――― 葛城康平 ―――
目の前には大海原が広がっている。
通っている学校が海に面しているので普段から海は見慣れているが、こうして沖合に出て船の上から海を見るとなるとまったく違う印象を受けるな。
「凄いですねぇ、葛城さん」
「そうだな、弥彦」
まさかこんな体験すらできるとは、入学当初は予想もしていなかった。
無事に期末テストも終了して夏休みに入った俺たちは、学校行事として2週間の旅行の一環で豪華客船に乗って南の島へと向かっている。予定では最初の1週間は無人島に建てられているペンションで過ごし、次の1週間は今と同じように豪華客船でクルージングを楽しむことになっている。
今日、到着する無人島のペンションも楽しみではあるが、この船の中の生活ではプライベートポイントを使う必要はないのが助かる。
レストランで食事をとることはもちろん、演劇シアターやマッサージスパなども全て無料で利用することができる。いくら1ヶ月に10万以上のプライベートポイントを貰えるAクラスに所属しているとはいえ、今後のためにも節制を心掛けているので久しぶりに……いや、実家にいたときよりも豪華な生活を過ごせるだろう。
この船のラウンジでの朝食後に生徒たちは各々自由行動になったのだが、今頃はクラスの皆もこの船、スペランツァ号の施設を楽しんでいるのだろうな。
「でも昨日の拳願号の方が凄かったですよね」
「……それを言うな、弥彦」
この夏休みの旅行なのだが、実は当初の予定とは変更されたことがあった。
――――――――――――
1学期も残り数日に迫ったある日、担任の真嶋先生からこのような通達をされた。
『―――さて、1学期も残り僅かとなった。そんな時になんだが、皆に連絡しなければならないことがある。
夏休みに計画されている旅行だがスケジュールに変更がある。具体的に言うと出発が1日早まることになった』
『……随分と急な話ですね、真嶋先生』
『そこは申し訳ないと思っている。我々としても急な話だったんだ、坂柳』
『とりあえず、どのようにスケジュールが変更になるのかを説明して頂いていいですか?』
『ああ。といっても、最初の1週間は無人島のペンションでバカンス。次の1週間は豪華客船でクルージングという基本的なスケジュールは変わらない。
変更となったのは、当初の予定だと旅行初日の午前5時に学校をバスで出発する予定だったのが、予定初日の前日の昼過ぎからの移動になったということだ。便宜上、その新たな移動日のことを“前日”と呼ぶぞ。
具体的なスケジュールとしては、前日の午後3時に学校をバスで出発し、旅行で乗るのとは別の東京港に停泊中の豪華客船に乗船する。そしてその日はそのままその船に宿泊し、翌日の午前6時出発で旅行で乗る豪華客船に乗り換えをして、あとは当初の予定通りに進められていく、という形になる』
『それは……早起きをしなくてもよくなったので、ある意味ではラッキーと言うべきなのでしょうか?』
『そうとも言えるかもしれん。5時出発ということは、おそらく君たちの起床時間は3時か4時になっていただろうしな』
『で、どうしてスケジュールが変更になったのですか? まさか学校が生徒の寝坊を不安に思ったわけではないでしょうし……』
『…………』
『……真嶋先生?』
『その……学校としても後援者には逆らえなくてな』
『は?』
『綾小路の起こした先日の騒ぎがある政財界の重鎮の耳に入った。その騒ぎのこと自体は特に問題にはならなかったのだが、一連の話を聞いたその重鎮が
「……そーいえば卒業間際の大学生とかならともかく、高校生と話す機会ってあんまないのぉ」
と言いだしたらしくてな』
『えっ?』
『喜べ、諸君。
