似て非なるもの   作:アヒルのおもちゃ

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「なれるよ、私が見てあげるもの」

 ── 息苦しいこの世界で
    あの人の隣だけは呼吸がしやすかった。






第九話:不香の花に魅入られて

 

 

 廊下を真っ直ぐと歩いていけば、次第に人気は無くなっていき、静かに鳥の囀る声だけが聞こえてくる静けさ。

 私は閉じきっている障子の奥にいる人に向けて声をかけるものの、返答は戻ってくることなく静かに開けて中に入る。

 

 窓から入る光で明るいけれど、この部屋の主は起きておらず、病床で今も静かに眠っている様子を覗き、脈を測ったり、顔色を伺ったりしてから近くに置いていた椅子に座る。

 

 布団の中に手を入れて探し、指が微かに触れた冷たい手の存在を見つけ、私は両手でその冷たい手に温もりを与えるかのように包み、ギュッと握りしめる。

 

 

「…おはようございます、凪仁さん。今日もいい天気ですよ」

 

 

 返事は起きていないのだから帰ってこないけれど、私は毎日何気ない会話をしながら声をかける。

 凪仁さんの手を掴んでいた両手のうち片手を離し、右手で彼女の新しく出来てしまった頬の傷に軟膏を塗って貼った患部に優しく触れる。

 

 この傷は恐らく痕が残ってしまう。

 凪仁さんも嫁入り前なのに顔に傷なんて残って欲しくなくて、良く塗りこんだけれど傷が深くて消えない可能性の方が圧倒的に高い。

 皮肉にも、凪仁さんのお兄さんの形見である厄除の面と同じ場所に出来てしまった傷から目が離せなくなる。

 

 今年で20歳となる凪仁さん本人から結婚に関する言葉は聞いたことは無い。でも、もし結婚を考えていたら嫁入り前なのになんて思うけど、実際本人に聞こうに聞けずにいるからわからない。

 

 

「…もし結婚するって決まったら、ちゃんと教えてくださいね。私、凪仁さんが変な男に奪われるぐらいなら私が凪仁さんと結婚しますから」

 

 

 姉さんと同じぐらい幸せになって欲しい人、いや幸せにならなければいけない人だから必ず大切にしてくれる人じゃないと許す気は毛頭ない。

 でもきっと、私の勝手な予想だけれど凪仁さんは結婚なんて考えていないのだろう。

 

 以前、姉さんと甘露寺さんと4人で出掛けた際に二人がそれとなく話題を振っていたけど、凪仁さんは全くもって他人事のようだったし、首を傾げていたから興味もないのかもしれない。

 

 痛々しい頬から視線を外し、左手でギュッと握る凪仁さんの手がある場所あたりの布団から視線を外せず、私は布団で見えない一番深い傷である横腹の酷さを思い出す。

 

 

「…どうして飛び込んだんですか。普段の凪仁さんなら飛び込むではなく、見切って鬼の腕を斬っていたはずなのに」

 

 

 思い出したら怖くなるほど深かったあの傷に目をそらすように、私はするりと凪仁さんの頬を撫でながら思い返すのは、上弦ノ参と凪仁さんの戦いを誰よりも近くで見ていた炭治郎くんと伊之助くんの話。

 

 凪仁さんの最大の武器で、最も得意とする素早さを活かした抜刀術が軸である雪の呼吸。

 鳴柱がいないここ数年、凪仁さんは雷の呼吸を使う剣士はもちろん、音柱の宇髄さんすらも抜く速さの持ち主にも関わらず、上弦ノ参には相性が悪く殆ど通用しなかったという話。

 

 最初はそんなわけが無いと信じられなかったけれど、あの煉獄さんが凪仁さんの状況を見極め、今は鬼と会話することを嫌がる凪仁さんが会話を持ちかけ、夜明けまでの時間を稼いだと聞いたら信じるしか無かった。

 

 

『……凪仁さんと相性が悪い?』

 

『…はい、煉獄さんはそう言ってました』

 

『あいつ、気配を消して鬼を斬るんだろ?あの鬼、雪野郎の気配を完全に見切ってたぜ』

 

『…まさか、凪仁さんは宇髄さんほどではないですが気配を感じにくいですよ?それに速さは鬼殺隊一の速さの持ち主です』

 

『血鬼術のせいだと煉獄さんは言ってました、雪の結晶のような形をした……確か破壊殺・羅針っていう名前の血鬼術です。その血鬼術が凪仁さんを見切っていたようでした』

 

 

 ── あんなに焦って、苦しそうな匂いの凪仁さん初めてで。煉獄さんは以前までの彼女であれば、恐らく別の戦い方を選んでいただろうって。

 

 

 以前までの彼女、そう聞いた瞬間に煉獄さんが指したのは水の呼吸を使っていた時の凪仁さんのことかとすぐにわかった。

 

