似て非なるもの 作:アヒルのおもちゃ
「凪仁さん、彼のこと嫌いですか?」
蝶の彼女に聞かれたとき
私は面を付けていて良かったと心の底から思った。
──その厄除の面と羽織、錆兎と真菰のものですよね
早歩きで廊下を渡り、自室の扉を開けて中に入って座り込む。
彼はさっき本来なら知るはずのない名前を呼んだ。しかも口ぶりからして、まるで誰かに聞いたようにじゃなく、狭霧山でちゃんと会話し関わったことがあるような言い方をした。
感情がぐちゃぐちゃに掻き回され、全集中の呼吸・常中を何年もやってるのに呼吸が乱れてくる。そのせいで今なら不整脈を起こせそう。
感情を抑えられない者は未熟者なのに、どうにも抑えられなくて私は厄除の面を取り、両手で宍色の髪をぐしゃりとつかむ。
「……何なんだよ、あの子」
私のせいで、私をかばって散った親友のフリをして何とか紡いできた私を一瞬にして壊すような衝撃が来て、私は初めて鬼以外にあの感情を人にぶつけた。
色んな感情が混ざりあって、気持ち悪さを感じながらも思い出すのは竈門炭治郎と竈門禰豆子の裁判を行った日。
裁判の後、全員が御館様の庭から屋敷の中へと移動し、普段柱合会議を行っている時に使用させて頂いてる座敷に上がり、定位置とされている場所に座る。
全員が座ったのを確認した御館様の口が開き、柱合会議が開始されるが最初の議題は那田蜘蛛山。
しのぶと義勇の口から、今回の那田蜘蛛山の報告を受け、私たちが思っている以上に隊士の質が落ちている事を理解させられる。
竈門炭治郎を含め、彼の同期が追加の隊士として派遣され、十二鬼月がいる可能性が高いとし、しのぶと義勇が派遣された那田蜘蛛山。
指示を出しても、その指示通りに動かない隊士が何名かいた事。また階級と実力が見合っていない隊士がいたこと。
那田蜘蛛山の一件、そして私が遠方の任務として派遣された場所での鬼の被害、その他の柱や最近の報告を順次し、聞く限り鬼の被害が増えてることもあるけれど、一番は隊士に大きな問題があるのは間違いない。
「皆の報告にあるように、鬼の被害がこれまで以上に増えている。人々の暮らしが、かつてなく脅かされつつあるという事だね。鬼殺隊員を増やさなければならないが、皆の意見を」
「…今回の那田蜘蛛山でハッキリした、隊士の質が信じられないほど落ちている。ほとんど使えない、まず育手の目が節穴だ。使えるやつか、使えないやつかくらいは分かりそうなものだろう」
「昼間のガキはなかなか使えそうだがな。不死川に派手にビクともせず、凪仁の威圧にも耐えきってみせた。派手に見込みがある」
「……隊士の質は兎も角、彼とは少し距離を置きたいです。…まあ、那田蜘蛛山に限らず、話によれば指示を聞かない隊士もいるそうですが」
「凪仁さんとは初対面が最悪ですからね。……人が増えれば増えるほど、制御統一は難しくなるものです。今は随分、時代も様変わりしていますし」
「愛する者を惨殺され、入隊した者。代々鬼狩りをしている優れた血統の者以外、それらの者達と並んだ、もしくはそれ以上の覚悟と気迫で結果を出すことを求めることは残酷だ」
「それにしても、あの少年は入隊後まもなく十二鬼月と遭遇しているとは!引く力が強いように感じる!なかなか合間見れる機会の無い我らからしても羨ましいことだ!」
「そうだね。しかし、これだけ下弦ノ伍が大きく動いたということは那田蜘蛛山近辺に無惨はいないのだろうね。浅草もそうだが隠したいものがあると無惨は騒ぎを起こして、巧妙に私たちの目を逸らすから何とももどかしいね」
「……。」
「しかし、鬼共は今ものうのうと人を食い、力をつけ、生き長らえている。死んでいった者達のためにも我々がやることは一つ。今、ここにいる柱は戦国の時代、始まりの呼吸の剣士以来の精鋭達が揃ったと思っている」
