似て非なるもの   作:アヒルのおもちゃ

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「── ごめんなさい」

私の見間違えかと思った。
彼女の片目から一粒、涙が流れ落ちたことを。






第五話:蝶の追想

 

 

 庭先で桜を見ているあの人の後ろ姿を見つめる。

 任務と治療の合間に研究をする私にとって、任務のない夜は研究にもってこいの日。

 今しかないとやりこんでしまうから、しょっちゅう姉さんに怒られてしまうけれど、やり始めたら気が済むまでとことんやりたくなる性分。

 

 今夜は任務があったけれど、早々に終わったので途中まで進めていた研究を進め、キリが良くなった頃合いをみてお茶でも飲もうと部屋から出て廊下を歩いたところだった。

 

 庭に植えられてるのは、姉さんよりも前である先代の花柱が植えた"必勝"という名をつけられた桜。

 毎年、"必勝"が満開になれば蝶屋敷の皆で花見をするのも、殺伐とした鬼殺隊に属しながらも私達の日常を感じさせる恒例行事になっていた。

 その桜を眺めてる後ろ姿は儚く、何処か消えてしまいそう。

 

 

「…凪仁さん?」

 

 

 出会った当時から着ている見慣れた花柄の羽織が風に靡かれながら、朝焼けの時間帯で起きてる人が殆どいないからか、狐のお面と鎹鴉の結さんとお揃いのスカーフを外してる姿は蝶屋敷でも少し珍しい。

 隊服も普段キッチリ締めている首元の留金は外させれていて、上は脱いでるのかシャツだけで動きやすそう。

 

 宍色が多く、毛先だけが灰色のような白のような色合いの綺麗な髪。

 スカーフを外し、隊服はシャツのみであるから薄らと見える傷跡。

 

 何度か呼吸を整えた後、腰に差していた日輪刀を鞘から抜かれる。

 太陽の光に照らされる美しい蒼。

 凪仁さんの弟弟子である冨岡さんと違い、凪仁さんの日輪刀は硝子のように透き通っているからキラキラと太陽の光を反射する。

 

 雪の呼吸とは違う、呼吸音が耳に聞こえ、私は目を見開く。

 この呼吸の音は冨岡さんや竈門くんと同じ音。

 

 

「──水の呼吸 壱ノ型 水面切り」

 

「……。」

 

「── 水の呼吸 参ノ型 流流舞い」

 

 

 踏み込みも太刀筋も全く悪くない。

 それどころか恐らく、水の呼吸が合わなかった私とは違ってお手本のように技を出す凪仁さん。

 でも、技は綺麗なのに冨岡さんや竈門くんのように水が見えない。

 

 日輪刀は通称、色変わりの刀と呼ばれる不思議な刀。

 その人にあった適正の呼吸の色に変わる日輪刀は、私は藤色、姉さんは桃色とその人によって違う。

 

 凪仁さんは最も適正のある呼吸は、刀の色から間違いなく分かってるし以前まではその使い手の中で一番だったのだ。

 でも、それが突然使えなくなってしまったのは恐らく心の問題。

 

 

「── 水の呼吸 陸ノ型 ねじれ渦」

 

「……流石、元水柱(・・・)ですね」

 

 

 冨岡さんの前任。

 姉さんよりも少し前に柱へと就任した凪仁さんは、当時就任されていた音柱の宇髄さんをも抜く一番の速さを持ち、さらに水の呼吸のしなやかさで柱の中でも上位の強さを持つ剣士としてとても有名な人だった。

 

 だけど、あの日。

 姉さんを助けてくれた日の後、私は凪仁さんに呼ばれ、呼吸を見てほしいと頼まれて技を見た日から一度も水の呼吸を見た事はなかった。

 

 刀が地面に落ちる音がして、私はハッとして思考から意識を戻し、凪仁さんに目を向ければ大量の汗をかき、地面に顔を伏せるようにしゃがむ姿。

 