 私の毒と同じで凪仁さんが作りあげた雪の呼吸は諸刃の剣。

 凪仁さんの速さが鬼よりも遅ければ、速さに慣れられてしまったら、凪仁さんの抜刀術は活きる事がない。

 気配を察知されてしまうような血鬼術であれば、凪仁さんの気配を消してこその雪の呼吸が機能しなくなってしまう。

 

 

「……どうして、なんでしょうね」

 

 

 柱になるよりもずっと前、姉さんからの紹介で知り合って以降、私にとって凪仁さんという存在は本当に大きかった。

 

 嫌でも生まれ持ったもの、才能というものが露骨に出てきて、明確にされてしまうこの世界で、女性の中でも小柄で腕の力がない私は大好きな姉の隣ですらも生きづらかった。

 

 姉さんは私から見ても恵まれていたと思う。

 私と違って上背もあって、鬼の頸を斬る力も持っていて柱になる素質もあれば、剣士としての才能なんて身内の贔屓目なんて無しにあった。

 

 反対に私は足りないものが多すぎて、姉さんの隣にいることが苦しくなる時がなかったと言ったら嘘になる。

 そんな息苦しくて仕方がなかったこの世界だけど、凪仁さんの傍にいる時だけは私は呼吸がしやすかった。

 

 一度、私は凪仁さんの前で感情を爆発させたことがあった。

 両親を失い、姉さんに頼りすぎてはいけない、甘えすぎてはいけないと我慢する日々だったけれど、その時はどうしても耐えられなくて、凪仁さんを前に爆発させた。

 

 

『…何でっ、どうしてなの!才能ないなんてわかってる!それでも私は…!』

 

『しのぶちゃん』

 

『…いや、離してっ』

 

『わかるよ、私も同じだから』

 

『うそだ、凪仁さんに私の気持ちが分かるわけない!』

 

『しのぶ!』

 

『……っ』

 

『確かに、しのぶは小柄で鬼の頸を斬る力は私もあるとは言ってあげられない。でも、薬学に精通してるその聡明な所は才能の一つだよ』

 

『なぎとさん……』

 

『太陽の光か、日輪刀しか鬼を殺す手段がなかった中で、しのぶの才能と努力で誰も知らなかった藤の毒っていう新たな武器を見つけたの。それを否定しないで』

 

『…っ』

 

『…私もしのぶちゃんと同じ。だから一人で抱え込まないで、私とカナエの3人で頑張ろう?大丈夫、カナエは絶対しのぶちゃんを置いていったりなんてしないよ』

 

 

 姉さんは身内だけれど、身内ではなく血を滲むような努力を積み重ね、才能や生まれ持ったものに囚われずに柱となった凪仁さんに褒められるたび、私は頸の斬れない剣士だけど剣士として認めて貰えたような気がしたから。

 

 最初の出会いなんてあまりいいものではなかったけれど、次第にこの人の人柄を知って、姉さんや凪仁さん自身から過去を聞いていくうちに、自然と隣にいることが多くなった。

 まあ、今思い返しても初対面は最悪だったのだけれど。

 

 鬼に両親を殺され、平和な日々を失ったあの日、私は姉さんと二人で誓い合い、お互いに救ってもらった悲鳴嶼さんのもとへ向かって説得し、鬼殺隊になるための第一の課題である岩を動かすことを達成し、別の育手のもとへ行った。

 

 でも、私は姉さんと違って身体が小さくて、腕の力も弱くて鬼の頸を斬ることが出来なくて、すぐに育手の師範からも厳しい言葉を受けた。

 鍛えれば弱い鬼程度なら斬れるかもしれない、でもいつの日か必ず私の腕では斬る事が出来ない鬼が必ず出てきてしまう。

 そんな時に一人で遭遇してしまったら私は生きて帰られないかもしれないから辞めなさいと、薬学が得意ならば隊士ではなく隠として鬼殺隊に所属すればいいと。

 

 師範は私を鍛えながらこの話をして、私の性格的にもちゃんと納得するようにと何度もして下さったけど、私はそれじゃ意味がなかった。

 姉さん誓ったのに、私だけ一緒に鬼を殺せなければ意味が無い。

 私は両親を殺した鬼という存在が憎いのに、その憎き相手と相対する組織で姉さんの帰りを待つだけじゃ意味が無い。

 

 どんなに言っても聞かない私だったのに、師範は水の呼吸と全集中の呼吸を叩き込んでくだったけれど、私の腕では師範が言うように腕の力は殆ど上がる試しもなく、時間だけが過ぎ去っていった。

 姉さんが最終選別に参加すると文をくれたけれど、私はその最終選別に間に合うはずもなく、参加出来ずに師範のもとにいた。

 

 

「……っ、何で、どうして…!」

 

「…しのぶ」

 

「……し、師範」

 

「ちょっと来なさい」

 

 

 師範も見放すことはしないけれど、もう隊士にさせるための修行はして貰えず、私は闇雲に振り続ける中で突然話しかけられて驚く。

 それでも、師範に言われた通り小屋の中に入れば、一通の文を渡されて受け取れば見慣れた文字で文の相手は姉さん。

 

