実力者だけど陰の実力者はもういるので陰には潜みません 作:なゆさん
あれから、色々なことがあった。
まず、一連の事件の顛末について。表向きは、この一件は全てシャドウガーデンの仕業であるということになった。今真実を公表したり、下手に教団を刺激するようなことをすると、王国どころか世界が傾きかねない。故に、教団の偽装を見逃した。それほどまでに奴らの支配の根は広く深いのだ。
そして――
「シェリー、ほんとにいいの?」
「はい。私の目的の為です。」
目の前には大荷物を持ったシェリー。養父が死んでしまったシェリーは………
「今日からよろしくお願いしますね! ジロ君!」
僕の屋敷に住まう事になった。
何故こんな事になったのか。簡単に説明すると、
・養父が死んで落ち込んでいたシェリーを懸命に励ましてなんとか立ち直らせる。
・保護者がいないシェリーのこれからの生活についての話になる。
・シェリーに僕がシャドウを追っているのかと聞かれ、あまりの圧に咄嗟に肯定してしまう。
・シェリーが急に財産は僕に預けるので僕の屋敷に住まわしてほしいと頼まれる。
こんな感じである。正直あまり乗り気ではないのだが、シェリーも気持ちが固まっているようだし、養父を失って精神的にダメージを受けている彼女を一人にするのも心苦しいため、仕方なく許可を出したのだ。
「もう一度言うけど、僕の屋敷に居たってシャドウと会えるとは限らないからね?」
「はい、分かっています。でも、ジロ君と一緒に学ぶことはできる。ラワガスに行く手も考えましたが、ジロ君は既にラワガスへの留学経験もありますし、ジロ君の手元にある研究資料と教材で十分学びになると思ったんです。それに――私にはもう、ジロ君しかいないから」
……僕が、傷つけるのが怖くて真実も伝えられていない臆病者だなんて知ったら、彼女はなんて言うだろうか。
とにかく、彼女が完全に立ち直るまでは、できるだけ彼女を刺激しないようにしないと。
◆◇◆◇◆
シェリーが屋敷に来て数日後、
「大司教暗殺!?」
突然【紅の騎士団(僕は強制加入)】が聖地リンドブルムに招集され、アイリス様の口からその大事件が伝えられた。もともと黒い噂があって調査対象であった人物だが、突如として暗殺されたのだ。
僕のみならず、グレンさんやマルコさんも流石にこの一報に驚いている。何せ国教たる聖教の重要人物の暗殺である。
どんな命知らずがそんなことをやらかしたのか。それに、大司教を殺してどのような狙いがあったのか。考えれば考えるほど疑問は増えるばかりだ。
聖教は国教。大司教一人を殺したところで揺らぐほど軟弱ではない。聖教内部の混乱を誘うにしても暗殺の難易度を鑑れば、少し下の地位の人間をもっとたくさんの人物を殺す方が労力も少なく大きな効果を得られる。大司教の黒い噂は主に貴族のみに流れているため、平民の義賊なんかが事を起こした訳でもないだろう。仮に情報を得ても、今の今まで表舞台に名前が挙がらない程度の平民が大司教を暗殺できるとは思えないし、裏の世界の手練れならば中途半端に首を突っ込むことはしない。
残る可能性としては――
「最も確率が高いのは聖教内での揉め事、もしくは口封じ。次点でそれに見せかけ、聖教上層部を疑心暗鬼にすることが狙いの聖教敵対勢力、といったところですかね。」
「流石! 頭の回転が早いですね!……しかし、何故敵対勢力の仕業である可能性よりも聖教内での仲間割れの確率が高いのですか?」
「まず第1に、そもそも僕が調べている限りでは、聖教と敵対していて、大司教を暗殺できるだけの用意を整えられる程の規模、もしくは手練れを有している組織は一つしか存在しません。しかし、その組織ならば大司教のみを暗殺するなどという中途半端な手は取らない。個人で聖教を敵に回すなどという愚か者の情報もありませんしね。そして、彼には黒い噂があり、調査対象でもあった。聖教全体がその黒い噂に加担していたのなら、彼を切る事で生き残ろうとするでしょう」
