いってこい実力至上主義の教室へ   作:嘴広鴻

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2-8 私の子供を産んでください(ガチ)

 

 

 

『ここが初見流忍術道場“武人館”ですか……』

『ああ、俺の親戚がやってるんだが、おまえさんも変わりもんだねぇ、綾小路くんよ。

 初見流合気道だけじゃなくて、引き続き忍術の方も習いたいとかさ』

『ありがとうございます、初見さん。

 習うと言ってもそれぞれ1週間ずつの体験入門ですけどね』

『別に構わんけどね。若い時には散々無茶苦茶やってみるもんだろ。

 ヨシ、この紹介で前の仕合を寝坊したのはチャラな。いやー、流石にあの寝坊は乃木のオヤっさんにこっ酷く叱られちゃってよぉ』

『乃木会長も秘書の秋山さんもそりゃ怒るでしょうに。

 秋山さんの気を惹きたいのならもっと真面目になられたらどうです?』

『言ってくれるじゃないの、坊や』

 

 

 

――― 真嶋智也 ―――

 

 

 

『私は佐倉のクラスの担任教師として、佐倉のご両親に直接会って謝罪と事の経緯を説明してくる。

 学校が直接雇用した人間ではないとはいえ、それでも学校敷地内の店の従業員が女子生徒をストーカーしていたなど流石にシャレになっていない』

『私は佐倉さんの様子を見てこないと駄目だねー。まぁ、ストーカーが刃物で暴れているところは、佐倉さん自身は目撃していないから大丈夫そうだけどね。

 それと坂上先生は検査入院だから』

『『というわけで真嶋学年主任、後はよろしく。さー、仕事だー』』

 

 逃げやがった、あの女ども。

 

 いや、人員配置的にこうなるのは仕方がないのは理解している。

 佐倉のご両親に事の経緯を説明するなら佐倉の担任教師である茶柱が行くべきなのだろうし、ケヤキモールに入っている家電量販店の従業員が佐倉のストーカーをした上に暴れたなんて事であれば、保健医である星之宮が被害者の佐倉の様子を窺うのは当然だ。佐倉の様子次第では、本格的なカウンセラーの手配をしなければならないだろうしな。

 それに坂上先生も昨日のことで体調が悪くなっているようだ。流石に無理してでも出勤しろなどとは言えない。それにヘマをした坂上先生は立場的に口を出すことができないだろう。

 だから唯一手が空いていて、なおかつ学年主任としての立場がある俺が、出張から戻ってきた坂柳理事長に今回の件を報告しなければならないのは仕方がないことだ。

 

 だが、去り際の茶柱と星之宮が密かにガッツポーズをしていたのは許さん。

 この件が終わったらせめて一杯奢ってもらうからな。

 

 

「―――以上が、審議における一連の流れです、理事長」

「ありがとうございます、堀北生徒会長。

 真嶋先生たちを疑うわけではないのですが、ここまで大事になりますと慎重に期する必要がありますのでね。教師から見たのではない、第三者的な生徒の立場から見た事件の情報を確認する必要があったのですよ」

 

 理事長室にいるのは部屋の主である理事長に1学年の学年主任である俺、それに審議に生徒会として参加した堀北生徒会長、そして事件を引き起こしたと言える綾小路の4人だ。

 

「では次に真嶋先生。ケヤキモールの家電量販店で発生した事件についてお願いします」

「はい。犯人はケヤキモールの家電量販店従業員の〇〇××。●●歳、男性。学校の職員ではなく、学校に出店してもらっている家電量販店から派遣されている社員で、学校敷地内の出向員用の職員寮に住んでいました。

 そして綾小路から提供された情報を元にして事件後に学校敷地内にある犯人の部屋を調べたところ、常日頃から1年Dクラスの佐倉愛里にストーカーしていたことがわかりました」

 

 犯人のパソコンからは彼が今まで佐倉愛里、アイドル名“雫”のブログに毎日のように書き込んでいたことが判明した。

 書き込みが始まったのは3ヶ月前。つまり佐倉が入学してきてからのことだ。どうやら以前から雫のファンであった犯人は、自らが勤めている電気店にデジタルカメラを買いに来た佐倉が雫ということに気づき、それから彼女のストーカーをしていたらしい。

 この学校の敷地内にある店に勤める際に、機密保持や生徒に接触するときについての注意は散々されていただろうに。それを破って女子生徒にストーカーをするなんて、あの家電量販店はどういう社員を雇っているんだ。この一件の詳細が判明次第、キッチリと抗議をしなければな。

 佐倉も可哀そうに。自分のブログに自分を見張っているかのような気味の悪い書き込みを毎日のようにされるなんて、気が気じゃなかっただろうに……。

 

『運命って言葉を信じる? 僕は信じるよ。これからはずっと一緒だね』

『いつも君を近くに感じるよ』

『今日は一段と可愛かったね』

『目が合ったことに気づいた? 僕は気づいたよ』

『友達ができたんだね。君に負けず劣らず可愛い子じゃないか』

『友達と遊んでいる君も可愛いよ。別の魅力を発見した気分だ』

『誰なんだい? 今日一緒にいた男は?』

『君が優しいからってあの男は調子に乗っていないかな?』

『あの男が嫌だったら僕に言って。直ぐに何とかしてあげるから』

『どうして友達と一緒にあの男の太ももを木製バットで延々と叩き続けていたんですか???』

 

 ……最後の書き込みはいったい何なんだろうか?

