似て非なるもの   作:アヒルのおもちゃ

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 ── 夢幻泡影(むげんほうよう)
 夢と幻と泡と影。人生の儚いことのたとえ。


 これは確かにそこにいた兄妹と家族の話。






第十話:夢幻泡影

 

 

 あの日、鬼によって私達の幸せを壊されるまで、私は兄さんと父の三人で暮らしていた。

 母さんは私が生まれて少し経った頃、流行病を患ってしまい、私が四つになる頃に亡くなった。

 

 突然流行りだした病だった事で薬も手に入りにくく、どんどん弱っていく母を見ていて怖くなるけれど、それでも私の笑った顔が好きだと良く褒めてくれていたから無理やりにでも母の前では笑うことにしていた。

 

 もちろん、そんな私の考えなど母には読まれているもので、むにむにと頬を遊ばれては、「貴方は優しい子ねぇ、泣いてもいいのよ。我慢なんてしなくていいの」と甘やかしてくれていたのをよく覚えている。

 

 

「…可愛くて優しい凪仁」

 

「かあさん?」

 

「お兄ちゃんとお父さんをお願いね」

 

「はいっ」

 

「貴方の笑顔は幸せを運んでくれる、母さんがそうだったもの」

 

「そうかな」

 

「えぇ、そうよ。お兄ちゃんを呼んできてくれる?」

 

「はい!」

 

 

 これが母と交わした最後の会話だった。

 あまり裕福な生活は出来なかったけれど、時間は短くても母は私達を愛してくれたし、母の分まで父は私達兄妹を沢山愛してくれて不満も寂しさもなかった。

 

 元々は武士の家系だったのか、父は剣術を教える道場の師範をしている人だったから私や兄さんが刀に触れる機会は恵まれていて、私よりも早く生まれた兄は父の教え子と共に剣術を教わっていた。

 

 

「いいか、錆兎」

 

「はい、父上」

 

「父はお前たちと共にいられない時間が多いだろう。お前は男であり、長男だ。凪仁が困った時、お前は必ず守りなさい。それは男であり、兄である務めだ」

 

「もちろんです」

 

「凪仁よく聞きなさい」

 

「はいっ」

 

「錆兎は男で兄だが、その前に一人の人間でもある。お前の兄が困っている時、父が傍に居ないことも多いだろう。そういう時はお前が兄を支えるのだ、それが妹であるお前の務めだ」

 

「はい、父さん」

 

「本来、女である凪仁に剣術を教えることは珍しいのだろう。だが、父と兄が必ず傍にいるとも限らない。自分の身は自分で守れるようにお前も次の稽古から参加しなさい」

 

「はい!」

 

 

 兄だけが剣術を習っていることは、私は羨ましかったからこの時に認めて貰えたことが何よりも嬉しかった。

 もちろん、私の住む村の女の子たちが木刀なんてものに触れる機会などなく、剣術を習うなんて以ての外で、だいたいはお筝やお花といった可愛らしいものを習っていた。

 でも、私の父は少し一般的な考えとは違って珍しい考えの持ち主だったのか、父と兄が傍にいない時に娘の私が自分の身を守れるようにと、父は私を兄と同じように厳しく鍛えてくれた。

 

 兄と比べて私は小柄だったし、力も無かったけれど、父さんはその分私に速さがあることを見つけてくれて、抜刀術というものを教えてくれた。

 兄さんよりも速さに自信がある私だからこそ、抜刀術の方が活かせるだろうし、もしもの時は走って逃げろという教えで私は兄と共に稽古場で他のお弟子さん達と共に木刀を振り続けた。

 

 

「錆兎、凪仁。一本勝負だ」

 

「はい。凪仁、いくらお前でも手加減しないぞ」

 

「わかってるよ、兄さん」

 

「では構え。……始め!」

 

 

 兄さんは昔から力が強く、父に似て熱き志を持っている荒波のような人だった。それに比べ、私はどちらかと言うと雪のようにふわふわ舞っていて、躱されているような気がしてならないとよく兄に褒められた。

 

 でも剣士としては雪よりも荒波の方がかっこいい。

 私はいつか、兄のように力強さで相手を倒せる剣士になることを夢見て、腕の力をつける為に井戸の水を積極的に取りに行ったり、逆立ちしながら廊下を歩いては注意されたりと、兄をよく困らせることもしていた。