 一番適しているはずの呼吸が、今の凪仁さんを蝕んでる。

 私は急いで草履を履き、凪仁さんの背中に手を添えて嫌な音がしてる呼吸を整えさせることに専念する。

 

 

「凪仁さん、私に合わせて呼吸を整えましょう」

 

「……はっ、はぁ、しのぶ…?」

 

「えぇ、ですから大丈夫です。私しか起きてません」

 

 

 甘露寺さんより少しだけ小さく、でも女性の中では大きな上背。

 その背中が今はとても弱く見えてしまうのは、いつも貴方が笑って隠しているからでしょう。

 姉さんと凪仁さんの間には私たちが踏み込めない何かがあるのは、私はとっくに気付いてる。

 

 出会った時から姉さんは何処か、貴方の事を家族のように心配していたし、姉さん自身が柱になった時よりも柱を引退しなきゃいけない事になった時の荒れようは忘れない。

 

 ボロボロと苦しげに『私はあの子の傍にいないといけないのに、もっと強かったら』とあんなに嘆いている姉さんを見たのは、正直初めてだったから私も何を言えばいいのか分からなかった。

 

 だけど、あれからすぐに当時水柱であった貴方が柱を退任し、甲の隊士に降りたと聞いた時に私はあの日の姉さんが過ぎって、蝶屋敷から飛び出して貴方を探しに行った。

 

 雨で土砂降りの中、貴方は傘を指すことなく静かに立っているものだから私はその背中に思いっきり抱きついたのだ。

 何だか消えていなくなってしまいそうな気がして、言葉にできない不安がすぐ側まで襲ってきたから。

 だって私が貴方の立場なら耐えられない。

 

 

「…見えた?」

 

「え?」

 

「ずっとそこで見てたよね」

 

「…気付いていたんですか」

 

「これでも最弱とはいえ柱、気配ぐらいは気付くよ」

 

 

 最弱の柱。

 凪仁さんが雪柱になってからよく言うこの言葉。彼女は笑って、さも当然とばかりに言う。無意識に言ってるのか分からないけれど私はその言葉を聞く度に、また鬼への怒りや憎しみが身体の奥底に蓄積していく。

 

 どうして貴方ばかりが失わないといけないんですか。

 少しでも貴方を支えたくて、姉さんのように強くあろうとしたけれど、未だに私のことを守る対象として見てる。

 

 貴方がどんな思いで雪の呼吸を作り、柱をまた就任したのか。

 私は一生、本当の意味で理解することは不可能。

 

 

「…構え、踏み込み、全てが完璧で綺麗ですが」

 

「そっか」

 

「…凪仁さん、あまり無理は」

 

「大丈夫、わかってる。そのための雪の呼吸だから」

 

 

 やんわりと背中を撫でていた私の手を止め、凪仁さんは微笑んで落としていた日輪刀を振って砂埃を落として立ち上がる。

 

 凪仁さんの上背には短く、合わない小さめの花柄の羽織。

 出会った時から着ているそれは本当に、ただの形見の意味で着ているのだろうか。

 

 ギュッと姉さんから譲り受けた蝶の柄の羽織を握り締め、私は凪仁さんの背中を見つめる。

 私は姉さんより体格が小さいから、譲り受けたこの羽織は少し大きくて私の背丈には合わない。

 

 凪仁さんも何でしょう?

 私が姉さんになりたくて、姉さんのようになろうと背伸びをするように、凪仁さんもその羽織の持ち主である親友の方のようになろうと、まるで身体を小さくさせている。

 

 煉獄さんと同い歳で、私の2つ上のお姉さん。

 姉さんは最初、凪仁さんの上背で同い歳だと思っていたようだけれど、私にとって凪仁さんは恩人であり、もう一人の姉のような存在。

 そして、恐らく私と凪仁さんは誰よりも似ている存在。

 

 

「──凪仁姉さん」

 

「…しのぶ?」

 

