瀬戸内海に有数存在する島々の一つに、影の艦隊の駆逐十六型が何隻も近海を哨戒している。軽巡二十型も確認でき、その島は影の艦隊の住処となっていた…。
その島の奥には司令部と思わしき建物がある。その建物の一室に、旧海軍第一種軍装に身を包んだ男性、”影浦 流星提督”は椅子に腰掛け、海図を睨みつけていた。海図にはレイテ島を中心としたフィリピンの島々が描かれている。
彼こそが影の艦隊を率い、深海棲艦を攻め滅ぼし、人類、特に日本に対して牙を剥ける人物だ。人でありながらなぜ人類に牙を剥き、影の艦隊を統制するのか…。理由は誰にもわからない。
「影浦提督、呉鎮守府侵攻部隊が撤退したとのことです。」
彼のすぐそばに控えており、報告を行っているのは影の艦隊の影姫の一人である”司令影姫”だ。彼女は影姫の中で最も力が強く、指揮能力も高い。そのため、影の艦隊の中で唯一全艦隊の指揮権を持っている。
「そうか。どうやら呉鎮提督を殺しただけでは艦娘の士気は下がる訳ではないようだな…。」
影浦提督が海図にペンを走らせながら答える。ペンの線が書き込まれた所はスリガオ海峡だった。
「おそらく新海軍の連中はフィリピンの救援に駆けつけるはずだ。あそこは資源面でも貿易面でも大事な場所だ。…昔からな。」
そうだ。彼はフィリピンの重要性をよく理解していた。彼は現代の人ではないのだから…
「現在スリガオ海峡には影姫を含む戦艦6、重巡4、軽巡4、駆逐艦28、雷艇39の艦隊が防衛にあたっています。周辺海域の哨戒には雷艇があたっています。その他にもサマール島沖には潜母6、駆逐艦3、雷艇4の護衛艦隊、エンガノ岬には空母5、潜母5、戦艦6、重巡2、軽巡7、駆逐艦44の機動部隊が集結しています。また、フィリピン近海には潜水艦も哨戒しています。」
「防衛兵力はこれで十分だと思うが、サマール島沖は少し心配だな。まぁ、スリガオ海峡さえ突破されなければ問題は無い。」
「兵力的にみてスリガオ海峡の突破は困難だと思われます。」
司令影姫は静かに推測する。しかし、影浦提督はさらに言葉を紡ぐ。
「だが奴らは次は総力をあげてフィリピン海域を奪還しにくるはずだ。数の上ではほとんど同等だ。奴らの中には頭の切れるやつもいる。油断しないことだな。敵以上に油断が一番危険な敵だ…。」
影浦提督はそう言い残し、椅子から立ち上がると、羽織っている黒外套をなびかせて、部屋を後にした…。
その頃呉鎮守府では、交代制で半舷上陸が実施されていた。この日は十六夜の半舷上陸が許可された日だった。
「外出るのは初めてかも…」
「俺は別に必要ないって言ったんだけどな…」
十六夜が大きく伸びをしながら門を出る。提督も一緒だ。提督は別に外出許可をもらうつもりではなかったが、「大事な作戦の前だ。しっかり休んでおいたほうがいい。君は普段から頑張りすぎてるからね。」と元帥が言い、「後は栗林君と僕たち(主に元帥)にまかせて〜。」と軍令部総長が言ったため断るわけにはいかずに休みをもらった。
実際疲れが溜まっていたため、提督にとってこの休みはありがたいものだったのだ。本人は気がついていないのだが…。
「とりあえず十六夜は外の出るのが初めてだろうから、まず広島一帯を軽く説明する。」
「分かった〜〜!」
提督はもともと東北地方で生まれ育ったが、空襲後は東京、浜松、広島と関東、関西、中国地方を回っているため、生まれ故郷の東北ほどではないが、このあたりの地理は知っている。
提督は十六夜に広島のいろんな地理を教えた。海上自衛隊の基地、原爆ドーム及び平和記念公園、厳島神社など。美しい場所もあれば、先の大戦で残された戦争の爪痕も残されていた。
「本当にあったんだ…。原爆ドーム…」
外に出たことがなかった十六夜は楽しみつつも、戦争の爪痕になんとも言えない気持ちになった。
そして数時間後、正午をまわりそうな頃。
「とりあえず大体は回ったから、昼にでもするか…。」
「は〜い…。」
流石に数時間も歩きっぱなしは疲れる。提督も運動はできる方ではあるが、病み上がりでこんなに長距離は歩かなかったので足が悲鳴をあげている。
十六夜も同じであり、艦娘とは言え洋上勤務が多いため、まともに陸上を歩くことが少ない。なので今は完全にくたばっている。
提督は周囲を見回すと、ちょうどよくコンビニ(店名はお察しください)があったので軽食と飲み物でも買おうかと、提督と十六夜は入店した。
