もし、異聞帯のウーサー君がバグキャラだったら 作:北国の放浪者
是非とも、話の最後までご覧ください。
「よくぞ集まってくれた、ブリテンの誇り高き民よ」
国軍の出発当日。
ロンディニウムの郊外には大軍が集結していた。
それらはもちろん、ソールズベリー攻略を行うための討伐軍である。
聴衆に語り掛けるウーサーのすぐ傍には、ブリテンの重鎮メンバーが集まっている。
前日に事前確認の打ち合わせを行ったメンバーはもちろん、翅の氏族の長ムリアンや土の氏族の長も馳せ参じていた。
「皆もすでに知っての通り、風の氏族の長オーロラとその一派は我々に反逆した。戴冠式で私の杯に毒を仕掛け、そしてあろうことか我が妻トネリコを陥れようとしたのだ。
私がブリテンの統一王となったのは、ブリテンの民である皆の賛同があってのものだ。ゆえに私の意思は皆の意思であり、ブリテンの総意である。
オーロラ一派の行為は、『円卓』だけでなくこの場に集まった皆に対する反逆だ。あの者達を放っておくことは断じて出来ない」
逆賊行為は断じて許さないと明言するウーサー。新たなブリテンの安定のため、これは決して譲るわけにはいかない一線だ。
ただ、前日の打ち合わせで話した通り、ソールズベリーの住人すべてが意思統一して逆賊行為を行った訳ではない。そのため、この演説にてしっかりと予防線を張っておく。
「しかし……私は改めて考えた。『果たしてこの反逆行為の責は、風の氏族すべてに及ぶべきだろうか?ソールズベリーの住民すべてに及ぶべきだろうか?』と。
───その答えは否だ。否である。
風の氏族の在り方は極めて問題ありだが、中には心ある者達も存在する。そういった者達に、責が及ぶべきではない」
ウーサーの演説に土の氏族の長は若干不満そうにしていたが、風の氏族が弱体化する結果は変わらないため、あえて異論を口にするようなことはしなかった。
「その心ある者が、今この場にいる。風の氏族の長オーロラの在り方に疑問を抱き、それに異を唱える者だ」
そして──ウーサーが風の氏族に対して柔軟な姿勢を見せているのは、『円卓』への協力者の存在もあった。
ブリテン王の言葉の後に、一人の妖精が演説台へと歩み寄っていく。
「ありがとうございます、ウーサー陛下。私のような者に発言の機会を与えてくださったことを、心より感謝いたします」
丁寧に感謝を述べる妖精の女性。ウーサーが頷いて立ち位置を譲ると、彼女は会釈をしながら前へと進み聴衆の前にその姿を現す。
その女性は、オーロラの邪悪さを告発するとウーサーに名乗り出た風の氏族の妖精だ。
彼女は以前から自分達の氏族の有り様に疑問を持っていたようで、この機会にそれを正そうと決意したのである。
もちろん、演説するにあたって『円卓』が不利益を被るような発言をしないよう取り決めがなされている。当の女性自身が申し出て、汎人類史において魔術師の世界で使用されている
この契約術式であるが、オリジナルのような『契約違反である』と見做されたら問答無用で呪いが発動して対象を苦しめる物騒なモノではなく、
妖精に対して作用するものであることから、魔術刻印ではなく妖精紋様に掛ける術式となっている。
自身を苦しめる効果がないとはいえ、この手の束縛術式を自分から率先して申し出たのだ。その風の氏族の女性が抱く決意のほどが伺えるだろう。
「まずは、僭越ながら私が風の氏族を代表し、この場に集まった皆様方にお詫びを申し上げます」
風の氏族の女性による演説は、まず謝罪から始まった。
「私達『風の氏族』はこれまで、風の報せを使って数々の情報操作を行ってきました。風の氏族にとって好ましくない相手を排除するよう、ブリテンに住まう皆様方を扇動してきたのです。
それはブリテンの民として恥ずべき行為であり、決して許されることではありません。
これまで行ってきた数々の愚行……誠に申し訳ありませんでした」
そう言って風の氏族の女性は神妙な様子で、聴衆に対して深々と頭を下げる。
妖精という生き物(?)の性質を考えれば、その行為は極めて特異なものだろう。それゆえに何度も妖精に煮え湯を飲まされているトネリコは、その謝罪行為を感慨深げに見ている。
(鏡の氏族やかつて滅びた雨の氏族を除いたら、ブリテンの妖精は9割がダメな連中ですが……ウーサー君は、1割の良き妖精を上手く引き寄せている)
ウーサーはロンディニウムに良き妖精を集めてきたが、この風の氏族の女性は自分からやってきた。若きブリテン王は、そういった引力を備えているのだろう。
風の氏族の女性が述べた謝罪であるが、それに対する各氏族の妖精達の反応は──意外なことに静寂であった。
ブリテン異聞帯の妖精の性質を考えれば、これはとても驚くべき事態だ。弱みを見せた相手に漬け込むなど珍しくなく、本来であれば罵声の嵐が起こっても不思議ではない。
しかし、起こって当然のネガティブな反応は一切見られない。
その答えは──聴衆たる妖精達に向けられるウーサーの視線であった。
「……………………」
(ヤバいヤバいヤバい!迂闊なことは言えない!)
