責任をとれ、流竜馬!! ~竜馬の不注意で負傷した號が色々あって女の子になっちゃう話~ 作:ほいみん
「
オルクスーラ・インの放った断末魔の一撃が、真ゲッタードラゴンに届くことはなかった。しかしてカリディム・ラディウスの熱線は、射線上に割って入った真ドラゴンの胸部装甲に深々と突き刺さっていた。
「チィ……ッ!!」
返す刀で真ゲッタードラゴンより投げ放たれた一対のトマホークが、オルクスーラ・インに襲い掛かる。死に体であった鋼の躯体は完膚なきまでに切り裂かれ、その自律システムは今度こそ完全に沈黙した。
「號……! 號!!」
通信に、
號からの反応は、ない。
この時ばかりは、大雑把な回避機動を咎める
だからこそ、
++++++++++
数日の後。独立遊撃部隊ドライクロイツの拠点、万能戦闘母艦ドライストレーガーにて。
號の面会謝絶が解けたとの報せを受けて、メディカルルームの前には先の戦闘の関係者が集まっていた。回復した號の顔をひと目見ようと足を運んだ面々だったが、医療スタッフからは主任の説明を待つようにと指示があったため、彼らは仕方なしに廊下で時間を潰している。備え付けのベンチに座して待つ流竜馬も、その一人だった。
「落ち着け、竜馬。お前が気負ったところで號の容態は変わらん」
傍に立つ隼人が、腕を組んで押し黙る竜馬に声をかける。
腰を下ろしていても地に足のつかない内心を、すっかり見透かされているようだった。
「わかっている」
修羅場に身を置く限り、敵も味方も命のやりとりに晒される。それを承知せずして戦い続けるなどできはしない。だが、受け止めることと割り切ることは別だ。たとえば隼人のような男ならば、ある程度の被害は当然のものとして片付けることができるのだろう。竜馬は違う。仲間が傷つく分を勘定に入れて「仕方がない」などと飲み下せる器用さなど持ち合わせていない。その痛みから目を逸らすくらいなら、業火を抱いたまま戦うことを選ぶ──それが流竜馬という男だった。
程なくして、重たい足音を響かせて
「遅くなった……ってどうした、雁首揃えて」
「大将」
出迎えた
「なんだ、渓のヤツは来てねえのか」
「そうなんですよ。大将と一緒かと思ったんですけど」
首を傾げる二人と同様に、竜馬も疑問を覚えていた。
渓と凱は號のチームメンバーである。傍目に見ても三人の仲は良好で、こんな場面で渓と凱が揃っていないのはなんとも奇妙なことだった。特に渓は號と幼い頃からの顔馴染みであり、あの日も恐慌状態となりかけていたのに、である。
──號、しっかりして、號……!!
焼け焦げた回路の臭い。
血塗れのパイロットスーツ。
縋り付く渓。
その頭に添えられた、號の手。
あの日をトレースし始めた思考を、スライドドアの開閉音が遮断した。
「お待たせ。艦長はいるかい?」
メディカルルームから出てきたメイヴィー主任に視線が集まる中、艦長のミツバが歩み出た。
「はい、ここに」
「彼、もう目が覚めてるよ。今日の処置は終わったから会って行っても大丈夫。長話は薦めないけどね」
「ありがとうございます……號さんの容態は?」
「生命に別状はない。さすが
生命に別状はない──その言葉に、場の張り詰めた空気が弛緩した。ほっと胸を撫で下ろす者、目線を交わして頷き合う者、それぞれが安堵を示す中、竜馬はメイヴィーが言葉を続けようとするのを見逃さなかった。
「ただ……」
「何があった」
立ち上がり
「……うん、やっぱり中で話そうか。ショッキングかもしれないから、気を強く持っておくれよ」
++++++++++
「女の子になっちゃったんだよね」
「……は?」
メディカルルームに通された竜馬たちを出迎えたのはやや上体を起こして横たわる號と、ベッドのかたわらに腰掛ける渓だった。
「號は早乙女博士の血縁者の細胞にゲッター線を照射して培養された人工生命体だ。見た目には似通っているが人間とは組成が異なる。哺乳類に共通の治療が適用できたとしても、出血を補えないんだ。だから……」
「あたしが輸血を頼まれたんだ。近親者の血液なら、ゲッター線を照射すれば適合するはずだって……それで、うまくいったみたいなんだけど……」
細かい理屈のほとんどは頭に入らず、BGMのように流れていった。混乱する竜馬の意識は、すっかりベッドの上に釘づけられている。
包帯を巻かれた頭、ギプスで固定された腕。患者着と共に纏われた物々しい非日常とは対照的に、號の表情は涼しいものだった。口元は静かに引き結ばれたまま、猛禽を思わせる鋭い目つきも光を失うことなくそこにある。見慣れた仏頂面はしかと健在であった。なればこそ。
(女、って……)
竜馬の視線が泳ぐ。號はもともと端正ではあるが男性的とは言えない顔立ちだ。ぱっと見でそこに変化は見つけられなかった。強いて言えば輪郭の凹凸が多少目立たなくなったかもしれないが、いまいち確証を得られない竜馬は、顎を伝って首、患者着に覆われた胸元へと視線を落としていく。それは自然かつ当然の流れであった。
「──おごっ?!」
脇腹に鈍い衝撃が走る。横を見れば、肘鉄を食らわしてきたと思しき隼人が素知らぬ顔で號に見舞いの言葉をかけていた。
「何しやがる、隼人!」
「少しはデリカシーを持て。自分が何故この場にいるのかを思い出すんだな」
「ぐ……」
普段ならばそんなものは犬に食わせろとでも言い返すところだが、今回ばかりは分が悪かった。見舞いの場で声を荒げるのは勿論、自分が不躾に探り当てようとしたもののことを思えば反論などできようもない。
「おいおい、こんな時に喧嘩なんておっぱじめんじゃないぞ二人とも」
呆れ顔で弁慶が割って入ると、隼人と竜馬は同時にそっぽを向いた。弁慶もこの展開には慣れたもので、特にそれ以上の追及はしなかった。
竜馬は気持ちを紛らすようにバリバリと頭を掻いた。妙な事態のせいで出鼻をくじかれてしまったが、ここに来た理由は別に勿体ぶるようなものではない。號を見舞って先の戦闘の詫びを入れる。それだけだ。
気を取り直して、竜馬は號へと向き直る。見下ろされた號は、黙ってその出方を待っていた。
「思ったより元気そうじゃねえか」
負傷してなお芯を失わない居住まいに、飾らない感想を投げかける。
「……ああ。俺はそのように作られている」
その響きも突き放すような物言いも、確かに見知った號のものに相違なかった。しかし、その声音だけが微かに高く、細く。差異を聞き取ってしまった竜馬の聴覚は、以前と決定的な何かが変わってしまったことを脳裏に訴えていた。
バンテージの下で、ぎしりと。竜馬の拳が握りしめられる。
「借りを作ったな、號」
「……」
しばしの沈黙が垂れ込める。眉ひとつ動かさない號の表情から、竜馬は何も読み取ることはできない。
「……真ゲッタードラゴンは無事か?」
先に静寂を破ったのは號だった。
あの時、號は一瞬のうちに気を失ったはずだ。渓から竜馬たちゲッターチームの無事くらいは聞いているだろうが、詳しい話はまだなのかもしれない。
「おかげさんでな。お前の分は倍にしてクエスターズに返してやったぜ」
「そうか」
不意に、竜馬を見据える射抜くような眼差しが和らいだかと思うと、
「……流石だな、竜馬」
號は口許をほころばせて、満足げに頷いて見せた。
「お、おう……」
予想外の反応に、竜馬は気の抜けた相槌を返すのがやっとだった。號のそれは、どこか自慢げな子供のようでもあり、逆に子供を褒める側の態度であるとも思えた。どちらも自分と號の間柄を考えれば、不適当としか言えない。しかしその一方で、竜馬は張り詰めたものが緩んでいくのを感じていた。
(ったく、ガキじゃねえんだがな……)
竜馬がやっと一息ついたのも束の間。
「竜馬を甘やかすな、號」
間髪入れずに隼人が口を挟んだ。
「攻撃一辺倒で状況を見ないから被弾するんだ。こいつは一度落ち込むくらいした方がいい」
「あの程度、食らったところでゲッターは何ともなりゃしねえよ。お前も號もビビりすぎだ」
今回號の負傷の原因を作ったことに負い目はあったものの、余計な手出しをというのもまた竜馬の本音であった。肉を切らせて骨を断たねばならない場面は必ずある。被弾覚悟で立ち回るたびにこの調子で庇われてはたまったものではない。
しかしこれには、ベッドを挟んで凱と渓が非難の声を上げた。
「そりゃあないっすよ、竜馬さん。当たり方によっちゃあ、真ドラゴンだってこうなるんですから」
「そうよ、ここで寝てたのは竜馬さんだったかもしれないでしょ」
「言われるまでもねえんだよ。頭の上のハエも追えねえひよっこに心配される筋合いはないぜ」
「ちょっと!」
「付け上がるなよ、竜馬」
「おい。おまえら、いい加減にしないか。怪我人の前で言い争ってどうする、號だって困るだろう!」
「親父がいちばん大声出してるじゃんか」
「渓、お前はまたそういう屁理屈を……」
小規模な親子喧嘩が勃発し、他方では戦法の差異で竜馬と隼人が衝突寸前になっていた。それらを宥めようとする凱も加わり、メディカルルームを覆っていた静けさがにわかに霧散する。当の號は特に困惑する様子もなく眼前を飛び交うやりとりを見守るばかりで、いよいよ収集がつかなくなりかけたその時、
