似て非なるもの   作:アヒルのおもちゃ

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「俺、凪仁さんと仲良くなりたいです!」

そう言った時、しのぶさんは泣きそうな顔をした。









第二話:機能回復訓練

 

 

 あの人からは色んな感情が混ざりに混ざった不思議な匂いがした。

 見覚えのある狐の面を付け、見覚えのある羽織を身につけていたあの人からは他の柱と呼ばれる人達と違い、何処か不思議な匂いがしたのが第一印象だった。

 

 最初はふわふわとここにいるはずなのに、ここにいないような、まるで雪のような儚さを持った印象があったのに『善良な鬼と悪い鬼の区別がつかないのなら柱などやめてしまえ』と発言した瞬間、目に追えない速さで頭を地面に押し付けられた。

 

 口調は優しかったが、狐面から見えた藤納戸色の瞳には明確な鋭く研ぎ澄まされた殺意が見え、匂いを嗅いだだけでもその人の怒りが俺に向けられていた。

 

 でも、話を聞けば俺は怒られても仕方が無いことをしたのだと、取り返しのつかないことをしてしまったと気付いて、あの人を見ることが出来なくなってしまった。

 

 俺と禰豆子のせいで、あの人の家族を危険に晒してしまったんだ。

 家族を危険に、それも命を懸けるだなんて聞けば怒るに決まっているのに、俺は勝手に義勇さん達に俺や禰豆子のように家族と共に鬼殺隊にいる人の存在を考えてすらいなかった。

 

 義理の家族と言っていたけれど、俺はそんな人に何も話さずに勝手に守られた気になって、あんな酷いことを言って、まるで義勇さん達が俺の妹を守るのに命を懸けることが当たり前のようなことを言ってしまった。

 

 

「お前ほんっと最悪だよ!あの雪柱様も怒らせるって何したわけ!?」

 

「す、すみません……」

 

「本当よ!ただでさえ、柱ってだけで怖いのに!雪柱様は昔から凄く優しくて、柱の中でも私たち話しやすかったのに!」

 

「あ、あの、雪柱様って何方ですか…?うぐっ!」

 

「そんなことすら分からずに、あんな態度とってたの!?どうしてくれるのよ!あんたもう喋らないで!」

 

「雪柱様は狐面を付け、花柄で桃色のような羽織を着られていた方だよ!宍色の髪が見えただろ!」

 

「あ、あの人が…うっ!」

 

「あの人呼ばわりするな!柱だっつーの!謝れ!」

 

「そうだ!許さないからな!謝れ!」

 

「す、すいません…!」

 

 

 運ばれながら殴られる俺が、どうやら隠の人たちにとって、とんでもない事をしたということは身に染みて分かった。

 ひたすら謝罪を続ければ殴る手を止めてくれるものの、一言一言に見え隠れする怒りは俺を確実にボロボロにしていく。

 

 連れてこられた場所は、先程までいた御館様の屋敷と同じぐらい立派な屋敷で、ここは俺を案内するように言った蟲柱の胡蝶しのぶさんの屋敷らしい。とても立派なお屋敷だ、名前は蝶屋敷だったかな。

 

 

「あ、いる。人いる」

 

「あれは、えっと継子の方だ」

 

「継子?」

 

「栗花落カナヲ様だ」

 

 

 隠の方が屋敷に何度も声をかけるけど、返事はなくて庭に回るとのことで俺は背中に乗せてもらいながら屋敷を眺める。

 人に慣れているのか、紫色の美しい蝶がすぐ傍まで飛んでおり、鼻にほのかに香る香りは心を優しく包み込むような、とても優しい香りがする。

 

 庭にいたのは、屋敷の主である胡蝶しのぶさんの継子と呼ばれるようで、どうやら継子は相当優秀な方で、柱が選び、育てる隊士らしくて、彼女の名前は栗花落カナヲさんらしい。

 

