もし、異聞帯のウーサー君がバグキャラだったら   作:北国の放浪者

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今回の話ですが、なんとヴォーティガーン君の存在が発覚した話よりも文字数が多くなってしまいました(汗)サクッと終わらせるわけにはいかない、大事な流れがあるので……
ちなみに前回の話ですが、最後の方が一部修正済みです。今回の話はそれを反映した展開となっています。

それでは、ご覧ください。
 


偽りの輝きが砕かれる時

 

 ウーサーによってソールズベリーを囲む嵐の壁が解除される時から、僅かばかり時を遡る。

 

 20日以上続く嵐による封鎖に、街の住人達はストレスを募らせていた。

 

 ソールズベリーの外へ出ることが出来ず、尚且つ風の報せが使えず外部の情報が得られないため、彼らにとって目と耳と口を塞がれた状況だ。ストレスで精神が疲労しない筈がない。

 特に戴冠式でのウーサー毒殺未遂に関わりを持つ者達は、とても重要な『その後どうなったのか』を知ることが出来ないため、気が気ではなかった。この嵐がウーサーによる報復の可能性があるからだ──その予想は正しい──。

 ()()()()が飛び交い、街のあちこちで騒ぎ立てる者達が続出していた。

 

 それでも街の秩序は()()破綻していない。オーロラを崇拝する従者達が、必死になって街の混乱の鎮静化に奔走していたからだ。

 

 その本質に致命的な問題がある風の氏族の長オーロラだが、街の秩序を維持出来ている事から統治者として評価せざるを得ない。他人任せで部下が成果をあげているとはいえ、結果が伴っているのでそこは認めるべきだろう。

 

 嵐で封鎖されてから22日経過しているが、幸い人間に食べさせる食料の備蓄は充分に余裕がある。なので彼らが飢える心配は今のところない。

 神秘の具現化たる妖精は食べなくても問題ないため、娯楽としての食事を我慢させれば食料の減少を抑えられる。まあ娯楽を取られた事に騒ぎ立てる妖精はいたが、そこはオーロラの従者達が黙らせた。

 

 重度のストレス下で流言飛語が収まる様子は一向に見えないものの、まだ辛うじて社会的秩序を維持できているソールズベリー。

 そんな街の政治的な中心であり、鐘撞き堂がある建物の最上階にある一室において……部屋の所有者たるオーロラと彼女の従者達──風の氏族の妖精達と主に見いだされた人間達──が集まっていた。

 

 この状況下において、風の氏族の長たる彼女はどうしていたかというと───

 

「……………………」

 

 他人任せゆえに楽観的かと思いきや……そうではない。

 意外な事に──本当に意外な事に、緊張感を漂わせていた。

 

 相変わらず微笑は浮かべているものの、その緊張感は刺々しく見る者の背筋を凍らせる()()()がある。

 

「オ、オーロラ様……」

 

 これまで見たことがない主の様子に、従者の者達は妖精・人間を問わず怯えていた。

 彼ら彼女らは、内心で狼狽の声をあげる。

 

(おいおい!オーロラ様がおっかないぞ!?一体どうすればいいんだ!?)

(笑っているようで笑っていないわ!こんなこと初めてよ!?)

(恐ろしくて、とても話しかけられない!)

 

 主を妄信してその悍ましい面に気づかなかった者達でさえ、その刺々しさに気づきこのような反応をしているのだ。

 今のオーロラがどれだけ異常か分かるというものだろう。

 

 もし、ただ嵐によって封鎖された()()なら、オーロラはこのような刺々しい雰囲気を放つことなど無かった。これまで通り『待っていれば皆が何とかしてくれる』と他人任せし、気楽に構えていた筈だ。

 だが……今のソールズベリーに流れている良からぬ噂が、彼女から普段の根拠なき余裕を奪い取っていた。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 そう……この荒唐無稽な噂だ。

 

 災害時に流言飛語が活発になるというのは、よくあることだ。嵐が起きる以前からあったこの良くない噂は、嵐の発生後に不安に駆られた住人の間で急速に広まっていった。

 オーロラの従者達が街を駆けずり回って黙らせてきたが──それこそ実力行使も含めて──、その噂は一向に収まる気配がない。人間達はまだ聞く耳を持ったのだが、妖精に関してはそう簡単にいかなかった。

 

 妖精は移ろいやすい気質を持っている。この混乱した状況下で噂に惑わされず済ますというのは困難極まることだ。いくら黙らせても、噂を口にする妖精は後を絶たなかった。

 従者達が流言飛語を鎮静化できないのは、仕方のない事だろう。

 

 もっとも、そんな道理など『誰よりも輝いている』事を絶対とするオーロラに通る訳がない。彼女の内心では、噂を鎮静化できない従者達への()()が渦巻いていた。

 

 とはいえ───

 

「あら、皆どうしたの?そんな強張った顔をして」

 

 流石にここで苛立ちを露わにして従者達にぶつけるような真似はしない。そんな事をしてしまえば、皆から褒め称えられる『輝いている存在』ではなくなってしまうから。

 その行動ロジックを()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()オーロラ。悠然と微笑んで、従者達を安心させるよう努める。