前日の夜は名だたる政財界の大物たちが集まるパーティーで夕食だ。立食式だからマナーはあまり気にしなくていい』
『『『『『ハァ???』』』』』
……また綾小路か。
確かに50億プライベートポイントを学校から巻き上げたりしたら、そりゃあ学校の後ろ盾となっている政財界の人たちの耳にも入るだろうよ。
そしてAクラス特権によって好きな企業に就職できるという話がある以上、学校としても企業とは仲良くしておきたいのだろうから、その重鎮のワガママともいえる要望を学校が受け入れたというわけなのだろう。
おかげで昨日は大変だった。
変更された予定通り、午後3時にバスに乗って学校を出発し、東京港に到着。そして到着後、案内されたのは一隻の豪華客船“拳願号”。何でも全長380m、重量250万トンの世界最大級の客船だそうだ。
そこまでなら「凄い船だな」という感想だけで終われたのだろう。
だが、拳願号の乗船タラップの前に集まった俺たちを待ち受けていたのは優に50人以上の黒服の集団。それもただの成人男性ではなく、スーツの上から見てもわかるぐらいに鍛えられている体格のいい人たちで、似たような体格の人が多かったから気づき難かったが、おそらく身長が2mを越えたような人もゴロゴロいたと思う。
ヤ●ザかな? そう思った俺は悪くないだろう。他の皆も緊張していたみたいだし、黒服の集団に見られて思わず泣きそうになった女子もいたらしい。
平然としていたのは綾小路ぐらいで、それこそあの龍園でも顔を強張らせていたようだった。
しかし、後で綾小路から話を聞いたのだが、彼らは専門の養成所で訓練を積んだ“護衛者”と呼ばれるプロのボディーガードらしい。
実際、黒服の人に乗船案内をされたのだが、発せられる威圧感に対して彼らの言動はとても丁寧であり、案内を聞いていると脅えていた生徒も次第に落ち着くことができたようだった。
まさにプロフェッショナルという言葉がそのままピッタリの当てはまる人たちだったな。
その後、教師を代表して真嶋先生から「くれぐれも失礼のないように」等の諸注意がされ、拳願号へ乗船することとなった。
まずは宿泊予定のそれぞれの客室に案内されて、しばらく休憩したら夕食を兼ねた立食式パーティー会場へ案内されるとのことだったが、流石に160人もの生徒が乗船するのには時間がかかる。
しかも客室の階を女子と男子で別にした関係で、クラスごとではなく男女別れての女子からの乗船となった。おかげで俺たち男子は黒服の人たちから見られながらも手持無沙汰となる気まずい時間を過ごすことになってしまった。
そんな待機している俺たち男子に身長2mを越える大柄な黒服の1人が近づいてきた。
手持無沙汰になって少し雑談する生徒がいたのだが、黒服が近づいてきた瞬間にピタッと会話が止まったのは仕方のないことだろう。そしてその黒服はDクラスの男子の先頭に立っていた綾小路へと話しかけた。
『―――久しぶりだな、綾小路くん』
『お久しぶりです、加納さん。先日はご指導ありがとうございました』
『ああ、怪我の具合はどうだね?』
『大丈夫です。もう治りました。
加納さんこそ耳の調子はどうですか?』
『数日は違和感が残ったが、もう問題ない。
あの音撃砲は意表を突かれた。そのせいで最後の一撃は手加減し損ねてしまったのだが、綾小路くんに大事がなくてよかったよ。危うく御前の「後遺症を残さないように」という言い付けを破ってしまうところだった』
『見てた爺さまは楽しんでたからいいんじゃないですかね?』
また綾小路か!
怪我というのはアレか!?
7月の初め頃に綾小路が格闘技等の鍛錬のために学校の外に行って、帰ってきたら左の二の腕にギプスをしていたときのことか?