 

 

「凪仁、何故逆立ちをしながら歩くんだ」

 

「えっと腕に力が付くかなと思って」

 

「怪我をするかもしれないだろう、父上だって心配していた」

 

「…ごめんなさい」

 

「努力をする事はいいことだ、でも無理にやりすぎても良くない。俺達は父上に言われた内容をちゃんとこなせばいい」

 

「うん」

 

「…ふっ、そんな悲しそうな顔をするな。母上はよく凪仁の笑った顔が好きだと言っていただろう?」

 

「…うん」

 

「俺も父上もお前の笑った顔が好きだ、悲しそうな顔をするぐらいなら少し悪戯をして笑ってくれた方がいい」

 

「うんっ!」

 

 

 それでも、やっぱり兄さんに負け続けてしまうことも悔しく、同じ稽古場の父さんのお弟子さんの中にいる同年代の子達に負けるのも悔しくて、私は必死に木刀を振り続け、父が私にだけ教えてくれた抜刀術をひたすらに庭先で身体に覚えさせるように稽古に励んだ。

 

 稽古の日じゃない時は父さんに許可を貰って、兄さんにひたすら相手をしてもらいながら床に転がされたり、木刀が額にぶつかる時も多々あった。

 腕や足の打撲なんて数えるのが無駄になるほど出来ていて、同年代の女の子たちと比べると手にも剣だこが出来ていた事もあり、可憐なんて言葉は無縁に等しかった。

 

 

「遅い!隙が多いぞ!」

 

「はい!」

 

「抜刀をすることに意識を向けすぎるな!お前の剣術は、そこが弱点にもなることを頭に入れろ!」

 

「はい…っ!」

 

「っ!今の足捌き、父上から盗んだのか!」

 

「もちろん!」

 

「後で父上に見せてみろ!きっと褒めてくださる!」

 

「はいっ!」

 

 

 それから暫くそんな日々が続き、私が10歳になる頃、遂に私は一回りも大きい同年代のお弟子さんに1本とる事が出来、兄さんはもちろん、ずっと共に稽古してきたお弟子さん達にも沢山褒められた。

 

 

「二人とも来なさい」

 

「はい、父上」

 

「はい、父さん」

 

「よく頑張った、これは父からの贈り物だ」

 

 

 風呂敷を二つ渡されて私と兄が受け取れば、中にあるのは綺麗な蒼色に染められた着物で私は丁寧に取り出し、広げればかなり大きいけれど裾などを折ったりすれば長く着られそうな綺麗な物で羽織としても着られそうだった。

 よく見れば、ただの蒼色ではなく雪輪の柄が施されていて、隣にいる兄が持っているのは亀甲柄の緑と黄色の綺麗な着物。

 

 

「着物として着てもいい、羽織としても着ても構わない。そろそろ新しいものがいるだろうと思ってな、母さんが亡くなる前に買っておいたものだ」

 

「…母上が?」

 

「そうだ、それを着た二人の姿を楽しみにしていた」

 

「…母さんが選んでくれたもの」

 

「その2つを選んだとき、彼女はこう言っていた」

 

 

 ── 錆兎と凪仁、二人で強く生きて欲しい。そして繋いで欲しいのです。

 あの子達はとても賢く、強く、そして自慢の子達です。流行病を患ってしまい、あの子たちの成長が見られぬ私ではありますが、錆兎と凪仁の母になれたことが最高の贈り物なのです。

 

 

「…いつか、これを着て誰かを救い、助け、繋いでいく人になることが楽しみなのだと言っていた」

 

「…母上。俺は必ず、父上と母上が誇りに思ってくださる男になります。凪仁を守ってみせます」

 

「母さんと父さんの立派な子になります!」

 

「…あぁ、お前達は繋ぐのだ。私や母の想いを、生きて次に繋いでいくんだ」

 

 

 それからすぐに私たちは自分たちの部屋に飛び込んで着替え、父さんの前に戻れば兄さんは着物として中に着ていて、羽織は父さんとお揃いの白い羽織を合わせていて、私は裾と袖を帯で工夫して折りあげて羽織として戻れば、父さんは嬉しそうに頷いてくれた。

 

