もし、異聞帯のウーサー君がバグキャラだったら   作:北国の放浪者

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毒の杯だと?そんなものでブリテン王は倒れぬ!

 

 それは、運命の分岐点だった。

 

「ぐっ……!」

「ウーサー君!?」

 

 杯を飲み干して苦し気に呻きだすウーサーを目にし、焦燥に駆られて駆け寄るトネリコ。

 その場に同席している『円卓』の者達は、自分たちを治める青年の様子に驚き、()()()()()()()()()杯を口にするのを止める。

 遠巻きに眺めていた黒騎士エクターと、予定が変わり急遽この戴冠式に参加した糸紡ぎの妖精トトロットも、驚愕と焦燥の表情を浮かべていた。

 

 本来ならばめでたい場となるロンディニウムの戴冠式であったが、予想だにしない事態で騒然となりかけている。

 

 そんな中で……とある女妖精が、密かに口元をニヤリとさせていた。

 明らかに悪意に満ちた笑みであり、不幸な事態を望んでいるようにしか見えないが、その表情に気づいている者は()()()()()()()()で、それ以外の者達には気づかれていなかった。

 

 その女妖精の悪意は、そこで終わらない。

 この戴冠式の立役者であるトネリコを破滅させるために、その口を開きかけ――

 

「皆、狼狽えるなぁ!!」

 

 ――否、女妖精は声を上げることが出来なかった。

 

 戴冠式の会場に、ウーサーの鋭い声が響き渡る。

 その声の力強さは、とても毒を盛られたとは全く思えないものだった。

 

 口を開きかけていた女妖精や、その場に集まる氏族達の一部が驚愕を露わにする。

 

「ウーサー君、大丈夫!?」

 

 ウーサーに駆け寄ったトネリコは取り乱しかけていたが、青年は自らの妃となる少女を安心させるよう、微笑みながら返答した。

 

「問題ない……この程度の毒、僕の命を脅かすに値しないよ」

「そう、良かった……!」

 

 そんな彼の様子に、少女は多少落ち着きを取り戻し、安心の表情を見せる。

 

 続けてウーサーは会場の皆を見渡すと、全員に対して自らの健在を示すよう、力強く断言する。

 

「こんなもの、愛の力で克服できる!」

 

 

 …………

 

 ……………………

 

 ………………………………

 

 

「――へ?」

 

 しばしの沈黙が流れた後、トネリコの口から間の抜けた声が漏れた。

 思わず目を丸くしてしまい、いま耳に届いた言葉に対する理解が追い付かない

 

 先ほど自分が焦燥に駆られていたことも頭から吹き飛び、戸惑いながらウーサーに確認する。

 

「え、えーと……ウーサー君。今、愛の力とか聞こえたんですけど、私の気のせいでしょうか?」

「ああ、間違いなく言ったとも。トネリコの気のせいではないさ」

 

 どうやら聞き間違いではないようだ。

 トネリコは自分から離れた位置にいるエクターやトトロットに視線を向け、両名の表情を確認する。当然ながら彼女の予想通り、二人とも唖然としていた。

 

「……すいません、頭が混乱しているので、考えを整理するために確認なんですが」

「ああ。君が抱く疑問なら、なんだって答えてみせようとも」

 

 トネリコに対し、晴れやかな顔で快諾するウーサー。少女の混乱の原因が分かってなさそうだ。

 そこを突っ込みたい気がしないでもないトネリコであったが、それをすると話が進まないので、そのまま確認に入る。

 

「ありがとうございます。その……杯に仕掛けられた毒を、口にしてしまったんですよね?」

「その通りだよ。中々に刺激的な味だったから、以前の僕であれば危なかった」

「ええと、刺激的な味って……」

「赤く煮えたぎった食べ物を幻視したね。あれは一体何だったんだろうか?」

「いや、そんなこと私に聞かれても……」

 

 よくわからないことを口走るウーサーに、どう返答すべきか困ってしまうトネリコだが、とりあえず気を取り直して確認を続ける。

 