 

「部位鍛錬か、綾小路?」

「ええ、拳や肘、それに足先や膝はサンドバッグとかを使えば部位鍛錬できますけど、太ももは自分一人じゃ鍛錬し難いですからね。佐倉と長谷部に手伝ってもらいました。

 そして部位鍛錬をしていた日時と場所を基点として、監視カメラの映像から佐倉をストーカーしていた犯人を割り出しました」

 

 なるほど。最後の書き込みで犯人が佐倉を監視していた時間がわかる。場所も敷地内の監視カメラが多いところで部位鍛錬をすれば、後から監視カメラの映像を確認することで犯人を特定するのも可能だろう。おそらくそれで犯人の身元と家も特定したな。

 しかし、犯人をおびき寄せる罠のつもりだったのかもしれないが、女子にそんな変なことさせるなよ、綾小路。

 

「犯人が暴れたときについてですが、1年Dクラスの堀北と櫛田、三宅が映像を撮影していましたので提供してもらっております」

「……目撃者が3人。しかも全員が1年Dクラスですか?」

「はい。閉店10分前で事件が起こったということもあり、他に事件を目撃した生徒はいませんでした」

 

 そう言いながら、堀北から提供された映像を再生しているノートパソコンを理事長に差し出す。

 

 再生された映像はまず、綾小路と佐倉が腕を組みながら家電量販店を歩いているのを後ろから撮影しているところから始まった。綾小路たちは後ろにいる堀北から見ても仲が良さそうに会話をしながら、家電量販店のカメラ売り場に到着した。

 カメラ売り場に到着して目についたのが、何かの作業をしていたのに綾小路たちの姿を見て驚いたような表情をした中年の男性店員。コイツが刃物で暴れた犯人だ。

 そしてその奥に綾小路たちをスマホで撮影している櫛田の姿が見える。カメラ売り場に到着した堀北は隠れるように移動した。綾小路たちと犯人が時計の中心位置にいたのだとしたら、0時方向が店のバックヤード、3時方向に櫛田、6時方向に移動した堀北、9時方向はカメラ売り場の入口で、後から長谷部と三宅がやってくる配置となる。

 

 ちなみに堀北と櫛田が撮影していた理由は“クラスメイトの男女が腕を組んで歩いていたから興味本位で”らしい。

 理由は学生としてもっともらしいので、深くツッコむことはできない。実際のところは違っているだろうとわかっていてもだ。

 

『すいません。ちょっといいでしょうか?』

『は、はい……いらっしゃいませ』

『探しているものがありまして、実は『あれ~、きよぽんと愛里じゃん。付き合い始めたら即行で外で腕組んで歩くなんてラブラブだねぇ』……長谷部か、どうしたんだ?』

 

 綾小路が犯人に話しかけた直後、9時方向から来た長谷部が綾小路たちに声をかけてきたが、どうしてそんなに説明口調なんだ? それにどうしてそんなにベストタイミングで話しかけたんだ?

 

『もう……恥ずかしいよ、波留加ちゃん』

『付、付き合い始めた……?』

『アハハ、いいじゃんいいじゃん。おめでたいことなんだし。

 それでなんだけどさぁ、きよぽん。ちょっと愛里借りていいかな?』

『どうしたの、波留加ちゃん?』

『いや、愛里の使ってるドライヤー試させてもらったら使い心地良かったんで同じの買いに来たんだけど、ここの売り場には新旧モデルで2種類あってさ。どっちのモデルだったか思い出せないから、愛里に見てもらったらどっちかわかるかなー、って思ってさ』

『ああ、そういうことか。オレは別に構わんぞ。

 ここで買わなきゃいけないものはオレが買っておくから、閉店時間も近いことだし行っておいで、愛里』

『うん。じゃあ、お願いね。清隆くん』

 

 そう言って、佐倉と長谷部の2人はカメラ売り場から立ち去っていった。生憎と堀北の撮影した映像では見えずに櫛田の撮影した映像では見えていたのだが、このときにちょうど三宅が佐倉たちと入れ違いでカメラ売り場に来て、堀北と櫛田と同じく撮影を開始したようだった。

 ちなみに三宅が撮影していた理由は“櫛田が撮影していたのが見えたから何となく”らしい。せめてもうちょっと理由を考えておけ。

 

『すいませんね、お待たせしてしまって』

『……いえ、それでお探し物とはいったい?』

『ええ、無電源で長時間撮影できる監視カメラ、出来れば赤外線撮影のものを探してるんですけどありますか?』

『か、監視カメラですか?』

『はい。さっきオレと腕を組んでた女の子なんですが、実は最近ストーカーに悩まされているみたいでして、それの対処のために監視カメラを使おうと思いましてね。

 ホント酷いんですよ、そのストーカー。気持ち悪い手紙を送ってきたりして、すっかりあの子が参っちゃってまして……』

『き、気持ち悪い……?』

『オレもその手紙を見てみましたけどダメですね、アレは。ハッキリ言ってロクに女性経験のないキモイオッサンが書いたってわかるぐらいの気持ち悪さでしたよ。

 これなんですけど』

 

 綾小路が持っていた鞄から10封ぐらいの封筒を取り出し、それをバシっと床に叩きつけた。

 

『まぁ、この気持ち悪い手紙のおかげで彼女と付き合えるようになったんだから、そういう意味ではストーカーに感謝しなきゃいけないのかな?』

『えっ?』

『いやー、この手紙で参っている彼女にちょっと優しい言葉をかけただけで、驚くぐらいコロッと落とせましてね。オレが雫を守ってやる、なんて言ったら、スッカリとオレの言うことを何でも聞いてくれるようになりましたよ』

『なっ……?』

『ああ、雫ってのは、グラビアアイドルやってた彼女の芸名ですね。ああ見えてスタイルがいいんですよ。なのでストーカーのおかげで思う存分にあの身体を堪能させてもらいましたよ、グェッヘッヘッヘ』

 

 何だその変な笑い声? 綾小路、演技してる途中なんだろうけど実は飽きてきてたんだろ?

