似て非なるもの   作:アヒルのおもちゃ

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── 雪は水が無ければ存在すらできないというのに。





第十二話:在りし日の初雪

 

 

 兄が亡くなっても時間は進み、求めなくても朝も夜もやってくる。

 気を紛らわすために率先して家事をしても、木刀を一心不乱に振っても紛れることも無く、気付けば先生から渡された兄の厄除の面を手に持ち、ボーッと空を眺める日々。

 

 それでも時は流れていき、私たちが参加する最終選抜までの日程もあって先生の指導のもと真菰と二人で稽古し続けた。

 速さが武器の私と真菰、抜刀術を活かしているのだから当たり前だが、それでも脳裏にチラつくのは兄の激浪のような力強い剣技。

 

 女である私と男の子であった兄では、力の強さが生まれ時から違うのだから全く同じ剣技なんてものは出来ない。

 それでも、抜刀した一瞬だけでもいい。永続的な力強さはなかったとしても、私が憧れ、父と共に磨いた兄の剣技を途絶えさせてしまうことは嫌だった。

 

 抜刀術を軸とした私だけの水の呼吸は変えられないし、私の剣技も父と兄と共に磨き上げてきたものだから途絶えさせる気も無ければ、全く別のものに変えるつもりも毛頭ない。

 それならば腕の筋力だけでなく、体重移動を意識し、瞬間的な強さだけでも補いたかった。

 

 その為、必死に腕の力を鍛えるために何十回、何百回、何千回と身体が悲鳴をあげるまで打ち込み台に向かって打ち込み稽古。

 高速移動の稽古の中で、自身の体重移動を意識した稽古と続けていれば真菰に怒られて止められる日々。

 

 無意識に探してしまう兄の面影。

 どんなに探してもどこにもなくて、せめて父に教わって大切にしていた兄の剣技だけでも私が継がなければと、その一心で刀を振り続ける私を真菰はどんな気持ちで見ていたのか私にはわからない。

 

 四季はあっという間に移り変わり、兄が亡くなった日からもう少しで一年経つ頃には私と真菰の髪も伸びて上背も大きくなった。

 冷たい風から心地よい風に変わるこの季節、ぼーっと木々を眺めていれば遠くから近付くひとつの気配。

 

 

「なーぎーとっ」

 

「真菰」

 

「…むぅ、やっぱり凪仁の方が大きい」

 

「あまり変わらないって」

 

「そんな事ないもん!それに体重移動も凄く上手くなって、抜刀した勢いをそのままに強い力を出せるようになった」

 

「そんな褒められても何も出せないけど」

 

「ふふっ………ねぇ、凪仁」

 

「ん?」

 

 

 手に持っていた木刀を縁側に置いて、傍に置いていた手拭いで汗を拭いていればいつもとは違う声色で名前を呼ばれて目を向ける。

 鍛錬するために脱いでいた私の羽織を真菰は持っていて、その羽織をキュッと優しく抱きしめながら私を見つめる真菰。

 何かあったのだろうかと思い、手拭いで頬を拭いながら縁側に座れば真菰も私の横に座る。

 

 

「どうかした?」

 

「…凪仁は死ぬ気じゃないんだよね。これからも、私と一緒に生きててくれるよね…?」

 

 

 しっかりと言われたその言葉に反応が出来ず、言葉を探していれば真菰はグイッと私の裾を引っ張って泣きそうな目で訴えてくる。

 ずっと自分のことでいっぱいいっぱいで、私は真菰のことなんて見ていなかったのだとここで気付かされた。

 

 無我夢中に木刀を振り続け、一心不乱に稽古に打ち込む姿をずっと見ていた真菰にとって生き急いでいるようにしか見えなかったのかもしれない。

 私は自分の過ちに今更気付いて涙を溜める親友を強く抱き締めた。

 

 

「死ぬ気なんてないよ。ごめん、不安にさせて」

 

「…ううん」

 