「ああ、うん。それはいいです。その良く分からないモノを幻視する羽目になった杯の毒を、えーと……愛の力とやらで、耐えきったと」

「その通りだ」

 

 自信満々に堪えるウーサーに、普段の聡明さを発揮できず呆けるトネリコ。一体どういう反応を返せばいいのかわからず、ポカーンと口を開けてしまう。

 そんな少女の様子が可愛らしくて仕方ないといった風な表情を見せ、青年は朗々と歌い上げるかのような声を会場に響かせる。

 

「トネリコが僕の想いを受け入れてくれたことで、満たされた僕は覚醒した。この身に隠された真なる力が解放されたんだ。

 ちょっと気合を入れれば、毒に耐えることなど造作もない!」

 

「マジですか」

 

 思わず口調が砕けてしまうトネリコ。遠くでトトロットが「おお!ウーサーやるじゃん!」と感心しているが、そこに意識を向けるのも忘れてしまう。

 

 え?私が王妃になるから、ウーサー君が覚醒した?そんなことってあり得るの?なんか都合が良すぎない?

 そういえばウーサー君、最近やけに人間やめていたような……ひょっとして、気のせいじゃなかった?あれ、あれれ?

 って、よくよく考えてみれば、愛の力って凄く恥ずかしいんだけど!

 

 遅れて、顔を赤くするトネリコ。そんな彼女の様子を見て、トトロットはなんか嬉しそうな顔しているし、エクターはやれやれといった気配を漂わせている。

 

(――て、こんなアホらしい展開、『円卓』のみんなも唖然としているんじゃ)

 

 そう思って、視線を『円卓』の騎士達に向けるも――

 

「そうだよなあ。あの人、毒くらい何ともないよなあ」

「なんか苦しそうにしてたから驚いたけど、刺激的な味だったなら納得だ」

「きっと、すごく(から)かったんだろ」

 

 こちらに生暖かい視線を向けながら、そんな会話を繰り広げる騎士達の光景が目に入った。

 

(『円卓』のみんなの間では、ウーサー君のぶっ飛び具合って周知の事実なの!?)

 

 新たになった驚愕の事実に、トネリコはガビーンとショックを受ける。

 

 王妃になる自分が知らなかったとは、なんということだろうか。いや、戴冠式の数日前までブリテン島の各地を移動して、色んな遺跡の調査をしていたから、知らない面があること自体は仕方ないのだろうけれど……流石にこれは無い。

 これではダメな妻だ。こんな事なら、もっと早くにロンディニウムへ戻って、ウーサーとコミュニケーションを多く取っておくべきだった。

 

 地味に凹むトネリコ。自らの至らなさを反省するのであった。

 

 そんな弛緩した空気の中で――

 

「う、嘘よ!?そんなことで毒に耐えるなんて、あり得ないわ!?」

 

 非常識なウーサーの言葉に、この陰謀に加担していたであろう女妖精が、思わず叫び声をあげる。

 上級妖精であればまだ納得する余地があっただろうが、ウーサーは人間である。気持ち一つで毒に耐えるなど、絶対にあり得ない事だった。あんまりといえばあんまりな事態に、パニック状態に陥る女妖精。どうやら、冷静さは足りない模様であった。

 

 さて、そんな叫び声をあげれば当然ながら目立つ。例え会場の妖精達が、ウーサーの暴論で混乱していたとしても。

 

 その女妖精に対して、ウーサーはギロリと睨みつける。

 

「なるほど……貴女はこの件に関わっているようだな」

「――あ」

 

 若き王の鋭い視線を浴び、自らの失態に気づく女妖精。続けて、トネリコや『円卓』の騎士達だけでなく、大勢の妖精達が自分に視線を集中させているのがわかった。

 

「知っていることを、話してもらおうか?」

 

 平時より低い声で放たれるウーサーの問いに、女妖精は背筋を凍らせる。遅れて、頬や背中に冷や汗が流れ出し、動機が激しくなっていく。

 どうする、どうする!?と内心で繰り返し、パニックに陥る女妖精。進退窮まったかに思われたが―

 

 ここまで来たらやるしかないと思ったのか、その女妖精はとんでもないことを口走り始める。

 

「こ、この毒はそこのトネリコが仕掛けたのよ!自分が王になれないからと思って!」

「なっ……!」

 

 その女妖精から濡れ衣で糾弾されたトネリコは、思わず絶句してしまう。

 同時に、彼女は悟った。

 

(最初から、こうするつもりだったのか!)

