似て非なるもの   作:アヒルのおもちゃ

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── まるで白魔が通り過ぎたかのような雪景色

厄除の面を取った顔は俺の知る人に似ていた
狭霧山で鍛えてくれた兄弟子に。





第八話:無限列車 - 雪柱 -

 

 

 下弦ノ壱の頸を斬ったものの、負った傷とヒノカミ神楽を舞った影響での疲労感で動けない中、横転した列車の乗客や車掌さんを伊之助に任せ、煉獄さんに呼吸による止血を教わっていた時だった。

 

 突然、今まで出会った鬼とは比べ物にならないぐらい鬼舞辻の匂いがして痛い身体を無理やり動かし、顔を上げた先にいたのは瞳に上弦ノ参という文字を刻んだ鬼。

 

 全身に走る気迫に圧倒され、動けないでいると真っ先に狙われたのは俺で煉獄さんに庇われてしまう。

 柱である煉獄さんでも上弦を一人ではと思い、痛い身体を動かすけれど待機命令を出されてしまって動けなくなる。

 

 次第に増えていく煉獄さんの傷、流れていく血。

 煉獄さんと猗窩座が大技を放とうとした瞬間、視界一体が俺の住んでいた家を思い出させる冬の景色へと変化した。

 

 ── それは、まるで白魔が通り過ぎたかのような視界一面が真っ白な雪景色。

 

 吹雪が収まったかと思えば、前で戦っていたはずの煉獄さんが押されたように俺の近くまで飛ばされて戻ってきて刀を支えにしてしゃがんでる。

 

 何が起きたんだと猗窩座の方へ目線を向ければ、月夜の光に照らされて靡く宍色の髪と蒼い襟巻き、そして面が外されてハッキリと見える藤納戸色の瞳を見て息を呑む。

 

 頭に過ったのは煉獄さんに会う前、無限列車に乗車するよりも前にお世話になっていた蝶屋敷で話した出来事。

 しのぶさんに最後の診断をしてもらった後、お世話になったしのぶさん、カナエさん、蝶屋敷の皆に挨拶をしていこうと思えば、善逸が先にお二人に挨拶していたのを見付けて俺も駆け寄る。

 

 

『しのぶさん!カナエさん!』

 

『あら、炭治郎くん』

 

『先程ぶりですね、炭治郎くん』

 

『お世話になりました!』

 

『ふふ、いいのよ〜。元気になってくれて嬉しいわ』

 

『いえいえ。ごめんなさい、私達はこの後もやることがあるので見送りは出来ないんです』

 

『いえ!沢山お世話になったので本当にありがとうございました』

 

『炭治郎くん』

 

『はい!』

 

『…凪仁の事なんだけれどね』

 

『…あ、俺、しのぶさんにもお話したんですけどあれからお会いできてないんです……。ずっと探してはいるんですけど』

 

 

 あの日、俺は凪仁さんを怒らせてしまってから一度も会えていない。

 どうにかもう一度謝りたいと思ったけれど、凪仁さんの姿はあの日以降から全く見ていなくて、しのぶさんに話したいと伝えても複雑そうな顔をされてしまって、俺もあまり言えなくなってしまった。

 

 錆兎と真菰の話をしたかった。

 二人が俺を鍛えてくれたから手鬼の鬼を倒すことも出来た、二人のお陰なんだと、ただそれだけを二人の事に詳しそうな凪仁さんに伝えて、出来れば義勇さんのように話をしてみたかった。

 

 俺のそんな考えが音でわかったのか、善逸は少し言いづらそうにしながら名前を呼ばれてカナエさんから善逸に視線を移す。

 

 

『…あのさ、炭治郎。俺と伊之助、少し前に凪仁さんに会ったんだ』

 

『そうなのか!?教えてくれたらよかったのに俺、どうしても凪仁さんに伝えたい事があって』

 

『…うん、凪仁さんが持ってる狐面と羽織の事でしょ?』

 

『あぁ、どうして分かったんだ?』

 

『俺、耳がいいからあの日の会話聞こえちゃって』

 

『…そうだったのか』

 

『わかるよ、炭治郎の気持ち。凪仁さんの狐面と羽織に関係する話をしたいんだろうなって』

 

『うん、そうなんだ。俺は錆兎と真菰の話をしたくて……』

 

『でもさ、それ凪仁さんにとって苦しくないのかな』

 

『…え?』

 

 

 苦しい?どうして?

