もし、異聞帯のウーサー君がバグキャラだったら 作:北国の放浪者
遅ればせながら、話の後編となります。
「ライネックの言うとおりね。そこは北の女王としても悩ましいところだけど、妖精である以上は解決が難しいでしょう」
ロンディニウムの城の会議室にてウーサーとライネックが言葉を交わせていると、用事を済ませた北の女王マヴが現れた。
二人は彼女の方へと振り向き、ウーサーの方が声をかける。
「王の氏族の皆とは、打ち合わせが終わったのかい?」
「ええ。必要な話はこれまでに終わらせていたから、さっきの打ち合わせは軽い意識のすり合わせるといったところ。王の氏族は、すでに万全の体制を整えています」
そう返す北の女王マヴは、相も変わらず自信に満ち溢れていた。『女王』の名を冠するだけはある。
ただ、先ほどの話が戴冠式に関することだったので、彼女はすぐにその雰囲気を真摯なものへと変える。
「いま解決が難しいと言ったばかりだけど……戴冠式での一件が王の氏族にとって失態だったのは、紛れもない事実です。それは絶対に否定できません。
王の氏族は、あなた達に協力して『円卓』の統治に尽力することを誓った。それなのに、扇動に惑わされて右往左往してしまった……本来なら、真っ先に『円卓』側に回らなければいけなかったのに……
あの場に私がいなかった事は言い訳にならないわね、明らかな約束不履行だもの」
妖精としての性とはいえ、あの顛末はマヴにとって忸怩たるものがあった。
「後味の悪さを感じた妖精はいたけれど……ここだけの話、『春の戦争』が起きる前の『北の妖精』なら、あそこまで疑心暗鬼に駆られはしなかったでしょうね」
「……俺達の祖先である『ブリテン島(南部)の妖精』によって根絶やしにされた、竜の死骸を頼りに生きていた『北方妖精族』のことか」
ライネックの神妙な呟きに、マヴは頷く。
かつて『春の戦争』で命を落とした者達が次代として生まれるのを拒み、その命を使って生み出された王としての存在。
それが彼女、『北の女王マヴ』だ。
「今の北の妖精は、私の血を分け与えることで王の氏族となった妖精達よ。かつての北の妖精とはその存在が異なる。だから、心の有り様が違うのは当然と言えるわ。
もちろん、王の氏族として相応しい存在であるよう統率はしているけれど」
「彼らが他の氏族より理性的だったのは、マヴの指導によるところが大きいんだろうね」
「ええ、そこは自信を持って主張できます。付け加えると、南側の妖精と性格的に合わない者達が、王の氏族に比較的多いという要素もあるでしょうけど」
ウーサーの言葉にそう答えるマヴ。そう言った事情で他の氏族よりマシなのだが、根本的に『春の戦争』以前の『北の妖精』とは異なるのだ。
「……改めて聞くと、『南の妖精』はつくづく問題があると感じるな」
そのように感想を述べたのはライネックであった。
言葉の通り、実に悩まし気である。
「どうしてこうも、妖精としての性質というか、品性に違いがあるのだろうな……悪い意味で……」
自分の部下達をはじめ各氏族の者達を思い浮かべながら、はあ~と溜息を吐くライネック。そんな彼に、マヴは自分の所感を述べる。
「南の妖精とかつての北の妖精で出自が違うから、だけだと説得力に欠けるわね……南の妖精の過去に、何かあったのかしら」
「だとしたら、一体何があったのだ?かつて亜鈴が何らかの大罪を犯したらしいが……明らかに
各氏族で差はあるものの、南側由来の妖精達はその性質に明らかな問題がある。鏡の氏族やかつて滅びた雨の氏族のような例外はあるが、基本的にみな性格が悪い。
今となっては知りようもないが、かつての北部の妖精達はもっと悪性が少なかったと考えられる。ひょっとしたら、善性が強かったかもしれない。楽園の妖精に対するスタンスなど、むしろ好意的に見てくれた可能性さえある。
「それは私にもわからないわ。なにせ遠い昔のことだから」
「1万年以上前のことだからな……その大罪がどんなものであったか、俺には皆目見当がつかん」