 裕福な生活が出来ずとも幸せだった。尊敬する父がいて、姿は見えずともいつでも見守ってくださる母がいて、そして大好きな兄さんと切磋琢磨できるお弟子さん立ちに囲まれた生活は間違いなく幸せな日々だった。

 

 でも、そんな幸せが硝子のように脆く、儚い物の上で成り立っている事など知らず、当たり前の幸せは突然、理不尽な程に壊されるものなのだと身をもって感じた。

 突然、夜遅くに悲鳴が聞こえたかと思えば、父は静かに刀を手に取り、私と兄さんにも真剣を持つようにと言った。

 

 

「ち、父上」

 

「…良いか、私が外に行って見てくるがお前たちも自分の身を守るために真剣を握っていなさい。腰に鞘の付け方は覚えているな」

 

「はい……。凪仁、俺が付けるからじっとしていろ」

 

「う、うん…っ」

 

「錆兎、お前は真剣を抜いて右手に持ち、左手で凪仁の手を握っていなさい。凪仁、お前は決して左手を必ず鞘から外すな」

 

「はい…!」

 

「と、父さん……っ」

 

「凪仁心配するな、父は師範だ。盗人に負けるほど弱くはない、だがもし異変を感じた時は父が出た方とは逆から外に出て二人で逃げなさい。必ず、父がお前たちを迎えに行く」

 

「…っはい、凪仁、俺から離れるな」

 

「…うんっ」

 

 

 私と兄さんの頭を優しく撫で、父は真剣な眼差しで外に出ていった。

 悲鳴は鳴り止まず、私は震える手で兄さんの手をぎゅっと握り締めれば、兄さんもギュッと同じぐらいの強さで私の手を握る。

 外でいったい何が起きているんだ、この村で盗人が出るなんて長閑な村なのに信じられなくて、兄さんと呼ぼうとした瞬間だった。

 

 大きな音がして、何かと思えば父らしき人が吹き飛ばされたのか、目の前の障子にぶつかって、さっきまで優しく、穏やかな声だった父が稽古中ですら滅多に聞かない怒鳴り声を上げた。

 

 

「錆兎!凪仁!今すぐ逃げろ!!」

 

「ぁ…!凪仁走れ!!」

 

「兄さん…!」

 

 

 父が出た方とは逆から逃げるように走り出した兄の手に引っ張られ、私は父さんが心配で振り返ってしまったのが行けなかった。

 振り返った先にいたのは、私と兄と同じ宍色の髪どころか、全身が血だらけで片腕を無くした父と私達の頭を撫でてくれた父の腕を貪る異形の何か。

 

 立ち止まってしまいそうになる私の脚を兄が無理やり引っ張ることで、何とか動いているけれど私は必死に兄に向かって、父さんがと泣き叫んだ事で兄も振り返ってしまい、私が見たものを見えたのか唖然とするものの、それでも足を止めることなくひたすら走る。

 

 あっと思った時には遅かった。

 その異形の何かと目が合ってしまい、身の毛がよだつような笑みを向けられ、声にもならない悲鳴をあげれば、異形の何かがこっちに来ようとする。

 

 

「私の息子と娘の元に行かせるか!!私の命を賭けてでも、あの子達は貴様なんぞに食わせん!!」

 

 

 父のそんな声が聞こえて、私と兄は必死に森の中に逃げながら刀からは決して手を離さずに走り続ける。

 あの異形はいったいなんなんだ、どうして私達の大好きな父の腕を食っていたんだ。

 父は無事なのか、今すぐにでも戻れば父の手助けになるかもしれない。

 

 月の光だけを頼りに、必死に走り続ける兄の背中を見ながらそう思ったと同時に、突然月の光が遮られて私は上を見上げればさっきまで父が立ち向かっていたはずの異形の何かと目が合う。

 

 その口元を汚した血は誰のだ。その手を染める血はいったい誰のだ。

 お前が今、手に持って食っている手はいったい誰のだ。

 

 目を逸らしたいのに、目を逸らせなくて、左手を添えてる鞘を持つ手が強くなっていく。

 そして空いている異形の手が真っ直ぐに伸びた先は、私の大好きな兄の首元で私は咄嗟に大きな声で兄を呼び、兄を守るように抱きついて目を瞑る。

 

 

「兄さん!!!」

 