 俺は分からなくて戸惑っていれば、カナエさんは何処か難しい顔をしていて、しのぶさんはキュッと自身の羽織を掴んでいる。

 どんなに考えても分からなくて、恐らく俺が困ったような顔をしていたから善逸は少し言うのを躊躇うように口を開いた。

 

 

『…だって、凪仁さんが持ってるってことは持ち主の人は居ないんでしょ?』

 

『…あぁ、錆兎と真菰は最終選別の時に亡くなったそうだ』

 

『…それなら形見なんじゃないの、凪仁さん』

 

『…あっ』

 

『俺も少ししか話を聞いてないけどさ、錆兎さんと真菰さんって人は凪仁さんが普段から身につけるほど大切な人だった事は分かるんだ。そんな大切な人が居ない事を再確認させるようなこと炭治郎するの…?』

 

『違う!俺はそんなつもりじゃ!』

 

 

 違う、俺はそんなつもり無かった。

 錆兎と真菰の話はしたかったけれど、決して凪仁さんを傷付けたいわけじゃなかった。

 必死に善逸にそう言うけれど、善逸は悲しそうな顔をしていて俺はとんでもない勘違いを相手にさせてしまってるんじゃないと焦る。

 

 

『…あのね、炭治郎くん』

 

『カナエさん…?』

 

『…私、真菰さん本人にお会いしたことあるの』

 

『え、真菰に!?』

 

『姉さん、それって私も聞いていいの…?』

 

『えぇ、大丈夫。真菰さんと出会ったのは最終選別の最終日、大きな音がして何が起きたのか私も気になったから木の影から覗いた時よ。片脚から血を沢山流して危ない状態の女の子と、その女の子を抱き抱えながら日輪刀を持って走ってきた子がいたの』

 

『…もしかして』

 

『…片脚を奪われて無くしていたのが真菰さん、その真菰さんを連れて藤の花の下に飛び込んできたのが凪仁。凪仁が自分の羽織を破いて必死に真菰さんを救おうとしてるのを見て、私も助けようと思って傍に行ったの。けれど真菰さんはその日、凪仁の目の前で残り僅かの最終選別中に亡くなったわ』

 

 

 しのぶさんは顔色を悪くしながら胸元をギュッと握り、善逸は息を呑み、俺は今の話で手鬼が言っていたことを思い出す。

 

 鱗滝さんに恨みがあり、厄除の面を目印に弟子たちを狙って食べていて特に印象に残っているのは3人の弟子。

 

 一人は宍色の髪をした口元に傷跡があった少年。

 二人目は花柄の着物を着た素早い動きの女の子。

 そして三人目は、一人目と同じ宍色の髪に毛先は白い珍しい髪色で二人目の女の子と共に来た抜刀術を得意とする女の子。

 

 花柄の着物を着た女の子と抜刀術の女の子には逃げられて、食べられなかったと物凄い勢いで俺に怒ってきたからよく覚えている。

 

 

『…炭治郎くん、貴方、どうして亡くなった真菰さんを知ってるの?』

 

『それは俺が鱗滝さんの元で修行していた時に二人に出会って、半年間鍛えてもらったからで』

 

『…ごめんなさい、どうしても信じられないの。錆兎さんはお会いしたことないけど、真菰さんにお会いしたのはその最終選別で私が最終選別を受けたのは5年以上前なの』

 

『でも、俺は本当に二人に出会って鍛えてもらったんです!藤襲山には鱗滝さんの弟子ばかり狙う手鬼がいて、その鬼がずっと鱗滝さんの弟子を狙って食べてたから強くて……。錆兎も真菰もあの手鬼に狙われたんです!』

 

『…炭治郎、俺、爺ちゃんにそんな話聞いたことないよ』

 

『本当なんだ!あの鬼は言ってた、宍色の髪で口元に傷がある少年、花柄の着物を着た素早い女の子、その女の子と一緒に来た宍色の髪をした抜刀術が得意な女の子が印象的だって言ってたんだ!それを聞いて、俺は錆兎と真菰はあの鬼に殺されたんだと知ったんだ!』

 

『…しのぶ、聞いたことある?』

 

『…無いわ、そんな強い鬼が藤襲山に居るはずない』

 

『本当なんです!凪仁さんに聞いてください、絶対いたって教えてくれます!それに俺は鱗滝さんのもとに修行してる時、錆兎と真菰に鍛錬してもらって呼吸も使えるようになったんです!だから俺は二人を知ってて!』