「煉獄さんとの合同任務が終わったら、私とお出かけしませんか?」

 

「へ?お出かけ?」

 

「えぇ。善逸くんと伊之助くんとは行くのに、まさか私とは行きたくないなんて言わないですよね?」

 

「ふふ、いいよ。お出かけ行こっか!」

 

 

 でも私は物分りのいい妹です。

 姉さんがまだ踏み込まないのは、恐らくまだその時じゃないから。

 

 この前、竈門くんが発した二つの名前は私も聞き覚えがある名前であった。姉さんの同期だと凪仁さんを紹介され、その時に真菰さんという親友さんの名前を聞き、お兄さんの名前は少しずつだけど同じ任務で組むことが多くなった時に聞いた。

 

 

『凪仁さんは、どうして私に諦めろと言わないの?』

 

『え?』

 

『今まで、私は身体が小さいから鬼狩りは諦めろ。お前には出来ないって笑われてばっかりだったけど、凪仁さんは言わないから』

 

『…そうだなぁ。私も兄がいたの』

 

『お兄さん?』

 

『そう。兄さんは強くてかっこよくて、弟弟子達からも尊敬されていた人だったんだ〜』

 

『そう、なんですか』

 

『そんな兄を見てて思ったの、喚いたって騒いだって目の前の現実が変わるわけじゃない。変わらない事を嘆くぐらいなら、自分が変わる努力をしようって』

 

『……変わる努力』

 

『しのぶちゃんのこと馬鹿にしたり、酷いこと言うやつなんて気にしなくていい。死ぬ気で鍛えて、死ぬ気で努力して、いつかそいつらを見返しちゃえ』

 

『…凪仁さん』

 

『大丈夫、人には人の武器がある。私が速さなら、しのぶちゃんは頭脳がある。まだ見つかってないだけで戦い方は1つじゃない』

 

『凪仁さん、お願いなんだけど』

 

『んー?』

 

『…凪仁さんのこと凪仁姉さんって呼んでもいい?あとお兄さんの話、教えてほしい』

 

『姉さんかぁ、ふふ、ちょっと照れるけどいいよ!ふふ、兄さんはね〜』

 

 

 ── 錆兎。それが私の兄の名前でね、凄く優しい人だった。

 

 どうして彼が、凪仁さんの大切な人たちの名前で、それも彼が知るはずのない亡くなった方の名前を知っているのかは分からない。

 けれど、少し距離があった私や姉さんにも感じるあの威圧感は鬼以外の前で出してるのを初めて見た。

 

 だけど、似ている私だから分かる。

 凪仁さんがあの時、竈門くんに対して自分にとって大切な人の名前を知らない相手から呼ばれたことにだけに怒っているんじゃない。

 あれはただの怒りではなく、恐らく凪仁さん自身も気付いていない無意識に感じてる羨望。

 

 彼は凪仁さんが昔描いていた理想だ。

 不可能だと言われていた鬼と仲良くする夢を一番実現出来る立場にいて、適正ではなくとも水の呼吸を使い、大切な妹と鬼殺を行っている。

 自らが描いた理想を平然やっていのける彼が、きっと凪仁さんは羨望の塊でしかない。

 

 姉の願いを継ごうとし出来なかった私ですら、彼の存在は少し感じるものがあるのだから凪仁さんが何も感じないわけが無い。

 本人はそれを気付いていないようだけど。

 

 

「凪仁さん」

 

「ん?」

 

 

 藤納戸色の瞳と目が合う。

 私が出会った時は、まだその瞳に光があったのにもう今は光を寄せつけなくなってしまった。

 昔の彼女を知っている人からすればわかる、些細な変化と言われてしまえばそうだけれど、それでも身近な人間からしたら大きな変化だ。

 

 大きな風が吹き、桜の花が舞い散る。

 その桜で凪仁さんの姿が私の視界から消える。

 

 

「…もう、任務に行かれるんですか?」

 