 

 自分達の主がいつもの調子に戻ったと思い、彼ら彼女らはホッとした表情を見せる。

 

「いえ、ご気分が優れないようで……心配しておりまして」

「私達は皆、オーロラ様がお疲れでないか気が気でなりません」

「何かあれば我々が何とか致しますので、貴女様はどうかご自愛ください」

 

 従者達のそんな言葉を聞いたオーロラだが、無意識化で『あなた達はその何かを何とか出来ていないでしょう』と苛立ちを感じてしまう。

 ただ、あくまで無意識化であるため当人は自覚していない。

 

「ふふ……私は大丈夫だけど、みんな心配してくれて嬉しいわ。ありがとう」

 

 目の前の者達に感謝の言葉を述べるオーロラ。それは形だけの感謝であったが、無自覚の苛立ちは全く表に出ておらず慈悲深い雰囲気を出せていた。

 こういった振る舞いを無意識に出来る辺りは流石といったところだろう。

 

「……『円卓』の方々は、まだ助けに来てくださらないのかしら」

 

 オーロラは一週間前に思いつきで述べたこと──当人は本気で思い込んでいた──を思い出し、力無さげに呟く。

 すると、主の言葉を聞いた従者たちは口々に『円卓』への悪口を言い始める。

 

「全くです!ああ、オーロラ様がこれだけ期待されているというのにあの者達は!身の程を弁えてほしいものだわ!」

「尊き御方を助けるため早急に駆け付けずして、なにがブリテンの統一王か!全く恥を知るべきだ!」

「これではあのウーサーとかいう若造の器など知れたものだな!やはりオーロラ様こそブリテンの主に相応しい!」

 

 先ほど自分達がオーロラの常にない様子に怯えていたことを棚に上げ、自分は尊き御方の忠臣であるとばかりに気勢を上げる従者達。

 

 ……彼らは、自分達がウーサーに対して毒殺を仕掛けたことを忘れたわけではない。

 にも拘わらず、未だにこのような事を言っているのだ。

 

 もし毒殺でウーサーが斃れた場合、風の氏族に扇動された妖精達によってロンディニウムの人間達は皆殺しにされ『円卓』が崩壊するのだから、『円卓』がソールズベリーを助けに来る事など起こり得ない。

 『円卓』が来るとしたら、それはすなわち『()()()()()()()』ということを意味する。そしてその場合、少なくない確率で毒殺行為の下手人が捕らえられたと考えるべきだろう。

 普通なら、『円卓』がソールズベリーに来た場合は『ウーサーが報復に来た』と解釈するのが自然だ。

 

 ……『生き延びたウーサーに毒殺を企てたのが風の氏族だとバレず、それでいてソールズベリーの危機を知って助けようとしている』という解釈なら矛盾は生じないが……随分と都合の良い思考だ。

 そして従者たちの様子から、それに近い思考か──あるいはそこまで考えていないと見られる。

 妖精だけでなく人間もそうなのだから、中々の()()()()()()()()だろう。

 

 そんな感じで主を称えながら『円卓』を罵倒する中……従者の一人である風の氏族の妖精が、つい口を滑らせてしまう。

 

「ロンディニウムの失敗作共には困ったものだ!もう少しオーロラ様のお役に立てというものだ!

 変わらぬ状況を憂うあまり、オーロラ様のお姿が心なしか変わられたような───」

 

 

「うふふ、それは気のせいじゃないかしら?」

 

 

 勢いよく喋っていたその言葉は、優美な笑みを浮かべるオーロラに止められる。

 声の圧によって、強制的に止められてしまう。

 

 彼女の声には……得体のしれない恐ろしい響きが込められていた。

 

 それを耳にし、喋っていた従者は「しまった!」と自らの失言に気づき、しどろもどろになる。

 

「い……いや……私は、その…………」

 

 なんとか言い訳して取り繕おうとする従者に対して、オーロラは微笑みを変えぬまま念を押す。

 

「気のせい、よね?」

 

「は、はいっっ!!もちろんでございます!!

 オーロラ様は相も変わらず可憐なお姿で、実に輝いておりますっ!!」

 

 主にそう言われると、その従者は同意するしかない。

 尊き御方と妄信していても、ここで異論を述べたら()()()()()()ことぐらいは察することが出来た。

 

 周りの者達は自分に飛び火しては大変だと、みな口をつぐんで恐ろしさに震えている。

 もし下手な事を口にして主の面目を潰してしまえば、矛先が自分に向かい()()()()()()()()()()()()から。

 

「うふふ……わかってもらえて嬉しいわ」

 

 オーロラのその言葉に、従者達はみな必死に同意する。

 

(や、やはり……オーロラ様のご気分は大変良くないようだ……!)

(発言には気を付けないと……!)