「ゲッターチームの皆さん、デブリーフィングなら別室を用意しますのでそちらに移動しては如何でしょう」
艦長の鶴の一声が、一同の平静を取り戻す。この歳若い女艦長には、齢に似合わず肝の据わった風格があった。堂々と笑顔で提案されれば、無碍にできる者などいはしない。一方、傍に控える副長のレイノルドは一瞬事態の変化に置いていかれていたらしく、艦長と面々を見比べた後に慌てた様子で会議室の手配を始めた。
「お、もう終わりかい?」
場が落ち着いたことに気づいたメイヴィーが、タブレット端末から目を離して顔を上げる。
「カタいことを言うつもりはないけど、そろそろ患者を休ませた方がいいからね」
「そうだな……続きは河岸を変えてからだ」
竜馬に小競り合いを続ける気はもはやなかったが、號の今後について艦長や主任と話を通しておく必要を感じていた。それは他の者も同じだろう。
「じゃあな、號。養生しろよ」
黙って頷く號に見送られ、竜馬たちはメディカルルームを後にした。
++++++++++
「まあ、すぐにどうこうって事はないだろうさ。けれど、けして楽観視できる現状じゃないというのは伝えておくよ」
そう締め括られたメイヴィーの見解はこうだ。
人工生命体である號は、極めて強靭かつ頑健な肉体を持っている。基本的には睡眠や食事を必要とせず、多少の損傷であれば休息を取るだけで自然治癒してしまう。恐らく病原体に対する抵抗力も高い。今回の負傷も数日のうちに完治するだろう。
だが、それは號の限界を超えない範囲での話だ。通常の人間が自然治癒能力を上回る傷病を負ったら治療が必要となるように、今後の戦闘で生命維持のための処置が求められることもありうる。しかし、號の身体は人の形をしたブラックボックスだ。早乙女博士亡き今、適切なメンテナンスを行える施設も技術者も存在しない。通常人体に用いられる薬物が想定外の作用をする可能性すらある。
──つまり、医療者としての立場からは號の出撃を推奨できないということだ。なにしろ、今回は輸血をしただけで性別が変わるという異常な変化が発生したほどなのだから。もちろん、そちらの対処も判明していないらしい。
カンファレンスルームに重い沈黙が横たわる。最初にそれを破ったのは、凱が拳を机に叩きつける音だった。
「俺が今ここにいるのは號がいたからなんだ。あいつが出撃できないなんて、考えられるかよ……!」
「そんなの、あたしだって……」
渓が声をつまらせ、黙りこくる。ゲッターチームは三人一組でゲッターロボの真価を引き出すが、二人の動揺がそういった運用上の理由から来るものでないのは明らかだった。
失意の二人を難しい表情で見ていたレイノルドは、しばし逡巡し、慎重に言葉を選ぶそぶりを見せてから口を開く。
「……技術主任の意見はあくまで助言であり、まだ彼の出撃停止が確定したわけではないんだ。実際の部隊の編成は艦長によって行われるのだから」
そこまで告げて、副長は姿勢を正した。その先を語るのが自らの務めであるというように。
「だが、私としても彼の参戦には賛同しかねる。明確なリスクが存在するオプションは、対応策や回避策が講じられるまで選択されるべきではない」
「回避策ってなにさ!」
椅子を鳴らして渓が立ち上がった。
「渓! こらえねえか!」
「なんでだよ! 命がけで戦ってるのはドライクロイツのみんなも一緒だろ? 親父も、副長さんたちだって! ねえ!」
懸命な訴えに弁慶と副長が言葉をつまらせる中、諌めるように渓の腕を引いたのは凱だった。俯いたまま、絞り出すように凱は告げる。
「……渓、號と俺たちじゃあ事情が違うんだ」
「凱、あんたまで……!」
振り返った渓の両肩を掴み、顔を上げて凱は続けた。
「いいから聞けって! あいつは、ワンオフの機体みたいなもんなんだ。どんだけ頑丈に作られてようが、パーツもメカニックも用意できねえってなら、実戦に投入なんて使い捨てにするのと変わりゃしねえ」
それがわかっているからこそ苦しいのだろう。渓に言い聞かせる凱の肩はかすかに
「渓だって、そんなつもりないだろ」
渓は力無く腰を下ろした。
「……ごめん、凱……」
誰に言うわけでもなく、ぽつり、ぽつりと。渓の唇が言葉をつなげていく。
「號は……號は、一度だってあたしに『戦うな』なんて言わなかった。あたしを守るのが、お父さんから託された大切な使命なのに……一緒に戦うことを選んでくれたんだ……」
うなだれたまま、か細く。けれど力を秘めた声音で、渓は己自身に宣言してみせた。
「だからあたしは……あたしだけは──號を止めたりなんて、するもんか」
「ああ。止める必要なんてあるかよ」
斬り裂くような一言だった。それまで沈黙を守っていた竜馬だったが、その芯にゆらめく炎は抑えようもなく噴き上がろうとしていた。
竜馬は渓とは違う。號との間に特別な縁があるわけでも、重ねた時間があるわけでもない。ならば何故、と問われたところでその答えなど持ち合わせていない。それでも。
「奴はゲッター乗りだ。てめえの生命の燃やし方はてめえで決められる。外野の出る幕なんざねえ」
同じゲッターロボのパイロットとして相対したことで、號とは交わし合ったものがあった──少なくとも、竜馬はそう信じていた。だからこそ、仲間として背を預けたいと竜馬は望んだのだ。
一度仲間として認め、自分の不覚がこの事態を招いたというのならば、果たさなければならないものがある。
「負傷が命取りになるってなら、俺たちでカバーするだけだぜ。今までだってそうやってきたんだ。そうだろ、艦長」
女子供であろうと民間人であろうと、分け隔てなくこの艦は受け入れてきた。さまざまな事情を持つ彼らに共通するのはただひとつ、何かを守るために戦場に身を置くことを選んだ意志だ。そこに優劣はなく、おのおのが自身のできることに精一杯を傾け、大きな力と為す──それがドライクロイツの在り方であるはずだ。
部隊の最前線を担い続けてきた矜持をもって、竜馬はミツバの返答を待った。
気丈の女艦長は臆することなくその気迫を受け止め、真っ直ぐに竜馬を見返して口を開く。
「竜馬さんの考えは、よくわかりました」
そう言ってミツバはぐるりと一同を見渡し、深呼吸をひとつ。再び顔を上げると、凛然たる態度で言葉を続けた。
「私としても、號さんには戦線への復帰を願いたいと考えています。ですが、艦長としては合理的な判断に基づいた決定を下さなければなりません。ドライクロイツの指揮官として何を優先するべきか……皆さんの意見を参考にさせていただきます」
およそ、考えられうる最上の対応であった。ミツバの真摯な姿勢に、会議室を覆っていた不穏な空気がにわかに落ち着いていく。心配の種が尽きたわけではない。吐露した心情を汲んでもらえた以上、あとは腹を括って沙汰を待つしかないのだ。
あらかた言いたいことを言い終わったムードが漂う中、ミツバはそれまで積極的な参加の見られなかった一人の列席者に質問を投げかけた。
「……隼人さん。ここまでで何か意見はありませんか? 配布された資料に一度目を通したきりのようですが」
隼人の眼前の卓上には、クリアファイルが無造作に投げ出されていた。
話を振られた隼人はため息をひとつついてみせ、億劫そうに口を開いた。
「……號の出撃を許可するかしないかという議論は、はっきり言って無意味だな」
「どういう意味だ、隼人」
「どうもこうもない。
あ、と場の空気が固まる。
號の駆る真ドラゴンはゲッターロボの中でもとりわけ特異な機体である。現在はドライクロイツと行動を共にするために小型化しているが、號曰く本来のサイズはドライストレーガーを大きく上回る全長6000mに及び、陸海空の全環境下に対応している他、単独での大気圏突破及び突入、宇宙での長距離航行を可能としているらしい。
「それだけじゃねえぞ……あいつ、生身でも宇宙空間に現れやがった」
竜馬の脳裏に、木星におけるプロジェクトZ遂行ミッションの情景が思い起こされる。その他にも號は、新光子力研究所から覚醒人V2を強奪しGアイランドシティに持ち込むなどという暴挙もやってのけている。GGGグリーン機動部隊隊長・
「そういうことだ。身の安全をという話であれば、號の意思で目の届く場所にいてもらうしかないだろうさ。軍内部での転属扱いとなっている渓や凱と違って、奴さんは義勇兵なのだからな。それに……真ドラゴンの存在が明るみになった今、ドライクロイツという後ろ盾がなくなれば強引に接収、もしくは破壊を狙う勢力も出てくるだろう。連邦軍とて例外ではあるまい」
一同に緊張が走る。
連邦軍──即ち、竜馬たちの所属するドライクロイツを擁する、地球連邦政府の軍事部門である。
「ちょ、ちょっと待ってよ……連邦軍ってどういうこと?」
不穏な文脈で所属組織の名前が上がり、渓が戸惑いを顕にする。
一方竜馬は、友人の受けた処遇を思い起こし、苦々しげに吐き捨てた。