 この犯人もこんなバレバレの綾小路の演技に騙されるなよ……。

 

『とはいえ、こんなキモイストーカーに容赦なんてしてやりませんけどね。

 こんな風に容赦なく踏み潰してやりますよ』

 

 床に叩きつけた封筒をグリグリと踏みにじる綾小路。

 それを見た犯人は、思わず屈んで綾小路の靴の下から封筒を取りだそうとしたが、綾小路が更に強く踏みにじってそれを許さない。

 

『おや、どうかしましたか? ……って、ああ、そうか。ゴミを床に捨てちゃマズいですよね。それは失礼しました』

『ゴ、ゴミ……?』

『ええ、ゴミですよ。ゴミ以外に形容する言葉は見当たりませんね。きっとこれを書いた男も、この手紙と同じようにゴミみたいな存在なんでしょうよ。

 この情けないストーカーは雫のファンみたいだったらしいですけど、そんなゴミみたいな男だからオレに先に雫を取られたんだ』

『がっ……ぐっ……』

『ああ、それで監視カメラはありますかね?

 早く買って雫と帰らなきゃ。今晩もたくさん可愛がってやるつもりですし、ストーカーの対策をシッカリしてやれば雫も感謝してくれて、オレへの奉仕をもっと励んでくれるでしょうしねぇ。グェッヘッヘッヘ』

『うっ、うわあああぁぁぁーーー!!!!』

 

 悲鳴染みた怒声をあげながら綾小路に襲い掛かる犯人、その手にはカッターナイフが握られていた。

 そのカッターは綾小路がペーパーナイフ代わりに使っていたものらしく、封筒と一緒にカバンに仕舞っていたらしい。ただ、仕舞う際にクリップ部分が封筒のどれかに引っ掛かってしまっていたらしく、それに気づかずに封筒とまとめて床に叩きつけてしまったので、地面に叩きつけられた封筒を取り返そうとした犯人の手に渡ってしまった……らしい。

 まぁ、そのカッターは購入履歴を調べてみたら先週買ったばかりの折れ刃式カッターだったのに、何故かスライダーを目一杯押し上げても1mmぐらいしか刃が飛び出ないぐらいに刃が既に短くなっていて、しかもその少し飛び出てる刃も硬いものを何度も切ったように刃が摩耗して鈍らになっていたカッターなんだがな。

 現に綾小路は右手でガードしたようだったが、切りつけられたところは蚯蚓腫れのように赤くなって皮膚の表面が少し切れて血は滲むぐらいの軽い怪我しか負わなかった。全治一週間ぐらいか?

 

 でも分類的にはまだ刃物なんだよなぁ。

 

『はいはい。落ち着いてくださいねー』

『こっ、殺してや゛る゛ぅぅーー! 雫は僕が守るんだーっ!』

 

 3回ほど右手で攻撃を受けた綾小路だったが、4回目の攻撃で犯人の手首を左手で捕まえて動けなくさせて自分の右手の怪我を確認したかと思ったら、左手を軽く動かしただけでアッサリと犯人を転がして取り押さえた。合気というヤツかな?

 それと同時にヴィィィーーー! と防犯ブザーのような音が複数鳴り響く。堀北、櫛田、三宅がどうやら防犯ブザーを鳴らしたようで、綾小路と犯人の近くに防犯ブザーが投げ込まれたのが見えた。ブザー音を聞いた他の店員がカメラ売り場に集まってきて、綾小路の代わりに犯人を抑えにかかったところで映像を一時中断する。

 

 

「これ以降は警備員が駆けつけて事後処理をする場面です。櫛田と三宅の撮影した映像もありますが、撮影した角度の違いはあれど同じ映像でした」

「結構。大変よくわかりました。

 …………フゥ」

 

 座っている椅子の背もたれ体重を預けて大きな溜息をつく理事長。気持ちはわかる。俺もこの映像を見たときは溜息をついたさ。

 とはいえ、一介の学年主任なんかでは手に負えないぐらいこの問題は大きくなってしまった。なので後はお任せします、坂柳理事長。

 

「……まずは綾小路くん。君に大きな怪我がなくて何よりでした」

「いえいえ。刃物で切りつけられるなんて予想外の事件が起こってしまいましたが、これでも鍛えていますのであれぐらいなら問題ありませんよ。

 全治一週間ですみましたし」

「そう……ですか」

「そうですよ。ハッハッハッハッハ」

 

 無表情なのに笑い声をあげるな。見てたらムカついてくるから。

 

「一連の事件について聞いたときは気が気でありませんでしたよ。

 君は綾小路先生からの大切な預かりものですし、それ以前に君自身もオリンピック金メダリストという実績を既に築いている生徒です。そんな君に取り返しのつかないことが起こったかもしれないなんて、考えただけで胃に穴が開きますよ」

「そんな大げさな」

「大げさなことではありませんよ。

 綾小路先生には私がお世話になっていますし、それに綾小路くんには有栖が日頃からお世話になっていますしね。何かあったなら私に言ってください。可能な限りの配慮はしますよ」

 

 特定の生徒を贔屓することを公言するような、理事長としてあるまじき言動。

 これがこんな事態じゃなかったら問題になるんだろうが……。

 

「そうですか。オレは坂柳理事長が有栖の父親だとしても別に配慮しませんけどね」

「……少しは私の立場も配慮してくださいよ」

 

 うん、だろうな。こんな事態にまで大事になってしまったのなら、学校(こちら)側が配慮してもらう立場になってしまっているんだよな。

 理事長と綾小路は昔からの付き合いということなので、その縁から学校側に手心を加えてもらえないかと少しは期待していたが、理事長の配慮するから配慮してくれという言外に込めた願いもアッサリと却下されてしまった。

 

 もう学校側の情勢が悪すぎる。

 