「妖精である二人にとっても遠い過去だ。人間の僕からしてみれば、途方もないな」
ウーンと首を捻るブリテンの重鎮たる三人。
氏族長である二人はもちろん、色々とぶっ飛んでいるウーサーであっても、遥か昔の出来事を知るのは容易ではない。
そのため、現時点において始まりの六人が犯した邪悪な所業は明らかにされておらず、ブリテン島(南部)の妖精の悪性が強いことを説明できる者は、
……もし太古の真実を知ったなら、この場にいる三人は皆ドン引きすること間違いなしである。
この疑問は今すぐ答えが出ないので、ウーサーは話題の方向を切り替える。
「戴冠式での出来事は改めて妖精の問題点を浮き彫りにしたけれど、あの場で悪意を持って騒ぎ立てた者達はともかく、王の氏族に対して思うところはないよ」
念のためマヴに対してフォローを入れると、彼女は感謝しながらもやや申し訳なさそうな表情を見せる。
「あなたがそう言ってくれるのは助かるけど、その場にいなかった者としては思うところがあるのよ」
マヴはその気高さゆえに、大変なことが起きた場に自分がいなかった事への引け目を感じていた。もし自分がその場にいたなら、風の氏族の扇動によって王の氏族が疑心暗鬼に駆られるのを
……完全に防げるわけではないのが、妖精の難しいところだが。
とまあ、このような会話をしていたので。
マヴはちょうどいい機会と思ったのか、以前から気になっていた事を口にする。
「そもそも、王の氏族長と牙の氏族長へ
「それは俺も思った。新たなブリテン王として、その差配はどうなんだ?もちろん、俺にも反省すべきところは大いにあるが」
北の女王の言葉にライネックも同意する。これは当時から二人とも首を捻っていた事だからだ。
ウーサーから『統治体制の盤石化は必要な事だから』と言われて承諾した二人だが、今回の一件から当時の自分達の判断を反省せずにはいられなかった。一切の冗談抜きで。
二人の言葉を受けたウーサーはというと、しっかりと自覚していたようだ。
彼は爽やかな笑顔を浮かべながらも、頬に一筋の汗を垂らして当時の様子を振り返る。
「二人の言う通りだ。実を言うと、戴冠式の3日前にトネリコから説教されてね……『戴冠式と言う目出度い場に、氏族長本人の出席が二人だけで他の氏族は代理?それって一体どういう事です?風の氏族長と鏡の氏族長はともかく、他の二人の欠席はウーサー君が原因ですよね?』と、
いやー、あの笑顔は本当に怖かったなー……」
「まあ、仕方ないわね……」
「そうだな……」
その時のトネリコの反応は至極当然のものだろう。彼らには弁解の余地もない。
いや、その場にいなかったライネックやマヴは物騒な笑みを向けられたわけではないが、ウーサーの差配に同意した以上は他人事のような気分になれる筈もなく、目の前で冷や汗を流している青年と似たような心境になっていた。
常識的に考えたら、戴冠式という大事なイベントのために
もちろん、ウーサーは自らの判断ミスについて猛省していた。経験が浅いだとか、若さゆえの過ちだとか、そのような言い訳をするつもりは全く無かった。
とはいえ、過ぎてしまったことは仕方ない。
それに、何も悪い事だけではないのだ。
「……その非常識な差配のおかげで、国軍の体勢が早く整ったのも事実だ。これでソールズベリー攻略に早く取り掛かれる。
ライネックの言う通り、ウーサーの判断が今になって良い方向に働いているのも確かだった。
ウーサーが二人に戴冠式を欠席させてまで国の仕事を任せるという
彼は以前から、風の氏族長オーロラをそれ程までに危険視していた。
その卓越した洞察力で、見抜いていたのだ。
アレは駄目だ。
あの女だけは、絶対に駄目だ
あの見た目
そして必ずや───トネリコを破滅へと追いやるだろう。
いかなる手段を用いても、早々に排除しなければならない。
この判断がブリテン王としてのものだけでなく、妻を愛する夫としての主観が混じっている事を、ウーサーはハッキリと自覚している。それゆえに判断が偏ってしまったことは、ちゃんと反省している。