「うん、今日にでも行こうと思う。杏寿郎が先に行ってるから」

 

「そうですか」

 

 

 いつの間にか私の背後に移動していたその背中に問いかければ、予想通りの返事が返ってくる。

 本音を言えば、今の彼女の精神状態としては行かせたくないのが本音だけど不死川さんと同じぐらい、今の彼女は鬼を憎んでいる。

 そんな彼女を止められるのは姉さんぐらいだ。

 

 

「しのぶ」

 

「はい」

 

「元気でね」

 

「……。」

 

 

 遠方の任務の時ですら、もっとマシな挨拶を残していったのに何で今日はそんな頼りない言葉を残すんだ。

 帰ってくる気が無いように捉えられる言葉なんて聞きたくなかったのに、どうして普段は鋭いのにこういう時だけ鈍感なんだ。

 

 もっといつも見たく、根拠なんて無いのに私達を安心させようとする言葉を残してくれなかったのか。

 

 

「…全然、平気じゃないじゃない」

 

 

 水の呼吸が使えなくなり、凪仁さんは雪の呼吸を作りあげ、再び柱の座に戻ったが先程のように何度も何度も人目を避け、水の呼吸が扱えないか試してる事がバレていないと思ってるのだろうか。

 

 蝶屋敷内では姉さんと私しか気付いていないけど、冨岡さんと御館様は気付いているに違いない。

 

 私はギュッと片手で羽織を握り締め、艶の名を呼べば飛んできてくれて頭を軽く撫でてあげる。

 

 

「艶、お願い。凪仁さんのことを見ててくれる?」

 

「イツマデ?」

 

「煉獄さんとの任務中はずっとよ。少し離れたところからでいいから、何かあったら私に教えてくれる?」

 

「ワカッタ」

 

「急にごめんなさい、お願いね」

 

 

 完全に私用で鎹鴉を使ってしまうけど、急ぎの任務が今は入っていないから余計なお世話ぐらいしたっていいだろう。

 何かを運んだり、報告をする時は姉さんの鴉か蝶屋敷の鴉を使えば何とかなるだろうし、今のあの人はいつもより心配。

 

 飛び立つ艶に目を向けつつ、私の頭に過ぎるのは姉さんが引退し、私がまだ柱になる前の任務のこと。

 私の毒の研究も終盤に差し掛かり、凪仁さんも雪の呼吸を見事作り出した時に十二鬼月の可能性があると言われる任務に凪仁さんと共に向かった日。

 

 

『凪仁姉さん、私が前方でいいですか?』

 

『うん、いいよ』

 

 

 事前に貰った情報通り、鬼の被害であることは間違いなく、また強さもただの鬼ではなく十二鬼月だろうというのは私と凪仁さんの同意見だった。

 

 事前の情報では幻影をこちらに見せ、翻弄させるような血鬼術だと聞いていたから目の前の出来事を無闇に信じてはいけないと分かっていた。

 そう、分かっていたはずなのに。

 

 

『姉さん…!?』

 

『駄目!しのぶ!』

 

 

 突然、目の前に現れたのは血みどろで倒れてる姉さんの姿を見て私は姉さんに駆け寄ってしまう。

 後ろから凪仁さんの声が聞こえ、私は咄嗟に血鬼術の存在を思い出し、駆け寄った足を止めて日輪刀を鞘から抜き出し構えるものの、勢いよく飛んできた何かによって手から日輪刀が離れてしまい、そのまま足元を掬われる。

 

 足元に何かが絡み付き、宙吊りにされる私に凪仁さんが目を見開き、急いで私を助けようと来る凪仁さんの背後に何かがいるのが見え、私は凪仁さんの名前を叫ぶ。

 

 

『凪仁姉さん!後ろ!』

 

『…っ!』

 

 

 私の声に反応した凪仁さんは、一度地面を思いっきり蹴ると一瞬にして私のもとまで飛んできたかと思えば、即座に私の足元に絡み付いていた何かを切り刻む。

 その後、私を守るかのように目の前に立ちながら目を凝らす。

 