 

 常にない緊張を強いられる従者達。かつてない経験だった。

 

 さて、従者の一人が口を滑らせた『お姿が心なしか変わられた』という言葉であるが……

 気のせいではなく、事実であった。

 

 有体に言うと、風の氏族の長オーロラは()()()()()()()

 

 オーロラにとって自分の理想の姿は、人間換算で10代前半から後半ぐらいまでの少女だ。断じて20代の女性ではない。

 一週間前は当人の理想の姿だったのだが、最近は少しだけ年齢を重ねた姿に変わっている。人間換算で20歳の姿へと近づいており、微妙に『少女』と呼ぶのが難しくなってきた。

 このままでは、当人の望まぬ20代の女性の姿になるのは時間の問題だろう。

 

 そして変化は当然、それだけではない。

 

 こちらは従者達に全く違和感を持たれていないが……翅の輝きが僅かに色褪せていた。

 目にした者すべてが賞賛し、陶酔し、羨むであろう翅の輝きが、である。

 今は大丈夫でも、色褪せていることに気づかれるのはそう遠い未来ではないだろう。

 

 何故このような変化が起きたのか。

 

(ああ……これは、()()()()()()()のせい……)

 

 当事者たるオーロラは、何故こうなったのかよくわかっていた。

 自らの輝きに執着するからこそ、そこに影を落とす要因を見過ごす事などしない。

 

 あの噂が流れて、心乱されるようになってからだ。

 その姿が年を取ってしまったのは。

 

 もちろん、これですぐに死を迎えてしまうほど急速に輝きを失うということはない。その変化はずっと緩やかなもので、時間に追われているような切羽詰まったものではない。

 だが……このままでは時間の経過と共に自分の望まぬ姿になる──年を取ってしまい、翅の輝きが色褪せていく事は確実だ。

 

 ああ──自分は輝かしい姿を失ってしまうのか!

 

 いずれ訪れるであろう未来を幻視し、苛立ちだけでなく焦燥を覚える風の氏族の長オーロラ。

 従者達が自分を賞賛しようとその負の感情が晴れることはない。()()()()()()()()()()からだ。

 

 自分にとって悪いこの流れを断つには、ソールベリーに流れる悪い噂を消す必要がある。

 

(でも……どうやって?どんな方法で、噂を止めればいいの……?

 従者のみんながソールズベリーを回って火消しているのに、噂が止む気配は全然ない……!

 

 一体、どうしろというの!?)

 

 内心で焦燥の叫びをあげるオーロラ。彼女にしては大変珍しいことであった。

 さらには、思い付きではなく思考回路を働かせている。

 

 それだけ、死活問題ということだ。

 オーロラにとって、輝きが失われるという事は。

 

 そういった感じで風の氏族の長が追い込まれ始めていると───外で異変が起きる。

 

「ん?なんだ?」

「街の外から聞こえる嵐に変化があったわね」

「どういうことだ?」

 

 従者の妖精達が、ソールズベリーを囲む嵐に異変を感じた。みな次々と気づいていく。

 人間達はその異変を感じることが出来ず、誰もが戸惑いを見せている。この辺りは『風の氏族』の妖精との明確な差だろう。

 

 気になった一人の妖精が窓に近づき、外の様子を確認する。するとその妖精は大きな声をあげた。

 

「ちょっとちょっと!あれを見て!街を囲む嵐が開けていくわ!」

「なんだって!?」

 

 窓の外から、正門方向において嵐の壁に縦方向の割れ目が発生しているのが見えた。それを確認した従者達が妖精・人間問わず驚愕する。

 彼ら彼女らは窓に近づいてきたオーロラに場所を譲ると、氏族の長たる彼女もその光景を目の当たりにする。

 

「──まあ!街を囲む嵐が解かれていくわ!」

 

 嵐の封鎖から解放されていく様子を確認したオーロラは、歓喜の声をあげる。

 彼女の本音はもちろん、嵐の封鎖が解かれることにより街の住人達が理性的になり、それによって()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 

「外はどうなっているのかしら!ひょっとして『円卓』の方々が助けに来てくれたのかも!」

 

 オーロラが楽観的なことを明るい声で言うと、従者達は主の言葉に同意しながら口々に『円卓』に対し勝手な事を言い始める。

 

「あの者達はようやく尊き御方の役に立とうとしているか!今まで待たせおって!」

「なんて動きが遅いの!?もっと早く助けに来てほしいわね!」

 

 そのような光景が繰り広げられるものの、今回ばかりは全員がただ単純にオーロラの意見に同調したわけではなかった──主の不興を買わないよう言動に細心の注意を払ってはいるが──。

 一つの事実が、従者たちの幾人かに疑念を抱かせる。

 

「しかし……風の報せは相変わらず使えないな……」

「ああ……やはり外部の者から連絡を受けることは不可能か……」

「街の外の嵐が原因ではなかったというの……」

 

 自分達の切り札といえる『風の報せ』が未だ使えないことに顔色が優れない者達。嵐から解放されたのに何故こちらは解決しないのかと、疑問を覚えずにはいられない。

 そのため、その幾人かは疑心暗鬼に駆られる。

 

 やはり、これはあの忌々しいロンディニウムの奴らの仕業なのでは……?

