もし、異聞帯のウーサー君がバグキャラだったら 作:北国の放浪者
「説明を要求します」
ウーサーからすでに寿命問題が解決している事を打ち明けられ、トネリコは目を座らせながら要求する。その矛先となる青年は、当然というべきか冷や汗を流していた。
「せ、説明するから……落ち着いてもらえると助かるかな」
少女のささやかな地雷を踏み抜き、地味に焦る若きブリテン王。その姿に威厳など全くなく、妻に頭があがらない夫というよくある姿を晒していた。
「…………………………」
「は、ははは……」
ウーサーの言葉には答えず黙って睨みつけるトネリコ。目を据わらせているのは変わらないが、よくよく見てみると──その瞳は微妙に潤んでいた。
青年から聞いた話は喜ぶべき事であり、実際に彼女はとても喜んでいる。そう、とてもとても喜んでいるのだ。これ以上ないほどに。
ただ、それとは別にちょっぴり物申せずにはいられなかった。なんかアッサリと自分の成果が覆された現実の理不尽さに対して。
時間の合間を見つけてとはいえ、トネリコは寿命問題を解決するため頭の労力を費やしていたのだ。ブリテンの未来だけでなく、ウーサーと自分の個人的な幸せも考えて。
それを「もうこっちで解決しているから」などと言われれば、「もっと早く言えや」となるだろう。
頬を膨らませながら目を潤ませて睨んでくる様子は、『わたし拗ねてます!』とわかりやすく主張していた。
そんな妻を前にしたウーサーは微妙なる焦りを募らせ──
(ああ、なんと可愛らしい……)
否。内心でまたいつもの惚気を始めていた。
信じられないかもしれないが、こんなアホでもブリテンの統一王である。
(ふふふ……トネリコはやはり怒った時も魅力的だ、この顔は至宝と言っても過言ではないだろう。ぜひとも絵に残して額縁に入れ、宝物として残しておきたい───)
惚気の思考を進めていくが、途中でハッと気づく。
(いや待て、待つんだウーサー!お前はまた間違うのか?こないだトネリコに怒られたばかりじゃなか!ここで調子に乗ると火に油を注ぐだろう!しっかりと誠実に対応せねば……!)
なんとか危機意識を働かせ、思考を軌道修正するウーサー。流石に経験から学ばないアホではなかったようだ。
だが残念ながら、トネリコはそんな夫の思考を見逃さかった。妖精眼で真実を見通すまでもなく──まあ嘘つかれたわけではないから読心効果は特に働かず、付け加えるなら妖精眼の誤動作も発動しなかった──、女の勘で洞察する。
「……ウーサー君、またアホな事を考えましたね?」
「な、何の事だろうか……?」
トネリコからの追求にウーサーは反射的にとぼけてしまうが、今度は思考がバレないよう誤魔化したため、妖精眼が発動してバッチリと見抜かれる。
潤んだ目でさらに睨みつけてくる妻に、冷や汗を加速させて余計に焦ってしまう夫。
(不味い!説明するつもりだったのになんかドツボにハマっているぞ!何故だ、どうしてこうなった!?)
いや、それは途中で変な事を考えたからなのだが……
そんなテンパるウーサーを見て、少しだけ──ほんの少しだけ不憫に思ったエクターが、「やれやれ」といった様子で仕方なく助け舟を出す。
「落ち着けトネリコ、今回は少し間が悪かっただけだろう。皆が忙しかったのはお前も知っているだろうに」
「黒騎士……」
「先日のようなサプライズだとか空気読めない真似をウーサーがした訳でもあるまい」
「まあ、それはそうですが……」
頼りになる黒騎士からそう諭されたので、トネリコは思いのほかアッサリと要求を弱める。
まあ当人的にちょっぴり物申したかっただけなので、諭されたらこうなるのは当然だった。
(……あれ?僕はさり気なくディスられているのか?)
