似て非なるもの 作:アヒルのおもちゃ
── 柱ならば、死ぬ気で全員守りきれ。
武の道を極め、強さを追い求める鬼
上弦ノ参 猗窩座 襲来
肌にビリビリと突き刺さる圧迫感、ほんの僅かでも隙を見せてしまえば、あっという間に足元をすくわれ、死へと一直線上に向かい兼ねない緊張感を感じながら私はニヤリと薄気味悪い笑みを浮かべる目の前の悪鬼を睨む。
全集中の呼吸をしながら深呼吸をして精神統一させ、深く息を吸って感情を落ち着かせる事をしながらも、決して相手に油断と隙をつかせぬように、いつでも動けるように片脚でその場を軽く飛び、無駄な力を落として神経を張りつめる。
空を見る限り、まだまだ暗いが恐らく夜明けはそこまで遠くはない。
鬼の頸を斬ることが重要ではあるが、それよりもここにいる全員が生き残ることに重きを置く事が優先。
「凪仁、お前も鬼になれ!そして永遠に戦い続けよう!」
「……。」
「凪仁は女だが、その闘気は至高の領域に近い。まだ本来の力を発揮しきれない何かがあるようだが、人間ではなく鬼となって共に戦っていれば超えることが出来るはずだ」
この鬼はいったい何を言っているんだ。
今までその鬼によって、どれほどの幸せが壊され、幾つもの命が奪われ、数え切れないほどの涙が流れたというのに、そんな鬼に鬼殺隊が、ましてや柱の私がその誘いを了承するとでも思ってるのだろうか。
頭に過ぎるのは私と兄を守る為、刀を握って戦いながらも血を流す父の背中と私のせいで脚を千切られ、光を失って亡くなった真菰。
そして、上弦ノ弐の扇によって裂かれ、蝶柄の綺麗な羽織を血に染め、冬空の下で戦っていたカナエの姿。
巫山戯るな。表情に出さないように努めつつも、上手く感情を抑えられずに柄を掴む手に力が入る。
私が何も言わない事で鬼も答えを察したらしく、鬼はどこか納得いかないような顔をしながらそのまま話し続ける。
「凪仁も鬼にならないというのか」
「…例え死ぬことになろうと、鬼になんてなるわけないよ」
「何故だ、杏寿郎もだ。その練り上げられた闘気も、至高の域に届かずにいるのは人間だからだ。死ねば素晴らしき剣技も全てが失われるのだぞ」
「…何度でも言おう。老いることも死ぬことも、人間という儚い生き物の美しさだ。老いるからこそ死ぬからこそ、堪らなく愛おしく尊いのだ。彼女に愚問なことを聞くのはやめて貰おうか」
「凪仁、お前も杏寿郎と同じだと言うのか」
「答えを変えるつもりは無いよ」
「……残念だ、鬼にならないなら殺す」
── 破壊殺・空式
── 来る。
気迫を全身で感じて軽く飛んでいた脚を止め、姿勢を低くして相手の動きに視線を逸らさず、限界まで見極めれば距離がそこまで詰められないことに気づく。
先程の至近距離からは遠く離れた距離だと言うのに、虚空を拳で殴ったことで拳の衝撃波が飛んでくる。
あの鬼は至近距離だけでなく、遠距離にまで対応出来る技があるとなると、こちらの武器が刀の時点で遠距離の攻撃は難しい。
だが、避けて斬るのが雪柱の私の本領だ。
── 雪の呼吸 肆ノ型
素早く鞘から刀を抜き、飛んでくる衝撃波を受け流しながら移動し、まるで強い吹雪を起こしたかのように私の姿を見せない防御の技。
空虚から飛んでくる拳の動きを受け流した勢いのまま、その隙に出来た場所に向けて瞬時に移動し、すぐに鞘に戻しては地面を踏み込む。
踏み込んだ勢いを殺さないまま、地面を力強く踏み込んで上弦ノ参の死角へ移動。
また鞘に左手、柄をしっかりと握り締めて隙を作らぬように地面を勢いよく蹴って抜刀し、猗窩座の頸を斬るために懐まで距離を詰めて消えたように現れた私に猗窩座は驚く。
速さは私の強み。
「だめだ!!凪仁!!」
突然後ろから杏寿郎の大きな声が聞こえ、私は猗窩座が取る目の前の構えを見て目を見開く。
先程、杏寿郎を貫こうとしたあの大技の構えに似ている気がする。いや、まだあの鬼の技を全て見切ったわけじゃない中で判断は厳しい。