 

 その者達がそのような思いを抱く中───

 

 

「オ、オーロラ様、オーロラ様ぁっ!!たっ…大変です!」

 

 

 酷く慌てた声が、部屋の外の廊下から聞こえてきた。

 

 ほどなくして、オーロラや従者達が集まる部屋に一人の従者が駆け込んでくる。外で街の様子を伺っていた風の氏族の妖精だ。

 激しく息切れをしており流す汗の量も多く、その焦り様は尋常ではない。

 

 普段なら風の報せで素早く情報を伝えるのだろうが、現在はその風の報せが封じられているため口頭で伝えるしかなく、こうして大急ぎで駆け込んできたのだ。

 

 皆が訝し気に見る中で、その駆け込んできた者は──顔面蒼白になりながら叫ぶ。

 

「ソ……ソールズベリーの周りにっ……す、凄まじい規模の大軍が配置されています!ロンディニウムとっ……各氏族の、軍隊です!

 目視した限りだと、その数はっ……その数は!軽く10万を超える模様っっ!!ソールズベリーの住人の数を、確実に超えていますっ!!

 はあっ、はあっ……!しかも、兵士達は凄まじい武装をしておりっ……あれは明らかに──明らかに、こちらを攻め落とすつもりですっっ!!!!」

 

 その報告を聞いて───オーロラ以外の者達が、一斉に顔を青ざめさせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ソールズベリーにおける住人の数であるが、とあるIFの歴史を辿り自由都市となった場合はおよそ20万に膨れ上がるものの、現状ではそのような事はなく10万にも満たない。せいぜい7~8万といったところだ。

 そのIFの歴史では統治者たる女王によって妖精の数が抑えられているため、ブリテン島全体の妖精の数はむしろ妖精歴である今の方が多いのだが、都市一つの発展度合いは当然ながら()()()の方が上だ。そのため現状のソールズベリーの住人がIFの未来より少ないのは当然であった。

 

 それに対し、ウーサー率いる討伐軍の人数は10万以上──より正確に言及すると妖精と人間を合わせて14万6千ほどの大軍であった。

 つまり、妖精と人間を合わせた頭数はウーサー率いる討伐軍の方がずっと多い。しかも、ソールズベリーの住人はその大半が非戦闘員なのに対し、国軍を主体とした討伐軍はその全てが戦闘要員だ。練度は高く装備も整えており、戦力的には圧倒的優位を確保していた。

 

 物々しい雰囲気を放つ討伐軍。いくつかの大部隊が街の東西南北に配置されており、そのどれもがソールズベリーの出入りの要所をしっかりと押さえていた。その大戦力で逃げ場はしっかりと塞がれており、街の住人の青い顔色がさらに悪くなる。

 先陣には単独で高い戦闘力を誇る排熱大公の姿が見え、また他の場所には誇り高き北の女王の姿も見えた。数が多いだけでなく力ある妖精がいることに、焦燥と恐怖をより深くする者が続出する。

 上空には街の動きを監視するためか、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が数十ほど飛行しながら街を見下ろしているのが確認できた。ソールズベリー側の行動はすぐに察知されると考えても良いだろう。また、何かあれば容赦なく()()()()()()()()()()()()()である。

 

 いま自分達が置かれた状況を把握し、駆け込んできた者と同じように顔面蒼白となる従者達。

 ただ、その後の反応は二つに分かれた。

 

「や──やはりっ……やはり!嵐による封鎖と風の報せが使えない原因は、『円卓』の奴らのせいだったんだ!!」

「なんてことだ……!ま、まさか……()()()()()()()のか!?」

 

 追い込まれた状況に悲鳴をあげて取り乱す者達。その大半が風の氏族の妖精だ。

 当人達にはこうされる()()()()が明確にあるため、気が気ではなかった。

 

「おのれ、ロンディニウムの失敗作共!身の程を弁えず思い上がりおって!」

「尊き御方に敵意を向けるなど、なんと恥知らずな!」

 

 そして、敵対行為に及んだことに対する怒りが危機感を上回り激高する者達。こちらはその大半が人間だ。

 オーロラに見いだされた事で狂信的になっている分、恐怖より怒りが上回っていた。

 

 焦燥と恐怖で取り乱すにせよ、狂信と怒りで激高するにせよ、室内には混乱が蔓延していた。

 

 しかし……そんな中でただ一人、例外がいた。

 

「ああ、なんということでしょう」

 

 そう、風の氏族の長オーロラだ。彼女だけは落ち着いていた。

 

 自分の命が直接的に脅かされる事など、彼女にとって大して恐ろしいことではない。何よりも大切な『輝き』さえ守られれば、気丈に振舞えるのだ。

 その美貌を厳しい表情で彩り、厳かに語る。

 

「人間と妖精を統べてブリテンに平和をもたらす筈の者が、まさか大軍を率いてソールズベリーに攻めてくるだなんて……本来ならこのような出来事は、絶対にあってはいけませんでした。

 にもかかわらず起きてしまった。いいえ、起こされてしまったのです。私達が希望を託した筈の者達によって……

 