一国を上回り得る権力だ。背後には十中八九ディアボロス教団がいる。
「そんな、聖教が…!」
アイリス様が驚いている。まぁ、まったく知らない立場では無理もない。マルコさんも少し顔に出ている。騎士として狼狽えるような真似はしていないが、衝撃は受けているようだ。グレンさんは流石の様子だ。長年の経験上、大きな組織の上は腐敗しやすいことをわかっているようだ。
「とにかく。聖教が悪いにしろ他の組織にしろ、これからの動きを決めないことには行動できません。アイリス様、これからどうするつもりです?」
「………一度、殺害現場他大司教の遺品など、手がかりになりそうなものを押収しなければ、事件の解決には近づけません。ここ聖地リンドブルムにある聖教の教会を調査する必要があります」
「恐らく調査は大司教の死の後始末を理由に拒否されますよ? 大司教を暗殺した理由の一端には、隠蔽のための時間稼ぎも含まれているでしょうから」
「確かにそうかもしれませんが、行動するしかありません。明日には代理の司教に取り合ってみます。ジロ君は私と――」
「僕は僕で独自に動きますよ。今回の【女神の試練】、私も呼ばれていますので。それまでにできるだけ多方面から調べて、女神の試練で代理の司教を探ってみます。アイリス様はマルコさんとグレンさんと行動を」
「…………。」
「アイリス様?」
「………分かり、ました。互いに調査の進展を目指し、頑張りましょう」
「…? はい」
気になる謎の間があったが、とりあえず方針は決まった。さてと、色々動いてみようかな。
◆◇◆◇◆
女神の試練当日
あれから色々調べてみたが、やはり大司教の黒い噂は真実の可能性が高く、またそれに聖教全体が関与している可能性も同様に高い。怪しい金や人の動きも多く、ディアボロス教団との繋がりもほぼ確定した。
(鍵を握っているのは、恐らくこの男)
目の前で観客席へ向けて開会の挨拶をしている肥満体型の男、ネルソン。
大司教の代理として出てきた男だが、どことなく怪しい。アイリス様やアレクシアからの圧力を、聖教という巨大組織がバックにいるとはいえ皮肉混じりに堂々と突っぱねるなど、中々出来ることではない。ただの司教ではなさそうだ。
金や人の動きからして大司教は教団の傀儡だった確率が高い以上、教団とのパイプ役、もしくは直接指示を出していた教団員がこの男だった可能性もある。
「記念すべき今年最初の挑戦者は、剣の国ベガルタからの旅人 アンネローゼ!!」
最初の挑戦者がドームに現れる。
彼女が剣を構えれば、ドーム内にフッと霧が現れ、あっという間に男の剣士の姿となった。
「初めて見たけど、これが記憶の戦士か。魔力で実体化しているのか? 見ただけでは分からないな」
現れた記憶――戦士ボルグという一昔前に名を上げた戦士の記憶は、アンネローゼに斬り掛かった――が、彼女はたった数合の斬り合いで相手の太刀筋を見切り、カウンターでボルグを斬り倒した。
「一試合目からいい試合だったね」
「はい。そうですね」
隣にいたエルフの女性、ナツメに声をかける。彼女は最近流行りの小説家なのだが……明らかに前世の物語のパクリである。過去に一度、日本語で『これパクリだよね?』と聞いてみたのだが、普通に首を傾げられた。演技ではない素の反応だったように思う。日本語が伝わらなかったのだ。念の為英語で質問しても結果は同じだった。
もしかしたら、前世の地球から謎の電波のようなものでも受けているのかもしれない。英語も日本語を知らないのに日本の作品を片っ端から盗作しまくっているなんて、僕でも理由が検討つかない。誰かが教えたにしても、盗作目的の日本人ならこんなにバラバラなジャンルの作品を教えるなんて馬鹿なことしないだろう。盗作目的じゃないなら、こんなにたくさんの作品を彼女のみに教えている意味が分からない。他の人に教えているならその人が盗作だって言ってるはずだし。もう説明つかない電波のせいでナツメが日本の情報を受信したというような突拍子もない話ぐらいしか考えられないのだ。
