いってこい実力至上主義の教室へ   作:嘴広鴻

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2-7 三千世界で鴉を殺し、君と朝寝がしてみたい

 

 

 

『へー、綾小路くんが高育にねぇ。

 残念だなぁ。清隆くんには私の後継者になってほしかったのに……』

『室渕さんの後継者って十種競技(デカスロン)のですか?』

『あー、身体能力のバランスが良い(キヨ)(ボン)ならいけるかもなぁ。

 でも後継者って、室渕のオッサンもまだまだ現役いけるんちゃいますのん?』

『……実は、来年辺りに陸上を引退しようと思っているんだよ、大久保くん』

『えっ? マジですかい?』

『ソレ、今から収録されるスポーツ番組で言っちゃ駄目なヤツですよね?』

『フフフ、しかし綾小路くんが高育に進学となると、別の意味でも競い合えなくなったのが残念だよ』

 

 

 

――― 須藤健 ―――

 

 

 

 ちょっと小宮たちが可哀そうになってきた……。

 顔を真っ青にして「そんな……」とか「どうすれば……」とかを呟いているだけで、もう自分じゃ何をしていいのかがわからないんだろうな。

 俺も小宮たちの状況になったとしたら、どうすればいいかわからねーから気持ちはわかる。

 

 しかし、小宮たちに罠を仕掛けるとかしか聞いていなかったけど、まさか綾小路がここまでやるとはなぁ。櫛田と堀北は……小宮たちから目ぇ逸らしてる。知ってはいたけど、ここまでやるとは思っていなかった、って感じだな。

 1週間後に1600万プライベートポイントか。明らかに払えるわけねーけど、この場合ってどうなるんだ? もしかして小宮たちは退学になるのか? うーん、俺に冤罪をかけようとしてきたヤツらだけど、そこまで行くとなると気が引けるなぁ。

 

「石崎、小宮、近藤。

 オレが昨日言ったこと覚えているか?」

 

 席に戻った綾小路が呆然としている小宮たちに話しかける。

 

「……どのことだよ?」

「色々言ったが『オレは尋常な勝負なら尋常に、何でもアリなら遠慮ナシって感じで、基本的に相手に合わせた対応をすると決めている。だからクラスメイトが好き勝手やってるなら、オレも好き勝手やってもいいだろうと思っている』ってところだな」

「……ああ、言ってたな」

「あの時は言わなかったけど、『Cクラスが好き勝手やってるなら、オレも好き勝手やってもいいだろう』とも思っている」

「それは……」

「それとこうも言ったな。『別にオレは聖人君子ってわけじゃないんだぞ』」

「…………あっ」

 

 力尽きたかのように、立ち上がっていた石崎が椅子に座り込んだ。

 綾小路が言ったことを理解したんだろう。

 

 Cクラスが嘘をついて冤罪を吹っ掛けてくるような真似をしたんだから、綾小路もCクラスをいい様に騙してぶっ潰してもいいだろう、ってことか。そして聖人君子じゃない綾小路は、容赦なくそれをやれるんだと。

 要するに自業自得だと言いたいんだろうな。

 

 程度の問題はあるかもしれないけど綾小路の言うことは間違っていないし、俺は小宮たちのことを笑うことなんてできない。下手をしたら、俺が小宮たちの立場になっていたかもしれないんだ。

 周りの迷惑も考えずに好き勝手やってたんなら、反対にソイツの迷惑も考えずに好き勝手やられたとしても仕方ないだろう。だから綾小路は俺を囮に使ったし、クラスメイトもそれを当然のように受け止めた。

 もし囮にされたのが平田や櫛田だったとしたら、いくら綾小路でもクラスメイトから非難をされただろうし、そもそも綾小路自身が平田たちにそんな酷い扱いをするとは思えない。これが人徳ってヤツか。

 

 ……ん? その場合、平田たちを実験台役にしているのはどう受け止めたらいいんだ?

 

「さて、坂上先生。結んだ契約の5-④項の通り、この場にいる8人だけには契約について説明することを許可します」

「…………そうですか」

「そうですよ。そうしないと話が進まないですからね。それにどうせこうなったからには、坂上先生は契約に引っ掛かるようなことはしないでしょう。

 ああ、それにしても契約が守られなくて残念です」

「よくもまぁ、抜け抜けとそんなことが言えますね」

「おや、オレに言いたいことでもありますか?