 年は俺と近いようだし、最終選別にもいた子だ。指に蝶を止まらせていて目はしっかり合ってるはずなのに、ニコニコと微笑むだけで会話が成立はしてない様子。

 

 

「あら?どなたかしら?」

 

「カナエ様!」

 

「胡蝶様のお申し付けで、怪我人をお連れしました!」

 

「あらあら、そうだったのね。アオイ、案内してくれるかしら」

 

「はい!隠の方こちらです!」

 

 

 カナエ様と呼ばれた方は、さっき俺をここに連れていくように指示を出した胡蝶しのぶさんにとても良く似ている人だ。もしかして、姉妹なのかな。

 俺と禰豆子、雪柱の凪仁さんや冨岡さんのように、鬼殺隊には兄妹で所属している人は少なくないのかもしれないな。

 

 案内された部屋には、よく知る声が聞こえてアオイさんという方が怒ってる方を見れば同じ最終選別に参加し、その後の任務、那田蜘蛛山の前で離れ離れになるまで一緒に戦って無事かどうか分からなかった善逸だ。

 

 

「善逸!」

 

「いやー!…た、炭治郎?炭治郎ー!聞いてくれよ、臭い蜘蛛に刺されるし、毒ですげえ痛かったんだよ!さっきからあの女の子にガミガミ怒られるし!」

 

「…ん?善逸、なんかちっちゃくないか?」

 

「蜘蛛になりかけたからさ、俺今、凄い手足が短いの」

 

「そうなのか、伊之助は?村田さんは見なかったか?」

 

「村田って人は知らないけど、伊之助なら隣にいるよ」

 

 

 村田さんの無事が気になったけれど、ここにいないのならもう治療が終わって任務に出てるのかもしれない。

 視線を向けられた方向には、俺が気付かなかっただけで静かに伊之助の象徴でもあるイノシシの被り物を付けたまま横になっている伊之助の姿。

 

 驚いて、さっきまで運んでくれていた隠の方の背中から勢いよく落ちてしまって身体がとても痛いが、伊之助が追い詰められてるところを最後に、彼を助けに行けなかったから無事なのを知って、ほっとしたけれど声が違う。

 

 

「イイヨ、キニシナクテ」

 

「声が……伊之助か…?」

 

「何か喉潰れてるらしいよ」

 

「え?」

 

「詳しいことはよくわかんないけど、首をこう、ガっとやられたらしくて。そんで最後自分で大声出したのが、トドメだったみたいで喉が偉いことに。落ち込んでんのか、凄く丸くなってめちゃくちゃ面白いんだよな!うひひっ!」

 

 

 さっきまで泣いて騒いでいたはずの善逸が、当然気持ち悪い笑い方で笑い出すから俺は思わずキョトンっと善逸を見つめてしまう。

 何でだろう?何か変なことでも起きただろうか?

 

 善逸の変わりようが不思議だったから聞いてみたら、善逸は俺の言葉に固まって何も言わない。俺は失語してしまったようだ。

 気まずい空気の中、ボソッと聞こえた伊之助の声に俺と善逸は頭をフル回転させて言葉を選ぶ。

 

 

「ゴメンネ、ヨワクテ」

 

「頑張れ伊之助!落ち込むなんてらしくないぞ!」

 

「お前はよくやったって!すげえよ!」

 

「生きててくれて、俺は嬉しいんだ!」

 

「アー!!俺、朝の薬飲んだっけ!?飲んでるとこ見た!?誰か見た!?誰か!見たー!?」

 

 

 伊之助と出会ってから、こんなにも落ち込んで静かな伊之助を見た事がなくて心配だが、善逸はどうやらいつもと同じようだし、無事とは言えないけれど生きていてくれただけで俺はとても嬉しかった。

 

 その後、アオイさんが来て二人が着てるものと同じ衣服を手渡され、俺は着替えてから伊之助の隣が空いている寝台のようだからそこに横になる。

 いつの間にか、二人は疲労もあってか静かになって眠りについており、俺も静かに二人の無事にホッとしつつ天井を見つめる。

 

