似て非なるもの 作:アヒルのおもちゃ
「あまり一人で抱え込みすぎるな」
炎のように熱く、同い歳だが兄のような良き友人。
でも、彼の真っ直ぐな眼差しは少し苦手だった。
隊服を羽織であまり目立たないように隠しながら、ごく自然と一般のお客さんに紛れながら行き交う人の中を歩く。
しのぶが作って持たせてくれたお手製の鞘袋に日輪刀を隠し、羽織で覆うようにして見えないようにさせながら駅に向かう。
── 無限列車
黒い鉄で作られた蒸気機関車というものが技術の発展により作られた事で、人の交通手段が増えた中で多くの人が利用する乗り物。
蒸気を吹き出す音が聞こえ、駅に近付けば近づくほど次第に足元に蒸気が漂ってくるし、燃料である石炭を燃やしている特有の匂いが鼻に届く。
先に乗車している杏寿郎はどこら辺の座席に座っているのだろう。
結に聞いておけばよかったなと思いつつ、私は切符を買うために列に並ぶ。
私の育った場所は都会ではなかったし、父が亡くなってからは孤児であったのもあり、電車の乗り方を知らなかったものだから一緒に任務に行った際にカナエとしのぶに教わったのを思い出しながら購入する。
あの時は蒸気機関車なんてものがある事に驚いたし、大きさはもちろん、人が乗って遠くにこれで行くなんて言われても理解が追いつかず、唖然と立っていることしか出来なかった。
無限列車は、切符を拝見するのは列車に乗車したあとのようなので、私は一先ず杏寿郎を探すことに専念。
正直、かなり見た目は派手な人なので見間違いだの、見落としだのはないと思うけれど、この人の多さでは少し自信ない。
後方車両から乗り込んで通路を歩き、不審に思われない程度に周りを見渡しながら歩いていくが見慣れたあの姿がどこにも見つからない。
かなり前方の方に座っているのだろうかと思いながら、日輪刀が入っている鞘袋を抱え直し、次の車両に続く少し重たい扉を開けば聞こえてくる大きな声。
「美味い!!」
「…わぁ、聞き覚えある声」
姿は見つかってないけれど、声は間違いなく本人。
かなり大きな声が聞こえたけど、彼の場合は元々大きな声で話す事があるから一概に遠いとも言えない。
この車両にいるのか、それとももう一個先かとキョロキョロと進みながら列車の中を見渡せば、金色の髪と見慣れた炎のような羽織を着た背中。
高々と積まれたお弁当と山のように空となった箱の中に座る彼と目が合えば、大きな目をさらに大きくし、口に運んでいた箸を一旦止め、しっかりと飲み込んでのか私と目が合う。
「美味い!凪仁息災か!」
「やっほー、杏寿郎。声が響いてるよ〜」
「そうか!それは済まない!」
「うん、もうちょい静かにして欲しいかな」
「美味いぞ!君も食べるか!」
「…あー、うん、一個貰おうかな」
周りの乗客車たちに迷惑をかける訳にもいかないから、やんわりと声量を抑えるように伝えるけれど伝わらないのもいつも通り。
彼は良い人なのだけど、何処か真っ直ぐすぎる性格の持ち主。
彼が声量を抑えるよりも前に私が折れてしまい、杏寿郎の前が丁度空いてるから座席に座り、山積みにされてるお弁当の一つを受け取る。
厄除の面を横にずらして食べやすいようにし、箸を割ってから杏寿郎にもう一度お礼を伝え、いただきますと手を合わせてから美味しそうなお肉の香りに唆られて口に運ぶ。
お弁当だからあまり期待していなかったのが実の所だけれど、冷めて冷たくなっているのにとても美味しい。
これは彼が美味いと何度も言いたくなってしまうのもわかる。
「凪仁」
「んー?」
「これは俺の意見だが、君はあの鬼を連れた少年とは無理に関わる必要は無いと思う」
「…え、珍しいね。杏寿郎が後輩と関わらなくていいなんて言うの」