「なぎ…と……!?」

 

 

 突然、私が大きな声で呼ぶものだから兄も違和感に直ぐに気付いたのか振り返ってしまい、私はその兄を庇うように、異形の爪を背中で受け止めれば飛び出す真っ赤な血。

 

 今まで感じたことの無い痛みが全身に走り、意識を刈り取られそうになるものの、何とか堪えて兄さんだけでも逃がさないとと思い、必死に手を動かして兄さんを突き飛ばす。

 

 兄さんの目が見開かれ、私が地面に倒れれば突き飛ばしたはずなのにすぐに戻ってきて、そんな私を咄嗟に支えてくれる。

 支えてくれた拍子に見た兄の頬が血だらけで、どうやら私の身体が小さかったせいで全てを受け止めきれず、肩より先に伸びた異形の手によって兄さんの頬が斬られてしまった。

 

 

「…にい…さん」

 

「凪仁!しっかりしろ…!」

 

「……にげ…て」

 

「貴様ぁ!!!」

 

「ヒヒッ!餓鬼ガ二匹イル!」

 

「父上を、父上をどうした!!!」

 

「宍色ノ男カァ?食ッチマッタナァ!」

 

「巫山戯るな…!父上と凪仁を…!」

 

 

 右の口角から頬にかけて血を流す兄さんだって、このままじゃこの異形の何かに食われてしまう。

 私は必死に動こうとするけれど、ジクジクと広がっていく痛みと引いていく血の気に自分が死んでしまうのも時間の問題なのだと幼いながらに理解していた。

 

 それならせめて父さんを救えなかったのなら、せめて兄さんだけでも生きて欲しい。私が食われている間の短時間でもいい、どうかここから逃げて欲しい。

 

 

「にい……さ」

 

「…俺は男だ、父上と母上の子だ。凪仁の兄だ、貴様は俺が殺す!」

 

「おね、がい……にげ……て……」

 

 

 涙を流し、痛みに堪え、異形の何かを怒りのままに睨む兄へと手を伸ばすけれど、兄は私に背を向けたままで私の姿は見えていない。

 強い父さんすらも叶わなかった相手だけれど、誰でもいい、兄さんだけでもいいから救って。

 

 お願いです、神様。

 兄さんは誰よりも剣術の才能がある人で、これから多くの人を救える人で、こんな所で死んでいい人なんかじゃない。

 兄さんだけでもいいから、私は死んでもいいから兄さんだけでも。

 

 いや、違う。兄さんを守るのは神様じゃない。

 凄く痛い、苦しい、だけどあと一度だけなら動けるから。

 父さんも奪われてしまった私に残された、たった一人の家族。

 

 ── 力を貸して、父さん、母さん。

 

 

「兄さんに触るな…!」

 

 

 歯を食いしばり、飛びそうな意識を無理やり繋げ、腰にあった真剣の鞘に左手を添えて息を吸うように構える父さんの元でひたすら鍛え続けた抜刀術。地面を強く踏んで立ち上がり、もう一歩前に足を出し、勢いよく抜いて、今すぐにでも兄さんに掴みかからんとする腕を切り落とす。

 

 そのまま、ふらつく身体を動かして兄さんをかばうように前に出れば、後ろから兄さんの声が聞こえる。

 兄さんは絶対に守る、だって兄さんを守るのは妹の務めだから。

 

 

 ── 水の呼吸 参ノ型 流流舞い

 

 

「遅くなってすまないっ、君たち大丈夫か!?」

 

 

 そう願った時、私と兄さんを守るように現れたのは美しい水の一筋で、さっきまでの異形の頸をあっという間に斬った姿は、まるで水神様のようだった。

 

 あぁ、誰かは分からないけど兄を救ってくれた。

 それならもう兄さんの命を脅かす存在はいないだろうし、居たとしても水神様が助けてくれるから大丈夫。

 

 そう思った途端、次第に身体から力が抜けて瞼は重くなっていき、私は立っていることも困難で後ろに倒れる。

 そんな私を咄嗟に支えてくれた兄さんと水神様が駆け寄ってきて、必死に声をかけてくれるけれど、私はその返事をする余裕すらもなくて、ただただ泣きそうな兄の裾を握ることだけしかできなかった。

 

 

「…にい、さん」

 