「大丈夫、ちゃんと生きて繋ぐって分かってる。真菰と一緒に鬼殺隊に入って兄さんの意志を繋ぐよ」

 

「うん、私が絶対凪仁を守るからね」

 

「真菰のことは絶対守るよ」

 

 

 もう二度と大切なものを奪われないように、その為にずっと稽古してきたんだ。真菰だけは何がなんでも守ってみせる。

 二人で頷いて、小指と小指を重ねて結び、約束する。

 

 遂に私達が最終選別へ向かう前日、先生は花柄の模様が入って優しく微笑む厄除の面と同じように雪輪の模様が入って片目だけ瞑ってる厄除の面を持ってきて私たちにくれた。

 真菰は凄く喜んで兄と違ってすぐに頭の横に付け、私も兄さんの厄除の面を先生に預けて真菰とは反対側の頭の横に付ける。

 

 

「……必ず、帰ってきなさい」

 

「はい、先生」

 

「私と凪仁なら大丈夫だよ!」

 

「帰ってきたら牛鍋だ、義勇も最終日には顔出すそうだ」

 

「ほんと!?お肉!」

 

「真菰まだ気持ちが早いよ〜」

 

 

 先生から受けとったお面をそれはもう凄く喜びながら真菰は、ずっとニコニコと笑って触れ、私も何だか胸がポカポカするのを感じながら先生に思いっきり手を振って山を降りていく。

 

 大丈夫、真菰と私なら大丈夫。

 絶対ここに帰ってくる、そう当たり前だと信じていた。

 

 いくつもの山と村を抜け、歩き続けた先に見えた藤の花が乱れ咲いた景色に圧倒されながら私達は藤襲山を登り、私たちと同じように多くの子供がいる場所で最終選別の時間を待つ。

 

 

「凪仁」

 

「うん」

 

「背中は任せたよっ」

 

「もちろん」

 

 

 最終選別開始の合図が聞こえ、私と真菰は一斉にその場から走り出して見つけ次第鬼をどんどん切り伏せて行った。

 悲鳴が聞こえれば二人で言葉を交わすことなく、目線だけで呼吸を整えて二人で鬼を斬り、襲われていた最終選別を共に受けてる子供達を救い続ける。

 

 日中は変わりながら睡眠をとり、食事は二人で協力しながら作り、小さな傷等は胡蝶先生に貰った資料を元に来る前に作っておいた簡単な塗り薬を塗って二人で生き残る。

 そしてどうか兄さんを殺した鬼を見つけ、二人で斬って討つんだ。

 

 そうやって6日間を共にし、遂にこの夜さえ乗り切れば私達は鬼殺隊の一員となる。そのはずだった。

 目の前で泣き喚いて逃げ出す、私たちと同じ試験を受けに来た子がいなければ。

 

 

「逃げっ、逃げろぉ!異形の鬼だぁ!」

 

「待って!異形の鬼ってどういうこと?」

 

「し、知らない!あんなデカいのいるなんて聞いてない!幾つもの手を生やしたでっかい鬼がいたんだ!!」

 

「……ぇ」

 

「その鬼ってどこっ!」

 

「…あ、あっちだ。でも、お前たちも早く逃げた方がいい…!」

 

 

 そう言って逃げ出す彼を見送り、私はその異形の鬼が兄さんを殺した鬼なのではと気付いた。

 気付いたのは私だけでなく、ギュッと手を握られて目を向ければ、そこには私と同じように強い眼差しで頷く真菰。

 

 

「大丈夫、私が絶対凪仁を守る」

 

「…僕も絶対、真菰のこと守るよ」

 

「二人でいこう、錆兎の仇は多分その鬼だよ」

 

「…力を貸して、真菰」

 

「もちろん、ここだけじゃないよ。私達は最期までずっと一緒」

 

 