ちなみに、援護されながらもナチュラルに以前の事を言われたウーサーは地味に凹んでいたりする。
「……本人もこの場で打ち明けるつもりみたいだったし。間が悪かったら、仕方ないか」
エクターの取り成し──というほど拗れた訳ではなかったが──で落ち着いたトネリコは、申し訳ないという表情でウーサーに謝罪する。
「すいません、ウーサー君。時間の合間を見つけてとはいえ、けっこう気合を入れて取り組んでいたので……つい、大人げない反応をしてしまいました」
「あ、ああ……大丈夫だ。僕も話が遅くなって申し訳ない。忙しかったのは、言い訳にしかならないからね……」
頭を下げてくるトネリコに、むしろ恐縮せずにはいられないウーサー。
お互いに頭を下げ合うという微笑ましい光景が繰り広げられる。夫婦ともに相手を尊重しているから、変な我を通すようなことは起こり得ない。
「そっか……ウーサー君の寿命問題、もう解決しているんだ」
彼女の中の
胸の内を、幸福感が満たさない筈はない。
「数千年レベルかあ……」
それだけ寿命が延びたら、お互いに大過なく過ごせれば──あるいは大きな事件が起きてもちゃんと乗り越えられば、同じ時間感覚で夫婦として共に歩んでいける。
トネリコの情緒は、大きく揺さぶられていた。
「あら、感動して涙ぐんでいるわね」
「トネリコの幸せがずっと続くんだから当然だな!思いっきりうれし泣きしていいんだわ!」
「私も同感です!トネリコさんはうんと泣いても良いと思います!」
マヴから微笑ましくも軽口を言われ、トトロットとエインセルから純粋に祝福されると、トネリコは恥ずかしさで慌てだす。
「な、泣いてないよ!?ああいや、ちょっぴりジーンと来ちゃったけども!ここで声をあげて泣くほど私のメンタル弱くないし!」
本人の言う通り、別に号泣しているわけではなく涙ぐむに留めているが、それはトネリコの方でウーサーの寿命を延ばす算段がついていたからだ。
仮にそれが出来ていなかったら、彼女はもっと大きく感情を揺さぶられていたに違いない。
「わ、私の事はいいです!それよりもウーサー君から、寿命が長くなった理由を聞かなくては!」
羞恥心で顔を赤くしたトネリコが、かなり強引に話を逸らす。無理やりな方向転換なのは明白だったが、仲間の女性陣は暖かい目で見ながらそれに合わせる。
話を促されたウーサーはというと……なんかハイテンションになり始める。
「よくぞ聞いてくれたトネリコ!打ち明けるのが遅くなってしまったけれど、僕が長寿を手に入れた理由を説明するとしよう!」
(あ、なんか既視感が)
この
まあ、聞く前から断定は出来ないので耳を傾けておく。
「今回の寿命が長くなった件は僕も想定外だった。トネリコが僕のために費やしてくれた労力を結果的に無下にしてしまったこと、改めて謝罪しよう。
一体なぜ、このような事が起きたのか。どうして、僕の寿命が一般的な人のソレを超越したのか……数千年レベルの長寿は、力ある妖精でも驚異的な長さだ。何の理由も無しに身につけられるほど生易しいものではない。
僕が驚異的な長寿を身につけた、その理由なのだけれど……
───そう!これも、愛の覚醒による肉体進化の賜物なんだ!」
「うん、そんな事だろうと思った」
順当に予想していた答えを聞かされ、トネリコは「そうだよねー」と乾いた笑いを浮かべてしまう。だいぶ慣れてしまった自分に黄昏ずにはいられない。
そんな妻の反応に、ウーサーは「解せぬ」といった表情を見せる。
「……なぜ全く驚かないんだい?」
「この短期間に、同じような事が何度あったと思ってるの。むしろ答えを予想しない方がおかしいでしょ」