 

『凪仁、そんな怖い顔しないで?』

 

『……。』

 

『凪仁さんと同じ、羽織…?』

 

 

 先程まで凪仁さんの背後を取っていた正体が見え、私はその着ている衣類を見て思わず声を出す。

 

 凪仁さんが着ている花柄の羽織と同じような物を着て、絵柄は違うけれど凪仁さんが付けている同じ狐面を付けてる女の子の姿。

 

 その女の子の後ろには、凪仁さんが付けてる狐面と同じものを付けて、また見慣れた宍色の髪を持つ少年らしき姿。

 

 

『久しぶりだね、凪仁』

 

『大きくなったな』

 

 

 一言も喋らない凪仁さんの様子を見るに、恐らくこの人達は凪仁さんの親しい人なのは間違いない。

 この鬼は、姉さんを見た事などないはずなのにさっき姉さんの幻影を作り出せたのだから多分私達の記憶から作り出す血鬼術なのだろう。

 

 凪仁さんにとって大切な人を本人の手でやらせるわけにはいかない、さっさと私の毒で鬼を殺してしまおう。

 

 

『凪仁姉さん、ここは……っ!』

 

『……胸糞悪い鬼だな』

 

 

 鋭く冷たい声色に私は震える。

 目の前の幻影も、まるで怖がるかのように表情を強ばらせていて私はその光景が気持ち悪く感じる。

 

 腐っても十二鬼月が相手だからか、視界を確保するためシュルっと狐面の紐を解き、凪仁さんの表情が見える。

 眉間に皺が寄ってるわけでもなく、額に青筋を浮かべてる訳でもない。

 分かりやすく顔が赤くなってるわけでもないのに、それでも私には顔を見ただけで分かった。

 

 ── 凄く、凄く怒っている。

 

 

『私達に刀向けるの?』

 

『…もう一度、俺が修行を見てやろう』

 

 

 ドンッと地面を蹴り飛ばした音が聞こえた時には、月の光で照らされた凪仁さんの蒼の日輪刀の残像だけが私の視界に残る。

 

 慌てて目を残像の先に向ければ、凪仁さんの羽織を着た少女が目を見開き、隣にいた宍色の少年の身体が消えた瞬間で、隣にいた少女に凪仁さんが刀を向けている所だった。

 鬼の姿が見えない今、幻影を消す方法は幻影を攻撃すること。

 

 

『……兄さんはもっと強い、それに』

 

『凪仁!やめて!』

 

『真菰はやめてとは言わない。斬れって言うんだよ、こういうとき』

 

 

 幻影が消えたと同時に現れる鬼の瞳の文字は、下弦ノ参。

 

 瞬時に鞘に日輪刀を戻し、凪仁さんは左足を後ろに引き、右足を前に置いて重心を右足に乗せ、腰を低く抜刀の姿勢を整える。

 

 深く短く息を吸い、ヒューッと雪の呼吸特有の呼吸音が聞こえた時には蒼い日輪刀が輝き、瞬く間に吹雪が視界いっぱいに広がる。

 

 ── 雪の呼吸 捌ノ型 八寒地獄(はっかんじごく)

 

 鬼の四肢が斬って別れ、残るは胴体と頚、頭。

 だが、その何処にも凍傷のようなキズが出来ており、また鬼の斬られた切断部分からはいつもならすぐに再生されるはずの新しく生えてくる四肢は生えてくる気配がない。

 それに凍傷が私の毒のように、次第に広がって鬼を苦しめ続ける。

 

 

『…しのぶ』

 

『は、はい』

 

 

 名前を呼ばれるまで唖然とし、固まっていた私は急いで駆け寄って自分が持ち寄った毒を使う。

 自分が作り出した藤の毒が下弦にも効くことが証明でき、藤の毒で苦しみながら死んでいく鬼をただ見つめるだけの沈黙の時間。

 