 

 ウーサーの毒殺こそ失敗したものの、せめてトネリコの排除は成功させようと考えたのだろう。少女の心に強い怒りが湧き上がると同時に、先程とは異なる焦燥と不安がこみ上げてきた。

 

 トネリコは素早く、周囲を観察する。

 

 トトロットとエクターは、さり気なく目立たないよう、しかし出来るだけ早くこちらに近づいてきている。焦燥と不安を覚えたのは彼らも同様のようで、その顔は緊張で強張っている。

 『円卓』の者達やこちらに協力的な少数の妖精達は、濡れ衣を着せようとしている女妖精を睨みつけている。今回の戴冠式までにトネリコが築き上げてきた信頼の賜物だ。こんな妄言に騙されはしない。

 

 しかし――その他の大多数の妖精達からは、不穏な気配が漂っていた。

 

「え、マジで?」

「王妃様が悪いことしたのか?」

「やっぱり救世主トネリコって、悪い奴なの?」

 

 楽園の妖精である彼女を目障りに思っている妖精達は、大勢いる。それ故に、疑いの目はどんどんと広がっていく。

 

「だから俺は反対だったんだ!楽園の妖精が王妃になるなんて!」

「そうだそうだ!」

 

 中には、明らかにトネリコに対する悪意が込められた声まで上がり始める。

 

(不味い……このままでは……!)

 

 数でいえば、自分に味方する『円卓』の騎士達や少数の妖精達より、敵対するであろう妖精達の方がずっと多い。この戴冠式に参加している一部の氏族長達がどう動くかは、判断に迷うところだ。

 そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()というのも、かなり不利な要因となっている。

 

「「「悪い奴だ悪い奴だ!トネリコは悪い奴だ!」」」

 

 もしここで戦えば、自分やエクターやトトロットは生き残れても、こちら側には多くの犠牲者が出るだろう。妖精達の愚かさを考えたら、狂暴化した彼らはウーサーにまで攻撃を向けるかもしれない。そうなってしまえば、人間の王による統治は始まる前から破綻してしまう。

 

 

 このままでは、トネリコの夢は終わってしまう――

 

 

 戴冠式の会場で膨れ上がる不穏な空気は、すでに危険なものへと変化していた。

 その様子に女妖精は「よし、行けるぞ!」と確信し、さらに声を勢いづかせながら続ける。

 

「そう、全部この女が悪いのよ!だから――」

 

 

 

「黙れぇ!!!!」

 

 

 

 ――だが、そんな悪意にまみれた糾弾は。

 ウーサーの怒声によって、完全に止められた。

 

 戴冠式の会場を包んでいた危険な空気が、見事なまでに一掃される。

 その声に込められた怒りは、この場に集まっている誰もが見たことのないものだった。もちろん、伴侶となるトネリコも。

 

 若き王の怒声に驚き、思わず目をつぶってしまう女妖精。トネリコを糾弾した結果このような反応が返ってくるなど、思いもよらなかったようだ。基本的に楽園の妖精を嫌悪するブリテンの妖精であるがゆえの、想像力の欠如というものだろう。

 

 このまま目をつぶり続けるわけにもいかず、女妖精は恐る恐ると瞼を開いていき――

 

「――ひっ!?」

 

 すぐに、瞼を開けたことを後悔した。

 ウーサーの表情を確認した瞬間、口から喉を引きつらせるような短い悲鳴が洩れてしまう。

 

 そんな女妖精の後悔に全力で答えるが如く――向けられる当人は止めてほしいだろうが――、若き王の口から激しい怒りが放たれる。

 