──宇髄天元、煉獄杏寿郎、胡蝶しのぶ
鱗滝凪仁、甘露寺蜜璃、時透無一郎
悲鳴嶼行冥、不死川実弥、伊黒小芭内、冨岡義勇
「私の子供たち、皆の活躍を期待している」
全員で「御意」と返事を返す。
その後、那田蜘蛛山に任務で行っていた一人である隊士の村田さんが資材報告を兼ねて、柱合会議に参加してもらったのはいいものの、彼に言っても仕方ないのに不死川さんと伊黒さんを中心に隊士への不満をぶつけられていて流石に気の毒に感じた。
柱合会議が終わって私は自分の屋敷に帰るか、蝶屋敷に向かうかを悩んでいれば、ツンツンっと腕を突っつかれ、そんなことをする人は1人しか知らないため振り返れば、少しいたずらっ子のような笑みを浮かべてるしのぶ。
「なぁに、しのぶ」
「ふふ、凪仁さんなら私が言いたいこと察してるんじゃないですか?」
「…どうかなぁ」
「うちの屋敷に来て下さりますよね?任務先から急いで帰ってこられたんでしたら寝ていないでしょう?」
「今日はいつもより意地悪だね〜」
「あらあら、そんなつもりないですよ」
「……いくら言われても関わる気ないよ、彼に」
私が静かに言えば声色で茶化しじゃないと感じたのか、しのぶは顔を伏せて何かを考えるような素振りをするため、きっと何か言いたいけど言葉を探してるのだろうと思って話し出すのを待つ。
「関わりたくないのは冨岡さんの事だけではなく、お兄様やご友人が関係しているんですか?」
「ううん、彼が私の兄達のことを知ってるはずないから。鱗滝さんも話してないと思うし」
「…そうですか。でも彼は間違いなく、凪仁さんの狐面と羽織に反応してましたよ」
「気のせいじゃないかなー。二人は故人、五年以上前に亡くなってるんだから彼が知ってるわけない」
「…そう、ですね」
「……それにしても、あの少年。彼だって鬼殺隊入ってるのに殺すなって意味がわからない、自分も鬼によって家族を失ってるのに」
ギリっと歯を食いしばり、私は御館様の御屋敷から出て、しのぶしか居ないことに気付き、御館様の前では言わなかった本音を零せば、しのぶが息を飲んだ。
どうしたのかと思って、しのぶに目を向ける。しのぶは目を見開き、私と目が合うとビクッと震えているのを見て、自分が思ってる以上にあの少年と妹に対して怒りを感じてるんだと他人事のように思う。
「…あはは、ごめんね。でも御館様が認めた以上、飲み込めなくても手とかは出さないから」
「…凪仁さん」
「まあ、必要最低限しか関わらないから安心して!…さて、カナエには遠方任務で心配かけちゃってるからお邪魔しようかな!」
「ふふ、えぇ。そうしてください」
「しのぶ」
「はい?」
「あんまり無理はしないようにね、隈出来てるよ。また寝てないでしょー?」
「…その言葉、そのままそっくり返すわ」
ニヤリと浮かべる笑みは、カナエになろうと努力する彼女がたまに見せる本当の彼女。これは一本取られたなと笑って誤魔化す私。
彼がいる間は蝶屋敷から少し距離を置こうかと思ったけれど、良く考えれば彼を避ければ問題ないわけだし、私は自分の屋敷で過ごすよりも蝶屋敷の方が長いから蝶屋敷から離れるのは少し寂しい。
蝶屋敷に近付けば、何故か療養している隊士が多いはずの病室から叫び声が聞こえてきて、しのぶと私は驚いて固まってしまう。
私達が帰宅したことに気づいたカナヲが駆け寄ってきて、銅貨を飛ばすと表が出て、簡潔にまとめて叫び声の理由を説明してくれた。
……なるほど、薬が苦くて嫌だと叫んでるのか。
「カナヲの同期は個性豊かだね〜」
「…個性の一言で片付けます?」