 一つはCクラスリーダーである龍園とその一味に課された10億プライベートポイントの賠償金。

 しかも綾小路からは、4月に失われたクラスポイントの代わりの“貸し”を消費して、Cクラス生徒のここ半月ほどの携帯のチャットへの書き込み等の情報開示を請求されている。10億プライベートポイントの支払いは連帯責任ということになっているので、情報開示によって他のCクラス生徒の関与が明らかとなったら最悪の場合はCクラスが壊滅することだってありえてしまう。

 その関与だって綾小路のことだから、クラスチャットでこの件に関する龍園からの知らせを少しでも読んだとかでもアウトになるだろう。実際、計画を知っていたのに止めなかったら倫理的にはアウトだ。綾小路の要望を退けるのは難しい。

 しかし、こんな1年の1学期という序盤で1クラスが壊滅するとなると、今後のクラス対抗に甚大な影響を与えることになる。そんな事態は是非とも避けたいところだ。

 

 もう一つは坂上先生に課された50億プライベートポイントの賠償金。

 これについて言うことなど多くない。そんな大量のプライベートポイントなんぞ一生徒に支払えるか。

 

 最後の一つは家電量販店で起きた店員による綾小路への殺人未遂。何をどう頑張ってもあの男では綾小路を殺せそうにはないが、映像から殺意は確認できているのでそう呼ぶしかない。

 そしてそんな事件が起こったことも問題だが、一番困っているのは現時点でなら事件の隠蔽が可能であるということだ。

 事件が起きたのは他に客がいない閉店10分前だったので、目撃したのは綾小路と同じ1年Dクラスの生徒のみ。つまり他学年、他クラスの生徒の目撃者はいない。先にカメラ売り場へ到着してザっと売り場を見渡して他に誰もいないことを確認した櫛田からの連絡があってから、綾小路はカメラ売り場へ移動したようだがな。

 綾小路を殺そうと襲い掛かる様子をバッチリと撮影されてしまっているが、その映像はまだ1年Dクラス内で留まっている。緘口令を敷いて証拠映像も押収すればこれ以上の騒ぎになることはないだろう。だから困っているというより、隠蔽すべきか迷っていると言った方がいいか。

 事件直後に三宅が撮影した映像をDクラスの外村に送っていたり、その外村が綾小路からのポイント援助でUSBメモリを50個ぐらい事前に購入していたり、昨日の夜遅くにクラスチャットで呼びかけて複数のDクラス生徒を自室玄関まで招いてそれぞれジップロックに入れたUSBメモリを渡していたり、そのUSBメモリを受け取ったDクラス生徒が夜中なのにバラバラに学校敷地内を不自然に歩き回っていたようだが、緘口令を敷けば何とかなるだろう。きっと、多分。

 しかし、ここまでの騒ぎともなると流石に隠蔽するにしても、綾小路たちへの対価なしというわけにはいかない。

 その対価が必要なのだが、じゃあCクラスの10億プライベートポイントの賠償金と坂上先生の50億プライベートポイントの賠償金をどうするのか、という話でもある。

 例えばの話だが、Cクラスの10億プライベートポイントの賠償金と坂上先生の50億プライベートポイントの賠償金を無効にしたうえで殺人未遂事件についての口外を禁ずる。対価は1000万プライベートポイントだ、と綾小路に申し入れたとすればどうなるだろうか?

 

 …………うん、ムリだな。桁が足りん。

 綾小路が窓から出入りをしたことや、審議の様子を生中継で全校に流したことのような綾小路への攻めどころもあるが、殺人未遂事件や50億+10億に比べるとそんなものは霞んでしまう。

 審議に参加していた石崎たち以外の龍園たちCクラスの人間は、審議中はカラオケ屋のパーティールームにいて実はあの放送はリアルタイムでは聞いていなかったらしいが、その分だけ賠償金を減らしたとしても焼け石に水だ。ケヤキモールの従業員の分も足して500人分と言われたらどうしようもない。

 

 どれか一つだけ、もしくは賠償金の二つまでなら強権的に、それか坂上先生に責任を被せることで対処可能だったかもしれないが、殺人未遂事件まで重なってしまうとどうしようもないだろう。

 家電量販店での殺人未遂事件は、あんな人物を学校敷地内で働かせていた時点で学校に責任が生じてしまっている。

 流石に直で家電量販店が綾小路に賠償させることは、外部との接触を許さない学校方針に反するから許可できない。だから最終的には家電量販店側に責任を求めることになるのだろうが、形式としては学校が綾小路に賠償してから、家電量販店が学校へ賠償してもらう形になるだろう。

 綾小路め。いったいどこからどこまでが計画通りだったのだ?

 

「綾小路くんとはゆっくりと話し合いたいと思います。長くなりそうですので、あちらのソファーに移動しましょうか」

「……坂柳理事長、私はどうしましょうか?」

「ああ、堀北先輩も同席してもらっていいですか?

 生徒会長としてではなく、一生徒としての堀北先輩に聞きたいことがありますので……」

「理事長?」

「堀北くんがよろしいのなら構いませんよ。生徒会にも問い合わせが殺到しているらしいので、生徒会長である君にはある程度の情報をどちらにしろ開示するつもりでしたから」

「わかりました」

 

 俺については言及がないが、ここで帰れるわけないだろうな。

 理事長に続いて、理事長室内に置いてある応接セットまで歩いていく。

 

「さて、それでは手間を省くために、ここからはざっくばらんに話そうか。僕としてはこんなことをした清隆くんの本音を聞きたいしね。

 あ、ちょっと話はズレるけど清隆くんは佐倉さんと交際することになったのかい? それでは有栖がどう思うことやら……と、言ってもいいのかな?」

 

 席に着いた途端、理事長の口調が変わる。綾小路は坂柳と幼馴染ということだから、坂柳理事長とも昔から付き合いがあるのだろう、

 気安く声をかけるのは理事長としてはいけないことなのだろうが、どうやら理事長は昔からの付き合いということを押し出して交渉を有利に進めることを諦めていないらしい。頑張ってください。

 