 十分な情報も取れ、私は鬼から目を離し、動かなくなり死んだ鬼を隠の人に適当に処分してもらおうと思った時だった。

 鬼の身体がある方向から何かを刺したような音がして、私は慌てて目を向ければそこには髪で表情の見えない凪仁さんが鬼を日輪刀で突き刺してる姿。

 

 

『…なぎと…姉さん?』

 

『……もうこれ、用ないんだよね』

 

『え、えぇ。無いですから今、隠の方に…っ!』

 

 

 凪仁さんは鬼を蹴り、空中に飛ばしたかと思えば、日輪刀を構え直して胴体を二つに斬り、またさらに日輪刀で突き刺し始め、私が呼んだ隠の人が来ても止まらず、誰もが息を飲んで動けなくなってしまう。

 

 見たことがなかった、こんな姿。

 藤の毒で死んだ鬼とはいえ、頸を斬れば他の鬼と同じように砂のように身体が消えるはずだから鬼を処分する為なら突き刺したり、胴体を斬るよりも頸を斬れば済むのに凪仁さんは一向にしない。

 

 

『凪仁姉さん、やめてくださいっ』

 

『……。』

 

『…もう、その鬼は死んでます。これ以上は』

 

『分かってるよ』

 

『凪仁さん…!』

 

 

 淡々と答えながらも凪仁さんは一向にその手を止めない。

 隠の人達が恐怖に脅えていて、私も早く止めなきゃいけない想いと見たことがない尊敬する人の姿に恐怖を感じて動けない。

 

 それから見るも無惨な姿になった鬼を見て、凪仁さんは小さく何かを呟いたあと、スパッと今までのが嘘だったかのように鬼の頸を斬り、鬼の身体はボロボロと消えていく。

 

 

『帰ろっか』

 

『…はい』

 

 

 ── ごめんなさい。

 

 隣にいた私しか聞こえなかった言葉。

 その後は何も無かったかのように、平然と刀を振って血を落とし、鞘に戻した凪仁さんを見て私達は何も言えなかった。

 

 あの時は気付かなかったけれど、凪仁さんの前に現れたあの2人の幻影は凪仁さんのお兄さんと親友の真菰さんだった。

 

 あの日のことは、私と隠の方、それから私が伝えた姉さん、御館様だけ。あの出来事を知っている私は、今の凪仁さんを見ていたらあの日の不安定さがまた来るかもしれないと怖くなったのだ。

 

 

「……煉獄さん、どうか、もしもの時はお願いします」

 

 

 大丈夫だと信じてる。

 凪仁さんは感情の制御が出来る人だし、一時の感情で任務を疎かにする人じゃない。

 

 これは私のただのお節介、年下の私が勝手にやってる事。

 だけど、どうしてか私はさっきの凪仁さんを見ていてあの日のことが過ってしまった。

 

 もし、凪仁さんがまたあの時のようになってしまった時は、私は何も出来なかったけれど煉獄さんが止めてくれるはず。

 

 艶を付けたから何かあった時はすぐ飛んできてくれると思うし、何も無く無事に終わって飛んで来ないことを願うけれど、何かあった時は姉さんも連れていこう。

 

 でも本当に無事に何も無かったと。

 どうして艶が来てたのと、笑って私に話しかけてくる事だけを祈っていたのに。

 

 

「下弦ノ壱!竈門炭治郎、嘴平伊之助 撃破!撃破ァァァ!」

 

「あらあら、凄いわね。しのぶの予想通りかしら?」

 

「…ふふ、そんなことないわ。でも、やっぱり彼らは凄いですね」

 

「カァー!無限列車!上弦ノ参 襲来!!炎柱、雪柱ガ応戦!!」

 

 

 凪仁さんが任務に向かって三日目であり、炭治郎くん達が任務に復帰した事で静かになった翌日の夜。

 