 暫くして、先程案内してくれたアオイさんとは別に最初に声をかけて下さったカナエさんが禰豆子が入ってる木箱を持ちながら部屋に来てくださって、俺は二人が起きないように痛む身体に鞭を打ち、立ち上がって箱を受け取る。

 

 

「ごめんなさい、怪我で痛いところ」

 

「いえ!禰豆子のことありがとうございました!」

 

「禰豆子さんは鬼でしょう?この部屋だと陽の光がよく当ってしまうから、屋敷の中でも陽の光に当たらない個室があるから、禰豆子さんはそこを使ってくれるかしら」

 

「はい!ありがとうございます!」

 

「ふふ、じゃあ案内するわね」

 

 

 カナエさんに案内してもらい、部屋の中に入って窓を閉めて陽の光を遮り、禰豆子の木箱を置いてから設置されている寝台に座れば、カナエさんは優しく笑って俺の目を真っ直ぐに見つめる。

 

 

「初めまして、私はここに貴方たちを連れていくように言った胡蝶しのぶの姉であるカナエです。禰豆子さんのことは聞いてるわ、大変だったでしょう?」

 

「は、初めまして!俺は竈門炭治郎です、俺達を屋敷に置いて下さりありがとうございます!」

 

「ふふ、いいのよ。蝶屋敷はね、私たちの住む家であり、鬼によって怪我をした隊士達が療養し、休むという機能も行っている場所なの。だから怪我をした貴方達が来るところで合ってるから、そんなに気を張らなくていいのよ〜」

 

「そうなんですね、お世話になります!」

 

「ふふ、ここにいる間は禰豆子さんはここで休ませてあげてね。また、しのぶ達が帰ってきたら改めて来るからゆっくり休むのよ」

 

「はい!」

 

 

 今日が初対面だけれど、あんなにも禰豆子に対して優しく接してくれた人は冨岡さんや鱗滝さん以外で鬼殺隊では居なかったと思う。

 匂いからもとっても優しい人って感じたし、ここに来るまで鱗滝さんや冨岡さん、御館様、さらにカナエさんにも良くして貰えて俺たちは本当に恵まれて幸せなんだろう。

 

 だからこそ、俺は凪仁さんと話さなければならないんだ。

 冨岡さんの家族であり、鱗滝さんが言っていた同門で姉弟子の人がいるというのは多分、凪仁さんのことだったんだろう。

 

 ── 炭治郎、お前をここに紹介した義勇ともう一人。柱としてお前の姉弟子がいる。姉弟子はお前のことも、もちろん禰豆子のことも知らない。

 必ず炭治郎と禰豆子の味方になってくれるとも言えない。

 

 

「……禰豆子、兄ちゃんは凪仁さんに謝らないといけないんだ」

 

「…?」

 

「俺、冨岡さんや鱗滝さんに家族がいるって考えたこと無かった。俺と禰豆子のように兄妹がいても当たり前なのに、俺はとっても酷いことをしたんだ」

 

「……。」

 

「…あ、そうか、お前寝不足だもんな。凪仁さんが付けていた厄除の面と羽織に凄く見覚えがあるんだ。あの傷の模様の面、花柄で桃色のような色の羽織。多分、二人が付けていたものだと思うんだ」

 

「……。」

 

「……まずは、凪仁さんに謝って、たくさん謝って許してもらわないとな」

 

 

 鱗滝さんに育てられた証である厄除の面で、凪仁さんが付けていた面。

 口元から頬にかけて傷の絵柄が入ったもので、その面を俺は鱗滝さんの元で修行していた時に俺を何度も鍛えてくれた錆兎が付けていたものと同じだ。

 

 それに凪仁さんが着ていた羽織。

 凪仁さんには少しだけ小さかった気がする花柄模様で、桃色のような色の羽織も同じように錆兎と共に鍛え、呼吸を教えてくれた真菰が着ていたものと似てる。

 