こうも繰り返されると流石に慣れるし、ぶっちゃけてしまうと展開に飽きるというものだ。身も蓋もないが。
トネリコは半眼でそう返したが、どういう訳かウーサーは至福の表情を見せてのたまう。
「そうか……ふふふ。僕の想いの深さが君に伝わっていて喜ばしい。まさに天にも昇る心地だ」
「こんなので天にも昇る気持ちになられたらなあ……」
思わずぼやきが口からこぼれるトネリコであったが、ウーサーは全く気にしなかった。そのまま話を続ける。
「この肉体進化によって、細胞が通常規格から特別規格に切り替わったんだ。まさに革命的な進化と言えるだろう。我ながら、自らの愛の深さに改めて驚嘆せずにはいられない」
「マジで驚嘆せずにはいられないなー……ウーサーとは別の意味でだけどよ」
すでに事情を知っていたグリムの呆れ混じりの感想に、どうやらウーサーは称賛されたと受け取ったようだ。
「ははは、グリムからそう言われると胸の内が高揚で満たされる。とても誇らしい気分だ」
「……まあ、お前が前向きに受け取るのは別に構わねえけど」
「これはもう、以前にグリムから勧められた『スーパーブリテン人』を名乗るべきだろうか?」
「あの時のオレ、投げやりに言ってみただけなんだけどなあ……」
まさか今になってあのとき適当に言ったネタを掘り返されるとは。
そして一連の流れを見たライネックは、やはりと言うべきか口からぼやきがこぼれてくる。
「すでに聞かされていた事とはいえ、未だに反応に困ってしまう。俺は一体どう突っ込めばいいのだ?」
「ライネック……こういうのは軽く流せ。気にしたら疲れるだけだぞ」
「黒騎士よ……今の俺が、疲れてないように見えるか?」
「ああ……そういえばそうだったな……」
苦労だとか諦めだとか達観だとか、様々な感情を闇鍋でごちゃ混ぜにしたようなライネックの言葉に、エクターはただそう返すしかなかった。
ウーサーによって、会議室内には締まりのない空気が流れるが───
「まあ、それはそれとして」
今回は流石に、それで終わりはしなかった。
「ところで、ウーサー君が大幅に強くなったり寿命が長くなった本質的な理由なんですけど」
「え?待ってトネリコ。僕はすでに愛の覚醒が理由だと説明した筈じゃあ」
「まあそれはそれとして、本質的な理由なんですけど」
「僕の想いの深さが伝わったのでは!?」
ウーサーがアホな事を叫んでいるが、それを華麗にスルーするトネリコ。
若きブリテン王のバグっぷりで埋もれがちだが、忘れてはいけない。
青年の妻たる楽園の妖精は、聡明な才女であるということを。
そんなトネリコから切り出された話に、グリムは以前から思っていたことを言葉にする。
「思うんだけどよ……これもう、絶対なんか外的要因があるだろ」
かつて賢人であった少年の意見に、救世主の少女は同意を示す。
「やっぱり、グリムもそう思いますよね」
「その口ぶりからして、トネリコも同じことを考えていたか。ま、そりゃそうだよな」
「はい。ウーサー君の身に起きた変革は、あまりに都合が良すぎる。普通に考えたら、想いの力だけで肉体がこのような現象が起きるはずありませんし」
「僕の想いの深さが伝わったのでは!?」
魔術の師弟が交わす情け容赦ない会話に、同じことを再び繰り返すウーサー。
「待ってくれ。二人とも待ってくれ。肉体に異変が起こるような出来事なんて、僕にはさっぱり心当たりがないんだ。何度も言うように、これはトネリコへの愛が起こした覚醒というか……」
「愛の覚醒とやら
「うぐっ!?」
グリムの容赦ない切り返しにウーサーは言葉を詰まらせる。少年の言う通り、常識的に考えれば全く持ってその通りだからだ。