 

『…その鬼って今もいるの、炭治郎』

 

『いや、今は俺が斬ったからいない。でも本当なんです、本当に鱗滝さんの弟子ばかり狙う手鬼がいて錆兎と真菰に鍛えてもらったから俺はあの鬼を斬ることが出来たんです!』

 

 

 どうして信じてくれないんだろうか。

 必死に説明しても、カナエさんやしのぶさん、善逸にもなかなか信じて貰えなくて俺はグッと拳を握る。

 

 凪仁さんだって知ってるはずなんだ、あの鬼が言ってた三人目は多分凪仁さんのことだと思うから絶対に戦ってるはずなんだ。

 どうやったら、どうすれば信じてもらえるのか分からなくて、俺は凪仁さんに話してもらえればと思って必死に伝えることしか出来ない。

 

 

『お願いします、凪仁さんならきっと信じてくれて…!』

 

『…その話が本当かは今の状況から判断出来ませんが、炭治郎くん。凪仁さんが関わりを持とうとしない限り、今後は無闇な接触は控えた方がいいと思います』

 

『そんな…!』

 

『仮に君の言うように以前まで藤襲山に手鬼がいて、錆兎さんや真菰さんがその手鬼に君が勝てるようにご師事をしてくれていたのだとしても、今の話は凪仁さんに絶対に話さないでください』

 

『…え』

 

『私からもお願い、炭治郎くん』

 

『…カナエさん』

 

『ごめんなさい、貴方が凪仁と仲良くしたいと思ってくれてるのは凄く伝わってるの。でも貴方の前で素顔を出すまでは話さないで、あの子の顔を見たらどうしてなのかは分かると思うから』

 

 

 風が吹きつけ、宍色の髪と藍色に染められた襟巻きが靡く。

 普段付けているはずの錆兎の面は外されていて、俺は初めて見る凪仁さんの素顔に驚かされる。

 

 右頬には傷跡がないけど良く似ている容姿。

 ヒラヒラと動く花柄の羽織、鞘からすぐに抜刀させられるように少しだけ抜かれた刀は蒼くガラスのように透き通っていて、面を付けてる時にも見たことがある藤納戸色の瞳。

 

 蝶屋敷で見かけた時に感じたふわふわとした優しげな、でも何処か不思議な雰囲気からは考えられない煉獄さんに向けて発された厳しい口調。

 その雰囲気に俺は思わず零す。

 

 

「…さびと?」

 

 

 俺を鍛えてくれた兄弟子── 錆兎に良く似ていた。

 そんな俺の呟きは凪仁さんと猗窩座の攻防ですぐに消え去り、煉獄さんと猗窩座の戦いも俺達に入る隙なんて無くて、それどころか間に入った瞬間に命を刈り取られると実感したけれど凪仁さんはそれ以上だった。

 

 凪仁さんが攻めるたびに吹き荒れる雪の中、唯一見えるのは凪仁さんの襟巻きと日輪刀で残る蒼き残像。

 俺や伊之助は凪仁さんの動きを目で追えず、横目で煉獄さんを見れば、呼吸で止血をしながら目で追っていて、その目の動きを見て凪仁さんが見えてることに唖然とさせられる。

 

 凪仁さんの姿を目で捉えられたのは、凪仁さんが猗窩座の胴を蹴り飛ばして空中に浮かび、大技を出すために呼吸を一気に吸い込んだ瞬間。

 猗窩座の身体は無数の斬撃で傷付くものの、表情は煉獄さんと戦っていた時のように笑っている表情で、足元に現れた雪の結晶の術式に煉獄さんが吠えた。

 

 

「だめだ!!凪仁!!」

 

「凪仁さん…!」

 

「雪野郎!」

 

 

 ── 雪の呼吸 捌ノ型 八寒地獄(はっかんじごく)

 

 ── 破壊殺・脚式 流閃群光(りゅうせんぐんこう)

 

 

 凪仁さんの身体を隠すように大雪が吹き付け、そのまま猗窩座の周りを四方八方を塞ぎ込む大技で猗窩座の姿が俺たちの視界から消える。

 

 雪が収まって見えたのは目を見開いて驚き、右頬から血を流してる凪仁さんとそんな凪仁さんに気味の悪い笑みを浮かべてる猗窩座の姿が見えるも、すぐに猗窩座が動き出して凪仁さんの姿が視界からぶれる。

 

 

 ── 破壊殺・空式

 

