似て非なるもの   作:アヒルのおもちゃ

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あのとき、兄さんは何て言おうとしたのだろう。
その言葉を知ることは叶わなくなった。





第十一話:澄んだ水が濁るのは

 

 

 私と真菰が同い歳でお互いに速さという武器を持ち、仲良くなって親友になるまでが早かったように、兄さんと義勇が親しくなるのも早かった。

 時々、義勇の自信の無さによる発言や負の感情を滲ませる言葉に対して、我慢ならないと兄さんが怒る姿も多かったけれど、それでも昔、父さんの稽古までお弟子さんと話していた頃のような兄さんを見られて私は嬉しかった。

 

 

「あーあ、錆兎また義勇泣かせちゃってる」

 

「兄さんは男であることを誇りに思ってるから、義勇の負の感情に流されやすい部分は気になるんだろうね」

 

「二人同い年だけど、何だか兄弟みたい」

 

「僕も思ってた、年齢は兄さんと同い年だけど義勇は末っ子」

 

「ねー。でも凪仁はもう少し錆兎に甘えてもいいと思うなぁ?」

 

「…ふふ、もう十分甘えたからいいさ」

 

「悩んで夜あんまり寝れなくなってるのに?」

 

「っ!」

 

「月を見ながら考えてるの知ってるよ。何に悩んでるの、凪仁は」

 

「…悩んでないよ、大丈夫。夜の空気が好きで偶に過ごしてるだけ」

 

 

 縁側に座り、手拭いで汗を拭く真菰と木刀の手入れをする私は少し遠くで兄さんと義勇の稽古を見ながら言葉を交わしていれば突然の内容に戸惑いつつも笑って返す。

 まさか、夜にあまり寝れてないことが気付かれていたなんて、確かに同じ部屋で隣に布団を敷いて寝てはいるけど、皆が寝静まった頃に月を見てボーっとしてたのが気付かれてるとは思わなかった。

 

 でも、この悩みはあまり人に言えない。

 大好き師匠である鱗滝さんにも、兄である兄さんにも、ましてや真菰や義勇になんて言ったら二人は辛い想いをするに決まってる。

 

 

「凪仁って隠すのが癖になっちゃってるんだね」

 

「え?」

 

「錆兎がね、前に言ってたの。凪仁は本当は泣き虫なのに、両親や錆兎が笑った顔が好きって言ったから泣くのを我慢するんだって。泣き慣れてないから泣くのは下手って」

 

「…泣き虫じゃないんだけど」

 

「ふふっ。私だって凪仁の親友、家族だもん。凪仁が悩んでるのぐらいわかるよ、解決しないかもしれないけど教えて欲しいな」

 

「…でも」

 

「その悩みは一人で解決できるの?」

 

「…どうだろ、わからない」

 

「一人で悩んでるってことは錆兎に話せないんでしょ?義勇にも」

 

「…うん」

 

「それなら私には話して、どんな事でもいいの。私は凪仁の悩みを聞いて怒ることもしないし、それで傷付くことなんて絶対にない」

 

「絶対って、それは言い過ぎじゃ」

 

「言い過ぎじゃないよ。それにね、独りじゃ抱えきれないことも二人なら抱えられることもあるよ」

 

「…真菰」

 

 

 真菰の温かい手でキュッと優しく握られる私の手は、微かに震えていてその震えを止めるように更にぎゅっと力を込められる。

 

 この考えを彼女に伝えていいのだろうか。

 鱗滝さんから鬼の存在を詳しく聞いて、自分なりに考えた結果がこの思いだったけれど、この思いは恐らく鬼殺隊に入隊したいと思っている皆にとっては理解し難い考えなのはわかってる。

 

 それでも、真っ直ぐに見つめられるその優しい花緑色の眼差しと微笑みが絶対に誰にも話してはいけないと決めていた心の氷がゆっくりと溶かされていく気がする。

 あぁ、真菰には勝てないな。

 

 

「……気分、悪くなるかもしれないよ」

 

「ならないよ、大丈夫」

 

「…っ、その」

 

「うん」

 

「……ここに来て鱗滝さんに鬼殺隊と鬼のことを聞いてから、ずっと考えてたことがあって」

 

「うん」

 

「自ら鬼となって、人を襲って喰う悪鬼は殺すべきだって思う」

 

「そうだね」

 

「…でも、なりたくも無いのに鬼となって人を喰ってしまってる鬼は可哀想だと思って」

 

「…うん」

 

「鬼が父さんを殺したのも、兄さんを傷付けたことも分かってる。だけど、自分が人であった頃を忘れて人を喰って、日を浴びることも叶わなくて、最後は塵となって消えるのが」

 

「…うん」

 

「……凄く、可哀想な生き物だなって」

 

「…そっか」

 

「…ごめん」

 

「ううん、私こそごめんね。凪仁のその考えをちゃんと全部理解してあげたいんだけど」

 

「おかしいよね、ごめん、変なこと言って」

 