 最終選別を無事に突破したという連絡以降、姉さんは何通も私に文を送るようになってくれていて、師範から手渡しをされていたのは最初だけで最近は勝手に鴉が渡してくれていたのにいったいどうしたのだろう。

 

 まさか、姉さんに何かあったんじゃ。

 私は木刀を脇で挟み、急いで文を開けようとすれば既に中は開封されていて余計に不思議に思い、私は読む前に師範へ顔を向ける。

 

 

「…師範、これって私宛ですか?」

 

「いいや、これは私宛だね」

 

「え、それならどうして私に」

 

「あんたと同じで腕の力が特別強いわけじゃないけれど、鬼よりも素早く動き、卓越した洞察力と観察力に優れた剣士がいるそうだよ。お姉さんの同期にね」

 

「…え」

 

「その剣士を今度連れてきてもいいかと。本当なら最終選別を突破するまで再会しない約束だったからね、わざわざ私に文をくれたんだよ。しのぶのお姉さん」

 

「……姉さんが」

 

「準備しな、しのぶ。明日には来るよ」

 

「は、はいっ!」

 

 

 姉さんが悲鳴嶼さんとの約束を破ってまで、私の為に同期の人を連れてきてくれる。そして師範はそれを許してくださった。

 

 絶望の淵に立たされていた私にとって、一筋の光が見えた気がして文をつい力強く握りしめてしまい、しわくちゃにしてしまったけれど、私は師範に言われた通り、街に出て明日のために買い物を済ませ、ここに来てから続けていた今日の分の稽古を終わらせた。

 

 翌朝、まだかまだかとソワソワしていれば師範は呆れられて、私は何だか恥ずかしくなって素振りをしてきますとだけ伝え、裏庭に小走りで向かい、いつものように木刀を振り続けていた時だった。

 

 

「脇が甘いよ、もっとしめて」

 

「……っ!?」

 

「余所見しちゃダメだよ、もっと集中しなきゃ」

 

「だ、誰…!?」

 

 

 この場には誰もいないはずで、気配だって全く感じなかったのに、いつの間にか私の横から知らない声が聞こえて、驚いて振り返れば目の前にいたのは狐面を付けてる花柄模様の羽織を着た人。

 

 木々の隙間から溢れる太陽の光に照らされて、狐面の端から見える宍色の髪が輝いていて眩しい。

 誰なの、この人。それよりも何者?

 

 

「ほら、ちゃんと構えて」

 

「は、はぁ?」

 

「──じゃないと、怪我しちゃうよ?」

 

「っ!?」

 

「うん、反射神経がいいんだね。でもそれだけじゃ足りないかなぁ」

 

 

 ふわりと私の前に現れたその人は、何も言わずに右手に木刀を握っていて、ちゃんとした説明もしないまま突然私に襲いかかってくるものだから、反射的にその木刀に自分の木刀をぶつけて弾き、避けようとするものの相手の方が何倍も早い。

 

 体格は向こうの方が少し大きいけれど、そこまで差がないのに私が木刀をしっかり持つよりも早く、狐面の人の方が私が動くよりも早くて、反撃するどころかひたすら防御に徹することしか出来ない。

 

 

「何もしなくていいの?」

 

「っ、言われなくても!」

 

 

 悔しくて私は冷静になることを忘れ、怒りに任せ、思い切り踏み込んで水の呼吸の中でも一番得意な型である水の呼吸 漆ノ型 雫波紋突きで狐面の人の間合いに飛び込めば、面越しの奥にある藤納戸色の目が見開いた気がした。

 

 隙を付いたと確信した瞬間、私の突きはスカッと何も無い場所を貫いていて、唖然とする暇もなく額にコツンっと木刀を軽く当てられる。

 

 

「うん、とっても綺麗な漆ノ型だね。びっくりしちゃった」

 

「……なっ」

 

「ごめんね、急に木刀持って振りかざしちゃって」

 

「…っ」

 

「初めまして、胡蝶しのぶちゃん」

 

「…は?」

 

 

 うんうんと頷きながら、目の前の人は私を褒めて木刀を下ろす。

 突然私の名前を呼ばれたものだから警戒心を出せば、またクスッと微笑まれたようで、狐面の人は黙って面を左手で掴むと、そのまま左側に寄せて顔が見えるようにしてくれる。

 

 狐面が外されて顔を見えても全く見覚えなんてないし、こんな狐面に宍色の髪の相手に名前を教えたなら、印象は残って覚えてるはずなのに全く覚えてすらいない相手で困惑する。

 ふわふわして、何だか姉さんとは違った意味で不思議な人。

 

 

「カナエから聞いてないかな?私は鱗滝凪仁、カナエの同期なんだぁ」

 

「……あっ」

 

「ごめんね、素振りする音が聞こえたからつい来ちゃった」

 

 