 所詮はロンディニウムの『円卓』など、野蛮で卑しい者達だったのでしょう。ウーサーという男は、ブリテンを統治するに値しない俗物だったのです」

 

 先ほど『円卓』を持ち上げたその口で、容赦なく『円卓』を罵倒するオーロラ。

 見事な手のひら返しであった。まあ大軍で囲まれたのだから、その反応は仕方のない事であるが。

 

「全くです!やはり尊き御方に見いだされた我ら以外に、人間など碌なものではありません!」

 

 オーロラに同調して気勢をあげる従者の人間であったが、風の氏族の妖精については顔色が悪いままだ。圧倒的不利な状況が変わったわけではないから、仕方のない事だが。

 従者の妖精の一人が、主の気分を害さないよう慎重に口を開く。

 

「そ、そうですな……とりあえず現状は理解したので、これからどうするか話し合って───」

 

 その者が空気を切り替えようとした、その直後───

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()よ!!貴様の悪辣な企みは全て明らかになっている!!

 無駄な抵抗はせず降伏するが良い!!!!』

 

 

 

 

 ブリテンの統一王ウーサーによる降伏勧告が行われた。

 予想だにしない悪名が、ソールズベリーの全域に響き渡る。

 

 

 

「───は????」

 

 

 

 オーロラは、思わず間抜けな声をもらす。

 完全に思考が停止し、凍り付いてしまう。

 

 口を開けて固まるその姿は、こう言っては何だが……とても滑稽だった。

 

 

「あ、暗黒の……大邪神妖精……?」

「な、なんなんだ……その呼び名は……?」

 

 室内にいる他の者達も、耳に飛び込んできたあり得ない呼び名に度肝を抜かれていた。

 普段なら主への忠誠心で激高しそうなものだが、誰一人それをしない。どれだけ予想外だったか分かるというものだろう。

 

 

「…………………………」

 

 

 従者達が先程とは別の意味で混乱する中……呆然と立ち尽くす風の氏族の長。

 彼女がこのような有様を見せたなど、これまで一度もなかった。実に貴重な光景だ。

 

 もっとも、その内心は思考停止に陥っていたわけではなく、ひっきりなしに言葉が飛び交っていた。

 

 

(ど……どういう、こと……なの……

 い、いったい……一体、なんなの今のは……何なのよ『暗黒の大邪神妖精』って……!?

 嘘よ……冗談じゃない……冗談じゃないわ!

 そんな呼ばれ方をされてしまったら、私の輝きが色褪せてしまう……汚れてしまう!そんなの耐えられる筈ない!

 

 ああ、どうして……どうしてどうしてドウシテドウシテドウシテドウシテ!!

 

 どうして私が、あんなひどい悪名で呼ばれているのよ!?)

 

 

 内心で悲鳴混じりにパニックを起こすオーロラ。

 しかし、ウーサーの声は止まらない。引き続き、王の声がソールズベリー全域に響き渡る。

 

『戴冠式において杯に毒を仕掛け私を亡き者にしようとし、さらに我が妻トネリコに冤罪を被せようとしたが……この通り私もトネリコも健在だ!すでに実行者達はその身で反逆の罪を贖っている!

 貴様達が我々に反逆して『円卓』を崩壊させようとしたことは、すでにブリテンの民に周知されている!言い逃れは出来んぞ!』

 

 言い逃れを許さないブリテン王による弾劾。

 それを聞いた風の氏族の妖精達は、ただでさえ悪かった顔色を絶望に染める。

 

『また、風の氏族がこれまでブリテンで行ってきた情報操作についても明らかになっている!貴様達がこれまで作り上げてきた情報網はすでに壊滅させた!

 風の報せを使った扇動など、今後のブリテンにあってはならないのだ!』

 

 さらなる追い打ちが、逆賊行為に手を染めた者達へ降りかかる。

 あまりの事態に現実を受け入れられず、従者達の中には口をパクパクとさせる者──当然ながら人間ではなく風の氏族の妖精である──まで現れ始めた。

 

「───っ!お前たち、風の報せは使えるか!?」

 

 そんな中で、比較的に冷静さが残っていた風の氏族の一人が一縷の望みをかけて叫ぶが、結果は無情であった。

 

「駄目だぁ!相変わらず全く使えない!」

「ち……ちくしょーーっ!!こっちは風の報せが使えないのに、奴らは一方的に声を届けられるだなんて……こんな、こんな理不尽な事が許されて堪るかぁぁぁっっ!!」

 

 一方的にプロパガンダを流される現実に、心の底から恐怖する風の氏族の妖精達。これまで自分達がしてきた事の恐ろしさを、存分に味合わされていた。

 

 

 

 ああ、しかし。

 

 こんなものは、まだ序の口だった。

 

 

 

『ソールズベリーに住まう皆さん。私は鏡の氏族の長エインセルです』

 

 ウーサーに続いて発せられた少女の声は、鏡の氏族の長エインセルのものであった。

 この声が聞こえること自体が従者達にとって予想外だったようで、室内にさらなる驚愕がもたらされる。

 

「エインセルだと!?なぜあの女が来ている!?」

 

 その疑問に答えるわけではなかったが、偶然にも回答という形の言葉が届けられる。

 

『鏡の氏族は……戴冠式でのオーロラ一味による逆賊行為に、とても心を痛めました。また、自分達の立ち位置が中途半端ではないかと、これまでの自分達の行動を振り返りました……

 私達はブリテンのために為すべきことを為せていたのか?自分達に出来ることはもっとあったのではないか?もっと『円卓』に対して協力すべきだったのではないか?