 その場合の答えは“須藤に冤罪を被せるのを成功した際に、Dクラスから文句を言われた時の坂上先生の返答”がオレの返答です。どういう答えになるかはご自分で考えてください」

「くっ……」

「それにオレは優しい方でしょう。石崎たちが先走らなかったら契約違反にはならなかったんですし、そもそも冤罪なんて吹っ掛けていませんからね。

 例えるなら、龍園たちが通り魔的にいきなり人をぶん殴ってきたのに対して、オレは“このはしわたるべからず”って注意の看板を立てた橋のど真ん中に地雷を仕掛けてたようなもんですよ」

「すいません。例えが意味不明です。

 いや、例えでは橋を渡った人間が悪いと言っていることから、注意を無視した石崎たちが悪いと言いたいことはわかりましたが、ジョークのセンスが致命的に悪いです」

「えっ!?」

 

 すまん、綾小路。

 俺も例えがよくわからんかった。

 

「……そっかー、オレにはジョークのセンスないのかぁ。

 ま、それは置いといて。しかし、惜しかったです。坂上先生も引っ掛かってくれたらプラス8000万プライベートポイントだったのに……」

「8000万!? 知ってしまった1人につき1000万ということか?

 坂上先生、私が言うことではありませんが、少しばかり法外過ぎではありませんか?」

「……学年主任の真嶋先生には了解をもらっていますよ、茶柱先生。

 先ほど綾小路くんが言った契約の5-④項というものがありまして、職務上におけるやむをえない理由があるときや、綾小路くんが話してもよいとした人物には話してもいいことになっていましてね。

 綾小路くんの契約違反における罰金500万、龍園たちの契約違反における罰金200万という関係上、口外の抜け道が用意されている私への罰金が少な過ぎると公平性に欠けると思ったのですが……」

「ム、そういうことでしたか……」

「文句があるなら許可をだした学年主任の真嶋先生に言ってください。学年主任の真嶋先生に。

 そういえば、結局は龍園たちが1600万プライベートポイントを1週間でオレへ払うことになりましたけど、1600万プライベートポイントの持ち合わせがなかったらどうしようもないですよね? この場合ってどうなるんでしょうか?」

「ここまでになると私や坂上先生の職責を越えている。職員会議だな」

「……いや、ちょっと待ってください、綾小路くん、茶柱先生。

 せめて支払いは1100万プライベートポイントに減額できませんか?」

「それは、2番の映像ファイルを流したことで綾小路も契約違反をした、と言いたいのでしょうか?」

 

 ……何か、俺たちそっちのけになっちまってるな。

 いや、審議の勝ち負けは決まったようなものなんだから、もうどうでもいいっちゃいいんだけどさ。

 

「その通りです。契約ではあの映像を審議に証拠として提出しない、ということになっていました。そして確かに綾小路くんの言う通り、あの映像は審議に証拠として厳密には提出されていないのかもしれません。

 しかし、アレは実質的に提出されたようなものでしょう。堀北さんが先ほど調書のことについて“学校外の世間で事件が起こったなら”と言っていました。それと同じで、アレを学校外の世間では“証拠として提出していない”と見なされると思われますか?」

「……一理ありますね。生徒会長はどう思う?」

「坂上先生のおっしゃることはご尤もかと思います…………が、そのことを綾小路が想定していないとは思えません」

 

 生徒会長の言葉で綾小路に注目が集まる。それに対して綾小路はそっぽ向いて「ピヒュー、ピヒュー」って下手な口笛吹いてる。

 うん、生徒会長の言う通り、絶対に対処してるだろ。

 

「綾小路」

「はいはい。

 ではまず、坂上先生の発言の補足をします。坂上先生は“あの映像を審議に証拠として提出しない”とおっしゃりましたけど、それは正確ではありません。

 正確には、映像とはオレが撮影して龍園たちと坂上先生に閲覧させた喧嘩の証拠映像ファイルのことです。ただし、元の映像ファイルから改変や切り取りをしたものも映像の範囲内ですけどね」

「……確かに。契約書にはそう書かれていますね」

「はい。それでは問題です。

 この2つの画像ファイルは同じものでしょうか。それとも異なる画像ファイルでしょうか?」

 

 そう言って綾小路は()()()()()()()()()()()()()を持ってそれぞれの画面を俺たちに見せてきた。

 そこに映ったのはこの審議の進行役をしていた生徒会の……書記の橘先輩つったかな? その人が生真面目ながらも少し焦ったような表情でダブルピースをしている写真だった。

 

 ……え、何この写真? 何でダブルピース?