 俺の事を死ぬ気で鍛えてくれて、ここまで導いてくれた兄弟子であり、姉弟子である錆兎と真菰の関係するものを身に付けているということは、多分凪仁さんは二人と親密な関係の人なんだと思う。

 

 だからこそ、俺は許されないかもしれないけど謝って仲良くなりたいんだ。義勇さんと同じ、鱗滝さんの元で修行した姉弟子である凪仁さんと。

 

 そう考え、いつか必ず話そうと決心した数日後に、やっと那田蜘蛛山で出会った村田さんの無事を知った。

 今日も善逸は騒いで、アオイさんに怒られていて、どうにか病室なのもあって抑えようと思っていた時だった。声をかけられ、入口を見れば村田さんの姿。

 

 

「村田さん!大丈夫だったんですか!」

 

「身体が溶ける寸前まで行ったけど何とかな、そっちはだいぶ怪我が重いんだって?」

 

「少し時間がかかるみたいです」

 

「イノシシのお前は喉か。ん?どうしたんだ、こいつ」

 

「そっとしておいてください」

 

「だってコイツが元気ないなんて」

 

「炭治郎、誰その人?」

 

「那田蜘蛛山で一緒に戦った村田さん」

 

「村田だ、よろしくな。あ、君その腕」

 

「蜘蛛になりかけて、今も腕と足が短いままで」

 

「だからこの薬が必要なんです!」

 

「ひぃぃ!だってそれ不味すぎでしょ!不味いにも程度ってものがあるでしょ!」

 

「腕が元通りにならなくても知りませんからね!」

 

「冷たい!その言い方冷たい!!」

 

「貴方は贅沢なんです!この薬を飲んで、お日様を沢山浴びれば後遺症は残らないって言ってるんですよ!?」

 

 

 こんなに騒いでしまって、またアオイさんに怒られてしまってどうしよう。

 カナエさんにも、他にも療養してる人がいるから静かにしてねと言われたばかりなのに、俺にはこんな風になった善逸を止める方法が分からない。

 善逸は男なのに、どうしてこんなにも女々しいのだろう。錆兎見たら間違いなく怒るだろうなぁ。

 

 そんなことを考えていたら、目の前で明るく笑っていた村田さんの匂いが一気に重く、辛そうな匂いに変わって、慌てて村田さんを見れば、重苦しく開かれた口から出てくる村田さんの愚痴。

 

 

「…あはは、楽しそうでいいな……。その那田蜘蛛山の一件での資材報告で柱合会議に呼ばれたんだけど地獄だった、怖すぎだよ柱。何か最近の隊士は質が落ちてるってピリピリしてて皆。」

 

「村田さん…?」

 

「那田蜘蛛山に行った時も命令に従わないやつとかいたからさ、その育手は誰かって言及されててさ。俺みたいな階級の者にそんなこと言ったってさ……柱、怖ぇよ」

 

 

 村田さんも大変なんだなと思っていたら、廊下から部屋に入ってきた足音で視線を向ければ、まさかの今話題の柱の方。

 紫色の蝶のような髪飾りを付け、蝶のような羽織を着ている蟲柱の胡蝶しのぶさんと、その後ろには付き添いなのか厄除の面を付け、花柄の羽織を身につけた凪仁さん。

 

 どうやって村田さんを止めようと考えていたら、誰もが見惚れる程の美しい笑顔を浮かべた胡蝶しのぶさんが口を開いてしまった。

 

 

「こんにちは」

 

「やっほー、村田さん」

 

「はっ!柱!胡蝶様!鱗滝様!」

 

「こんにちは」

 

「元気そうだね〜、村田さん」

 

「あ!どうも!さよなら!!」

 

「あらあら、さようなら」

 

「ふ、ふふっ」

 

 

 村田さんの飛び出し方に狐面の下にある表情は見えないが凪仁さんはクスクス笑っていて、しのぶさんはそんな凪仁さんの方を見て眉間に皺を寄せつつ、俺たちの方に向き直った視線は医者の目だ。

 

 