「そもそもお前、『愛の覚醒』と言われたくらいでこっちが考えるの止めるわけないだろ。魔術の使い手を舐めんなよ?」
「なんかグリムが辛らつなんだけど!?」
グリムから半眼で告げられ、ウーサーはガビーンと効果音が聞こえそうな反応を見せる。
その仕草があまりにコメディだったので、トネリコは思わず吹き出してしまう。
「グリム先生が辛らつなのは相変わらずだと思うけど。小川のようにさらさらと嫌味が流れてきますし」
「おー、トネリコ言うじゃねえか。よーし良い根性だ。今度時間がある時にマジマッチな」
「む?久しぶりのマジマッチですか。ふふふ、いいですね。ソールズベリーの件が片付いたらぜひ受けて立ちます」
魔術の師弟が軽口をたたき合っていると、少し考え込んでいたエインセルが意見を述べてくる。
「先ほどウーサー陛下は『通常規格から特別規格に切り替わった』と仰っていましたが……ひょっとして
その意見を聞いて、「……なるほど」と納得に近い様子を見せたのはエクターだ。彼はそのまま所感を述べる。
「ウーサーは戴冠式で『この身に隠された真なる力が解放された』と言っていたな。
「そういえば言っていたんだわ!つまり、ウーサーの非常識っぷりは
「意義あり!ロック解除だとしてもそのトリガーは『トネリコへの愛』なのだから、『愛の覚醒』扱いすることを要求する!」
トトロットが言い終えると、これまでの主張を強硬に押し出してくる『トネリコ大好き人間』のウーサー君。本人的に凄まじく大事な拘りなのだろう。
なんというか、とてもとても必死であった。
若きブリテン王の拘りっぷりに、今度はトネリコだけでなく他の女性陣が吹き出してしまう。ライネックとエクターは「困った男だ……」とため息を吐き、グリムは軽く肩を竦めていたが。
まあこのままだとウーサーが可哀そうなので、トネリコは少し照れながらも青年の意見に同意する。
「うん。まあウーサー君が主張するその部分は疑っていませんよ?あくまで探究をしているだけですので」
「そ、そうかい?ならいいのだけれど」
妻からそう言って宥められ、ホッとする愛妻家のブリテン王。
バグった青年が納得したところで、魔術の師弟は考察を続ける。
「もしエインセルの仮説が正しければ、ウーサーは最初から
「ええ。その場合は、生まれる段階あるいはそれ以前に何か外的要因が働いたことになりますが……」
「生まれる段階かそれ以前ねえ……何者かが関与したってことかしら?そんな事する者に心当たりはないのだけれど」
グリムとトネリコの話にマヴは自分の記憶を探ってみるが、残念ながら目ぼしい心当たりは思い浮かばない。
それは、ライネックやエクターなど他の者達も同様であった。
「俺も心当たりはない。そもそも、人間を自分達の手に負えないほど強化しようとする妖精など、このブリテンにはいないだろう」
「かといって、人間が関与したとは思えないな……ウーサー以外の人間にそんな芸当は出来ないだろうし」
魔術の師弟だけでなく他の皆も交えて色々と考察を交えていくが、具体的な新事実には届かない。まあ、思考停止は問題があるので頭を働かせているが、詳しい調査が伴っていないため、新事実に届かないのは当然であった。
ただ……その中でグリムだけは、皆よりも難しい顔をしている。
(なんか引っかかるんだよなー。頭の片隅に靄が掛かっているというか、何かが過去にあったというか……この違和感は一体なんだなんだ?)
実のところ、グリムが
少年は試しに自分の記憶を魔術で精査してみる。これも初めてではなく幾度か行ってきた事なのだが……今回も異常は見つからない。
(やっぱりダメだな。何度試しても、記憶に魔術的なロックが掛けられた感じはない……オレの思い過ごしなのか?)