(おっかねえよ!あれで本当に人間なのか!?)
ブリテン王の眼光はただの視線ではない。そこには絶大な魔力が込められている。
王の視線は語っていた。
今は大人しく、黙って聞いていろと。
だから、聴衆たる妖精達は何も言えなかった。
ウーサーのさり気ない牽制にその女性は内心で感謝し、さらに演説を続ける。
「昔から風の氏族の有り様は問題がありましたが、それが大きく加速されたのは、オーロラが氏族の長になってからです。
彼女が風の氏族の頂点に立って……多くの罪なき者が、彼女の
会場に響き渡るその声に、妖精達はゴクリと息を呑んで背筋を震わせる。自分達が知らないところに行われてきた恐るべき所業を想像し、『もし自分がその標的になったら』と思ったからだ。
今の語りには、『自分には関係ない!』などと気楽に思えない重みが込められていた。
風の氏族の女性による演説は続く。
「このブリテンが『円卓』によって統一されてウーサー陛下が新たな王になると決まった際、多くの妖精達が歓迎の声を上げました。誰もがウーサー陛下の威光を正しく捉え、『これでブリテンに平和が訪れる』と喜んだのです。
しかし、オーロラはあろうことか、新たなブリテンの統治者であるウーサー陛下を指してこう傲慢に言い放ちました。『彼は
……なんておぞましき言葉でしょう。
演説で語られたオーロラの発言内容は、誰もが戦慄するものだった。
ブリテン王の視線による圧はすでに収まっていたので、妖精達は不安と嫌悪の混じった感想を次々と口にする。
「……オーロラって、滅茶苦茶ヤバくね?」
「あ、ああ……。『私のブリテン』とか、普通に自分の所有物扱いしているし」
「見た目はいいけど、中身はすげえ悪い奴じゃん」
「あんな女に憧れていたかと思うと、寒気がしてくるわ……」
そして、負の印象を抱いたのは妖精達だけではない。
長年にわたってブリテンを救うために動いてきたトネリコは、内心で怒りを覚える。
(今のオーロラの言葉は、イラっと来たなあ)
ブリテンを愛するトネリコからしてみれば、勝手に自分のモノ扱いするなと言いたくなる。
また、ウーサーを害虫呼ばわりしたのも非常に気に食わない。
(私達の知らないところで余罪はたっぷりありそうだし、今回の討伐で必ず排除しないと)
救世主の少女は、改めて決意を固める。
風の氏族の長オーロラの排除なくして、新たなブリテンの安定はあり得ないと。
そして、風の氏の女性によるオーロラを糾弾する演説は、いよいよ佳境に入っていく。
「この場で私が語ったことからも分かる通り、オーロラの邪悪さは常軌を逸しています。もはや単なる妖精や氏族の長で見過ごして良い存在ではありません。
───そう、あの女はまさに、闇の化身と言っても過言ではないのです!」
(……んん?)
耳に入ってきた演説の内容に、トネリコは物凄く引っかかりを覚える。
なんか今、話が変な方向にねじ曲がったの様な気が……
(随分と大仰な言葉だったけど……)
場違いにも『闇の化身』とか言ってなかったか?