「……連中には前科がある。アムロのやつを二度も軟禁しやがったこと、忘れちゃいねえぜ」
もしも今後身内に同様の手段がとられるようであれば、今度こそ許しはすまい。竜馬は胸中で己に言い聞かせた。
「待ってください!」
本日初めて、ミツバが声を張り上げた。
「確かにこれまで、危険視した存在に対して連邦政府が極端な手段を選択したこともあったでしょう。ですがそんなことは、ドライクロイツが健在である限り、私がけして許しません……!」
「そうだ。それが、俺たちがあんたに期待することだ、艦長」
まるでその発奮を予測していたかのような隼人の反応に、ミツバはぽかんと口を開けた。
「え……?」
「竜馬、こいつぁ……」
「ああ、黙って見てろ」
隼人がどのように話を運ぶつもりか理解しつつあった弁慶と竜馬は、その続きに注視する。
「何の後ろ盾もない俺たちゲッターチームが、早乙女博士の反乱後もゲッターロボを接収されることなく自由の身でいられたのは、一年戦争での従軍経験を評価されたからだ。それは戦果だけの話じゃない。アムロと違って政治的な不安要素に勘定されなかったからだろう」
「それはつまり……號さんには、協力的な従軍実績が必要になるということですか?」
「ああ。地球圏の危機もいつかは片付く。俺たちがそれを目指して戦う限りな。その時、寄る方のない號を守れるのはそれしかない」
この場にいる面々が今の戦いをどう切り抜けるかを考えていた中、隼人だけが戦後を見据えていた。ゲッターチームにとっては渓と號、そして真ドラゴンは早乙女博士の忘れ形見だ。その在り方を部外者に歪められるのは望むところではない。
ミツバは瞼を伏せしばし黙考したあと、意を決したように顔を上げた。
「……了解しました」
一同は固唾を飲み、女艦長の出す結論を待った。
「ドライクロイツは戦力の拡充において独立した判断を認められています。カイラスギリーの保全も、DBDによる転移者の保護・登用もその一環となるものです。当部隊に所属している限り、號さんの権利が不当に侵害されることは防げるはずです」
指揮官らしく淀みのない語調でミツバの見解が並べられていく。それが一区切りしたところで、ミツバは高らかに言ってのけた。
「──これは、あらゆる人々の手に自由と平和を取り戻すべきというドライクロイツの結成理念に沿うものであると考えられます。よって、我々は號さんに部隊に留まってもらう様に尽力するべきでしょう」
「それって……!」
「やったぜ!」
旗色が良くなったのを察し、渓と凱の顔に喜色が浮かぶ。しかしまだ艦長の話は途中である。副長が咳払いをひとつしてみせると、二人は慌てて姿勢を正して座り直した。
その様子を見守るミツバはあくまで平静を崩さず、しかし微笑みには隠しきれぬ厚情を滲ませている。
竜馬は知っていた。これこそが、ひとまわり近く年下のこの女艦長が、バラエティ豊かなドライクロイツをまとめ切ってみせている所以である。
(出来ることを精一杯か……こっちはこっちでなんとかする。そっちは任せたぜ、艦長)
内心の期待が伝わりでもしたのか。ミツバは一旦竜馬に目配せしてみせると、改めて全員に向き直った。
「私の決定をお伝えします。號さんの出撃制限については、現時点では保留とします。治療が終わりしだい彼の意思を確認し、それに沿う形で指示を出すことになるでしょう。各員におきましては、無用な混乱を避けるため、本件をできるだけ内密にするよう努めてください。最終的な決定は追って発令します」
後日、ドライクロイツの指揮官として、ミツバは號に継戦の意思を問うた。
「俺は戦う。今を生きるものたちの、より良き明日のため──そのために、今はお前たちの采配に従おう」
それが號の答えだった。
++++++++++
「ジークン、あとは頼んだぜ」
「お疲れさまでした、竜馬さん!」
チーフメカニックに別れを告げ、竜馬は真ゲッタードラゴンのハンガーを背に歩き始めた。
時分は午後2時に差し掛かろうかといったところ。午前中は
隼人と弁慶はそれぞれ別の用事があるようで、すでに撤収してしまっていた。
少し遅くなったが公園あたりに出て昼寝でもするかと、竜馬はひとり、機械音と掛け声とで賑わう格納庫を横切っていく。パーツ類のコンテナの角を曲がったところで、竜馬はぴり、と意識に何かが引っかかるのを感じた。
「……?」
足を止めて格納庫の中空に視線をめぐらせると、おおかたそうであろうと見当をつけた通りの正体が見つかった。
(……號)
遥か上層、壁面に沿って走る通路の一端に、簡素なボディスーツの見知ったシルエットが眼下を見下ろし佇んでいる。周囲に他の人影はない。
敵と仲間。出会った当初と関係性は違えど、號が妙に竜馬の目を引いてしまう存在というのに変わりはないようだ。
目当てのフロアまではかなり距離がある。竜馬が向かうまでに號は立ち去るかもしれない。
──それも構うまい。別に用事があるわけでもないのだ。
特に期待をするでもなく竜馬は再び歩き出した。
「よう」
喧騒を見下ろす背に声をかければ、その主はゆっくりと振りかえった。無骨なスチールメッシュの床にかつかつと靴音が響く。
「……流竜馬」
その一瞬に。
名を呼ぶ声が。煌々と燃え立つ眼光が。通路の薄闇を切り裂いて竜馬を貫いた。振り向きざまの一瞥ひとつで四肢はその場に縫い付けられた。
グラインダーの動作音も溶接音も彼方に遠のいてゆく中、鼓動だけがけたたましく竜馬の胸を打ち据えている。
まじろぎもせぬ眼差しが、意識を逸らせることを許さない。首から上は息を呑む自由しか与えられていない。
──ならば、と。
固唾を飲み下し、竜馬は眼前の光景と向き合う覚悟を決めた。
階下から滲む作業用ライトが、逆光に暗色のボディスーツの輪郭を浮かび上がらせている。無造作に佇むそのどこもかしこもが、竜馬の見知ったそれよりも小さく、薄く、細らかで──だというのに、脳はそれを紛れもなく號であると断じていた。感覚器官と神経系の不連絡、認識と判断の
「──竜馬?」
「……!」
號の怪訝な呼びかけが、意識を引き戻す。
(今のは……)
我に返った竜馬は、己の反応に面食らっていた。いったい何に、そこまで動じさせられたというのか。
(俺は……? いや……そんなことはどうでもいい)
何かの思い違いだ。そう断じて一度ゆっくり瞬いてみればすぐに動悸はおさまった。その挙動を訝しむ號の姿をもう一度見やったところで、どうということはない。目線を合わせるのに多少、下を向く必要ができたくらいだ。
「……用があったんじゃないのか?」
號が疑問をあらわにする。
妙なところを見られた気恥ずかしさが湧き上がりはしたが、竜馬は変に誤魔化そうとはせず、素直に問いかけに答えることにした。
「別にねえよ。お前を見かけたから寄っただけだ」
「そうか」
踵を返して、號は再び背を向けた。初見の人間からすればそっけない態度に見えるかもしれないが、竜馬にとってはすでに慣れたものだった。これは拒絶の意を示しているわけではなく、単に用件がないのなら好きにすれば良いと考えているだけだ。
なので、竜馬は歩を進め隣に並び立つと、
「身体の調子はどうだ」
用の代わりに、気掛かりのひとつを投げかけることにした。
號はちらりと一瞥だけを返して、
「問題ない」
ぴしゃりと答える。少なくともメンタルの方は、この上なくいつもの調子であるようだった。ギプスや包帯もすっかり取れている。予後について心配する必要などないのかもしれない。だが、それでは竜馬は納得しなかった。
「怪我の方もそうだが……女になっちまったってなら、色々不便もあるんじゃねえのか」
先日と違いフィットしたボディスーツを一枚着たきりの姿では、嫌でも性別が変わったとかいう異常事態が目に入ってしまう。何か具体的な不便を思い浮かべたのではないが、困らないわけがないだろうというぼんやりした考えが竜馬の頭の中でとぐろを巻いていた。
「……」
今度ははっきり振り返ってみせた號だが、口は真一文字に結んだまま、何も語ろうとしない。
しかしこちらを向いたということは、答えるつもりがあるということだろう。
竜馬はじっとそれを待った。
「……」
「……」
目が合った状態で、しばしの沈黙が流れる。
そして。
「……これもゲッターの導きだ」
「……おう」
返答に困るとしか言いようがなかった。
號はおおむね、わかったようなことか、よくわからないことしか口にしない。今回の場合は後者である。
號のチームメンバーである渓や凱の言うところによると、言葉を介さずとも彼らにはなんとなく號の考えていることが伝わるらしい。竜馬はといえば、到底その域に至っているわけではなく、難解な言動の解釈に頭をひねることの方が多かった。
ゲッター線のなんやかんやというのは正直よくわからない。が、號のことだから恐らく肯定的な意味合いだろう。難儀をしていないというのであればそれでいい。それでいいのか、という気もするが。
ともあれ。