何でも綾小路は格闘技を学んでいるのだが、この高校に入学してからは格闘技のスパーリング等の実戦訓練ができていなかったため、戦闘勘を取り戻すためにプライベートポイントを使って学外に鍛錬をしに行ったらしい。
まぁ、この学校の規則のことを考えるなら格闘技の鍛錬相手を学内に招けばいいのではないかと思うし、堀北生徒会長からもそう言われたのだが、
『それなら日本刀とか手裏剣とかも持ってきてもらっていいですかね?』
『ヨシ、やっぱりおまえが外に行け』
と、流石に刃物の持ち込みは許可されなかったので、綾小路が学外へと鍛錬しに行くことになった。
綾小路は外国人受けも狙って居合道や手裏剣術も嗜んでいたらしいが、確かにそれらの練習に使う刃物を学校の敷地内に持ち込まれるわけにはいかんだろう。
他校との練習試合とかならともかく、普通だったらこんな学外に出て鍛錬してくるようなことは認められない。
例えば学校の授業の他に英会話のレッスンを受けたい、という生徒の要望があったりすれば、学校としても生徒の向上心を無駄にしないためにも放課後に特別授業を実施するか、ケヤキモールに英会話教室を誘致するぐらいのことはするだろう。
だが、英会話のような危険のないレッスンならともかく、居合道も手裏剣術も立派な日本武術の一つとはいえ未成年が扱うには危険な刃物を使用する。そのことが講師を学内に招くことについて学校に二の足を踏ませてしまった。
しかしさっきも言った通り、居合道も手裏剣術も立派な日本武術の一つなので特段の理由もなしに綾小路の要望を却下することはできない。最終的には外出許可を出すことになったのだが、相談を持ち掛けられた堀北生徒会長も困った顔をしていたぞ。
そして鍛錬から帰ってきた綾小路が全治3週間ほどの怪我をしていたのもあって、今後は綾小路の鍛錬をどうするか審議されたのだが、結局は月1回で学外に鍛錬しに行くことが認められたようだった。
綾小路としても入学してから3ヶ月もの長い間、居合や手裏剣の練習ができなかったことで身体が鈍っていたことを自覚したらしく、いつもの泰然とした綾小路らしからぬ押しの強さで外出許可を要望していた。
武器の持ち込みナシなら学内に鍛錬相手を呼ぶことも可能になったらしいが、学業や生徒会業務、クラスの面倒を見る必要があることから、しばらくは月1の学外へ鍛錬しに行くことだけにするようだがな。
それにしても綾小路と実戦訓練したのが、この加納という大男なのか。
スーツ姿からでも見てわかるほどの鍛えぬかれた身体。綾小路が怪我をして帰ってくるわけだな。
うん、ここまではよかった。
黒服の人たちには圧倒されてしまったが、それも彼らのボディーガードという職務の関係上、仕方のないことだろう。
女子の乗船終了後、俺たち男子も続いて乗船し、宿泊する客室へと案内された。案内された客室はビジネスホテルのような狭い部屋ではなく、泊ったことはないがまるで一流ホテルのようなシンプルながらもシッカリとした良い部屋だった。
シッカリ、という言葉が適切ではないかもしれないが、豪勢という感じの部屋ではなかった。だが、枕やシーツなどの部屋の備品の手触りが安いホテルとは明らかに違っていた。一流ホテルは目に見えないところにこそお金をかけるというが、まさにそういう部屋だったと思う。
……ここまではよかったんだ。
部屋で一息いれ、同室の生徒同士でお互いの身嗜みのチェックをし終わった頃にはパーティー会場へ移動する時間となっていた。
廊下に出てしばらく待っていると、緊張した面持ちの生徒が客室から出てくる。今から思えば俺たちも同じように緊張した面持ちになっていたかもしれない。
廊下は広く、俺たちが泊まる客室付近には別の宿泊客はいないということなので、廊下でクラスごとに4列となって整列し、そのままパーティー会場へと向かう。
そして出席番号順に並ぶはずなのに、何故かAクラスの先頭に立たされる俺。
坂柳とクラスのリーダーの座を争っていた俺だが、こんなことならリーダーの座なんか目指さなければよかった、なんて考えが頭に浮かんでしまったのは俺の心根が弱いからなのだろうか?