 私達は一斉に大きな音がする方へ一目散へとかけ出す。

 剣の才能に恵まれた兄さんが殺された理由は、義勇が教えてくれたように刃こぼれによって折れた刀だ。刀が折れるということは、大きな隙を作るキッカケになり、鬼の前でそんな姿を晒したら殺されてしまう。

 

 兄はそのまま空中に投げ出される形で隙だらけとなり、鬼に頭を掴まれて潰され、他の隊士になりうる子供たちを守ったのに、その年の最終選別は兄だけは帰ってこなかったのだ。

 

 でも、今回は私だけじゃなくて真菰もいる。

 二人なら大丈夫だって分かっていたのに、名も知らない子供の頭を潰された瞬間を目の当たりにした私は、目の前が真っ赤に怒りで染って突っ込んでしまった。

 

 兄がこの鬼に殺されたきっかけは刃こぼれだというのに、私はその事を忘れてしまったんだ。私の刀も、負けず劣らず刃こぼれしていたという事を気付いたのは真菰の叫び声が聞こえてからだった。

 確実に捉えた鬼の首に私の日輪刀はぶつかるものの、鬼の頸に当たって力を込めた瞬間に兄と同じように折れた。

 

 

「凪仁!!だめ!!」

 

 

 あ、殺される。

 真菰の叫ぶ声が聞こえて咄嗟に死を覚悟し、鬼の手に掴まれて殺されるのを待ったが、鬼に掴まれる感触より先に訪れたのは背中から何かに押し出される感覚と地面に転がる感覚。

 

 

「……え?」

 

「にげて…!なぎと…!」

 

「真菰…?何で…!」

 

 

 私が掴まれるはずだった。殺されるはずだった場所にいるのは真菰で、四肢を掴まれて今にも引きちぎられそうになってるのも真菰。

 あの衝撃は私を守ろうとした真菰が押した衝撃だったと分かった瞬間、私は自分がしてしまった事へ絶望し、私は折れた刀で必死に鬼の手を切りにかかる。

 

 嫌だ、やめて。

 真菰まで失ったら私はもう生きていけない。

 母さんと父さんまで失って、兄さんも失った私にはもう真菰しかいないというのに。真菰だけが私がまだ生きていてもいいと、許してもらえる存在だったのに。

 ここで真菰を失ってしまったら、私はもう自分だけが生きていることを許せなくなってしまう。

 

 

「ひひっ、俺の可愛い可愛い狐ちゃん。お前たちで九、十、拾壱匹目だろうなぁ?鱗滝も馬鹿なやつだ、あいつが作るその面で俺が狙ってるのを気付いてないんだからなぁ。前は宍色の髪をしたやつだった、その前はお前と同じく抜刀術の女、その前は黒髪のやつだったなぁ」

 

「……は…?」

 

 

 その言葉を聞いて私は唖然とした。

 鱗滝さんの弟子が帰ってこなくなったのは、こいつが鱗滝さんの弟子を鱗滝さんが私達のために彫ってくれた厄除の面を探し、狙って食い殺していたからだ。

 兄だけじゃない。私に抜刀術を教えてくれた姉弟子も、兄さんが尊敬していた兄弟子もこいつのせいで。

 

 

「……るなよ」

 

「なぎと…!だめ、逃げて!」

 

「……お前だけは、絶対、殺すっ、殺してやるっ!」

 

 

 ── 水の呼吸 参ノ型 流流舞い

 

 今この瞬間も、あの醜い鬼に私の大切な親友が殺されてしまう。

 折れた刀で水の呼吸を使って攻めるも、真菰を掴んでる以外の手しか切れない。

 焦る私を見てアイツは気味の悪い笑みを浮かべ、真菰の四肢に繋がってる肝心の手は遠く、今すぐにでも引きちぎらんばかりに動く。

 

 やめろ、離せ。これ以上私から奪わないで。

 どんなに願っても、どんなに技を出しても、私は真菰を掴む以外の手によって腹を殴られ、勢いよく飛ばされて背中から木に強打して吐き出される空気。

 その勢いで、頭につけていた鱗滝さんから貰った私の厄除の面は地面に落ちて割れて壊れてしまった。

 