 むにっと優しく引っ張られる頬に、私は何も言い返せなくて藤納戸色の瞳を見つめていれば、ふにゃりと微笑まれ、何だか先程まで警戒していた自分が馬鹿に感じてくる。

 

 何て反応するべきか分からず、黙っていれば狐面の人は私の頬で遊びながら目を細める。

 

 

「聞いたよ、鬼殺隊になりたいんだって」

 

「…え?」

 

「なれるよ」

 

「…っ簡単に言わないで!私だってなれるならとっくに!」

 

「簡単では無いかもしれないけど、それは君だけじゃないから」

 

「何言って!」

 

 

 はっきりと言い切るこの人に私の気持ちなんて分かるわけないと、苛立って反論するも目の前の人は微笑むだけ。

 

 さっきまで歯が立たずに、圧倒的に負けた私に対して目の前のこの人はなんて事ないかのように言うものだから、頭に血が上って初対面なのに睨み付け、八つ当たりとばかりに胸元を殴ってしまう。

 

 それでも、この人は私の頬から離した手で私の殴っていた手を止めて、ギュッと掴まれて、真っ直ぐに見つめられて私は息を呑む。

 

 

「なれるよ、私が見てあげるもの」

 

「……っ!」

 

「しのぶちゃんは気づいてないけれど、木刀を振る時に癖ができてる。多分、一人で振り続けていたから癖になっちゃったんだね。その癖を治して、それから無駄な動きを無くすこと」

 

「……。」

 

「次の最終選別にはギリギリかなぁ、でも私が出来ること全部しのぶちゃんに教えるね」

 

「…何で、そこまでしてくれるの」

 

「え?」

 

「…姉さんの同期なのは分かりました、でも私と貴方は今日が初対面でしょ。どうして見ず知らずの私の為に、何で……」

 

 

 姉さんが頼み込んでくれたのかもしれないけれど、この人からしたら私は赤の他人で、私が隊士になれようがなれまいが関係ないはずなのに、どうしてこの人はこの短時間で私のダメな所を見つけ、指摘するだけでなく、私が隊士になれるように力を貸してくれるのか分からなかった。

 

 キョトンっとした顔を浮かべる鱗滝さんは、すぐにまたふにゃりとこちらが見惚れてしまいそうな綺麗な笑顔を浮かべて私の頭に手を置いた。

 それから優しく撫でられるけれど私は訳が分からない、というか何で私は撫でられてるのか。

 

 

「ちょ、ちょっと」

 

「──ふふ、内緒」

 

「は、はぁ?」

 

「頑張ってる子を見るとね、応援したくなっちゃうんだぁ」

 

「……?」

 

「よろしくね、しのぶちゃん」

 

「…はい、鱗滝さん」

 

「あ、苗字で呼ばれるの慣れてないから出来れば下の名前がいいなぁ」

 

「…分かりました」

 

「ふふ、一緒に強くなろうね」

 

「…っ、いつまで撫でてるのよ!」

 

「しのぶ〜!」

 

「姉さん!」

 

「あら、いつの間に仲良くなったのね〜」

 

「仲良くなってない!」

 

 

 私の師範に挨拶していた姉さんが来て、私は本当に姉さんが文で言ってた人は凪仁さんだったのかとやっと信じることが出来た。

 

 でも、本当にふわふわしてて不思議な人だと思ったし、姉さんの同期って事はまだ一年ぐらいしか鬼殺隊に入って経たないのに、まさか任務をしながら私を鍛えてくれるなんて思いもしなかった。

 

 でも時々、遠くの空をボーッと見てる時があって、そういう姿を見ると何だか消えていなくなってしまいそうで怖くなる。

 だいたいそういう時、凪仁さんはお面を手拭いで拭いてることが多い。

 

 

「……。」

 

「ふふ、お面そんなに気になる?」

 

「…まあ、売り物では無さそうだなとは」

 

「うん、売ってないよ。育手の師範がくれたんだぁ」

 

「へぇ、凄いですね。手作りなんて」

 

「…付けてみる?」

 

「えっ、いや、そんな大事なもの触れるわけないでしょ!」

 

 

 凪仁さん用に持ってきたお茶を縁側に置いた瞬間、そんなことを言われるものだから私は飛び跳ねるように後ずさる。

 

 そんな私を見て凪仁さんはキョトンっとした顔をするけど、普段のふにゃりとした笑顔ではなく、何処か泣きそうな笑顔をするものだから私はさらにギョッとする。

 

 と言っても、その泣きそうな笑顔も私が瞬きした頃には既にいつもの笑顔に戻っていて私の見間違いかもしれない。

 

 

「……よくわかったね、大事なものって」

 

「…それは羽織もそうですけど、凪仁さん一度も自分から手放したことないじゃない。だからよっぽど大事なものなのは分かるわよ」

 

「そうだねぇ、とっても大事。しのぶちゃんがカナエとお揃いにしてるその髪飾りと同じぐらい大事なもの」

 

