『清隆? いったい何を読んでいる?』
『小津俊夫著、“筋肉で読め! 部位別トレーニング辞典”』
『そうか……裏表紙の著者近影写真、濃過ぎ……ん? 著者の顔、どこかで見た覚えがあるな』
『この人、皇桜女子大の准教授だぞ』
『准教授』
『准教授。文学部英文科の』
『文学部英文科の准教授』
――― 葛城康平 ―――
「失礼する」
5月1日。訪れたDクラスは喧騒に満ちていた。
俺がドアを開けても反応するのは数人だけで、ほとんどの生徒は自らの周囲の生徒と話し込んでいる。そんな中でも、人当たりが良いことで知られている平田は、邪険にすることもなく俺に対応をしてくれた。
「葛城くん」
「平田か。すまない、綾小路はいるか? 聞きたいことがあるんだが」
「……いや、いつもならもう来てるはずなんだけど、今日に限ってまだ登校してないんだ」
「そうか……ありがとう」
やはりそうか。綾小路が昨日……いや、今日の午前0時に送ってきたメールに書いてあった通り、今日は放課後まで登校しないつもりか。
平田の顔色は悪い。嘘をついているわけではないようだし、おそらくメールの内容は平田にとっても寝耳に水だったのだろうな。
今日の午前0時に送られてきた綾小路からメールをもう一度見る。
このメールの宛先を見る限り、送られたのは俺だけじゃない。おそらくA、B、C、Dクラス問わずに、今まで綾小路と連絡先を交換していた全ての人間に送られたのだろう。
Dクラス内を見渡すと、周りと話さずに着席している生徒もいるが、それでも彼らの表情が固い。平静を保っているのはあの高円寺ぐらいだ。
Dクラスで有名なのはサッカー部の平田と全クラスと交友を持っている櫛田に自由人の高円寺、そしてオリンピック金メダリストの綾小路だろう。高円寺に限っては、悪い意味で有名というべきだろうがな。
しかし、最近では軽井沢という女子が中心になって、Dクラスだけでなく全クラスの女子が集まってダイエットを目的としたグループを築き始めていると聞くが、それが今後どのような影響を及ぼすかは不明だ。彼女のことも今後は注意しておくべきだろう。
「おはよう、平田くん! 綾小路くんはいるかな?」
「一之瀬さん」
声に振り返ってみると、Bクラスの一之瀬もDクラスにやってきた。彼女の後ろには神崎の姿も見えるが、教室内に入る気はないようだ。
それに廊下を見ると、バスケ部所属のCクラスの男子生徒らしき姿がDクラスの様子を窺っているのが見える。確か小宮……か、もしくは近藤だったかな? 綾小路のメールの宛先に2人の名前があったのを覚えている。
「おはよう、一之瀬さん」
「一之瀬か、おはよう。綾小路はいないみたいだぞ」
「葛城くんも来てたんだね。おはよう。
でも、そっかー、やっぱり来てないんだ、綾小路くん」
「ああ、そうらしい。
平田、対応スマンな。時間もないし、俺は自分のクラスに戻る」
「私も戻るね」
「うん、力になれなくてごめんね。
でも、ちょっと聞きたいことがあるんだけどいいかな?」
「……何だ?」
「アハハ、何かな?」
「その、今日はポイントが支給されるはずの日だけど、AクラスとBクラスはいくらポイントが振り込まれたんだい?」
やはり聞きたいことはそれか。各クラスのポイント配布量は、平田が今の時点で確認できる数少ないモノだ。
誤魔化してもいいし、返答を拒否してもいいが、綾小路のメールに書かれていたことが真実なら、真偽は今日中にわかることなので、正直に答えても問題はないか。
「Aクラスは98,000ポイントだ」
「Bクラスは65,000ポイントだね」
「……そっか。うん、答えてくれてありがとう」
「Dクラスは……どうなんだ?」
騒めいているDクラスの生徒の様子が阿鼻叫喚というか、女子で「何で振り込まれていないのよ!」と喚いているのがいたが、平田の顔色からもして最悪なことしか思い浮かばんぞ。
「…………0ポイント、だよ」
俺の隣にいる一之瀬から、息を飲む音が聞こえた。
おそらく俺も覚悟を決めてから聞かなければ、同様に息を飲んでいただろう。
そうか……0ポイント、そうなのか。Dクラスの授業態度が悪いという噂は聞いていたが、そこまで酷かったのか。
平田や綾小路が注意していても、それでも騒ぐ生徒がいたということだが、ここまでくると平田には同情の念しか湧かないぞ。
うん、まぁ……頑張れ、平田。
――――――――――――
平田や一之瀬と別れ、Aクラスの教室に入るとクラスメイトから注目を集める。
そんな俺に対し、坂柳はクスクスと笑いながら声をかけてきた。
「私の言った通り、清隆くんはいなかったでしょう、葛城くん?」
「……ああ、そうだった」
Aクラスは今、2つに派閥がわかれている。
俺が率いる派閥と、何の成果もなく教室に戻ってきた俺を笑っている坂柳が率いる派閥だ。