 

「ちょっ、綾小路くんっ!?!?」

「堀北」

「お、落ち着いてください、橘先輩!」

「橘? …………いや、それは置いておこう」

 

 慌てた橘先輩がスマホとデジカメを奪おうとでも思ったのか綾小路に近づいたけど、綾小路の言葉で堀北が橘先輩を止めにかかった。体格は堀北の方がいいからアッサリと捕らえられる。

 綾小路は俺たちにもう一度写真を近くで見せた後、Cクラスの連中に近づいて写真を見せ、最後に堀北生徒会長に近づいて写真を見せる。

 

「ふーむ、これは……」

「やめて。そんな私を見ないで堀北くん……」

「誤解を招くような発言はよせ、橘。そもそもそこまでおかしな写真ではないだろう。確かに橘のイメージとは違うかもしれんが、年頃の女子高生なら別におかしくあるまい」

「やめて。そんなフォローしないで堀北くん……。

 消したのに。確かに私が操作して消去したはずなのに……」

「画像復元アプリって便利ですよね」

「須藤くん。私が許すから後で綾小路くんを殴って」

「櫛田???」

「やれ」

「はい」

 

 思わず“はい”って言っちゃったけど、キレた櫛田こっわ……。

 

「綾小路が言いたいことはわかった。

 つまり、この橘のダブルピース写真と同じく、喧嘩の映像を撮ったときもデジカメとスマホの2つの機器で撮影していたということか。これらの写真もほぼ同じ橘の姿を撮影しているが、それでも同じ画像ファイルとは言えないだろうな」

 

 ヤバい。真面目面の生徒会長がダブルピースなんて言ったことで吹き出しそうになったわ。

 橘先輩も崩れ落ちてるし、あの顔でダブルピース発言は破壊力があり過ぎるって。

 

「しかも契約違反になるのは、龍園たちと坂上先生に()()()()()()()()()()()と限定しているのか」

「ええ、坂上先生や石崎たちに見せたのはデジカメで撮影した映像。そしてさっきの2番とナンバリングしていた映像はスマホで撮影した映像です。これは映像ファイルを調べると簡単にわかりますよ。

 デジカメで撮影した映像はこのノートパソコンには入っていないので、何をどうやったとしても契約違反になりようがありません」

 

 そう言って席に戻った綾小路は、鞄の中から伸縮式の自撮り棒を取り出してスマホとデジカメを装着させる。なるほどな。ああして2台同時に撮影したのか。最近はあんな風にスマホとデジカメの2つを装着できる自撮り棒ってあるんだな。

 そういえば今まで忘れていたけど、喧嘩の際は自撮り棒に装着してたスマホには気づけてもデジカメの方は気づけなかったな。だから、さっき綾小路の言ってた『オレはデジカメで撮影したとある映像をこの審議に証拠として提出しない』って言葉に違和感があったんだ。

 

「これはこれで屁理屈としか思えんが……坂上先生、残念ですがこれでは……」

「そうですか……すまない、3人とも」

「さ、坂上先生は悪くありません!」

「そうです!」

「悪いのは俺たち……いや、綾小路です!」

「え、オレ? オレは悪くないと思うぞ。倫理的なことを除けば」

「人として重要なそれを除くな。

 だいたい綾小路、おまえは……うん? 誰だ?」

 

 堀北会長の説教が始まりそうになったとき、いきなり会議室のドアが開けられそうになったのかガタガタと鳴った。

 ……が、鍵が閉まっていたので開けられず、外の誰かが開けるのを諦めたのかダンダンと叩かれ始める。

 叩く音がずっと続いているが、時折その合間に会議室の外から俺たちに呼びかけているような声が聞こえる。だけどこの会議室の防音がしっかりしているせいか、誰が何を喋っているのかは聞き取れない。

 

「真嶋先生かな?」

「防音なのに聞こえるのか、綾小路? いや、まずはドアを開けてこい」

「ここまで近ければ少し聞こえます。けど、どちらかというと声質自体よりも発音やイントネーションの癖からの推測ですね。

 はいはい。今開けます」

 