「どうですか、体の方は」

 

「かなり良くなってきてます」

 

「では、そろそろ機能回復訓練に入りましょうか」

 

「機能回復訓練?」

 

「はいっ!」

 

「しのぶ、私もう行くね」

 

「分かりました、姉にちゃんと顔を見せてくださいね?」

 

「…わかってるってば〜」

 

 

 俺達の方は見ることなく、凪仁さんはどこかへ行ってしまって俺と伊之助はしのぶさんに連れられて、回復に遅れてる善逸よりも先に機能回復訓練に参加することになった。

 

 寝たきりで固くなった身体を、すみさん、きよさん、なほさんの3人が解してくれるんだけど、それがとてつもなく痛くて本当に身体が悲鳴をあげる。

 俺は長男だから耐えられるけど、長男じゃなかったら耐えられなかった。

 

 次に、しのぶさんの継子である栗花落カナヲさんと反射訓練。一対一で湯呑みの中に、とっても臭い薬湯が入っていて、それをお互いに掛け合うものだけど湯呑みを持ち上げる前に相手から抑えられたら、その湯呑みは動かせないものだ。

 この臭い薬湯を何杯かけられても耐えられるのは、俺が長男だったからだ。長男じゃなかったら匂いに耐えられなかった。

 

 最後は、アオイさんとカナヲさん相手の鬼ごっこ。

 それも本気で早くて捕まえられなくて心が折れそうになるんだ。

 これも長男で無ければ耐えられなかった。

 

 一足先に始めた俺と伊之助で、今日は善逸が初めて参加する日ということもあり、丁寧にアオイさんが説明してくれてる中、俺は心の中でここ数日のことを思い出し少し気が遠くなってしまう。

 

 丁寧な説明を聴き終わった善逸と、その説明を横に聴きながら俺と伊之助は既にコテンパンにされてボロボロに座ってたら、静かに善逸が手を挙げた。

 

 

「……すみません、ちょっといいですか」

 

「何かわからないことでも?」

 

「…いや、ちょっと。来い、二人とも」

 

「…え?」

 

「行かねぇよ」

 

「良いから来いって言ってんだろうがァ!!オラァ!!」

 

 

 泣き叫ぶ善逸は見たことがあっても、ここまで怒号を上げて顔に青筋を浮かべて俺たちを引き摺って訓練所に出す善逸は見た事がないし、突然怒った善逸の暴言に反応した伊之助を問答無用で殴り飛ばした善逸。

 

 いくら何でも、何で怒ってるのかよく分からないが怪我を治してる途中の伊之助を殴るのは良くないと思い、善逸に注意すれば意味がわからないことを言い始めて唖然とする俺と伊之助。

 

 

「お前が謝れ!お前らが詫びれ!天国にいたのに地獄にいたような顔してんじゃねえ!女の子と毎日キャッキャキャッキャしてただけのくせに何やつれた顔して見せたんだよ!土下座して謝れよ!切腹しろ!」

 

「何てこと言うんだ!」

 

「黙れこの堅物デコ真面目がー!黙って聞けよ良いからぁ!!」

 

「……!?」

 

「女の子に触れるんだぞ!身体揉んで貰えて、湯呑みで遊んでる時は手を、鬼ごっこしてる時は身体触れるだろうが!女の子一人に付き、おっぱい2つ、お尻2つ、太腿2つ付いてんだよ!すれ違えばいい匂いもするし、見てるだけでも楽しいだろが!幸せー!」

 

「訳わかんねぇこと言ってんじゃねーよ!自分より身体小さい奴に負けると心折れるんだよ!」

 

「やだ可哀想!伊之助、女の子と仲良くしたことないんだろ!山育ちだもんね!遅れてるはずだわ!あー!可哀想!」

 

「はー!?俺は子供のメス踏んだことあるもんね!」

 

「最低だよ!それは!」

 

「はぁー!?女ぐらい何人でも持てるわ!」

 

 