「いや、愛里だけでなく鈴音と桔梗、波留加と恵の5人と付き合うことになってます」

「は?」「おい、綾小路?」

 

 思わぬ綾小路の言葉に、理事長だけでなく堀北生徒会長までもが驚きの声を上げる。

 確か鈴音というのは堀北生徒会長の妹だったか。妹が5股かけられるうちの1人ともなると気が気じゃないか。

 

「嘘です。言っておきますけど、愛里を弄ぶような不純異性交遊もしてませんよ。

 ホラ、この一連の件の結果次第ですが、オレって上級生からも目をつけられることになりそうじゃないですか。プライベートポイント的に考えて。

 そうしますと切羽詰まって覚悟決めた女子の先輩がハニトラとかを仕掛けてくることもありえますので、今のうちに対処方法を用意しておこうと思いましてね」

「ハニトラ……か」

「なるほど。Aクラス入りを切望している女子生徒ならやりかねません」

「ハニトラ対策に5股かけてるなんて公言しておいたら、ハニトラ仕掛けてくる人は少なくなるでしょうし、しかもその5人のうちの1人がグラビアアイドルですからね。よっぽど自分に自信がある女性じゃなきゃ、そんな状況でハニトラを仕掛けてくることはないでしょう」

「ははは、それは確かにそうだろうね」

「あと鈴音たちもこの高校生活で彼氏作りに精をだすつもりはないらしいので、男避けにオレの名前を使うことになりました。それなりに人気ありますからね、彼女たち。もし彼女たちに好きな男ができたらそのときに相談です。

 ……というのがカモフラージュのための建前で、実は5人のうちの1人と本気で交際することになりました。残りの4人は普通に男避けにオレの名前を使うだけですけど」

「えっ、本当なのかい?」

「嘘です。付き合うのは1人じゃなくて2人です。

 ……あれっ? 付き合うのは3人だったかな?」

「本当のところを言うつもりは……いや、確定させるつもりはないということかな?」

「ちょっと引っ張り過ぎましたか。

 その通りです。一番の目的がハニトラ対策というのは本当ですが、どうせ噂話に尾ひれがついて勝手に泳ぎ回ることになるでしょうからね。だったらある程度は先に放流させておこうと思いまして」

「死体を隠すために、あらかじめ死体の山をこしらえておくのか。清隆くんらしいといえば清隆くんらしいね」

 

 理事長、元ネタは同じなのでしょうけど、そこは“木を隠すなら森”と言いましょうよ。

 

「それも頂けるプライベートポイント次第なんですけどね。

 要求した側が言うことではないかもしれませんが、もし要求しているプライベートポイントの全額を貰えることになったら、オレだけじゃなくてクラスメイトも狙われることになりかねません。ちょっと金額が多すぎます。

 そして何だかんだでオレがクラスで親しくしているのは彼女たち5人です。色々と手伝ってもらっている身としては、彼女たちを守るためにも介入できる名目は今のうちに作っておこうと思ったんですよ。どっかの誰かさんが“ナンパしてるだけ”とかの口実でチョッカイをかけてきそうですし。

 いざという時は朝比奈先輩にチクっちゃる」

「(……南雲か)」

「フム。しかし、今のうちから対処方法を考えておくのは清隆くんらしいけど、その対処方法が5股をかけるだなんてのは随分と清隆くんらしくない考え方の気がするね」

「だってこの方法を薦めてきたのは有栖ですし」

「……は? 有栖がかい?」

「オレも不思議に思ったんですけどねぇ。でも有栖から悪意は感じませんでしたし、有効そうでしたからとりあえずは、と思いまして……」

 

 坂柳が?

 元から坂柳は綾小路の幼馴染でありファンであると聞いている。それだったら普通なら綾小路に近づく女子については快く思わないんじゃないかと思うのに、むしろ坂柳は綾小路のファンを増やすべく綾小路の魅力を日頃から周りに語っていると聞く。坂柳自身も綾小路への好意は隠していないと聞いているのに、カモフラージュのためとはいえ女子との交際を薦めるなんて坂柳の考えはわからんな。

 うーむ、俺も三十路近いオッサンになってしまったせいか、最近の年頃の女の子の気持ちや考えがわからなくなってきてしまったのだろうか?

 

 いや、でも坂柳はだいぶ特殊だよなぁ?

 

 

 

――― 神室真澄 ―――

 

 

 

「放送室に真嶋先生が押しかけて来たときは参ったわ。

 何とか『プライベートポイントは支払い済みです』『綾小路くんの指示です』『止めたかったら審議に参加している綾小路くんに言ってください』のループで押し通したけどさ」

「あー、あのときの真嶋くんは必死だったよねぇ」

「星之宮先生は『か、軽井沢さんがやったことダヨ!』って私を見捨てようとしたし」

「星之宮先生……」

「やめて! 私も仕事なの!

 そんな軽蔑した目で私を見ないで、一之瀬さん!」

 

 女三人寄れば姦しい、とは言うけれど、9人も集まったら更に姦しいわね。

 

 審議のあった、つまりあの変な放送が学校の敷地中に響き渡った翌日の放課後、私たちは女子らしくティータイムと洒落込んでいる。1人は女()じゃないけどさ。

 参加者はAクラスからは坂柳と私。Bクラスからは一之瀬と星之宮先生。Dクラスからは堀北、櫛田、軽井沢、長谷部、佐倉。

 堀北たちは元々今回の打ち上げで茶会をする予定だったらしく、私たちとは綾小路を通してそれなりに知っている仲なのでそれに参加させてもらう形だ。かかるポイントは綾小路持ち。

 昨日のアレのことを聞くために坂柳が綾小路にアポを取ったのだけれど、生憎と綾小路は坂柳理事長と昨日のアレの後始末のための交渉の真っ最中。なのでいつの間にか綾小路の部下みたいなことになってた堀北たち5人に話を聞くことになった。一之瀬も同様に昨日のことを聞きたかったらしく同席している。

 そして星之宮先生は佐倉の様子を見に来たらしいけど、お茶をしていた私たちを一目見て「女子会交ぜてー」とか言って勝手に参加し始めた。年考えろよ。

 

 それにしても櫛田たちから色々と昨日のことについて聞いたけど、佐倉がストーカー被害に遭ってたって学校はいったいなにをしていたのよ?