 

「私の最愛の王妃に、濡れ衣を着せようとは……

 その罪、()()()()()()()!!」

 

 

「ひ、ひいいいいぃぃぃぃ!?」

 

 ウーサーの怒りの凄まじさに恐れをなし、先ほど以上に悲鳴を上げる女妖精。みっともなく腰を抜かし、床に尻もちをつく。いや、みっともないと言うのは酷かもしれない。

 何故なら……この王から放たれる威圧感は、物理的な力まで伴っていたからだ。比喩でも何でもなく。

 

「お、王様から……凄い勢いで魔力が……!」

 

 彼の肉体からは、尋常ならざる大量の魔力が放出されており、その量は人間どころか妖精の規格を遥かに逸脱している。青白く激しい炎のようなものが彼の身を覆っており、その勢いは凄まじい。周囲の空気には火花が走っており、バチバチという音が全員の耳に届いてきた。

 王の圧倒的な力に対し、恐ろし気に身を震わせる妖精達。そして、畏怖と尊敬の眼差しで見つめる『円卓』の騎士達。

 

 ウーサーの力は、それだけにとどまらない。

 

「わわわわわ!?」

「な、なんだなんだ!?いきなり地震か!?」

「これも、あの王様の影響!?」

 

 彼の怒りに呼応し、戴冠式の会場どころかロンディニウムそのものが『ゴゴゴゴゴゴ』と地鳴り音を響かせながら震えていた。まるで世界そのものが、ウーサーの怒りに怯えている――いや、違う。()()()()()()()()()()()()()()()かのようだ。

 規格外の力に慌てふためく妖精達。想像の遥か上をゆく王を前に、右往左往しかできない。

 

 まあ……混乱しているのは、トネリコも同様であったが。

 

(ウーサー君、さっき「真なる力が解放された」とか言ってたけど、これ程だなんて!?)

 

 おかしい。覚醒した理由もアレだけれど、その力の規模があまりに非常識だ。バグるにしても程がある。

 この光景を見たら、彼は本当に人間なのかつい疑問に思ってしまう。

 

(――これって、彼一人で目の前の妖精達を鎮圧できるんじゃない?さっきまでの私の危機感って、取り越し苦労だった?)

 

 トネリコが頭の混乱でやや間抜けな思考に走っているのも知らず、ウーサーは女妖精の方へ向かって歩みだし、先程の怒声とは打って変わって静かな声――ただし込められた怒りは全く変わらない――を響かせる。

 

「そもそも、この戴冠式の立役者はトネリコだ。このめでたい日を実現するために彼女がどれだけ大事な役割を果たしてきたか、貴女が知らぬ筈はないだろう。そんな彼女が毒殺を企むなど、矛盾しているにも程がある」

 

 そう正論を述べた後、ウーサーは独り言ちるように呟く。

 

「やはり、()()()()か……」

 

 その呟きは小さく、誰の耳にも届かなかった。

 

 歩みを進めて、女妖精の目の前に辿り着くウーサー。顔色を真っ青にして震える女妖精の前で、若き王は苛烈な光を宿した目で見下ろす。

 ここで目の前の罪人を処断するかと思われたが、激怒しながらも冷静さは保っていたので、そこまではしなかった。

 

 未だ尻もちをつく女妖精に、冷たく告げる。

 

「私個人の感情としては、今すぐ処断したいところだが……戴冠式の場を血で汚すわけにはいかない。然るべき場所でその罪を償ってもらうとしよう」

 

 ウーサーがそう告げると同時に、『円卓』の屈強な騎士達が拘束するために女妖精へ近づく。

 

 自分の危機的状況に恐怖し、女妖精は必死になって周りを見回すも、当然ながらどの妖精も目を合わせようとはしない。

 先ほど扇動を盛り上げようとした者達へ縋るように目を向けたが、その当人たちは巻き込まれては堪らないと思ったのか、慌てて目を逸らす。

 