気掛かりは片付いたので、竜馬は手すりに肘を預け、號にならって格納庫を眺めることにした。特に何かを注視するでもなく漫然と、忙しなく行き来するクルーやクレーンの動きを追う。
話が終わったとみたのか、號の方も視線を外して階下を見下ろす作業に戻った。
それから幾許かの時が流れ。
直立不動の監視態勢を崩さぬまま、號は横合いから声だけをかけてきた。
「……こんなところで、油を売っていていいのか?」
辛辣ではあるものの、声音に批難の色はない。
號に時間の使い方を心配されるというのが妙におかしくて、竜馬の口の端が自然と吊り上がる。
「仲間が増えて訓練が立て続いてたからな。こうしてひと息つくのも悪くはねえ」
「……」
「たまにはお前らも手伝えよ。ガキゲッターチームの相手なんかはお前向きだろう。ヨナの奴も、真ドラゴン相手に怯んじまったのを挽回したがってたぜ」
言ってみて、なかなか良い思いつきだと竜馬は自画自賛した。竜馬よりも厳しく修行をつけられる教官役など他に心当たりはない。なにせ號は、流竜馬、神隼人、車弁慶の三人を相手どって『稽古』を仕掛けてみせたのだから。
もっとも、號のそれは手厳しいだけではなく、手心もそなえている。なんなら、端的ではあるが相手の妙手を称賛してみせるなどもやってのけるのだ。いわゆるアメとムチというやつで、もっぱらムチばかりのエキサイトしがちな竜馬からしてみれば、実はよっぽど適任なのではと思えるのだった。
話を振られた当の號は、ひとしきり難しい顔を見せてから答えた。
「考えておこう」
意外と悪くない感触だった。
號は普段、ドライクロイツの面々と距離を置いている。出撃中を除いて、渓や凱以外の者とつるんでいる姿を見ることはまったくない。そもそも人嫌いというのであれば仕方がないが、竜馬はおそらくそうではないとあたりをつけていたし、今回の手応えでその確信は深まりつつあった。
──ならば、仲間と顔を突き合わせる機会をもう少し増やしたっていいだろう。
なにも仲良しこよしをさせたいわけではない。今までの號の態度を見れば、早乙女博士の遺言を果たすべく生きてきたこれまでの10年間、どのように他者と接してきたのかを想像するに難くはなかった。あたりまえの人間ならあたりまえに得られるはずだった経験を多少取り戻させたところで、バチは当たるまい。
竜馬が訓練にかこつけて號を連れ出す算段をつけ始めたころ、號はまたしても階下の観察を再開していた。
さすがに何度も邪魔をするのは憚られたので声をかけるのは自重したものの、一体何を熱心に見ているのかが気になり、竜馬は號の視線の先を追う。
高さにして16階。距離にして120m余り離れた先。
果たしてそこには、緑の軍服に身を包んだ渓と凱の姿があった。積み重なった空のパレットの上に腰かけ、周囲を取り囲むように立ち並んだ人影となにやら会話を交わしている。
人影は皆一様にリガ・ミリティアの白いパイロットスーツと赤い腕章といった出立ちであり、例外なく全員が女だった。つまり、ドライクロイツの誰もが認める女傑の一団──シュラク隊である。
この距離では会話の内容は読み取れない。表情を伺うのすら難しいが、その素振りを見ていれば悪い雰囲気ではないのはわかる。渓、凱、シュラク隊の面々はどうやら歓談に興じているようだった。
シュラク隊の女衆には、同性のパイロットが部隊へ加入するたびに隊員を増やそうとするという悪癖がある。おおかた號が女になったと聞いて、偵察にでもやって来たのだろう。たとえそれが真ドラゴンを駆る新人類とやらであっても、彼女たちにかかっては些細なことなのだ。
とはいえ。
見た目の変化は誤魔化しようがないが、號の詳細な立場については伏せておくよう艦長から言い含められている。あまり長話になると、連携に定評のあるシュラク隊相手に渓たちが隠し通すのは難しくなるだろう。
(ったく、しようがねえな……)
助け舟を出しに向かうべく手すりから身を離したその時。別れの挨拶を告げようとした竜馬の目は、喧騒を見守り続ける號の表情に釘付けられた。
(……ああ、こいつだ──)
號の横顔からはいつの間にやら、日頃の修行僧めいた険しさが消え去っていた。そこには、我が子の成長を見守る親のような穏やかな眼差しがあった。口許に笑みさえ浮かんでいるのに、本人は気づいているのだろうか。
竜馬は、時おり號の見せるこの一面を悪からず思っていた。
初めてそれを目の当たりにしたのは新光子力研究所での決戦の時だ。あの日、一度だけ。別れ際に號は笑ってみせた。
──次に会う時は、俺もゲッターロボの真の力を発揮したい……
號の心根からこぼれ出たようなそれは、それだけで。竜馬の闘志の昂りも血のたぎりも、敵として立ち塞がったという事実と共に、すっかり氷解させてしまったのだ。
事情を知った今となってみれば、號の中に古馴染みの面影を見出して、懐かしさに浸っているだけなのかもしれないとも思う。
だが、自然と胸に込み上げる暖かさは、素直に心地よいと感じられるものだった。
知らず、竜馬自身も口の端をゆるめていた。
気持ちがほぐれたものだから、つい素朴な疑問も口をついて出てしまう。
「……混ざりにいかないのか?」
「──……」
何の気なしの発言だった。にもかかわらず、號はまったくの不意打ちであったかのように瞠目した。これには言った竜馬本人も驚いたが、それも束の間、號はいつもの無表情を取り戻すと静かにかぶりを振ってみせる。
「……その必要はない」
「必要、と来たかよ」
そんなものこそ必要あるか?というのが正直な感想だった。
渓や凱はもちろん、彼らと談笑する仲間に対しても號が好意的な感情を抱いているのは明らかだ。だのに、こうも頑なに近づきたがらないというのは竜馬にとってひどく不自然に見えた。少なくとも、何か特別な理由があるのでは、と想起させる程に。
「……」
「……」
それを聞き出してやろう、などと思ったわけではない。そもそもそんな話術には微塵も覚えがないのだ。だが。
「……俺のダチに、変わった奴がいてな」
ついさっきまで立ち去ろうとしていたのも忘れて、竜馬は欄干に背をもたれさせた。
突然何を、とでも言いたげに號は眉をひそめている。竜馬も己自身に向けて同じ感想を抱いたまま、話を続けることを選んだ。
「そいつの半分は人間だが、残り半分は事故でそうじゃなくなっちまった」
実際の割合は違うだろうが、モノの例えという奴なのでそのままにしておく。それに、號には誰のことだか見当がつくはずだった。おそらく、その内に秘められたものにまでも。
「おくびにも出しやしねえが、そいつは今でもてめえの在り方に悩んでいる……誰よりも人の心ってヤツを抱いているのにな」
「……」
號は神妙に話の行方を伺っている。その様子とは似ても似つかない男を脳裏に浮かべつつ、竜馬は言葉を継いでいく。
「お前がそうだって言いたいわけじゃねえ。ただ……」
気になっただけだ。そう告げて、何が気になったのか──いや、気に入らないのか──を胸中で整理しながら柵から体を起こし、竜馬は號を見据えた。
「號。お前は、俺たちの……人類の味方をするために戦うと言ったがよ──
言って、ピースの嵌ったような感覚があった。目の前のこいつは、口を閉ざすことはできても嘘を吐けるような器用な奴ではない。人類の未来を守るため、というような日頃の大げさな物言いは偽りのない本心なのだ。だが、もしそれが。己を外側に置いた一方的なものであるのだとしたら。
「竜馬」
それ以上の追及を断ち切るような響きだった。
號の眼差しも声もあくまで静かで、けれどもそれらがはっきりと、対峙する二人の間に線をひこうとしているのを竜馬は感じとっていた。
射抜くような視線が、踏み越えるなと告げている。次いだ二の句が、その直感を後押しした。
「もとより俺は人間ではない」
「おい」
そんなことは竜馬とて、わざわざ念を押されずとも承知の上だった。しかしそれでも、號は諭すようにゆっくりと続けていく。
「ヒトをもとにして生まれたとしても、お前たちとは別の生命だ。そうあるように、作られた」
「それなら、ヒトを守るってのもそう作られたからだって言うつもりか? 俺を庇って、そんな目に遭ったのも!」
思わず声を荒げ、竜馬は詰め寄っていた。訊きたかったのはそんなことではなかったし、非難したかったわけでもない。こんなのは、踏み込む方法が他に思い浮かばなかっただけの悪あがきだ。ただ、腹が立って仕方なかった。
「……」
いつものように押し黙るその姿の、変わり果てた有りさまに。傷を負わせるしかできていない分際で、仲間気取りに浮かれていた不甲斐なさに。
「……人類に助力すると選んだのは、紛れもなく俺の意志だ」
「!」
竜馬の意識を内省から引き戻したのは、どこかで望んでいた否定の言葉だった。答えを期待しての問いかけではなかったが、號は律儀にもそれに向き合っていたらしく、胸の内を明かそうとしている。ちくりと罪悪感が持ち上がったが、それよりも続きを聞き届けたいという欲求が優り、竜馬は黙ってその先を待った。