 それと櫛田はやけに疲れてる気がするけど大丈夫? そんなにダブルピース写真撮られて崩れ落ちたらしい橘先輩のフォローするの疲れたの? 無理ないけどさ。

 

「いやー、今回は皆頑張ったねぇ。

 堀北さんと櫛田さんは昨日の審議で須藤くんの弁護したし、軽井沢さんは1人で審議の中継を全校放送したし、愛里は綾小路くんと一緒とはいえストーカーと真っ正面から対峙だもん。私は審議のときは黙って突っ立っていただけだし、電気屋でも適当な理由作って愛里を連れ出して終わりだったから大して働いていないけど」

「そ、そんなことないよ、波留加ちゃん」

「そうそう。佐倉さんをストーカーの前から連れ出すなんて怖かったでしょ」

「そりゃ怖かったよ、櫛田さん。ストーカーの反応次第ではきよぽんが何するかわかんなかったし」

「それは見てて私も思ったわ」

「堀北さんも? だよねぇ」

「死人がでなくてよかったですね」

 

 怖いこと言うんじゃないわよ、坂柳。

 綾小路のことだから、手加減忘れてウッカリとヤッちゃうかもしれないけどさ。

 でも今更だけど、ストーカーのこととか私たちに話してもいいのかしら? 学校としてはそんな不名誉なことは秘密にしておきたいと思うんだけど……まぁ、星之宮先生が気にしてないならいいか。

 

「しかし、なるほどねー。昨日のことはそういうことだったんだ」

「そうよ、一之瀬さん。須藤くんの諍いの件についてはそれで全部。後は綾小路くんと理事長の交渉の結果次第ね」

「うーん、龍園くんには悪意を持って迷惑をかけられたけど、ここまで来るとちょっと同情しちゃうなぁ。龍園くんというか、Cクラスの他の生徒だけど。綾小路くんは彼らをいったいどうし……もしかしてキャッチアンドリリース?

 ……今、龍園くんたちはどうしているの?」

「自棄になってよからぬことをしないように、各自の携帯を預かって寮の自室で待機してもらっているわ。廊下にDクラスの男子を見張りとして配置しているし、ベランダ側も寮の外から見張ってもらっているから大丈夫よ」

「綾小路君みたいに窓から出入りする人はそうそういないんじゃないかな? アレ見たときは本当に驚いたんだからね。

 それに大丈夫って、むしろそこまでしてDクラスが大丈夫なの?」

「見張りの負担に関しては交代制にしているし、部屋からでてきても邪魔せずに連絡網に回すだけにしているから大丈夫。

 それに龍園くんはどうかわからないけど、他のCクラスの生徒は“言うことを聞かないと今後について配慮しない”と綾小路くんが脅したら、スッカリと言うことを聞いてくれるようになってるわ」

 

 ああ、そりゃ身動きできないでしょうね。

 さっき聞いた限りでは、Cクラスはもう首根っこを掴まれちゃってどれだけ被害を抑えられるかって事態になっているから、綾小路の不興を買うようなことはできないでしょう。

 龍園にまだやる気があったとしても、クラスメイトがついていかないでしょうね。

 

「うふふ、龍園くんは今頃いったいどんなことを考えているのでしょうね?

 それに清隆くんがここまでのことをやらかすだなんて、昨日の放送を聞いたときは大声で笑ってしまいましたよ」

「アレ? 坂柳さんは綾小路くんから聞いてなかったの?」

「ええ、流石にあくまで一之瀬さんと同じく私も違うクラスの人間ですから、詳細は聞かされていませんでした。でも、聞いておかなくてよかったですよ。ネタバレされていたらあんなに笑えませんでしたしね。

 ただ、清隆くんからは今後について、特に佐倉さんたちをどう守るかについての相談をされていましたが」

「佐倉さん……って、ストーカーのこと? もう捕まったんじゃないの?」

「もちろん身柄を確保していますが、その犯人をどうするかですね。警察に突き出しても大して重い罪にはならないでしょう。ですので犯人が釈放された後のことを、つまり佐倉さんの高校卒業後や、それ以前に佐倉さんのご両親の身の安全の確保などは今のうちに考えておかなければなりません」

「あー、そっかぁ。私と堀北さんは事件の一部始終を見てたけど、犯人は一般常識が通じないような人だったからね。確かに逆恨みすることは考えられるよ」

「ええ、その通りです。

 綾小路くんとしては単純にクビにして世間に解き放つのもどうかと思っているらしく、勤め先の電気屋の与那国島支店か波照間島支店があったらそこに転勤させて飼い殺しにしてもらうことを考えているそうですよ」

 

 日本最西端か最南端……。

 いや、そんなとこに支店はないでしょ。

 

「あとはマグロかカニですか」

 

 それ餌って意味じゃないわよね? ただマグロ漁船かカニ漁船に乗せるだけよね?

 

「最悪はクレ?の人たちにお願いする、とも言っていましたけど、どういうことでしょうかね?」

 

 広島県? 海上自衛隊にでも放り込むの?