そう考えるも、これまで賢人を務めてきた少年はその違和感を流すことに抵抗があった。
(いや、何もなかったらこんな違和感は感じない筈だ。きっと何かあったはずなんだが……)
見当をつけようと考え込むも、相変わらず靄が掛かってそこから先に進めない。
「あー、サッパリ分からん!」
違和感の正体がわからずもどかしそうにするグリム。その様子に周りの者達が不思議そうな顔をする。
トネリコが皆を代表し、少年に問いかける。
「どうしたんですか、グリム。随分と根を詰めて考え込んでいたようですけど」
「……魔術で自分の記憶を精査してみたんだ。何か目ぼしい人物や出来事がなかったかってな。結局、それっぽい情報がなくて、もどかしくなっちまってよ」
「ああ、先程の魔力の動きはそういうことでしたか」
外界ではなく少年の内側という閉ざされた世界への魔術行使だったので、魔術の天才である彼女も少しだけ把握が遅れたようだ。
「やはり、判断材料が少ない状態で解明するのは難しいですね」
情報収集をした上での考察ではないのだから、考察してもここまでだろう。
「その様子だと、『とりあえず考察してみた』くらいの感じかしら?」
「ええ、頭を使うのは習慣なので。流石に今の段階で完全解明できるとは思っていません」
マヴの感想に、トネリコは苦笑しながらそう答える。
「緊急性があるわけでもないですし、長いスパンで見ていきましょう。逆賊討伐が終わって状況が落ち着いたら、ウーサー君が生まれた人間工場を特定して調査する選択肢もありますし」
「……そうだな。とりあえずその方針でいくか」
頭を動かすことは重要だが、現状でいくら考えても分からない事を気にし続けるのは、時間の使い方として良くないだろう。トネリコの言う通り、状況が落ち着いてから情報を集めるのが妥当であった。
「むう……僕自身は自分の出生を特に気にしていないんだけれど」
「私も拘っていませんが、救世主という生き方をしてきたため、こういった謎には探求心が働きまして」
問題解決のため謎の解明をするというのは、ブリテンを救うため活動してきた彼女にとって習慣となっていた。
「今は、ウーサー君の寿命問題が解決した事実をもって、良しとしましょう」
その言葉と共に、この場におけるその話題はお終いとなった。
ウーサーの肉体の変革について、真相が明らかになるのは……もっと先の未来のことになる。
「あなたの事情の把握が私より遅れたのはウーサーの落ち度ね。夫ならまずは真っ先に妻へ教えないといけないのに」
「皆が忙しかったので、打ち明ける順番やタイミングが変則的になったのは仕方ないと納得しました。私もウーサー君に寿命対策の件は話してませんでしたし」
会議室での会話のあと各自思い思いの行動に移った訳だが、なんとなく二人で廊下を歩くことになったトネリコとマヴ。
別に意識してそうなったわけではなく、単なる偶然である。
「彼は有能なんだけど、時々抜けているところがあるのよね」
「時々……時々かなあ?」
「あー……まあ、ここぞという時は絶対にポカしないから、いいんじゃないかしら」
どこかぼやき染みた感想を述べる二人。若きブリテン王はバグってパワーアップしたが、どこか抜けている部分は相変わらずだ。
ちなみに、覚醒でハイテンション気味になる前から、ウーサーは天然が入っていたしボケもかましていた。まあ今よりマシだったが。
「ところで、トネリコ」
「なんでしょうか?マヴ」
「あなた、さっきの寿命の会話で私に気を遣っていたでしょう?」
北の女王から不意に切り出され、救世主の少女はピタリと足を止める。
「……やっぱり、気付いてました?」
「当然よ、わかりやすかったもの」
トネリコはばつが悪そうにしているものの、対するマヴの表情は穏やかであった。やれやれといった様子で軽く肩をすくめる。
「全く……戦いの際は容赦ないのに、そういうところは律儀なのね」
「……話題が話題ですから、何の気兼ねもなくという訳にはいかなくて」
マブは軽い調子で話しているが、トネリコとしてはそうはいかなかった。