派閥の勢力比は互角……と言いたいが、互角だったのは昨日まで。
俺たちは綾小路からのメールに右往左往してしまい、このメールが事実かどうか議論をしていたが、そんな俺たちのしていることを坂柳は“無駄な努力”の一言で切って捨てた。
坂柳の言う通り、このメールが事実かどうかは先生に聞けばわかることなので、朝のホームルームの時間にはわかるだろう。そう考えれば、俺たちのしていたことは確かに無駄な努力だ。
綾小路メールに踊らされて醜態を晒してしまった俺たちに対し、坂柳たちは綾小路メールを事実であると断言し、Aクラス全員が支給されたのは98,000ポイントであることなど、証明できる範囲で証明して実績を作り、両派閥に参加していなかった中立派の引き込みに成功した。
冷静になって考えてみると、坂柳がしたことは実はあまり大したことではないのだろうが、俺が混乱した状況に対応できずに醜態を晒したというマイナス面が強調されてしまっている。坂柳の目的はこちらだろう。
これは今後、クラスをどちらが率いることになるかについて、重大な影響を及ぼすことになるかもしれん。
「だが、Dクラスの様子を窺えたし、Bクラスの支給ポイントが65,000ポイントということがわかった。
…………Dクラスの支給ポイントが0、ということもな」
「別クラスの配布ポイントは、真嶋先生がいらっしゃったら聞けると思いますけどね。
まぁ、Dクラスの実際の様子を窺えたのは無駄ではなかったでしょう。どうせわけもわからず、清隆くんからのメールが本当かどうかで騒いでいるだけだったんでしょうけど」
「くっ」
俺のしていることは無駄な努力でしかない、と言わんばかりに嘲笑ってくる。
確かに俺の失策だったことは否定しないが、不思議なのは、坂柳派の中心人物といえる神室や橋本、鬼頭などが、本心からメールが事実であると信じているように見えていることだ。
坂柳を信じているから綾小路メールが事実である、と考えるならまだわかる。だが、神室たちの様子からすると、明らかに綾小路メールが事実であるということに疑問を抱いていない。これはどういうことだ?
……綾小路メールは事実なのだろうが、俺の知らないことがまだあるな。
俺が知らないことが何なのかを解き明かさないと、動くに動けんぞ。
「しかし、Dクラスは0ポイントですか。
許せませんね。学校との約束で制限があったとはいえ、せっかく清隆くんが彼らのためにできる範囲で骨を折っていたというのに……」
……ちょっと怖いぞ、坂柳。机の周りの生徒も若干引いている。
とはいえ、その点については同感だな。なんで綾小路や平田みたいな生徒がDクラスにいるのやら。
自席につくと弥彦が近づいてきたが、話をする前に真嶋先生が教室にやってきた。それを見た弥彦が自分の席に戻る。戻ってくれてよかった。戻らずに俺に話しかけていたら、クラスメイトの前で注意をしなければならないところだった。
Aクラスのクラスポイントは980ポイントと、650のBや0のDクラスと比較すると多いだろう。話に聞くCクラスはおそらくBクラス以下なので、他のクラスに差をつけることができている。
しかし、下がった20ポイントは、弥彦を始めとした俺の派閥の男子のせいではないか、という意見がでている。事実、授業中に話をした弥彦が坂柳から注意されたことがあったので、その予想は否定できないところだった。
教壇に真嶋先生が立ち、俺たちのことを見まわす。
考えなければならないことはたくさんあるが、とりあえずは綾小路メールの答え合わせをすることが先決、か。
――― 茶柱佐枝 ―――
5月1日。通例のDクラスの不良品たちに現実を教えた日だ。
今年のDクラスは悪い意味で一味違ったがな。……いや、変な意味でも違うか、特に2人ほど。
そして職員室からでた私の前には、Dクラスの中でもっとも変な意味で一味違う生徒がいた。
朝は学校をサボり、放課後になってから登校した彼は、視線を見ていた学生証端末から私へと移す。
「準備できたぞ、綾小路。……何をしてたんだ?」
「“アナゴの捌き方”を検索してました」
「……釣ったのか?」
「東京湾で船釣りはするって聞いたことはありますけど、なんでこんな埋め立て沿岸近くで、なんでこんな時間に釣れたんですか? クロアナゴでいいのか、アレ?」
いや、知らん。私は釣りはせん。
真嶋とか坂上先生に聞いてみろ。
「アジとかメバルとかならともかく、アナゴなんて捌いたことないですよ。
捌き方わからなかったから、とりあえず頭落として血抜いて、腹割って内臓取り出した状態で冷蔵庫に入れておきましたけど」
やめろ、まな板の上に立てたアナゴの生首の写真なんて見せるんじゃない。
つぶらな瞳がこっち見てるじゃないか!
