『片原総裁、本日は愚息がお世話をおかけいたします。
(清隆の礼儀作法の確認が間に合ってよかった)』
『ホッホッホ、むしろこんなジジィに付き合わせてしもうてスマンの。オイボレになると、清隆くんみたいな若者が眩しくてなぁ』
『いえ、とんでもございません。愚息はゴルフを始めたばかりで、何かとご迷惑をおかけするかもしれませんが、何卒ご容赦の程を。
…………いや、本当に』
『なんのなんの。若者に迷惑をかけられるなんぞ、逆にジジィの特権じゃよ。
20代、30代ならおるんじゃけど、ゴルフに付き合ってくれる清隆くんみたいな10代の若者はなかなかおらんくてなぁ。コスモくんは、ゴルフは趣味じゃないみたいじゃし……』
『(コスモ? 人の名前か?)』
――― 堀北鈴音 ―――
「―――だから、綾小路くんのメールは事実なんだよ、須藤くん。
それだけじゃないんだ。昼休みに2年、3年の先輩方の教室を確認してきたけど、確かに教室から机が減っていた。それぞれの学年でもう10人以上の退学者がでているみたいなんだ。信じられなかったら、後で上級生の教室を見に行くといいよ」
「そんなこと言ってもよぉ……」
「そもそも綾小路が俺たちにクラスポイントのことを言っておけばよかったんだよ!」
「何だよ! アイツだけプライベートポイントを350万も貰いやがって!」
「ちょっと池くんも山内くんも! 綾小路くんがクラスポイントとかのことを知ってしまったのは学校の不手際だったらしいんだし、あたしたちにそのことを伝えたら退学になっちゃってたんだから仕方がないでしょ!
綾小路くんはちゃんと注意し続けてくれて、その注意を無視したのはあなたたちじゃない!」
「何だよ軽井沢! だいたいおまえら女子だって、最初の頃は騒いでたんだから同罪だろうが!」
「うっ……それはそうなんだけど」
……ハァ、いい加減にしてもらえないかしら。さっきから生産性のない会話を堂々巡りしているだけじゃない。
これだったら話し合いに参加なんてしないで、茶柱先生にどうして私がDクラスに配属されたのかを問い詰めに行った方がよかったかしら?
放課後に顔を出すって綾小路くんのメールに書かれていたから待っているけど、もう少し待って綾小路くんが来なかったら職員室に行くとしましょう。
「平田、どんな調子だ?」
―――と、思っていたら来たわね。しかも茶柱先生も一緒に。
「綾小路くん!」
「綾小路! おまえのせいでクラスポイントがよぉっ!」
「うん? 何でオレのせいになるんだ?」
「山内くん! ちょっと落ち着いてよ!」
「でも櫛田ちゃん……綾小路が……」
…………ハァ、騒いでいる男子たちは、これからの綾小路くんの行動次第で自分たちが非難の対象になるのが怖いのでしょうね。
だから、やむを得ないとはいえクラスポイントのことを黙っていた綾小路くんや、途中から態度を正したとはいえ同じく騒いでクラスポイントを失わせた軽井沢さんたち女子グループを責め立てて、自分たちだけが悪いんじゃないとアピールしている。
彼らの気持ちはわかる……いえ、心情は理解できるけど、迷惑を被った側からすれば見てて愉快なものじゃないわ。
「よくわからんが、時間ももったいないし話を進めよう。
平田、オレが送ったメールの内容は周知できてるんだよな?」
「うん、それは大丈夫。ただ、高円寺君は帰っちゃったけど」
「高円寺はいいだろう。どうせ無駄だし。
堀北、頼んでおいた、小テストの結果の記録はどうだ?」
「紙で貼りだされたから、写真を撮っておいたわ。今、画像を送るわね。
……何で私に頼んだのかしら?」
「平田に櫛田、それに軽井沢には、今回のことで混乱するだろうクラスメイトを宥めることを頼んでいたからな。流石にこれ以上のタスクは頼めん。
堀北だったら暇……もとい、メールのことで混乱してても、このぐらいは頼めるだろうと信頼した。
お、これか」
それ、信頼とは言わないわよ。
教室に入ってきた綾小路くんはそのまま平田くんたちがいた教壇に立ち、茶柱先生は教壇を通り過ぎて教室の端にあった椅子に足を組んで座った。
何か言うのかと思ったけど、茶柱先生は何しに来たのかしら?