「…それなら余計に私が付けていいものじゃないでしょ、簡単に言うんだから」

 

「ふふ、まさか。しのぶちゃんじゃなきゃ言わないよ、それに良くお面見てるから気になるのかなぁって」

 

「…それは、ただでさえ夜は暗いのに鬼殺の時に視界が更に悪くならないのかなとは思いますけど」

 

「んー、慣れちゃえば平気だよ」

 

「……普通慣れるものじゃないわよ、絶対」

 

「えへへ。でもこれを持ってるとね、認められたんだなぁって思えて頑張ろうってなるんだよ」

 

「認められた…?」

 

 

 手拭いで拭いていた手を止め、傷のような不思議な柄が付いた面を凪仁さんは優しく撫で、ゆっくりと、だけどしっかりと頷く。

 あのお面を作ってるのが凪仁さんのお師匠様なら、何か意味があるのだとは思うけれど、鬼殺隊に隊士として鬼狩りをする中で視界を妨げながらも付けるのはなかなかに勇気がいる。

 

 

「鱗滝さんのもとで修行して、弟子として認められた皆が貰う鱗滝さんの弟子の証でもあるんだ」

 

「……弟子の証」

 

「うん」

 

「……。」

 

「しのぶちゃんも欲しい?」

 

「べ、別にそんなこと言ってない!」

 

 

 確かにそれは嬉しいかもしれない。

 私も育手の師範や凪仁さんから、もしお揃いの何かを貰えて、それが認められたという意味が込められていたら凄く嬉しいし大事にする。

 

 私には、幼い頃から姉さんとお揃いの髪飾りを付けてるから凪仁さんのように面は付けられないけれど、少しだけそういった形に残るものがあるのは羨ましいなとは思った。

 

 そんな会話をしたのが数ヶ月前の話。

 この半年間、凪仁さんは時間の許す限り、私の癖や小柄故に基本の形でも無駄な動きを的確に見て指摘してくれた。

 

 そのお陰で、私を隊士にさせたくなかったであろう師範も遂に認めてくれて、姉さんと同じ最終選別よりもかなり遅くはなってしまったけれど何とか許可を貰えた。

 

 最終選別を数日後に控えた時ですら凪仁さんはわざわざ来てくれて、姉さんは悲鳴嶼さんとの約束を守るために来なかったけれど、文を凪仁さんに預けてくれていた。

 

 

「凪仁さん」

 

「んー?」

 

「半年間、ありがとうございました」

 

「どういたしまして、でもしのぶちゃんが頑張ったからだよ」

 

「…あの頃の私のままなら、きっと自暴自棄になって師範に間違いなく破門にされててもおかしくなかったです。だから本当にありがとうございました」

 

「私も何だか弟子が出来たみたいで楽しかったよ」

 

「…弟子じゃないんですか?」

 

「え?」

 

「…私はそう思ってましたけど」

 

 

 目を見開いて驚く凪仁さんを見ていて、だんだんと恥ずかしくなってきたから顔を逸らせば、クスクス笑い声が聞こえてきて何だか手のひらで遊ばれてるようで面白くない。

 

 ちらりと横目で覗けば、凪仁さんはまだ笑っていて私は全く笑えないんですけどと内心、不機嫌気味に思いながら睨めば目が合う。

 

 

「ごめんね、ちょっと予想してなかったから」

 

「…だからって、何もそんな笑わなくてもいいじゃないですか」

 

「怒らないで怒らないで、私ね、てっきりしのぶちゃんには苦手意識持たれてると思ってたからびっくりして」

 

「え?」

 

「私のこと苦手なんだろうなぁって」

 

「そんなこと……。初対面は驚きましたけど」

 

「ふふ、ごめんね」

 

「だからっ、苦手じゃないです」

 

「ありがとう」

 

 

 まるで、花が咲いたかのように笑う凪仁さんの笑顔を見たら、私も何だか嬉しくなって、数日後に控えてる最終選別前だからと思い、凪仁さんに寄りかかるようにくっつけば驚かれるけれど離されることはない。

 

 凪仁さんはとても不思議な人、でも姉さんと同じぐらい誰かに底抜けの優しさを向けられる人だ。

 その優しさは姉さんが美しく甘い香りを纏う花のようで、凪仁さんは姉さんと違って香りはしないけど、不思議な惹き付ける別の美しさがあって私はその花たちに吸い寄せられる蝶。

 

 蝶は花が無ければ蜜を吸えずに生きていけない。

 凪仁さんは、私にとって姉さんと同じぐらいこの半年間で無くてはならない存在になった。

 

 

「…しのぶちゃん?」

 

「……。」

 

「疲れたなら布団に入って寝ておいで」

 

「…疲れてません。いいでしょ、少しぐらい」

 

「いいけれど、突然だなぁって。どうしたの?」

 

「別に、嫌なら突き放せばいいじゃないっ」

 

「ふふ、もう仕方ないなぁ」

 