 自分を助ける者はいない――()()()()()()と理解し、女妖精は絶望した。

 

「さあ来い!我らの王と王妃を破滅させようとした大罪人め!」

「い、いやああああぁぁぁぁ!?」

 

 自分を連行する騎士の言葉に、自らの破滅を悟った女妖精はみっともなくジタバタと暴れるも、屈強な騎士達の拘束を解くことは出来ず、そのまま連行されていく。

 悪事を働いた女妖精がこの場からいなくなった後、ウーサーはその顔を先ほど煽動されかけた妖精達に向け、ギロリと睨みつける。

 

「――さて、貴公らの中で先程の妄言に同調し、我が王妃に罵声を浴びせた者がいたように見受けられたが……それは、私の気のせいだろうか?」

 

「も、もももも、もちろんです!あんな女の言葉を信じるなんて、め、滅相もない!」

「そ、そうよ!王妃様はこのおめでたい日の立役者ですもの!た、企み事なんてあり得ないわ!」

「全く酷いことを言う奴もいたもんだ!せっかく、ブリテンが、平和になろうというのにさ!は、はは……はははは……!」

 

 若き王による滅茶苦茶ドスの効いた声に、扇動されかけた妖精達――もちろんトネリコ側の少数の妖精達は除く――は顔色を青くし、慌てて彼の言葉に同意する。この王なら、たった一人で自分たちを皆殺しに出来ると思ったからだ。

 誰だって、死にたくはない。

 

「明らかに、悪意を持って騒ぎ立てていなかったか?」

「き、気のせいですよ!気のせい!」

 

 矛先が向けられそうな者たちは、必死に王の機嫌を取ろうとする。

 

「そうか……どうやら、皆わかってもらえたようだ」

 

 そう言って、ウーサーは表面上は怒りを鎮め、同時にその体から放っていた威圧感を消した。その様子に、妖精達はホッと安心するも、直後に太い釘が刺される。

 

「ああ、念のために補足しておくが――次はないと、肝に銘じてほしい」

 

 愚かな妖精達ではあったが、若き王のその言葉を理解できないほど、危機意識が欠如していたわけではなかったようだ。妖精達は皆、物凄い勢いで首を縦に振る。

 その様子を、満足げな表情で眺めるウーサー。

 

 どうやら事態は、沈静化した模様であった。

 

 

 

 

 

 事態が沈静化し、安心するように息を吐くトネリコ。その吐息が思いのほか深いものだったため、自分が想像以上に強いストレスを感じていたと、彼女は遅れて気付く。

 近くまでやってきていたエクターとトトロットも緊張を解きながら、お互いに言葉を交わす。

 

「……どうやら、大丈夫のようだな」

「はー、緊張した!一時はどうなることかと思ったけど、なんとかなったんだわ」

 

 仲間の二人がそんな会話を繰り広げる傍ら、ウーサーはフッと笑みを浮かべる。

 

「あのような煽動をしたところで、僕が黙って見過ごすなど有り得ないというのに。あの妖精は、僕のトネリコへの愛を見くびっていたようだ。実に嘆かわしい」

「……直球で言われると凄く恥ずかしいです。けど、ありがとうございます。本当に助かりました」

 

 ウーサーのストレートな表現に顔を赤くするトネリコだが、彼のいう事は事実なので、感謝の気持ちを伝える。

 それに対し、青年はとても優しい表情で言葉を返す。

 

「夫として、当たり前のことをしたまでだ」

 

 ウーサーの言葉を受け、トネリコは表情を和らげる。

 

 今まで彼女が生きてきた経験から、最悪の事態になることも覚悟した。そのため、ウーサーや仲間たちの身の安全をどう図るか、途中から考え始めていたくらいだ。

 幸いにして、ウーサーが予想外の力を見せて強い姿勢を見せたため、大事には至らなかった。

 

 さて、そんなウーサーは穏やかな表情を見せていたが――

 ふと表情に影を落とす。

 

「ああ、しかし……僕は心配でならない」

「ウーサー君?」

 

