もし、異聞帯のウーサー君がバグキャラだったら 作:北国の放浪者
道中の野営テントで衝撃的な会話をした日以降も、引き続きソールズベリーを目指すウーサー率いる討伐軍。
その道中だが、相変わらず狂暴化した幻想種やモースの集団との遭遇はなかったものの、意外な事に反円卓派の妖精達による襲撃が起きていた。
数で少ない彼らに正面切って邪魔するような度胸はないと思われていたが、その予想が裏切られた形になる。
とはいえ、その襲撃は特に脅威と呼べるようなものではなかった。
反円卓派による襲撃回数は2回で、そのどちらも討伐軍に比べれば規模は遥かに劣る。
数的にはどちらの襲撃も似たようなものであったが、行動に移した当事者たちの意識は大きく異なっていた。
まず1回目の者達は、彼我の戦力さをまともに判断できないような者達──有体に言えば馬鹿の集まりであった。
「人間の王に統治されて堪るかーーー!」
「ぶっ殺してやるーーー!」
明らかに機能指数が低い叫び声をあげながら、少ない数で大軍へと襲い掛かる反円卓派の妖精達。
その数は……なんと
……そんな少ない数でなぜ10万以上の大軍に襲い掛かってきたのか、実に理解に苦しむ出来事だ。
対応に当たった先陣のライネックは、頭痛を堪えるように部下達へ対処を指示する。
当然、その結果は考えるまでもない。
「ぶべらっっ!」
「ひじゃぱっっ!?」
「あべしっっ!!」
練度云々を語る以前に、数の力で押しつぶされる反円卓派の妖精達。
瞬く間に討伐軍によって倒されるという、順当な結果を迎えた。
「……コイツ等は一体、何を考えてこのような馬鹿な行為に及んだのだ?」
理解に苦しむと言った様子で呻くライネック。その両目はなんのためにあるのだと思わずにはいられない。
「いや、見た光景をありのままに理解する思考回路さえなかったということか……」
だから、考える以前に見れば分かる数の差に認識が及ばなかったのだろう。
それもう妖精以前にケダモノだろという感想が湧き上がってくるが、そういえばブリテンの妖精はその多くが本質的にケダモノだったと思い出し、ライネックは地味に凹む。
(……いかん、気が滅入ってきた。まだソールズベリーへ向かう行軍の途中なのだから、気を引き締めねば)
現時点で戦っても変えられない現実に頭を悩ませても仕方ないし、鏡の氏族やロンディニウムの妖精という
2回目に襲撃してきた者達だが、こちらは彼我の戦力さを判断できていたものの──ウーサーによるブリテン統治の本格開始まで猶予がないと考え、追い詰められて襲撃を決めた者達であった。
「ここであの男を倒さねば、人間の王による統治が始まってしまう!」
「そんなこと認められるか!もう後がないぞ!」
戦力的に叶わないとわかっていながら、人間の王に統治されることを受け入れず襲い掛かる反円卓派の妖精達。
その数は800と少ないものの1回目の者達と違って目つきが違ったし、彼らなりに頭を使って戦いを進めようとしてくる。
前回の襲撃とは脅威度が違うと判断し、ライネックは気を引き締めて対処に当たる。
「ぐああっ!」
「がはあっっ!?」
「ち、畜生ぉっ!!」
絶対数が少なく囮で引き付けるなどの戦法は使えないため、襲撃者たちは紡錘陣形で突撃して指揮官を狙ってきたが……やはり圧倒的な数の力と練度の前には無力であった。
精強な『円卓』の騎士達、そして先陣を務める牙の氏族によって、2回目の者達も敗北という結末を迎える。
「行軍中に2回も反円卓派の襲撃があるとはな……」
それだけ人間の風下につくのが嫌だったのかと、ライネックは軽くため息を吐く。
長いあいだ妖精にとって人間は替えの効く玩具くらいの認識だったので、こういった輩はやはり存在するという事であった。
バグったとはいえ人間に分類されるウーサーの統治は、これまでのブリテンのあり方を大きく変える。どうしても受け入れられない者が出てくるのは、ある意味で仕方のない事なのだろう。
こうして2度の襲撃を退けたウーサー率いる討伐軍は、そのまま行軍を続ける。
ただ、襲撃以外でも小さな出来事が起きていた。
今の『円卓』は盤石な体制であるため取るに足らない出来事で済んだが、ソレ自体は妖精という存在の愚かさを再認識させるものだった。
「救世主トネリコって、いつの間にか王妃の座に納まっているよな」
行軍の最中でヒソヒソと会話していたのは、討伐軍に従事している二人の妖精だ。