いや、確かにオーロラの行為はロクでもないものだけれど、その言葉のチョイスは脚色が強いような……
トネリコが覚えた疑問を他所に、風の氏族の女性はテンションを上げ始める。
「オーロラをただの風の氏族の長と捉えていては、事の深刻さを軽く見てしまいます。
なので……私が『多分そうなんじゃないかなあ』と思っている、風の氏族の長の真実を口にしてみましょう!」
(いやいや、『多分そうなんじゃないかなあ』ってそんな思い立った風に言われても……そもそも、言葉の繋ぎ方がすごく矛盾しているし……)
思い付きと真実を同列に語るだなんて、物凄くおかしいだろうに。
本格的にズレてきた演説の方向に、トネリコは汗を垂らしながら内心で突っ込みを入れる。
だが、彼女の内なる声は演説をしている風の氏族の女性に伝わらず──まあ当然だが──、聴衆へ語りかける声には大きな熱が入る。
「悪逆非道なる風の氏族の長の、真の姿……恐るべき闇の化身の真名っぽいもの……
その名も、『暗黒の大邪神妖精オーロラ』!!!!」
「ぶほおぉっっっっ!!??」
唐突に聞かされたトンチキな悪名に、トネリコは盛大に吹き出してしまう。
オーロラへの非難声明を出すという筋書きは当然知っていたが、このような悪名が出されるとは聞いていない。まあそれは他の者達もそうだが。
幸いにもトネリコは演説台から後方に離れて聴衆から死角となっているため、少女の様子に気づいたのは近くの仲間達だけであった。そんな彼らも
「風の氏族を悪の組織というか秘密結社っぽいものへと仕立て上げたのは、暗黒の大邪神妖精のせいだったのです!」
その原因となった風の氏族の女性だが、全く気にすることなく演説を続けている。
(ちょっとおおぉぉぉ!一体何を言い出しているの!?)
予想だにしない演説の展開に、トネリコは内心で盛大に突っ込みを入れる。
そもそも、このブリテン異聞帯の妖精に『神』という概念はないにもかかわらず、どうして『邪神』などという単語が思い浮かんだのだろうか。
盛大に慌てているトネリコだが、先程と同様に彼女の内なる声は演説している女性に伝わらかった──繰り返すが当然である──。
そして、このおかしな流れをさらに加速させる者がいた。
「なるほど!オーロラの正体はそのような恐るべき邪悪でしたか!これはぜひ皆で力を合わせて討伐しなければいけませんね!」
翅の氏族の長ムリアンである。
(ムリアン!?なに悪ノリしているんですか!?知恵者ならそこは止めないと!)
このトンデモ演説にまさかムリアンが同調するとは思わなかった。
トネリコがその知恵を評価していた『円卓』結成当初からの協力者であるが、よもやこのような愉快な性格をしているとは。
トンチキな悪名を聞いて反応する者は、他にもいた。
「『暗黒の大邪神妖精オーロラ』!それは流石にこの私も把握していなかったわ!」
(マヴもなに追従しているの!?そこは軌道修正するところでしょ!?)
さらなる追認者が出てくるという予想外の事態に、トネリコは混乱に拍車がかかる。
救世主の内心の悲鳴は当事者達に届かず──さらに繰り返すが当然である──、彼女らは真剣っぽい表情で声が熱くなる。
「まさか……自らの配下が貶めた者達を肴にして、ワイン片手に愉悦を満喫していたりしません!?」
「ええ、ええ!きっとそうでしょうとも!あの女ならそうしているに違いありません!いえ絶対にそうです!」
「で、では……その決めゼリフが『見てあの醜態。マジ愉悦』だとか!?」
「ああ、ムリアン様の慧眼には恐れ入ります!あの大邪神妖精なら言っていておかしくないでしょう!」
「なんてことっ……!風の氏族の長を名乗る巨悪は、生きとし生ける者すべての絶望と嘆きを糧としているの!?」
「仰る通りです、マヴ様!あの女を放置したら、このブリテンは闇の世界と化してしまいます!」
「くっ……北の女王たるこの私が、闇の世界の具現など見過ごすわけにはいかないわね!」
(三人ともおおおぉぉぉぉぉ!!??