 これ、絶対に訓練所にいる女の子たちに聞こえてると思うんだけど、善逸はそれをわかっているのだろうか。

 それよりも、そんな最低なことを考えながら訓練してもらうっていったい何を考えているのか、俺には理解出来ないし善逸はいったいどこに向かっているんだろうか。

 

 善逸は本当に笑いながら、伊之助がビビるぐらいに笑いながら半端なく痛いはずの訓練を笑顔で乗り越え、アオイさんのことは薬湯と鬼ごっこで捕まえる二人。

 俺はどう頑張っても勝てないのに、俺だけ薬湯でずぶ濡れで恥ずかしい。

 

 数日経ってもアオイさんに勝った善逸と伊之助でも、カナヲさんには一度も勝てずに負け続け、いつからか二人が訓練所に来る日は無くなり、二人とも訓練所に来なくなってしまった。

 

 俺が万全の状態でも彼女に勝つことは出来ないだろう、反射速度が全然違うし、彼女からは柱の人たちに近い匂いがするし、彼女は目が違う気がする。

 

 考えに集中しすぎて訓練に付き添ってくれている、すみちゃん、きよちゃん、なほちゃん達に話しかけられている事に気付けなかった。

 彼女たちが言うには、全集中の呼吸を四六時中出来るのと出来ないのだと天地ほどの差があり、柱やカナヲさんは既に出来るらしい。

 

 もしかしたら、それが大きな差なのかもしれない。

 俺は長男だからやるしかないと決め、伊之助と善逸を訓練所に連れていく説得をしたけれど、見事に二人に負けてしまったから全集中の呼吸を長くやることに集中することにした。

 

 

「わぁ!びっくりした!今、一瞬耳から心臓出たかと思った!」

 

「………。」

 

「凪仁様!」

 

「え!凪仁さん!?……って、あれ?」

 

 

 凪仁さんの名前が聞こえたから、話せるかもしれないと思って姿を探したけれど見当たらない。

 柱の人はやっぱり動きが早いんだなぁと思っていれば、廊下から俺を見ていたのかカナエさんと目が合い、会釈をすれば呼ばれたので縁側に座る。

 

 

「炭治郎くん、もし良かったらおにぎりどうぞ」

 

「ありがとうございます!」

 

「庭で何をしていたのかしら」

 

「すみちゃん達に、カナヲさんと俺との違いが全集中の呼吸を長い時間やってるかやってないかなんじゃないかと言われて、俺も出来るようにしようと思って」

 

「全集中の呼吸・常中の事ね、確かに出来るのと出来ないのじゃ天地の差があるわね」

 

「全集中の呼吸・常中ですか?」

 

「そう。起きてる時はもちろん、寝てる時も常に全集中の呼吸をすることで基礎体力の向上はもちろん、他にも色々出来るのよ」

 

「そうなんですね、頑張ります!」

 

「ふふ、急にやっても肺が辛くて苦しいと思うから、先ずは肺を鍛えるのがオススメかしら」

 

「っ!はい!」

 

 

 カナエさんの言う通り、呼吸の大切な気管である肺を鍛えることが大きな一歩の前進だろう。

 鱗滝さんに叩き込まれた訓練を行いながら全集中の呼吸を続け、山下りをイメージして屋敷の庭を駆け周り、障害物は全て山の木々に代用品と考える。

 俺には努力しかできない。ひたすら努力して、努力し続けるんだ。

 昼間はひたすらの追い込み稽古、夜は精神統一に費やし、俺は屋根上に坐禅を組んで精神統一をする。

 

 

「もしもし、もしもーし」

 

「っ!はい!」

 

「頑張ってますね、お友達二人は何処か行ってしまったのに。一人で寂しくないですか?」

 

「いえ!出来るようになったら、やり方を教えてあげられるので!」

 

「君は心が綺麗ですね」

 

 

 あの裁判の日、そして機能回復訓練に連れて行ってもらった日以降、しのぶさんとこうして目を合わせて話すのは三度目だ。

 近くで見ても、善逸が言う通り確かにとても美しい人だし、藤の花のいい匂いがする女性だ。

 