「ああ。ちゃっかり美味しい立場を手に入れているけどさ、俺達が賛成したのはウーサー陛下がブリテンの統一王になることであって、楽園の妖精が王妃になる事じゃあないぞ」
「そうだな。俺も認めた覚えはないから、正直言って『なんでだよ』って思っている」
声を抑えて不満を口にする二人の妖精。楽園の妖精に対する嫌悪感を隠しきれていなかった。
そうして静かに言葉を交わしているうちに、話の内容は物騒な方向へと向かう。
「……後ろから攻撃したら、上手く仕留められるんじゃね?」
「……これだけ大勢いるんだから、目立たずコッソリやれば成功しそうだな」
よりによって、トネリコへの攻撃を画策する二人の妖精。
逆賊討伐の行軍中にこのような考えが浮かび、あまつさえ実行に移そうと考える当り、ブリテンの妖精に備わっている悪性の救いがたさが伺える。
「よし、決めた……こっそり近づくぞ」
「ああ……楽園の妖精に身の程を思い知らせてやる」
悪意に満ちた言葉を交わし、二人がトネリコとウーサーがいる方向へコッソリ向かおうと足を向けた瞬間───
お前たちは一体、何をしようとしている?
「───!!??」
「──────!!??」
二人の妖精は、ブリテン王ウーサーの冷たい声を聞いた。
いや、実際に声が聞こえたわけではない。
脳内に直接語りかけられた訳でもない。
今のは単なる幻聴だ。
幻聴の、筈であった。
「───はあっ、はあっ、はあっ、はあっ!」
「なっ……なんなんだ!?今のはぁっ!!」
にもかかわらず……その
ドッと汗が噴き出てきて、息が激しく乱れる。
周囲の視線を気にする余裕もなく、取り乱してしまう二人の妖精。
(ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい!?)
(見られている見られている見られている!!)
近くにウーサーはいないが、そんな事は二人にとって何の気休めにもならない。
今の幻聴を気のせいだと思うほど、当人達の危機意識は欠如していなかった。
例え離れていようと、あの王は愛する王妃への悪意を見逃さないのだと……骨の髄まで思い知らされる。
そして──二人の災難はそこで終わらなかった。
「───そこで一体、何をしているんですか?」
今度は幻聴ではなく、明らかな肉声だった。
一人の少女の冷たい声に、二人の心臓が跳ね上がる。
「ひっ───」
「お、おまっ……いや、あなたは───」
いつの間にか近くに現れていた少女の姿をした妖精。
声と共にその姿を確認した二人のうち、片方が悲鳴をあげかけ、もう片方は敬称無しで言いかけ慌てて訂正する。
「か、鏡の氏族の長、エインセルッ……!」
そう叫ぶ妖精の声は、恐れで震えていた。
戴冠式の後に『円卓』への全面協力を決断し、現在のブリテンで急速に頭角を現した鏡の氏族の長エインセル。
すでに各氏族との繋がりを強化することに貢献しており、彼女の働きによって『円卓』の統治体制はより盤石となっていた。
エインセルの本領は『皆に好かれる鏡の氏族』の立ち位置を活用した外交力であり、強さ自体はそうでもない──有体に言うと弱い──と思われていた。
彼女の容姿も相まって、上級妖精でなくても戦闘力という面で侮る者はいたのだ。
しかし──そんな甘い認識は、すでに過去のものとなっていた。
「私は、
普段の人懐っこさを微塵も見せず、冷たい表情で再度問いかけるエインセル。
眼光もいつもと違って鋭い光を放っており、少女の外観からは想像もできないような圧倒的な威圧感が放たれていた。ウーサーという規格外を除外すれば、その存在感は王者に相応しいとさえ言えるだろう。
「い、いや……王様や王妃様に不届きな真似をする愚か者がいないか、見張っておりまして……」
「そ、そうなんです!決してやましいことを考えていたわけではありません!」
二人は苦し紛れの言い訳をする。その内容は実に白々しい。
言葉を受けて、エインセルの視線の温度がさらに下がった。それを感じ取った二人は震えを強くする。
「そうですか……やけに人目を気にして動いているように見えたので。
不信を買うような動きはしないでください。ソールズベリーへの行軍は、ブリテンの未来を決めると言っても過言ではないですから」
エインセルは敢えて糾弾まではしなかったが、当然ながら釘はしっかりと刺しておく。
鏡の氏族の長が放つ桁外れの存在感に、心の底から怯える二人の妖精。
(誰だよ!?鏡の氏族は親玉クラスでも弱いとか言ってた奴!)