そして途中で女子と合流し、真嶋先生の先導でパーティー会場へと到着したが、パーティー会場の豪華さは俺が今まで見たことも想像すらもしていなかったものだった。
例えば会場の天井から吊るされた豪奢なシャンデリア。凄いな、と見上げてみると、どうやら会場は吹き抜けとなっているらしかった。それも1階分だけの吹き抜けではなく、会場の外周の構成を見る限り4階分もの高さの吹き抜けとなっていた。
贅沢な空間の使い方だな。
確か何かの本で読んだことがあったが、金持ちの家は天井の高さが違うらしい。同じ広さの部屋だったとしても、天井を高くすると空間がとても広く感じることから、金持ちは天井の高い家に住むと聞く。
そんな現実逃避を兼ねた思考を巡らせていたところ、パシンという音が俺たちの前に立っていた真嶋先生の背中から聞こえた。どうやらDクラスの列の先頭に立っていた綾小路が、立ち止まっていた真嶋先生の背中を軽く叩いたらしい。
無理もあるまい。
視線を頭上のシャンデリアから会場へと降ろすと、そこには100人以上の人たちが俺たちのことを注目していた。よくよく見てみると、彼らの中には経済雑誌で見たような顔がゾロゾロといる。要するに彼らが高度育成高等学校の後援者であり、政財界の大物たちであるというわけだ。
俺たちを先導している関係で彼らの視線を一身に集めてしまった真嶋先生が、思わずその身体を硬直させてしまったのは仕方のないことだろう。
綾小路の気付けで気を取り直した真嶋先生がパーティー会場の中央へと進んでいき、俺たちもそれに続いていく。
そしてパーティー会場の中央で俺たちを待っていたのは1人の老人だった。80歳を越えているような枯れ木のような老人だが、眼光が違う。この人が真嶋先生が言っていた政財界の重鎮なのだろう。
というかテレビニュースで顔を何度か見たことあるぞ。大日本銀行の片原総裁じゃないか。この人が高育の後援をしていたのか……。
『よく来てくれたのぉ、若人たちよ』
『『『『『…………』』』』』
『……ありゃ?』
声をかけられた俺たちだったが、誰も返事をすることはできない。俺たちだけではなく、気を取り直した真嶋先生も片原総裁の気迫に飲まれてしまっているようだ。
だが、そんな状況でも動ける男がいた。
『どうも、お久しぶりです。片原の爺さま』
『おぅおぅ。元気にしてたかの、清隆くん。
実はワシはあまり高育とは関わりは持っておらんかったのじゃが、キミのしたことで高育のことがワシらの中でも話題になったんでの。こうして生徒を招いてちょっと話をしようと思ったんじゃが……皆、若いのに元気ないのぉ』
『普通の高校生に無茶言わんでください。爺さまと後ろの人たちの圧に気後れしちゃっているじゃないですか』
ありがとう、綾小路。おまえの普段の空気の読めてなさにイラつくこともあったが、今回ばかりはおまえのそのクソ度胸に感謝する。
後ろ姿しか見れないから真嶋先生の顔はわからないが、真嶋先生も明らかに大きく息をついて人心地ついたようだぞ。
『こうして見合っていても仕方がないですし、俺から生徒を紹介して少数で話をしてもらいましょうか?』
『おお、清隆くんの紹介か。ええの、やっておくれ』
『はい。じゃあ、龍園! ちょっとこっち来い』
『……俺かよ?』
『東郷社長、コイツは龍園翔といいましてお薦めですよ。
岩見重工が売った兵器で何人死んでも「知るかボケ」で終わらせることのできる精神の持ち主です』
『(コイツは俺のことをどう思っていやがんだ……?)』
『あん? 龍園っつーと、話に聞いたイキったガキか?
ほー、いいぜ。イイコちゃんよりは話をしてもつまらなくはなさそうだ。こっちのテーブル来いよ、ガキ』
『…………ウス』
龍園を皮切りに他のクラスの生徒も含めて綾小路の紹介で、生徒がどんどんとテーブルに散らばっていく。
俺も「シンプルに優秀。一皮剥ければじゃなくて、一殻破ることができればかなり上に行ける男」として乃木グループの会長に紹介をされた。綾小路からの俺への評価だ。今後の参考にさせてもらおう。
しかし、今回のことでわかったのだが、綾小路は俺たち同学年の生徒のことをよく調べている。少なくとも他クラスの生徒の名前と顔は一致していたし、所属している部活動や得意科目なども把握しているようだった。やはり綾小路は侮れない男だ。
『私にはどの子を紹介してくれるのかしら、綾小路くん?』
『倉吉社長には…………えっ、
まぁ、そんな綾小路でも紹介するのには困る企業があったようだがな。