 

「あの、どうして俺たちをここに連れてきてくれたんですか?」

 

「禰豆子さんの存在は認められましたし、君達は怪我も酷かったですしね。それから、君には姉と……師匠であり親友の夢を託そうと思って」

 

「師匠で親友…ですか?」

 

「はい、私は凪仁さんの弟子にして頂いてた時があって。…夢というのは、姉と凪仁さんの夢です」

 

「…夢?」

 

「そう、鬼と仲良くする夢です。きっと君なら出来ますから」

 

「あの、もしかして怒ってますか?それに悲しんでも」

 

「…!」

 

 

 鼻についた匂いは怒りの匂い。

 俺は生まれた時から感情を匂いとして感じられるが、しのぶさんからはいつも主に二つの匂いがしていた。

 一つは怒りの感情、もう一つは懺悔、いや申し訳なさの匂いだ。

 

 

「何だか、いつも怒ってる匂いと悲しんでる匂いがしていて。ずっと笑顔だけど」

 

「…そう、そうですね。私はいつも怒っているかもしれない。鬼に最愛の姉を殺されそうになってから、鬼によって師匠の……親友の全てを壊されてから。奪われた人々の涙や絶望の叫びを聞く度に、私の中には怒りが蓄積され続け膨らんでいく」

 

「……。」

 

「身体の一番深いところにどうしようもない嫌悪感がある、他の柱たちもきっと似たようなものです。まあ、今回彼らも人を食ったことの無い禰豆子さんを直接見て気配も覚えたでしょうし、御館様の意向もあり、誰も手出しすることはないと思いますが」

 

「…しのぶさん」

 

「私の姉には会ったことありますね?」

 

「はい、カナエさんですよね。とても優しい匂いがしました」

 

「えぇ、姉は昔から誰にでも優しい。ふふ、ああ見えて昔は花柱になった凄い人なんですよ。今もですが姉は鬼に対しても同情し、自分が死にかけた時ですら鬼を哀れんでいました。 姉だけでなく、凪仁さんも」

 

「カナエさんが柱!?そうだったんですか!?え、でも凪仁さんが鬼を…?」

 

「えぇ、今の凪仁さんからは特にあの裁判の凪仁さんを見たから信じられないかもしれませんが、昔は姉と同じように鬼を可哀想だと言ってた人でした」

 

 

 あの裁判で凪仁さんの家族を巻き込んでしまったし、何より鬼を憎んでいる匂いが白髪の男性と同じぐらい強かった覚えがある。

 

 厄除の面で表情は見えないけれど、あの面の下は鬼の憎しみで溢れているんじゃないかと思うぐらい強い匂いがした人が、カナエさんと同じように昔は鬼に慈悲を持っていたなんて少し信じられなかった。

 

 

「でも、凪仁さんは君と違って色々失いすぎてしまったんです。きっと最後のキッカケは私の姉が死にかけたことでしょう。姉が柱を降りた今、私が姉の想いを継がなければならない。そうでないと、私はあの人の隣には立てないし顔を見れない」

 

「…凪仁さんは、その」

 

「…私の口から凪仁さんの事は言えません。…でも少し疲れまして、鬼は嘘ばかり言う。自分の保身のため、理性をなくし、剥き出しの本能のまま人を殺す」

 

 

 顔を伏せていたしのぶさんが、話はもう終わりだと言う合図なのか立ち上がって、今まで見てきた笑顔と違う笑みを浮かべて、俺の顔を見つめる。

 すんっと嗅いだ匂いは、誰かに対しての心配の感情だ。

 

「炭治郎くん、頑張ってくださいね。どうか禰豆子さんを守り抜いてね、自分の代わりに君が頑張ってくれていると思うと私は安心する、気持ちが楽になる。……凪仁さんがこれ以上、自分を否定しなくて済む」

 

 