救世主の少女は軽く息を吐き、当時の光景を思い浮かべる。記憶と共に心の中でこみ上がってくるのは、
「夏の戦争で起きた
「そうね、あの時は容赦なく滅多打ちにされたわね。戦いの後に、『この女、血も涙もないんじゃないか』と思ったものだわ」
「うぐっ……それを言われると反論できない……」
当人は冗談めかして言っているが、攻撃した側としては引け目を感じざるを得ない。
「そういった事情で、貴女の前ではウーサー君の寿命に関して話を切り出しづらかったのですが……大事な内容なので、黙っているという訳にはいきませんでした」
「そうね。ウーサーの寿命はあなた達個人の事情だけでなく、このブリテンの未来にも関わる。私に話さないという選択肢はないでしょう」
北の妖精を統べるマヴは、このブリテンの実力者だ。個人の事情ではなく政治的な面から考えれば、早めに情報共有しておくのは当然の選択であった。
まあ、実際にはウーサーの寿命問題がすでに解決しており、それを諸々のタイミングの関係でマヴが先に把握していたため、トネリコの気遣いはやや空ぶってしまったわけだが。
「とはいえ、気にしてくれた事には礼を言っておかないといけないわね。ありがとう……トネリコ」
長年に渡って宿敵関係だった少女の気遣いを受けて、誠実に礼を述べる誇り高き北の女王。それに対し、救世主は殊勝な表情で控えめに頭を下げて応じる。
「それにしても……あれからすでに1600年も経っている、か……」
北の女王は久しぶりに……過去へと想いを馳せる。
「……あの時に
よりによって、あのタイミングで寿命を迎えるだなんて……」
当時の事を思い浮かべると、感傷混じりに自嘲せずにはいられなかった。
「戦いの最中だったのに、茫然自失に陥ってしまったわ。ふふふ……我ながら本当に間抜けだったわね」
「マヴ……」
しんみりとした口調で語るその姿に、トネリコは安易に言葉を発することをせず、耳を傾ける。
「あなたがウーサーの寿命対策を考えたのを見て、『私もそうしてれば』と思わなくもないけど……もう、終わってしまったことよ。昔のことだわ」
あの頃に、恋人の寿命を延ばそうと手を打っていれば。あるいは、それが難しくても人間の寿命が短いという事実と向き合い、しっかり折り合いをつけていれば。
そういう考えが浮かんだとしても……彼女自身が言う通り、もうずっと昔の事であった。
「今更気にしたところで、夏の戦争が起きたあの頃は戻ってこない。考えても仕方のない事……
ああ、いえ。この表現は違うわね」
それはとても大切なことだと感じたので、言葉にして形にする。
「きっと、過ぎ去った過去が戻って欲しいなどと、思うべきではないのでしょう……
「今の自分を構成する一部、ですか……」
北の女王の言葉に、トネリコは共感を覚えた。救世主として幾度も辛酸を味わってきた末に、今の自分があるからだ。
「その言葉、私もわかります……正確には、そう考えられるようになったと言うべきでしょうか。ようやく、ではありますが……」
ウーサーと無事に結ばれ、ブリテンに理想の国を作るという夢が形になったことで、そう考えられるだけの精神的余地がトネリコに生まれていた。
もしこれが戴冠式で全てご破算になっていたら、こうはいかなかっただろう。
……汎人類史の『自分』が滅びたブリテン異聞帯を救うため、レイシフトで記憶を自分に送った事と、ある意味矛盾する考えかもしれないが。
いや、あれは自分の過去をやり直す事とは意味合いが違うから、一緒にするべきではないのかもしれない。人によって、意見は分かれるだろうけれど。
「あなた、苦労してきたものね」
少女の救世の旅路が過酷であったこと──救おうとした者達の大半がロクでもなかった──は、長年に渡って好敵手であり続けたマヴも知っていた。よくやっていると内心で尊敬の念を抱いていたものだ。態度にはあまり出してこなかったが。
(苦労と言えば、救世の旅路だけでなく故郷であるオークニーもそう。この娘は、3600年前に自分を育ててくれた雨の氏族を滅ぼされている……)