 ── 雪の呼吸 弐ノ型 沫雪(あわゆき)

 

 

 猗窩座の血鬼術が当たってしまう。

 凪仁さんの名前を俺は叫ぶが、猗窩座の拳にぶつかったのは凪仁さんではなく凪仁さんの残像のようで回避し続けている。

 何度も凪仁さんはその技で避けるものの、その範囲を超えてしまったのか、凪仁さんの身体に攻撃が当たり、勢いよく俺達がいる場所とは反対方向に飛ばされてしまう。

 

 

「凪仁さん…!」

 

「君たちは動くな…っ、待機命令だと言ってる!」

 

「けどよ…!」

 

「……君達が今行ったところで何も出来ない。彼女は鬼殺隊で最も速く、そしてその速さを活かした抜刀術を軸とした剣士だ。彼女の速さが見えていないのに行けば邪魔になるぞ」

 

「…っ!」

 

「…君たちは若い、若い芽を守るのも柱の務めだ」

 

 

 加勢しようとした俺と伊之助だけれど煉獄さんの目は凪仁さんと鬼から離れず、的確に追えているけれど、俺達は全く追えてないのに加勢するどころか邪魔になってしまう事実に反論出来ない。

 

 蝶屋敷で常中を身につけ、カナエさんとしのぶさんに強くなるために教わって強くなったと思ったけれど、あの速さを視認出来てる煉獄さんと出来ていない俺達で明確に大きな差を感じて、俺達はまだまだ弱いのだと身をもって感じる。

 

 煉獄さんはこの場にいる誰よりも一番重症だと言うのに、呼吸で止血を済ませて今にも凪仁さんに加勢として行く機会を探ってる。

 全然違うんだ。俺達が戦っている場所と凪仁さんや煉獄さんが戦っている場所は果てしなく遠くて、全く同じ場所なんかに立てていない。

 

 ゆっくり立ち上がる凪仁さんは、抜刀術の為に鞘に刀を戻し、構えたまま猗窩座に会話を持ちかける。

 先程まで凪仁さんは猗窩座がどれほど話しかけても、黙り込むか、一言だけしか話さなかったのに何故だろうと不思議に思っていれば、煉獄さんが隣で日輪刀を握りしめる。

 

 

「れ、煉獄さん…!傷が…!」

 

「……時間はかかったが、優先すべき部分の止血は済んだから問題ない。彼女が会話で時間を稼いでくれてる今、やるべき事を果たす」

 

「時間を稼ぐ…?」

 

「…猗窩座も言っていたが、彼女の攻め方はあの鬼と相性が悪い。あの血鬼術はこちらの攻撃が何処から来るか読めるのだろう、彼女の使う雪の呼吸は速さを活かし、鬼の死角から攻める遊撃の形を最も得意とする戦い方だ。彼女の良さはあの血鬼術がある限り全て潰されている」

 

「じゃあ雪野郎が不利ってことじゃねえか……」

 

「…あぁ、以前までの彼女であれば、恐らく別の戦い方を選んでいただろう。だがそれが不可能だと判断した今、幸運にも猗窩座は会話を好む鬼だ、会話で俺が止血を済ませるのと夜明けまでの時間を稼ぐつもりだろう」

 

「…あいつ、すげぇ強え」

 

「…君達が彼女の凄さを知らないのも無理は無い、だが彼女は柱の中で上位の実力者だ。本人は柱の中で最弱だと言ってるが俺は否定する、彼女は誰かの為に自らを捨て刀を握る荒れ狂う海のような剣士だ」

 

 

 他者から見ても恐ろしく感じる修行を経て、自身を鍛え上げ、文字通り死ぬ気で自分を追い詰め、自ら掲げていた夢さえも捨て去って、刀を握り立ち上がった最速の剣士。

 

 話は終わりだと言うように猗窩座と凪仁さんの雰囲気が変わり、煉獄さんも俺達の方から意識を離し、潰れていない方の目で真っ直ぐに凪仁さんと猗窩座を見つめる。

 

 ゾクッと背筋に冷たいものが全身を包む感覚がし、俺は目を追えば凪仁さんが目を細め、全身から気迫を感じ、見えないはずの冷気を全身で感じる。

 

 

「素晴らしい…!ここまでの闘気!隙のない構え!凪仁素晴らしいぞ!」

 

「雪の呼吸 伍ノ型 雲雀殺(ひばりごろし)

 

 