「凪仁はきっと、すごく凄く優しいんだね」

 

「…優しい?僕が?」

 

「鬼にも慈悲を向けられる、優しい人なんだよ。多分、どんなに凄く出来た人でも憎む人が多いから」

 

「…真菰」

 

「全部は分かってあげられないけれど、否定しないよ。それから折れちゃダメだよ、それは凪仁の考えた大切な凪仁の意思だもん」

 

「…ありがとう」

 

「きっとね、何処かにいると思うんだぁ」

 

「え?」

 

「凪仁の考えと同じ考えの人、多くは無いかもしれなけれど生きていたらきっと出会えると思うよ」

 

 

 怒ったっていいのに、私の事を否定せずに受け止めてくれたのに嬉しくて私は泣きそうになるのを堪え、慌てて顔を伏せて隠す。

 予想していた反応と違う反応で返ってきたものだから、正直戸惑っているのが本音だった。

 

 そうして顔を伏せ、黙り込んでも真菰も何も言わずに隣にいてただただ静かな時間が流れていく。

 暫くして突然、兄さんのまた厳しい声が飛んできて視線を向ければ、いつもより派手に飛ばされたのか地面にひっくり返ってる義勇。

 

 

「…わぁ、見事に転がされてる。義勇大丈夫かな」

 

「ひっくり返ってる義勇、久しぶりに見たな」

 

「錆兎って私たちにも厳しいけれど義勇に一番厳しいよね」

 

 

 さっきまでの雰囲気は消え、話題は兄さんと義勇の話。私や真菰にも厳しい兄さんだけれど、特に義勇に厳しいのは大切に思っているからこそなのは妹の私がよく分かっている。

 

 何故なら、父さんがそうだったから。

 お弟子さんにももちろん厳しい人だったけれど、私と兄さんの稽古の時はもっと厳しくてお弟子さん達にもよく言われたのだ。

 それに私と真菰は分かっているけれど、義勇だけがまだ気づけていないことがあって、兄さんはそれをきっと気付かせたいんだ。

 

 

「…兄さんは義勇に気づいて欲しいんだよ」

 

「気付いて欲しい?」

 

「うん、生きて、繋がなければいけないってこと」

 

「…そうだね」

 

「義勇にはそれを気付いて欲しいんだと思う、お姉さんではなく自分が死ねばよかったと思ってる義勇に」

 

「…大丈夫かなぁ」

 

「大丈夫だよ、流石に兄さんだって義勇が刀を握ったばかりって分かってるから加減すると思う」

 

 

 今も尚、目の前で遠慮なく木刀で叩かれたり、転んだりして泥だらけの義勇を心配そうに見つめる真菰に言えば、真菰も安心した微笑みを浮べる。

 いくら厳しい兄さんであっても、木刀でぶつ場所は腕や脚、胴であって義勇の顔とかだったりしないし、義勇の涙も悔しさ故にだから大丈夫だと信じていた。

 

 まさかそれが楽観的な考えだとは思わず、数日後に気まずそうな顔をする兄さんと大泣きで頬を赤く腫らした義勇が小屋に戻ってきた日は鱗滝さんが怒るよりも先に私が怒っていた。

 

 

「…兄さん、どういうことか説明してくれますよね?」

 

「……お前は怒ると母上に似ているな」

 

「早く説明してください」

 

「凪仁違うんだ、ぼ、僕が悪くて……っ」

 

「義勇は黙ってて下さい、兄さん話してくれますよね?」

 

「…すまない」

 

「はいはい、義勇ー!冷やさないと痛いままだよ〜!」

 

「真菰ありがとう…っ」

 

「錆兎のことは凪仁に任せて、義勇はこっちおいで〜」

 

「何度も言いましたよね、兄さんは経験者ですが義勇は経験者では無いんです。それに顔の傷は消えずらいし、義勇だって結婚前の男の子です」

 

「…つい、義勇の言葉に冷静さを失ってしまった」

 

「剣士たるもの、いついかなる時も冷静に。父さんも申されてました、感情の制御が出来ない者は未熟者だと」

 

「…すまない」

 

「どうせ兄さんのことだから、何度口で言ってもわからない義勇に耐えられなくなって手が出て殴ったんでしょう」

 

「……。」

 

「何とか言ったらどうです?」

 

「…すまない」

 

 

 この時、私は知らなかったけれど普段は誰よりも勇ましい兄が正座をし、私にただただ謝罪をし続け、黙って説教を受けてる姿に義勇は違う意味で恐怖を覚え、真菰は「やっぱり兄妹だね〜」なんて微笑みながら義勇の頬に氷と手拭いで抑えて冷やしていたらしい。

 

 その後、兄は私を見て父上を叱る母上にそっくりだったと、義勇からは実のお姉さんに怒られたときを思い出したと語るものだから、怒った姿に似てると言われて複雑な気持ちになりつつも、私はどちらかと言うと父さん似だったから嬉しかった。