設定っ、設定盛り過ぎいいいいぃぃぃぃぃ!!!!)
白熱してドンドン妄想を膨らませる──としか言いようがないだろう──三人に、トネリコは内心で絶叫する。
マズイ、これは軌道修正しなければ!
そうトネリコが思うも、聴衆たる妖精達の反応はというと、少女にとって遥か斜め上を突っ切っていた。
「なるほど、暗黒の大邪神妖精か!確かにそうだな!」
「きっと、太古の昔より転生した邪なる存在なのよ!」
「だから酷い奴だったんだ!」
(えええええええ!?今の話を受け入れちゃうの!?いくらなんでも頭チョロ過ぎるでしょう!?)
妖精の残念さはよく理解しているつもりだったが、まだまだ認識が甘かったようだ。
トネリコの中のただでさえ低かった妖精達に対する評価が、地の底まで下落する。
風の氏族の女性による演説がこのような状況だ。他の氏族の長も黙っている訳にはいかず、ましてや否定的な事をいう訳にもいかない。
「土の氏族はオーロラの正体に同意いたします。その女性の話を聞いて、これまでの風の氏族の問題ぶりに納得がいきましたな!」
「あー……牙の氏族も、オーロラが『暗黒の大邪神妖精』であることに異論はない。ブリテンを混乱させる数々の行動に、裏付けが取れたな…………仕方ないから、そういうことにしておくか」
「え、えーと……鏡の氏族も、オーロラが『暗黒の大邪神妖精』であることに異論はありません…………これで本当に良いのかなあ」
土の氏族の長だけでなく、ライネックやエインセルも演説内容に同意する。まあ、後者の二人は釈然としないものを覚えているため、言葉の最後の方で誰にも聞こえない呟きをするが。
(当事者のオーロラを除いた氏族の長全員が同意する流れになってる!?本当にこの悪名がそのまま決まっちゃうの!?)
嘘のような流れに混乱の極致に達するトネリコ。比喩でも何でもなく『どうしてこうなった!?』と頭を抱える。
そして……一連の流れを静観していたウーサーが、愛する妻の心にトドメを差す。
「氏族の長である皆がそう言うのだ。その意見を無下にすることなど私には出来ない。
であるならば、私はブリテン王としてその呼び名を認めるしかないだろう。
ゆえに、今ここで宣言させてもらう!
これより風の氏族の長オーロラを、『暗黒の大邪神妖精オーロラ』と正式に呼称する!!!!」
(ウーサーくぅぅぅぅぅんんんん!!??)
最後の頼みの綱に裏切られ(笑)、トネリコはとうとう真っ白に燃え尽きる。ああ、哀れなり。
そんな救世主の惨状を他所に、『円卓』を構成する騎士達は『あー、決まっちゃったかー』『まあ、あの人がそう判断したなら仕方ないな』などと要領よくこの空気に適応していた。意外と神経の図太い人間達である。
さて、決まったならば後は前へ進むのみ。
巨悪の討伐に向けて、ウーサーがこの場にいる皆に大号令をかける。
「ブリテンの民よ、今こそ皆で心を一つにして立ち上がる時だ!我々の国から邪悪なるものを打ち払おう!!
暗黒の大邪神妖精オーロラを倒すのだ!!!!