 肺の中にあった空気が背中を強打した事で全て吐き出され、ゲボゲボと噎せながらも、すぐに立ち上がろうにも背中に痛みが走る。脚も震えて、フラフラと重心が覚束無いが刀を支えに立ち上がる。

 

 

 ── お願い、お願い兄さん。真菰を救いたい、力を貸して。

 

 

 もう一度、真菰を掴む腕を斬るための技を出すために地面を踏み込み、勢いよく奴の前に出た瞬間だった。

 目の前で真菰の脚を引きちぎられ、鮮血が飛んで私の顔につく。

 

 

「──────っ!!!!」

 

「………ぁ」

 

「ひゃははは!いいなぁ、いいなぁその顔!」

 

 

 鬼の怒りを逆撫でするような笑い声。

 真菰の声にもならない悲鳴。

 私の中で何かが崩れて壊れていく音。

 

 グラグラと何かが壊れていく中で目の前が赤く染まり、鬼の頸を斬ることを考えていた思考が止まる。

 父さんが殺された時、兄さんが殺された時にも一瞬だけ心から顔を出したあの感情が身体をジワジワと飲み込んでいく。

 

 

 どうして私たちばかり奪われる?

 何故、鬼を可哀想だと私は思っていた?

 この鬼は自ら鬼になったのか?それとも鬼にさせられた?

 

 疑問が浮かぶにつれて、私は全てがどうでも良くなってくる。

 目の前のこいつは敵だ、こいつは兄を殺した、こいつは私の親友に触れた。

 次第に身体の底から来た憎しみが湧き上がって、ただ目の前の鬼から真菰を救い出し、鬼を殺すことだけに集中する。

 

 

「……もう死んじゃえよ、お前」

 

「あ?……っ!?」

 

 

 今まで誰にも向けたことの無い憎しみ、怒り、全ての負の感情だけで身体を動かし、折れた日輪刀で真菰の腕を掴む奴の腕を切り落とす。

 

 ── 水の呼吸 玖ノ型 水流飛沫・乱

 

 私と真菰が兄と義勇に特に優ったのは足の速さ。

 頸を切れないことを悔しく思いながらも、今重要なのは真菰を生きて返すこと。

 動けない真菰を抱え、真菰の刀を拾い、死ぬ気で走って逃げた先にある藤の花が多くある場所に飛び込むように逃げ込む。

 

 それから私は、母が選んでくれた大切な羽織を引きちぎって真菰の足にきつく結び、止血をするけど、すぐに私の羽織は真菰の血で染まって、地面に流れていって血が止まらない。

 手が真菰の血で染まる。真菰の綺麗な瞳に影が差し始める。

 

 

「大丈夫、絶対助ける…!一緒に鱗滝さんの所に帰るって約束したろ!」

 

「……なぎ…と」

 

「絶対大丈夫だから、義勇も待ってる!真菰、目を瞑っちゃダメだ、僕の目を見て…っ」

 

「………ごめ…んね、なぎと…怪我は…?」

 

「何で謝るのさ、何も悪いことしてないだろ…!僕は真菰が守ってくれたから怪我してないよ。……っ、止まらない、なんで…!」

 

「貴方たち!!」

 

 

 風呂敷包みから出した胡蝶先生に教わった塗り薬を必死に塗りつつ、ひたすら羽織を引きちぎって止血するのに止まらない血に私自身が呼吸が整わなくなる。

 誰でもいい。私の命でも差し出すから、どうか真菰だけは。

 

 そう願っていた時、凛とした声が聞こえて止血する手は止めないまま突然視界に入ってきた薄桃色の袴に驚き、視線をあげれば同い年ぐらいの女の子。

 

 

「きみはっ…?」

 

「今はこの子を救うのが先よ!私、ちょっとだけど医学の知識があるから手伝うわ!」

 