 でも与那国島でも波照間島でも漁船でも自衛隊でも、ストーカーなんか放り込んだら現地の迷惑になるだけだと思うんだけど。

 

「ですが、やはり重要なのは今後の高校生活をどうするかですね。ここまで大事になったからには、Dクラスはこれからが大変ですよ」

「あはは、流石に50億プライベートポイントなんて要求額の全額を貰えるわけじゃないとは思うけど、坂柳さんが言っていたように他のクラス、特に2、3年のDクラスの生徒にそれを信じてもらえるかわからないからね。大きな騒ぎになりそうだよ。

 私も知り合いの先輩から今回の件の詳細を教えて欲しい、ってメールが何通も来てるし。

 だから綾小路くんが特に私たちのことを心配してくれて、坂柳さんの提案通りに…………その、ね?」

「? 顔を赤くしてどうしたの、櫛田さん?」

「その、カモフラージュだけど綾小路くんと付き合うことになったの、私たち」

「えっ、綾小路くんと付き合…………私たち?」

「うん、私ら5人全員。

 いやー、櫛田さんが言ったようにカモフラージュなんだけど、あらかじめそうするって決めておいてよかったわ。

 ちょっとこれ見てよ、一之瀬さん。昨日の夜からきよぽん宛てにひっきりなしに上級生からご機嫌伺いメールが届いてんの。特に女子の先輩。部活関係でちょっと知り合っていたからって、流石にこれはあからさま過ぎるよねぇ」

「え、これ綾小路くんの携帯? ……うわ、ホントに凄い量。中でも2年生の先輩が多いかな。でも男子の先輩からも来てるね」

「まったく。本当に学校からプライベートポイントを毟り取れるかまだわからないというのに、先輩方は気が逸り過ぎじゃないかしらね」

「先輩方も必死なんだよ、堀北さん。むしろ綾小路くんが味方だからって、私たちの方がDクラスなのに余裕過ぎるんじゃないかな?」

「最初はカモフラージュとはいえ男子と付き合うのはどうかと思ったけど、この様子を見たら坂柳さんの提案通りにきよぽんと付き合っていることにした方が安全だってあらためて思ったよ。ねぇ、愛里」

「うん。流石に先輩方のこの圧はちょっと怖いよ」

「ま、それにこの学校で彼氏を作るのって躊躇しちゃうしね。清隆相手に恋人ゴッコするのも良い経験になるんじゃない?」

 

 無理ないんじゃないかしら。昨日の放送で、放送を聞いた人×1000万プライベートポイントを坂上先生から払ってもらう契約をしているとわかっている。全校生徒と教職員を合わせたら500人はいるだろうから、貰えるかもしれないプライベートポイントは50億。

 6クラス分の生徒をAクラスにクラス替えさせることのできる金額ともなると、多少の恥は飲み込んで綾小路に媚びを売ろうとしてもおかしくはない。

 それに堀北たちが綾小路と親しくしているのは知られているのだから、良からぬことを企むヤツがでてきてもおかしくはないから、5人と付き合うのはどうかと思うけど、彼女たちを守ろうと考えてこうした綾小路がおかしいというわけじゃないだろう。

 そもそもの発案は坂柳だったし。

 

「うーん、カモフラージュとはいえ男を共有するなんて最近の女の子の考えはすごいなー。これが多様性ってヤツ?

 でも坂柳さんがそんな提案するだなんて、坂柳さんは綾小路くんのこと結局どう思ってるの? っていうか、綾小路くんの携帯を渡されているみたいだけど、綾小路くんって彼女にメールはチェックされても構わないタイプなんだ?」

 

 空気を読んでも無視をしているのか、星之宮先生が坂柳に問いかける。

 

「清隆くんはメールをチェックされても気にしない、というより、サーバーに内容が残るメールや盗聴の恐れがある電話をそういうものだと割り切って使っているようなので、誰かに見られても問題ないメールしか書かないらしいですよ。

 本当に重要なことは、直接会って口頭で伝えることが多いですね」

「おかげで私は朝に綾小路くんから携帯を渡されてから、誰がどういう内容のメールを送ってきたのかチェックさせられることになったわ。100通近くのメールの仕分けは疲れたわよ」

「堀北さんって部屋の掃除のことといい、最近は綾小路くんの秘書みたくなってるよね」

「(そういう櫛田さんは綾小路くん苦情係……いえ、言わないでおきましょう)」

「それで清隆くんの負担が減るなら何よりです。

 それと清隆くんのことをどう思っているかについてですが、清隆くんのことは好きですよ。彼の子どもを産みたいって思うぐらいには」

「うわ、ハッキリと断言したね。

 じゃ、どうしてそんな綾小路くんの傍に女の子を近づけるような真似をしてるの? もしかして寝取られ趣味とかじゃないよね?」

「ちょっと……」「星之宮先生……」

 

 ズケズケとモノを言う星之宮先生を櫛田たちが止めようとするけど、星之宮先生は気にせずに面白がる顔をして坂柳に更に問いかける。その様子を見ていた佐倉や長谷部が気まずさそうに目を逸らし、全体的に重い雰囲気を漂わせている。

 一之瀬は星之宮先生の言い草に困ったような顔をしたけど、佐倉たちの微妙な表情を見て困惑した感じとなった。よかったわね、星之宮先生に追従しなくて。

 

「別に大したことじゃありません。彼の子どもを産みたいと思ってはいますが、私の身体事情的に産むことができないだろうとも思っているだけです」

「あっ(察し)」

「…………ゴメンナサイ(震え声)」

 

 軽口を叩いていた星之宮先生の顔色が一瞬で青くなる。

 一之瀬もなにかを言おうとしたけど、健康な自分が言うことでは慰めにすらならずにむしろ嫌みと受け取られかねないと思ったのか、口を閉じて沈痛した表情を浮かべた。

 堀北たちは以前に坂柳から同じことを聞いていたので一之瀬よりはマシだけど、それでも同じ女として思うところがあるのか痛ましい表情をしている。

 