「学校サボって釣りなんかするからだ」
「仕方がないでしょう。今日に限っては、オレは朝からはいない方がよかったんです。クラスポイントが0で意味がないですけど、ちゃんと休みのためのプライベートポイントは支払ってますしね。
あー、これも入学式の日にな―、先生方がオレがいるにも関わらずに色々話しちゃってたのがなー」
「傍から見たらおまえは被害者かもしれんが、方々に送ったメールの内容はどう説明する気なんだ、ウン?」
「先生方との約束は守ってますよ」
「ああ、守ってはいたな。
あのときの会話を家から持ち込んだICレコーダーで録音して、尚且つ坂柳との電話を通話中にして会話をAクラスの人間にリアルタイムに聞かせていただけだから、確かに“5月1日まで伝えない”という約束は守ってはいたよ、おまえは」
――――――――――――
入学式のあの日、綾小路を放課後に職員室へと呼びだした。綾小路の父の公式サイトに載せた論文について、学外から問い合わせが多くあったからだ。
まぁ、その論文の件についてはいい。綾小路から“全面的に学校の意向に従う”という確約を得たので、“綾小路くんは入学したばかりで新生活に慣れていない”云々と返信して時間稼ぎをしたからだ。あとは上に押し付けた。
問題はその後、せっかく職員室来たからということで、綾小路からの質問が始まったことだった。
最初の方の質問はまだいい。海で釣りをしてもいいのかとか、Sシステムに関係しない学校生活についてのことばかりだったので、今年こそはと勝手に期待していた綾小路に少しガッカリしながらも質問に返していた。
だが、今となって思い返すと、アレらの質問は私たち教師を油断させるために取り留めのない質問をしていたのではないか、と疑ってしまう。
これも釣りの話題に乗った真嶋のせいだ。
『埼玉県民でしたから、海釣りに興味あるんですよ』
『海無し県だからな、埼玉』
『ええ、おかげで潮の匂いが気になります』
『それについては慣れるしかないな。なに、1ヶ月もすれば鼻が慣れるさ』
担任の私を放っておいて、盛り上がる男ども。その場にいた坂上先生もたまに参加していたのは意外だった。
そして知恵は綾小路にちょっかいかけようと最初は話しかけていたが、放置気味にされてしまうことに呆れてそのうち自分の仕事に取り掛かり始めた。
事態が変わったのは、昼休みのチャイムが鳴った時のことだった。
『昼休みだ、綾小路。坂柳を待たせているんじゃないのか?』
『? ウチのクラスの坂柳か?』
『ええ、昔からの知り合いです。職員室に来る前、坂柳と連絡先を交換するために茶柱先生に時間を貰ったんですよ。
じゃあ、最後の質問いいですかね。あちらにいる、多分3年生の担任の先生だと思うんですけど、あの人たちが話している“クラスポイント”ってなんですか?』
『『『『……え?』』』』
その瞬間、私たち4人の刻は止まった。
確かに3年生の先生方も職員室にいた。私たちが集まって綾小路と話をしていたように、彼らは彼らで集まって話をしていた。
クラスポイントについては、確かに新入生が入学して始まった新学期初日だ。話していたのは当然かもしれない。
だが、何故聞こえた?
職員室では1年生担任、2年生担任、3年生担任を中心にして、それぞれ机の島を作っている。学校の教師は担任だけでなくそれぞれの教科の教師もいるから、机の島は私たち4人で構成しているわけではないし、机の山自体も3つでは収まらない。
そして私たちがいた1年生担任の机の島と、3年生担任の机の島は離れている。ましてや2年生担任の机の島を挟んでいるから、10m以上は離れているだろう。
その上、入学式直後で職員室は何かと騒がしくなっている。こんな状態で3年生の先生方の話が聞こえるわけがない。
少なくとも私たち4人には全く聞こえていなかったぞ。聞こえていたとしたら、当然のように3年生の先生方に注意をしていただろう。
『えーと、綾小路くん、聞こえたのはホント?
あの先生たち、何を話してたのかな?』
『さっき言った通り、主にはクラスポイントというものについてですね。“今年の1年は1ヶ月でクラスポイントをどれだけ減らすのか”とか、“AクラスからDクラスの順位はどう変わるのか”とかですね。
あと3年生について“特別試験で大番狂わせがなければAクラスを堅守して終われそう”で、“ボーナスが期待できる”らしくて“羨ましい”らしくて、逆に“小遣い減らされてしまった”っぽいです。それと2年生のことについても色々と』
……小遣い減らされたのは、3年Dクラス担任かな?