 

 中途半端な知識しかない私よりも医学の知識がある彼女なら。

 そう思って私は羽織を脱ぎ、これを破ってくれと伝えれば、彼女は一瞬狼狽えつつも頷き、一緒に破って必死に真菰を助けようと動いてくれる。だけど、手をどんなに尽くしても、ここは最終選別の場所であるから医療が満足に行える場所のように整ってる場所ではない。

 

 

「…真菰、待って、あと少しで最終選別終わるから!」

 

「…さびと、が言ってた、とおりだね」

 

「まこも…っ」

 

「……なぎとが、泣き虫さんだって…えへへ」

 

「…泣き虫じゃない」

 

「……わらって…?わたし、凪仁の笑った顔が、一番好きなんだぁ」

 

「っ、真菰」

 

「…鱗滝さんと義勇に……あやまっておいて?」

 

「…んっ」

 

「…やくそく、ごめんね」

 

「やだ、おいてかないで…!」

 

「……ねえ、薄桃色の…きみ」

 

「わ、わたし…?」

 

「みみ、かして…?」

 

「っ、えぇ」

 

 

 突然、真菰がそんなことを言うものだから彼女は驚きながらも手を止めることなく耳を貸せば、次第に真菰の表情が柔らかくなっていく。

 でも私は目の前の現実に受けいれきれず、もう一度無事な部分が少なくなってきた羽織を破ろうとすれば真菰に止められる。

 

 

「真菰!離して…っ」

 

「……これ、たいせつ……でしょ…?」

 

「真菰が救えるならいいよ…!」

 

「…んーん……だいじょうぶ、さびとと、ずっと傍にいる」

 

「ぁ、あぁ……!」

 

 

 それが真菰と交した最後の言葉だった。

 結局、私には何も出来なかった。

 真菰が亡くなって、動けない私の分まで薄桃色の袴を着た子は真菰を綺麗にしてくれたり、破り続けた羽織を纏めてくれて、朝日が昇ってきた頃には彼女は私の隣に座って傍にいてくれた。

 

 

「……私、胡蝶カナエって言うの」

 

「……凪仁、苗字はない」

 

「…凪仁ちゃん、ごめんなさい。妹だったら、もっと知識あったの。私だったからごめんなさい」

 

「…謝らないで、僕は君よりももっと知らなかった。君がいたから真菰だって最後まで話せたんだと思う」

 

「……っ」

 

「…血の匂いで鬼が来る可能性もあったのに、君は手伝ってくれた。それだけで十分だよ」

 

「…そう言ってくれると嬉しいわ」

 

 

 私は真菰を背負い、真菰の背中にはカナエという子が着ていた羽織をかけてくれる。

 山を降りて戻った場所にいたのは誰もおらず、私と真菰が必死に鬼を斬ったとしても生きているのは私とカナエだけという無慈悲な現実に私は絶望した。

 

 説明が終わり、カナエに手伝ってもらいながら刀の説明などを受け、師範たちの元に帰るために山を降りていれば、隣にいたはずのカナエが立ち止まって私も立ち止まる。

 

 

「……私、二人と友達になりたい」

 

「…友達って、真菰はもう」

 

「えぇ、分かってる。だから、凪仁ちゃんさえ良ければ一緒に真菰さんと二人が育った鱗滝さんの所に行ってもいいかしら?」

 

「…君の育手さんにも心配してるんじゃない?」

 

「鴉で伝えるから大丈夫。それに、真菰さんとは少ししか話せなかったけど私は友達だと思ってるの」

 

 

 この時、私は一人になったら発狂する自信しかなかった。下手したらこのまま自ら命を絶つ決心だって簡単についたかもしれない。

 だから、本音を言うとカナエがついてくる事をいいとは思えず、正直ここで別れてしまった方が私にとっては良かった。

 

 でも彼女の目を見ていたら真菰を思い出してしまって、私には拒否することが出来なかった。

 まるで、真菰に死ぬことは許さないと言われてる気がして。

 