「気になさらないでください。堀北さんたちには前に言いましたが、昔からわかっていたことですから。

 ……清隆くんは将来的にお父さまの跡を継いで政治家の道に歩むつもりらしいので、そちらの後継者が必要になることから私と結ばれることはないでしょうね」

「あ、綾小路くんはそんなこと気にしないんじゃないかな~、なんて……」

「私は気にします。清隆くんの遺伝子を将来に遺さないなんて人類社会への損失です。

 だからいいのですよ。私は清隆くんの傍にいることができれば、それだけで私は……」

「坂柳さん……」

 

 一之瀬と佐倉の目が潤んでいるけど、坂柳はアンタたちが思っているような殊勝な女じゃないからね。

 

「もしかしたら、清隆くんに堀北さんたち5人と付き合うようなアドバイスをしたのは、清隆くんが誰か1人の女性のものになるのが嫌だと思ったからかもしれません。清隆くんが複数の女性と交際するのなら、私も清隆くんの傍にいてもいいと思えますから。

 清隆くんには内緒にしておいてください。そして笑ってください。こんな未練がましい私を……」

「……だからゴメンナサイ(震え声)」

「堀北さんたちが清隆くんと付き合うのはカモフラージュとはいえ、男女の仲ですからそれをキッカケに清隆くんと本当に仲が深まる人がいるかもしれません。

 ですが、もしそうなったとしても私が清隆くんの傍にいることを許して欲しいですし、私とも仲良くして欲しいのです」

「……私たちの将来がどうなるかわからないけど、もしそうなったとしても幼馴染との付き合いを断て、だなんて言わないわ」

「大丈夫だよ、坂柳さん!

(この状況で断れるワケないでしょ!)」

「うんうん。そもそも私たちだってもう友達でしょ」

「清隆くんには内緒にします、坂柳さんっ!」

「正直なところ話が重過ぎてお腹一杯だけど、そこまで誰かを想えるのは素敵だと思うわ」

「皆さん……ありがとうございます」

 

 キラキラとした感じで堀北たちに受け入れられる坂柳。

 まぁ、今の状況で断ることのできるヤツなんていないだろうから、こんな青春の一ページみたくなるのはわかりきっていたことだ。

 

 だけど私は知っている。

 私は星之宮先生と同じ疑問を持ったので、綾小路たちが高額のプライベートポイントを手に入れそうになった昨日のうちに坂柳に同じことを聞いていた。

 坂柳がした星之宮先生への返答が嘘だったわけじゃない。ただ、隠していた言葉があっただけだ。なので坂柳の本音も加えると、さっきの言葉は正確にはこうなる。

 

『ですが、もしそうなったとしても(あなたたちが愛人として清隆くんの傍にいることは許すから)私が(正妻として)清隆くんの傍にいることを許して欲しいですし、(代理母として私と清隆くんの子どもを代わりに産んでくれるぐらいに)私とも仲良くして欲しいのです。

(それと清隆くんとの子どもは全員私が育てます)』

 

 高校生でそこまで覚悟決めてるとか(こっわ)……。

 昨日、私に本音を言ったときの坂柳の目は明らかに濁ってたわよ。

 

 いや、気持ちはわからないでもないよ。私はまだ男を好きになったことなんてないから、誰かの子どもを産みたいと思ったこともない。

 だけど、そういう気持ちが生まれるのは女として生まれたからには仕方がないことでもあるのだろうし、ましてや身体が弱く産まれたのは自分の責任じゃないのだから、その分だけ好きな人との子どもが欲しいって想いが余計に募ることもあるのでしょう。

 でも好きな男を独占するのを諦めて、逆にそれを奇貨として綾小路の周りに女を集めて、その女たちと仲良くして身体の弱い自分の代わりに代理母として自分の子どもを産んでもらおうなんてことを、高校生の時点で考えているのはおかしい。

 

『真澄さんもいかがですか? あなたなら歓迎しますよ?』

 

 いや、本気で勘弁してよ。

 

『狙い目は佐倉さんと堀北さんですね。佐倉さんは泣き落としが通じそうですし、堀北さんはああ見えて情が深そうですから姉妹並みに仲良くなれたらいけるかもしれません。

 もしくは一之瀬さんですか。経済的に厳しいご家庭のようですので経済援助を条件に……』

 

 逃げて。佐倉と堀北と一之瀬は超逃げて。

 

『まったく。私の眼の届かないところで「おまえの子を産みたい」なんて迫られるなんて認めません。清隆くんに相応しい女性かどうかシッカリ私が見定めなくては……。

 ウフフ、それにやはり遺伝子にも多様性が必要ですからね。清隆くんと私たちの子供がどう成長するのか、今から楽しみで仕方がありません』

 

 競走馬感覚かよ……。

 綾小路もこんな女に好かれて大変だわ、これは。

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

『―――よーし、こんなもんだろ。

 しかし、合気道の方でも思っていたけど本当に筋イイな。1週間あればマジで基礎ぐらいは修められるんじゃないの?』

『学習能力には自信がありますので』

『そうかい。それじゃあ俺は帰るから、後は一人で頑張ってな』

『ええ、ありがとうございました、初見さん。

 お礼として奏流院さんによろしく伝えておきますね』

『どっ……どうしてそこで紫音の名前がでてくるのかな、綾小路クン?』

『そりゃ同じ拳願会の関係者ですから。

 初見さんの仕合寝坊の件をキッカケにメル友になりました』

『そ、そうなんだ。

 ……やっぱり先達者として、もうちょっと面倒見てあげようかなー……なんてね?』

『あざーす。勉強させて頂きますね』




 タイトル通りです。覚悟完了。有栖ちゃんに妥協の用意あり。きよぽんと親しくなるのが早くなった分、色々と将来のことについても考えていたようですね。
 体育の時間を全て欠席になるぐらいに身体が弱いとなると、出産も厳しいのではないでしょうか。有栖ちゃんは身体自体が小さいですし。

 なら、他の人に産んでもらいましょう(お目々ぐるぐる)
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