第一話 提督のいない鎮守府
海軍五省
一、至誠に悖るなかりしか
一、言行に恥づるなかりしか
一、気力にかくるなかりしか
一、努力に憾みなかりしか
一、不精に亘るなかりしか
ある日を境に現れた、人類に牙を向き、深海棲艦をも凌駕する、漆黒の大艦隊。人々はそれを「影の艦隊」と呼称した。
深海棲艦をもたやすく討ち滅ぼし、各鎮守府の艦娘たちも苦しめた。その脅威的な戦闘力に人類はまたしても制海権を損失した。
しかし、その「影の艦隊」に全く対抗できないわけではなかった。
対抗できる勢力は三大鎮守府、”舞鶴鎮守府”、”佐世保鎮守府”、そして”呉鎮守府”。特に呉鎮守府の活躍により、日本本土周辺の海域を完全に奪還したのだ。そして戦局は有利なまま進むと思われていた…
三号作戦…。あれから一週間がたつ。呉鎮守府では艦娘たちがそれぞれの仕事をしている。書類整理、出撃、演習、遠征、整備…。海上では艦娘たちが忙しそうに水上を航行している。
本当なら執務室で提督も秘書艦である十六夜たちと執務をしているだろう。
本当だったら…
一週間前
海軍省 軍令部総長室
ガラス細工の割れる音がした。軍令部総長が持っていたコップを落としたのだ。
軍令部総長 「えっ、今なんて言ったの?」
軍令部総長が元帥に聞き返す。元帥が静かに答えた。
元帥 「呉鎮守府提督、蒼海輪斗海軍大将、先日ブーゲンビル島上空にて影の艦隊の戦闘機の攻撃を受け、連山は不時着したのちに爆発、連山搭乗員は全員が救助されましたが、蒼海提督の姿は見当たりませんでした。よって蒼海提督は…」
軍令部総長 「待って。蒼海君が?あはは、そんなことないじゃん。だってまだ現地伝令員からの報告すらn」
いきなりドアが開いた。
海軍省職員 「お取り込み中のところ申し訳ございません!ブーゲンビル基地からの緊急報告です!蒼海大将行方不明とのことです!」
海軍省職員が息を切らしながら報告した。
軍令部総長 「…………」
元帥 「総長、信じられませんが疑いようのない事実です。行方不明は殉職とみなします。」
軍令部総長はなにも言わなかった。割れたコップから水が滴り落ちていた。
十六夜 「(いつもよりも執務室が広く感じる…)」
現在、執務室にいるのは十六夜と長門の二人だけだ。栗林は書斎で今回の提督襲撃について書類をまとめており、金剛と響はショックから今だに立ち直れずに部屋に閉じこもっている。
十六夜 「(二人のことはしょうがないよね。ふたりとも姉妹艦がいなくなったから…)」
三号作戦で金剛は潜水空母影姫の襲撃を受け、妹の比叡、霧島が重大な損傷を受け、これ以上戦うことはできないと判断され、三日前に除隊していったのだ。
響も姉にあたる暁が夜戦時に、凶暴化した駆逐十六型、軽巡二十型の集中砲火を受け、轟沈こそしなかったものの同じく除隊していったのだ。
それにとどめを刺すかのように目の前で提督が影の橘花により撃墜されたのだ。艦娘のみならずほとんどの人が立ち直るのに時間がかかるだろう。
十六夜 「(この先、いつ誰がいなくなるのかはわからない…。)」
そうだ。今は戦争中なのだ。いつ誰かがどこで死ぬのかはわからない。艦娘も同じように、いつどの海域で沈むのかもわからない。
長門 「十六夜?どうした。ぼーっとして。」
十六夜の顔を覗き込んで長門が声をかける。
十六夜 「ふぇ!?い、いや、なんでもありません!」
十六夜が焦って返事をした。
長門 「そ、そうか。」
長門もこれ以上は何も言わなかった。
長門 「(十六夜も今、心の整理をしているのだろう。ここは時間がたつのをまつしかないな。)」
執務室に書類を書く音だけがこだましていた。
呉鎮守府本庁舎 書斎
本棚が多く並べられている書斎で栗林は書類をまとめていた。書類には「海軍丙事件」と記されている。ブーゲンビル島で蒼海提督が搭乗した連山が影の橘花により撃墜された事件のことである。
栗林 「(あの時、連山で移動しなければよかったのでしょうか…)」
実は、ブーゲンビル島までの移動では連山か海上自衛隊の護衛艦の二択があったのだ。結局、移動時間的にも海上自衛隊に迷惑をかけるわけにはいかないという結論にいたり、連山での移動となったのだ。