「彼は特例だな。俺個人としては、接触禁止令を出してもいいとも思っている!」
「…本当にどうしたの?」
竈門炭治郎の話を突然振られたかと思えば、煉獄杏寿郎にしてはとても珍しい意見を言うものだから私は、目の前にある真っ赤な炎を連想させる彼に目を向ける。
彼がこんな事言うのはかなり珍しい。
不死川くんや伊黒くんだったら分かるのだけど、どんな人に対しても基本的には優しい彼に最初に言われるとは思ってなかった。
しのぶやカナエすら言わなかったから余計に驚かされる。
面を外している今、彼からは私の表情が丸見えで目を見開いてる私の様子が彼の瞳に映る。
この真っ直ぐな眼差しは、私の心の内を知られていそうだと感じてしまって少し苦手で何より兄を連想してしまう。
「鬼に関しては御館様がお許しになったのだ、俺はもう何も言わない」
「そうだね」
「だが、あの少年は本来踏むべき順序を踏んでいない。冨岡もだ、報連相をしなさすぎる!」
「あはは、義勇の言葉足らずは昔からだからな〜」
「姉弟子である君に話を通してるならまだわかる!だが彼は反応を見る限り、凪仁の存在を知らずにいた!それが俺は納得いかない!」
「…杏寿郎」
「どんな理由があろうと、師範や兄弟子から他の姉弟子達のことも聞いていたはずだ。それでも彼は君に会わず、君の知らない場所で事が進んでいた。冨岡や君の師範殿は君の家族にも関わらずだ。俺はそれに不快を感じる、カナエ殿は分からないが胡蝶は同じ事を思ってると俺は思う」
彼はパクパクと弁当を食べ進めていた手を止め、私の瞳をしっかりと見てただただ真っ直ぐにそう言う。
杏寿郎らしくない考えと思いながらも、でも何処か真っ直ぐで常に筋を通すことをしてきた彼らしくもあり、私は黙って手元にある弁当へと目を向ける。
私は竈門炭治郎のそういう姿勢に対して怒りを感じていたのだろうか。
あの瞬間、私は間違いなく竈門炭治郎に対して怒りの感情を感じていたのは間違いない。だけど、いざ考えると何に対して主に怒りを感じたのかが少し自信がなくなって来た。
杏寿郎の言うように自分を通さなかった。報連相を怠って尚、私の知らない場所でことを進めていた事に対してだったのか、それとも義勇や先生の命を勝手に賭けられていた事か。
後者に関しては間違いないが、前者は私は考えていたのだろうか。
黙り込んだ私を杏寿郎は何も言わずに、パクパクとまた弁当を食べ進める。
その姿をチラッと見て私もゆっくりと箸を進める。
「凪仁」
「うん?」
「あまり一人で抱え込みすぎるな。俺やカナエ殿、胡蝶、冨岡でもいい、身近な誰かに頼る事を忘れてはいけない」
「…ふふ、そうだね〜」
「それから、それを食べ終わったら少し寝るといい!俺が起きているから問題ない!」
「ありがとう。じゃあ先に私の切符預けておいてもいい?」
「あぁ!構わん!君は少し働きすぎだ!この前だって遠方での任務を追えてから参列したと聞いた!休める時に休んでおくといい!」
懐から切符を取りだし、彼に渡してから私はまた食べ進める。
杏寿郎は会話する時、どこ見てるのか分からない時があるし、話が通じてるのか分からない時もあるけれど、やはり彼も伝統ある家の長男で炎柱。
やっぱり芯のある人だなと思いながら、彼の優しさに甘えることにし、ささっと弁当を食べ終えてお茶を飲み、少し休憩してから私は寝るための姿勢に変える。
日輪刀を前に持ってきて肩に置き、日輪刀を抱えるかのように寝る体勢。
瞼を閉じると、すぐ近くまでやってきた睡魔に自分が気付かないうちに疲労が蓄積していたんだなと、他人事のように思いながら睡魔に身を委ね始めれば静かに聞こえる杏寿郎の声。
「── 君がいつか自分を許し、笑える日が訪れるまで俺と胡蝶、カナエ殿は必ず君の傍にいよう。だから今は安心して寝るんだ」