しかし……妻を愛する夫としての主観が混じること自体に恥じ入る気持ちは、全くなかった。
多くの邪悪な妖精達が跋扈する魔境ブリテンだ。これぐらいの自分本位さは大目に見てほしいと、若きブリテン王は思っていた。
とはいえ、本来であればソールズベリーを取り囲む嵐の発動はもっと後に実施するつもりだった。自分達『円卓』を疎ましく思っていたオーロラとその配下の者達が、
嵐の持続期間がほぼ1か月間であり、遠隔で力を送って半年くらいまで延長はできるが、その延長期間は術式がやや不安定になる。元々の1か月間は絶対に解除不可能だが、延長期間はその限りではないだろう。
彼らの討伐をこのように慌ただしく進めるのは望ましくなかったが、自分への毒殺未遂およびトネリコへの冤罪事件を起こしてきたのだ。こちらも強硬姿勢を取らない訳にはいかなかった。
さて、先ほどライネックは逆賊の討伐について『真っ当な形』と口にした。
それは一体、どういうことなのかについてだが───
「単に逆賊達を討伐するだけなら
先ほどのライネックの言葉に、マヴはそう言葉を繋げる。
実のところ、今のウーサーの力を持ってすれば単独で逆賊達を倒すことなど造作もない。その力の強大さを考えれば負ける要素など皆無であり、純軍事的には何の問題もなかった。
手段を選ばずに───それこそ生死を問わないのであれば、剣からビームでも放って、逆賊達をソールズベリーごと消し飛ばせばいい。
無論、それでは他の住人達も巻き込んでしまうので論外として、たった一人でソールズベリーへ乗り込んで逆賊だけボコる事も、特に難しい事ではない。敵の逃亡対策については、街を結界で封鎖してしまえば事足りる。
そう、逆賊達を倒すこと自体は、造作もないのだ。
あくまでも、
「ああ、二人の言う通りだ。力づくで進めて上手くいくほど、このブリテンは甘くない」
しかし、そのような力によるゴリ押しをするわけにはいかない理由があった。
ウーサーは改めて、自分達の共通認識を振り返る。
「今後の統治を考えた場合、
新たなブリテン秩序に対する逆賊となった風の氏族であるが、それでも氏族の一つである彼らは多くの妖精達にとって同類だ。これまで各氏族同士で争ってきたし、妖精達に他の氏族に対する同族意識など無いが、それでも彼らには『自分達は妖精である』という共通認識がある。
もし、圧倒的な力を持った『人間』が一つの氏族を鎮圧したらどうなるだろうか。自分達とは違う存在が自分達の同類に刃を向けたら、彼ら彼女らはどう思うだろうか。
妖精達の性質を考えたら、その先に起こりうる事態は容易に想像がつく。
ロンディニウム以外の妖精達は、これまでトネリコが向けてきたのと同様の感情をウーサーに向けるだろう。疑心暗鬼に陥って騒ぎ立て、新たなブリテンに混乱をもたらすに違いない。
ウーサーは強大な力と権力基盤を持っているから排除されることはないが、安定した統治が難しくなるのは確実だ。そうなれば、強権的な手法で統治せざるを得なくなってしまう。
そのような事態は、避けなければならない。
「だから、人間と妖精で結成した国軍を用いて逆賊を討つ。
あえて国軍の動員という
それによって、ウーサーに対する認識を『脅威者』ではなく『庇護者』と認識させる。また、彼らを逆賊討伐に関与させることで当事者意識も植え付けさせるのだ。
「幸いな事に、ロンディニウムからソールズベリーまでの地形はなだらかで、森林が少なくほぼ平原が続いている。未だ大きな街道は整備されていないが、大軍を進めるのに支障は無い」
道中で狂暴化した幻想種やモースの集団に遭遇する可能性もあるが、こちらは大軍でかつ牙の氏族もいる。そのため、問題なく対処可能だ。
とはいえ、国軍の動員はまた別のリスクを伴う。
大規模な軍隊を動かすのは思うようにいかないものだ。優位な方に付こうと打算的に考えている者達はいるし、一部の『円卓』に反感を持つ者達が統率を乱そうとするかもしれない。
さらには別方向の懸念として、悪妖精化した者達によって風の氏族への虐殺行為が発生するリスクも考慮しなければならない。