牙・土・風・翅の四氏族の合同軍によって、トネリコの故郷は攻め滅ぼされた。成り立ちが同じ南部の妖精で参加してなかったのは、鏡の氏族だけだ。
(……味わってきた苦労の度合いでいえば、どう考えてもこの娘の方が勝る。本当に……よく立ち上がり続けてきたものだわ)
だからこそ、張り合いがあった。自分と相対するのに相応しい相手だと。
このブリテンの主導権を競い合うのに不足ない、好敵手だと。
「そんなわけでお互い過去に色々あって、その積み重ねの果てに今がある。後ろを向いてくよくよしても仕方ないでしょう?」
「……マヴは本当に前向きですね」
それがこうして穏やかに言葉を交わす関係へと至ったのだから、生きていると何が起きるかわからないものだ。そのような事を考え、感慨深いものを覚えるマヴ。
とはいえ、しんみりした空気を出し続けるのは自分のキャラではない。
「そんな苦労の末に勝ち取ったのが、今のあなたの幸せ。とても価値あるものよ。
だから、思う存分ウーサーに甘えてきなさい」
少し強引かと思ったが、マヴは話の方向を転換してトネリコを焚き付ける。
いきなりそんな事を言われた当人は驚き、そして顔をほんのりと赤くしながら慌てだす。
「あ、甘えてって……っ」
「いいから甘えてきなさい」
「うう………」
押しの強いマヴに戸惑いながら照れるトネリコ。妖精眼で言葉の裏の心境は視えているが、それを敢えて指摘する気にはならなかった。
……その勧めに異論はなかったので、北の女王に押されるまま頷き、新たなブリテンの王妃は寝室へ向けて足を進め始める。
トネリコが廊下を歩いていくのを確認したマヴは、明日から始まるソールズベリー遠征を前に気合を入れる。
「明日はいよいよ、ブリテンの未来を決める遠征の幕開けね!ここまで準備を整えたのだから、絶対に成功させるわ!」
そのために英気を養わなければと思って、北の女王も寝室へと向かうのであった。
「というわけで、今晩は……夫婦の営みをしようかと」
「うん、僕はバッチ来いで全く問題ないけど」
なんかマヴの言葉を
まあその口調は控えめであり、初心ならではの恥ずかしさを隠せていなかった──これは新婚だから仕方ない──。
夫たるウーサーの返答は、当然ながら乗り気なものであった。それでいて返答の割にやたらと爽やかな笑顔を浮かべており、鼻の下を伸ばすようなだらしなさは皆無という、なんとも判断に迷うイケメンぶりを発揮していた。
だから、すぐガッツくような格好悪い真似は断じてしない。彼はトネリコの提案に対する所感を口にする。
「珍しいね。トネリコのことだから、『今は大事な時だからそういうのは後回しです!』というスタンスかと思っていた」
「ウーサー君の解釈は間違っていませんが……」
トネリコ的にウーサーの所感は的を得ていたが、明日以降のことを考えるとそう格好つける訳にはいかなかった。
「その……明日からソールズベリー遠征が始まります。そうなると、夫婦の営みはしばらくお預けになるわけでして……さすがに野営テントでするわけにはいきませんし」
「あー、楽天家の自覚がある僕だけど、さすがにその選択は難しいなあ……」
万が一に見られたり聞かれたりしないよう魔術で結界は張れるが、逆賊討伐の行軍中に
戴冠式から本日まで多忙を極めたため、初夜以外でそういった時間を確保してこなかった。なので、遠征前夜にトネリコがそういう気になるのもウーサーには理解できた。
「まあ、そういうことなら」
「わっ」
だから、ウーサーは寝間着姿のトネリコを抱き上げる。いわゆるお姫様抱っこというやつだ。
抱き上げられた当人は、恥ずかし気につぶやく。
「……寝間着の丈が短いから、下半身がスースーする」
トネリコが着ている寝間着はネグリジェだが、その丈はけっこう短いタイプだ。そのため、お姫様抱っこされるとめくれ上がってしまい、彼女の美脚が露わになる。
IFの歴史で冬の女王となった彼女には届かないものの、今の救世主の彼女でも充分にスタイルは良いのだ。