「早乙女博士の遺言は、お前たちに伝えたもので終わっている。後のことは、彼の計画にはない。だが、俺は……」
言い淀んで、號は瞼を伏せた。
「俺は……まだ、はかりかねている」
はかる。測る。それとも図るなのか。いったい何を? 想像のしようはいくらでもあったが、そんなものは頭の中からきれいさっぱり揮発してしまった。なぜなら、竜馬の目は見逃さなかったからだ。伏し目がちに開かれた瞳の長いまつ毛の向こう側で、曖昧な何かが揺らぐのを。それは、およそ號がこれまで垣間見せすらしなかった、戸惑いの片鱗であった。
「號、お前──」
竜馬は、思わず手を伸ばしていた。
しかしそれは號の肩口に着地する前に、ぱし、と乾いた音を立てて阻まれる。小さな手の甲が、ふたまわりも大きい掌を受け止めていた。
「……ここまでだ」
そう號が告げるや否や、格納庫にサイレンが鳴り響いた。
──付近に中規模DBDを検知しました。機動部隊各員は直ちに戦闘配備についてください。繰り返します──
聞き慣れたアナウンスの流れる中、喧騒に紛れるように號は身を離す。
「流竜馬。お前は俺が何者であってもかまわないと言ったろう」
息を呑む間もなく。
回転灯に照らし出された痩躯がゆらめいたかと思うと、次の瞬間。
そのシルエットは手すりの向こう、逆光の中へと舞った。
「號──!?」
咄嗟に伸ばした手が、虚しく空を切る。
「馬鹿、ここを何階だと……ッ」
慌てて欄干から身を乗り出した竜馬の目に飛び込んできたのは、数十メートルの落差をものともせず着地し、またたく間に真ドラゴンのハンガーへと走り去る號の姿だった。
脱力した上体を手すりに預けたまま、竜馬は宙ぶらりんになった右掌を見やった。
この手で、どうするつもりだったのか。見た目に弱々しくなったとしても、號の在り方は自分よりも遥かに強靭で、その先など何も思いつきやしない。
だが──
(──後のことをくどくど考えるのは、らしくもねぇな)
拳を握りしめ、竜馬は雑念を吹き飛ばした。
けたたましく鳴るサイレンと回転灯のめまぐるしい明滅にからっぽになった神経を明け渡し、肌をひりつかせる鉄火場の空気を吸い込む。またたくまにスイッチが切り替わり、馴染みのある緊張が全身の筋肉をくまなく支配した。
今はやるべきことをやるのみだ。
++++++++++
あの後の出撃で、號を出張らせるようなことにはならなかった。
戦闘中は驚異的な集中力を発揮する竜馬である。目の前の状況を捌くのに全神経を動員していたため取り立てて気を遣いなどはしなかったが、それでも帰投する段になると、余計な世話をかけずに済んだことに胸を撫で下ろしたりした。
その後は日課のトレーニングを終え、今はひとっ風呂浴びて自室のベッドに転がっているところだ。
いつでも眠りに就けるのを戦士の才能だと言ったのは誰だったか。心地よい疲労に身を任せればすぐにでも意識を手放せたのだが、この晩の竜馬はゆるゆると思索に耽ることを選択した。
常夜灯の頼りない暖色に右手をかざし、閉じたり開いたりしてみる。幼い頃から戦うことを仕込まれ、すっかり節くれだった指。自らの生き方を決められるようになってからも銃火器や操縦桿を握ってばかりで、他のことは気にも留めずにやってきた気がする。そこに後悔があるわけではないのだが。
一方で、あいつはどうなのか。
この手を突っぱねた小さな手の感触が脳裏によぎる。次いで、数十メートルの高さを迷わずに飛び降りた姿が思い起こされた。竜馬の知る限り、生身で同等の芸当をやってのけるのは獅子王凱と、その戦友である生体サイボーグ・ソルダートJのみである。人間を遥かに上回る身体能力を
──お前達とは別の生命だ。そうあるように、作られた。
断じられたそれをかき消すように寝返りを打てば、
上等だ。
どうせ力押ししかやり方を知らない身なのだ。向こうが一線を引きたがるというなら勝手にすればいい。それが腹落ちしない以上、こちらも勝手にさせてもらう。
あいつは迷いを見せたし、見てしまったからにはなかったことになどできやしない。男が隠そうとしている弱みをいちいち掘り返す、それがとんだ野暮だというのは重々承知している──いや、厳密には現在、男と言っていいかわからない状態なのだが──ともかく、こちらは出会った時から一方的に痛いところを知られていたし、先にしつこくちょっかいをかけてきたのはあちらである。そいつをやり返してやるまでだ。
ひとまずの結論を得、寝入ってしまおうと竜馬が瞼を閉じかけたその時。何の前触れもなく全身が総毛立った。
それからは早かった。
スパークした神経電気の速度から寸分のロスもなく跳ね起きた竜馬は、ベッドの傍らに感じた気配の奥へと迷わず身を滑らせるや否や、無警戒に伸ばされようとしていた手を迷いなく刈り取った。
デジタル時計の秒数が二度ほど値を変えた後には、闖入者の腕を後ろに捻り上げて立つ竜馬の姿があった。
「よりにもよって寝込みを狙った相手がこの流竜馬とは、運がなかったな、悪党!」
許可なく己の部屋へ立ち入った不届き者に啖呵を切ってみせると、しかしその顔を覗き込んだ途端、竜馬の気迫がみるみる消沈していく。
「──って、お前かよ……」
號、と竜馬は嘆息まじりに呟いた。名を呼ばれた当人は腕を固められたまま、感情の読めない無表情を返すばかりだ。
「……お前の神出鬼没っぷりには慣れたがな、人の部屋に邪魔するときは呼び鈴くらい鳴らすもんだぜ」
申し開きをする様子もない號に呆れながらも、竜馬が腕を極める力を緩めようとした矢先。
「そんなことはどうでもいい」
欠片も空気を読む気の感じられない発言が眼下から竜馬を殴りつけた。慣れたものではあったし、もしかしたら緊急性の高い用事でもあってこんな真似に及んだのかもしれないが、さすがに無遠慮に休息を妨げられた身としては文句の一つも言いたくなる。
「あのな……お前いまは女だろうが。こんな時間に野郎の部屋に来るのも問題だってのに、どうでもいいはねえ──がはッ!?」
突如天地がひっくり返ったかと思うと、竜馬の巨体は先ほどまで横になっていた寝台に叩きつけられていた。弾力のあるマットレスの上とはいえ背中を突き抜けた衝撃は強烈で、止まりかけた呼吸をたぐり寄せながらチカチカする頭で状況を把握しようとする──投げられた。號に。腕を極めていたはずだが。恐らく、とんでもない怪力で。
そこまで判断できた時点でこのままではまずいと身を起こそうとしたが、遅かった。
「おい、てめぇ…!!」
號は淀みない動作で竜馬の右手を捻り上げながらベッドに乗りこむと、下半身を抑え込むように腰を降ろして体重をかけてきた。そのまま掴まれた手首を肩の横に縫い付けられれば、上半身も力を込めることができなくなる。こうして竜馬は、瞬く間に身動きを封じられた。
「どういうつもりだ、號!」
唯一自由に動く両の眼に怒りを燃やし、竜馬は鋭く號を睨み付けるが、もはや抵抗の余地はなくその動向を見守るしかできない。
馬乗りになって見下ろす號が、その瞳に猛禽の光を宿して顔を近づけてきたかと思うと、ほんの鼻先で、
「俺を抱け、流竜馬」
形の良い唇が、そう告げた。
およそ何一つ予測のできなかった怒涛の攻勢を締めくくったのは、到底理解の及ばない要請で。なんとか一矢報いようと頭をフル回転させていた竜馬だったがこればっかりは、
「……は?」
素っ頓狂な声をあげるしかできなかった。
++++++++++
薄暗い室内に、息を呑む音だけが響く。
下腹の上に伝わる体温、重み。拘束された手首の痺れ。戦闘の緊張とも性的な高揚とも違った何かが、胸の下で拍動を急き立てている。
かつて竜馬はこの種の感情を認識したことがない。なれば、処理をし損じて
(……抱け、抱けって──)
頭の中はぐるぐると解釈不能のフレーズを繰り返すばかりで、何の返答も得られなかった號が静かに身を離すのも、そのついでに右腕の戒めが緩んだのも、一切の
どうやらそれがまずかった。
抵抗の意志がないと判断したのか、號は竜馬の手首を解放すると両腕を自身の腰もとに持っていき──潔くボディスーツの上半分を脱ぎ捨てた。
そんな風に脱げるのかそれは、などという間の抜けた疑問。次いで、やはりそういう意味だったのかという納得が竜馬の脳裏をかすめたが、およそ目撃したことのない肌色を視界が捉えていると冷めた頭で認めると、
「なっ──何してやがる、てめえ!」
悲鳴に近い怒声が吐き出された。
無造作にほっぽり出された裸身は少女そのものである。
元は男だとか、今さらそんな対象として號を見られるはずがないとか、頭で理解していても感情はまるで伴わず、直視できないままに竜馬は行動を起こした。
「離れろ、この──ッ」
號を身体の上から押しのけようとがむしゃらに腕を伸ばすが、もちろん、碌に狙いを定めていなければ用を果たせるはずもない。振り上げた腕はあっさりと空中で捉えられ“その場”に固定された。押せども引けども動かなくなったそれに、竜馬は目を見開く。
(クソっ、びくともしねえ! どんな腕力してやがる……!)