 力強く地面を踏み込み、地面を蹴り飛ばした音が俺達の耳に聞こえるよりも先に凪仁さんは猗窩座の懐まで飛び込んで刀を抜刀させる。

 

 猗窩座の拳と凪仁さんの日輪刀がぶつかる音、地面を踏み締める音。

 何合もぶつける度に生じる一瞬で、何とか見える動きによって凪仁さんの息が次第に荒くなってるのが見える。

 

 蒼き残像と赤色の残像だけが縦横無尽に動き回ってる状態以外、今の俺は何も目で負えずに見えなかった。

 

 

「雪の呼吸 陸ノ型 不香(ふきょう)の花」

 

「ハハッ!やはり鬼となれ、凪仁!」

 

「ちっ!雪の呼吸 壱ノ型 雪氷一閃」

 

「破壊殺・乱式!」

 

「…っ、雪の呼吸 弐ノ型 沫雪(あわゆき)

 

「いい!もっとだ、もっと本気を出してくれ!俺と一緒に高め合おう!」

 

 

 何も出来ない。動けない。

 俺達は煉獄さん以外、足でまといでしかない。

 

 すぐ傍にいた煉獄さんは立ち上がり、炎の呼吸を音を静かに響かせ、先程猗窩座に向けて放とうとしていた大技の構えを取る。

 その煉獄さんを気配で気づいたのか、凪仁さんは刀を鞘に収めずに距離をとると片手で握っていた日輪刀を両手で握って猗窩座に迫った。

 

 

「雪の呼吸 漆ノ型 雪泥(せつでい)鴻爪(こうそう)!」

 

 

 視界の全てが吹雪で覆われる。まるで白魔の息吹に飲み込まれ、何もかも巻き込んだ白銀の世界のような光景が広がり、雪が消えて見えたのは猗窩座の身体が無数の斬撃と両手、片脚が斬られ、地面は抉られた荒地。

 

 猗窩座の目の前にいたはずなのに、あっという間に猗窩座の背後に回っていたが猗窩座は気付いており、また煉獄さんの存在すらも気付いていて凪仁さんは強く蹴り飛ばされ、大岩に激突して砂埃が立って姿が見えない。

 

 

「凪仁さん…!」

 

「俺は炎柱、煉獄杏寿郎!俺は俺の責務を全うする!」

 

「ハハッ!来たか杏寿郎!お前の闘気も構えも隙の無い!」

 

「ここにいる者は誰も死なせない!」

 

 

 ──炎の呼吸 奥義 玖ノ型 煉獄

 

 ── 術式展開 破壊殺・滅式

 

 

 白銀の世界を飲み込む赤き煉獄の炎。

 煉獄さんと凪仁さんの名前を叫ぶ事しか出来ず、伊之助がやったかと言うけれど鬼の匂いは消えていない。

 

 視界が晴れて見えたのは、猗窩座の頸を捉えて日輪刀を刺している煉獄さんとそんな煉獄さんの左脇、猗窩座の腕が凪仁さんの横腹を貫いて抉りとっている光景。

 

 ガキンっと刀同士がぶつかり合う音がして、よく見れば凪仁さんは苦しそうな顔をしながら自身の日輪刀を煉獄さんの日輪刀にぶつけ、猗窩座の頸に押し込もうとしてる。

 

 

「凪仁っ!」

 

「私に構うな!頸を斬れ…!」

 

「っうおおおおおおー!」

 

 

 ── あぁ、そうか、凪仁さんは錆兎の血縁者なんだ

 

 どうして俺が凪仁さんに嫌われてしまっているのかも、何故錆兎と真菰の名前を出したら怒らせてしまったのかも全部やっと分かった気がした。

 

 何故、しのぶさんとカナエさんが俺が鱗滝さんのもとで錆兎と真菰に稽古をしてもらった事を話してはいけないと言ったのかも分かった。

 知り合いなんかじゃない、ただの兄弟子や姉弟子なんかでもなければ、親しいなんて言葉で片付けていいはずもない。

 

 あの宍色の髪や藤納戸色の瞳だけじゃない、時に厳しい一面も自分を鍛えてくれた彼にそっくりじゃないか。

 そして、ふわふわとした何処か不思議な雰囲気と優しい口調は自分の足りない場所を的確に教えてくれた彼女にそっくりだ。

 きっと俺なんかが思ってるより、ずっと────

 

 ── 進め!男なら、男に生まれたなら進む以外に道などない!