『坂上先生』
『ええ、彼らが話してた内容を確認してきます』
『茶柱先生と星之宮先生は綾小路の確保を。私は教頭……いや、今なら理事長もいるか』
『わかりました。綾小路、昼食はちょっと待ってもらおうか』
『はいはーい。綾小路くん、お昼ごはんにカツ丼奢ってあげよっか?』
『どうしてオレの両腕を掴むんですか???』
私が左腕、知恵が右腕を掴んで綾小路の身柄を確保する。
その状態で知恵はスマホのライトを使用して、綾小路の右耳の中を覗き込んでいた。私も見ておくか。
『うーん、超小型のワイヤレスイヤホンとかは、耳の穴の中に隠してはいないねぇ』
『そもそも綾小路はアッチの机には近づいていない。盗聴器などは仕込めんだろうな』
『え、なに? オレ悪いことでもしました?』
『いや、聞こえただけならおまえが悪いわけじゃない……が、それで済む問題じゃなくなっているんだ、スマンな』
『綾小路くんは耳がイイのかなー? 聴力検査のオージオグラムとか結果見たことある?』
『ほぼ0dBでした』
『あっ……(察し)、マジで聞こえてたのかもしれないわ、この子』
保険医である知恵がそう言うということは、綾小路は耳がいいということか。
まいったな。こんなことは、この学校に勤めてから初めてのことだぞ。
その後、昼休み返上でこの事件の対処が行われた。
まず、3年生の先生方がクラスポイントについて話していたのは事実だったのが、本人たちの証言で裏が取れた。
しかし、職員室にも設置してある監視カメラでは、そのことについての確認が取れなかったのが問題となった。
確かに彼らはクラスポイントについて話してはいたが、新入生の綾小路がいることは把握していた。そのため普通なら綾小路に聞こえないような小さな声で話していたので、結果として監視カメラでも声を拾うことができなかった。
本人たちが自白しているため情報漏洩で処分するのに問題はないが、それでも物理的な証拠がないことが問題にされている。
そのことから、もしも恣意的に新入生に情報を漏洩していたのならクビすらありえたが、この状況では減給にすらならず始末書を書くぐらいが精々だろう。
“カクテルパーティー効果”というものがある。これは聴こえている音の中から特定の音を選んで聞き取る、選択的聴取を意味した言葉だ。
カクテルパーティーのような喧騒の中でも、自分の名前が会話にでたら反応できたり、自分が注目している人の声は大きく聞こえたりすることがある。つまり人間は、聴こえてきた音を脳で処理して、必要な情報だけを再構築して声として聞いているのだ、と知恵が説明した。
検証のために同じ状況を再現してみたが、“職員室が静か”で“どういう会話をするか予めわかっていた”場合ですら、私たちでは会話を聞き取ることができないぐらい3年の先生方の話し声は大きくなかった。
それに対し、綾小路は“職員室がうるさく”、“どういう会話をするかわかっていなかった”場合でも、なにを話していたかを聞き取ることができたのを実際にやって証明してみせた。
耳がよくて小さな音も聴こえるのだろうが、おそらく脳の情報処理能力が私たちとは違うんじゃないかな、コイツ。
事態は究明できた。もう事件というか事故の類だし、滅多なことでは再発はしないだろう。音楽家の新入生が入ってきたら要注意か?
究明はできたが、色々なことについて知ってしまった綾小路が残った。どーすんだ、コレ。
綾小路に責任はない。
新入生の前で話してはいけないことを話していた教師が悪いので、10:0で綾小路の無罪は確定だ。これは理事長も同じ判断をしている。
だが、それで終わっていい話ではない。
綾小路は5月1日まで秘密にしておかなければならないことのほとんどを知ってしまった。
クラスポイントのことはこれで知ってしまった。生活態度や授業態度によってクラスポイントが減ることについても、3年の先生方の会話から予想できているようだった。
クラスポイントとプライベートポイントが連動していることもおそらく気づいている。というか『俺の小遣いなんか150クラスポイントだよ』『えっ、1日500円? マジですか?』なんて会話をされたら、否が応でも気づかれてしまうだろう。真嶋は3年Dクラスの先生に同情して『俺は生涯独身でいいや』とか言ってたが。
3年の先生方は2年生の状況も話題にだしてしまっていて、それでクラスポイントによってクラスの順位が変更となることや、退学によってクラスポイントが減ること、2000万プライベートポイントで好きなクラスに移動する権利を買えること、部活動などでクラスポイントやプライベートポイントを得られることも知られている。
5月1日に周知する予定で、話にでなかった綾小路が知らないこととしては……テストについて、くらいか? 赤点で問答無用の退学になるのと、その赤点の割り出し計算方法。
進学・就職の保証ができるのはAクラスのみ、というAクラス特権については直接的には話にでなかったが、クラス順位が変わることが何を意味しているのかについて考えれば、おそらくAクラス特権に似たナニカがあるのは思いついているだろう。
というか、綾小路にAクラスになることのメリットはあるのか聞かれたし。