「おおおおおおおおおぉぉぉぉぉ!!!!」
聴衆から湧き上がる雄たけび。深い思慮もなく大歓声をあげる妖精達と、空気を察して同じく歓声をあげる『円卓』の人間達。
氏族の長の者達もそれぞれで雰囲気の差はあれど、賛同の意を表明しながら拍手をする。
その光景を前に……トネリコは白目をむいて、口から魂を出していた。
「ほ……本当にいいんでしょうか。あんな話をしちゃって……」
ものすっごく疲れた表情を見せながら、トネリコが心配事を口にする。
討伐軍の出発前の演説が、あのようなぶっ飛んだものになるとは思ってもみなかった。
そんな救世主の疲労困憊した様子に、翅の氏族の長ムリアンは上機嫌に言う。
「まあいいんじゃないですか?すでにオーロラは逆賊の首魁となったんですから、多少(?)の汚名のでっち上げくらいは問題ないと思いますよ。多分」
「多分って……そもそもムリアン、あなたはなぜ率先してノリノリで追従したんですか……?」
「いやー、聞いていて物凄く面白そ──ゲフンゲフン。とても有効なプロパガンダになると思ったものですから!つい同調しちゃいまして!」
「あなたいま『面白そう』と言いかけましたね?」
「さて、気のせいでは?」
トネリコは半眼を向けるが、ムリアンはさらりと白を切る。この翅の氏族の長、実に良い根性をしていやがる。
そんな二人のやり取りに苦笑しながら、マヴは「そんなに心配はいらないわよ」と宥めにかかる。
「このブリテンの妖精達にとって、
「それもそれで、どうかとは思いますが……」
妖精達のアレっぷりは既知であったが、先程の反応は極めつけだ。ただでさえ低い妖精達に対する評価がさらに下落するとは思わなかった。
「すいません……あの流れで異を唱えるのは、私には無理でした……」
「俺もだ……情報戦として有効なのは確かだから、反対する訳にはいかなかった。少しばかり釈然としないものは感じたが……」
済まなそうに言うのはエインセルとライネックだ。根が真面目な二人は、流石にムリアンやマヴみたいにノリノリとはいかない。
「ははは。あの演説は中々に個性的でしたが、オーロラに対してより有利に立てるのです。前向きに考えましょう」
風の氏族と仲が悪い土の氏族の長なら、まあそう言うだろう。
苦労人の気配を漂わせながら、トネリコは黄昏たくなる。
私は真面目に考えすぎなのだろうか?いやブリテンンの未来に関係するのだから、真面目であることは間違っていない筈。
そもそも、ここは第三者的な視点で見たらシリアスになる場面だろう。何故コメディに変貌するんだろうか?ブリテンの運命を決める戦いが始まろうとしている時に、どうしてこうなった?
救世主の少女は、この世の理不尽を嘆かずにはいられなかった。
そんな妻の様子を見て不憫に思った──演説内容を静観したこの男も元凶の一人だが──のか、ウーサーは軽くフォローを入れる。
「先ほどの演説におけるオーロラへの悪名は、当人を除いた各氏族の長がみな了承した。この件はそのまま通しても大丈夫だよ」
「あのトンチキな悪名が、ブリテンの総意になるわけですか……」
考えただけでも頭が痛くなってくる。トネリコは天を仰いだ。
そんな王と王妃のやり取りを眺めながら、ムリアンは密かに感心していた。
(いやー、ウーサー陛下もお人が悪いですね。彼女や私達がノリノリでプロパガンダを流していたのに、この方は
風の氏族の長オーロラを『暗黒の大邪神妖精』と見做したのは演説した風の氏族の女性やムリアン達であり、ウーサー自身はあくまで最後に『氏族の長達の意見を聞いて認定する』というスタンスを取った。
もし後々になって反円卓派の誰かに『あれは違ったじゃないか!』と突っ込まれても、ウーサーとしては『あれは私が独断で決めつけたわけでなく、氏族の長達の総意を認定しただけだ』とかわす事が出来る。
ズルい。さすがブリテン王とてもズルい。
さて、ブリテンの重鎮メンバーがそのようなやり取りをしている傍らで、当のトンチキ演説をした風の氏族の女性がどうしているかというと……
「ああ……すごくスッキリした。思いの丈をぶちまけて胸がすく思いだわ。ここまで心が澄み渡るのはいつ以来かしら」
めっちゃ爽やかな笑顔で、そのようにのたまっていた。
「あのー……そんな『一片の悔いもなし!』という表情をされても困るんですけど……」
釈然としないものを感じながらトネリコは控えめに突っ込みを入れるが、救世主のそんな想いは相変わらず当人に伝わらなかったようだ。
その女性はキョトンとした顔で、不思議そうに言葉を返す。
「何か問題でも?」
「いや、なぜ問題がないと思うのか、激しく疑問なのですが……」
ひょっとしてこの女性は天然なのか?それとも極度のマイペースなのだろうか?