軽く戦慄を覚えた竜馬に、容赦のない宣告が浴びせられた。
「覚悟を決めろ、竜馬」
「馬鹿野郎! こんな色気のねえ夜這いに覚悟もクソもあるか!!」
どちらかといえば怪我の心配をした方がいい状況であると、握りしめられた腕が訴えている。だが、かえってそちらのほうが竜馬にとって幸いだった。予想外の連続に多少惑わされはしたが、今が修羅場で、降り掛かっているのが火の粉だというのなら、やるべきことは明白だ。
竜馬が我を取り戻しつつあった一方で、號は思案げに瞼を伏せると、
「そうか──」
塞がってない方の手を、つい、と竜馬の腹に乗せてきた。
「今の俺では、お前を
先ほどまでの貫くような目つきとは違う、どこか憂いを帯びた眼差しが竜馬を捉える。
號はかつて竜馬の前に立ちはだかり、その血を熱く燃え上がらせもした男だ。
普段なら、別の意味に聞こえたのだろう。だが今この瞬間において、それは途方もなく扇情的な響きを伴って感じられた。
「……っ、……」
こんな状況では勃つモノも勃ちやしない──と叫びたいところだったが、悲しいかな竜馬も至って健康優良な成人男子である。見境をなくすほど飢えているようなことはなかったが、行為がエスカレートしても問題ないと言い切れるほど枯れてもいなかった。
ほんの今しがたまで床に就こうと考えていたのだ、身に纏っているのはタンクトップにハーフパンツ程度の簡素なもので、布一枚隔てて置かれた掌の感触も腰の上の身じろぎもダイレクトに伝わってくる。何より向こうも負けずの薄着で、しかも半裸という状態。
まずい。とにかく、このままではまずい。
力押しで行こうと決めた矢先ではあるが、こんな形で一線を超えるなんてのは望むところではないのだ。
(しょうがねえ、多少手荒にはなるが……!)
號はマウントをとってきてはいるものの、体重を預けて来るのみで腰をホールドするには至っていない。膂力こそ常軌を逸しているが、おそらく系統だった格闘経験がないのだ。重量は60キロにも及ぶまい。両の手も地面から離れている今、全力で打撃を叩き込めば十分跳ね除けられるはずだ。打撃を使うのに躊躇はあったが、もはや手心を加えている余裕などない。目の当たりにしたあの頑健さがあれば、 怪我を負うこともないだろう。
(恨むなよっ!!)
足裏から腕までの筋肉を総動員し、螺旋を描くように威力を一点に集中させた掌底を突き出す。その一撃は狙い定めた胸部に向かい──
(……ッ)
── 號……! 號!!
煙の上がる中、響く悲鳴。
渓が懸命に寄り添う一方で、竜馬は立ち尽くすしかできずにいた。
何故なら、その惨状を招いたのは他ならぬ自身だったのだから。
(俺は──……!)
すんでのところで全力の制動がかかり、渾身の掌底は急速に鋭さを喪う。
果たして、その手は。
號のつつましやかな乳房へと軟着陸した。
「……」
「……」
「ま、待て! これは違う!!」
「違う?」
最大限の反射で手を引っ込めた竜馬を訝しむように號は首を傾げ、
「……大きい方が趣味だったか」
「それも違えよ! 隼人と一緒にすんじゃねえ!」
「神隼人……」
思わず口を滑らせてしまったが、何かが號の琴線に触れたらしい。その目が神妙そうに伏せられると同時に注意が逸れたのを、竜馬は見逃さなかった。
(ええい、こうなりゃ──)
咄嗟に頭上へと腕を伸ばし、窮地を脱する鍵を求めてベッドのヘッドボードを探る。確かこのあたりにほったらかしてあるはずだが。
(……!)
指先に引っかかりを覚えて、迷わずにそれを掴み取ると、
「うぉおりゃああ!」
「……っ!」
不意を突かれた號は反応もできずにその一撃をまともに食らい──竜馬のトレードマークであるコートにすっぽりと覆われることになった。
視界に掠める肌色が消失したことで竜馬は落ち着きを取り戻すと、一度大きく深呼吸をすませて、
「距離感がおかしいんだよ、てめえは! ちったあ加減ってものを知りやがれ!」
腹の底からツッコミをぶちかました。
これで聞く耳を持たないというのなら、どうしようもない。
竜馬はぜえぜえと息を切らせて號の出方を伺う。
その呼吸が整うまでのあいだ號は沈黙を保っていたが、やがてコートをずらして顔を露出させると軽く頭を振って、
「拒みも受け入れもしないか……」
遠くを見るような目で、呟いた。
その眼光に先程までの鋭さはなく、もはや狼藉に走る意志はないようだった。
「……邪魔をした」
「おい!」
身を離してベッドから降りようとした號の腕を、今度は竜馬が捕まえる。
「好き放題暴れといて、これでサヨナラってのはつれねえんじゃねえのか? 言い訳があるなら聞くぜ」
「……」
もはや、色恋が募ってという線は考えようもない。特に號に限っては。
號というのは、いつも言いたいことだけ言って姿をくらます男だった。だが今回は、手の届くところに向こうから飛び込んで来た形だ。かつて望んでいた決着とは違うものになるが、今度ばかりは逃しはしない。とことん付き合ってもらうと決意を込めて、竜馬は號を見据えた。
「……」
「……」
そのまましばし目線を交わした後、號は浮かせかけた腰を寝台の端に下ろす。
観念したのかどうか。ともあれ、逃げ出すそぶりを見せることもなかったため、竜馬は手を放して號が口を開くのを待った。
「……竜馬。お前は、恐れている」
「何だと?」
俺が、何を。そう聞き返しながらも竜馬は、どこかにざわつくものを覚える。
「何を、まではわからない……だがそれは、俺に起因するものだ。ならば、恐らく……」
俺の身体がこうなったからだろう、と號は己の胸元に手を当てた。
「気に病む必要はない、と伝えようとしたが……お前は納得しなかった」
「……!」
「……俺は、お前たちに影響することを望んでいない。お前が無用な心配で意志を鈍らせるというのなら、それは避けるべき事態だ」
「ちょっと待て、そいつは──」
そいつは違う、と続けたかったが、竜馬自身もどう違うのかその正体を掴めずにいた。確かに、號の変化は大きな気掛かりとなったのだ。女の姿になった號を目の当たりにする度に、鈍いものが胸中を掻き乱す実感はあった。だがそれは。
それを自覚していなかったから、號は行動に出たのだ。思い違いをしたまま。
「そうか……それで、お得意の荒療治に出たってわけか」
號は静かに頷いた。
合点がいった。號にとっての目下の懸念は、自分が原因で竜馬の調子を崩すことだ。心配するなと言ってきかないのなら、心配の必要がないとわからせればいい。
「てめえにとっては、俺がどう出ようとどちらでも良かった。本気で殴り返せるなら問題ない。抵抗しなけりゃ、それはそれだ」
「……
思惑は理解できた。だが、竜馬の気が晴れることはなく、むしろその顔つきは鋭さを増していく。號の話には、肝心なものが欠けている。もしもそれを見出すことができないとしたら、今度こそ怒りを抑えられそうにない。
「號、てめえは……」
竜馬は、苛立ちを秘めた声音で訊した。
「お前は、こんな試すような真似をして、まるっきり平気でいられたのか?」
「……」
「答えろ、號」
本当に大事なものは、言葉になんてなりやしやい。それでも、訊かなければならない時がある。
「俺は……」
そこまで口にしたものの、號は目線を逸らすと、そのまま瞼を閉ざし黙りこくってしまう。おそらくこれは、深く思索に励むときの癖なのだろうと、竜馬は理解しつつあった。
己の内で自問を繰り返したのか、やがて號は口を開きかけると、しかしその途中で眉根を深く寄せて
「……俺は……」
絞り出すような声音で、繰り返した。
身をこわばらせ、じっと宙を見つめたまま二の句を継げずにいるこの様子では、問いかけの答えなど得られそうもない。
だが──それで十分だった。
號が決断をしたとき、何を感じていたのかはわからない。もしかしたら號自身もわかっていないのかもしれない。けれど今この時、迷いを覚えているのは明白だった。
だから、もはや竜馬に躊躇はない。
「──!」