 綾小路がドアに近づいて鍵を開けると、ドアが力強く開かれる。

 ドアの向こう側に立っていたのは真嶋って先生。Aクラスの担任で英語担当の教師だったな。

 

「……やはりおまえか、綾小路?」

「なんのこってすかい?」

「いや、今はおまえの相手をしている暇はない。携帯の電波は…………やはり通じていないのか。

 っ!? そのノートパソコンだなっ!?」

 

 剣呑な目つきで綾小路を睨んでいた真嶋先生は自分のスマホで何かを確認していたと思ったら、会議室の中に乗り込んできて綾小路のノートパソコンのLANケーブルを引っこ抜いた後に画面を閉じた。

 それに携帯の電波?

 俺と同じ疑問を持ったのか、茶柱先生が自分のスマホを取り出して画面を見て驚いたような表情をする。俺は審議中に音が鳴ったりしたらマズいから携帯は平田に預けてきたんだけど、携帯の電波が悪くて電話が通じなかったりしたのか?

 いや、でもそんなぐらいで真嶋先生があんなに焦ったりしないよな?

 

「……ハアァァ~~……あー、もう」

 

 大きく溜息をついた真嶋先生は片手で顔を覆って天を仰ぐ。

 

「真嶋先生、いったい何が?」

「どうもこうもないぞ、茶柱。

 いや、この場にいたおまえに言ってもどうしようもないし、責めるなら星之宮の方なんだが……」

「おい、生徒の前でその口調……それにチエ? いったいどうしたというんだ?

 おまえの言った通りで確かに携帯が通じていなかったようだが、もしかして私に電話をかけていたのか? でも私の携帯が通じていなかったとしても、この会議室の内線にかければよかったじゃないか?」

「ちょっと待ってくれ。気を落ち着ける。

 …………フゥ、茶柱先生、坂上先生。今から言うことをよく聞いてください」

「どうしたんだ、いったい?」「な、何ですか?」

 

 覚悟を決めた顔で、一呼吸置く真嶋先生。

 え? いったい何言うの?

 

「放送されてました」

「「ハ?」」

「だから。学校の敷地内全てで。おそらくこの会議室以外で。綾小路の『……あー、ナンバリングを2と3間違ってるな、コレ。3が佐倉の撮った映像だ』からの審議の会話が。全て放送されていました」

「「…………」」

 

 ヤベェ。茶柱先生と坂上先生が宇宙の真理を見てしまった猫みたいな顔してるぞ。

 

「Dクラスの軽井沢がプライベートポイントを使って、全校放送する権利を行使したようです。許可したのは星之宮先生ですが、星之宮先生は放送する内容を知らなかったようですね。

 それとさきほどこのノートパソコンの画面が少し見えましたが、webミーティングのアプリが実行されていました。おそらくそれを使って音声の中継をしたのでしょう。

 全校放送されてしばらくは様子を窺っていたところ、石崎が契約違反をしてしまったのを聞いてしまったので茶柱先生と坂上先生の携帯に連絡したんですが、残念ながら電話が通じず……綾小路、おまえだろう?」

「なんのこってすかい?

 ……って、ああ、そうか。この会議室の入口に電灯を操作するスイッチの操作パネルがあるじゃないですか。そのパネルには換気扇の操作スイッチと一緒に盗聴防止機能のON/OFFスイッチもありましたけど、さっき電灯消すときに思わずついでにONにしたからそれのせいじゃないですかね?

 多分、盗聴器による盗聴防止のための機能なんでしょうけど、電波を発する機器としての違いはありませんから、携帯の電波も妨害されちゃったんでしょう。いやぁ、こうなるとは思っていなかったのに思わぬ副産物だなぁ」

「あ、そうか……そっちかぁ。そういえばこの会議室にはそんなのがあったな。でもおまえはLANケーブルによる有線接続でネットに繋げて、それを軽井沢へ中継していたんだよな? 明らかにわかってやっていただろ?