 

「………好きにすれば」

 

「っ!えぇ、じゃあついていくわね」

 

 

 それから私達に会話はなかった。

 義務的な、それこそ休憩を挟むかどうかの確認の会話はあったものの、同年代らしい会話は一切することなく歩き続ける。

 そうして見えてきた私と真菰を迎えるために待っていた鱗滝さんの姿に、私が動けなくなっても彼女はただただ黙って私の手を握るだけだった。

 

 

「……っ、凪仁よく戻った」

 

「……。」

 

「…よく休みなさい、貴方は」

 

「私は胡蝶カナエといいます。……真菰さんとの約束を守るために、ここに来ました」

 

「っ!……そうか、ありがとう。あまり広くは無いがゆっくり休んでいってくれ」

 

「…ありがとうございます、お世話になります」

 

 

 そこからは正直あまり覚えていないけど、ちゃんとカナエのことを説明したはずだし、カナエ何があったのかを説明したはずだ。

 ただ、明確に覚えていなくて気付いたら見慣れた天井だったことだけが気がかりではある。

 

 その後、カナエが何度も私のもとに来ては様子を伺っていたことは知っていたけれど、特に話しかけることなどはせずに黙って傍にいるだけだった。

 翌朝にはカナエも育手の方のもとに帰り、義勇も私に対して何も言わずに黙っていて、真菰が義勇に遺した兄さんとお揃いだと去年渡した組紐と真菰の厄除の破片を入れたお守りを胸元に大切にしまって任務に向かうだけだった。

 

 義勇だけじゃない、先生は一度だって私に怒らなかった。

 何故、真菰と共に帰ってこなかったのかと。何故、妹弟子一人すらも守れずにのうのうと生きて戻ってきたのかと。

 何故、あの瞬間に明鏡止水の心を忘れて飛び出したのかと。

 

 怒って欲しかった、責めて欲しかった。

 恨んで欲しかったのに、先生は一度だって私に何も言わずに塞ぎ込む私のもとに食事を届けるだけの日々。

 

 真菰は私や兄さんと違い、ここに来たのは1人だったから真菰に関するもので遺ってるのはカナエが直してくれた羽織を含めた衣服と、兄さんの遺品の1つであった鍔、そして壊れた厄除の面の破片だけ。

 

 

 ── 私は死なない、約束する。凪仁を置いてかない。

 

 

 また守れなかった、また失った。

 真菰を殺したのは鬼じゃない、あの鬼に冷静になれずに突っ込んだ私が真菰を殺したのだ。

 私は生きてはいけない、真菰(親友)を犠牲に生き延びた凪仁()など必要ない。

 

 そのことに気づけば、私がすることはもう決まったも同然だった。

 愚かな私のせいで真菰が犠牲になったのだ、これから先の私の人生は真菰の為に使えばいい。

 死ぬはずだった私が死に、生きるはずだった真菰が生きる。

 

 ── あぁ、何て当たり前なことだろう。

 

 綺麗に立て掛けられていた真菰の羽織を手に取り、傍に置いていた兄さんの遺品である厄除の面を視界に邪魔にならないように頭の横に付ける。

 鏡を見て私は勢いよく父から譲り受けた真剣で鏡を叩き割り、ひび割れた鏡越しに微笑む自分を見つめる。

 

 突然響き渡った音に驚いたのか、偶然にも帰ってきていた義勇と共に先生が駆け込んできて私はヘラりと笑って振り返る。

 大丈夫、兄さんとの誓いも真菰との約束も忘れてない。

 ただ、在り方が変わるだけ。

 

 ── 一体でも多く、俺たち兄妹で鬼を斬ろう。

 強くあれと願い、守ってくれた父のように強く。

 

 ── 錆兎の仇は私たちがとろう。

 今度は私達が錆兎の意志を生きて繋ぐの。

 

 

 

「凪仁!大丈夫か……?」

 