 ── 勝ってね炭治郎、アイツにも。……私達の分まで。

 

 

「伊之助動けー!凪仁さんと煉獄さんを守るんだ!」

 

 

 痛くても動け、起きるんだ。

 今この瞬間を逃すな、凪仁さんと煉獄さんが作ってくれた大きな機会を夜明けが来ている今を逃してはいけない。

 

 全身に鞭を打ち、ほとんど意地になって起き上がって日輪刀を抜いて走り、近くにいた伊之助にも動くように伝える。

 伊之助が煉獄さんと凪仁さんの上を飛び越え、技を出すものの猗窩座それを自身の腕を斬って逃げていく。

 

 

「いつだって鬼殺隊は、お前らに有利な夜の闇の中で戦ってるんだ!生身の人間がだ!傷だって簡単には塞がらない!失った手足が戻ることもない!逃げるな馬鹿野郎!卑怯者!」

 

 

 森へ逃げていく彼奴を逃がさないために、俺はヒノカミ神楽の呼吸で日輪刀を矢のように投げつけ、背中に刺さるものの猗窩座の姿が次第に見えなくなっていく猗窩座に叫ぶ。

 

 俺の後ろにいた凪仁さんが倒れた音がして、煉獄さんが慌てて支えているのか、伊之助が必死に凪仁さんに呼びかけてるのを聴きながら俺はグッと拳を作る。

 

 

「煉獄さんと凪仁さんの方がずっと凄いんだ!強いんだ!煉獄さんと凪仁さんは負けてない!誰も死なせなかった、戦い抜いた、守り抜いた!お前の負けだ!煉獄さんと凪仁さんの勝ちだー!」

 

 

 大きな声を出したからか、それとも無理に身体を動かしたからなのか、呼吸で止血した場所が痛み出したけれど、何とか凪仁さんと煉獄さんのもとへ向かってすぐにでも蝶屋敷に連れていかなければと振り向く。

 

 そこには、地面に倒れて今にも目を閉じてしまいそうな凪仁さんと必死に声をかけてる煉獄さんを見て俺は動けなくなる。

 

 

「凪仁!何故だ、なぜあの時…!」

 

「……鬼…は」

 

「っ、逃がしたが今はそれよりも君だ!何故、なぜあの時に突っ込んできた!俺を庇わなければ、君が抉られることは無かったはずだ!」

 

「…なんで、だろうね」

 

「目を閉じてはいけない!凪仁!」

 

「…あんまり大きな声、出さないで。杏寿郎も重症」

 

 

 重傷という言葉にハッとし、慌ててみれば凪仁さんが言うように煉獄さんは止血をした場所の傷も開いてしまい、右の横腹は凪仁さんよりも酷く抉られていて炎のような羽織はボロボロになっている。

 

 次第に瞼が下がっていく凪仁さんに、必死に俺たちが声をかけるけれど細く息をしているだけで凪仁さんから返事は帰ってこない。

 

 煉獄さんは自分の羽織を脱ぐと、必死に凪仁さんの最も出血している箇所である横腹に押し当てて、どうにか血を止めようとしていて、手伝おうとすれば突然名前を呼ばれる。

 

 

「竈門少年、猪頭少年、黄色い少年、胸を張って生きろ。己の弱さや不甲斐なさにどれだけ打ちのめされようと、心を燃やせ。歯を喰いしばって前を向け。……それから彼女を頼む」

 

「煉獄さん…!呼吸で止血をっ」

 

「── 俺は信じる。君たち兄妹を信じる」

 

「っ!」

 

「凪仁、君にはまだやるべきことがあるだろう…!駄目だ、胡蝶達を置いていくな」

 

 

 煉獄さんにも止血をして欲しいのに、煉獄さんは自分のことよりも凪仁さんに集中していて、凪仁さんはそんな煉獄さんに対して怒っているのか、怒った匂いをさせながら煉獄さんの胸を叩くけれど、すぐにその腕は下がってしまう。

 

 凪仁さんの鴉が呼んでいたのか、善逸と共に来てくれた隠の人たちが急いで救護に当たっていて、俺も煉獄さんにすぐに向かってもらおうと思い、隠の方に背負ってもらおうとした時だった。

 

 

「…竈門少年」

 

「は、はいっ」

 

「…彼女を先に」

 

「炭治郎!煉獄さんを先に運ぶから手伝って!」

 

「あ、あぁ!」

 

「……よもや、彼女に先を越されたか」

 

 