「頑張ってね、しのぶ」
「凪仁さんも少しは手伝ってください」
「え、今さっき彼とは必要最低限しか関わらないって言わなかった?」
「ちょっとだけですよ。それに顔を見るは同じ屋敷にいる以上、必要最低限の関わりですし、何かの任務とかで顔合わせるよりは楽でしょう?」
ね?なんて笑顔で言われれば、私が逃げれないことをわかっているからこの子はずるいのだ。
カナヲの頭を撫で、私は遠方の任務で向かった先にあったラムネを渡せば、表情は変わらないけれど瞳をキラキラとさせ、会釈されるから頭を撫でてあげる。
「時間できたら稽古する?」
「…はい、お願いします」
「わかった、時間できたら教えるね」
しのぶにまるで引きずられるように、遠慮なく私の腕を握る彼女の後ろを歩いていき、カナヲに手を振ってその場を離れる。
この子は本当にカナエが柱を降りた日からカナエの真似をし始めたけれど、私には何も隠す気がないのは変わらない。
歩けば歩くほど騒がしい声は大きくなっていき、しのぶの眉間には皺が増えるし、笑ってるけど雰囲気は笑っていない。
美人は怒ると怖いんだよなと考えていれば、先程の不死川くんと伊黒くんを中心に責められたことが怖かったのか愚痴る村田さんを発見。
愚痴りたくなる気持ちも分かる。と思いつつ、普通に進むしのぶの後ろを歩いていき、挨拶をすれば気付いていなかった村田さんが驚くと、飛び上がるように立ち上がって部屋を出ていく。
そんな姿が面白くておかしくて、私はしのぶから鋭い視線を向けられるけどついつい笑ってしまい、彼女の言うとおりここまで来たのだから、さっさと彼らに話しかけられる前に退散してしまおうと声をかけて退散。
「……はぁ」
「おかえりなさい、凪仁」
「…カナエ、ただいま」
「ここには私しかいないわよ」
「……。」
カナエがわざわざ人払いをしておいてくれたのだろう。
人の気配がしないため、言われた通りに厄除の面を外して、女性にしては短めに切ってある宍色の髪を軽く整えれば、目の前の綺麗な紫色の瞳と目が合う。
彼女との明確な関わりがあったのは御館様の計らいが最初だった。
その日以降、私と彼女はよく組むことになり、その流れでしのぶとも挨拶を交わし、二人が治療目的の診療機関を作ったと聞き、私も蝶屋敷を拠点にすればいいと勧めてくれたのが今の生活のきっかけだ。
でも、本当の初対面は最終選別のときだろう。
「…顔色が良くないわね」
「疲れただけ、平気だよ」
「嘘ね、まだ抜けてないもの」
「……。」
「彼らが来たから余計なのかもしれないけどね。…彼は真菰さんを知ってるの?」
真菰。
私の大切な親友であり、今の私。
いつも笑って、鱗滝さんが大好きで、私たちを優しく包み込んでくれるようなふわふわとした子。
きっと生きていたら私と同じぐらい、いや私よりも足が早く、素早さを生かした剣の才能で義勇の言葉足らずさに怒りながら補佐をしていただろう。
私は、まさか知るはずがないと首を振る。カナエと初めて出会った日であり、親友を失った日は最終選別の最終日。
共に多くの鬼を斬り、父の願いのように強い人になろうと約束した兄を亡くし、翌年にそんな兄の分まで私達が多く斬って守ろうと約束した親友が亡くなった日は皮肉にも同じ日だった。
兄と同じように山を駆け巡り、誰よりも多くの鬼を親友の真菰と私は斬っていた。
そんな時だった義勇から聞いていた、幾つもの手を持つ鬼が現れたのは。兄は、その鬼に襲われている別の子供を守るために、義勇を安全な場所に置いて走って飛び出したのだと。
追いかけた先で義勇が見たのは、鬼の手の数にも負けない素早い動きで兄は見事にその鬼の頸を捉えていた姿。その鬼の頸を斬る技術は兄にももちろんあった。