「なぎとっ!死ぬな、頼む……っ」

 

「隠!この子を今すぐ処置してくれ!」

 

 

 眠くなってきた。何度も呼びかけてくれる兄へ反応も出来なくなり、兄の無事だけを願って私は目を瞑った。

 

 次に感じたのは背中の痛みとポカポカと感じる陽射しに目を覚まし、最初に視界に写ったのは見慣れた宍色の髪。

 私はどうやら兄さんの背中に背負われているようで、たまに足にぶつかるのは兄さんの腰にささっている兄さんと私の真剣だ。

 

 

「……にいさん」

 

「凪仁!目が覚めたか…!」

 

「……ここ、どこ…?」

 

「今は鱗滝左近次殿が住む狭霧山という場所に向かっている」

 

「狭霧山……ぁ、兄さん、父さんは…!」

 

「……父上は鬼という存在に殺された、俺達を救ってくれた人を覚えてるか」

 

「…水神様みたいなひと?」

 

「そうだ、その人たちは鬼殺隊と言って俺達のように鬼に家族や大切な人を殺されないように鬼を滅する組織だそうだ」

 

「…おに……父さん…っ」

 

「…凪仁、俺達は生きて繋ぐんだ。父上が命を懸けて、俺達を守って繋げてくれたように」

 

「……ん、つなぐ…っ!」

 

「泣いていいんだぞ、凪仁。お前はいつも堪えるが下手なんだから」

 

「…っ」

 

「鬼殺隊に入隊したら二人で父上と母上のもとに挨拶へ行こう、父上は母上と同じ場所で眠っている。お前は意識を失っていて挨拶出来なかったからな」

 

「……うんっ」

 

 

 泣いて喚き、騒ぐことは弱い証だと思っていた。

 母さんが亡くなった時すら、父は悲しそうな辛そうな顔はしても泣くことはなく、私達を抱きしめるだけだった。兄さんだって必死に堪えていたから私も堪えるべきなのだと、私は兄さんが教えてくれた母さんが好きだと言ってくれた笑顔を頑張って作って、誰もいない場所でこっそり泣いていたのがバレていたようだった。

 

 でも、この日は笑えなかった。隠せなかった。

 私より一回り大きい兄の背中に背負われ、兄の肩を掴んで泣き喚いた日は、私達が天涯孤独の身となった日で、私の大切な家族は兄だけとなった日だった。

 

 背中の傷は兄さんが鬼殺隊という人に貰った塗り薬を塗りながら、兄さんに背負われて狭霧山という場所に向かって歩き続けるけれど、やはり塗り薬も次第に余裕が無くなり、兄さんは自分の頬に塗る事をやめてしまったし、私の背中の傷も焼かれるように熱くなり始める。

 

 誰よりも動揺しているのは兄さんで、だけど私を不安を感じさせまいと兄さんはいつものようになんてことない話題を振りながら、少ないお金でやりくりしてくれる日々。

 

 

「…凪仁、しっかりしろ。絶対にお前は兄が助ける」

 

「兄さん……ほお、痛くない…?」

 

「あぁ、俺のことは気にするな。男ならば、こんなものなんて事ない。そうだ、病院を探そう。狭霧山はあと二つ山を超えた先にあることはわかっているが今は凪仁の怪我が優先だ」

 

「君たち!」

 

「…すまない、妹が怪我をしているんだ。この村のどこかに病院は」

 

「私は薬師だから家に来なさい、君たちと歳が近い娘もいるから」

 

 

 そう言われて出会った人は、黒髪の男性で兄さんはとても警戒していたけれど、そんな兄を見て男性の方は無理に家に連れていくことも無く、私達兄妹を近くで座らせ、背負っていた箱から幾つか薬草を取りだし、すぐに何かをし始めた。

 

 警戒していた兄も何かを見てわかったのか、すぐに私を下ろして男性の近くまで運んでから男性にお金が無いからと言うけれど、男性はお金なんて要らないの一点張りだった。

 

 

「私は胡蝶重幸(しげゆき)、この村で薬師をしている者だ。娘たちと同じ年頃の子がこんなにも大きな怪我をしているのにお金なんて要らないよ」

 

「……ありがとう…ございます」

 

「お兄ちゃん、君と君の妹さんのお名前は?」

 