優しく、頭を撫でられた気がしたが睡魔のせいで反応が出来ず、私はそのまま刀に頭を預ければ、自分が思っていた以上に疲れていたのかすぐに意識が飛んだ。
暖かい日差しを全身で浴びながら蝶屋敷の縁側に座っていれば、静かな空気の中に廊下を踏みしめる音が聞こえる。
その音に振り返れば、蝶の羽織を着て隊服姿のカナエ。
「なぎちゃん」
「んー?どうしたの、カナエ」
「今日は合同任務なんですって?」
「そうだよー、確か煉獄さんの息子さんだったかな」
「そうなのね、まだ会ったことないけれどそっくりだって聞いたわ」
「らしいね〜」
「あまり無茶はしないでね」
「もちろん、今回は煉獄さんの息子さんがあくまで主体の任務だから私はくっついてくだけだよ〜」
杏寿郎と出会ったのは、確かこの合同任務が初めてだった。
お父さんであり、前炎柱の煉獄槇寿郎さんとは、一緒に柱となっていた時期が重なっていたこともあるし、何より奥方様の件もあって交流があったけれど、息子さん二人とはなかなか挨拶する機会がなくて会ったことがなかった。
カナエと蝶屋敷で別れ、一度水屋敷で必要なものを取りに行くのと、恐らくいるだろう継子の義勇にもちゃんと鮭大根以外にもご飯を食べることを注意しなければと考えていれば、反対側からよく見なれた炎を連想させる髪型の人物。
「…槇寿郎さん?」
「む?父を知っているのか?」
「あ、ごめんね。もしかして息子さん?」
「うむ!俺は煉獄杏寿郎だ!」
「初めまして、今回の任務よろしくね〜」
「…まさか」
「水柱の鱗滝凪仁です、合同任務の話まだ聞いてないかな?」
「よもや!!柱の方でしたか!これは失礼した!」
あれほどまでに声が大きい隊士なんていないから、とっても驚いたのはよく覚えてる。
あと目が合わない。どっか斜め上見てるのも不思議だった。
出会ったばかりの杏寿郎と軽く挨拶を交わし、お互いに準備をして街で合流することだけを決めて別れる。
それにしても煉獄家は、本当に瓜二つの見た目を親子でしているから横に並んでいたら背丈まで同じになると判別がつかないかもしれない。
水屋敷について草履を脱ぎ、私室の扉を開けて怪我をしてしまった時も対応出来るように用意してある手当に必要なものたちが入った袋を取り、義勇を探すものの一向に見つからず、草履も無いから義勇も任務に行ったばかりのようだった。
「…せめて何か文を残すか、鴉に伝達ぐらい頼んで欲しいんだけどなぁ」
昔はよく喋って、よく泣くような人だったのに、そんな面影なんてどこに消えたのか、今では必要最低限の言葉すら喋らなくなってしまった。
それもこれも、きっと兄の亡くなったことが関係してることはわかってるから私には何も言えない。
義勇だって私が変わったことに対して何も言ってこないのだから。
でも、歩く度に揺れる形見の羽織は、少しずつ私の背丈と長さに対して余裕が無くなってきて時が経っていることを嫌でも実感させられる。
「…まあ、でもお互い様かな」
一度だって互いに口にはしたことがないけれど、一時は兄と義勇、私、真菰の4人で鱗滝さんのもとでご飯を食べていたし、修行も4人でやることが多かった中で一気に2人も欠けたのだ。
私と義勇も同じ水屋敷に住んでるとは言っても、最終選別以降の義勇は私に対して何処かよそよそしくて師範と継子の関係のまま。
それ以前に姉弟子と弟弟子で、血の繋がりは無いけれど家族のようなものなのに私も義勇もお互いに気を遣っている状況。
義勇は優しいから、きっと私に対して罪悪感を感じてるんだろう。
最終選別から帰ってきてからは、ずっと私に対してそんな表情をしていたから言葉にされたわけじゃないけど顔を見れば分かる。