らしくもなく丸まりかけた背ごと押し込むように、竜馬の手が號の後頭部を掻き回した。中身の割にふわついた手応えだという感想を抱きながら、疑問符を浮かべて見上げてくる號に向かって口の端を吊り上げてやる。
「ったく……何もかもわかったような
「早合点?」
返答代わりにその頭をもう一度まぜっ返して解放すると、要領を得ない様子で號は眉をひそめた。
「……質問はもういいのか」
「言いたいことは山ほどあるが、そっちは
「ならば、その山ほどあるのを聞こう」
やや乗り出し気味に、號が身体ごと向き直る。先ほどまでの心ここにあらずといった風情は
その態度を前に、竜馬の中でうすうす感じていたものが確信に変わろうとしていた。
今度はたじろぐことなく竜馬はその視線を受け止め、何から話そうか思案する。
「いいか、まずだな──」
號は無愛想に見えて──ゲッター線による何らかの働きが為せる業なのかは竜馬にはわからないが──他人の機微をやたら察するし、極めて思慮深く向き合っているようだ。なのにこの夜、こんな事態を引き起こしたのは、つまるところ。この
「……必要どうこうじゃなくて、てめえが望んだときにするもんなんだよ。抱くだの抱かれるだのなんてのは」
本来押し倒された側が言う台詞ではないのだろうが、さすがにここの同意はとっておきたかった。良かれと思ってとかいうノリで他の連中に同じことをやりだしたらなんてのは想像したくもない。
號は少々難しい顔を見せたものの、すぐにこくりと頷いた。素直すぎて拍子抜けすらしてしまう。
思ったとおり、號はけして気持ちや感情といったものを軽視しているわけではないのだろう。自分のそれを行動に結びつけるのが壊滅的に下手なだけで。
「今回はノーカンにしといてやる。俺の方の事情で、勘違いさせちまったようだからな」
「……感謝する。だが……」
わずかな沈黙に、その先を口にすることへの躊躇が見てとれた。
「気になるか? 俺が何にビビってたのか」
「……!」
「いいぜ、どの道話すつもりだった。怖気付いちまった話なんざ、死んでも口にしたくねえところだが……どうやらお前には隠すだけ無駄らしい」
腹を割らせるつもりだったのに、今は自分から腹を割ろうとしていることに竜馬は苦笑いする。だが、不思議と悪い気はしなかった。
「確かに俺は、お前の……その姿を見て動揺はした。それは、女にしちまったこと自体に負い目があったわけじゃねえ。
真剣な様子のまま、號の双眸が不可解そうに瞬く。
「……それは、やはり俺の身を案じているんじゃないのか?」
「当たり前だ」
「!」
きっぱりと断言してやれば、ますます號は困惑したように眉を寄せた。なるほど、こうして見れば意外と読み取れるもので、渓や凱とは以心伝心の仲であるというのも頷ける。
こちらを振り回した分少しは頭を捻ればいいなどと悪い考えがちらついたものの、邪念は追い払って話を続けることにした。
「だが、不始末を飲み込めなかったのは別口でな。こいつはもともと、俺が抱えていたもんだったんだ」
そこまで言って、竜馬はひとつ大きく息を
「前に、お前がどこの誰だろうとどうでもいい……そう言ったな」
「ああ」
「あれは変わっちゃいねえ。たとえ人間じゃなかろうが、お前がどう思っていようが、知ったことかよ」
「……」
「號。お前はもう、俺たちの身内だ」
取るに足らないことで笑ったり、誰かを好いたり、ましてやこんな風に悩んでしまえる奴を、どうして自分たちと違うものだと思えようか。
だから、恐れているというのならそれは。
「二度と御免だぜ。何もかもわかんねえまま、身内をなくしちまうなんてのはな」
そう言った竜馬の表情は、長年の友と語らうように和らいでいた。口に出せたことでようやく、10年越しのわだかまりにケリをつけられたという実感があったのだ。
──一年戦争が終わって間もなく、竜馬は早乙女博士をその手で討った。何の前触れもなかった、博士の人類に対する反乱。一切の事情を知らされないままに、竜馬たちは苦渋の決断を下さざるをえなかった。
博士を手にかけたことは、一つの影を竜馬の胸中に落とすことになった。それは、かつて家族同然に付き合い、共に人類を守るべく尽力した仲間の命を奪った痛みだけではない。
一言。ただの一言でいい。何かを伝えてもらえれば。それすらもできないほどに、自分は頼りなかったのか。
答えの出ない失意が本人すらも気づかぬ奥底に取り残され、それを振り払うように竜馬はゲッターロボでの戦いに没頭していった。
こうして永久に失われたと思われた博士の真意、その一端に触れることができたのは10年の後、博士のメッセージを携えた號が竜馬の前に現れてからのことだった──
去来する思い出にしばし心を傾けたあと、竜馬は號がすっかり黙りこくってしまっていることに気がついた。
急に気恥ずかしさが襲ってきて、反応を伺おうとかたわらに目を向ける。
「……おい、號。なんとか言えよ──」
そして、竜馬の心臓がぎくりと跳ねた。
真一文字に引き結ばれた口元も。
眉根を寄せた修行僧じみた面持ちも。
いつものそれと何一つ変わりはしなかったのに。
「すまない…」
そこにいたのは、今にも泣き出しそうな子供だった。
置き去りにされていた10年が、雪解けのように、動き出そうとしていた。
++++++++++
「飲むか」
差し出されたペットボトルの飲料水を大人しく受け取ると、號は慣れた手つきで開栓して口に含んだ。
かたわらで立って見下ろす竜馬の脳裏に、技術主任の説明が思い出される。食事の必要がないとのことだったが、可能なことは可能なのかもしれない。
しばらくして號の様子が落ち着いたのをみとめると、竜馬は僅かに逡巡してから声をかけた。
「今となっちゃあ、過ぎたことだ」
真っ赤というほどではないが、嘘である。積み重なった年月はけして短くはなく、そう簡単に割り切れるものではない。だが、そうありたいと思うのは本心だった。早乙女博士の遺志を受け取れたのも、己の中のわだかまりに気づけたのも、號の存在があったからこそで責めるつもりなどは毛頭ない。それよりも大事なのはこれからどうするかだ。號は博士の忘れ形見で、身内なのだから。
だがそんなことを素直に伝えられるほど器用な竜馬ではなかった。
再度重たい沈黙が垂れ込め、次にそれを破ったのは、號だった。
「俺が、10年の間お前を泳がせていたと知ってもか」
「!」
手元でボトルを持て余しながら、訥々と號は語り出す。
「……インベーダーの復活、そして、覇界の眷属の出現……博士の予見した危機に際して、俺はお前を真ゲッタードラゴンへと導き、人類の抗う術を守る使命を負っていた。だが、来るべきその時まで、遺されたゲッターロボや俺の存在を人々に悟られるわけにはいかなかった」
できるだけ感情を挟まないようにしているのか、静かにひとつひとつ、言葉が並べられていった。
「俺は待った。計画の遂行に必要なすべてを揃えるため……人々を、お前を、監視し、学びながら」
竜馬の脳裏に、初めて號と
「……大したもんだぜ。俺の頭に血を昇らせてみせたのも、その成果ってわけか」
しかし、號は頭を左右に振って答える。
「……俺は、本当の意味で学べていなかったのだろう。そうであったなら……お前に真相を知らせる道も探せたはずだ」
「やめとけ」
「……」
「たらればの話なんかに意味はねえ」
容赦のない否定。だが、それは苛立ちの感情から来るものではなかった。
「いいか。俺だって別に、この10年ジジイのことばかり考えて生きてきたわけじゃねえ。そりゃあ、世の中こんなで俺は戦場暮らしだ。気の休まる暇なんてのは殆どなかったが……それなりに良いこともあった」
竜馬は號を真正面から見据えると、
「だから──気にするな」
力強く、そして落ち着いた調子で言い切った。
うなだれかけていた號の頭が弾かれたように持ち上がり、しかしそれがやっとなのか、號はじっと竜馬を見つめたまま何の言葉も継げずにいる。
竜馬はかぶりを振った。