内心でボヤキながら、トネリコは先ほどから気になっていた事を口にする。
「そもそも、あの演説には多分に私怨が含まれていたような気がするんですけど」
その疑問を聞いた風の氏族の女性はというと、『ええ、その感想はわかりますとも』といった感じで頷き、そして恥じる事など全くないという風に答える。
「まあ、私怨なんですけど」
「やっぱり私怨だったの!?」
話のオチにトネリコが大きな声を出すと、風の氏族の女性は相も変わらず、恥じる事など全くないという風に断言してくる。
「そんなの当り前じゃないですか!あの渾身の悪名が、私怨以外に何があると言うのです!」
「いや、そこ断言するとこぉ!?」
「断言するところですとも!私がどんな仕打ちを受けたか聞けば、トネリコ様は絶対に納得します!」
「そ、そうなんですか?」
その女性の勢いに気圧され、救世主の少女はつい弱気になってしまう。相手が良き妖精であるだけに、その意思を無下にするわけにはいかないのだ。
自らが受けた仕打ちをぜひ明らかにせねばと、当の女性の声に力が入る。
「かつて風の氏族の長オーロラに仕えていた時、私はちょっと異論を述べました。その時の彼女の考えは見通しが甘く、それは流石に不味いなあと思ったので。
当時の私は他の者達と同様、あのオーロラが素晴らしい妖精だと信じていたので、かなり丁寧に異論を提示しました。
そう、丁寧に意見を述べただけなのです……
そしたらあのクソ氏族長、私の翅と顔の皮膚をはぎ取りやがったんですよ!?」
「う、うわあ……」
風の氏族の女性から告げられた体験談に、トネリコはドン引きした声をあげてしまう。いま初めて聞かされたが、同じ女として背筋に冷たいモノが走る。
すぐ傍で今の話を聞いていたエインセルが顔色を青くしているし、マヴとムリアンは若干だが顔を引きつらせている。無理もなかった。
口にした当人はというと、思い出したことで改めて怒りが再燃させていた。その感情に任せて勢いよくまくし立てる。
「ちょっと意見を述べただけじゃないですか!あくまで異なる意見を提示しただけで、別にあの女を批判したわけじゃないですよ!?なのにあの仕打ちです!私だけ部屋に残されて他の者達が退出したら、あのクソ女は容赦なくこっちの翅と顔の皮膚をはぎ取りやがりました!
あまりに惨いと思いませんか!?何もそこまですることないでしょう!!」
「そう、ですね……」
「悲惨な状態だった顔を治すのに苦労したんですから!そりゃあ、アドリブ効かせて大層な悪名を付けてやりたくもなりますよ!
ああ、話していたらまた腹が立ってきました!
おのれ暗黒の大邪神妖精オーロラ!この恨み、晴らさでおくべきかっ!
あのクソ女に災いあれぇ!!この私の怒りを思い知るがいいっっ!!!!」
なんかどこかの見た目麗しい槍兵──ケルト出身のような気がしないでもない──がやったような怨念をまき散らし、盛大に咆哮する風の氏族の女性。
猛りまくるその姿を引きつった表情で眺めながら、トネリコはつくづく思う。
(……余計な恨みは、買うものではないですね)
いつどこでしっぺ返しを食らうか、本当にわかったものではない。
自らの立ち振る舞いには気を付けてきたトネリコであるが、改めて意識しなければとオーロラを反面教師にする。
さり気なく救世主の少女が気を引き締めている横で、いつの間にか近づいてきていたトトロットは若干腰が引けながらも、テンション爆上がりしている風の氏族の女性に声をかける。
「えーと、ちょっといいかな?」
「トトロット様、ええ大丈夫です。一体なんでしょうか?」
話しかけられたら意外と落ち着いた反応を返してきた。アグレッシブな女性だが、聴衆の前で演説しただけあって冷静さは兼ね備えている様だ。
その反応にトトロットはいくらか安心し、その分だけ気を緩めて続ける。
「今の話ってさ、オーロラがどんだけ悪い奴かよくわかるよな」
「ええ、ええ!そうでしょうとも。あのクソ氏族長の極悪ぶりがよく表れてます」
「それで、ボクは思ったんだけど」
「はい、どのような事を?」
「今の話をさっきの演説でしたら……オーロラの悪行を宣伝するのに効果抜群だったんじゃ?」
「…………」
「………………」
「……………………」