前者は逆賊への討伐に支障をきたす事に繋がるし、後者は『円卓』による統治の正当性を傷つけることになる。これらのリスクに対する手は事前に色々と打ったが、これからも追加で打つ必要があるだろう。
(単独で逆賊達を倒す手段が取れれば、本当に楽なんだけれど……そういう訳にはいかないからね)
政治的なリスクが大きいから、仕方がない。
ウーサーは内心で軽く苦笑する。
「二人には苦労を掛けたし、これからも掛けることになる。
すまないが、これからもブリテンのために力を貸して続けてほしい」
青年の誠実な頼みを受け、氏族長の二人は「仕方のない男だ」といった風に応じる。
「お前の無茶ぶりには今更だ。まったく、トネリコ以外にここまで振り回されるとは思っていなかったが……
来るところまで来たのだ。とことん付き合ってやろう」
「私達『王の氏族』はあなた方『円卓』に協力すると決めました。約束を反故にするような真似は絶対にしません。だから、あなたの信じる道を行きなさい。
こう見えて、私はあなたに期待しているのよ?」
二人の言葉を受けて───ウーサーは改めて謝意を示した。
「今日も、嵐が収まらないわね……」
ソールズベリーの街が激しい嵐に囲まれてから、すでに半月が経つ。
一向に変わらぬ状況を前に、風の氏族をはじめ多くの住人が精神的に参っていた。妖精にとって半月という日数はとても短いのだが、この異常事態の原因がわからない事と、嵐の激しさ──視覚的にも聴覚的にも──に直面し続けたせいで、短い日数を長いと感じてしまっている。嫌な時間は長く感じるという理屈だ。
妖精の時間感覚でもそうなのだから、人間であれば猶更だった。こちらは住人全体の割合からしたら少数ではあるが。
そして、精神的に参っているとまではいかずとも、気分が優れないのは彼女も同じだ。
鐘撞き堂がある建物の最上階にて、部屋の窓から外を眺める一人の
外見は、人間換算で言うと
もちろん、妖精である彼女の年齢は人間のそれではない。生きた年月はもう600年になり、牙の氏族長たるライネックと概ね同じ年齢だ。
その少女は、輝いていた。街の中の誰よりも。
否、このブリテン全体においてさえ、並ぶものなど中々いないだろう。
いたとしても……
「それで……この嵐は、災厄ではないのね?」
彼女こそ、このソールズベリーの街を治める美しい妖精。
風の氏族の『そこにいるだけで完璧な存在』『誰よりも価値のある妖精』という特性を最も強く現した存在。
そして、『誰よりも妖精らしい妖精』───
風の氏族長オーロラである。
「はい……氏族の者達総出で調べましたが、どうも災厄ではないようで……何者かの仕業ではないかと」
そんな氏族長の少女に報告するのは、風の氏族の妖精達と少数の人間達だ。
ソールズベリーにおいて人間の立場は保証されているものの、とある歴史を辿った未来に比べればそこまで強くない。
なので、報告は主に風の氏族の妖精が行っている。
「この嵐は……思いあがったロンディニウムの連中の仕業ではないかと、疑っています」
妖精は人間の模倣無しに文化を作れない存在であるが、その身は神秘によって形作られているため、その手の現象を調べる事に関しては侮れない。黙って現状に甘んじているだけの木偶の坊というわけではないのだ。
自分達が脅かされている状況なので、妖精らしからぬ勤勉さというか必死さを発揮し、色々と調べた結果──その可能性に思い当たった。
今の報告が意図せず合図となり、室内に次々と怒りの声があがる。
「そうだそうだ!間違いない!ロンディニウムの奴らめ、ついに本性を現したな!」
「なんと身の程知らずな!尊き御方の素晴らしさを理解できない
「救世主トネリコも同罪だわ!楽園の妖精なんて、さっさと始末しておけば良かったのよ!」
未だ憶測の段階であるものの、風の氏族の妖精達にとっては事実認定するのに充分だった。口々にロンディニウムの『円卓』に対する罵声を叫んでいく。
その場にいる少数の人間も反応は同じであった。それどころか、オーロラに使える自分達は選ばれた人間だという自負──否、傲慢さがあるため、ロンディニウムの人間を失敗作呼ばわりしており、より醜悪さが際立っていた。