 ……いや、話を続けますと、茶柱先生にも坂上先生にも連絡が取れない上にこの会議室の内線にも繋がりませんでした」

「何だと?」

 

 茶柱先生が部屋の隅にある内線電話のところまで行き、内線電話を持ち上げる。

 普通に電話線は繋がっていたように見えたが、内線電話を近くで見た茶柱先生が電話線を引っ張ると、ビリって音とともに電話線が内線電話から離れる。

 

「……電話線を抜いていたことがバレないように、電話線をテープで電話本体にコッソリと貼り付けていたようだな。いや、そもそも私もこの会議室に入ったときに内線電話を気にしていなかったんだが……綾小路?」

「なんのこってすかい?」

「……そうですか。

 電話が通じなかったので、放送を止めるべく放送室に行ったところ、そこに星之宮先生と軽井沢がいました。全校放送を止めるように言ったのですがプライベートポイントの支払いは既に済ませていたらしく、放送を聞いていた星之宮先生もマズいと思っていても止められずにいたようです。

 そして軽井沢と問答しても埒が明かなさそうだったので、綾小路を止めるために直接この会議室に来ました。

 ……まぁ、軽井沢と問答してたときには、もう手遅れになってましたし」

「この会議室では、そのような放送は聞こえなかったな」

「でしょうね。軽井沢がこの会議室だけ放送を切っていましたから。周りの部屋からも放送が流れていたようですが、この会議室の防音性能がよかったために茶柱先生方は気づけなかったようですね」

 

 ギギギ、と擬音が聞こえてきそうな様子で茶柱先生と坂上先生が綾小路を見る。

 見つめられた綾小路は普段の無表情さを変えずに、気負いもせずに普段通りに話し始める。

 

「『“伝える”とは口頭に限らず、電話、文書、録画、録音など、ありとあらゆる情報伝達手段を含む』と5-③項で契約違反の定義をしていますので、要するに放送を聞いた全ての人の数だけアウトです。ああ、坂上先生はこの場にいる8人分は除きますけどね。

 全校生徒が約450人。学校の教師や事務員、それにケヤキモールにも放送されているはずなので、ケヤキモールの従業員も合わせると聞いてしまったのは600人超えるんじゃないですか?」

 

 え? 600人?

 確か契約違反をした場合、小宮たちは知ってしまった1人当たりにつき200万プライベートポイントの支払いで、坂上先生は1000万プライベートポイントの支払いだったよな?

 

「まぁ、正確に数えるのも手間ですし、確認しやすい生徒と教師の数……うん、キリがよい500人にしましょうか。実際はそれ以上の人数が聞いていたでしょうけど、そのぐらいはオマケしときます」

 

 坂上先生に向けて手を差し出し、綾小路は平然とこう言い放った。

 

「じゃあ、50億でいいですよ。小宮たちは10億な」

 

 

 

――― 茶柱佐枝 ―――

 

 

 

 私は今でも後悔している。

 現在、教師として勤めているこの高度育成高等学校に生徒として通っていた学生時代。私は私の判断ミスで、恋人も友人もそれまでの全てを失った。

 いや、友人は今でも友人なのかもしれないが、今でもチクチクとうざったいことを言ってくることに辟易している。もちろん私が悪かったんだけどさ。

 

 この学校を卒業して教員免許を取って、どうしてかこの学校に教師として戻ってきてしまった。

 そして、私の叶わなかったAクラス卒業という願いを勝手に生徒へ押しつけてしまっている。

 

 いや、正確に言うなら、去年までは押しつけようと思っていた、だ。押しつけようと思いながらも結局はできないだろうと諦めていた。

 だが今年のDクラスは違う。今年のDクラスは今までのDクラスと違って、綾小路を始めとしたAクラスを目指すことのできる人材が揃っていた。だから私の叶わなかったAクラス卒業という願いを押しつけようと思ったのだが、アイツらを見てると放っておけば勝手にAクラスに上がってくれそうな気がしてきたので、いつ介入しようかと迷っていたらこんな時期になってしまっていた。

 つまり、私はまだ介入していなかったわけなのでこれだけは言えるだろう。

 

 私は悪くねぇ。

 

「戻ったぞ。それでは会議を始めるとしようか、茶柱、星之宮」

 

 この場に坂上先生どころか他の先生がいないためか、会議という場なのに真嶋の口調が私的な感じになっている。私的というか疲れた感じというか。

 うん、学年主任は大変だなぁ。

 