経済雑誌でGPグループの倉吉社長について特集した記事を読んだことがある。GPグループとは俺たちのような高校生には関係ない、いわゆる成人男性が通うような夜のお店を経営しているグループだ。
別に職業に貴賤はないというし俺からどうこう言うつもりはないが、それでもGPグループに女子生徒を紹介するわけにはいかなかったのだろう。Dクラスの男子である三宅と外村を倉吉社長に紹介していた。
外村はパソコン関係に強いらしい。これからの時代、どんな企業でも自社社員のシステムエンジニアをある程度は確保していた方が良いというのが綾小路の考えらしく、裏切る勇気のない外村は適任だろうということだ。そして三宅は綾小路がクラスで一番人柄を信頼している人物らしく、倉吉社長が三宅を裏切らない限り三宅も裏切らないだろうという評価をしていた。
綾小路の他にDクラスの注目すべき男子は全体的に優秀な平田、そして運動だけに限れば須藤なのだと思っていたが、あそこまで綾小路が信頼しているとなると三宅のことも注意深く見ておいた方がいいだろうな。
そのような始まり方をしたパーティーだったが、俺としても貴重な経験を積めたと思う。
乃木会長からお話を聞くことをできたことはもちろん、あの政財界の大物たちが集まるパーティーに出席したことで度胸がついたのだと思える。これは俺だけの話ではなく弥彦もあのパーティーで思うところがあったのか、今までにない落ち着きのようなものを手に入れることができたようだ。
弥彦は俺のことを慕ってくれているとは思うが、そのせいか俺を高みの基準として考えることが多い。まだ経験の少ない高校生のうちにそんな固定観念を持つのはあまり良いことではないだろう。
しかし、あのパーティーで政財界の大物たちという俺よりも凄い人たちを見たおかげなのか、その固定観念を吹っ飛ばされたようだ。今はまだ「世界は広いんだな」のような感想しか抱けていないようだが、今回のことで弥彦がもっと広い視点を持てるようになればいいと思う。
そしてパーティーも無事に終わり、翌朝、俺たちは拳願号からスペランツァ号へと乗り換えた。
出発が朝食もとらない早朝だったので昨夜のパーティーで知り合った人たちへの挨拶もしなかったのだが、再びあの人たちと出会えることはあるのだろうか?
それもこれも俺のこれからの頑張り次第なのだろうな。
そして乗り換えたスペランツァ号なのだが……おかしい。このスペランツァ号も豪華客船のはずなのに、昨日の拳願号に比べると二回りほど小さいので拳願号に乗ったときのような感動がない。
比べる対象が悪いとはいえ、学校としても生徒の感想がこれでは困ったのかもしれない、と思ったのだが、もしかしたらこれも“上には上がいる”という世間の真理を再確認させることが学校の目論見だったのかもかもしれないな。
政府が後押ししていることで何かと優遇を与えられている高育だが、それは逆に高育に優遇を与えることができる存在がいるということでもある。そのことがよくわかった1日だった。
弥彦がそうだったのだが、Aクラスには自分が入学時にAクラスに配属されたことを誇りに思っている者が多い。
いや、誇りに思っているだけならまだいいが、B~Dクラスの生徒のことを見下すような態度を取る者もいる。しかし、昨日のパーティーのおかげで俺たちがまさに井の中の蛙だったということを理解できたのだろう。
スペランツァ号へ移動するときのクラスメイトはいつになく神妙な態度を取っていた。皆にとっても今回のことは自分たちのことを見つめ直す良い機会になったはずだ。
――――――――――――
いつまでも昨日のことばかりに思いを馳せていてもどうしようもないし、そろそろいい時間となったのでレストランに移動して昼食を取ることにした。
……昨日の拳願号に比べると小さいとはいえ、やはり豪華客船と銘打つこともあって船内は広いな。それに昨日の拳願号ではパーティー会場と宿泊した客室以外は出歩いていないので、そう簡単に比べられるものではないか。
「おや、葛城くん」
「ム、坂柳……に綾小路たちか」
レストランへ向かっている最中、いつも通り神室を連れて歩いている坂柳と、カモフラージュのために交際を始めたという女子たちを引き連れた綾小路たちと出くわした。
この絵面だけ一見すると綾小路が複数の女子を侍らせているように思えるのだが、龍園を叩き潰した件を考えるとメスライオンを引き連れたオスライオン、と思えてしまう。彼女たちも色々と尽力したらしいので綾小路の腰巾着等ではなく、決して油断できる相手ではないと見るべきだろう。
……ところで朝にも思ったことなのだが、綾小路はどうして右頬に湿布を貼っているのだろうか?