だったら撃たれる前に、こちらが切り落とすまで。
空虚から飛んでくる拳を刀で最小限で受け流しきり、身体に衝撃波や打撃を受け、悲鳴をあげるのを無視して、私は刀の頭を前に持ち、刃先を後ろにした握り方に瞬時に変える。
深く短い息の吸い方。
ヒューッと雪の呼吸特有の呼吸音を鳴らし、瞬時に上弦ノ参の脚、腕、胴体、頸、そして死角となる位置を把握して狩り斬るように、自分の速さを維持したまま飛び込む。
── 雪の呼吸 捌ノ型
「…惜しいぞ、凪仁。どうやらお前は俺と相性が悪いようだ」
── 破壊殺・脚式
捌ノ型は相手の死角で足をつき、速さを持続させたまま、素早く移動させて姿を見せず、あらゆる方向や視覚から素早い剣速で無数の斬撃を繰り出し、傷口からの再生をまるで凍傷したかのように遅く感じさせる技。
九つ型がある雪の呼吸で、私の得意とする速さと剣速、剣技を活かした相手の死角をつく私の中でも大技の1つ。
それなのに、まるで全ての斬撃が見えたかのように全てを見切られ、頸には届かずに奴の脚や胴体を斬撃を食らわせることが出来てるが、無数の斬撃で再生しにくいようにさせているにも関わらず、技を出す前と大差ないことに私は目を見開く。
ぶつかる直前、上弦ノ参の足元に現れた雪の結晶のような術式と私の複数の斬撃と共にぶつけられた脚技。まさか、私の姿が見えてなかった中で複数の攻撃を全て見透かしたのか。
ギリっと歯を食いしばり、すぐに次の一手に移るために刀を持ち替えて構えるものの、動きは上弦ノ参 猗窩座の方が上回る。
── 破壊殺・空式
── 雪の呼吸 弐ノ型
そんな隙を目の前の鬼が逃すはずもなく、またもや技を繰り出され、私は刀を自分に寄せる。
素早く動き、残像を残して避ける技の弐ノ型で衝撃に向けて堪えるものの、弐ノ型の範囲よりも広範囲だったことで避けきれずに勢いよく飛ばされ、上手く受身を取るのも間に合わずに地面に全身をぶつける。
「っ!」
「凪仁さん…!」
「今まで殺してきた中に雪もいなかった。そして、杏寿郎や凪仁と同じく俺の誘いに頷く者もいなかった」
口の中に広がる血の味。右頬を斬られたのか、ヒリヒリとした痛みで軽く拭えば手に付く血。
咳き込めば口元から流れ出てくる血に私は見て見ぬふりをし、刀を支えに立ち上がって猗窩座を睨む。
不味い。猗窩座がさっき見せたように、私の動きを全て読めるのだとしたら気配を消し、素早く動いて相手の死角から頸を狙う抜刀術を主軸とする雪の呼吸では相性が悪い。
可能性があるとすれば私の戦闘の主軸を変更することだが、その可能性は今の私では不可能。
守に重きを置いてる水の呼吸であれば、そう一瞬でも考えたけれど水の呼吸が使えない私では戦闘の主軸を変更させることは出来ない。
「……っ」
もし、私が以前のように水の呼吸が使えていればまた違った状況に持ち込めたかもしれないのに。今更考えても仕方が無いのに、タラレバばかり考えて柄を握る手に力が入る。
夜明けはまだかと内心焦りながら、空を横目で確認するけれど太陽の光は見当たらない。
杏寿郎だって時間の問題だろう。早く私があいつの頸を斬るか、夜明けが来ないと杏寿郎が助からなくなる。
こんな奴に負けるわけにはいかない、私には斬らなければならない鬼がいるんだ。
地面を踏むと少し滑った感覚がして下を覗き見れば、避けきれなかった傷から流れた血の溜まり場が出来ている。呼吸で止血はしているものの、衝撃波を最低限にしか避けることも出来ていないから内蔵あたりが危険な状態でもおかしくない。
両目や両腕、両脚が無事である事が唯一の救い。
「……ちっ」
「凪仁!これではお前も死んでしまうぞ!鬼になれ!」
「…ねぇ、どうしてそこまで鬼になってまで強さを追い求めるの?」
あまり鬼と話すことが好まないけれど、戦闘の主軸を変えられないのならば、少しでもいいから夜明けまでの時間を稼げ。