こうなっては綾小路に口止めをするか、予定を変更して5月1日ではなく明日にでもクラスポイント等についてを1年全てに周知するか、のどちらかを取るしかない。
そして上の下した判断は、綾小路に口止めをすることだった。
幸いにも、綾小路は口を噤むのをアッサリと了承し、学校と契約を結ぶこととなった。
まぁ、10人以上の教師に囲まれた状況ではYESと答えるしかないだろう。正直、綾小路にはすまないことをしたと思っている。
結んだ契約としては以下の4点だ。
①綾小路は今回のことで知ってしまったクラスポイント等について、学年を問わず生徒の誰にも知らせてはいけない。
②綾小路が知ってしまったのは、学校側の不手際であったことを5月1日に学校が公表する。
③設置している監視カメラについては、綾小路から触れてはいけない。
④他生徒への生活態度・授業態度の注意については、クラスポイントなどに触れずに注意するなら許可される。
①、②については比較的容易に同意を得ることができた。
契約の前提となる①と、実際に不手際を起こしてしまった学校の責任の取り方としての②、この2つの項目は外すことはできないだろう。
①は生徒以外、つまり教師やケヤキモール以外の非学校関係者になら話してもいいことになっているが、最初は“学年を問わず生徒の”という文言はなく、誰にも知らせてはいけないことになっていた。しかし、その場合では契約成立後、この契約についての学校側へ再確認すらすることができなくなってしまうことが、綾小路から問題として指摘された。
確かに綾小路の指摘は最もだったので、知らせてはいけない対象は生徒のみ、他は学校側の緘口令をしっかりして対応するしかないことになった。
③の監視カメラについては、最初から綾小路から物言いがつけられた。
職員室での一連の事件の再検証をする際に、綾小路には監視カメラがあることがバレている。なので、当然ながら監視カメラについても口外禁止となるべきだが、綾小路は教室や廊下などにも監視カメラがあることに既に気づいていた。教室内の監視カメラの設置場所を言い当てていたので、これは本当なのだろう。後で監視カメラの映像を見てみたが、確かに綾小路は監視カメラを見ていたことを確認できたしな。
そのことから、事件が起きる前には気づいていたので、監視カメラに関してはクラスメイトに知らせてもいいはずだ、と綾小路は主張した。これも間違った主張ではないだろう。
しかし、監視カメラに注目されると、授業態度や生活態度で生徒の評価をしていることがバレてしまう。そして綾小路が
『いやー、この学校ってアチコチに監視カメラがあるよなー。これだったら悪いことなんてできないよなー』
なんて、生徒に監視カメラの存在をアピールし続けると、こちらの思惑に感づく生徒がでてきてしまう恐れがある。
いや、感づく生徒がでてくること自体は問題ない。問題なのは、綾小路が監視カメラに注目を集めさせ、こちらの思惑を感づくように誘導させることができることだ。
それが懸念として排除できないため、結局は監視カメラについては、綾小路から話題にだしたりすることは禁止とされた。
④の他生徒への注意については当然だろう。
“クラスポイントが減るから授業を真面目に受けろ”なんて注意の仕方は許されないが、だからといって“クラスポイントのことに気づくかもしれないから注意するな”という制限はするべきではない。
これに関しては、常識的な注意なら問題ない、ということになった。
そして①、③、④については、4月30日をもって契約終了となることが明記されている。
これもまぁ、当然だろう。5月1日以降は他生徒も知っているわけだしな。
『3年Dクラス担任のお小遣いが月15,000円ということに関しては?』
『クラスポイントには関係ないので、好きに言い触らして構いませんよ』
『理事長っ!?』
なんて流れ弾が誰かに当たったりしたが、綾小路に対する口止め内容はアッサリ決まった。
正直、かなり解釈に余裕のある契約だが、本来なら咎のないはずの綾小路への配慮がそうさせているのだろう。
なにしろ綾小路が契約を破った際のペナルティは退学だ。事の重要性からして退学にするしかないのは仕方がないのだが、元々の不手際の原因は学校側にある。学校側のミスは生徒への口止めで問題として外にでなかったのに、口止めした生徒は故意にしろミスったら一発でアウト、というのは天秤の秤が学校側に傾き過ぎている。
それにもし綾小路を退学にしてそれが世間にバレた場合、ダメージが大きいのは明らかに学校側だ。というか、例の論文の件で綾小路が入学したのが既に知れ渡ってしまっているのでヤバい。
コレ、綾小路が契約違反したとしても、なにかしらの理由を付けて退学にはしないんじゃないか? 綾小路の今までの実績や関係者の社会的地位を考えると、綾小路の退学を望んでいないのは綾小路本人よりもむしろ学校側だろう。
とはいえ、この問題は上手くいかなかったときの問題であって、次の問題となっているのは契約に対する綾小路への対価だ。
口止めには10万、20万のプライベートポイントではすまない。最低でも100万単位の対価が必要となるだろう。
これは賠償金とすら言っていい。