 そのように考え、そして痛切に反省し……その結果、私達は氏族の在り方を改める決意に至ったのです。

 

 現在の『鏡の氏族』は、ロンディニウムの『円卓』による統治に()()()()()()()()、ウーサー陛下に()()()()()()()()()()()()()()()

 

 エインセルからもたらされた言葉に、信じられないといった調子で従者の一人が叫ぶ。

 

「鏡の氏族が、『円卓』に全面協力しているだと!?」

 

 戴冠式以前まで鏡の氏族が『円卓』に対してどこか距離があったことを知るだけに、その衝撃は大きい。

 鏡の氏族は純軍事的に考えると強くはないが、"誰かを護り奉仕する"という目的を持つがゆえに皆の人気者だ。それが『円卓』に全面協力しているのだから、『円卓』の統治基盤が大幅に強化されるのは言うまでもない。

 

『私達が決断したこの選択の意味を、逆賊行為に関与している方達はよく考えて……賢明な判断をしてください』

 

 戴冠式での逆賊行為と合わさって、ソールズベリーは政治的に圧倒的弱者へ追い込まれていた。

 

「ま、不味い……!」

 

 今度は風の氏族の妖精だけでなく、従者の人間達も顔色を青くする。

 鏡の氏族がそのような姿勢を見せる中で、()()()()()()()()()()()()()()()()()という事に考えが及んだからだ。

 

 

 

 その悪い予感は、的中する。

 

 

 

『さて、次は私の番ですか。あー、あー。テステス。うん、問題ありませんね。それでは───

 愚かにもウーサー陛下に反逆した暗黒の大邪神妖精オーロラとその手下の皆さま、ちゃんと息していますかー?私は翅の氏族の長ムリアンと申します。まさかとは思いますが、知らないという無知な方はいませんよね?』

 

 続けて、挑発的な物言いをしてきたのは翅の氏族の長ムリアンだ。相変わらず、実にいい根性をしている。

 

『本来はインドア派な私なので遠隔サポートに徹する選択肢もありましたが、この一大事に自分の住処で引きこもっているのはどうかと思ったので、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。ふふふ、実は私ってアグレッシブなのです!意外な事実でしょう!

 まあ、それはそれとして──ソールズベリーに巣くう皆さま、これ以上の悪事は止めて大人しく降伏した方がいいですよ?ハッキリ言ってそちらが勝る要素は、戦力的にも大義名分的にもないので』

 

「あの翅の氏族の長が、わざわざ戦場に足を運んだというのか!?」

 

 わざわざムリアンがこの地へ足を来たことに驚愕する従者。『円卓』結成時からの味方なのであちら側に付くのはともかく、よもやそのような労力を使うとは。

 

『特に、と・く・に、暗黒の大邪神妖精オーロラ!あなたのエグイ本性はもうバレてますので、氏族の長なら身の振り方くらいは考えてくださいね!』

 

 ムリアンは追加で嫌がらせとばかりに、オーロラを名指しして糾弾する。

 

「ああ……そんなっ……!」

 

 先ほどの衝撃的な悪名だけでなく、その後に氏族の長からの糾弾が続くことで、()()()()()()でさえ顔色を変えて焦燥を強くしていく。

 

 なぜなら、彼女にとってこの流れは……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ものだから。

 

 

 

 オーロラ一味にとっての悪い流れは、止まらない。

 

 

 

『私のことは説明するまでもないわね?まあ名乗りは大事だから言うけれど。

 そちらも知っての通り、王の氏族の長マヴよ。北の女王たるこの私が、ソールズベリーに巣くう邪悪なる者共に告げます』

 

 さらに聞こえてきたのは、プライドの高さで知られる王の氏族の長マヴだ。こちらは先ほど姿を確認できていたが、改めてこの地に来ている事を突き付けられると絶望感が増す。

 

『あなた達は『円卓』や南の妖精だけでなく、北の妖精──王の氏族も敵に回したのです。これがいかに過酷な現実であるか、愚かなあなた達でも分かるでしょう。

 全く、少しでも考えればこうなることは予想できたでしょうに……オーロラとその配下はもう少し知性があると思っていたけれど、どうやら買いかぶり過ぎていたようね……

 ウーサー陛下の降伏勧告に、大人しく従いなさい。それが、逆賊行為なんていう馬鹿な真似をしたあなた達に唯一残された、希望が残る選択肢です』

 

 その通告は思いっきり上から目線だが、王の氏族が『円卓』に全面協力している証でもあった。

 かつては「私がブリテンの王になる!」とごねた彼女だが、一度協力すると決めた以上はその約束を違えることはしない。むしろ積極的に協力していた。

 