今まで喋ることを極力避けていた私が話しかけたことが以外だったのか、猗窩座は少し目を見開くものの、また口角を上げて笑う。
「俺は弱い奴が嫌いだからだ。人間は弱いだろう?弱者を見ると虫唾が走る、反吐が出る。淘汰されるのは自然の摂理に他ならない」
「…君の話は最もだと思うよ、私も弱い事は好きじゃない。弱ければ奪われ、捨てられる。どれだけ大切で守りたいと決心しようが、死ぬ気で鍛えようが、強者の前ならば全ての努力が必ず報われるとは限らない」
「そうだ、だからこそ同じく武の道を極める者として理解しかねる。弱い人間のままでいる事が、選ばれた者しか鬼にはなれないというのに」
「…だから君は鬼になったの?」
「あぁ、鬼は頸を斬られない限り死ぬ事がない。永遠に戦い続け、強くなることが出来る。だが見ろ、凪仁の素晴らしい剣技で付けた斬撃も回復してしまった。どう足掻いても人間では鬼に勝てない」
「……。」
「そして俺と永遠に戦い続けよう。そこまで鍛え上げられた闘気を見れば女であろうと、俺は凪仁を歓迎しよう。やはり何かが引っかかっているのか本来の実力を発揮出来ていないようだが、そんなものは鬼になれば造作もない」
「同じ鬼と言えど、随分君は女性に対して違うんだね」
「…あいつと同じにするな、俺はあいつが嫌いだ」
「へぇ、上弦ノ弐って鬼にまで嫌われてるんだ。私もあいつを殺したいほど嫌いだよ」
「お前こそ、何故強さを求めているのに人間でいる。凪仁は弱者でいる事が嫌いなのだろう」
「そうだね、嫌いかな」
迷いもせずに答えた私の反応に猗窩座は笑い、後ろにいた杏寿郎や竈門炭治郎たちが息を飲む。
真菰はこんなこと言わない、そんなことは私が一番わかってるけれど今は時間をいかに稼ぐかに費やしたい。
「強ければ強いほど失うものもない、純粋に強さだけならとても魅力的だと思うよ。弱くて理不尽に奪われるのが世だと言うのなら、私も強さを追い求める」
「あぁ、そうだ」
「それに弱い人が惨めったらしく泣いてるのも、煩く喚いてるのも好きじゃないかな」
「そうだろう」
「でもね、それと同じぐらい私は鬼という存在が嫌いなんだ」
今まで私の反応や言葉に気を良くしていた猗窩座だけど、私が笑って鬼を嫌いと言った途端に表情が変わる。
努力はどれだけしたって報われない。
死ぬ気で鍛錬したって死ぬ時は死ぬし、生きる時は生きる。
救えぬ者も居れば救える人だっていて、いつだって私の手から命がこぼれ落ちないように必死だ。
「それから永遠も要らないよ」
「…何故だ、時間はあるに越したことはないだろう。強くなる事に時間は無限であればあるほどいい」
「確かに強さは欲しい。でも永遠に生きようと、そこに私の強さを求めた理由も存在も無い。……そんな世を永遠にいるなんて辛いでしょう?」
「……。」
「── 鬼になるぐらいなら、例え惨めったらしくても、最後まで這いつくばって死んだ方がいい。だから君の提案には乗れない」
「…残念だ」
「…私も残念だよ、君が鬼であることにね」
鬼になるなど天変地異が起きても有り得ないが、猗窩座が鬼であることに残念だと思ったのも事実だった。
だけど絶対に鬼になるなど何があろうと有り得ないし、死ぬことも出来ない。もし死ぬとしても、それはあの鬼を殺すときだけだ。
ここにいるのが兄さんなら、真菰であれば、カナエやしのぶであれば、私以外の柱であれば、杏寿郎が死にかけることなんてなかったかもしれない。
目の前の上弦に対しても、もっと有利に戦えていたかもしれない。
会話は終わりだとお互いに切り替え、私はすぐに構える。
こちらに来る瞬間を探る杏寿郎と動こうとする竈門炭治郎の気配を感じとり、私はもう一度力を振り絞って構える。
私が斬らなければいけない鬼よりも下の鬼に負ける訳にはいかない、余裕が無いなんて思われたら負けになる。
「…誓ったんだ、最期まで繋ぐと」
私はぽつりと呟き、口角を上げて笑えば、猗窩座の纏っていた空気が若干変わったが問題ない。