 

 義勇はあの日以降、自分が死ねばよかったと弱音を吐くことは減った。

 そんな義勇の姿に私達も何だか嬉しくなって、今まで以上に全集中の呼吸が上手くできないことに悩んでいれば、真菰が相談に乗ったり、無意識に癖となってる部分を治した。

 基本の型を覚えようとするあまり、なかなか上手く動けない義勇に私が遊撃という形で実践を増やしたり、兄さんによって剣士にとっての土台となる基本を鍛えたりと皆で補う時間が増えた。

 

 完全に自信のなさが無くなったわけでは無いけれど、それでも少しずつ前を向いて兄さんの厳しさにも耐えられるようになり、攻めの型が得意な兄さんと違って義勇は守の型が上手く、いつの間にかお手本のような私よりも綺麗な水の呼吸を使い、兄さんといい相手になっていった。

 

 そうして皆で呼吸を極め、鍛え続け、食事を共にし、気付けば鱗滝さんの元に来て二年半が経ち、兄さんと義勇は14歳を迎え、私と真菰は13歳となった今、兄さんと義勇の稽古を見て無意識に手に力が入る。

 

 

 

「ふふ、悔しそうだね凪仁」

 

「…別に、そんなんじゃないよ」

 

「素直じゃないな〜。でも、私は凪仁の方が凄いと思うよ」

 

「え?」

 

「だって、鱗滝さんが言ってたもん。水の呼吸は抜刀術じゃないから抜刀術で水の呼吸を使う凪仁は凄いって」

 

「それは、そうしないと出来なかっただけで」

 

「それが出来た事が凄いの。水の呼吸を使う人は沢山いるけれど、凪仁の水の呼吸は誰にも真似出来ない唯一無二の水の呼吸なんだよ」

 

「…ありがとう」

 

「えへへ、どういたしまして」

 

「でも、真菰は僕たちの誰よりも技が正確で綺麗だし、漆ノ型なんて特に凄いよ」

 

「そうかなぁ?」

 

「真菰の雫波紋突きに関しては誰も止められないよ、兄さんも悔しそうにしてたし。それに人に説明するのだって誰よりも上手いし、洞察力と観察力は4人の中じゃずば抜けてる」

 

「ふふ、錆兎に悔しがられるの嬉しいなぁ。でも、凪仁も人に教えるの下手だよね。斬る力は2人と比べたら弱いけれど他の武器なら沢山私も持ってるからね〜」

 

「…下手ってわけじゃないよ、真菰が上手すぎるだけ」

 

「いやいや、感覚派で説明が出来ない凪仁に下手って言わないのは無理だよぉ」

 

 

 私は人に何かを教えるという行為が苦手だった。

 どうやって水の呼吸を抜刀術に落とし込んだのか、同じく義勇や兄さんと比べて腕の力が弱い真菰に沢山聞かれたものの、上手く言葉にして伝えられず。

 

 上手く伝わってないことに気付き、私の感覚で話をしたらキョトンっとされ、挙句の果てには鱗滝さんと兄さんに呆れられ、義勇も困った顔をし、真菰には人に教えるの下手と言われた。

 他の人の剣術を見て覚え、それを自分のものにする記憶力に関してだけなら得意なのだけれど、それを人に伝えるというのが上手くいかなかった。

 

 

「私と凪仁が混ざったらちょうどいいのにね〜」

 

「ちょうどいいって……」

 

「ふふっ。でも教えられるようにならないとね、凪仁も」

 

「何で?」

 

「もー、いつか凪仁にも弟子が出来るかもしれないでしょ?」

 

「まだ剣士にすらなってないのに早くない?それなら真菰が教えてあげたらいいよ」

 

「遠くない未来かもしれないよー?私が教えるって、師匠としてそれはどうなの?」

 

「…そもそも僕なんかよりもさ、教えるのが上手な真菰や兄さん、義勇に教わりたいって子は多いと思うからそんな日は来ないよ」

 

「うーん、凪仁って義勇のこと言えないくらい自信無いよねぇ」

 

「…うっ、でも」

 

「でもじゃありませんっ。もしかしたら凪仁に教わりたいって子が現れるかもしれないよ、私たちと同じ女の子の隊士とかでね」

 

「…そ、その時はその時に考えるよ」

 

「ふふっ」

 

 

 ふわりと微笑み親友を見て、いつの日かそんな誰かに教えるような日が来たら間違いなく私よりもこの子の方が弟子を可愛がりそうだと思った。

 真菰は頑張る子が好きだから、特に同性であれば尚のこと彼女は応援するだろうし、その人の為に彼女は持てる全てを使って鍛え上げるだろう。

 

 真菰に弟子が出来たらなんて、ふと想像してみたけれど私は一つ嫌な予感が浮かんで苦笑いを浮かべてしまい、そんな私の表情を見ていた真菰はプクッと頬を膨らませてジーッと見つめてくる。

 

 