「…俺は錆兎です。妹は凪仁」

 

「錆兎くんと凪仁ちゃんだね、二人ともかっこいい名前だ。少し背中が冷たいかもしれないが頑張れるかい?」

 

「…ん、だいじょうぶです」

 

「ありがとう。錆兎くんもよく頑張った、君の頬も後で処置するから安心しなさい」

 

「…すみません、ありがとうございます胡蝶先生」

 

「ははっ、先生だなんてそんな大層なものでは無いよ」

 

 

 胡蝶先生は慣れた手つきで私たちの怪我を処置し、子供だけで歩いてるだけでもおかしいのに、私を下ろしたことで兄の背中には隠すように刀がある事もわかっているはずなのに何も聞かずにいてくれた優しい人だった。

 

 それから兄に話せる範囲で構わないから、私達の状況を教えて欲しいと言われ、兄が話すと何と処置が終わって家族にならないかとまで誘ってくれた。

 無賃で助けてくれただけでも私達にとっては本当に有難かったのに、そんなお世話にまでなれないから断れば先生は何処か心配そうな顔をしていた。

 

 

「それなら、せめて君たちが行こうとしてる場所まで辿れるように準備の手伝いだけさせてくれないかい?錆兎くんと凪仁ちゃんと出会ったのも何かの縁だと思うんだ」

 

「…しかし、胡蝶先生」

 

「家内に頼んで食事も用意してもらおう、少しだけ家で休んでいきなさい。娘達とも会えたら仲良くなってくれると嬉しいよ。刀の事もそんな事情があるなら持っていても私は何も言わないよ、しっかり隠しておきなさい」

 

「…ありがとう、ございます」

 

 

 案内された場所はすぐ近くのお家で、胡蝶先生は奥さんに何かを伝えると奥さんも私達の頭を撫でてからすぐに台所にかけていった。

 胡蝶先生は風呂敷に調合して作ったばかりの薬はもちろん、薬草などの知識が全くない私達でも分かるようにと調合の仕方や薬草の探し方を書いてくださった書物や調合に必要な先生のお古だという器具たちを持ってくる。

 

 さらには干し肉などの非常食まで包んでくれて、兄さんはいくら何でもお礼をさせて欲しい、ずっと何か手伝わせてくれと言っていて、何とか手伝えそうな畑を耕しに出かけた。

 

 私も何かしなければ、そう思うけれど、胡蝶先生は笑って怪我を治してくれればいいとだけ言われたら何も出来なかった。

 結局、台所から私達のご飯を奥さんが持ってきてくれた頃には胡蝶先生は旅支度を整えてくれていて、兄さんも戻ってくる頃になった。

 

 

「ごめんなさいね、娘たちを紹介したかったのだけれど花を積みに出かけちゃったばかりだったの」

 

「急いで書き記したものもあるから読みにくかったらすまないね」

 

「とんでもないです、俺達は先生のように知識が無いのでありがとうございます」

 

「…山を超えるのよね、気を付けてね」

 

「はい、本当にお世話になりました」

 

「ありがとうございました!」

 

「…本当に家に留まらなくていいのかい?」

 

「…はい、お気持ちはとても嬉しいですが俺たちにはやらねばならない事があります。でも必ず、このお礼をしにまた戻ってきます、お借りしたものも返しに、その時に娘さん達にもご挨拶させてください」

 

「お礼だなんて、君たちが元気でいてくれるだけで私たちは嬉しいよ。お礼なんて関係なく、いつでも来てくれて構わないし私たちは歓迎するよ。私の娘は姉妹でね、二人とも蝶の髪飾りをお揃いで付けているから、もし何処かで会ったら仲良くしてくれると嬉しいよ」

 

「なぎちゃん、貴方もまた来てね。上の子は錆兎くんと同い年でね、下の子は貴方の二つ下だから娘達ともきっと仲良くなれると思うわ」

 

「はいっ」

 

「…どうか二人が幸せに生きて、また我が家に来てくれることを願っているよ。だから無事でいておくれ、錆兎くん、凪仁ちゃん」

 

 