「ほー……茶柱先生。この画像、31点の菊池の上に赤ライン引いてますけど、これが赤点のラインですか?」
「ああ、今回のテストでいえば34点未満が赤点だ」
「ついでに言うと、1教科でも赤点があれば即退学だそうよ。
それと茶柱先生はどうして教室に?」
「へー、34点未満。
茶柱先生については、オレがプライベートポイントで茶柱先生の時間を買った。とりあえず5時までは教室にいて、質問に答えてくれるぞ。
……うん、成程。四捨五入ですよね?」
「ああ、四捨五入だ。……暗算早いな」
四捨五入? 綾小路くんと茶柱先生は何の話をしてるのかしら?
それに教師の時間を買うなんて、プライベートポイントにはそんな使い方もあるのね。
「何でそんなに軽いんだよっ!? 小テストで100点取ったおまえは余裕かもしれないけど、俺たちは下手したら今度の中間テストで退学するかもしれないんだぞっ!」
「いや、山内。赤点についてはオレに言われても困る。黙ってたクラスポイント云々とは関係ないだろ。素直に中間テストへ向けて勉強してくれ。
ところでせっかくだから、茶柱先生に質問がある人はいるか? 時間制限アリだぞ」
言いがかりをつけてくる山内くんを一刀両断して、私たちに茶柱先生に質問があるかを振ってくる。
皆は茶柱先生に聞きたいこと、言いたいことはたくさんあるのだろうけど、改まって皆の前で何かないかと問われたら、何を聞くべきか戸惑っているようだった。お互いに顔見合わせたりしてまごついてしまっている。
5時まで1時間以上あるとはいえ、時間を無駄にはできないわね。なら、私が聞きましょうか。
「茶柱先生、質問があります」
「何だ、堀北?」
「先生はプライベートポイントで質問に答えるということですが、今後も何か聞きたいことがあるときは、プライベートポイントが必要になるということでしょうか?」
「いや、そんなことはない。
職務上、生徒に話していけないことがあるから、全ての質問に答えるというわけにはいかないが、質問するだけなら特にプライベートポイントが必要になるわけじゃない。それに今回、綾小路がプライベートポイントを支払ったのは“質問に答える”ということにではなく、“5時までこの教室にいる”ということに対してだ。
何故なら私はおまえたちの担任だが、おまえたちの相手だけが私の仕事じゃない。他にもしなければならない仕事があって、仕事には優先順序というものがある。だが、プライベートポイントで教師の仕事の優先順序を変えることぐらいなら可能だ。
もちろん限度はあるがな」
「オレがプライベートポイントで茶柱先生への残業代を支払ったと思えばいいぞ。
実際、茶柱先生は5時以降、後ろにまわした仕事をこなすために残業らしい」
「5月1日は毎年そんなものだ。
……そんなわけで質問にはちゃんと答えるが、パソコンで仕事はしててもいいか?」
「あ、はい」
成程、“残業代”か。そう言われたら納得できる。
それにしても茶柱先生はずいぶんと疲れた顔をしているわね。朝や帰りのホームルームで見せた、軽蔑するような表情とは全く違う。
……綾小路くんのメールでは、私たちの成績が先生方のボーナスに直結しているみたいだから、朝とかあんなに不機嫌だったのかしら? 気持ちはわかるけど、八つ当たり……ではないわね。綾小路くんがあんなに注意していて、それでも騒ぐのを止めずにクラスポイントを0にしたクラスなのだから。
茶柱先生が呆れるのも仕方がないし、疲れた顔をするのも仕方がないわ。
「すみません、質問は続きます。率直に聞きます。何故私がDクラスに…………いえ、綾小路くんみたいな人がDクラスに配属されたのでしょうか?