 表情を暗くしたウーサーの言葉に、疑問の表情を浮かべるトネリコ。青年は少女の声に答えるように、そのまま続ける。

 

「先ほどの騒動は、恐ろしく陰惨な出来事だった。あんなことがあって、君は多大な心労を負ったのではないかと……いや、間違いなく負ったことだろう」

「えーと……まあ、確かにストレスは感じましたけど」

「そんな君を想うと、僕はとてもとても、平静ではいられない!」

 

 やたら真剣な表情を見せ、大仰な身振りをするウーサー。言葉にもかなり力が入っている。

 青年のテンションにトネリコは若干引きながら、とりあえず安心させるようと言葉を返す。

 

「あの……そこまで深刻にならなくても大丈夫ですよ?これまで数えきれないほど迫害されてきたから、こういうのには慣れてますし」

「いや、その回答だとウーサーは安心しないぞ、トネリコ」

 

 ごく自然に重い発言を混ぜてしまうトネリコに、思わず突っこみを入れるトトロット。

 救世主の少女は遅れて気付き、「あ、やばっ」と言葉を漏らすが、当然ながらウーサーは彼女の発言をしっかりと聞いており、さらに力強く言葉を紡ぐ。

 

「やはり僕はここで、傷心の君を癒さなければならない。それこそが夫としての責務であり、僕の愛の証明だ!」

「え、ええと……」

「そんなわけで――君を癒すための、抱擁タイムを開始する!」

「えええええぇぇ!?」

 

 全く予想だにしないウーサーの宣言に、驚愕の声を上げるトネリコ。驚きのあまり思考が上手く働かないうちに、彼の腕の中に納まってしまう。

 夫たる青年の奇行に、トネリコは慌てながら――そしてやはり顔を赤くしながら――抗議の声を上げる。

 

「ちょ、公衆の面前でナニしてるんですか!?」

「この戴冠式は、僕らの結婚式も兼ねている。だから、公衆の面前で君を抱擁することは、何もおかしくはない!」

「いや、確かにそうですけど!ただ、心構えというか、なんというか――」

「さあトネリコ、僕の腕の中で安らぐんだ!妻が夫に甘えることに、一体なんの問題があろうか!?いや、ない!」

「ウーサー君になくても、私にはあるからね!?みんなの前で、こんなの……は、恥ずかしいでしょ!」

「ははは。トネリコは可愛いなー」

「そんな惚気で誤魔化さないで!?」

 

 騒がしい二人のやり取りであるが、傍から見たらイチャついているようにしか見えない。非リア充が見たら、「お前たち爆発しろ」と言いたくなる光景であった。

 まあ、この場にいる者達は、そんな汎人類史の未来の言葉など知らないのであるが。

 

(ううう……ウーサー君の馬鹿……)

 

 本来ならトネリコにとって、この体勢は嬉しい。とても嬉しいのだが……大勢の前でこれは、まあ恥ずかしかった。

 出来ればこういうことは、二人だけの時や、せめて仲間内の時くらいにしてほしい。

 

 その様子を嬉しそうに眺めるトトロットと、呆れながらもどこか穏やかさが混じる表情を見せるエクター。

 『円卓』の騎士達や、救世主一行に協力的な少数の妖精達も、微笑ましい表情を浮かべている。

 ちなみにだが、その他の大多数の妖精たちは、どう反応すべきか困っているようであった。

 

(はあ……仕方ないなあ)

 

 結局、トネリコは抵抗を諦めた。単に恥ずかしいだけで、嫌なわけではないのだから。

 大人しくウーサーの胸に、体を預ける。

 

 彼女の中で――今まで感じたことがない気持ちが、湧き上がってきた。

 

(……今日は、ウーサー君に助けられっぱなしだ)

 

 初めての経験だった。

 あのように排斥されそうな状況で、事態が逆転して救われた経験は。

 

 

 彼女のこれまでの長い人生――3600年にも及ぶ苦難の生において、そんなことは一度も無かったのだから。

 

 