 お二人に私たちはしっかり頷き、指切りげんまんっと小指を結んで約束して別れた。本当に優しいご夫婦だった。

 胡蝶先生達のおかげで痛かったはずの私の傷は熱も引き、傷跡が消えることは無かったけれど酷くなることは無かったし、狭霧山までの道のりは険しかったけれど、胡蝶ご夫妻が用意してくれたもののお陰で食事にも困らず、私と兄さんは絶対に鬼殺隊に入ったらご夫妻にお礼に行こうと決めた。

 

 

「…凪仁」

 

「何?兄さん」

 

「誓いをしないか」

 

「誓い?」

 

「そうだ、父上が良く言っていただろう。必ず守る約束のようなものだ」

 

「うん、誓う!」

 

 

 ── 一体でも多く、俺たち兄妹で鬼を斬ろう。

 強くあれと願い、守ってくれた父のように強く。

 

 

「俺達は生きて繋ぐんだ、きっと母上もそう言ってくれる。父上のように強く、そして胡蝶先生のように優しい剣士になろう」

 

「うんっ」

 

 

 そうしてやっと着いた場所は、兄が助けてくれた鬼殺隊の人に教わったという狭霧山の麓。

 胡蝶先生の薬のおかげもあって、私は兄に背負われずとも歩く事が出来るようになり、二人で頷きあって登ろうとした瞬間、目の前に赤色の天狗面。

 

 

「っ!?」

 

「うわあ!?」

 

「…何用にここへ来た」

 

「鬼殺隊に入るためには、育手という人の元で修行する必要があると聞きました」

 

「剣術は父さんに教わっています!何も出来ない子供じゃありません、繋いで行くためにここで稽古をつけてください!」

 

「…名はなんと言う」

 

「俺は錆兎です、苗字は父に聞く前に父が亡くなったため分かりません。隣にいるのは妹の凪仁です」

 

「妹の凪仁です」

 

 

 それが鱗滝左近次さん、師匠との出会いだった。

 師匠は黙って私達を小屋にまで連れて行ってくれて、もう一度、鬼という存在の事や鬼殺隊というものについて詳しく教えてくれた。

 鬼舞辻無惨という鬼の主が存在し、その鬼が生まれ、私達のように鬼の被害で家族を殺された人が多いこと。

 

 鬼殺隊はそういう人たちが育手という人の元で鬼を殺すために使う呼吸を教わり、少しでも被害を止めるために鬼殺隊に属して鬼を斬っている政府の非公式組織だということ。

 そして師匠は、そこで水柱と呼ばれる最も位の高い剣士であったこと。

 

 

「…お前達は何故鬼殺隊に拘る」

 

「……俺たち兄妹は父上に守られました、そして俺はあの剣士殿が来なければ凪仁にかばわれ、妹すらも失っていたかもしれません」

 

「…兄さん」

 

「俺は男で、凪仁の兄です。男であるならば、兄であるならば刀を振るい、父上が繋いでくれたように生きて繋ぎたい」

 

「…お前もか」

 

「兄さんと決めたんです、二人で一体でも多く鬼を斬るって。父さんが守ってくれたように生きて繋ぐ、それにここに来るまでに優しいご夫妻に会いました。そんな人になりたい、だから鬼殺隊に入りたい」

 

 

 鱗滝さんは何も言わず、私達兄妹をまた山の麓まで連れていくと、罠だらけのこの山を登って朝日が昇るまでに戻ってこいと試練を残した。

 

 私と兄さんは頷いた、こんなところで立ち止まっている暇なんてない。私達は絶対に鬼殺隊に入り、父さんのように強く、そして胡蝶ご夫妻のように優しい人になるために。

 何度も死にかけるような思いをしながら罠を掻い潜り、時には兄と共に乗り越え、何とか朝日が昇るまでに小屋に着けば鱗滝さんはとても複雑そうな雰囲気をされていたけれど私達は認められた。

 

 それからは、冗談抜きで父さんの稽古が優しく感じるほどに死ぬような稽古が続いた。

 鱗滝さんは元水柱ということで、私たちが最初に教わったのは全集中の呼吸と呼ばれる特殊な呼吸法と水の呼吸と呼ばれる剣術だった。

 ある程度の形や呼吸の仕方を教わった後、鱗滝さんは何も教えることがないと急に言ってどこかへ行ってしまい、私は抜刀術の癖が付いているから兄と違って上手くいかず、どうしようかと悩んでいた時だった。

 

 

「おー、今度の弟子は凄い子達じゃないか」

 