私も私で兄の事を上手く受け止めきれなかった。
溜め息を吐きながら、今は切り替えようとすれば暫くして私の周りが騒がしくなった。
その瞬間、自分が今は無限列車に乗車していて杏寿郎の懇意もあって寝ていることに気づく。
今までのは夢かと思い、いくら杏寿郎がいるとはいえ、流石に寝ているのは申し訳ないからそろそろ起きようとした思った時だった。
パチンっと何かを切った音だけが聞こえ、私ははっきりし出していた意識がまた深い底へ意識を落とした。
何処からか聞き慣れた声が聞こえる。
ハッとぼんやりした意識をハッキリさせて閉じていた瞼を開けば、突然吹き付ける風にまた驚かされながら髪を抑える仕草をすれば笑い声が聞こえ、私は聞こえた方に目を向ければ目を見開く。
私の知っている背丈よりも大きく、花柄の薄桃色の羽織を着て髪も伸ばされて鎖骨につくぐらいの長さになった親友の姿。
服装は隊服で、腰には私が持っているものよりも淡い色をした青色の鞘の刀がある。
「凪仁」
「真菰…?」
「急に立ち止まるからびっくりしちゃったよ、変な顔してるし。どうしたの?」
「……ここ、は」
「任務帰りに蝶屋敷寄ろうって言ったのは凪仁じゃん。もしかして、血気術にかかってた!?それなら、すぐにカナエとしのぶに診てもらわないと」
私の様子に違和感を覚え、真菰が教えてくれるけれど何処か拭えないこの違和感はなんだろう。
どうして真菰が2人を知ってるのだろうか。カナエの事は分かるけれど、しのぶとは会ったことがないはずなのに。
いや、真菰も隊士なんだから発言的にも蝶屋敷に行き慣れているようだし、しのぶをそこで知り合ったのかもしれない。
私が上手く飲み込めずに唖然としてしまう中、私は視界がやけに晴れていることに気付いて慌てて顔に手を当てれば何も付いていない。
「…厄除の面が無い?」
「凪仁の厄除の面は最終選別の時に壊れちゃったじゃん。覚えてないの?」
「…ぁ、うん、そうだね」
「最近任務ばっかだったし疲れちゃったんじゃない?また錆兎に怒られるよ〜?」
「…そうかも。ごめん、ちょっと疲れちゃったのかな」
錆兎。
何故だろう、こんなにも近くにいる真菰の声で呼ばれた兄の名前に私は泣きそうになる。
そんな私を見て真菰はギョッとし、慌てて私の手を掴んだかと思えばどこかに向かって走り出して私は引っ張られるだけ。
何がどうなってるのか分からない。どうしてこんなにも違和感を感じてしまうのか。
真菰は有無も言わさずに私を引っ張りながら蝶屋敷の中を歩いていき、バンっと開いた襖には最愛の兄と花を連想させる微笑みを浮かべるカナエ、キョトンっとした顔でこちらを見るしのぶ。
「しのぶ!凪仁を診察して!」
「え?凪仁さん、怪我されたんですか?」
「凪仁、どこを怪我したんだ?お前はすぐに我慢をする癖がある、胡蝶すぐに診察してくれ」
「錆兎くん落ち着いて〜、凪仁がびっくりしてるわ。でも怪我なら大変、すぐに見なきゃ」
何処か上背が高くなったように感じる兄が慌てたように私に駆け寄り、しのぶとカナエに必死に私のおかしさを説明する真菰を見ていたら、何だか私は感情がぐちゃぐちゃになり、視界がぼやける。
さらに慌てる兄に大丈夫だと伝えれば心配そうに見つめられるし、真菰やしのぶ、カナエもただ事ではないと駆け寄ってくる。
あぁ、私は幸せ者だなぁ。
「どうした、何かあったのか?本当に怪我はしてないのか?」
「ふふ、うん、ごめん。本当に大丈夫、何か急にほっとしちゃって」
「凪仁やっぱり疲れてるんだよ」
「なぎちゃん、無理は良くないわ。暫く休んで?」
「鬼殺隊は体が資本です、眠れないなら薬を出しましょうか?」
「ううん、本当に大丈夫だから。ごめん、心配させて。