「……それでも顔向けできねえってなら、教えろ。お前の役目は終わったんだろう。なら、何故人を避ける」
「……」
こんな取引じみた聞き出し方は本意ではない。けれど、それ以上にぶち壊してしまいたかった。自分と號を縛る、過去のしがらみを。思い出は思い出でありさえすればいい。
號は瞼を伏せ、観念したように口を開いた。
「……俺の生命は、ゲッターと共にある」
その静かな宣言に、竜馬は一瞬気圧されるような感覚を覚えた。
先ほどまでに垣間見せていた脆さのようなものは形を潜め、居ずまいにも声にも超然とした
これは出会った当初から、號が感じさせていたものだ。
その星を宿した瞳が真っ直ぐに竜馬を捉えたかと思うと、
「そして、お前たちはいずれゲッターを超えていく。それを確信させたのはお前だ、竜馬」
「──っ」
こぼれるように笑みが、咲いた。
面食らった竜馬が瞬きひとつするうちに、たちまちその微笑みは解けてしまうが、號の面持ちは穏やかさを残している。
ゆっくりと持ち上げた手を己の胸にあて、號は続けた。
「人が人として、花が花として、それぞれの生命を全うするように……俺とお前たちとは根本的に異なるものなのだろう。だが、たとえ
その言葉には、諦めのようでいて、けれど途方もない希望に満ちているような、不思議な響きがあった。
「だから、俺は……この生命に許された力だけを用いようと決めている。ゲッター線の輝きが、人々の歩みを歪めてしまうことのないように──そして、俺自身がそれを望んでしまわないように」
胸に置かれた手が握りしめられる。
號の抱いている決意には一点の曇りもない。ならば、その胸中に抱える迷いの正体は。
(……下手に関わると、肩入れしすぎちまうってことか)
不器用がすぎる、というのが感想だった。本人は余人の興味を惹くことなく空気のように過ごしたいのだろうが、號のアクの強さでそれは無理な話だ。
それに、渓に対する態度を見てきただけでも、號自身が機械的な判断を繰り返せるような奴ではないのはわかる。それは今夜の迷走ぶりからも明らかだった。
なにより。
「侮るなよ、號」
「……!」
「たっちにあんよまで面倒見てもらわなきゃならねえほど、俺も人類も腑抜けちゃいねえぜ」
竜馬の双眸には闘志が
あの日、號たちが共に戦うのを受け入れた日。竜馬が望んだのは一方的に手を差し伸べるだけの保護者などではない。不恰好でも、肩を貸しあいながら進んでいける戦友だ。
それができる相手がどうか、戦いを通じてお前も確かめたはずだと、竜馬は鋭く視線で問いかけた。
「……だが……」
「まだ何か言いたげだな」
「ゲッター線は、まだ人類の手に余る力だ。早乙女博士亡き今、もし俺が領分を見失ったとしたら──」
號の憂慮はもっともだ。ゲッター炉心を通して莫大なエネルギーを生み出すだけでなく、時に時空間へと干渉し、人類に進化をも齎すゲッター線。それは生命そのものの真理に触れる力とも言える。そのどこまでが人に開かれるべきなのかなど、一介の戦闘屋を自負する竜馬には見当もつかない。
なので、竜馬は正直に思うところを口にした。
「そんなのは、人に
「!!」
號が呆気にとられているのもお構いなしに、竜馬は闘争心を剥き出した独特の笑みを浮かべてみせる。
そのまま、ぶつかるすれすれのところまで額を寄せて號の双眸を睨みつけると、
「人に訊いて、
ありったけの気迫を込めて、その
「──竜馬……」
「大体な。お前を一人放り出したのはジジイの責任だし、お前と出会ってどうするかは俺たち人間の問題だろうが。勝手に抱え込んでるんじゃねえ。お前は色々考えて、
目を白黒させていた號だったが、その問いかけを聞き届けるや否や、面差しが端正な勇ましさを取り戻していく。
それを認めて竜馬は一旦身を離すと、
「なら、今さら
ぶっきらぼうに、手を差し向けた。
「好きにしろ」
跳ね除けたかったら跳ね除ければいい。だが、そうでないのなら。この傷だらけの手にも、できることはあるだろう。
號はわずかな間、差し出された手を見つめていた。どうすればいいのか、戸惑っているようにも見える。
しかし、やがて一度ゆっくりと瞼を閉じると、きっぱりと顔を上げて、
「俺は戦おう。お前たちと──俺の、仲間たちと共に」
迷うことなく、竜馬の手を握り返した。
「へっ……頼りにしてるぜ、號。これからもな」
小さくも頼もしいその感触に、竜馬は胸中で湧き上がるものを覚える。今は素直に、その奇妙な快さを味わおうと思えた。
一方で、今度こそ見送ってやれそうな心残りに思いを馳せる。
(ジジイ……もはや、あんたの思惑なんてのは分かりゃしねえ。ここからは、
一つの決着がついた。もっとも、これで終わりなどではなく、生きる以上この先も戦いは続くのだろう。竜馬が柄にもなくそんな感慨に耽っていると、
「そのためにも」
何故か、右手を握りしめる號の手の力が増した。まるで逃すまいとするかのように。
不穏な気配を感じて號の表情を見やる。その目が合った瞬間、號は自信たっぷりに、不敵ですらある笑みを浮かべてみせた。
待て、そんな顔もできるとは聞いていない。
「──責任を取ってもらうぞ、流竜馬」
「な、何だと…っ!?」
++++++++++
號にまつわる、號すらも把握していない各種データ。その一部は早乙女研究所のメインフレームに存在している。
早乙女研究所は10年前の騒動で物理的に大きく損壊し、当時の連邦軍の調査では復旧は不可能との結果が出ていた。だが竜馬が聞かされた號の話によると、その原因は早乙女博士の隠蔽工作によるところが大きく、今でもメインフレームにアクセスする方法が残されているというのだ。
それは、真ドラゴンの完全なる
とにかくそこにアクセスできれば、號のデータ──仮にそのものが廃棄されていても、ボディの形成に大きく携わった敷島博士の所在が入手できるかもしれない、とのことだ。
號の要求は、早乙女研究所へ向かう際、竜馬たちゲッターチームも立ち会えというものだった。
本来の真ドラゴンのサイズは全長6000mにもなる。その合体というのだから大ごとだ。一切衆目に触れぬようにとはいかないだろう。連邦軍からの聴取が待っているのは想像に難くない。
ドライクロイツは現在、多くの地球圏の危機への対処を抱えている。號としてはそれらの邪魔にならぬよう、とりわけ覇界の眷属とクエスターズの脅威を解決してから実行に移したいようだった。
寝ぼけ眼で歯を磨きながら、竜馬は一連の話を思い出していた。
あの後、いつも通り言うだけ言って號は退散していった。昨夜は色んなことが一度に起こりすぎて気が立って眠れないかと思ったが、むしろ横になったらすぐさま泥のように寝入ってしまったのだった。
朝になってひとり目が覚めてみれば、もしや夢だったのでは、と思えたりもした。しかし、こうして念入りに記憶を反芻してみれば詳細まではっきり思い出すことができる。やはり現実の出来事だったのだろう。
洗った顔をタオルで拭いながら目を覚まし、手早く着替えを済ませて部屋を出ようとすると。
何かが足りない。
すぐにはその正体に思い当たらず、室内をぐるりと見渡したり、毎朝のルーチンを辿って歩き回ってみる。
そうやって頭をひねりながら周回すること数度。
右手が何かを取り上げようと空振りしたところで、竜馬は気づいた。
「クソッ……俺の
この日、ドライストレーガーの各所で竜馬のトレードマークを身につけた號が目撃されて周囲をざわつかせたり、新しい服を用意してやろうとオペレーターズの間でちょっとした騒ぎになったのは、また別の話──
ここまで読んでくださりありがとうございました。
突然ゲッターロボの小説を書いてみたくなり勢いで書き終わったので、自分でも物足りない所だらけなのですが、それはそれとしてスパロボ30における流竜馬や號の人物像を掘り下げられたのが楽しくて結構気に入っています。
次はロボットバトル要素とTS要素をもっと前に押し出したものを書いてみる予定です。