だが、そんな剣の才能があり優しい兄は神に見放された。
鬼の頸を捉え、斬ろうとした瞬間、今まで斬った鬼のせいで刀は刃こぼれを起こし、ボロボロで鬼の頸を捉えて斬ろうとした時に刀身が折れてしまった。
刀が折れるということは、大きな隙を作るキッカケになり、鬼の前でそんな姿を晒したら殺されてしまう。
兄はそのまま、空中に投げ出される形で隙だらけとなり、鬼に頭を掴まれて潰され、他の隊士になりうる子供たちを守ったのに、その年の最終選別は兄だけは帰ってこなかった。
だから、その鬼を見た時、私は仇を討とうと目の前が真っ赤に怒りで染ったから気付けなかったのだ。私の刀も刃こぼれしていたことに。
刃こぼれを起こした私の日輪刀は、鬼の頸に当たると兄と同じように折れた。
あ、殺される。
真菰の叫ぶ声が聞こえて咄嗟に死を覚悟し、鬼の手に掴まれて殺されるのを待ったのに、それどころか背中から何かに押し出されたような感覚を感じ地面に転がる。
『…え?』
『にげて…なぎと…!』
『真菰…!…何で…!』
掴まれるはずだった、殺されるはずだった場所にいるのは真菰で、四肢を掴まれて今にも引きちぎられそうになってるのも真菰。
あの衝撃は私を守ろうとした真菰が押した衝撃だったと分かった瞬間、私は折れた刀で必死に鬼の手を切りにかかる。
『俺の可愛い可愛い狐ちゃん、お前たちで九、十、拾壱匹目だろうなぁ?』
その言葉を聞いて私も真菰も気付いた。
鱗滝さんの弟子が帰ってこなくなったのは、こいつが鱗滝さんの弟子を鱗滝さんが私達のために彫ってくれた厄除の面を探し、狙って食い殺していたからだ。
兄だけじゃない。私たちの兄弟子、姉弟子はこいつのせいで。
『お前だけは絶対殺す!真菰を離せよ!』
『なぎと…!だめ、逃げて!』
── 水の呼吸 参ノ型 流流舞い
今この瞬間も、私の大切な親友が殺されてしまう。折れた刀で水の呼吸を使って攻めるも、真菰を掴んでる以外の手しか切れず、アイツは気味の悪い笑みを浮かべ、真菰の四肢に繋がってる肝心の手は遠く、今すぐにでも引きちぎらんばかりに動く。
やめろ、離せ。これ以上私から奪わないで。
どんなに願っても、どんなに技を出しても、私は真菰を掴む以外の手によって腹を殴られ、勢いよく飛ばされて背中から木に強打する。
その勢いで、鱗滝さんから貰った私の厄除の面は割れて壊れてしまった。
肺の中にあった空気が背中を強打した事で全て吐き出され、すぐに立ち上がろうにも背中に痛みが走り、脚も震えて、刀を支えに立ち上がる。
もう一度、真菰を掴む腕を斬るための技を出すために地面を踏み込んだ瞬間、目の前で真菰の脚を引きちぎられて鮮血が飛ぶ。
鬼の怒りを逆撫でするような笑い声。
真菰の声にもならない悲鳴、私の中で何かが崩れて壊れていく音。
目の前が赤く染まり、鬼の頸を斬ることを考えていた思考が止まり、身体の底から来た憎しみが湧き上がって、ただ目の前の鬼から真菰を救い出す事だけを考えた。
今まで誰にも向けたことの無い憎しみ、怒り、全ての負の感情だけで身体を動かし、折れた日輪刀で真菰の腕を掴む奴の腕を切り落とす。
── 水の呼吸 玖ノ型 水流飛沫・乱
私と真菰が兄と義勇に特に優ったのは足の速さ。
動けない真菰を抱え、真菰の刀を拾い、死ぬ気で走って逃げた先にある藤の花が多くある場所に飛び込むように逃げ込む。
それから、私は自分が着てる羽織を引きちぎって真菰の足にきつく結び、止血をするけど、すぐに私の羽織は真菰の血で染まって、地面に流れていって血が止まらない。
手が真菰の血で染まる。真菰の綺麗な瞳に影が差し始める。
『大丈夫、絶対助ける!一緒に鱗滝さんの所に帰るって約束したろ!』