自然な流れでトネリコを貶めるのも、もはや恒例の伝統芸と言えるだろう。無論、悪しき伝統芸だが。
「駄目よ、あなた達。そんな決めつけるようなことを言っては」
しかし、それを諌めたのは意外な事にオーロラであった。
いや、彼女の妖精としての目的を考えれば、意外でも何でもない。
皆に愛される輝かしい妖精とはこうだと言わんばかりに、慈悲深い表情を浮かべながら言葉を紡ぐ。
「ロンディニウムの騎士ウーサーは、ブリテンを統べる新たな王です。救世主トネリコが見出して、多くの氏族の方々が賛同し、そしてあの北の女王マヴもその即位を認めました。
あの御方は、これから私達妖精と人間を繋いで、輝かしい未来へと導いてくれるでしょう……
そんな偉大な御方が、何の理由も無く私達にこのような非道を行うはずはありません」
以前に『もしあの人達が圧政者になったら……』と不信の言葉を口にしていたオーロラだが、当人はその事をすっかり忘れ去っていた。そのため、ウーサーが自分達に敵対するという発想には思い至らない。
いや……仮に覚えていたとしても、彼女の思い付きはそれほど変わらなかっただろう。
「ウーサー陛下は、
そう、困ったときは助け合いだもの!きっと何もかも、なんとかして下さるわ!」
そして、ウーサーの方から助けに来てくれると言い出す。
口から出まかせを言っているのではない。当人は、本気で思い込んでいるのだ。
「だから、あなた達もそんな事を言ってはダメよ?助けた相手に悪口を言われたら、向こうも嫌な気持ちになるでしょうし」
そう言った後、彼女は良いことを思いついたと笑顔を深める。
「そうだわ!『円卓』の方々がこの状況を解決したら、ソールズベリーに住まうみんな総出で歓迎をしましょう!何かをした後は疲れるもの、温かく労うのは当然よね!」
オーロラは歓迎すると言っているが、そこに他意は無い。単なる思い付きだ。
だから──仮にその歓迎が行われた場合、そこに『円卓』への蛮行が含まれている事など、全く想定していない。
主の言葉を受けて、疑うことを知らない妖精や彼女を崇拝する人間はみな、感銘の声をあげていく。
「それは素晴らしい!是非ともそうしましょう!」
「ロンディニウムの奴らは、我らの尊き御方の慈悲深さに心打たれ、上に立つべきは誰か思い知る事でしょう!」
もちろん、彼らは自分達が『円卓』に対してやらかした事を忘れたわけでない。にもかかわらず、オーロラが言ったというだけで皆その話に同意していた。
この場に真っ当な神経を持つ者がいたなら、『ここにいる者達の頭の中身は、一体どうなっているのだろうか?』と首を捻った事だろう。
まあ、風の報せが封じられている現状でロンディニウム側の動きが伝わっていないため、いくらかは仕方ない面もあるが……
皆からの言葉を受けたオーロラはというと、満更でもない様子だ。彼女は微笑みながら「ふふふ、みんなありがとうね」と礼を言うと、周りの者達はさらに彼女を褒めたたえる。
そんなやり取りが続くと───
「それにしても、街の住民たちは本当にみっともない!不安に駆られて右往左往して奴らばかりだ!俺達をしっかり見習えというものだ!」
一人がそのように悪態をつくと、他の者達も街の住人への不満をぶちまけ始める。
「そうよね!自分達がオーロラ様の恩恵に授かっているという自覚はないのかしら!」
「全くだ!これだから下々の奴らは度し難い!ちょっとした暴動とか発生してるしな!」
「それだけじゃないぞ!以前から良からぬ噂が流れてたけど、それがこの状況でさらに大きくなっている!」
不満がぶちまけられる中で、ソールズベリーに流れる良からぬ噂へと話題が及んだ。
すると、オーロラの配下たちはさらにヒートアップする。
「なんだって!?あのロクでもない噂、まだ流れていたのか!」
「それどころか、さらに広まっているだって!?冗談じゃないぞ!」
「その噂は私も耳にしたわ!ただでさえ嵐で気が滅入っているというのに、そいつら一体何を考えているのかしら!」