 隠の人が飛んできて、煉獄さんの酷さに戸惑いながら背中に背負おうとするのを手伝う。

 すぐに凪仁さんも別の隠の方に背負ってもらい、全員で急いで蝶屋敷に向かって走っていくけれど、その途中で煉獄さんは意識を失い、凪仁さんは善逸に何かを頼んですぐに意識を失ってしまった。

 

 

「善逸!凪仁さんはいったいなんて!」

 

「煉獄さんの方が重傷だから先に診てもらってってさ!この人も重傷なのにね!もう二人とも音が聞こえなくなってるんだよ!」

 

 

 蝶屋敷に付けば鴉で伝達をされていたのか、カナエさん達がすぐに迎えてくれて煉獄さんを中に運べば、その酷さに全員が息を呑む。

 次に凪仁さんを運んでくれば、しのぶさんは固まっていてカナエさんがすぐに背中を叩いて正気に戻すのを見て、カナエさんが本当に花柱だったことを実感した。

 

 

「しのぶ!」

 

「っ!私が煉獄さんを見ます、姉さんは凪仁さんをお願い!アオイ達も手伝って!」

 

「えぇ、わかったわ。……凪仁、絶対助けるから頑張って」

 

 

 邪魔になるからと俺達はすぐに部屋から出ていき、軽傷の俺達は別の部屋で隠の救護隊の方々に診てもらう。

 扉越しに聞こえる切羽詰まった言葉に善逸は聞いていられなくなったのか、顔を真っ青にして両手で耳を塞ぎ込む。

 俺と伊之助もそんな善逸を見たら平気で居られず、ただ黙って座っていることしか出来なくて、時間だけが過ぎ去っていく。

 

 暫くして廊下を走っていた隠の人たちの気配が消え、俺は恐る恐る扉から廊下を見れば、疲れきった表情のしのぶさんが縁側で羽織を脱いで休んでいる姿を見つける。

 

 

「しのぶさん…っ」

 

「…炭治郎くん、すみません。ちょっと疲れてしまいまして」

 

「あ、あのっ、煉獄さんと凪仁さんは……」

 

「…正直、煉獄さんに関しては本当に奇跡としか言えません。目がこのまま覚めなくてもおかしくは無いです」

 

「…そんな」

 

「凪仁さんは横腹の傷が何よりも深いです。今日から3日間が峠でしょうね……」

 

 

 ギュッと膝の上に拳を握り、顔を伏せるしのぶさんに俺は何も言えなくてその場に立っていることしか出来なかった。

 あれから数日、凪仁さんは峠を超えて安定はしたものの意識は戻らなくて凪仁さんは病室から私室へと移動された。

 

 様子を見に行きたいと思ったけれど、もし凪仁さんが起きた時の精神状況によっては俺がいる事が良くないかもしれないからと、部屋に入ることは控えるようにカナエさんに言われてしまって凪仁さんの様子は善逸やアオイさんから聞くことしか出来ない。

 

 

「善逸、その凪仁さんって……」

 

「部屋を移動してから俺も行ってないからわかんないかな、流石に女性の部屋に勝手に入るのは気が引けるし……」

 

「そうだよな……」

 

「…アオイちゃんから聞いたけど、しのぶさんとカナエさんが毎日空いた時間を見つけたらすぐに様子見に行ってるって言ってた」

 

「俺、やっぱり凪仁さんのところに」

 

「炭治郎さ、それでこの前怒られたばっかじゃん」

 

「…うっ」

 

 

 そう、俺は数日前、凪仁さんがまだ病室から移動していない時に行くのは控えるようにと言われていたにも関わらず、どうしても気になって凪仁さんの病室に行ってしまった事があった。

 

 眠ってる凪仁さんの傍には畳まれた真菰の羽織と錆兎の面が置かれていて、俺は凪仁さんの素顔を改めてしっかり見て、本当に錆兎の家族なのだと実感をしていれば羽織の所々が血や土で汚れているのが視界に入る。

 

 洗った方がいいのではないだろうか、もしかして汚れてる事を忘れてここに置いてあるのだろうか。そう思って、俺は羽織と羽織の上に置いてある厄除の面に触れようとしてしまったんだ。

 

 

『…何をしてるんですか、炭治郎くん』

 

『…しのぶさん、その、凪仁さんの羽織が汚れてて』

 

『今すぐその手を退かしてください。姉さんから控えるようにと伝えてもらったはずなのに、何故ここにいるのかも気になりますが君がそれを触れるのは駄目です』

 