可能な限り、杏寿郎ではなく私に猗窩座の意識を集中させたい。
今、私がするべきことは杏寿郎がやろうとしていることを届かせること。
後ろで一切の隙を見せずに、こちらを見ている杏寿郎が奴の頸を斬るために最後の力を振り絞ろうとしてる。
ならば、私がやる事は決まっている。
「素晴らしい…!ここまでの闘気!隙のない構え!凪仁素晴らしいぞ!」
一瞬でもいい。
相手の隙を作って次に、死ぬ気で杏寿郎に繋げろ。
── 雪の呼吸 伍ノ型
力強く地面を踏み込み、音を置いてくる勢いで私の持てる最速で猗窩座の懐まで飛び込んで刀を抜刀させる。
猗窩座の拳と私の日輪刀がぶつかる音、地面を踏み締める音。
何合もぶつける度に荒くなる息遣い。
猗窩座の腕を斬れば、斬っていない腕で顔を狙われて咄嗟に避けるも、先程付けられた口角から右頬にかけた傷が深くなる。
── 雪の呼吸 陸ノ型
ここだという瞬間まで、私が引き付けて後ろで構える杏寿郎に託せ。
本来なら相手の攻撃を受け流した反動と、自分の身体を回転させた勢いを乗せて活かすこの技で猗窩座の動きに合わせて手脚を斬る。
最初に斬った時よりも再生速度が上がってるのか、すぐに斬った場所は再生されており、内心舌打ちをしながら私は猗窩座の胴を蹴って宙に飛び、次の技に繋げる。
── 雪の呼吸 壱ノ型 雪氷一閃
── 破壊殺・乱式
── 雪の呼吸 弐ノ型
「いい!もっとだ、もっと本気を出してくれ!俺と一緒に高め合おう!」
もっと、もっと私だけに意識を向けさせろ。
予想だけど、あの足元に展開されてる雪の結晶の形をした血鬼術はこちらの動きを読んでくる。
もしその予想があってるなら、あれによって杏寿郎の動きが読まれないように、瞬きは最小限に猗窩座の動きの速さを超える速さで刀を振れば、猗窩座も同じように速さが上がって私に集中してくる。
防御の型である弐ノ型の範囲外や受け流しきれないものにより、腕や頬、肩、胴に傷が増えるが、致命傷に繋がる物は無理やりにでも衝撃を逸らす。
後ろから気迫が背中に感じて私はここだと思い、猗窩座と距離を一旦取るために地面を蹴って後ろに飛び、刀は抜刀した状態のままで着地と同時に地面を蹴り飛ばし、柄を両手で握る。
── 雪の呼吸 漆ノ型
地面と平行に低い姿勢のまま、鬼の体感で感じさせる斬撃は一度のみ。
だが、実際には水の呼吸 陸ノ型と同じように複数の斬撃で切り裂き、一面を白銀の世界のように全てを巻き込んで刈り取る広範囲型の技。
その左側に出来た死角に体を動かし、そのまますぐに地面を踏み込み、猗窩座が動くより先に背後に回るが、私がやろうとしたことを猗窩座は気付いたのか杏寿郎がすぐ目の前まで来ていたことに気付かれ、私は強く蹴り飛ばされる。
「……かはっ…!」
「凪仁さん…!」
「俺は炎柱、煉獄杏寿郎だ!俺は俺の責務を全うする!」
「ハハッ!来たか杏寿郎!お前の闘気も構えも隙の無い!」
「ここにいる者は誰も死なせない!」
── 炎の呼吸 奥義 玖ノ型 煉獄
── 術式展開 破壊殺・滅式
猗窩座の背後にいた私は勢い良く飛ばされ、岩壁に強く打ち付けられて刀を落とす。強く打ったせいで肋を何本か、それから内蔵もやられたようで尋常じゃない痛みと血を咳き込む。
杏寿郎と猗窩座の瞬きすら許さない攻防に目を離さぬように、視界の半分が真っ赤に染まりながら私は次の一手に備え、手から落としてしまっていた刀を握りしめる。
血によって視界の半分が赤く染っているのが邪魔で、隊服の袖で拭うが視線は逸らさない。
杏寿郎の技が猗窩座を捕えるものの、猗窩座も尋常じゃない速さで私の切った場所を全て再生し、杏寿郎に向けて拳を撃つ姿を見て悲鳴をあげる体を無理やり動かし、意地で刀を支えに立ち上がってすぐに動く。
自分の未熟さに腹が立ってくる。
同じ柱のはずなのに、ここまで圧倒的に違うのは才覚か。