「なぁに?何で人の顔みて苦笑してるのかなぁ?」

 

「いや、真菰に弟子が出来たらって考えてみてさ」

 

「それでー?」

 

「…あの鋭い雫波紋突きが2人に増えるのかと思うと、不思議と背中や脇腹あたりに痛みが」

 

「3人が言う事聞かないからでしょ〜?」

 

「痛い、痛いから、つんつんしないで」

 

 

 兄さんはもちろんだけれど、真菰も何処か脳筋気質な部分があった。

 私と喧嘩する時も最初は口喧嘩だけど、最終的には木刀同士の打ち合いになるし、義勇と兄さんの言い合いなんて初っ端から笑顔と木刀による物理解決が基本だった。

 

 今も尚、私の言葉に不満を覚えた真菰は眉間に皺を寄せ、目は笑ってないのに口角だけ笑いながら私の横腹を突っついてくるのだ。

 この突きの力が冗談抜きで痛いものだから、義勇は涙目になるし、兄さんはすぐに逃げる。私もこれは逃げたい。

 

 そんな全然違うことを考えていた時、義勇の喜ぶ声が聞こえて何事かと思って視線を向ければ、兄さんと兄さんの前にある大きな岩が真っ二つにされた跡。

 

 義勇の方は刺さったままのようで、真菰は義勇に呼ばれ、飛び出していき、代わりに兄さんが戻ってきて真菰と入れ替わるように兄さんが私の傍に座り込む。

 

 恐らく、義勇は太刀筋や型を真菰に見てもらうつもりなんだろう。

 私たち兄弟弟子の中で真菰がそういう部分を見極め、教えるのが得意で義勇はそんな真菰にずっと救われていたから。

 

 

「凪仁」

 

「…ついに斬ったんだね、兄さん」

 

「あぁ、先生にお許し頂けたら次の最終選別に参加しようと思う」

 

「……そっか」

 

「凪仁、お前も共に行くだろう?斬ったのだから」

 

「斬ってないよ、あれは刺さったの間違い」

 

 

 鱗滝さんから出された最後の試練は、半年ほど前に伝えられた自分たちよりも一回り以上大きい岩を斬ること。

 その4つ並んだ岩の近くで兄さんと稽古していた時、私は勢い余って技が岩にぶつかって完全に斬ることは出来なかったものの私の刀が刺さったのだ。

 

 全員で唖然とし、慌てて3人が駆け寄って来たところで私は一度刀から手を離せば、しっかり岩に刺さった状態の刀。

 静かに刺さった刀を力いっぱいに抜いて、何事も無かったかのようにしようとすれば3人に止められたけれど結局斬ることは出来ていない。

 

 

「ここに残るのか」

 

「…うん、残るよ。今の僕じゃ兄さんの隣に立てない、だから真菰と話してもう少し鍛えてから一緒に突破しようって決めた」

 

「そうか」

 

「義勇もあの調子だと今日で斬れそう」

 

「あぁ、恐らくな」

 

「……ごめんなさい、力不足で」

 

「そんな顔をするな、真菰と共に突破すると決めたのだろう?俺は先に行って待っているだけだ、誓いも何も変わらない」

 

「うん」

 

「お前は今も鬼を可哀想だと思うのだろう?」

 

「…うん」

 

 

 真菰に話した後、兄さんにも寝られていないことは気付かれ、怒られることを覚悟の上で正直に話せば、やはり兄さんも目を見開いて驚いていたけれど、私の言葉を兄さんなりに理解してくれたのか否定されることは無かった。

 

 ふっと微笑む声が聞こえて、顔をあげれば兄さんはあの時と同じで怒ってる雰囲気は一切なく優しく笑ってるだけ。

 それから強い眼差しでしっかり見つめられる。

 

 

「ならば貫き通せ、俺の妹ならば。ここで立ち止まっている暇は無いぞ」

 

「わかってる、すぐに真菰と一緒に鬼殺隊に入って兄さん達に追いつくよ」

 

「あぁ、義勇と共に待っている」

 

「…絶対、二人で帰ってきて」

 

「凪仁を置いていくつもりは無い、二人でと誓っただろう?」

 

「うん」

 

 

 刀の手入れが済んだのか、刀を鞘に戻して縁側に置くと兄さんは私の頭に手を置いた。

 それから母さんに似た優しい微笑みを浮かべ、優しく私の頭を撫でる兄さんに私は何だか照れてしまって、顔を背けてしまったけれど撫でられたことが嫌なわけじゃなかった。

 

 

「凪仁」

 

「兄さん?」

 

「── お前は」

 

「錆兎ー!凪仁ー!」

 

「義勇が斬ったー!」

 

「…凪仁、二人のもとに行くぞ」

 

「うん。ねぇ兄さん、何か言いかけてなかった?」

 

「いや大したことじゃない」

 

 