優秀な人間からAクラスに選ばれ、Dクラスは落ちこぼれが集まる最後の砦だと言われましたが、綾小路くんが落ちこぼれだということでしょうか?」
質問をしても私に視線を向けなかった茶柱先生だけど、綾小路くんの名前をだした瞬間に、パソコンに向かっていた視線が私へと向けられた。
面白がっている、のかしら? そんな目で私を見ている。
「フム、そこで綾小路の名前をだすということを、どう評価すべきだろうな?
勝手に他人の名前を使って矢面に立たせる姑息者というべきか、それとも自分の力量を弁えているというべきか、自分ではどちらだと思う?」
「……彼と実力の差があることぐらいは、わかっているつもりです」
「入学したての頃のおまえだったら、そんなセリフを吐けたのか疑問だな」
悔しいとは思うが、これは本音だ。勉強でも運動でも、綾小路くんに勝てると思えるものは一つもない。
しかし、それを認めないほど、私は狭量な人間ではないつもりだ。
彼は確かに天才と呼べるような人間だけど、努力をしていないわけじゃない。
日頃から、休み時間に大学生になってから勉強するような範囲を自主勉強をしていたり、ジムで真面目にトレーニングをしている彼の姿を見ていた。解けなかった小テストの問題の答えを教えてもらったこともある。
友達を欲しいと思ったりなんかしないし、クラスメイトに迎合するつもりもない。孤高でいい。でも、それは凄いと思えた人を認めないわけではないし、ましてや自分より実力が上だからといって、妬んだりするような恥知らずの真似なんてするものか。
「しかし、それはAクラスの生徒でも同じでしょう。いえ、BとCクラスでも同じです。
他のクラスには詳しくありませんが、それでも他クラスに綾小路くん以上に勉強や運動ができる生徒が集まっているとは思えません」
「それはそうだろう。綾小路級の人間が120人も集まってるなんてありえん。綾小路は過去に類のないぐらいに学力や運動能力に優れた生徒だ。それは学校も認める。
では答えは簡単だ。単純に学力や運動能力が優れた者が、優秀なクラスに入れるとは私は一度も言っていない。
確かに学力や運動能力が優れているということはステータスの一つだ。だが、あくまでステータスの一つでしかないんだ。この学校は本当の意味で優秀な人間を生み出すための学校で、その優秀さとは学力や運動能力だけで判断するような単純なものではない」
「学力や運動能力以外で評価されるとなると、具体的にはコミュニケーション能力とかがそうだろうな。堀北に足りないヤツ」
「うるさいわよ、綾小路くん」
「それと平田と櫛田は運動も勉強もできるが、人間関係は……そうだな、2人とも怒ったりすることが苦手じゃないか? 2人が怒ったところをオレは見たことないが、怒ることができないというのは、クラスに影響を与える立場としてはあまりよくないだろうな。
現に2人とも、自分からは騒いではいなかっただろうけど、それでも授業中に話しかけられたのを断れずに返事をしちゃって、そのせいでクラスポイントを減らした自覚はあるんじゃないか?」
「そう言われてしまうと……僕は否定できないね」
「う、うん。私も断れずに返事しちゃったことあるよ」
平田くんと櫛田さんに向けた綾小路くんの発言に、クラスメイトたちは納得の表情を見せた。
綾小路くんには流石に劣るけど、平田くんや櫛田さんのように勉強も運動もできて、コミュニケーション能力にも問題なさそうな生徒がDクラスにいることに疑問をもっていたけど、確かにクラスポイントを減らす要因となるぐらい“怒れない”のなら、それは減点の対象になるのかもしれない。
クラス分け評価は中学までの成績を基にしているのだろうけど、彼らほどの能力がありながらDクラスにまで落とされたということは、もしかして彼らは過去に何かあったのかもしれない。クラスメイトを注意できず、クラス崩壊するのを阻止できなかった、とかかしら。
特に櫛田さん。彼女は綾小路くんのファンらしく、入学初日から積極的に綾小路くんへ話しかけていた。
『あ、戻ってきた。綾小路くん、どこ行ってたの? 皆、自己紹介終わっちゃったよ。
(あのOLのせいで失敗した。顔にはでてないけど、さっきのバスのことで悪く思われているかもしれない)』
『自己紹介してたのか、スマン。トイレ行った後、校内を見て回っていた』
『皆、この人がさっき言ったオリンピック金メダリストの綾小路くんだよ。凄いよねー。
(とりあえずファンの振りして機嫌を取っておかなきゃ……)』
とはいえ、しばらくすれば落ち着いたのか、部活動紹介の翌日からは、たまに綾小路くんの隣の席の私にも話しかけてくるようになった。
そして、そんな初めて会った時にどこかで見たことがある気がした彼女は、同じ中学だった……はず、だったんだけど、もしかしたら私の思い違いかしら?