『……なぎ…と』
『絶対大丈夫だから、義勇も待ってる!真菰、目を瞑っちゃダメだ、僕の目を見て…っ』
『………ごめ…んね、なぎと…怪我は…?』
『何で謝るのさ、何も悪いことしてないだろ…!僕は真菰が守ってくれたから怪我してないよ。……っ、止まらない、なんで…!』
『貴方たち!!』
『きみはっ…!』
『今はこの子を救うのが先よ!私、ちょっとだけど医学の知識があるから手伝うわ!』
この時だ、カナエと初めて出会ったのは。
同じ最終選別を受けていて、私達が大きな音がした方から逃げてきたことに気付いたカナエが駆け寄ってくれて、必死に医学の知識があるからと真菰に手を尽くしてくれたのが初対面だった。
私の羽織を一緒に破り、必死に真菰を助けようと動いてくれて、だけど手をどんなに尽くしても、ここは最終選別の場所であるから医療が整ってる場所ではない。
『…真菰、待って、あと少しで最終選別終わるから!』
『…さびと、が言ってた、とおりだね』
『まこも…っ』
『……なぎと、が、泣き虫さんだって…えへへ』
『…泣き虫じゃない』
『……わらって…?わたし、凪仁の笑った顔が、一番好きなんだぁ』
『…っ、真菰』
『…鱗滝さんと義勇に……あやまっておいて?』
『…んっ』
『…やくそく、ごめんね』
『……やだ、おいてかないで…!』
『…だいじょうぶ、さびとと、ずっと傍にいる』
結局、真菰を救うことはできなかった。
カナエは初対面だった私に苦しそうに『妹だったら、もっと知識あったの。私だったから、ごめんなさい』と何度も謝ってくれたけれど、私からしたら何も知識ない私よりも真菰を救う手段があって実践することが出来た。
それに見ず知らずの私たちを救おうと、手を血で真っ赤にして、血の匂いに鬼が誘われて襲ってきてもおかしくなかったのに駆け寄ってきてくれた。
それだけで私と真菰にとっては救いだった。
『……私、二人と友達になりたい』
『…友達って、真菰はもう』
『えぇ、分かってる。だから、凪仁ちゃんさえ良ければ一緒に真菰さんと二人が育った鱗滝さんの所に行ってもいいかしら?』
『…いいけど、君の育手さんにも心配してるんじゃない?』
『鴉で伝えるから大丈夫。それに、真菰さんとは少ししか話せなかったけど私は友達だと思ってるの』
最後、真菰がカナエに話しかけてたのは知ってるし、何を話したのかは分からないけど、真菰が安心した顔をしてたのは見たから本当にあの短時間で友達になったと言われても信用できてしまった。
その後本当に帰る時もカナエは育手の人には鴉で遅れる事を伝え、わざわざ着いてきてくれた。
そのお陰で真菰を連れて帰ることだって出来たし、鱗滝さんに全てを伝えられたし、真菰と私の初めての友人だと紹介することも出来た。
「竈門くんの事は私に任せて、それに診察したけれど禰豆子さんは睡眠不足で当分起きないと思うし。貴方は無理しないで」
「…ごめん」
「いいの、ほら湯浴みの準備してあるから入ってらっしゃい」
「…ありがとう」
カナエと別れ、私用の部屋へと割り振られてる部屋に入り、厄除の面を机に置き、羽織を丁寧に軽く手入れをする。
兄さんが亡くなった時、義勇は厄除の面と折れた刀だけ持って帰ってきてくれて、鱗滝さんが私に厄除の面をくれた。
真菰が亡くなった時、鱗滝さんが羽織を形見として私に預けてくれて、その日から私は羽織は誰にも触らせないようにしてきた。
形見の羽織にシワができないように掛ける前に、その羽織をギュッと抱きしめたけれど昔は真菰の香りがしたのに、もう藤の花の匂いしかしなくなってしまった。
「……兄さんとも、真菰とも歳がどんどん離れちゃうな」
兄さんとの約束も、真菰との約束も何も忘れてない。