『暗黒の大邪神妖精オーロラ、これまでソールズベリーを治めてきたあなたも一応は、い・ち・お・う・は、統治者の端くれでしょう。街の住民たちの未来を考えて、賢明な選択を決断なさい』

 

「オ……オーロラ様に向かって、なんと無礼な口をっ……!」

 

 従者の人間の一人が反発しかけるも、マヴの言う通り現実が過酷である事は理解していた。それゆえに、その口調にはいつもの勢いがない。

 主への狂信があるため、降伏するという発想には至っていないが。

 

 

 

 そして、続くのは当然ながらこの男だ。

 

 

 

『牙の氏族の長ライネックだ。陛下に仇成す逆賊共に、本来なら掛ける言葉など持ち合わせていないのだが……氏族の長として黙っている訳にもいくまい』

 

 排熱大公として名高く、亜鈴返りとして知られている牙の氏族の長ライネック。彼の立ち位置は語るまでもないだろう。

 仲間内ではウーサーに対してタメ口を利いたり容赦ない突っ込みを入れている彼だが、公の場ではちゃんと臣下らしく振舞うのだ。

 

『降伏しろ。それ以外に貴様達が自ら選べる選択肢はない。これは誇り高き陛下が与える、唯一の温情だ。

 もし、それを選ばなければ……貴様達自身の血で贖うことになるだけだ』

 

 饒舌に語らない分、その威圧感が半端なかった。

 風の氏族の妖精達はガクガクと恐怖に震える。自分達に訪れる未来を幻視したからだ。

 従者の人間達はまだマシだったが、相手が排熱大公なだけに強い恐怖は感じている。

 

 言葉少なに終わらせようとしたライネックであったが……彼にはどうしても我慢できないことがあった。

 ソールズベリーの鐘撞き堂がある建物の方向をギロリと睨み、怒りの籠った声を吐き出す。

 

『暗黒の大邪神妖精オーロラよ!私の個人的な感情を口にするのなら、貴様は……貴様だけは、断じて許せん!!

 国王陛下の杯に毒を盛るという万死に勝る悪行では飽き足らず、あろうことか王妃殿下まで陥れようと企てる──そんな者達の首魁である貴様は、本来ならこのブリテンにあってはならない醜悪な存在だ!叶う事なら、この私がじきじきにその首を捩じり切ってやりたい!』

 

 響き渡る憤怒の声。あの戴冠式における悪行は、それだけライネックの怒りを買っていた。

 それでも、討伐軍の方針はしっかりと弁えている。気持ちを落ち着け、続きは静かな声で語りかける。

 

『だが……陛下は降伏勧告をご決断された。ご決断為されたのだ。その温情は気高いもので、決して無視してはならない。

 曲がりなりにも氏族の長を名乗るなら、()()()()()()()()くらい考えろ』

 

 そう語るライネックであったが、どうせあの女には()()()()()()()()()と冷めた見方をしていた。

 そして、彼の見方は間違っていない。

 

「わたしの……かがやきがっ……!」

 

 オーロラが呻くような声で漏らす言葉は、自分の『輝き』が打ち砕かれていくことに対する悲嘆だ。

 

 

 

 最後に逆賊へ言葉を告げるのは、あまり目立たないようにしている男だ。

 

 

 

『最後は私ですな。まあ風の氏族の妖精達なら知らないということはないでしょう。

 そちらもご存じの通り、土の氏族の長を務めている。ウーサー陛下に協力すべく私も戦場に馳せ参じた次第だ。よもやこういう形でソールズベリーを眺めることになるとは……運命の不思議さを感じずにはいられないものだね』

 

 土の氏族の長は冷淡に語る。まあ、風の氏族と仲が悪い氏族の長が厳しい態度を見せるのは、逆賊云々を抜きにしても当然ではあった。

 

『私としても、降伏してくれるならそれに越したことはない。まあ、風の氏族が壊滅しても構わないという愚かな自滅思考を持っているのなら、私から言う事は何もないが』

 

 どちらにしろ風の氏族の大幅な弱体化は免れないから、好きな方を選べ。

 そのような言外の意図が、読み取れた。

 

 

 

 次々と逆賊行為を糾弾する各氏族の長達。その言い方に個人差はあるが、『円卓』側に立っているのは明らかだ。

 

 ここに至って、オーロラの信奉者達は悟った。悟らざるを得なかった。

 自分達は、『円卓』だけでなく──他の全氏族も敵に回してしまったという事を。

 

「お……終わりだ……!もうお終いだっっっ!!」

「そんなぁ……私は、ここで死ぬの!?次代へと変わらないといけないの!?」

「い、いや……待つんだ!まだ、敵の勧告に従うという選択肢が残されている……!」

 

 打ちひしがれる風の氏族の妖精達。心折れる者が続出する。

 中には、討伐軍からの降伏勧告に希望を見出す者が現れる始末だ──まあその判断は正しいのだが──。

 

「まっ……まだだ!俺達は、まだ負けていない!」

「そ、そうだ!まだ戦ってすらいないじゃないか!」

 