『ねぇねぇ、綾小路くんは部活はどうするの? ボルダリング部はなかったみたいだけど創部とか考えてる? 私、ボルダリングに興味あるんだけどな』
『いや、まだ決めてないな。創部も施設がないから難しいと思うぞ、櫛田。
そういえば堀北。昨日の説明会の最後にでた生徒会長は堀北の親戚か?』
『……兄よ』
『へー、そうなんだぁ。
(あの生徒会長が兄ってことは、やっぱり同じ中学だった堀北!? 同じクラスだったことはないけど……)』
『へぇ、兄妹揃って高育に来たのか。中学も同じ?』
『そうだけど、それがどうかしたの?』
『普通は兄妹なら中学は同じじゃないかなぁ。
(……コイツ、私のことを覚えているのかしら? 覚えているなら……)』
『いや、珍しいと思っただけだ。
全国から生徒を集めているんだろ、この学校。1学年160人で総生徒数が500に満たないのに、中学の数は日本全体で確か1万ぐらいあったはずだぞ。それなのに別学年とはいえ同じ中学出身というのはさ』
『……そう言われたら、そうかもしれないわね』
『中学校ってそんなに日本にあるんだねー。
(いや、別学年どころか同学年にいるんだけど?)』
『堀北の通っていた学校が推薦枠を持っていたのかな。他に堀北と同中の生徒はいるのか?』
『知らないわ。でも、中学の進路担当の先生と話した時に兄さんの話題はでたけど、他の人のことは聞いてないわね』
『この学校ならそうなんじゃないかな。
(え? コイツ、私のこと覚えてない……というか知らない? というか同じ中学から同学年で2人って確かに変だわ。いると思わなくて当然かも)』
私たちが中学1年生のときに兄さんは生徒会長をしていたから、彼女も兄さんのことは知っているはず。そして私は兄さんの妹で同じ中学だった、と彼女の前で今言ったのに、それについて彼女からは言及がなかった。
『(ツッコミを入れたら、もしかして藪蛇?)』
『(同じ中学と思ったのは気のせいかしら?)』
『(私を知っているかの確認はしないで、スルーが安定?)』
『(彼女は兄さんのことは知らない……でも、私も兄さんの後の生徒会長については、名前も顔も覚えていないのよね)』
『…………』
『…………』
『そういえば自己紹介のときいなかったよね。
『……堀北鈴音よ、
『2人とも、何か奇妙な緊張感が漂ってないか?』
『そんなことないよ、綾小路くん。ねぇ、堀北さん?
(ヨシ! コイツのことはスルーしよう! まずは綾小路くんを優先!)』
『そうね。特別なことはないわ。
(探られている感じはしない。やっぱり私の思い違いかしら?)』
『そうなのか?』
『…………』
『…………』
『『よろしく』』
『2人とも???』
……どうしましょう。今更だと同じ中学だったか確認しづらいわ。向こうがはじめまして、と言ったのだから、やっぱり彼女とは初めてでいいのよね?