「そうだな」

「理事長はどうしたの? 校長先生じゃもう判断できない規模になっちゃったんでしょ、真嶋くん?」

「ああ、理事長とは先ほど連絡がついた。事情は説明したのだが生憎と出張の真っ最中だったので、学校へ戻れるのは早くとも明日の午後となりそうだ。何があったかの報告書を送ったら、俺たちの仕事は今日の分は終了だ。

 こちらからも聞こう、星之宮。心労で倒れた坂上先生の容体はどうなんだ?」

「ベッドで魘されているけど、身体に問題はないから安静にしていれば大丈夫じゃないかな。

 でも、もうこの件には心労的な意味で関わらせない方がいいと思うよ」

 

 だから私は悪くねぇ。

 

「他の生徒や教師からも問い合わせが続いているが、理事長の判断を仰ぐということで先延ばしにしている。

 ……実際、ここまでの大事になると俺たちではもう判断はできん」

「だよねぇ。軽井沢さんに全校放送を頼まれたときには、まさかここまでのことになるとは思っていなかったよ。

 それでサエちゃん。渦中の綾小路くんはどうしたの?」

「……話を聞こうと思ったのだが、二度手間になるから学校の考えをまとめてからにしてくれ、と言われたよ。

 今頃はケヤキモールの電気屋にでも行っているんじゃないか? 証人として参加した佐倉のご褒美にカメラを買ってやると言っていたからな」

「うわぁ、余裕綽々だね。

 綾小路くん、昨日のうちにCクラスと取り引きしたりしてたみたいだけど、絶対にこうなるように計画してたでしょ」

 

 そうなんだろうなぁ。

 

『オレは尋常な勝負なら尋常に、何でもアリなら遠慮ナシって感じで、基本的に相手に合わせた対応をすると決めている。だからクラスメイトが好き勝手やってるなら、オレも好き勝手やってもいいだろうと思っている』

『Cクラスが好き勝手やってるなら、オレも好き勝手やってもいいだろう』

 

 そう言っていた綾小路だが、こうも思っているようだった。

 

『学校が好き勝手やってるなら、オレも好き勝手やってもいいだろう』

 

 とな。

 審議が中止となった直後、帰ろうとした綾小路を呼び止めてここまで大きなことを勝手に仕出かしたことについて少しイヤミを言ったのだが、

 

『別にルールは破っていませんよ。嘘もついてませんし、100%進学率・就職率を保証するのはAクラスだけ、なんて入学後に言う学校よりマシじゃないですかね?

 まぁ、マナーやモラル違反かもしれませんけど、それも冤罪吹っ掛けてきた龍園たちを叱らなかった坂上先生よりマシじゃないですかね?』

 

 と返されてしまい、ぐうの音もでなかった。

 要するに誇大広告で生徒を集めた学校や、教師としての責務を果たさなかった教師に対しては、冤罪を吹っ掛けようしたCクラスに対するように()()()()()()()()()()()で対応したつもりだったのだろう。

 今回の件では特別棟だけに限らず、アチコチの監視カメラの映像をプライベートポイントで買ったりとか色々としていたが、最初っからこうなることを狙っていたとしか思えん。

 

「全校放送をチエに頼んだように、私に隠れても色々とやっていたみたいだったが、まさか綾小路の狙いがCクラスではなく最初から学校そのものだったとはな」

「そうだろうね。Cクラスとの取り引きは坂上先生の目を眩ます囮であって、あの様子だと本来の標的は坂上先生だったんでしょ。そして坂上先生越しに学校を狙ったわけね。

 坂上先生はCクラスを守るために、自分の身の守りを疎かにしちゃったみたいだねぇ」

 

 なるほど。確かに『()()()()()()()()()()()()()()()し、()()()()()()()()()()()()()()。クラス対抗はクラス対抗で面白そうだとは思っているけど、今のところ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()』というわけだ。

 要するに、Cクラスのことなんぞ眼中になかった、と。そしてCクラスに勝つのよりも、学校からクラスメイト全員でクラス移動できるだけのプライベートポイントを巻き上げる方が優先順位は高い、ということだな

 

「んー、でもその場合、()()()()()()()()()()()()()()ってのがニュアンス的によくわからないなぁ。今回の一件もやらなきゃいけないってわけじゃないだろうし」

「確かに。別件とまで言うのなら、今回の審議以外のことでも何か企んでいるのかもしれないな」

「話が逸れているぞ、2人とも。

 ……まぁ、話せることなんて多くないのも事実だがな」

 

 いや、マジで私たちにどうしろと?