昨日のパーティー終了時には湿布なんか貼っていなかったと思うんだが……。
「よぉ、葛城。おまえたちも昼食か?」
「ああ、そうだ。あと3時間ほどで島への上陸予定時刻だ。準備もあるし早めに昼食を取っておこうと思ってな。
坂柳、船酔いもそうだが、体調の方は大丈夫なのか?」
「大丈夫ですよ。お気遣いありがとうございます。
昨日、初めて船に乗りましたが、どうやら私は体質的に船酔いはしないみたいです」
「いや、それは昨日の拳願号は波のない港内で停泊していたし、この船も結構大きいことで揺れが少ないからかもしれない。もし小さな船に乗る機会があれば気をつけた方がいい。
……ところでその服装はどうしたんだ?」
綾小路は学校の夏制服。指定ズボンに日焼け防止のための長袖シャツ、それにネクタイという普段通りの格好をしているが、坂柳たち女子は制服ではなくフォーマル……までは畏まっているわけではないワンピースのドレスを着ている。あまり女性の服装には詳しくないがカジュアルエレガンス、というのだったか?
着ているのはあまり飾り気のない淡い色のシンプルなドレスなのだが、赤、橙、黄、黄緑、緑、青、紫とそれぞれ別の色のドレスを着ている7人の女子がいると場が華やかになるな。
しかし、何故こんなドレスを? わざわざこんな荷物になるようなドレスを学校から持ってきていたわけではないだろうし……。
「せっかくですのでレンタルしました」
「ほぅ、この船ではそんなこともできるのか」
「ええ、こういう客船では昨日のようなパーティーが開かれることがありますからね。衣装を持ち込まかった人のための貸衣装屋もちゃんと船の施設としてあるんですよ。
清隆くんにモーニングコートでも着てもらおうかと思ったんですが、残念ながら断られてしまいましたけど」
「いくら室内はエアコンが効いているからって、日本の夏にモーニングコートは勘弁してくれ。そもそもモーニングコートはTPOが合っていないだろ」
「見てみたかったんですけどねぇ。こう、髪もオールバックにして……」
綾小路の髪形をどうするかで盛り上がる女子たち。神室だけは我関せずの態度を取っているが、それでも坂柳に付き合ってドレスに着替えていることから、神室も彼女なりにこの船を楽しんでいるのだろう。
そしてどんどん盛り上がる女子に対して、どんどんテンションダウンしていく綾小路。
先の休日に坂柳と櫛田たちに服屋に連行され、5時間近く着せ替え人形にされたことでも思い出したのだろうか? 話を聞きつけた一之瀬を始めとした女子が途中参加して人数が増えていき、最終的にはABDクラスの女子のオモチャになったというのは流石に同情するな。
「……ハァ」
「おいおい、せっかく女子が自分を着飾らせようとしているのだ。そう溜息をついて億劫そうな顔をするものではないぞ、綾小路。
それにしても皆、良く似合っているじゃないか。特に坂柳のその淡い青のドレスが、坂柳の白い髪と肌を際立たせている。そう思わないか、綾小路」
「いや、まぁ……有栖には青も似合うとは思うが……」
「……ありがとうございます」
「(ねぇ、神室さん。聞いてはいたけど葛城くんの態度変わり過ぎじゃない?)」
「(アンタらが綾小路と付き合うことになったせいよ。
そのことで未だに坂柳がリーダーしていることに反感持ってる戸塚が坂柳へイヤミを言ったんだけど、そのイヤミに反撃する際に例の子ども云々のことを言ったせいで、葛城は坂柳のことを身体の弱い妹さんと重ねちゃったみたいなんだから)」
「(葛城くんも他人事じゃないんですね……)」
「(っていうか、その坂柳さんは葛城くんのことをウザそうにしてんだけど?)」
「(むしろ兄を名乗る不審者を見る目付きしてるわね)」
「(私らの前で坂柳さんを推そうとしてるのは、坂柳さんの恋心を応援しているつもりなのかしら?)」
坂柳を見ていると妹を思い出す。
……この学校に入学してからもう4ヶ月か。アイツはどう過ごしているのだろうか?