「脚はともかく、お尻がひんやりするのは違和感あるなあ……」
「むぅ……まさか、穿いてない?」
「穿いてるよ!?私は痴女じゃないってば!」
やたらシリアスな顔つきで呟くウーサーに、顔を真っ赤にしながら慌てて主張するトネリコ。流石にそこまで頭がピンクにはなっていない。
妻の言葉を受けて、青年は苦笑しながら軽く謝罪する。
「ははは、ごめん。今のはデリカシーに欠けたね」
「全くですっ。もう……」
会話しているうちに、すぐベッドへと辿り着いた。まあ寝室なので当たり前だが。
ベッドの上に降ろされるトネリコ。そのすぐ傍にウーサーが腰を下ろす。
「ウーサー君」
「なんだい、トネリコ」
「あなたの寿命問題が解決して、本当に嬉しい」
トネリコは仰向けの姿勢でウーサーを見上げ、万感の想いを込めて語る。
「私の方であなたと同じ時を歩めるよう取り組んでいましたが、それがすでに実現済みということが……とても幸せです」
「……ああ」
妻の言葉に頷き、ブリテン王たる青年は彼女の美しい金髪を優しく撫でる。
「同時に、寿命が長くなったからといって油断してはいけないと思っています。私も、あなたも」
そこで、救世主の少女は表情を真剣な面持ちに改める。
長い時を生きた、賢者の顔だ。
「長生きするという事は、
単位年月あたりでの
それはつまり、通常の寿命を生きるより多くの危機的状況を経験するという事だ。
「君と共に人生を最後まで全うするには、その数多くの危機的な状況を乗り越えていかなければならない」
「はい。生きている限り、困難に終わりはありません。一度幸福を迎えても、それがずっと続く保証はない」
「……君が言うと、これ以上ないほど説得力がある」
ただ長生き出来れば幸せを甘受できるほど、現実と言うのは優しくない。ここが楽園ならばともかく、妖精文明が栄えているブリテンは比喩表現抜きで魔境だ。
現に戴冠式では、風の氏族に仕掛けられるという事態が起きたのだから。
(生きるという事はある意味、戦い続けるという事と同義だ)
「ハッピーエンドの後にバッドエンドを迎えるだなんて、僕は絶対に避けたいな」
あえて冗談めかした表情で言うが、それは心からの言葉だ。
ウーサーの心遣いを察したトネリコは表情を和らげ、微笑みながら頷く。
「私もです。だからこそ、明日から始まるソールズベリー遠征はもちろん、その後のブリテン統治も……万全の構えで挑みましょう」
そこまで口にしてトネリコは苦笑を漏らした。自分から情事を提案したのに、その雰囲気を逸脱するような事を言っているからだ。
「夫婦の営みの前に、真面目な話をしてしまいましたね」
「構わないさ。これからのために必要な事だと思ったんだろう?」
「はい」
何度も苦難を味わってきたトネリコの言葉だ。それを尊重するのは、ウーサーにとって当然のことだった。
とはいえ、彼女の方は真面目過ぎたと思ったようで、改めて空気を
「コホン。先日は初めてだったのでテンパりましたが、今日はあのようなみっともない姿は見せません。楽園の妖精の底力をお見せしなくては!」
トネリコはそう気合を入れるものの、明らかに背伸びしている感が満載であった。その様子が可笑しくて、ウーサーは軽く吹き出してしまう。
そんな夫の様子がお気に召さなかったようで、彼女は可愛らしく頬を膨らませて抗議する。
「ウーサー君、その反応はあんまりじゃないかなあ!?」
「ああ、済まない。今のはツボにハマってしまったんだ。どうか勘弁してほしい」
笑いを収めながら──今この瞬間が愛おしくて仕方ない。
ウーサーは、しみじみとした心境で言う。
「ははは、本当に……僕はなんて、幸せ者なんだ」
「……それは、私の方ですよ」
その想いは、トネリコも同じであった。
「……ウーサー君」
「なんだい、トネリコ」
「ずっと、ずっと……一緒にいてね……」
「もちろんだ。何があっても、君を離さない」
余談ではあるが。
二人の営みは、三回戦まで行われた。
その全てでトネリコが完全敗北を喫したのは、語るまでもないだろう。