 頭を撫でていた手を離され、私が持っていた木刀を兄さんは掴むと、自分の持っていた刀の傍に置いて私の背中を押し、喜ぶ義勇と真菰のもとに駆け出した。

 兄さんは間違いなく、私に何かを話すつもりだったはずなのに、あの後も何も無いの一点張りでいったい何を言おうとしていたのか、結局言って貰えなかった。

 

 夕食は兄さんと義勇が岩を斬ったことを師匠も気付いていたのか、いつもと比べて豪華な牛肉で真菰が嬉しそうに笑い、兄さんは食べ方が下手な義勇に世話を焼き、私はそんな光景を見て笑いつつ、減っていく牛鍋の具材を補充していく。

 

 

「お肉ー!」

 

「真菰、野菜も食べなさい」

 

「義勇!お前はどうしたらそんな所に白菜が付くんだ!」

 

「え?どこ?」

 

「ふ、ふふっ」

 

「凪仁、お前は食べれているか」

 

「はい、先生。大丈夫です」

 

「いい加減にしろ義勇!どうしたら頬に人参がつくんだ!」

 

「え?どこ?」

 

「あはは!義勇相変わらず食べ方が下手だね〜」

 

「義勇ここだよ。真菰、そんなお皿に乗らないって」

 

「凪仁、大きくなるためにはよく食べてよく寝るなんだよ!お肉は大きくなるために必要!」

 

「ありがとう、錆兎、凪仁」

 

 

 小言を言いながらも義勇の口周りに付くものを取り除く兄さん、どこと言いながら見当違いな場所に手で触れ、キョトンっとしながら食べ進める義勇。

 お皿に牛肉ばかりを入れる真菰に箸で適当に野菜を入れる師匠、私のお皿に牛肉をポンポン入れていく真菰、空いてる手で鍋の具材を補充し続ける私。

 

 忙しない家族だけれど、この時間は本当に幸せだった。

 お肉が残り僅かになってくれば、義勇の面倒を見ていた兄さんもお肉を狙い始め、真菰は言わずもがなお肉しか見てないし、義勇だって牛肉を食べたいと静かに狙うものの二人の勢いに圧倒される。

 

 私は二人を落ち着かせ、全員が食べられるように鍋に入れ、出来上がるまでの間、全員が沈黙する空間に緊張感が漂う小屋の中。

 ゴクリと誰かが唾を飲み込んだ音がし、鱗滝さんが静かにお肉を箸でひっくり返して火が通った瞬間。

 

 

「── 火が通ったぞ」

 

 

 全集中の呼吸とでも言うかのように、全員が箸を持って一直線に鍋に向かって伸ばして牛肉をかっさらう。

 そして、残った最後の牛肉は雫波紋突きの素早さで真菰に奪われた。

 

 夕食の片付けを真菰と二人で行っていれば、最終選別という言葉が聞こえて鍋を洗っていた手が止まる。

 次の最終選別は一週間後、ここから距離もあるため明後日には出なければならないという話し声に隣にいた真菰が心配そうに私の顔を伺いながらお皿をしまっていく。

 

 

「…凪仁、大丈夫?」

 

「…ぁ、うん、大丈夫。ごめん、すぐ洗うよ」

 

「大丈夫だよ、錆兎は私たちの中で一番強くて、義勇は錆兎に鍛えられたもん。二人とも無事に帰ってくるよ」

 

「うん、そうだね」

 

 

 そうだ、兄さんは私達の中で一番剣の才能がある人。

 そして義勇はその兄さんが、私と同じぐらい厳しく稽古つけた弟弟子なんだから二人は絶対に大丈夫。

 兄さんと誓ったんだ、だから絶対に帰ってくる。

 

 行くと決まってからはあっという間で、鱗滝さんが兄さん達に必要なものを町に買いに行き、私たちは変わらずに稽古の日々。

 兄さん達が向かう前日の夜、普段は兄さんと義勇、私と真菰で寝る場所も分けられているけれど、その日は義勇が皆と寝たいと珍しく我儘を言ってくれたから鱗滝さんも巻き込んで皆で雑魚寝をした。

 

 布団から抜け出し、月の光を眺めながら縁側に座っていれば後ろから人の気配がして振り返れば寝巻姿の兄さん。

 驚きつつも、兄さんと呼べば困ったような顔をしながら私の隣に座った。

 

 

「…また寝られてないのか?」

 

「ううん、今日はたまたま」

 

「そうか」

 

「…ここにきて、あと少しで三年経つんだね」

 

「そうだな」

 

「胡蝶先生たち元気かな」

 

「きっと元気でいてくださってる」

 

 

 鈴虫の鳴き声だけが響く静かな夜。

 寝巻の上に羽織を羽織ってはいるものの、今日は涼しい日なのか少しだけ肌寒さを感じる。

 そろそろ寝ないと、心配性の兄さんまで付き合って起きていてしまうからと立ち上がろうとした瞬間に兄さんに名前を呼ばれる。

 

 

「凪仁」

 

「兄さん?」

 

「…後悔してないか」

 