 綾小路が事情聴取に応じたのならまだ仕事はあったが、真嶋の言う通りにここまでの大事になると私たちではもう判断はできない。

 明日、戻ってくるらしい理事長への報告書は今作っているが、審議で何があったのかを説明する報告を書くことしかできない。綾小路から契約書を貰ったから、それについても記載するが……。

 

「真嶋、どうしてこんな契約を許可したんだ? 穴だらけというか、解釈の余地があり過ぎるだろう、コレ」

「俺も怪しいとは思っていたが、契約を結ぶ坂上先生が納得していたんだから仕方がないじゃないか。

 坂上先生はCクラスへのダメージを考えて、多少は揚げ足取られることを考慮しながらも契約して証拠映像を提出されないことを選んだようだがな」

「でも、わざわざ審議前日に契約を申し込むのがイヤらしいねぇ。あの証拠映像を見せられたら坂上先生でも焦りで正常な判断力も削られていただろうし、どこからが綾小路くんの計画通りなんだか……」

「……あくまで私の印象だが、まず綾小路は嘘はついていないと思う」

「だろうな」

「綾小路くんなら、嘘をつかずに他人を騙すぐらいは可能だよね」

 

 うん。嘘をつかないような聖人君子だからじゃなくて、わざわざ嘘をついたなんて弱味を作るような真似はしない、という意味でだな。

 

「そういう観点からしたら、ウチのクラスの佐倉も特別棟にいて証拠映像を撮ったのは綾小路の指示ではないのだろう。おそらく本当に偶然だ。

 そもそも普通に考えると人選的に佐倉はない」

「佐倉さんはカメラを趣味にしているみたいだけど、運動は得意じゃないみたいだね。だったら盗撮じみた証拠映像の撮影なんかをわざわざ彼女にやらせたりしないか」

「運動が得意な生徒はDクラスに他にもいるだろうしな。男子では平田に三宅、女子でも審議では須藤の付き添いとして参加したが堀北や櫛田なら可能だろう」

「ああ。だから佐倉の目撃は綾小路にも予想だにしていなかったのだろうが、別にそれで不都合があるわけじゃないからな。むしろ佐倉を参加させることで、Cクラスの契約違反の人数を増やせるから審議に証人として参加させただけだろう。

 長谷部、それに結局参加できなかったが三宅も付添人として参加しようとしたが、案外それは佐倉を審議で証人として参加させることになってから思いついたのかもしれないな」

「あー、聞いたけどイヤらしいよね。

 坂上先生が全校放送のことに思い当たらなくて契約について喋っちゃったのは、小宮くんたちを引っかけるのが綾小路くんの最終目標と思わされたのが原因でしょ。そのための人数増やしの長谷部さんじゃん。まさかそれで終わりじゃなくて、二段構えの計画だったとはねぇ。

 サエちゃ~ん、担任なんだから生徒をちゃんと見ておいてよ」

「綾小路なら仕方ない」

 

 ここで私が裏で糸を引いていると思われていないところが笑えてくる。チエも真嶋も完璧に綾小路が主犯と思っているが、もし他の生徒が同じことをやっていたら私が関与していると思われただろうな。

 いや、実際、綾小路が勝手にやったことなんだけどさ。

 

 でも仕事を増やされたイヤミを言うぐらいはするけど、綾小路を止めたりはしない。

 綾小路にはこれからも頑張ってもらわなければならないからな。ここで注意してヘソ曲げられたらどうする。

 

「こんな契約を結ぶ許可をだした学年主任の真嶋が悪い」

「いや、決め手となったのは軽井沢がやった審議の全校放送だ。受け付けた星之宮が悪い」

「何言ってんの。担任なんだからサエちゃんの責任でしょ」

「…………」

「…………」

「…………」

「「「冤罪を吹っ掛けたCクラスの担任の坂上先生が悪い」」」

 

 ヨシ、意見が一致したぞ!