(どう考えてもバケモンだろこの女!)
ウーサーの眷属化によってその力が大きく上昇した鏡の氏族の長エインセル。
亜鈴返りと同格あるいは凌駕する強さとなったうえに、未来視の使い勝手が良くなっているのだから、悪意ある者からしてみれば堪ったものではない。
「ウーサー陛下とトネリコ様の周囲は、『円卓』の騎士の方々と私達『鏡の氏族』の者達で守りを固めています。なのでお気遣いはいりません。むしろ勝手な動きは統率の乱れに繋がり
あなたがたはより外側にて、整然と行軍に従事してください。よろしいですね?」
「い、いや……あの……」
「俺達は……えーと……」
「よろしいですね?」
「は、はいぃぃぃぃぃ!?」
「了解いたしましたぁぁぁぁぁ!!」
エインセルに圧を掛けれられながら念押しされ、ビビった二人の妖精は大慌てで外側の隊列へと走っていく。
周囲の妖精達は「なんだなんだ?」と怪訝な表情を見せているが、それなりに情報通の者は「ああ、アイツらやらかしたな」という視線を向けていた。
二人が走り去っていたのを確認した後、エインセルはため息を吐く。
「……ロンディニウムを出発してから数えて、これで4回目。行軍中に起きたこの回数が多いのか少ないのか判断に迷うけど……トネリコさんの苦労を思わずにはいられません」
楽園の妖精だからといって、こんな悪意を3600年も向けられてきたのだ。
これまでよく救世主を続けてこられたと、尊敬と共に労りの気持ちを持たずにはいられないエインセル。
一方、討伐軍の司令部では───
「やれやれ……またか」
良からぬ事を企んだ三下妖精の無様な光景に、ウーサーは呆れた表情で呟く。
外側の隊列へ逃げていった二人の妖精が察した通り、あの圧倒的な存在感を伴った幻聴は彼によるものであった。
「ウーサー君。ひょっとして、また同じことが?」
悩まし気な表情で聞いてくるトネリコ。一応は質問という形を取っているが、繰り返し起きているだけあって、妖精眼で視るまでもなく答えを察していた。
「トネリコの想像通りだ。ああいう輩がいる事は既知であったけれど、こう繰り返し起こるとはね。想像以上というべきか、あるいは想像以下と表現すべきか……」
「すいません、ウーサー君やエインセルに余計な手間を掛けさせてしまって……」
楽園の妖精である自分がいることで要らぬ騒動を起こしていると、申し訳なさそうにするトネリコであるが、ウーサーは穏やかな表情で彼女をフォローする。
「全然気にしなくていいさ。トネリコを守るのは僕の望みだからね。エインセルも同様だよ」
ウーサーの超人的な力とエインセルの未来視によって良からぬ企みは未然に防がれ、さらに討伐軍の司令部は『円卓』の騎士達と鏡の氏族によってしっかりと警戒態勢が取られている。
トネリコの身の安全を保障する守りは、まさに鉄壁であった。これを突破できるものなど、このブリテンに存在しない。
自分を守るための厳重極まる防御態勢に、トネリコは少し困ったような笑みを浮かべる。
「すでに
「それでもだ。妖精の悪意を君に向けさせてしまうなど、僕は断じて許容しない」
この件について、ウーサーは一切の妥協も油断もするつもりはなかった。
トネリコがいま言った通り、彼女はロンディニウムを出発する前にウーサーの眷属となっていた。救世主という立場ではあるが同時に王妃でもあるため、この判断に矛盾はない。
グリムやエインセルが眷属化で大幅に強化されたのだから、トネリコとしては自分がそれをしないという選択肢はなかった。
現在、ウーサーの眷属となっているメンバーは以下の通りである。
本契約:トネリコ、グリム、エインセル
仮契約:トトロット、エクター
当然ながら、仮契約より本契約の方が大幅な強化がされる。ただ現状のウーサーだとこれ以上の本契約を結ぶのが難しかったため、トトロットとエクターは仮契約というお試し版となったわけだ。
ウーサーがバグっているとはいえ、今の彼は
ちなみにライネックについては、仮契約もしていない。これはウーサーの限界というより、ライネックのプライドの問題であった。