 

 ギュッと力強く抱きしめられて私は少し驚く。

 だけど次第に強くなっていく力に、あまりの強さに痛いですって言っても、腕の力は弱まらなくて、それどころか元々ピッタリくっついていたのに更にくっつくように力を強くされる。

 背中を叩いても弱くならない、流石に痛いから緩めて欲しい。

 

 

「ちょっと、凪仁さん。流石に痛いんだけど」

 

「…しのぶちゃん」

 

「はい?」

 

「…もし、最終選別中に手が沢山ある鬼を見つけたら逃げるんだよ」

 

「手が沢山ある鬼?」

 

「そう、覚えておいて。もし、手が沢山ある鬼を最終選別中に見つけたら戦わずに逃げること。あの鬼は普通じゃないから」

 

「何で、鬼なら頸を斬らないと!」

 

「お願い、しのぶちゃん」

 

 

 いつものふわふわした不思議な雰囲気は無く、真剣な眼差しで言われるものだから私は凪仁さんに反論出来なくて、戸惑いつつも頷けば、見慣れたふにゃりとした笑顔に変わって腕の力が緩まる。

 

 ちらっと顔を覗けば、凪仁さんは優しい顔をしてるだけでさっきまでの雰囲気は掻き消されていて逆に気になって来て仕方がないのに、凪仁さんは立ち上がってしまった。

 

 

「…じゃあ、そろそろ行くね」

 

「え、今日は泊まっていかないの?」

 

「うん、これから任務なんだぁ」

 

「はぁ!?任務前に来たの!?」

 

「しのぶちゃんのことが気になっちゃって」

 

「気になっちゃってって……、無理に来なくていいですよ。いつもは任務後とかに来るのに何してるんですか」

 

「無理してないよ、どうしても今日来ておきたかったんだぁ」

 

「何でですか?」

 

 

 月夜の光に照らされながら凪仁さんは、私の頭をまたサラリと撫でてから手を握られる。

 

 何かが手の上に乗った気がして手を広げれば、そこにあるのは凪仁さんが付けているお面によく似た狐面だけれど、柄は耳の傍に私の付けてる蝶の髪飾りと同じ色の蝶が描かれたもの。

 

 でも、凪仁さんが持っているようなお面ではなくて、どちらかと言うと凄く小さくてお財布などに付けられそうな大きさ。

 欲しいなとは思った、羨ましいとも思ったけれど、まさか同門でもない私が貰えるなんて思わなくて唖然としてしまう。

 

 

「うそ、え、凪仁さん、これ…!」

 

「このお面を作ってくれてるの私の師匠なのは教えたよね。この前しのぶちゃんのこと話して、私が作って渡してあげたいって言ったら、特別に作り方教えてくれたんだぁ」

 

「嬉しい、蝶柄だ……。でも、凪仁さんの面よりだいぶ小さくないですか?凪仁さんみたいに付けれないですけど」

 

「…うん、それは袖の中にでも入れて置いてよ」

 

「凪仁さん?」

 

「…本当は渡さない方が一番安全なんだけどね」

 

「嫌です、返さないですよ。これはもう私のだから」

 

 

 何だか不穏なことを言い出したから、ギュッと壊れない程度に握りしめて両手で隠し、胸元に隠せば凪仁さんは一瞬目を見開かせるけれど、すぐにまたふにゃりと笑ってくれる。

 

 だって、凪仁さんと同じお面のものを大きさは違くても貰えるなんて、立場的には違うけれど、本当に妹弟子だと認めてもらえたみたいで嬉しかった。

 

 凪仁さんのお面は傷が入った不思議な柄で全く同じでは無いけど、手のひらにある小さなお面をもう一度見つめていたら、凪仁さんがしゃがんで私の手に触れる。

 

 

「これはね、厄除の面って言うの」

 

「…厄除の面」

 

「前に少し話したけれど最終選別に行く時にね、鱗滝さん……私の師匠が無事に帰って来れますようにって願って、弟子全員に作って持たせてくれるんだぁ」

 

「…私、鱗滝さんの弟子じゃないのにいいの?」

 

「ふふ、私の弟子で水の呼吸を使うんだもん。しのぶちゃんも私たちと同じ鱗滝一門だよ」

 

 

 ── しのぶちゃんのお師匠さんと、カナエに怒られちゃいそうだから内緒ね。

 

 なんて、クスッと悪戯をする子供のような笑みを浮かべながら言われたけれど私は全然嫌な気どころか凄く嬉しくて仕方なかった。

 

 もう一度、ギュッと厄除の面を握りしめて勢いよく凪仁さんに抱きつけば、驚きながらもしっかりと抱きとめて支えてくれる。

 

 ずっと、姉さん以外の人から無理だと反対されてばかり来たけれど、この人は私のことを認めてくれて、大切な一門の仕来りまで私にしてくれるんだって思ったら嬉しくないわけがない。

 

 