通っていた中学の名前を聞けば簡単に真偽はわかるけど、もし同じ中学だったとしたら、それはそれで今更の話だから気まずいわね。
その櫛田さんは綾小路くんが騒いでいる人たちを注意し始めたら、同じようにやんわりとだけど騒いでいる人たちを注意し始めた。注意がやんわり過ぎて効果もあまりなく、むしろ話しかけられたことに応えてしまう始末だったから、“怒れない”というのは当たっているのかもしれない。
私のいた中学で起きた、とあるクラスが崩壊した話の中で櫛田さんの名前を聞いたような気もするし、怒れない彼女ならクラス崩壊の一因になった可能性はあり得る。
でも綾小路くんの言う通り、普通に考えたらこの学校の場合、同じ中学からそんな何人も採ったりしないわよね? 2年生にもいるなら年毎で、兄さんと私だけなら隔年で中学が入学生の枠を確保してる、というのはありそうだけど、同学年で2人はおかしいわ。
ヨシ、彼女のことは私の思い違い。そもそも『はじめまして』と挨拶されたのだから初めてでいいのよ。流しておくことにしましょう。
そして私に足りないのはコミュニケーション能力、か。
勉強でも運動でも綾小路くんに勝てない。そしてコミュニケーション能力においても勝てるとは思えない。私と綾小路くんのどちらがクラスに受け入れられているかなんて聞いたら、私を含めた全員が綾小路くんだと答えるだろう。
私は……全てにおいて綾小路くんに劣っている。
「しかし、茶柱先生。綾小路くんの学力や運動能力なら、多少の問題はあってもお釣りがくるのではないでしょうか?」
「その気持ちはよーくわかるがな、平田。
綾小路は―――コイツは多少どころか、かなりの“ポンコツ”だぞ」
「「「「「あああぁぁぁ~~~」」」」」
「皆して酷くないか?」
「いや、おまえは凄いよ。私はまだ短い教師生活しか送っていないが、おまえみたいな優秀な生徒は初めてだよ。
だけどポンコツとしか形容ができないんだよ、おまえは」
「解せぬ」
茶柱先生が綾小路くんを指差して言い放ったポンコツという形容に、先程の平田くんと櫛田さんの評価よりも、声をだして更に大きな納得を見せるクラスメイトたち。
思わず私も納得してしまった。全てにおいて綾小路くんに劣っていると思っていたけど、確かにポンコツよね、彼。
勉強も運動もできる彼だけど、もちろんできないことや苦手なことだってある。
人(主に体重に悩む女子)の心がわからないのか、本人は悪気なしのつもりだろうけど無神経な発言をして怒られてるし、世間知らずのところがあって「マジでか?」「何で???」「どうして???」とクラスメイトによく物を尋ねている。
天然、ではないだろう。彼は一度でも(主に女子から)注意されたり怒られたりしたら、同じ間違いは二度としないからだ。同じような間違いはすることがあるけど、きっと綾小路くんの中では同じものではなく別物扱いになってるんだと思う。だからそんな彼を表現するとなると、茶柱先生の“ポンコツ”という形容があっているような気がする。
いや、間違いなく凄い人だとは思えるんだけど、完璧か? と問われたら間違いなくNoと言える人なのよね。
でも、彼はそのポンコツさで助かっているところもあると思う。
単純に成績だけで考えるなら、イヤミと思われてやっかまれるかもしれない彼だけど、ポンコツさによってイヤミと思われる成分が抑えられている気がするわ。
女子に人気のある彼だけど、女子に怒られることもあれば、逆に女子から(主に対女性関係の)アドバイスを貰っていることがある。その教え教えられの関係のおかげで、女子は彼とは対等の立場に立てている、と思えているのでしょうね。女子で綾小路くんのことを本気で嫌ったり怖がっている人はいないんじゃないかしら。気弱な佐倉さんでも彼とは話せるみたいだし。
……でも、小、中学校に行けなかった、という彼の家庭事情があるらしいから、そこが彼の減点になっているのかもしれないけど、それは仕方がないことでしょうに。
しかし、それでは……。
「あの……聞いてはいけないことかもしれないんですが、聞いてもいいでしょうか? 綾小路くんも怒らないで聞いてほしいんだけど……」
「急になんだ、堀北? そんな畏まって?」
「オレか? 別にちゃんとした理由があるなら怒らないが」
「その…………Aクラスの坂柳さんのことです。彼女は身体が弱くて、その、体育とか……」
「ああ、有栖の身体についてか。有栖は身体が弱くて体育とかでれないのに、そこら辺は不良品扱いされる理由にならないのか、ってことか?」
「その……ごめんなさい」
「構わない。堀北の疑問は理解した」