生きてる事すら奇跡に近い杏寿郎の手を借りなければ、上弦を相手することが困難で、そんな杏寿郎を補助する役回りもこのザマ。
口の端から流れる血を拭い、柄を握りしめて私は走った。
相手を見て一瞬の隙をつき、時には受け流した反動を使い、私の姿を見せるよりも前に速く頸を斬るのが私なのに、この時は何も考えずに身体が勝手に動いた。
鱗滝さんに教わった明鏡止水の精神。
いつ如何なる時も、感情的にならずに心を落ち着けて刀を振るえと。
感情の制御が出来ないものは未熟者だと身をもって知ったのに。
最終選別の日も私はその精神を捨て、怒りのままに刀を振ったから親友を失ったのに杏寿郎の身体を貫こうとする猗窩座を見たら、この感情を抑えられなかった。
今の私に猗窩座の腕を切り落とす暇はなく、合間に入って杏寿郎を貫こうとした左腕が私の横腹を抉る。
そんな私の名前を杏寿郎が叫ぶが、私は右手で持つ自分の刀を猗窩座の頸を捕らえているその刀に外側からぶつけて押すように力を込める。
「凪仁っ!」
「私に構うな!頸を斬れ…!」
「っうおおおおおおー!」
「伊之助動けー!凪仁さんと煉獄さんを守るんだ!」
横腹にある猗窩座の腕が抜けないよう、腹筋と左腕に力を込めて全集中の呼吸をし固定させれば、腕が抜けないことに気付いた猗窩座は焦り出す。
反対側の腕が杏寿郎を殴ろうと迫るも、杏寿郎の左手がその手を抑え、右手で猗窩座の頸を斬ろうとする杏寿郎と私の手にも力が入る。
耳を劈くような猗窩座の声と私と杏寿郎の声。
砂埃が舞う中、頸の半分まで杏寿郎の刀が入ったと同時に、視界の右側が明るくなり始めたことに気づく。
夜明けだ。
もうじき鬼の嫌いな太陽がさす朝が来る。
夜明けに気付いたのは私たちだけでなく、猗窩座も気付いたようで横腹を貫く腕を抜こうと力を込められるが、私はさらに抜けないように必死に身体に力を込めれば抜けないと悟ったのか、猗窩座は私の横腹にある腕を自ら千切り落とす。
右から太陽の光を感じて、貫かれた横腹にあった猗窩座の腕が斬られた事で立つことすらままならない私はそのまま重力に逆らえずに倒れる。
途中から呼吸の止血が間に合わなかった分の血を流しすぎたのか、杏寿郎と猗窩座が何か言っているが上手く聞き取れず、必死に私は身体に力を入れるが立ち上がれない。
「煉獄さんと凪仁さんの方がずっと凄いんだ!強いんだ!煉獄さんと凪仁さんは負けてない!誰も死なせなかった、戦い抜いた、守り抜いた!お前の負けだ!煉獄さんと凪仁さんの勝ちだー!」
目だけを動かして追えば、竈門炭治郎が炎を纏った日輪刀を森の茂みに向かって矢の如く投げ、私と杏寿郎の名前を叫びながら怒鳴る姿。
彼、あんなに走って大きな声を出しているけれど、私が来た時は地面に伏せるほどの怪我をしていたのに何をやってるんだか。
「凪仁!何故だ、なぜあの時…!」
「……鬼…は」
「っ、逃がしたが今はそれよりも君だ!何故、なぜあの時に突っ込んできた!俺を庇わなければ、君が抉られることは無かったはずだ!」
「…なんで、だろうね」
「目を閉じてはいけない!凪仁!」
「…あんまり大きな声、出さないで。杏寿郎も重症」
遠くから結が飛んできている。
自分が思ってる以上に額を切ったのか戦闘中に拭ったものの、視界が血でぼやけているけれど、結の隣にいるのは艶ではないだろうか。
隠の方がバタバタと来る気配を感じながら、私を支えている私よりもボロボロで何で生きてるのかすら怪しい目の前の人に目を向ける。
こういう真っ直ぐな姿勢は本当にそっくりだ。
誰よりも厳しく、誰よりも優しく。
誰よりも強かった大切な兄。
「……気付いたら」
「なぎとっ」
「……走ってたから、わかんないや」
「君は!げほっげほっ……」
良く見たら、私はどうやら杏寿郎を守りきれていなかったらしい。
動かせる範囲で目を動かせば、ガラ空きとなってしまった奴の右腕で杏寿郎も横腹を持っていかれてた。