ここまで長い間、連絡を取らなかったのは生まれて初めてだ。元気に過ごせているだろうか。体調を崩していなければいいのだが……。
それにしてもカタログギフトのみとはいえ、家族へ誕生日プレゼントを送れるようにしてくれた綾小路には感謝しなければな。
この学校の規則はわかっていたつもりだが、まさかメールや電話、手紙のような近況を伝えるものだけではなく荷物すらも送れなかったとは思っていなかった。龍園との一件で綾小路が仕出かしたことはやりすぎだとは思うが、そのおかげで俺は妹へ誕生日プレゼントを贈れるんだ。ここは素直に綾小路に感謝しておこう。
それと情けない話になるが、誕生日プレゼントがカタログギフトでよかったと思えることもある。
どういう品物と交換することができるのか調べるためカタログギフトを眺めてみたのだが、交換可能な品物が多い。試しにもしカタログギフトではなかったら、という想定で贈り物を選んでみようと思ったが、あまりの品数に俺では決めきれなかったぐらいだ。
カタログギフトの価格によって色々あるみたいだし、妹に好きな物を選ぶ楽しさも贈ることができるのだと考えたら、カタログギフトも情緒のない誕生日プレゼントというわけではないだろう。妹が喜んでくれるといいが……。
「ああ、遅くなったが、坂柳もこの旅行に参加できるように尽力してくれたことを感謝する、綾小路。
坂柳1人だけ学校に残して旅行に行くというのは、流石にクラスの皆が気にしていたからな」
「(……何でしょうか。葛城くんが私のことに関して清隆くんにお礼を言うこの違和感は……)」
「尽力といっても、何かあったときのことを考えて有栖用にドクターヘリを余分に1台用意してもらったぐらいだけどな。
それでも有栖がもし今の時点で酷い船酔いにでもなっていたとしたら学校へ送還されていただろうし、運が良かったんだと思っておいてくれ」
「それでもだ。クラスメイトが世話になったのだから、お礼を言うのに問題はあるまい。ましてやドクターヘリ手配の料金は綾小路持ちではないか。
いや、昔から家族ぐるみで付き合いをしている綾小路と坂柳の仲なのだから、綾小路が坂柳のことを想うのは当然のことだとわかってはいる。何しろ2人は親公認の付き合いなのだからな」
「「「「((((ウッザ……))))」」」」
「(どうして私たちの方を見て、清隆くんと坂柳さんの仲の良さについて言うのかな?)」
「(牽制のつもりなのかしらね)」
「(ウチのクラスの生徒がホントすいません)」
フム、しかしそうなると、今日からの1週間は坂柳は無人島にあるペンションに宿泊せずに、この船で過ごすことになるというのは残念だな。
もちろん坂柳の身に何かあったとき場合を考えると、ある程度の医療設備が揃っていてドクターヘリが待機しているこの船に宿泊するというのは間違ってはいないと思うが……。
せっかくの夏のビーチだ。坂柳は泳ぐことはできないかもしれないが、それでも綾小路に水着姿を見せるなどのアピールをすることはできただろうにもったいない。
しかし、綾小路も綾小路だ。
確かにハニトラ予防のために必要でありクラス対抗で争う仲なのだとはいえ、昔から付き合いのある坂柳を差し置いて男女交際をするとはどういうことだ。いくら坂柳の方から櫛田たちと付き合うことを勧められたとしても、そこは長い付き合いの坂柳に交際の申し込みをするのが男の筋というものだろう。
この旅行が終わったら、綾小路とは一度ジックリと話をしなければならないな。
桔梗ちゃん「情報収集頑張った」
風邪で投稿が遅れました。
コロナではなかったのですが、最初の1週間は37℃中盤辺りの微熱が続き、熱が引いたと思ったら鼻→喉→空咳と症状が変わっていくという変な風邪?です。まだ空咳は止まってません。
来月には長い出張もありますので、投稿間隔は更に広がると思います。
それはそれとして、葛城くんがお兄ちゃんを遂行しようと頑張っているようです。そのおかげでAクラスは原作と違って一つにまとまることができているようですね。
どけっ! 俺はお兄ちゃんだぞ!
そして以前の後書きで“蟲”も“中”も存在しないと書きましたが、蟲がいなければアギトさんが牙になっていないことに今更気づきました。
そこら辺はフワッとした感じでお願いします。