だからこそ、私は柱になって自分の屋敷を貰っても蝶屋敷にいる。4年前、私が行くのが遅くて肺に後遺症を残し、引退したカナエの分も彼女の妹達と彼女の幸せを守ろうと一人で二人に誓ったのだ。
私には兄さんのように色んな人を助けられるような剣の才能は無いし、義勇のように鬼に対して慈悲も向けられない。
カナエやしのぶのように、誰も彼も救おうとする優しさも持ち合わせていない。けれど、それでも私の手の届く範囲の人だけでも。
──私たち兄妹のように、離れ離れにならないように。
私より若く刀を握った子達が少しでも早く年相応に過ごせるように。
ギュッと握りしめた羽織を、もう一度羽織り直して寝巻を手に持ち、カナエが用意してくれた湯浴みをささっと済ませ、一眠りしようかと誰にも会わずに自室に戻る。
羽織を掛け、布団に入って寝ようと試みるも、全く寝れる気がしないが無理やりにでも寝ないとまた怒られる。
そうやって寝ては起きて、竈門炭治郎を避け、任務に呼ばれれば任務に向かい、避けては任務なんて日々を続けていたのに。
「君は心が綺麗ですね」
その日も結に言われた任務を終わらせ、本来なら嬉しいはずなのに、いつもより早く帰宅することになって何とも言えない気持ちになりつつも蝶屋敷にゆっくり歩く。
最近は全集中の呼吸・常中を身に付けるため、カナエから竈門炭治郎が夜に坐禅を組んでいると聞いていたし、見つからないように部屋に入ろうとしか考えていなかった時に聞こえた声で足が止まる。
「禰豆子さんの存在は認められましたし、君達は怪我も酷かったですしね。それから、君には姉と……師匠であり親友の夢を託そうと思って」
「…夢?それに師匠って」
「私は以前、凪仁さんの弟子にして頂いてた時があって。…そう、姉と凪仁さんの鬼と仲良くする夢です。きっと君なら出来ますから」
しのぶの綺麗な澄み切った声が廊下で立ち止まった私の耳に届く。話し相手は竈門炭治郎だろう。
それにしてもこんな私を今も師匠と呼んでくれてるなんて、しのぶは優しいなと笑ってしまう。
でも、その師匠が随分と馬鹿で甘い考えだった頃の話をしてるなと思い、過去を振り切るように私は早歩きでその場を離れようと歩を進める。
そんな甘い考えを持って鬼殺隊に入ったから、私は守るものも守れずに鬼に奪われて行ったんだ。
当時の自分に言ってやりたい、恥を知れと。
過去の自分を罰してやりたいほどに。
『ねぇ、兄さん』
『どうした、凪仁』
『…僕、鬼が憎い。許せない、でも可哀想だなって思った』
『……。』
『…おかしいのは分かってる、義勇と真菰にも驚かれた』
『お前はどうしてそう思ったんだ、理由があるんだろう』
『うん。その自分から鬼になった人は別だけど、無理やり鬼にされちゃった人って望んでもいないのに人を襲ってる事になるから可哀想だなって』
『…そうか。俺も全ては理解してやれないが、凪仁が考えて思ったことならそれは大切なことだ。そのまま胸に残しておいてもいいんじゃないか』
『ありがとう、兄さん!』
鬼によって幸せを奪われたばかりだったのに、そんな事を言う私を兄だって意味がわからなかっただろうに、優しい兄はそんな甘い考えを持った私の事を否定することは無かった。
義勇や真菰だって最初は驚いていたけど、兄が何か言ったのか二人はそれから納得したような顔で特に何か言ってくることもなかった。
やっぱり、彼と関わるのは私にとって良くない。
思い出さなくていい事まで思い出してしまうし、私たちは人だから合わない人間だっているだろうと自分の中で決め、彼から避けていたのに。
それが今さっきの出来事で水の泡になった。
──俺、凪仁さんと仲良くなりたいです!