私はあの頃と同じ、いつも中途半端でどうしようも無い未熟者なのは変わってなかった。
「……わたしは、未熟者だなぁ」
「ダメだ…!目を閉じるな凪仁!」
「雪野郎!!」
「凪仁さん!」
「凪仁!カナエ、シノブ待ッテル!」
こんなに死にかけな状態でも私の前に2人は見えない。
兄さんは私よりも義勇のことを気にかけていたから、兄さんは来てくれないかもとは思っていたけど真菰も来てくれないのか。
名前を呼ばれるけれど瞼は重い。
杏寿郎もただでさえ死にかけの身体のくせして、そんな大きな声を出し続けて、私の事まで支えようとしていたら本当に死んじゃうよ。
伊之助くんも目立った傷がないとはいえ、列車でも鬼を斬った後なのだから無傷とは思えなかったし、先程また無茶をした竈門炭治郎は脇腹の傷が開いたのか痛そうな顔をしていて軽傷では無い。
カナエとしのぶに知られたら、間違いなく怒られるし、下手したら蝶屋敷の子達を泣かせてしまうかもしれないし、カナヲは冷や汗をかいてしまうかも。
それは嫌だな。年下の子たちが、特に蝶屋敷に住んでる子達に泣かれてしまうと何をしたらいいのか、どうしたらいいのか分からなくなってしまう。
でもきっと、妹がいたらこんな感じなのだろう。
力の入らない身体で意識が遠くなりかけながら、何かを悟ったのか私の近くにいた杏寿郎が私に声をかけつつも、彼らに言葉を伝え始めてるのを聞きながら私はそんなことを考える。
「竈門少年、猪頭少年、黄色い少年、胸を張って生きろ。己の弱さや不甲斐なさにどれだけ打ちのめされようと、心を燃やせ。歯を喰いしばって前を向け。……それから彼女を頼む」
「煉獄さん…!呼吸で止血をっ」
「── 俺は信じる。君たち兄妹を信じる」
「っ!」
「凪仁、君にはまだやるべきことがあるだろう…!駄目だ、胡蝶達を置いていくな」
それは君もでしょ、杏寿郎。
あんなお酒に溺れてる槇寿郎さんと千寿郎くんを置いていったら、それこそ本当に不味いでしょうと言いたいけれど、上手く口が動かせず、私は無理やり腕を動かして彼の胸を叩く。
勝手に悟った気になって、後輩に最期の言葉を遺した人が何を言ってるんだと意味を込めて叩くけれど、彼には上手く伝わってない様子。
必死に呼びかけてくる彼らに返答も出来る気力は無くなり、隠の誰かが私を運ぶために背中へ乗せようとしてくるから最後の力を振り絞り、すぐ近くにいた人の羽織を掴む。
「凪仁さん!?」
「……先に、彼を」
「何言ってるんですか!?貴方も重症でしょ!?」
「はやく……あの人、私より重症」
私が掴んだ羽織は、どうやら隠と共に乗客の避難誘導に回ってくれていたはずの善逸くん。
彼は私の必死さと彼の耳の良さで察してくれたのか、彼は何か言いたげな顔をしながらもしっかり頷き、隠の人を呼んで今もなんか喋ってる杏寿郎を無理やり背負ってもらう。
私に声をかけたり、竈門炭治郎たちに話しかけたりしてたけど、杏寿郎は私が戦うよりも前から戦っていて、医学に精通してない私でも目が潰れて、腹を貫かれてるというのに後から参戦した私より軽傷なわけが無い。
「…あり…がとう」
「凪仁さん…?え、凪仁さん!しっかりしてください!炭治郎!伊之助!本当に不味いよぉ!!」
「煉獄さん!」
「死ぬな雪野郎!」
少しでいいから眠らせて欲しいなんて、言葉に出来る余裕もないまま私は落ちていく意識に逆らう力も無く目を瞑った。
運んでくれてるのは結が呼んだ救援の隠の人と伊之助くん達なのだろう。
私たちを背負った彼らが走ることで肌に当たる風を感じながら、微かに聞こえるはためく羽織の音を聞いて私は列車の中で見た夢のことを思い出した。
── 真菰ごめん、大切な羽織汚しちゃった。
「凪仁、俺達は決して自分が死ねば良かったと思ってはいけない」
「うん」
「繋ぐんだ、父上が守ってくれたこの命を」
「繋ぐ?」
「そうだ。生きて、託された未来を繋ぐんだ」
「わかった、兄さん」