何しろ個人のプライベートポイントのことだけを考えても、高校生活の3年間でプライベートポイントの支給は36回ある。既に1回支給されているから、残り35回だ。
つまりクラスポイントをずっと1000ポイント維持していれば、3年間で350万プライベートポイントが貰えることになる。
これでもし、4月のうちにクラスメイトの生活態度や授業態度でクラスポイントが500ポイントに下がった場合、3年間で貰えるプライベートポイントも同時に175万まで下がってしまう。
そして個人ではなく、クラス全体として考えると被害は更に大きくなる。1クラス40人なので、クラス全体での被害額は175万×40人で7000万ポイント。これでもしクラスポイントが0になったとしたら、倍の1億4000万ポイントか。
1億4000万ポイントもあったら、7人もAクラスに移動できるなぁ、オイ。
もちろん、これは単純に考えた場合の計算で、実際はそう簡単なものにはならないだろう。
そして問題となるのは“クラス全員の連帯責任で生活態度や授業態度によってクラスの評価が下がり、それによって貰えるプライベートポイントに変化があること”について、綾小路が今回のことがなくとも気づくことができたか? ということだ。
綾小路とは今日が初対面で話も僅かにしかしていないが、それでも早いうちに気づいただろう、というのが私の正直な感想であり、真嶋や知恵、坂上先生ですら同じことを思っていた。おそらく他の先生も同じだろう。
その年によって誤差はあるが、例年ならDクラスのクラスポイントは5月1日の時点で500ポイント以下まで落ちる。おそらく平均では300ポイント前後だろう。
クラスの様子を見た限り、綾小路がいなければ今年もおそらくそうなっていたはずだ。
しかし、監視カメラなどに初日で気づいた綾小路が、例えば来週辺りに学校からの評価テストに気づき、クラスに態度の改善をするように言った場合、クラスポイントはどれだけ残ることになったのだろう。
……これ、私は3年の先生方にクレーム付けてもいいよな?
マジでどうしてくれんの、あの4人!? 須藤とか山内みたいなのがいるからAクラスは無理かもしれないが、それでもBかCには上がれただろ!
今の契約でも態度についての注意はできるのだろうが、根拠を示せなくて説得力が足りないから、どこまで綾小路の言うことを聞いてくれるか不安だぞ。
だが、今となってはもうどうしようもない。
契約は結ばれてしまったし、学校の運営側に立つ教師としての私は、この契約に文句をつけるわけにはいかなかった。
もし文句をつけていたら、おそらく知恵辺りは私の態度を疑って警戒度を上げるだろうしな。
せめて綾小路への賠償金代わりのプライベートポイントはふんだくって、今後のクラス運営に役立てさせようと思っていたら、綾小路が理事長にこんな提案をした
『“4月に失ったクラスポイント×40人×35ケ月分×100”プライベートポイントで』
『それではDクラスが100クラスポイントを失うごとに、綾小路くんへ1400万プライベートポイントを渡すことになります。
さすがに駄目ですね』
案外、綾小路も私と同じようことを考えていたらしい。
却下されたが、これは仕方がないな。綾小路の提案では、例年通りクラスポイントが300ぐらいまで落ちた場合、綾小路に支払うプライベートポイントは1億近くとなる。これはいくらなんでも多すぎる。
『支払えるプライベートポイントは……500万ポイントが限界ですね』
『オレ個人への損害賠償としてならデカいでしょうが、クラス全体の損害で考えると少なすぎません? 今の時期の1クラスポイントは、先ほど理事長がおっしゃった通りクラス全体で考えれば14万プライベートポイントの価値があるんですから。
それとクラスメイトから顰蹙を買う気するんですが?』
『しかし、来月からAクラスの地位をかけてのクラス対抗が始まりますが、それを正常に運営できるように綾小路くんへ口止め料を支払うのです。それなのに多額の口止め料を支払うということは、多額の口止め料自体が正常な運営に影響を及ぼしてしまいます。
今後のクラス対抗に大きな影響を与えないのが、今回の契約の絶対条件です。
それと綾小路くんが望むなら、この取引のことは他の生徒には秘密にしてもいいですよ』
それに冷静になってよく考えてみると、多額のプライベートポイントを手にしたら、綾小路がAクラスに移動する可能性があるな。なにしろAクラスには坂柳がいるんだ。
それでは駄目だ。DクラスをAクラスに上げるという私の願いが叶わない。
『プライベートポイントが駄目なら……権利、ですかね』
『ほう、それはどのような?』
『知る権利とか……ああ、いや、ただ単純に“貸し”ということにしましょう。
プライベートポイントの補償は先ほど理事長がおっしゃられた500万。更にクラスポイントの補償として、学校への貸しを1つ、更に4月に失った100クラスポイントごとに貸しを1つずつプラス、ということでどうでしょう?』
『“貸し”……ですか。
渡す貸しの数は綾小路くんの提案通りでいいでしょう。綾小路くんの立場からすれば、クラスポイントを失えば失うほど、貸しが増えないと納得はできないでしょうから』
これは……どうなんだ?