そう笑って言えば皆は納得はして無さそうだけど、何とかこの雰囲気を脱することは出来、カナエは夕食の準備へ、しのぶと私は縁側で庭で打ち合いをしている兄と真菰を見つめる。
綺麗な水の呼吸だな、私には
おかしい、私には使えないってどういうことだろう。私は水の呼吸一門の一人で、義勇や真菰と共に水柱である兄の継子なのに。本当に疲れてるのかもしれない。
ふと過った考えを忘れるように頭を振れば、隣から視線を感じて顔を向ければ頭一個分ほど下からの眼差し。
綺麗な菫色の瞳と目が合う。
「凪仁さん」
「んー?」
「このままでいいの?」
「しのぶ?」
「凪仁、本当は気付いてるんでしょ?」
「カナエまで何言ってるの」
いつの間にか戻ってきていたカナエとしのぶの言葉と共に何度も脳裏に過ぎった違和感がまた過ぎる。まるで、2人は感じ取っているかのような眼差しを向けてくるが私は気付かないふりを貫く。
何処か悲しそうな顔をしながら、しのぶがいつの間にか手に持っていた厄除の面を私の手に置く。
「……。」
「なぎちゃん」
分かってる、分かってるよ。
さっきの何かを切った音で意識を無理やり落とされた時点で、何か血鬼術が作動したのかもしれないのも、本当はここは夢で私は無限列車の中で寝てるのも。
今見てるものは紛い物で、私の理想が詰まってる場所だということを。
いつの間にか打ち合いを辞めていた真菰と兄が私の元に来て、2人は私のよく知る姿に戻った。しのぶとカナエはいない。
もう5年以上も前に亡くなった、私の記憶の中の最後の姿。
「もう戻る時だよ、凪仁」
「……真菰」
「言ったでしょ?ずっと傍にいるって、目で見えなくても言葉を交わせなくても、私たちはずっと凪仁と一緒。外で凪仁の大切な友達と後輩が頑張ってる」
「……。」
「凪仁」
「…兄さん」
「俺の妹はこんな貧弱なのか、お前は約束を忘れたのか」
面越しの強い言葉に私は息を飲む。
確かに私の知る本当の兄なら、こんな偽物で出来た夢に逃げることなんか許してくれないだろう。
どんなに世界が残酷でも、どんなに今が苦しくても、どれほど過去が幸せで輝いていたって兄は過去に縋ることを良いとは思わない人だ。
「立て、凪仁」
「まだ止まっちゃダメ」
「……っ」
「大丈夫、凪仁は独りじゃないよ」
真菰はいつの間にか私の日輪刀を持ち、しのぶが置いた方とは逆の手に日輪刀を握らせ、いつの間にか厄除の面をとった素顔で真菰は微笑んでる。
この夢は普通の夢では無い。
おそらく私の予想通りなら血鬼術に関するもので、私が起きようとしたあの瞬間に作用してしまったんだろう。
そして、この夢を脱するには何かしらの方法を取らねば出ることが出来ない。
「鱗滝さんや義勇、皆を頼む」
「カナエちゃんとしのぶちゃんによろしくね。羽織も大切に着てくれてありがとう」
最後に見た景色は親友の笑顔と兄の背中。
どうやってこの夢から出れるかなんて殆ど感でしかないけど、血鬼術であるならば鬼の頸を斬れば終わるのと同じで、自分の首を斬れば終わる可能性は高い。
私は今にも溢れそうなものを押し殺すように厄除の面を付け、歯を食いしばりながら自分の首を斬った。
ハッと目を覚ますと前に杏寿郎が座っていたはずなのに、誰もいないどころか鬼の匂いで充満していて鼻がキツイ。
あぁ、最悪だ。
こんな気分の悪い夢を見せてきた鬼の頸は絶対に斬ってやる。そう思い、立ち上がった途端に迫ってくる鬼の触手。
何か大きな音がしたかと思えば、突然目の前に現れたのは鬼化した竈門炭治郎の妹で私の羽織を掴んでいるのを見る限り起こそうとしてくれたのだろうか。
「…私を起こそうとしてくれたの?」
「むー!むーむー!」
「…ありがとう」