「……本当に、本当に嬉しい。ありがとう、凪仁さん」

 

「…どういたしまして、こんなに喜んでもらえるなんて思わなかったから私も嬉しい」

 

「大切にします、一生持ち歩きます」

 

「ふふ、ありがとう。……いい、しのぶちゃん」

 

「はい」

 

「最終選別は決して鬼を斬ることが重要じゃないよ、7日間無事に生き残ることが最優先」

 

「はい」

 

「しのぶちゃんならやれる、鬼殺隊で待ってるよ」

 

「…はいっ」

 

「じゃあまたね、しのぶちゃん」

 

「…ご武運を」

 

 

 トントンっと軽く私の背中を撫でてから、するりと背中に回っていた腕が離れ、凪仁さんはお面を付けると、縁側に置いていた日輪刀を納めてる鞘を腰にさし、日が落ちて真っ暗になり始める夜の世界へと消えていった。

 

 あの日凪仁さんから貰った厄除の面は、ちゃんと言われた通りに裾の内側に落ちないように持っていき、7日間を無傷とは行かなかったけれど無事に生き残ることが出来、私は晴れて鬼殺隊の一員になった。

 

 凪仁さんが危険視していた手が沢山の鬼というのには遭遇しなかったけれど、文に最終選別を無事に終えて鬼殺隊に所属した事と遭遇しなかった事は書いておいた。

 

 でも凪仁さんとは所属してから一向に会うことが出来ず、姉さんですら階級が違うから会えていないと聞き、いつになったら直接お礼を伝えられるだろうと思う日々。

 

 凪仁さんから貰った厄除の面は宣言通り、私は最終選別が終わっても毎日持ち歩いていた。

 けれど、裾の中にしまう場所があるものなんて限られていて、どうしようかと考えていれば、最終選別後に採寸されて私の大きさで作られた隊服が届いた。

 そう、届いたのだけれどそれがあまりにも酷いものだった。

 

 姉さんや凪仁さんが着ていた物とは全く違う、何故か胸元が大きく開いていて、足元は何処に鬼の攻撃から身を守る繊維が使われた布があるのか不思議なほどに短いスカートと呼ばれる形。

 

 だから、つい目の前でゲスメガネの隠の前でマッチと油で燃やしてやれば、どうやらその人は前田という名前らしく、正式な隊服の形をした新しいものを出された時に何か要望はあるかと聞かれて私は要望として言ったのだ。

 

 

「…なるほど、隊服の下にですか」

 

「はい、そこまで大きくは無いのですが持ち歩きたいものがあって」

 

「因みに大きさはどういったもので?」

 

「これです」

 

「…あ、そのままでいいですよ。きっと大切なものなんだと思いますし、私のような他人が触れていいとは思えませんので」

 

「は、はぁ」

 

「この大きさなら全く問題ありません、胸元に入れられるよう裏地に用意しておきます。落ちぬように小さな釦を幾つか縫って、また後日お届けに参りますね」

 

「ありがとうございます」

 

 

 そうして、その後届いた正式なちゃんとした隊服には、私の要望通りに全て胸元の生地裏に凪仁さんが私にくれた厄除の面を入れられる場所があった。

 

 あの人、言えばちゃんと仕事できるのに何故最初に持ってきたものがあんなにもふざけたものだったのかは理解できない。

 しかも、正式な形の方も用意しているのだからあれは間違いなく確信犯だ。

 

 それから任務に行く時はもちろん、私は朝起きてする事は身支度を整えて、凪仁さんから貰った厄除の面を胸元の裏地にしまうこと。

 柱になった今も、私の胸元にはいつも凪仁さんから貰った厄除の面があって、思い出に浸りながら羽織の上から触れれば、一部だけ隊服の硬さとはまた違う固いものの感触。

 

 凪仁さんの手から左手は離さないまま、隊服の襟元の釦とその下の釦を外して片手で裏地の釦を外し、指先で厄除の面に触れて外にそのまま出す。

 

 貰ったあの日から丁寧に拭いたり、濡れないように気を付けてはいるものの、やはり数年経つから年期が入り、貰った時と同じとまではいかなくなってしまったけれど蝶柄や狐の顔はあの頃のまま綺麗な状態。

 

 

「ふふ、厄除の面、私が本当にずっと持ってるなんて思ってないでしょうね」

 

 

 姉さんにも、何となく秘密にしていたくて私と凪仁さんしか知らないこの厄除の面の存在。

 そういえば、凪仁さんの専用で作られた物は何柄だったのか聞いたことがなかった。羽織も真菰さんもので、それより前は何を着ていたのか聞いたことがない。

 

 

「…ねぇ、師範。私が何か贈り物を贈ったら喜んでくれますか?ずっと考えてるんですよ、羽織とか髪飾りとか見て何でも似合うんだろうなぁって」

 

 