「……凪仁?」

 

「ごめんね、鱗滝さん、義勇。()は大丈夫だよ」

 

「…おまえは、だれだ……?」

 

「ふふ、義勇酷いなぁ。私は私だよ?」

 

 

 遠くから鎹鴉の声が響く。

 この日、凪仁は死んで真菰が生き返ったのだと私は口には出さなかったがそう悟らせた。

 鎹鴉と共にやってきた刀鍛冶の方は、何と里長の鉄地河原鉄珍様という凄い方で驚きながらも受け取れば、澄んだ蒼い硝子のような刀身に変わりゆく。

 

 

「…不思議な子やねぇ」

 

「え?」

 

「水の呼吸の適性者の日輪刀はたーくさん見てきた、でもこんなにも青い硝子のような刀身は初めてやわ」

 

「……。」

 

「…無理だけはしたらあかんで、凪仁ちゃん」

 

「ふふっ、ありがとうございます。でも私はもう間違えないですよ」

 

 

 私は知らない。この時、そう笑う私を鉄珍様や先生が心配そうに私を見つめていたことも義勇が隠れて聞いていたことも。

 後日届いた隊服に着替え、日輪刀を持って私は私の鎹鴉が近くに飛んできたのを見て止まり木の代わりに腕を出す。

 

 そして、この数日間のうちに作っておいた両親から貰った大切な羽織を縫い合わせてスカーフに変えたものを首に巻き、もう一つ作っておいたものを用意しておく。

 

 

「コンニチハ!ボク、キミ初メテ!ヨロシク!」

 

「ふふ、そうなの?じゃあお名前も決めていい?」

 

「ウン!」

 

「じゃあ……結と書いて"ユイ"、沢山の人と縁を結ぶ子になって欲しいな」

 

「ウレシイ!」

 

「ねぇ、結。貴方が良ければ私とお揃いを付けてくれる?」

 

「ツケルー!」

 

「ありがとう。うん、似合ってる」

 

 

 真菰を救うために破ってしまった羽織は着れなくなってしまったが、私と結の襟巻きの長さ分は何とか足りて、実際につけてみると雪輪の柄が同じ場所に来るように工夫もしたのが効果を生したのか綺麗に仕上がっている。

 

 ふぅと息を吐いて私は月を眺める。

 明日から私は鬼殺隊の一員に本格的になるのだ。兄さんと二人で返しに行く予定だった胡蝶先生達にお借りしたものを纏めたし、やっとあの時の恩を返せるのだと思うと嬉しくて、お礼の品も幾つか候補も考えた。

 

 

「結、お願いがあるの」

 

「ナニー?」

 

「北区滝野川にね、会いたい人達がいるんだ。そっち方面の任務とか最初に行けたりする?」

 

「ウン!ボク聞イテキタ!最初北区!」

 

「ほんと?」

 

「凪仁ウレシイ?」

 

「ふふ、うん、嬉しい。そっか、最初に行けるんだ。胡蝶先生のことも結に教えてあげるね」

 

 

 カリカリと嘴を撫でながら、幸先いいなと少し嬉しくなる。

 兄さんと最初に必ず胡蝶先生たちのもとに行こうと決めていたのだ、行くのは私だけとなってしまったけれどやっと恩返しが出来る。

 

 翌朝、鱗滝さんに行くことを伝えて狭霧山を出て休憩を挟み、時々遭遇した鬼を斬りながら胡蝶先生へのお土産を道中に購入し、辿り着いたのは4日後の朝だった。

 

 胡蝶先生達は、私たち兄妹のことを覚えてくれているだろうか。

 もう何年も前だから忘れられてしまっていてもおかしくない。

 もし忘れられていたとしても、感謝の言葉を伝え、兄も会いたがっていたと、今は会えなくなってしまったが必ずいつか兄妹揃って来ると伝えよう。

 