「本当にどうかしている!よもや『
「ええ───本当にそうね」
その噂の話を耳にした瞬間……オーロラの気配が変わった。
「とても、嘆かわしいわ」
顔の表情が大きく変わった訳ではない。
ほんの僅かな怒りも表してはいない。
その顔は憂いを含んだ表情であるが、その美しさに陰りは無い。
「この大変な時に、そんな噂をするだなんて」
ああ、しかし──オーロラの気配は、確実に変わっていた。
純粋無垢に善悪を楽しむ妖精達には、その変化がわからない。
崇拝と選民思想で目が曇っている人間達も、その変化がわからない。
室内にいる者達は、誰一人その変化に気づかない。
「そう思われてしまうのは、私が至らないからなんでしょうけれど……」
表面上は殊勝に見える態度でオーロラが言うと、その場にいる妖精達や少数の人間は一斉に主を擁護する。
「そんな事はありません!悪いのは落ち着きのない住民共です!あいつらは、この状況でオーロラ様の素晴らしさが忘れているのです!」
「そうですとも!この大変な時にこそ、尊き御方への忠誠をより一層示さねばならぬものを!」
「なんと恩知らずな者達か!良からぬ噂など、我々が黙らせてみせましょうぞ!」
全員が自分を擁護してくれたからか、オーロラの雰囲気が元の柔らかい状態へと戻る。
「ふふふ……みんな頼もしい。
そんな風に言ってもらえる限り、私の翅の輝きが色褪せる事はないわ」
彼女の言葉に、その場の者達はみな満足感を覚える。そして、自分は街の住人のような愚か者達とは違うのだと、自尊心をより深めていく。
彼ら彼女らはこれまでと変わらず、主を崇拝し続けるのだ。
さて、報告すべき事はもう終わったので、そろそろ話を切り上げるタイミングだ。
オーロラは、その場の者達が惚れ惚れするような優しげな表情で告げる。
「街の事はあなた達に任せます。これからも、お願いね?」
「はっ!!お任せください!」
自分達の主の言葉を受け、室内にいた妖精達や人間は次々と退室していく。
ほどなくして、部屋に残ったのはその所有者たるオーロラだけとなった。
「あの子たちの言う通り。街のみんなは騒ぎすぎね」
報告を受け始めた段階だと気分の優れない彼女であったが、深く物事を考えるような頭は持ち合わせていないため、外の嵐が変わらない状況であっても上機嫌になっていた。
「そうよ、心配なんていらないわ。何か起きても、待っていれば収まってくれるの。
悩み事はみんな、誰かが解決してくれるんだから」
そう独白すると、オーロラは部屋の隅へと歩いていく。彼女の向かう先の壁際には棚あり、その上に飲み物の入った三つの容器が置かれている。
「話が長かったから、喉が渇いたわ。飲み物で潤しましょう」
妖精は飲食を必要とせず、やったとしてもゴッコ遊びなのだが、好奇心旺盛なオーロラはそれを楽しんでいた。
その棚に置かれている三つある容器から一つを選び、その中身の飲み物をコップに注ぎ、口に付ける。
三つとも、以前に旅人から献上された飲み物だ。そのどれもが当人曰く『妖精としての活力を促進する』とのことで、好奇心を刺激されたオーロラは是非にと承諾した。
彼女を崇拝する人間達が心配して毒味──この発想は妖精にないものだ──をしたが、どれも特に問題は無かったため、最近こうして愛飲し続けている。
気が向いたら三種類の飲み物を代わる代わる飲んでいるが、以前よりも翅の輝きが増したような気がすると、オーロラは感じていた。
彼女の妖精としての目的が満たされるため、この飲み物を飲むたびに幸福感を覚えずにはいられない。
喉を潤して軽く息をつくと、思い出したように独り言ちる。
「それにしても、先ほど聞かせてもらった噂は本当に酷いわね……
ああ……そんな噂を口にするひとが、もし目の前にいたら────
毛虫に変えて、踏みつぶすのに」
ブリテンで『もっとも無垢な簒奪者』の呟きは……
誰の耳に入ることもなく、室内の空気へと消えていった。
あと短い話を2つ挟んでから、『円卓』の軍事行動が開始となります。