「学校としては、採点基準について明示できん。彼女もなるべくしてAクラスに配属されただけだ」
「……でもよー、話に聞いたけど、その坂柳って子、理事長の娘なんだろ? もしかしてヒイキとかされてんじゃねーの?」
ここまでくると、本格的に山内くんの頭の中を心配した方がいいのかもしれない。
私はさっきの質問でさえ綾小路くんにするのに緊張したというのに、あんな言い方をして彼は綾小路くんのことが怖くないのだろうか? 彼女のことを妹のように可愛がっているのは知っているはず。その彼女を侮辱するような言い方なんて、私なら怖くてできないわ。
いえ、きっと自分が口にしていることの怖さがわかっていないだけね。池くんや須藤くんは、山内くんの言い方に口を引き攣らせているみたいだし。
「そうか? オレは別にそう思わなかったが。
世間的に配慮される身体事情と、パラリンピックの義足陸上選手の組み合わせの結果みたいなものだと、オレは思っていた」
「??? えっと……どういうことかな、綾小路くん?」
「え? 言った通りなんだが、櫛田」
「……平田くん、翻訳お願い」
「ぼ、僕かい? えーっと……アレかな?
パラリンピックの義足陸上選手ってことは、確か走り幅跳びだったと思うけど、パラリンピックで健常者の記録より凄い記録がでたんだよね」
「そう、それだ。
で、世間的に配慮される身体事情というのは……幸村だ。というか幸村でいいか。パラリンピックの義足陸上選手は蛇足だな。スマン」
「は? 俺には世間的に配慮される身体事情なんてないぞ」
「何を言ってるんだ、幸村? 近視は車の運転を制限されるぐらいの身体障害だろ。メガネとかコンタクトレンズとか比較的安価で簡単な対処方法があるから、一般的に身体障害とは定義されないけどな。
メガネやコンタクトレンズでは矯正できないレベルになって、初めて一般的に視覚障害とされる。しかし、もしメガネやコンタクトレンズが発明されていなかったり、一般人には手が届かないほど高額だったら、視覚障害の定義基準も変わっていただろうさ」
「いや、それは……うん? …………間違っては、いないのか? 確かにメガネが手元になかったら、こんな普通には生活できていないだろうからな」
車の運転を制限されるぐらいの身体障害、と言われたら、確かに近視も重大な身体障害と思えるわね。現代社会では身体障害扱いされてはないけど、それはあくまでメガネやコンタクトレンズがあるから、か。
社会事情によって身体障害の定義も変わる、ということか。
「言いたいことはわかったが、明らかに言葉が足りてないぞ、綾小路」
「スマン。何て言えば理解してもらえるかわからなかった。
それでだな。幸村みたいな近視の人は、メガネとかをしてもいいと世間から配慮されているだろ。で、結果として視力がメガネをしていない人より高くなることもある。
それはズルいと思うか? ……そうだな、櫛田はどうだ?」
「うーん、そういうことなら別にズルいとは思わないかな」
「ああ、大抵の人は、そう思ってくれると思う。
で、有栖の場合、普通の学校なら体育の授業を免除されて見学になるぐらいに配慮されて、成績として問題視されるようなことはないだろう。同じようにこの学校のクラス分けの評価でも有栖の体育成績は配慮されたことで、オレたちより評価がよくなってAクラスになった、ってわけじゃないだろうか。
もちろん、もしこの学校が運動を重視する学校だったとしたら話は違うだろうがな。でも、茶柱先生がさっき言った通り、学力や運動能力が優れているということはステータスの一つだけど、あくまでステータスの一つでしかない。そのステータスの一つを評価できなくとも、それが障害のようなやむをえない事情なら、配慮するのは公的機関である学校としては仕方がないこと、なんだろう。
そういう意味では欠点や問題点があったとしても、改善や対処ができるかどうかで評価結果に影響がありそうだな」
「どういう意味だ、綾小路?」
「成長の余地がある、と言い換えてもいい。
有栖の身体の弱さは有栖の頑張り次第でどうにかなるような問題じゃないが、平田と櫛田の“怒れない”ということはその気になれば改善できるだろう。それと同じで有栖が先天性の障害持ちなんかじゃなく、ただの運動音痴だったらDクラス配属だったんじゃないか?」
「成長の余地か、成程。そう言われると坂柳がAクラスであることも納得できる」
……成長の余地、か。
その言葉を聞いて、平田くんを初めとしたクラスメイトは顔に喜色を浮かべる。確かに頑張れば成長できるとなると、希望を持てる言葉ではあるわね。
私に成長の余地はあるんだろうか?