正直に言えば何を言ってるのかは分からないが、私の言葉に頷いてる限り起こそうとしてくれたのは間違いない。
幾らあの柱合会議から複雑な関係とはいえ、起こそうとしてくれた鬼の彼女に感謝だけ述べる。
私は状況把握のために杏寿郎を探そうと目線を動かせば、竈門炭治郎の妹の背後から迫る桃色の触手に気づき、咄嗟に腰に帯刀していた日輪刀を抜いて切り刻む。
── 雪の呼吸 参ノ型
細かく切りつけ、触手の回復を遅くさせる。
少し離れた場所には善逸くんが目を瞑ったまま、日輪刀を握って鬼から乗客を守っており、また先程まで私の羽織を掴んでいた竈門炭治郎の妹も子供のような小ささから鬼化した状態で私の背後の触手を斬っている。
「凪仁!起きたようだな!」
「ごめんね、遅れちゃって」
「不甲斐ないが俺も起きたばかりだ!鬼の頸は猪頭少年と溝口少年に任せた!この車両と隣を含めた2両は黄色い少年と溝口少年の妹に任せている!」
「わかった、残りの前方4両は私ね」
「あぁ!頼む!俺は後方の4両を担当する!」
溝口少年って誰だと思いつつ、会話の内容的に多分竈門炭治郎の事だろう。
ドンッと踏み込んだ音がした後、私も杏寿郎も日輪刀を握りしめて担当の車両に移動し、乗客を鬼の触手から守る。
短く深い息を吸い、聞き慣れた雪の呼吸の呼吸音を出しながら刀を構え、乗客に怪我をさせることが無い場所を瞬時に見極め、脚に力を込めて一気に飛んで再生を遅くさせるために細かく斬る。
── 雪の呼吸 壱ノ型
── 雪の呼吸 参ノ型
杏寿郎の指示通り、あの二人が鬼の頸を見つけて落とすまで、私はここにいる乗客を守る。それが最優先でやるべき私の仕事だ。
あんな胸糞悪い悪夢を見せてきた鬼の頸を自ら斬ることが出来ない事に悔いは残るが。
どれぐらいかの時間かは分からないが、4両の中を走り回り、触手を斬り続けていれば突然車体が大きく揺れ、同時に鬼の悲鳴も聞こえてくる。
私はすぐさま、日輪刀を構え直して少しでも列車の横転を阻止するべく、大技を出して衝撃を減らす。
遠くから杏寿郎の声も聞こえる。恐らく彼も技を出して衝撃を減らしているんだろう。
衝撃が止み、外に出て動ける乗客を善逸くんに指示を出し、怪我人は隠に任せるために割り振りながら避難してもらう。
彼の背中には竈門炭治郎がよく使っていた木箱が背負われているから、さっきまで善逸くんと共に戦っていた妹の鬼はあの中にいるんだろう。
とりあえず、私は杏寿郎と共に話をしなければと思って姿を探し始めたと同時に肌に突き刺すような殺意が伝わってきて、私はその殺意の先に駆け出した。
「……上弦ノ参」
倒れ伏している竈門炭治郎を守るように立ち、瞳に上弦ノ参と彫られた鬼と戦う杏寿郎。
私が来るまでに戦いが始まっていたのか、目の上を斬っているし、全身は血だらけで、彼が炎柱になって継いだという伝統的な自慢の羽織はボロボロだ。
肌に突き刺さる殺意と気迫で、杏寿郎が奥義を出して終わらせようとしていることが離れたここでも分かる。同時に鬼が杏寿郎を殺そうとしていることも。
怪我を負っているのか地面に伏せていた竈門炭治郎が吠えた。
伊之助くんも自身よりも圧倒的な強さを感じてるはずなのに、彼も動こうと立ち上がろうとする。
「……鬼は本当に、私達から全て奪っていくよね」
面を壊されないためにも、後は視界を広くするためにも厄除の面を取れば、何も言わずともすぐ側まで降りてきてた結に預けるように渡し、すぐにそのままこの場から離れてもらう。
あの子なら何も言わなくても救援を呼んでくれる。
腰に帯刀していた日輪刀に触れ、抜刀する姿勢を整え、一瞬の隙を逃さぬように鬼が今にも杏寿郎の鳩尾を貫かんとする腕に目を離さず、私は地面を蹴り飛ばして得意の速さと抜刀で潜る。
腕を切れ。