(こんな気持ちになったの、初めて……)

 

 ウーサーの胸に額を乗せて、トネリコは静かに目を閉じる。

 

(私の……私だけの夫……)

 

 目を閉じたまま、静かに……静かに、感慨に浸る。

 

 

「……………」

 

 ウーサーは抱きしめる少女の背中を"ポンポン"と優しく叩き、より安心させるよう努める。

 青年の少女に対する想いが、しっかりと伝わるように。

 

 トネリコの心の中は、さらに温かいもので満たされていった。

 

 

 さて、そんな風にトネリコを安らがせているウーサーであるが。

 単に彼女を癒すだけでは、終わらせない。

 

 ほんの一瞬だけ、彼女が気づかない角度で、先程の濡れ衣騒動に同調しかけた妖精達に鋭い視線を向ける。

 

 

 そこに込められた苛烈さは、少女へ向ける優しさとは対極に位置するものであった。

 

 

 ブリテン王の視線を受け、ビクリと身を震わせる各氏族の妖精達――こちらに協力的な少数の妖精達は除く――。

 彼らの生存本能が、視線に込められた言外の意図を正確に読み取らせる。

 

 

 ――つまり、ウーサーは自らの振る舞いで、この場の妖精達に示しているのだ。

 

 トネリコに悪意を向けるなら、()()()()()()()()()、と。

 

 

 お、おい。もしあの王妃様の悪口を言おうものなら、俺たち危ないんじゃないか……?

 じょ、冗談じゃないぞ。あんなおっかない王様を敵に回したら、命がいくつあったって足りはしない……。

 く、口には気を付けないといけないわね……。

 

 戦慄する各氏族の妖精達。

 今後の身の振り方には気を付けようと、心から思った。

 

 その光景を見たトトロットとエクターは、ウーサーに対して感心せずにはいられなかった。

 

(念入りに釘を刺している……女の子の味方としては、頼もしい限りだな!)

(トネリコの相手には、あれぐらいがちょうど良いのかもしれん)

 

 うんうんと頷く糸紡ぎの妖精と、穏やかな表情を見せる黒騎士。

 

 

「……えーと、ウーサー君。そろそろ、この体勢を解いた方が良いのではないかと」

 

 ウーサーの抱擁に心安らいでいたトネリコであるが、流石にそろそろ頃合いだろう。名残惜しくはあったが、遠慮がちに青年へ告げる。

 

「むう……トネリコの抱き心地があまりに良いから、止めたくないんだけど」

「だから、公衆の面前でナニ言ってるんですか」

 

 相変わらず残念なことを口走るウーサーに、今度は冷静に突っこむトネリコ。救世主は何度も慌てないのだ。

 

「はあ……ウーサー君が私にぞっこんなのは、よ~くわかりました」

「うん。この溢れんばかりの愛がトネリコに伝わって何よりだ」

「いや、そこは普通恥ずかしがるところだからね」

 

 全く揺るがないウーサーに、トネリコは降参の声を上げる。

 

 ひとしきりトネリコを愛でたウーサーは、仕方なく抱擁を解く。物凄く、ものすご~く名残惜しかったが。

 抱擁を解かれた際、最愛の少女がホッしながらもどこか残念そうな顔を見せたため、再び彼女を愛でたくなるがそこはグッと我慢する。

 

 

 なぜなら、ウーサーには……やらなければならないことがあったから。

 

 

 

 

 

(全く、僕もまだまだ詰めが甘い。反円卓派に、このような企てを許してしまうとは)

 

 そう内心で呟き、忸怩たる想いを抱くウーサー。思わず自嘲の表情を浮かべそうになるが、それは流石に控えておいた。

 

 さて、先程の女妖精は騒ぎを起こしたため、さらに問い詰めることなく連行させていったが――あれ以上喋らせてもメリットよりデメリットの方が大きい――。

 実のところウーサーは、あれ以上追求するまでもなく、今回の毒殺を企てた者たちがわかっていた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()にもかかわらず、それらを掻い潜って僕の杯に毒を仕掛けるとは。その上で、トネリコに濡れ衣を着せようなどと。