栗林 「(時間がかかっても安全を優先すべきだったんでしょうか…。僕はなにを選ぶべきだったんでしょうか…)」
栗林が思考を巡らし始めた。
その時、書斎のドアがノックされた。
栗林 「誰ですか?」
栗林が呼びかける。ゆっくりとドアが開いた。
ドアからひょっこりと顔をだしたのは、睦月型駆逐艦の三番艦、弥生だった。(余談だが実は栗林と弥生は、三号作戦の開始三日前にケッコンしている)
栗林 「弥生さんですか。どうしたんですか。」
弥生 「さっき海軍省の方から書類が届いたんです…。」
弥生はそう言いながら栗林に腕に抱えていた書類を手渡す。
栗林 「また書類ですか。今度は何なんでしょう…」
そう言いながら栗林は封筒の封を開け、書類を取り出し内容を確認する。
栗林 「…なんですか、これ…」
書類に書いてあったこと。それは…
20XX年 2月15日
日本国海軍大将蒼海輪斗を殉職扱いとする。呉鎮守府後任提督として海軍大佐栗林学を臨時提督とする。
海軍省本部
書類にはこう書かれていたのだ。
栗林 「行方不明は殉職扱いですか…。さすが海軍ですね。」
弥生 「どうかしたの?」
栗林 「いいえ、そんなに大したことじゃないですよ。」
栗林がそう答えた。しかし、実際心境ではこう信じていた。
栗林 「(提督は、必ず帰ってくる…)」
呉鎮守府(海上自衛隊呉地方総督部) 護衛艦停泊地
海上自衛隊の護衛艦が多く停泊している。呉鎮守府は海軍が創立した現在も海上自衛隊とともに使用されているため、海上自衛隊の関係者や隊員が多く呉鎮守府で仕事をしている。
瀬戸内海の海に浮かぶ護衛艦郡を眺めている一人の艦娘がいた。響だ。
響 「…………」
まだ提督のことを考えているのだろう。泣いたのだろうか。目元は赤くなっている。
海自隊員1 「あの子大丈夫か〜。さっきからずっと海をみてるけどよ〜」
後ろからその様子を見ていた二人のうち一人の海上自衛隊隊員が呟いた。するともう一人の隊員が声を上げた。
海自隊員2 「馬鹿っ!お前知らないのか?あの子は呉鎮の艦娘で、蒼海海軍大将のことで悲しんでるんだぞ!?」
海自隊員1 「えっ?そうなのか!?」
海自隊員2 「そうなんだよ!下手に声かけたりするなよ。」
海自隊員1 「ああ、分かったよ…」
そのまま隊員たちは通り過ぎていった。
響 「…司令官…」
響がそう呟いた。響の左手の薬指にはケッコン時に提督から渡された指輪がはまっている。
響 「(私はどうすればよかったんだろう…。どうしたら司令官を助けられたんだろう…。)」
響が自問自答する。
すると脳裏にある影の艦隊が浮かんだ。
潜水空母影姫…。数多くの艦娘を大破に陥れ、影の橘花を操り、提督の乗機である連山を撃墜した憎むべき敵。自身がアスロックと短魚雷で仕留めたはずだった。しかし、最後の悪あがきにより橘花を発艦させる隙をつくってしまった。
それで提督は行方不明になったのだ。
響 「絶対に…許さない…!」
響の目は怒りに満ちていた…。
鎮守府正面海域
三隻の小型偵察艇が航行している。旧海軍が開発した特攻艇”震洋”だ。しかし、特攻用ではなくあくまで偵察用として開発されたものだ。
震洋一隻に二人ずつ海軍の陸戦隊員が搭乗している。
陸戦隊員1 「おい、そっちはどうだ?」
陸戦隊員2 「特になにもないぞ。」
陸戦隊員3 「流石に正面海域までは攻め込んで来ないだろう。」
一人の陸戦隊員がそう呟いた時。
上空からエンジン音が聞こえてきたのだ。
全員 「!!」
慌てて全員が空を見上げると、なんと影の艦隊の艦上偵察機”影の彩雲”が飛行していたのだ。
陸戦隊員1 「鎮守府に連絡だ!!急げ!!」
陸戦隊員がすぐさま呉鎮守府へと信号を送る。影の彩雲が現れたということは、近海に影の艦隊が潜んでいるということだ。
震洋隊も呉鎮守府に向けて猛スピードで航行していった。
鎮守府正面海域 近海
複数の影の艦隊が集結している。駆逐艦、軽巡はもちろん、戦艦、空母までも揃っている。
??? 「火の海にしてやろう…。貴様らの鎮守府を…」
冷酷な笑みを浮かべながら、影の艦隊の正規空母”空母十一型”が呟いた…。
次回 第二次鎮守府正面海域海戦
次回、影の艦隊が猛威を振るう…。(轟沈描写あり)