それがダメでも受け流すか、方向を変えろ。
この人を、杏寿郎をこんな場所で殺させるわけにはいかない。
── 雪の呼吸 壱ノ型 雪氷一閃
「なぎと……!」
「…この反応、柱か。だがこの気配は女だろう?俺は女と戦う気は無い、そこを退け!」
「…一旦引いて、杏寿郎」
「それは出来ない!俺は柱で、俺は俺の責務を!」
「うるさい!良いから引け!」
こんな荒れた言葉を杏寿郎に向けたことがないから、顔は見えないけれど彼が驚いて息を飲んでることを背中で感じる。
どうしてこんなにもボロボロで、柱は私だっていると言うのに死ぬ寸前な人が責務や出来ないとか、そんな事言ってくるのだろうか。
私はもう、昔のように守られるだけの存在じゃないのに。
どうして私の手から大切なものは溢れ落ちるんだ。
どうして、私が守りたいものを奪われていくのか。
今も尚、動こうとしてる杏寿郎を何とか黙らせている間も狙われかねないため鬼から視線を外さないでいるけれど向こうは一向に動く気配がない。
「…もしかして、わざわざ待っててくれたの?」
「そこを退け、俺は杏寿郎と高め合っていたんだ」
「それは出来ないかな、この人を殺らせるわけにはいかないんだよね」
「なぎとっ…!」
上弦ノ参はつまらないと言いたげな顔をしていて、私は杏寿郎の言葉をそれ以上返すことなく、日輪刀を鞘に戻さずに近付き、技を出すように構えれば上弦ノ鬼も拳を向けてくる。
以前戦った上弦ノ弐。
あの鬼が持っていた対の扇のような特徴的な武器を持っている様子は無いということは、この鬼の武器は拳で武道の鬼。
それなら、まだ攻守の技を持つ私にも手はある。
後ろにいる杏寿郎や竈門炭治郎、それから応援を呼びに行った結から意識を逸らさせるため、私は地面を踏み込んで蹴り飛ばし、鬼の前まで距離を詰めて抜刀し刀を振るう。
「…ほぉ、女だというのに杏寿郎よりも速い!そして練り上げられ、磨かれ続けている剣技!」
── 破壊殺・乱式
── 雪の呼吸 伍ノ型
無数の拳が乱れるように飛んできて、避けることが殆ど不可能な事を一瞬で悟り、私は相手の攻撃を受け流し、その反動を活かして剣速を速める技を繰り出す。
受け流しているはずなのに打撃が届いていることに気付き、衝撃波に耐えながらも受け流して後ろに飛び、鞘に日輪刀を戻して次の技を繰り出すために整える。
「素晴らしい、素晴らしいぞ!俺は猗窩座、お前の名は何と言うんだ!」
ニヤリと微笑む目の前の悪鬼。
肌に突き刺さる威圧感は、間違いなく4年前の上弦ノ弐と同じ感覚。
あの日は寒い冬の日で、私の後ろには今すぐにでも運び込まないと危険だったカナエが居た。
今置かれてる状況は、あの日よりも絶望と言っても過言じゃない。
後ろには生きてるのも不思議な程に重傷を負った杏寿郎と負傷して伏せている竈門炭治郎と待機命令を出されているだろう伊之助くん、その後ろには大勢の一般乗客がいる。
杏寿郎が重症の今、柱である私しかこの鬼の相手を出来る者はいない。
いつでも抜刀が出来るように、着地した時点で鞘に添えた左手と柄を握る手に力が入るが一旦力を抜く。
全集中の呼吸をしながら深呼吸をし、精神統一させて頭に昇った感情を落ち着かせて片脚でその場を軽く飛び、無駄な力を落としていく。
落ち着け、真菰ならきっとここで感情のままに刀を振ることなんてしない。
感情の制御が出来ない者は未熟者だ。
「…雪柱 鱗滝凪仁」
「そうか。凪仁、お前も鬼になれ!そして永遠に戦い続けよう!」
私は鱗滝錆兎の妹で、鱗滝さんの弟子だ。
そして、私はあの日から真菰でもあるんだから鬼の前で生き恥なんて晒すわけにはいかない。
それに兄さんなら言うだろう。
── 柱ならば、死ぬ気で全員守りきれ、と。