「凪仁、凪仁」
「…結?」
「大丈夫?任務アルケド辞メトク?」
「ふふ、大丈夫。次の任務ってどういうの?」
「炎柱!合同任務!無限列車!」
「…杏寿郎と?」
「七日後合流!」
「わかった、ありがとう。……十二鬼月、しかも上弦の可能性高そうだね」
柱で唯一の同い歳の彼とは、結構話が合う。それに炎を連想させる熱い志と、彼の真っ直ぐな瞳は何処か兄の面影を感じて、時々寂しくもなるが彼の人柄があってか一緒にいて心地がいい。
そんな彼と、それも柱を二人向かわせる任務ということは十二鬼月なのは間違いないだろう。
彼のご両親にも良くしてもらっていたし、何より気を遣わずに話せる数少ない友人の一人。お互い無傷は難しくても生きて戻りたい。
心配してくれる結の嘴を撫で、羽を優しく整えてあげれば気持ちよさそうにし、首に巻いていたお揃いのスカーフが少し解けそうになっていたから治してあげれば満足したのか私の肩に止まる。
それから結は小さな声で、私にしか言わないように静かに言葉を紡ぐ。
「狭霧山、結ガ行ッタトキ異常無カッタ」
「ありがとう」
「ドウイタシマシテ!アイツ、嘘ツキ?」
「わからない、でもあの口ぶりは話したことあるみたいだった」
「変ダネ」
「…ありがとう、結」
私が行けないかわりに、この子は毎年私の代わりにお墓参りに行ってくれてるから今年行った時のことを教えてくれたんだろう。
兄さんと離れて七年、真菰と離れて六年。
「…結、次の任務の準備しよっか」
「ウン!」
しゃがみこんでいた身体を起こし、ふーっと息を吐いて感情を落ち着かせる。
私は鱗滝左近次の弟子で、鱗滝錆兎の妹なんだからしっかりしないと兄に怒られてしまう。
しゃがんだ時に着崩れた小さくなってきた羽織をしっかりと着直し、日輪刀を羽織で隠れるように背中に隠し、外していた厄除の面を付け直して障子を開けて廊下を踏みしめる。
外がまだ騒がしいけれど、私はトンっと床を蹴って屋敷の天井に着地する。
まだ日が暮れるまでには時間がある。少しぐらい街を歩いても問題は無いだろう。
「この前、蜜璃ちゃんに教えてもらったお店に行ってみる?」
「イイネ!」
「甘いの苦手な私でも食べられるものあるかな」
「キットアルヨ!蜜璃ダモン!」
「ふふ、そうだね」
蝶屋敷の屋根上を飛び越え、木々の枝を走り、街に向かう。
杏寿郎は何でも食べるけれど特に薩摩芋が好きだから、彼が好きな薩摩芋で日持ちしそうなお土産を買っていこうかなと考えながら私は街に向かって走った。
「……。」
「ヒィィィ!ごめんなさいごめんなさい!」
「善逸サボリ!サボリ!」
街に着いてお店を探す中、可愛らしい女の子に話しかけ、手を掴み、誰がどう見ても困らせまくっている黄色い頭の少年と目が合う。
私の顔を驚いてるし、結の反応的にも以前薬が苦くて嫌だと騒いでいた雷の呼吸使いの少年なんだろうけど、そんな彼がここにいるって事しのぶとカナエは知っているのだろうか。
あと物陰に隠れた気になってる猪の頭を被ってる子も、恐らくその少年の隣で寝込んでいたもう一人の男の子。
「…とりあえず、君」
「ハイ!」
「お茶したいなら私と一緒に来る?」
「…へ?」
「あと、そこに隠れてこっちを見てる猪の子も」
「お前いたの!?」
「…オウ」
とりあえず、黄色い少年に話しかけられて、無理やり掴まってる女の子を解放することが最優先。
蝶屋敷に帰った後、彼らは蝶屋敷一怒らせてはいけない人に説教されるだろうから少しだけ現実逃避させてあげようと私は二人を誘った。