
それにしても残念だ。三宅も出席できていたら更にプラス200万だったのに……」
長谷部さんと三宅さんを付き添いという形で会議室に入れようとしたのはそういう理由ですか!? 堀北くんにノートパソコンの操作をやらせるとか、明らかに狙ってやってたでしょう!
いや……しかし、これはどうなんでしょうか? かなり無茶なことを言っているようですが、綾小路くんの言っていることは有効なんですかねぇ?
――――――――――――
『いらっしゃいませ~、ご試食どうですか……って、綾小路さんじゃないですか?』
『あ、確か湖山マート所属闘技者の蕪木さんでしたっけ。
……闘技者なのにスーパーの店頭販売ですか?』
『そりゃアタシは湖山マートの正社員ですし、普段はコッチが本業です。これでも3年連続売上No.1なんですよ』
『それは凄いですね。
じゃ、せっかくなので一つ買いますね』
『おお、ありがとうございます。
しかし、どうして綾小路さんがスーパーに?』
『4月から高校生になるんですけど、実は一人暮らしになるんですよ。
そうしたら自炊とかもしなきゃいけないので、今のうちに料理の勉強と世間の物価の確認をと思いまして』
『そういえばアナタ、15歳でしたねぇ』
うーん、感想で展開を当てられていた人がいますね。
私の作品の読者は訓練された読者なのでしょうか?
長くなったので切ります。