なんやかんやでウーサーを信頼しているライネックであるが、だからといって眷属化の話にあっさり頷くかといえば答えは否である。
男には意地があるのだ、意地が。
皆の強さの源泉がバグったブリテン王に依存しきるのも、正直どうかと思うし。
とはいえ、周りが相対的に強化されてるだけに「あれ?ひょっとして俺は相対的に強さのランクが下がっている?」と、ライネックは地味に危機感を覚えていたりする。なので、ソールズベリー攻略が終わったら自らを徹底的に鍛える考えだ。
ブリテンの厄介事は単に強くなれば片付くような生易しいものではないが、それでも強くなるに越したことはない。
そしてマヴについてだが、こちらもやはり眷属化の仮契約さえしていない。当人のプライドもあるが、彼女は北の妖精の女王という立場であるため、他の氏族の長とは立ち位置がやや異なる。当人だけの話では終わらないのだ。
「ウーサー君のお蔭で、みんな大幅に強くなっています。今回の戦いだけでなく災厄との戦いでもその力は大いに役立つでしょう」
「ああ。戦力が必要となるのは今回だけじゃない。仲間が強くなるのはとても頼もしい」
「そうですね。まあそれでライネックがちょっぴり焦ってますが」
排熱大公の「男には意地があるのだ!」という決意混じりの地味に悔しそうな声を思い出しながら、トネリコはウーサーと共に行軍の流れに沿って足を進めるのであった。
いくつかの良くない出来事は起きたものの、総じて行軍は順調に進んでいく。
ロンディニウムからソールズベリーまでの距離は近いわけではないが、かといって遠いわけでもない。
野営テントで衝撃的な会話をしたのがロンディニウムを出発してから3日目であり、その段階でソールズベリーまでの移動距離は半分以上消化されていたのだ。なので、目的地に到着するまで日数はかからなかった。
さらに3日が経過し──ウーサー率いる討伐軍は、ソールズベリーに到着する。
予めウーサー達に仕掛けられた礼装によって、激しい嵐に包まれたソールズベリーの街。
風の層で中の様子を伺うことは出来ず、また辺りには激しい轟音を響かせていた。
その迫力ある光景に、討伐軍の妖精達は圧倒される。
「す、すごい嵐だな……」
「あれじゃ、ソールズベリーのやつらと戦えないぞ」
「ウーサー陛下は一体どうするんだ?」
各部隊はすでに街の周囲の要所へと配置されている──当然ながら都市の構造は把握済み──ものの、よもやあの嵐の中へ突入するわけにもいかず、討伐軍の妖精達は口々に戸惑いを口にする。
それに対して、『円卓』の騎士達は黙って自らの主君の動きを待つ。
無論、仕掛けた側であるウーサーが嵐の制御手段を持っていない訳がなかった。
彼は自らの愛用している剣──神秘は込められているが当然ながら聖剣ではない──を掲げる。
「ふんっ!」
気迫ある一声と共に剣を振り下ろすと、
術式込みの魔力が衝突した直後、その場所にて嵐の壁に縦方向の亀裂が入り、左右へと分かれ始める。討伐軍の間で「おおっ!?」と感嘆の声があがる中、嵐が解かれた場所は左右にどんどん広がっていく。
そして……討伐軍がソールズベリーを攻略するための障害が取り払われ、街と防壁の姿が露わになった。
当然ながら、この時点で討伐軍の配置は済ませている。
「牙の氏族と王の氏族、どちらも準備は万端とのことです!」
兵士からの報告を受け、ウーサーは頷く。
青年の隣で、トネリコも同じように首を縦に振る。
風の氏族が使っている『風の報せ』と同じ効果の伝達魔術はとっくに編み出しており、オープンな広域放送も可能だ。
そのため、ソールズベリーの中にいるオーロラや彼女の賛同者へ、こちらの声明を一方的に通達することが可能となっている。
ブリテンの統一王ウーサーは───
「
無駄な抵抗はせず降伏するが良い!!!!」
「───は????」
予想だにしない悪名を耳にし───風の氏族の長オーロラは、間抜けな声をもらすのであった。
ついに到着したソールズベリー。そして炸裂するあの悪名。
そしてこれは前座に過ぎない(無慈悲)
次回の話は、ほんの少し時間を遡って嵐が解除される直前のソールズベリー内のシーンから始まります。