とはいえ、渡せるプライベートポイントに上限があるなら、こういう形でしか補償は無理な話か。
『しかし、単純に1つの貸しで1つのお願いごとを聞くのではなく、お願いごとの大きさによって貸しの消費数は増えます。
例えば退学取り消しは貸し1つでは無理です。退学の取り消しは……貸し10個と相殺ということで。その他も事の大きさを考慮して、貸しの消費数を決めます。
それと貸しを渡すなら、プライベートポイントの補償は350万です』
『貸し10個って、クラスポイントほぼ0になってるじゃないですか。
でも退学の取り消しに2000万プライベートポイントが必要になるって話ですから、それを考えるとそこまで無体な話ではないのか。
……いいでしょう。それで口は噤みます。それと表向きは貸しのことは秘密で、350万プライベートポイントの補償だけ、ということにしておいてください』
『大変結構。
こうなってしまって、綾小路くんには申し訳ないと思います。しかし、学校の運営上、譲れないことなので、綾小路くんにはこれからも腐らずに学校生活を送ってもらえたらと思います』
こうして綾小路への補償が決まった。
悪くは……ない結果だろう。どちらにしろ、どこかで妥協は必要だ。
今後のAクラスを目指す戦いにおいて、この貸しがどのような働きをするかはわからない。だが、単純なプライベートポイントよりも、なんらかの切り札になりうるかもしれない。
あとは綾小路以外で、学校の思惑に気づく生徒がでるかもしれないのに期待するしかないか。
今年の生徒こそは、と思っていたが、初日からコレとは今後いったいどういう学校生活になるのやら……。
――――――――――――
……と、思っていたんだがなぁ。
「まさか本当にクラスポイントが0になるとは……。
こんなこと初めてだぞ」
「ちゃんと注意はしてたんですけどねぇ」
ああ、おまえはちゃんと山内や池、須藤とかに注意はしていたよ。その注意は無視されたがな。それに女子たちが大人しくなるのに時間がかかっていたのも原因の一つだ。
しかし、須藤はバスケで綾小路に負けてからは比較的マシになったが、山内や池を始めとした男子のいくらかは駄目だな。完全に綾小路に対して反発している。
これは綾小路が平田と仲が良く、この2人で女子の人気を掻っ攫っていることが大きく関係しているのだろうが……。
「なんであんなに頑ななんですかね、アイツら。
そもそもあんなに騒いでいて、それが自分のプラスになると思ってるんでしょうか?」
あの日から綾小路を注意深く見ていたが、やはりコイツはどこかズレている。
家庭の事情で、なんでも国会議員の父親は仕事の関係で脅迫をされたことがあり、その脅迫は当時小さかった綾小路のことに触れられていたらしい。そのため綾小路の身の安全を考えて、学校に通わせずに自宅学習をさせていたとのことだった。
そのせいか綾小路は同年代と接した経験が著しく少なく、山内や池のような子どものことが理解できていない。
大人は父親の周りにたくさんいたし、綾小路のことを不憫に思った父親が家庭教師などには糸目をつけなかったため、大人相手には問題なく付き合えるようだ。しかし、それが逆に大人の思考回路、しかも国会議員とその周りの大人の思考回路が、人間としての標準、とでも思っているんじゃないかな。
それでは同年代のことは理解できないのも仕方がないだろう。
中学に通う年齢になる頃には脅迫の根元を潰したらしいので、学校へ通わせることもできたのだろうが、今度は綾小路自体が他の生徒へ悪影響を及ぼすかもしれない、と父親が考えたので、そのまま自宅学習が続けられた。
綾小路の担任となる際に資料を見たときは、父親が過保護過ぎやしないかと思ったが、父親は他の生徒のことを本当に考えていたのかもしれない、と綾小路を見ていてそう思い始めてきた。
綾小路のような、学力的にも運動能力的にも優秀な生徒がDクラス配属になったときは驚いたが、時間が経つにつれて綾小路のDクラス配属は最終的に納得できてしまったぞ。
特に女の扱いがヤバいぞ、コイツ。
イケメンで優秀だから今のところ問題とまではなっていないが、クラスの女子を何度か怒らせているし、知恵に至っては何度かガチギレさせている。いいぞ、もっとやれ。
知恵に関しては二日酔いで学校に来たり、綾小路にセクハラめいたボディタッチをしているから、自業自得と言えばその通りだがな。筋肉をベタベタ触られた仕返しに、頬をツンツンして『ふっくら』と一言呟いたのには爆笑したわ。真嶋や坂上先生も噴出してたし、たまたまその場に居合わせたBクラスの一之瀬なんかは『キヒュッ!?』なんて変な音を口から漏らした後、蹲りながら腹を抑えて悶絶していた。