 久しぶりに師範と呼んだ気がする。

 何柄がいいかな、でもやっぱり凪仁さんは何でも似合う気がする。

 あぁ、だけど私が羽織を贈っても着てくれないかもしれないな。真菰さんの形見の羽織があるもの、きっと丁寧に私室に飾ってるかもしれない。

 

 髪飾りは髪が短いし、いつも厄除の面を付けているから髪飾りも丁寧にしまってしまうかもしれない。

 そう考えると、どんな贈り物を渡しても身に付けてもらえ無さそうで、何とも難儀な人だなと思わず笑ってしまう。

 

 ずっと何でもいいから形として贈りたいと思っていた。

 私を稽古してくれた礼、私が困ってれば手を差し伸べてくれる事への感謝、何より最後の家族である姉さんを命懸けで護ってくれた。

 伝えきれない感謝の気持ちを、ずっと言葉以外の方法でも伝えたいのにずっと出来ずにいる。

 

 

「…蝶柄のもの、身に付けてくれるかなぁ」

 

「しのぶ」

 

「…姉さん?」

 

「ここに居たのね、少し探したわ」

 

「ごめんなさい、何かあった?」

 

「アオイがお夕飯そろそろ出来るって伝えに来てくれたから」

 

「すぐに行くわ、姉さん」

 

「…妬けちゃうわねぇ」

 

「え?」

 

「いつか、その手の中にあるもの見せてね?姉さんだって羨ましいのよ〜」

 

「なっ!…い、いつから気づいてたの!?」

 

「ふふ、だって、しのぶったら何か不安なことがあったりするとすぐに胸元を触れるんだもの。何かあったのかなって思って、こっそり準備してる時に覗いちゃった!」

 

「もう姉さん!」

 

「だってだって、二人だけの何かってずるいなぁって。姉さんだって凪仁とお揃い欲しいもの」

 

「私は凪仁さんの弟子だから特別なの!」

 

「姉さんも弟子になろうかしら」

 

「姉さんでもダメ、凪仁さんの弟子は私だけの特権なんだから。冨岡さんが継子になったって聞いた時も悔しかったのに」

 

 

 ムスッと頬を膨らませ、つい昔のように返したら姉さんはクスクス笑っていて優しく頭を撫でられる。

 私も入隊後は水の呼吸よりも花の呼吸の方が身体にあっていて、水の呼吸ではなくなったから当時の凪仁さんの継子になれなかったけれど、冨岡さんが継子になったと聞いた時は本当に悔しかった。

 

 決して姉さんの継子が嫌だったわけじゃないし、姉さんの継子になれたのは嬉しかったけれど、それはそれ、これはこれだ。

 雪柱になってからも継子は一切取らないからこそ、冨岡さんに対して羨ましいという気持ちが強くて仕方がない。

 

 

「しのぶは本当に凪仁の事が大好きね〜」

 

「…そ、そんなんじゃない」

 

「あら、違うの?」

 

「……好きだけど」

 

「大丈夫、しのぶは可愛いもの!凪仁にとっても一番よ!」

 

「理屈になってない!それに、凪仁さんの一番は私じゃなくて姉さんでしょ」

 

「へ?」

 

「え?」

 

 

 お互いに目を見開き、ポカーンっとする姿は鬼殺隊に所属してからはなかなか過ごすことのなかった空気感でお互いに笑ってしまう。

 姉さんは笑いながら凪仁さんのもとへ移動し、優しく宍色の髪を撫でた。

 

 

「…アオイたちを待たせてるから行くわね、凪仁」

 

「…また後できます」

 

 

 厄除の面を胸元にしまい、私は姉さんと共に凪仁さんの私室から出て静かに障子を閉める。

 姉さんの後ろを歩きながら、私は先ほどまで思い出に浸っていた事もあり、ふと無限列車の任務に行く前の炭治郎くんの話が頭に過ってハッとして立ち止まれば姉さんが振り返り名前を呼ばれる。

 

 

「……もしかして、凪仁さんが言ってた手が沢山ある鬼って炭治郎くんが言っていた手鬼?」

 

「しのぶー?」

 

「あ、ううん、何でもない」

 

「そう?」

 

「えぇ、大丈夫よ姉さん」

 

 

 凪仁さんが起きたら聞けばいい。

 そう結論づけて、私は姉さんと共に皆が待つ居間に向かって歩いた。

 

 凪仁さんは決して、私たちを置いて何処かへ行ってしまうことは無いと信じてる。

 だって蝶は花がなければ生きていけないように、花は水が無ければ生きていけないから。

 けれど、いつからか凪仁さんの傍にいると私と同じ藤の花の香りがするようになった事だけが気がかりだった。

 

 

 

 

 

 







「ねぇ、アオイ。凪仁さんの一番は姉さんよね?」
「しのぶよ!そうよね、アオイ」
「…何を言ってるのですか、凪仁様の一番はお二人ですよ」
「…あら?」
「…ふ、2人?」
「カナヲもそう思うでしょ?」
「…はい」
「カナヲが硬貨を使わずに答えたわ…!」



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