いや、わかってる。私には足りていないものがある。
兄さんに憧れ、兄さんのようになりたいと思っていた。だから勉強も運動も頑張ってきた。だけど、兄さんのようになりたいと思っていた私は、兄さんのように中学で生徒会長になろうだなんて思わなかった。
何故だろう? 兄さんのようになりたいと思うなら、兄さんのように生徒会長になるべきだったんじゃないかしら。でも勉強と運動を頑張ることを言い訳にして、くだらないことなんかに関わりたくないと思いながら、生徒会長を目指すなんてしなかった。
……私は逃げていたのかしら。
私が中学のときに、兄さんみたいに生徒会長になれたかというと……きっと無理だ。人との関わりを持たなかった私は、あの中学のほとんどの生徒にとって私は精々“テストの点数が高い女子生徒”ぐらいでしかなかったでしょう。いえ、そもそも知られてすらいなかったかもしれない。
そんな私が、兄さんみたいに生徒会長になることなんてできるはずがない。今までそんなことを思いもしなかった。
そして、そのことに思い付けたということは、私に成長の余地があったということなのかしらね。
クラスの貢献している綾小路くんや平田くん、櫛田さんを見習って、私も今後のことを考えてみようかしら。
「こんにちは、Dクラスの皆さん。おじゃまします」
「失礼する」
そう、思っていると、教室のドアが開けられて、Aクラスの坂柳さんと葛城くん。他にAクラスらしき生徒が3名ほど教室に入ってきた。
……さっき、変な質問したから彼女の顔を見づらいわね。
「有栖か。まだDクラスの話し合いの途中なんだが」
「そう言わないで下さい、清隆くん。
Dクラスに対して、Aクラスから良い話を持ってきたのですから」
そう言いながら、それがさも当然であると言わんばかりに私の隣の席、つまり綾小路くんの席について、彼女はニッコリと笑った。
――――――――――――
『それに清隆くんみたいな、10代で金メダルを取る子なんてそうそうおらんしの。今後の話のネタにさせてもらうよ。
のう、
『若い連中とつるむのが本当に好きじゃの、片原会長。
ああ、申し遅れましたな、綾小路先生。本日、清隆くんと一緒にまわらせてもらう
『呉殿にも愚息がご迷……呉? 呉一族? ……いえ、失礼しました。呉殿にも愚息がご迷惑をおかけするかもしれませんが、何卒ご容赦の程をお願い致します』
『ホゥ、そこで顔に動揺をださずに取り繕うか、若いの。
……昔、付き合いのあったらしい連中から
『少々……耳に挟んだだけです。
(清隆、無事に生きて帰ってこい)』
後方師匠面兼彼女面のエントリー。長くなったのでここで切ります。やっぱり説明回は長くなりますね。というか、どうしてお気に入り登録数がいきなり3000を超えたんですか??? 途中で上昇数が怖くなったんですけど。
それと投稿初日ではタグに“原作知識アリ”を入れ忘れていました。周知のためにここに書いておきます。
まぁ、原作知識があっても、人格者であるとは限らないし、退学者を助けるかと言われるとそうじゃないんですけどね。
原作の小テストでは64.4点が平均値ですが、100点を取ったきよぽんと勉強を教えていた女子の分がいる分だけ平均値が上がっています。
なお、隣の席に変なのがいたせいで影響を受けた節穴の鈴音ちゃんですが、変わる決意を固めても失敗します(予告)
それに桔梗ちゃんもねー。気持ちはわかるけど、原作でもスルーしておけば気付かれなさそうでしたけどね。