「ボクも手伝うよっ」

 

「誰だ!」

 

「狐面…?」

 

「俺は(はやて)、鱗滝さんのもとで修行してたから君らの兄弟子だな」

 

「ボクは千景(ちかげ)、姉弟子さ」

 

「兄弟子と姉弟子……だと?」

 

「さて、そんじゃまあ兄貴の方は俺が鍛えるとして千景はお嬢さんの方頼むぜ」

 

「任せてよー、お嬢さんはボクと一緒に頑張ろうね」

 

「は、はいっ」

 

 

 黒髪の颯と茶髪の千景。

 母さんが亡くなって以来、胡蝶ご夫妻の奥さん以外の女性となんて話したことがなかった私にとって千景さんは何だか姉のような存在だった。

 

 兄さんが颯さんに教わってる間、私はずっと千景さんに何度も何度も稽古をしてもらい、私は抜刀術が得意だということを理解すると千景さんはどこか楽しそうにしながら笑っていた。

 

 

「凪は抜刀術が得意なんだ。ボクと一緒だね」

 

「そうなんですか?」

 

「うん。だからね、抜刀術で水の呼吸をやればいいんだよ」

 

「……え?」

 

「基本の形のままだと凪はやりずらいだろうからね、ボクもそれで工夫してたし」

 

「え、出来るの!?」

 

「出来るよー、死ぬ気で頑張れば」

 

「…千景さんが出来たなら僕もやる」

 

「ありゃ?ボクの話し方移っちゃった?」

 

「え?わかんないけど、僕はずっと男の人しか周りにいなかったから千景さんがそう言うならそうかも」

 

「あちゃー!お淑やかとは無縁な子になるかも!」

 

「それどういう意味?」

 

 

 四六時中一緒にいるのだから話し方が似てくるのも無理は無いと思う。

 稽古が終わって兄さんに話しかけられた時、最近目を見開かれていたのはこの事だったのかと納得したけれど何だか複雑だ。

 

 でも千景さんのお陰で、水の呼吸を抜刀術で扱えるようになり、兄さんと師匠に驚かれながらも褒められた頃、千景さん達は私たちの前に来て教えてくれることが無くなった。

 兄さんはきっと二人は素晴らしい隊士で、空いた時間に来て鍛えてくれていたのだろうと言っていたから鬼殺隊に入れば、また二人に稽古してもらえる日がまた来ると信じていた。

 

 

「兄さんの傷、残っちゃったね」

 

「まだ気にしていたのか」

 

「…だって、僕が身体が小さかったから」

 

「お前は女の子だろう、傷跡を気にするなら自分の傷跡を気にしろ」

 

「僕のは胡蝶先生のお陰でだいぶ分からなくなったよ」

 

「…あぁ、でも本当に胡蝶先生は凄いな」

 

「元気だといいな、今度は僕も何か手伝いたい」

 

「そうだな、鬼殺隊に入隊したら最初にご挨拶に向かおう」

 

「手土産も考えないと」

 

「あぁ、そうだな……っ、凪仁!吹きこぼれてるぞ!」

 

「不味い、火加減強すぎた!」

 

 

 千景さんに教わった抜刀術の水の呼吸が身体に馴染み、師匠が町に用事があると出かけているから夕食を兄と共に作っていた頃だった。

 町に行ったはずの師匠の鱗滝さんの背中に背負われてきた私達の弟弟子、冨岡義勇と出会い、そして数日後に鱗滝さんがまた背負ってきた後に親友となる真菰と出会ったのは。

 

 

「俺は錆兎という、凪仁の兄だ。苗字は分からない」

 

「僕は凪仁、兄さんの妹だよ」

 

「…ぼ、ぼくは冨岡義勇」

 

「私は真菰!錆兎、凪仁、義勇よろしくね!」

 

 

 後にも先にも、4人が揃った瞬間は兄さんと義勇が最終選抜に行くまでの一年間だけだった。

 これが私達、鱗滝一門の初めての出会い。

 

 血の繋がりが無くても、私達は確かに家族だった。

 

 

 

 

 









 幸せはいつも脆く儚い物の上で成り立っている。

 一度ヒビが入ってしまえば簡単に壊れるこの世界
 それを忘れてはならなかったのに忘れていた。








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