 下弦ノ壱の頸を炭治郎くんたちが斬ったという事に喜びを感じ、その喜びに浸ろうとした瞬間に訪れた信じ難い言葉。

 

 真夜中、凪仁さんについて行くように頼んだ艶が飛び込んで帰ってきたかと思えば、そんな事を言ったものだから思わず、嘘だと信じたくなかった。

 

 いち早くアオイとカナヲを起こし行く姉さんの姿を見て、私も慌てて起き上がって隊服に着替えて必要ものを準備していく。

 

 10人いる柱の中で、私よりも遅いとはいえ柱を務めて長い煉獄さんと上弦から生き延び、また柱一の速さと攻守の技を使う凪仁さんの二人だ。

 大丈夫だと自らに言い聞かせるように私は何度も胸の中で言うけれど、手の震えが抑えられず、私はグッと拳を握る。

 

 バサバサと飛んでくる音が聞こえ、続報かと思って処置室から出て急いで音が鳴る方に視線を向ければ、見慣れたスカーフを付けた鴉。

 

 

「結!!」

 

「シノブ!シノブ!」

 

「どういう状況ですか、どうして貴方が!」

 

「炎柱重症!凪仁劣勢!!」

 

 

 艶が戻ってきてしまったから、多分本当は離れたくなかった中なのに煉獄さんの鴉をその場に置いてきて蝶屋敷に飛んできてくれたんだろう。

 

 私は結をギュッと抱きしめ、大丈夫です。貴方はどうか自分の仕事に。っと伝えた後、すぐにまた結を凪仁さんたちの元に向かわせる。

 

 

「しのぶ!救護班の隠の方を向かわせたから私達はここの準備よ!」

 

「えぇ!分かってる!」

 

「カナエ様!処置室の寝台が整いました!」

 

 

 朝日が昇るまで残り僅か。

 私たちが今から急いで向かっても、会うことなくすれ違ってしまったら意味が無いから移動速度に関して、一般隊士よりも速いだろう救護班の隠に任せ、ここまで最短最速で連れてきてもらうのが先決だ。

 

 起きてきたカナヲも表情は変わらないけれど、冷や汗を沢山かいてるのを見る限り、凪仁さんのことを凄く心配している。

 そんなカナヲ見た姉さんは、カナヲの背を軽く叩いて何かを伝えると、カナヲは目を見開き、すぐに桶を手に取って井戸に向かって飛び出して行った。

 

 煉獄さんの重症がどれほどのものかを聞いておけばよかったと、ここで私は結さんを早々に戻させたことに後悔しつつ、今出来る治療の全てのものを処置室に運びこんでおく。

 

 外が騒がしくなってきた。

 多分、無限列車の任務で重症だと言われていた煉獄さんと、恐らく無傷ではない凪仁さん、それから私が推薦した炭治郎くん達が帰宅してきたのだ。

 

 

「胡蝶様!!」

 

「しのぶさん!お願いします!お二人を!」

 

「ギョロギョロ目ん玉ぁ!雪野郎ぉ!しっかりしろ!」

 

「しのぶさんお願いします!!二人ともボロボロなんだよぉ!」

 

 

 隠の方が連れてきた、一目見ただけで分かる重症なんて一言じゃ片付けられない正直生きてるのかも分からない煉獄さん。

 

 その後ろにボロボロ泣いてる炭治郎くん、伊之助くん、善逸くんが自分たちだって無傷じゃないのに凄い勢いで私に助けを求めてくる。

 

 そして、最後に隠の方が連れてきた背中に乗ってる人物を見て私は唖然とする時間なんてないのに思わず動けなくなる。

 

 

「しのぶっ!しっかりしなさい!」

 

「っ、はい!」

 

 

 あぁ、どうして私の嫌な予感って当たるのかしら。

 背丈に合わない小さい羽織から覗く血の多さに、私は胸が張り裂けそうだった。

 

 ── 真菰さん、錆兎さん、どうか凪仁さんを。

 

 

 

 

 

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