「……………………………」
沈黙が、その場を支配した。
その風の氏族の女性はピシリと固まり、口の動きが止まった。
頬に一筋の汗を垂らしながら、体をプルプルと震えさせている。
そんな彼女の様子を眺めて……トネリコはポツリとつぶやく。
「……ひょっとして、絶好のチャンスを逃したのでは?」
「し、しまったあああああああ!!??」
頭を抱えて絶叫する風の氏族の女性。
顔立ちがかなり整っているだけに、残念さが半端なかった。
「くっ!ならば、今からでもあの悪行を演説して───」
「申し訳ありませんが、討伐軍の行動計画があるので今から演説の号令をかける訳には……」
「ぐううううぅぅぅぅ!?」
トネリコからの突っ込みを受けて、やたら悔し気な唸り声をあげる風の氏族の女性。
まさに、痛恨の極みといった様子である。
それを見て不憫に思ったトネリコは──このまま放置するのもどうかと思ったので──、女性の願いが叶えられる代替案を提示する。
「……まあ、ソールズベリーで降伏勧告をする際に言うという手もあるので、まだチャンスはあると思いますよ?」
「──!?それです!とてもいい考えです!ああ、なぜすぐに思いつかなかったのでしょう!」
再びチャンスが到来すると知った瞬間、再び彼女のテンションは爆上がりした。
その眼差しに執念というか報復心というか反骨心というか、まあとにかく怒りの炎を燃え上がらせて彼女は雄たけびを上げる。
「ふふふふふふふふふ、その時が楽しみ!じ・つ・に、楽しみだわ!
さあ首を洗って待っているがいい、暗黒の大邪神妖精オーロラ!!
その澄ました顔を思いっきり悔し気に歪めてやるうううううっっっ!!!!」
「…………」
「………………」
「……………………」
「……………………………」
そのハイテンションぶりを前に、ブリテンの重鎮メンバーの間で沈黙が流れる。
この沈黙がなんとなく痛いモノであると感じるのは、決して特別な感性ではあるまい。
「……風の氏族にも、色々な妖精がいるってことなんだわ」
遠い目をしたトトロットの呟きが、自分に言い聞かせるような響きを伴っていたのも、気のせいではないだろう。
……なぜだろうか。自分達がどこか遠いところに来てしまったような錯覚を覚えるのは。
いや、ここがロンディニウム郊外なのは変わっていないのだけれど。
「……そろそろ、討伐軍を出発させますか」
「そうだね……そうしよう……」
「随分と締まらない出発になるが、仕方ないか……」
「あ、あは、あはははは……」
トネリコとウーサーとライネックは遠い目をしてぼやき、エインセルは空笑いでお茶を濁し、その他の者達は生暖かい視線を風の氏族の女性に向けながら………討伐軍の出発に取り掛かるのであった。
風の氏族の女性による渾身のプロパガンダが炸裂。
なお、当人は少しだけチャンスを逃した模様(ただし、ソールズベリーに到着したらリベンジの機会あり)
この女性ですが、原作本編のハロバロミアのようにオーロラに物申した結果、彼と同じく酷い目に遭わされました。ただし、翅を取られるにとどまらず顔の皮膚も剥がされているため、ハロバロミアよりも凄惨さの度合いが増しています。根性を発揮して、苦労のすえ自分の顔は治しましたが。
なぜこの違いが発生したかと言うと、彼女が物申した場にはオーロラだけでなく他の同僚もいて、その幾人かが珍しく彼女に同調してしまったためです。いつもなら同僚の誰もがオーロラを称えるのですが、この時ばかりはオーロラではなく女性の言い分に大きな説得力がありました。おかげで、オーロラの面目は丸潰れしたわけです。
また、オーロラにとってその女性は同性であり、かつ顔立ちがかなり整っていたのもマイナスに働きました。
これらの点から、オーロラはその女性を『自分の輝きを邪魔する者』と強く意識してしまったわけです。
そんなわけで酷い目に遭わされてソールズベリーを追放された風の氏族の女性ですが、今回の話からも分かる通りかなるバイタリティ溢れた性格をしており、『やられたらやり返す!倍返しだ!』と以前から報復を誓っていたわけです。
原作本編の妖精歴ならそのようなチャンスは巡ってこなかったのですが、当作品においては幸運にもチャンスが訪れました。