「…え?」

 

「鬼殺隊に入ると決めたのは俺の意思だ、だが凪仁は眠っていただろう。お前の意志を聞かずにここまで来てしまった」

 

「してない。するはずないよ、ちゃんと僕は僕の意思でここにいる」

 

「…そうか」

 

「兄さん?」

 

「── 凪仁、俺の妹に生まれて来てくれてありがとう」

 

 

 何処か泣きそうな顔で笑った兄さんに、何で今夜という日にそんなことを言うんだと何とも言えない気持ちになる。

 だけど、きっと明日からの事で兄さんも不安なんだろうと思い、久しぶりに兄さんに勢いよく抱きつけば兄さんはしっかり抱きとめてくれる。

 

 ここで私が不安がってみせたら、優しい兄さんは私が最終選別に行くまでここに留まってくれるかもしれないけれど、それは決していい事じゃない。

 だから笑って送り出そう、兄さんと家族が好きだと言ってくれた笑顔で。

 

 

「真菰と待ってる、だからちゃんと帰ってきて兄さん」

 

「あぁ、必ず帰ってくる」

 

 

 それが兄さんと話した兄妹としての最後の言葉だった。

 朝になって皆で朝食をとり、鱗滝さんから兄さんと義勇に厄除の面を渡しているのを眺めていれば、隣にいる真菰は羨ましそうに見てるものだから思わず笑ってしまった。

 

 

「真菰、僕たちだって行くときに貰えるよ」

 

「そうだけど〜。どんなお面になるかなぁ、可愛いのかなぁ」

 

「さぁ、どうだろ。でも兄さんが頬の傷あるものだし、真菰は花柄とかじゃないかな?」

 

「じゃあ凪仁は雪の結晶だね!」

 

「そんなに雪の印象強いかな」

 

「羽織は雪輪の柄だもん、それに雪みたいにひらひら舞って避ける印象だよ?」

 

「ひらひら……弱そうだなぁ」

 

「弱くないよ、雪は綺麗だもん」

 

「水の呼吸なのに?」

 

「ふふ、うん」

 

 

 兄さんと義勇に面を付けた鱗滝さんが私たちの名前を呼び、近寄れば5人で抱きしめ合う。

 鱗滝さんの話では、今までのお弟子さん達はほとんど帰ってきていないらしい。だから本当は行かせたくなかったと、こっそり本音を零してるのを私たちは知っている。

 だから、痛くなるぐらい強く皆で抱きしめ合うと考えてることが同じなのか鱗滝さん以外の私たちは目が合って笑ってしまう。

 

 

「必ず帰ってきます、先生」

 

「…錆兎みたいに強くは無いけれど頑張りますっ」

 

「二人とも頑張ってね、美味しいご飯作って待ってるから!」

 

「待ってるよ、兄さん、義勇」

 

「…必ず帰ってこい、錆兎、義勇」

 

 

 だんだんと遠くなっていく父さんから貰った亀甲柄の着物を中に来て、父さんの真っ白な羽織を背負った兄さんと義勇のお姉さんの着物であった葡萄色の羽織を来た義勇。

 次に会えるのは3日後の最終選別後だから早くても10日後だ。

 

 ギュッと拳を握りしめていたら、隣にいた真菰が突然大きな声で兄さんと義勇の名前を呼ぶものだから私と師匠は驚き、遠く離れていた兄さん達も振り返った。

 

 

「さびとー!ぎゆうー!」

 

「ま、真菰?」

 

「牛鍋と鮭大根!用意して待ってるからねー!早く帰ってこないと私と凪仁、鱗滝さんで食べちゃうよー!」

 

「あぁ!」

 

「鮭大根!」

 

 

 ニッコリと私に微笑む彼女を見て、ああ、私の為に言ってくれたんだと思って、私は真菰と一緒に兄さんと義勇に向かって手を大きく振れば二人も返してくれる。

 

 二人が最終選別に行っても私たちの生活は変わらない。

 今までの修行や稽古が四人ではなくなり、二人になったことで少し寂しさを感じたけれど、私と真菰の速さは私たち二人じゃないと高め合えないから、いい機会にどんどん速くさせて二人を驚かそうと企てた。

 

 驚いたことに真菰は私の抜刀術を用いた水の呼吸の動きを覚えようとしてるのか、時々速さは足りないけれど同じ動きをしてきて驚かされるし、反対に私もただの抜刀術ではなく、鞘を使った方法も増やして真菰を驚かせる。

 

 

「今の動き何!?」

 

「鞘も武器の一つだからね」

 

「確かに!じゃあ私も真似する!」

 

「っ!え、ちょ、雫波紋突き速くなってない…?」

 

「岩を砕いたり、貫くぐらいにはなったかなー!」

 

「岩を貫いた!?」

 

「ふふっ、突き技も極めると強いんだよ〜」

 

「真菰のはもう桁違いだよ…!」

 

 