クラスの女子を怒らせたことに関しては…………まぁ、ほとんどがダイエット関係で『なんで甘いもの我慢できないんだ?』とか『なんで運動を続けられないんだ?』みたいなことばっか言ってるからな。ただ、口にはだしても、それを直すようには強制しないので、スポーツが得意な男子の傲り程度に受け止められている。
ダイエットについての相談や、勉強についての相談などには真摯に応じているので、とても頼りになる男子、という評価は変わっていない。
「それじゃあ、我らがDクラスに行きましょうか。
平田が皆を集めて話し合いをしているみたいですから」
「ああ、ポイントは受け取った。
話し合いに同席して、質問がでたらその場で答えよう」
朝のホームルームの時間、事実を知った生徒たちの様子は酷いものだった。
喧々諤々という表現が相応しく、その場にいない綾小路に怒りをぶつける者もいた。主に男子だったが。
今日から本格的にAクラスを目指すクラス対抗が始まる。チラリと、隣にいる綾小路を見るが、今までと変わらない表情。
コイツは今後どうするのか?
このままDクラスのクラスメイトとともにAクラスを目指すのか。それとも坂柳の伝手を使って個人でAクラス入りを目指すのか。
答えは聞けていないが、おそらくこのまま、現在のクラスメイトとともにAクラスを目指すのだろうと、私は確信している。
現在のクラスメイトと仲が良いから、とかではなく、綾小路の性格上、配られたカードで勝負するのが当然で、自分ならそれでも勝てるから問題ない、とでも思っているだろう。
傲慢とも思えるが、私にとってはそれが頼もしい。
綾小路の働きを楽しみにしながら、ともにDクラスの教室へ歩き始めた。
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高度育成高等学校データベース (5/1時点)
氏名:綾小路清隆
クラス:1年Dクラス
学籍番号:S01T004651
部活:無所属
誕生日:10月20日
評価
学力 A+
知性 A+
判断力 A
身体能力 A+
協調性 C+
面接官からのコメント
入試テストでは満点を取り、オリンピックのボルダリング競技で金メダルを取るなど、当校の歴史の中でも過去に類がないほどに学力と身体能力は非常に高い。彼が3年次になるときはオリンピックがあり、社会的影響を考えると、当年度の特別試験の日程については考慮する必要がある。
既に論文をいくつも発表しており、面接時に今までの論文についての質問をしたが、質問に対して澱みなく答えられたので、論文はゴーストライターが書いたものではなく、少なくとも今まで発表した論文の内容全てを理解していると推察できる。
協調性については、家庭の事情で小学校、中学校に通っておらず、同年代と接する経験が少ないことで評価が低くなっているが、人と協調しようとする意思は持っていることから、協調力は低くとも協調性は持ち合わせている、と表現した方が正確である。
学力や身体能力を考慮するとAクラス配属が妥当だが、問題ある生徒の多いDクラスで対人経験を積むことで彼の更なる成長に期待したい。
担任メモ
同年代の男子の友人もでき、順調に対人経験は積むことができているようです。
女子に対する配慮が足りないところがありますが、そのことに対する女子からのアドバイスを真面目に聞いて対応していますので、将来的には問題なくなると思われます。
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『……清、隆? いったい何を見ている?』
『“劇場版キンガンアシュラ”』
『そうか…………そう、なのか』
『親父? 何故、泣いてるんだ?』
『いや、すまない。おまえには期待をかけすぎていたのかもしれん。しばらく、ゆっくりと休め。
どこかバカンスにでも行くか?』
というわけで、お久しぶりです、皆さま。
GWは特にすることもなかったのでよう実の二次創作を書きました。おそらく1年生編だけで終わります。というか、ウチのきよぽんが終わらせます。
書き溜めはこれで終了です。続きはゆっくりと書きますので、気長にお待ちください。
それにしてもよう実って、他の作品と違って主人公に転生する二次創作が少ない気がするのは自分だけですかね?
それとヒロアカで“転生したら半冷(前)半燃(後)だった ~だから炎は尻から出る~”というのも思いついたのですが、ヒロアカは単行本を集めていないので諦めました。誰か書いてください。