 どうやら()()()()()は、余程僕らを排除したくて仕方ないらしい。いや、より正確には()()()の願望か……)

 

 部方たちが自発的に行動したのか、それとも氏族長から命令されたのか。あるいは、それとなく促されて今回の事態に至ったのか。現時点だと、詳細はハッキリとしていないが……

 どのような経緯であれ、毒殺を企てたのは否定しようのない事実だ。よって、その者達は王に対する逆賊という事になる。

 新たなブリテンの統治者として、このままにはしておけない。

 

 ウーサーは内心でそう考え、その上で自分の中の感情を確認する。

 

(僕の杯に毒を仕掛けたこと自体は、まあいい)

 

 統治者としての立場を別にして個人的な感情を述べるなら、彼は自分への害意ついてそこまで怒っていなかった。覚醒した彼にとって、杯に盛られた毒は実害にはなり得ないからだ。

 

(許せないのは、トネリコの夢を壊そうとした事だ)

 

 しかし、トネリコに仕掛けた卑劣な企ては別であった。

 彼女への悪意を、彼は断じて許せない。

 

 ようやく彼女の夢が実現しようとしている時――長い長い苦難の道が終わり、報われようとしている時に、それを台無しにされかけたのだ。

 もしウーサーが以前のままであれば、彼は杯の毒で命を落としていた。また、厳重な警備は実現されず、『円卓』の騎士達も揃って毒殺されていた筈だ。そして、トネリコは濡れ衣を着せられ、妖精たちから糾弾されて、排斥されていただろう。

 彼女に悲劇が訪れていたのは、間違いない。

 

 そんなこと、ウーサーに許容できる筈もなかった。

 

(どうやら僕は……手緩(てぬる)かったようだ)

 

 ハッキリと言おう。ウーサーはブチ切れていた。

 内心で凄絶な笑みを浮かべ、しかし顔には一切出さず、苛烈な思考を進める。

 

(ふふふ……いいだろう。そちらがそう来るなら、こちらも容赦はしない。徹底的にやってやろうじゃないか。どのみち、ブリテンを()()()()()()()()()()()()()()()()()と思っていたんだ。それが多少早まるだけのこと)

 

 まあ、妖精達の性質を考えると、どれだけ清潔に出来るかはウーサー自身、かなり疑問に思っているが……それでも、()()()()()()は除去しなければならない。

 

 絶対に、絶対にだ。

 

(さあ――ブリテンの大掃除を始めるとしよう)

 

 ウーサーは戴冠式の会場に集まる妖精達――正確には元凶たる氏族達を視界に入れながら、激情と共に鋼の意思を固めた。

 

 

 ブリテンの未来を決める重要な日々が、いま始まる――

 

 




 牙の氏族長であるライネックと北の女王マヴは、とある外せない用事で欠席。存在自体がアレな風の氏族長は怪しい理由で欠席。それと、妖精歴にもムリアンはいたようですが、どうも女王歴のムリアンと違う(恐らく先代)みたいですので、敢えて描写はしないでおきます。

 フロムロストベルト3巻の「冬の物語」の描写から、トトロットは戴冠式に参加していなかったようですが、当物語では冒頭の説明の通り予定が変わって参加しています。流石に、トネリコの関係者がウーサー以外だとエクターだけってのも不自然なので。

 それにしても、原作で温厚な氏族として語られている鏡の氏族って、妖精歴400年の戴冠式における"ウーサー毒殺→トネリコ糾弾"の流れで、一体どう反応したんでしょうね。温厚な性格で一緒に糾弾という流れは、結構引っかかるものがありまして。
 ひょっとしたら鏡の氏族は、「ロンディニウムの悲劇」の未来を視てしまい、それで戴冠式に参加しなかったのかも?一度視てしまった未来(運命)は、当人達が望もうと望むまいと変えられない筈なので。

 はっきり描写されてない部分が色々とあるので、気になりますね。


 
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