 やっぱりそうだ、この屋敷に来てから同じ匂いを色んな場所で嗅いだ覚えがおる。

 多分、蝶屋敷に住む人全員が凪仁さんの事が大好きで、凪仁さんが心配なんだ。

 

 

「あの、しのぶさん」

 

「はい」

 

「俺、凪仁さんに謝ります。あと仲良くなりたいです!」

 

 

しのぶさんに託された夢を今すぐどうにかは出来ないけれど、でも俺が行動してできることはこれぐらいしかない。

 しのぶさんは俺の言葉に目を見開き、悲しそうな泣きそうな顔をしながら微笑むだけだった。

 

 

「…竈門くん、全集中の呼吸が止まってますよ」

 

「あ!」

 

 

 指摘されて、しのぶさんから目を離した瞬間、しのぶさんの姿が一瞬で消えてしまった。

 カナヲと比べ物にならないくらい柱の人は本当に速い、全てが格が違う。

 

 禰豆子を助けたい。そのために剣士になった俺だけど、出来ることなら俺たちのように悲しみ続ける人たちの連鎖を止めたい。

 何より、しのぶさんに頼まれたんだ。

 やっぱり俺は凪仁さんと話したい、仲良くなりたい。

 

 

「よしっ、頑張るぞ!俺!」

 

 

 そう決めて、全集中の呼吸・常中が次第に安定し始めた時だった。

 いつものように庭で鍛錬をしてる時、廊下を歩く錆兎の面を付けた凪仁さんの姿を見つけて、俺は走って駆け寄ったんだ。

 まずは勝手に俺達の都合で凪仁さんの家族を巻き込んだ事を謝って、次に錆兎や真菰の事を聞きたい。仲良くなりたい。

 

 

「凪仁さん!」

 

「…竈門くん、だったよね名前」

 

「はい、竈門炭治郎です!……俺たちの都合で、凪仁さんのご家族を巻き込んで危険に晒してすみませんでした!」

 

「……。」

 

「冨岡さんと鱗滝さんから聞きました、凪仁さんも鱗滝さんの弟子で俺の姉弟子だって」

 

 

 そこまで凪仁さんに言って、俺は微かに鼻に香ってきた匂いが怒りだということに気付いた。

 もう一度、すんっと香りを嗅げば、怒りの匂いが充満していて俺は話そうと思っていた話題を辞め、凪仁さんの名前を恐る恐る呼ぶ。

 

 

「…な、凪仁…さん?」

 

「気安く名前呼ばないでくれるかな?」

 

「……ぇ」

 

「私たち、そんな間柄じゃないでしょ?」

 

「で、でも俺、凪仁さんと仲良くなりたくて!」

 

「…私と仲良く?」

 

「はい!その厄除の面と羽織、錆兎と真菰のものですよね。狭霧山で修行を……っ!」

 

 

 二人の名前を出した途端、全身に感じる殺気。

 俺と凪仁さんの空気がおかしいと音で気付いた善逸。少し離れた場所から様子を伺っていたカナエさん、しのぶさんが心配そうにこちらに寄ってくる。

 それでも、凪仁さんの怒りの感情は消えずに静かに俺を見つめるだけだ。

 

 

「鱗滝さんや義勇が君に何言ったのか知らない。謝罪は受けとったし、義勇が自分で決めた事だから私からはもう何も言わない。けど、私は君たちと関わる気ないから必要以上に関わってこないで?」

 

「え、あ、凪仁さん!」

 

「それから」

 

 

 凪仁さんは、これ以上話しかけるなと言わんばかりに俺を面越しに睨んできて俺は動けなくなる。

 こんなつもりはなかったんだ。ただ俺は、仲良くなるきっかけに沢山修行で鍛えてくれた錆兎と真菰の話をしたかった。

 でも、どこで間違えてしまったんだろう。

 

 

「……二度と、二人の名前を私の前で呼ばないで」

 

 

 禰豆子、兄ちゃんは大きな間違いをしてしまったみたいだ。

 

 

 

 

 







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