その時、二人は一人の店員と目があった。左にまとめた髪、静かな雰囲気…
「「「え」」」
加賀だった。なんとコンビニで店員をしていたのだ。
「お前なんでここにいるんだよ!?」
「そうだよ!加賀さん除隊したのは知ってるけどなんでここに?」
提督のみならず十六夜も思わず詰めかける。それに加賀は顔色一つ変えずに静かに答える。
「色々教えたいんですけど、今は勤務中ですので。あと5分で休憩に入るので外で待っててください。」
それで提督と十六夜は飲み物とおにぎりを買い、店の前で立って待っていた。(余談だが「ファ○チキください!!」「L○キですね」と会話が聞こえたが、聞かなかったことにした)
しばらくして。
休憩に入ったのか、加賀が店から出てきた。
「おまたせしました。それでこちらから質問しますがなぜ提督と十六夜が外へ?」
「半舷上陸だよ。十六夜は初めてだから俺が付き添ってるんだよ。」
提督の答えに加賀はなるほど、と言うように頭を軽く縦に振った。
「それでなんで”こんびに”にいたんですか?」
今度は十六夜が質問する。
「それはただコンビニでバイトをしてみたかったからです。」
「それだけ!?」
加賀は「それがなにか?」と答える。そこで提督は思い出した。
海軍の艦娘は適性検査で合格した少女から選ばれる。合格した場合はすぐさま海軍関係者が家を訪れ、出征令状の”青紙”を渡す。旧軍のように強制ではなく、個人の意思で入隊か拒否を選べる。
加賀もその中の一人だ。そして加賀は
「そう言えば加賀は広島造船の一人娘だったな。」
広島造船は数年前に設立された造船会社だ。日本国海軍や海上自衛隊の艦艇を建造している大手造船会社だ。
しかし、二年ほど前から発注された艦艇の設計ミスや意図的な簡略化がみられはじめ、建造費よりも遥かに高額な金額を請求していたことが浮き彫りとなり問題となった。社長夫妻は辞職に追い込まれた末、使用人に殺害された。
加賀はこの問題が発覚する数ヶ月前に海軍に入隊していた。
「あんなの親なんて認めませんでしたけどね…。この情勢で日本の防衛よりも金儲けを優先していたなんてありえません。」
加賀が淡々と話しているが声に力がこもっている。きっと億劫とした生活から逃れるために海軍に入隊し、艦娘となったのだろう。
「そんなことがあったんですね…。大変だったんですね加賀さん。」
「でも十六夜、あなたに会ってから私の人生は変わったわ。あのとき、あなたが的確な指示をしてくれたおかげで私は海に沈まずに陸で生活できてるわ。ありがとね。」
珍しく加賀は笑顔で十六夜の頭を撫でていた。感情表現が苦手な加賀にしては珍しい。
「(そういえば十六夜はよく加賀たち空母に好かれていたな。本当にあいつにそっくりだ…。)」
提督は自身の妹もことを思い出す。妹は誰かれ構わず抱きついたり、仲良くなったりしていた。
十六夜の頭を撫でる加賀と喜ぶ十六夜を、提督は時間を忘れてずっとみていた。
「弥生さん。」
「なんですか、”学さん”?」
呉鎮守府の執務室では、栗林と弥生が執務をしている。提督が不在の為、二人でしているのだ。
「練度いくつでしたっけ?」
栗林が質問する。弥生が答える。
「最高練度ですね…。」
栗林はトントン、と書類をまとめる。弥生も書類をまとめる。同時に執務が終わったようだ。そして
「「ケッコンしましょう」」
ほとんど同時に、声が響いた。
「練度向上のためでもありますし。」
「両思い…、ですしね…。」
実は海軍省は栗林にケッコンカッコカリの書類一式を送っていたのだ。提督は現在も影の艦隊への情報漏洩を防ぐため、一部で殉職扱いのままである。
一時とは言え、提督の座に栗林は就いていたため、戦力増強も兼ねて書類を受け取っていたのだ。
そして今、提督不在時に栗林の秘書艦を務め、いつの間にか恋仲になっていた弥生に指輪を渡しているところである。
後に二人が磁石みたいにくっつきぱなしのバカップルになることを誰も予想することなどできなかった…。
次回 大演習 呉VS佐世保
出征令状…日本国防軍が設立された頃から、一定の条件を満たし、軍人に適正のあると認められた男女へ送られた令状。陸軍は「赤紙」、海軍は「青紙」、空軍は「白紙」と呼称されている。旧軍のように強制ではなく個人の決定に委ねられる。