 そう思っていたのに、私が結と共に行った三年ぶりの北区滝野川にあった胡蝶先生のお家は荒れ果てており、そこはもぬけの殻で人が住んでいる気配がしなかった。

 

 

「……胡蝶…先生?」

 

「…あんた、胡蝶さんの知り合いかい?」

 

「…ぁ、はい。以前、助けていただいたことがあって」

 

「…そうだったのかい。2年ぐらい前かね、それはもう酷い殺され方をされてたものよ。重幸さんは特に熊に喰われたんじゃないかと酷くてね、無事だった娘さん2人は親戚に引き取られたようだけど……」

 

「……熊?」

 

「あぁ、そうさ。奥さんの方は腕を、重幸さんは脚と腕の両方を喰われちまった。娘さんが言うにはあれは熊じゃない、異形の何かって騒いどったねぇ……」

 

 

 唖然と胡蝶先生の家で立ち竦んでいた私に声をかけてくれたのは、老婆の方で老婆の方の話を聞いて過ぎったのは鬼の存在。

 私たち兄妹を救ってくれた恩人までも鬼によって殺された、恩人の娘さん2人はどこにいるのかももう分からない。

 胡蝶先生に返そうと思っていた品やお土産を持つ手に力が入る。

 

 

「……あの」

 

「…なんだい?」

 

「胡蝶先生のお墓はどちらにあるかご存知ですか…?」

 

「あぁ、知ってるよ。ついてきなさい」

 

 

 私がどんな人物かも知らないのに老婆の方は丁寧に教えてくださり、案内された場所には胡蝶家と彫られた墓石。

 私はそこにお渡しする予定だったお菓子を供え、しゃがんで両手を合わせる。

 

 

「……遅くなって申し訳ありません、胡蝶先生。三年前救っていただいた妹の凪仁です、兄にはそちらでお会いしましたでしょうか。兄も先生と奥様にとてもお会いしたがってましたから」

 

 

 もちろん、返事なんて帰ってこない。

 それでもぽつりぽつりと言葉が溢れてしまうのは、失ったものの多さに私の心がまだ追いついていないだからだろうか。

 

 どのくらいいたのか、それともほんの僅かしかいなかったのか時間が分からないが私が立ち上がって振り返るものの、案内してくれた老婆は既におらず、私はもう一度先生達が眠る墓石に目を向ける。

 

 

「……先生、貴方に返せなかったこの御恩。先生の娘さんを守るために使わせてください、お二人の娘さんのもとには私の命を賭けて絶対に鬼に近寄らせませんから」

 

 

 バサバサと羽な音が聞こえて肩に止まるのは結。

 私のためを思って少し離れてくれていたけれど、空気を読んで戻ってきてくれたのを悟り、私は結を撫でながら先生の墓石から立ち去る。

 

 

「結、お願いがあるの」

 

「イイヨ!」

 

「探して欲しい人がいるんだ」

 

 

 ── 私の娘は姉妹でね、二人とも蝶の髪飾りをお揃いで付けているから、もし何処かで会ったら仲良くしてくれると嬉しいよ。

 

 

「蝶の髪飾りを付けた姉妹を探してくれる?」

 

「ウン!任セテー!」

 

「ありがとう、無理はしなくていいからね」

 

 

 これが私、凪仁が死んだ日で私が鬼殺隊になった日だ。

 

 

 

 







美しい蝶の髪飾りを付けた少女の目を見たら何故か分かった。
あぁ、この子は凪仁と同じ子なんだと。

カナエちゃんには凪仁を、大切な親友を託せると思った。
この約束だけは守りたかった。

「あなたの…名前」
「カナエよ、真菰ちゃん」
「かなえちゃん……っ、おねがい、なぎとをしなせないで」
「えぇ、必ず守るわ。私たちは友達だもの」
「……あり…がとう」

── 最期に出会えてよかった、私達の大切な友達。
カナエちゃん、私を助けようとしてくれてありがとう。
どうか二人が幸せに笑って過ごせますように。


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