 そうしてあっという間に兄さん達が最終選別に出てついに11日目になり、朝からソワソワしっぱなしだった。

 夕食は最終選別行く前に真菰が言ったように、牛鍋の具材も鮭大根の具材も全て昨日のうちに買ってきた。

 

 それから食材を買いに行くために、鱗滝さんと真菰と三人で行った町に会った店前を通った時、偶然兄さんに似合いそうな赤色の結紐を見つけて買ったのだ。

 真菰も同じ場所で義勇に似合いそうな藍色のものを見つけ、兄さんも義勇も髪が長いから二人で入隊祝いで送ろうと決めたのだ。

 

 二人を驚かせるために、今は普段寝る時に使っている部屋に置いているものの、夕食時に渡すことは鱗滝さんにも伝えており、あとは二人が帰ってくるのを待つだけだった。

 

 鱗滝さんは帰ってくるとしたら、今日の昼頃か遅くとも夕方頃だろうと朝に言われてから私と真菰は二人が帰ってきたことがすぐに分かる縁側近くの庭で打ち合いをしていれば、鱗滝さんが小屋から出てきてずっと外を見つめてる。

 

 私と真菰も不思議に思い、もしかして兄さん達が帰ってきたんじゃないかと木刀を縁側に置いて鱗滝さんの近くに行けば、だんだんと見えてくる人影。

 

 

「兄さん!義勇!おかえ…り……?」

 

「……ぇ」

 

「……っ!」

 

 

 次第に見えてきた人影は一人だけ。

 その一人は顔を伏せ、両手で何かを必死に抱えてきていて、駆け寄った私は唖然と立ち尽くすことしか出来ない。

 私の後ろにいた真菰も小さく声を発したけれど、言葉になることはなくて鱗滝さんも動けない。

 

 何で、何で一人だけなの。

 もう一人は、二人で参加したのにどうして一人だけしか人影が無い。

 

 

「っ、ごめん、ごめん凪仁…!錆兎がっ、錆兎がぁ!」

 

 

 目が合った瞬間、大粒の涙を流して崩れ落ちる義勇。

 義勇が抱えていたものは、私の大切な兄が父さんから貰って着ていた亀甲柄の着物と血で染った父の肩身であった羽織で、特に襟部分には怪我をしたのか血が残っている。

 その着物から顔を出すのは折れた刀身と厄除の面は兄さんが貰った、この世でたった一つのもの。

 

 何で、どうして義勇が兄さんのものを持ってるのだろう。

 どうして、兄さんはここにいないのだろう。何故、何で、何が起きてるの。

 兄さんは天才なんだ、剣術において誰にも負けない才能ある人。

 妹の私よりも圧倒的に強くて、才能があって、きっと将来は水柱になるような凄く強い人なのに何で義勇と一緒に帰ってきてないのだろう。

 

 泣くことも出来ず、動くことも出来なくて、私はただただ目の前に広がる義勇が持って帰ってきたものから目を離すことが出来ない。

 真菰が泣き崩れた義勇を抱きしめ、後ろから来た鱗滝さんが義勇と真菰を抱きしめながら私の名前を呼ぶけれど返事ができない。

 

 

「……ごめん凪仁っ、僕、錆兎を守れなかった…!鬼に殺されそうになってる他の参加者を放っておけないって、錆兎は刃こぼれした刀を持ったまま行っちゃって…っ!」

 

「……義勇…っ」

 

「僕じゃなくて、真菰だったら、凪仁だったら錆兎を守れた…!錆兎だけなんだ!今回の最終選別で死んだの、錆兎が他の参加者を守った、あの場所にいる鬼の殆どを斬ったから…!」

 

「…よく、よく頑張った、義勇、深呼吸しなさい」

 

 

 真菰や鱗滝さんではなく、私の羽織を強く握りしめて泣きながら謝ってくる義勇に私は何も言えなかった。

 義勇の言ったことは本当なんだろう、兄さんなら絶対に他の参加者たちを見殺しになんてしないし、最終選別にいる鬼は全て斬ろうとするはずだ。

 

 でも、一瞬だけでもいいから私との約束を思い出してくれたのだろうか。

 そこで無理をしてしまっても、命を落としてしまったら私達の誓いを叶えることが出来ないって一瞬だけでも過ぎってくれたのだろうか。

 

 いや、違う。そうじゃない。兄さんを守るのは妹の務めだ。

 私が兄さんの才能に追い付けなかったから、追いつけていたら今頃同じ最終選別を受けることが出来て、兄さんの危機に私が駆けつけることが出来たかもしれなかった。

 

 ── 錆兎は男で兄だが、その前に一人の人間でもある。お前の兄が困っている時、父が傍に居ないことも多いだろう。そういう時はお前が兄を支えるのだ、それが妹であるお前の務めだ。

 

 

「……義勇」

 

「なぎと…っ、ぼく…!」

 

「無事に帰ってきてくれて、ありがとう」

 

「……ぇ」

 