「ん? どうしました?」
「あ、いえ、何でもありません」
いけないいけない。少し顔を見すぎていたか。
ナツメに関しては今考えてもしょうがない。今は試合を観戦しつつ、ネルソンの動向にも注視しておこう。
◆◇◆◇◆
女神の試練は順調に進む。あのアンネローゼの後の挑戦者で、過去の記憶に勝てた者は未だ出てきていない。アレクシアに聞くと、大体いつもこんな感じだそうだ。
ただ、個人的にはもっと見ごたえのある試合を――
『――ミドガル魔剣士学園所属、シド・カゲノー!!!』
「え?」
なんで学園の生徒が? しかも、シド君といえばアレクシアの元カレでシェリーの友達の男じゃないか。彼、そんなに度胸があったのか?……いや、王女様の彼氏なんて務めていた男なんだからそりゃ度胸なんてあって当然か。
しかし、中々出て来ないな。今頃怖気づいたの―――
『ゴッ』
「なんだ!? 突風!?」
突然会場に強風が吹き荒れる。そして、ドームの中には、
「なっ―――シャドウ!?」
「我が名はシャドウ。聖域に眠りし古代の記憶を、今宵我らが解き放つ…!!」
漆黒を纏った男が、悠然と立っていた。
「シャドウ!! 何故彼が此処へ!?」
「試練に乱入する気でしょうか!?」
アレクシアとローズ生徒会長も驚いている。
ネルソンは然程驚いた様子を見せず、すぐに聖騎士達に指示を出す。やはり、ただの司教にしては場馴れしているというか、何処か国家権力者などの大物特有の傲慢さを感じる。
そして、ドームから眩い光が放たれる。
「この光は――古代文字か! 【アウロラ】……いくつかの文献に載っていたな。世界に破壊と混乱をもたらした女。具体的に何をした女性なのかは分からなかったが」
「ま、まさか…! シャドウは選ばれたというのか!! 厄災の魔女アウロラに!!」
光が収まり、ドーム内には、異様な存在感を放つ女性が立っていた。長い黒髪で独特なローブを羽織ったその姿は、確かに魔女と言われるに相応しい外見だ。
ネルソンはその姿を見て更に狼狽している。……何か知っているのか?
「ネルソンさん。アウロラについて、知っているのですか?」
「ぬっ……ええ、教会でも一部の者にしか伝えられない情報ですがね。私の口からも多くは語れませんが、歴史上最悪にして最強の女です。アレを呼び出してしまった以上、シャドウとやらも終わりですな」
「そこまで、ですか」
確かにドーム内の女性からはかなりの威圧感を感じる。間違いなく相当な実力者。しかし――
「始まりますぞ。きっと勝負は一瞬でつくでしょうな」
瞬間、シャドウに向けて無数の、まるで血のような真紅の槍が放たれた。
シャドウは最低限の動作でそれを躱し、尚も迫る血の槍をその漆黒の剣で打ち払う。
『ザッ』
放たれる槍が更に増え、その速度もますます上がっていく。並の魔剣士ならば一瞬で串刺しになっているであろう密度と速さ。その圧倒的物量をものともせず、シャドウは蝶のようにひらりひらりと槍を躱す。
「……やはりか。シャドウめ、手も足も出ないようですな」
ネルソンが的外れな事を宣う。シャドウはまだ攻撃に転じていない上に、明らかに余裕があるというのに。
外野の戯言など聞こえぬとばかりに戦いは加速していく。シャドウは縦横無尽に飛び回り、無数の赤い槍を躱し、いなしていく。
だが、
「……シャドウが囲まれた」
四方から降り注ぐ赤い槍の雨。それをシャドウは、
「蚊が群れても獅子は殺せぬ」
一太刀の下に蹴散らす。
「……シャドウ。やはり強い」
「チィッ、魔女め! 何を手間取っている! さっさとヤツを仕留めろ!!」
ネルソンの苛立ちに呼応するように、魔女の攻撃が更に鋭さを増し、本人も大きな鎌を呼び出す。
――しかし、
「悪手だな」
赤い槍と鎌の絶え間ない連続攻撃がシャドウを仕留めんと襲いかかるが、シャドウはただその卓越した技能でそれを受け流していく。
一歩、また一歩と、彼女と彼の距離は近づいていき―――
『ザン』
魔女の幻影は、空中に溶けるようにして消えた。