『ぁ、すみません』

 

『…ごめんなさい、言い方が強かったですね。でも凪仁さん、君に限らず面と羽織を他の人に触れられることを嫌がるんですよ』

 

 

 ── 私や姉さんですら、許されるのに時間がかかったんです。

 

 

 善逸や伊之助が機能回復訓練から逃げ出した時も、俺がつい最近煉獄さんの家に行くために勝手に飛び出した時も怒られたけど、その時とは比にならないぐらい怒っている匂いに近付けていた手を退け、すぐに謝るものの匂いは収まらない。

 

 溜め息を吐かれ、俺はもう一度謝罪と凪仁さんの様子が知りたくてと言おうと思い、顔をあげればそこには厳しい表情をしたしのぶさん。

 

 

『…君のいい所は悪い所でもありますね』

 

『っ!』

 

『人には人の事情があります、君にだってあるでしょう。相手に優しさや素直な気持ちを向けようとすることはいいことですが、時にそれはお節介だったり、相手を苦しめることもあるんです』

 

『…すみません』

 

『…病室に戻ってください、君だって怪我をしてるんですから』

 

 

 あの日、俺はすぐに凪仁さんの眠っていた病室から去ったけれど峠を超えてすぐに凪仁さんの私室へと移動されたことも知って本当に反省した。

 実際、今も善逸に言われてあの日のことを思い出して俺は顔を伏せる。

 

 

「今度こそカナエさんにも怒られるよ」

 

「……うっ」

 

「…でも、俺、カナエさん達に用事があるんだよね」

 

「そうなのか?」

 

「…うん、俺ちょっと行ってくるよ」

 

「あ、ああ!」

 

 

 普段から善逸が何かに対して恐れたり、怖がったりしている匂いをさせているのは分かっているけれど、普段のそれ以上に感じたし、何より顔色もあまり良くなかったから俺は不安になるけれどカナエさん達への用事が解決するならきっと良くなるだろう。

 

 俺は病室から出て縁側に座り、ボーッと日の光を浴びていれば、しのぶさんがやって来てその手に持ってるものを見て俺は目を見開く。

 

 

「……ふぅ、何とか落ちましたね」

 

「しのぶさん、おはようございます」

 

「炭治郎くん、おはようございます」

 

「汚れ、落ちたんですね」

 

「…えぇ、何とか落ちました」

 

 

 凪仁さんの羽織を綺麗に皺にならないように干すしのぶさんを見て、血や土汚れで汚れていた場所は綺麗さっぱり元の色に落ちている。

 しのぶさんの羽織と隊服の袖が捲られてるのを見る限り、きっとしのぶさんが綺麗にしたんだろう。

 風で飛ばされないように工夫をしてから、しのぶさんは優しく軽く叩いてピンッと羽織を伸ばす。

 

 

「…凄い、切れてた場所まで」

 

「今はアオイ達が手伝ってくれてますが、あの子達がここに来るまでは私と姉さんが全てやってましたからね。縫うくらいは出来ますよ」

 

「凄いですね、全然違和感がないです」

 

「ふふ、ありがとうございます」

 

「…あの、しのぶさんと凪仁さんは同期なんですか?」

 

「いいえ、私はその後の最終選別で入ったので違いますよ」

 

「そうだったんですか」

 

「…同期だったら、何か変えられたのかもしれませんけど」

 

「え?」

 

「私が出会った頃にはもう遅くて、姉さんから聞いた限りでは変わってしまった後の姿だったので」

 

「しのぶさん……」

 

「あの日からずっと、あの人の中では時間は止まったまま。でも私は止められないんです、だって私も同じ立場ならきっと同じことをする」

 

「…お二人は似てるんですね」

 

「……そうですね、立場も状況も似てるのかもしれない。奪われて、壊されぬように刀を握ったけれど、なかなか恵まれず、残酷さを恨み、苦しみながらも自分の唯一をひたすら磨くことしか出来なかった」

 

 

 ── 息苦しいこの世界で、あの人の隣だけは呼吸がしやすかった。

 

 

 匂いを頼らなくてもわかった、しのぶさんの今の言葉を本当の意味で理解することは俺には出来ないのだろうと。

 誰よりも聡明なしのぶさんだからこそ、俺達よりも周りが見えていて、そんな人が声を震わせ、凪仁さんの羽織をキュッと掴む姿に俺は何も言えなかった。

 

 

 

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