 実際、審議前日に綾小路から証拠映像を見せられた時に、坂上先生が冤罪を吹っ掛けた龍園たちを叱っていればこんなことになっていなかったんだろうしな。わざわざ綾小路がそんなことを口にだしたってことは、要するにその時点で学校に対する容赦がなくなっていたってことだろう。

 だから学校が好き勝手やっているなら、綾小路も好き勝手にやろうと思った、ということだ。

 この学校の教師としての思考ではなく世間一般の教師としての思考をするならば、確かに綾小路の言うことは尤もだしなぁ。私もこの学校に身も心も染まってしまっていたか。

 

 さて、この一件はどう終わるのかな?

 まさか綾小路の要求通り、50億プライベートポイントを支払って終わらせるということはあるまい。坂上先生は学校の関係者そのものなので、坂上先生の手に負えなくなった不始末は学校が片付ける必要があるだろうが、それでも限度というものがある。

 50億なんて6クラス分の生徒がAクラスに上がれる額だ。こんなものを支払ったらクラス対抗が崩壊する。クラス対抗の根元から崩壊するようなプライベートポイントを支払うことなんてできるはずがない。

 とはいえ、綾小路が学校の考えをまとめるように言ってきたことから、そこら辺は綾小路も想定済みなのだろう。

 

 綾小路と結んだ契約はあくまで坂上先生という一教師が結んだ契約だ。坂上先生は詰め腹を切らされることになるかもしれないが、この一件だけで学校全体の責任問題にまで発展することはないだろう。綾小路の計画がアレで終わりかどうかの不安があるがな。

 まぁ、契約を結んでしまった坂上先生に落ち度があるので、それの尻拭いを学校がするのは仕方がないだろう。50億とまではいかないだろうが、おそらくいくらかは支払われるはずだ。請求額の10%で5億、1%だとしても5000万だ。そのプライベートポイントもAクラス昇格への原資となるので、私にとってはCクラスへのダメージと合わせて今回の一件は悪い話ではない。勝ったなガハハ!

 それと上の判断次第なんだろうが、ここまで大きなことになると逆に小さく終わらせられることになるだろうな。

 

 そう安心したとき、ポケットに入れていた携帯が震えた。

 私に電話か? 画面に表示された名前を見ると、電話してきたのは櫛田だな。まーた綾小路が何か仕出かしたのか?

 真嶋とチエに了解を取って、櫛田からの電話にでる。

 

「もしもし。茶柱だが」

『あ、よかった。櫛田です。茶柱先生』

「ああ、電話してくるなんてどうかしたのか?」

『はい。今、ケヤキモールの電気屋のカメラ売り場にいるんですけど、刃物を持った店員の男の人が暴れています。綾小路くんが切りつけられました』

「…………は?」

 

 学校の施設で刃物を持った店員が暴れて、よりにもよって綾小路に切りつけた?

 え? あの、ソレ……学校全体の責任、問題?

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

『収録お疲れ様です。大久保さん』

『おう、(キヨ)(ボン)もお疲れさん。じゃ、メシでも行くか?

 ……しっかし、室渕のオッサンが引退なぁ。もう40過ぎてるんやったっけ?』

『確かちょうど40歳ですね。大久保さんは30歳でしたか?』

『まだ29や。そんで(キヨ)(ボン)は15か。そう考えると俺も年食ったなぁ。

 ……あれ? もしかして中学生の(キヨ)(ボン)から見ると俺もオッサンなんか?』

『…………えっと、中学通っていないのでわかりません』

『目ぇ逸らすなや。つーか、その言い訳なんやねん』

『ハッハッハ。

 でも室渕さんの言葉変じゃありませんでした? オレが高育に進学すると、別の意味で競い合えないって……』

『ああ、そういやそうやな。

(この(ボン)、拳願仕合に参加してるって聞いてるから、もしかしてそれか?)』




 色々と予想して部分的に的中していた人はいたけど、だがきよぽんのバトルフェイズはまだ終了していなかったぜ!!
 よし。後になってから絶望感をあたえてやろう。どうしようもない絶望感をな。このきよぽんが罠を仕掛けるたびに賠償金がはるかに増す。その罠を後2回もオレは残していた。その意味がわかったな?

 ……というわけで、作者が前話のアレだけですませるわけないんだよなぁ。
1.Cクラス引っかけ
2.坂上先生引っかけ
3.ストーカー暴発
 の三段構えでした。三千世界(さんだんうち)でも可。
 一段目のみで納得していた人は訓練が足りてませぬな。
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