「義勇が生きて帰ってきてくれてよかった、怖かったはずなのに兄さんを支えてくれてありがとう。…兄さんを連れて帰ってきてくれてありがとう」

 

 

 耐えないと、我慢しないと、私は笑わないと。

 母さんが亡くなった時も大丈夫だった、父さんの時はダメだったけれど、ここで私が泣いてしまったら義勇が自分を責めてしまう。

 

 義勇じゃない、兄さんが死んだのは私のせいだ。

 私が兄さんの才能に追い付けられなかったから、兄さんを支える同じ場所に行けなかったから義勇のせいじゃない。

 

 義勇の目線に合うようにしゃがみ、出来るだけ義勇が自分を責めないように、決して自分を苦しめないで済むように笑って言えば、義勇は唖然としたまま涙を流し続ける。

 そんな私を見た真菰は苦しそうな、今にも涙が溢れそうな表情で義勇と私を抱きしめ、鱗滝さんも黙って私たちを抱きしめてくれたけれど涙は流れない。

 この日、私はたった一人の最愛の兄を失い、透き通った水に墨を落としたように私の心に残り続けた。

 

 何とか落ち着いた後、兄さんの形見は私たち全員で分けた。

 父さんの形見でもあった血で汚れてしまった羽織は、鱗滝さんが兄さんの墓に置くことにして、兄さんの折れた刀身に付いていた鍔は真菰、亀甲柄の着物は義勇、そして厄除の面は私が持つことになった。

 

 

「…本当にいいの、錆兎の着物を」

 

「うん、鱗滝さんに面を譲ってもらったから」

 

「…でもっ」

 

「……兄さんを鬼殺隊に連れてってあげて」

 

「…っ!うん、わかった」

 

 

 兄さんの死に落ち込んでる暇なんてなくて、義勇はすぐに鬼殺隊としての任務の準備に取り掛かった。

 その間、言葉は交わしたけれど、今までとは違って必要最低限になってしまったのはお互いに遠慮してしまっているせいだ。

 

 そんな私達のことを真菰と鱗滝さんは何も言わずに傍にいてくれて、特に私と義勇の間には常に真菰がいて、私達がお互いに遠慮してバラバラにならないように繋ぎ止めてくれてたのは真菰だった。

 

 隊服も日輪刀も届き、遂に義勇が任務に向かった。

 義勇を先生と真菰と見送り、私は草履を履いて外に出る。砂利を踏む音が私だけでは無いため、恐らく後ろから真菰が一緒に来ているのだろう。

 

 特に話すわけでもなく、ただ黙って兄さんがここに眠ってるわけでは無いが、兄さんの為にと鱗滝さんが用意してくれた他のお弟子さんたちと同じように父さんの羽織をかけられた兄さんの名前が彫られたお墓の前に立つ。

 ふわりと背後から抱きしめられ、ビクッと思わず動けば静かに頭を撫でられて堪えていたものが溢れ出しそうになる。

 

 

「……凪仁、泣いていいんだよ」

 

「……。」

 

「義勇はもう任務に行って、ここにいるのは私だけだから」

 

「…っ」

 

「よく我慢したね、偉い偉い」

 

「…兄さん……兄さんが…っ」

 

「…うん」

 

「っぁ、っ…!」

 

「…錆兎の仇は私たちがとろう、今度は私達が錆兎の意志を生きて繋ぐの」

 

「…んっ」

 

「大丈夫、私はずっと傍にいるよ。凪仁と一緒」

 

 

 ── 私は死なない、約束する。凪仁を置いてかない。

 

 泣くのが下手な私を抱き締め、真菰は日が暮れても離れなかった。

 

 

 
















月の光に照らされる寝顔を見て、やっと泣いてくれたことに安堵しながら布団をかけ直す。
冷やしたけれど泣いて腫れてしまった瞼を優しく撫でながら、私は少しでも不安を取り除いて上げられるように抱きしめる。

ねぇ、錆兎。
どうせ不器用な君のことだから本音を全て伝えれてないんでしょ。
どうして凪仁を遺していったの、凪仁の危うさを一番理解していたのは兄である錆兎なのに。


「…本当は鬼殺隊に入って欲しくないって言ってたのに」


生まれた時から剣術が身近にあって、凪仁の気持ちだって錆兎は痛いほどわかるから言わずにいた兄としての本音。
私と義勇にだけは、こっそり吐き出していた錆兎の兄としての弱さ。
凪仁を失えば俺はきっと、そう哀しそうに笑っていたのを私は知っているからこそ鬼が許せない。

今、もし私か義勇が欠けてしまったら─────
嫌でも想像ついてしまったのは、親友が親友ではなくなってしまう姿に背筋が凍る。
そんなことは絶対にさせない、凪仁は凪仁だ。


「…錆兎のバカ」


どうか、自分を殺す道だけは進みませんように。
見えもしない死神の刃から守るように私は凪仁を胸に閉じ込めた。






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