 それでも、従者の人間達は諦めなかった。

 絶望的な状況であるのはわかっている。しかし、彼らは心折れるわけにはいかない。

 

 全ては、敬愛するオーロラのために。その狂信ゆえに。

 

 

 そんな、従者の人間達が狂信する当のオーロラであるが……

 

 

「あ……あ………どう……して……」

 

 

 顔色が真っ青にして、ガクガクと震えている。

 彼女にとって何よりも大切なものが失われるのは、確実だからだ。

 

 その輝きで皆から愛される妖精は、かつてない窮地でパニックへと陥っていた。

 あと数秒も経てば、まだ内面に留まっているその感情は表に出て爆発するだろう。

 

 主の異常な様子に気づいた幾人かの従者が、ただでさえ悪い顔色からさらに血の気を引かせて口を開こうとした瞬間───

 

 

 

「討伐軍の皆さま!そしてオーロラの支配下となっているソールズベリーの皆さま!風の氏族の一人である私からも、伝えたいことがあります!」

 

 

 

 一人の女性の声が、ソールズベリーに響き渡る。

 

「あの……声は……」

 

 その声にオーロラは聞き覚えがあったため、彼女の記憶を刺激した。そのおかげで感情は爆発するタイミングを失い、一時的な冷静さを取り戻す。まあ、あくまで()()()()()()()()

 そして記憶を探っていくうちに、声の主がかつての従者であり、自分が放逐したことを思い出す。

 

(ア、アレは確か……()()()()()()()()()()()()()()()……ソールズベリーから、放逐したのよね………)

 

 内心でそう呟くオーロラ。その内容は極めて当人の主観に偏っていた。

 もし声の主が知れば、怒りに震えること間違いなしだろう。

 

 ソールズベリーに響き渡った声の主について、当然ながらオーロラだけでなくその従者達も聞き覚えがあった。かつての同僚だったからだ。

 

「あ、あの女は……以前にオーロラ様に仕えていた妖精の一人だ!」

「オーロラ様のご不興を買って放逐されたあの女!?どうして『円卓』側にいるの!?」

「まさか……俺達を敵に売ったのか!?なんて女だ!」

 

 敵側に自分達の元同僚がいると知り、そして裏切ったと解釈するオーロラの従者達。当然ながら怒りを覚えて罵声をあげるが、これに関しては人間と風の氏族の妖精で反応が一致していた。

 もっとも、オーロラの従者達の罵声など討伐軍側には届かない。風の報せが封じられているのだから、届ける手段がない。

 

 彼ら彼女らの意思など関係なく、その女性による告発は続く。

 

 

 

「風の氏族の長オーロラは、恐ろしい女です!その本質は邪悪そのもの!たとえ建設的な意見を言おうと、それを受け入れるだけの度量など全くありません!求めるのは常に己への賛同のみ!

 その証拠に、控えめに異論を口にした私に対して、あの女は───

 

 

 

 私の翅だけでなく、顔の皮膚を容赦なく剥ぎました!!」

 

 

 

 女性の渾身の叫びがソールズベリー郊外と街中に響き───空気が凍り付く。

 

 衝撃的なスキャンダルに、室内の者達は思考停止に陥る。同時に、告発している彼女への罵声も止まる。

 止まらざるを、得なかった。

 

 

 

「女の顔の皮膚をですよ!?それも楽しそうに、本っっ当に楽しそうに笑みを浮かべながらです!こちらがどれだけ謝罪しても、泣いて許しを乞うても、あの女は一向に聞き入れませんでしたっ!!

 あまりの痛みに悶絶する私に対して、オーロラは『うふふ、私に意見するだなんていけない子だわ。毛虫にして踏み潰さないだけ、感謝してね?』と朗らかに言ったのです!!

 

 私はオーロラを批判していません!あくまで異なる意見を提示しただけです!なのに、ここまで酷い仕打ちを受けました!悲惨な状態となった顔を治すのに、一体どれだけ苦労したことかっ……!」

 

 

 

 室内にいる従者達のうち、風の氏族の女性陣が『ギギギ』とぎこちない動きで首を動かし……信じられないといった様子で、主たるオーロラを凝視する。

 もし被害に遭ったのが人間や下級妖精なら彼女らは殆ど気にしなかっただろうが、被害者は自分達と同族の()()()()である。

 

 簡単にスルーする事など、出来なかった。

 

 

 

 風の氏族の女性陣から凝視されている当のオーロラはというと……顔面蒼白で脂汗を流しながら、口をパクパクと震わせていた。

 

 

 

「これこそが、あの女の真の姿です!!まさに暗黒の大邪神妖精に相応しい所業!!見た目や表面的な振舞いに騙されてはいけません!!

 

 

 

 風の氏族の長オーロラは、輝く妖精から全くかけ離れた、この世で最も醜悪な存在なのですっっ!!!!」

 

 

 

 ……かつて顔の皮膚を剥がされた女性による、渾身の逆襲が炸裂した。

 

 その効果は──絶大だった。

 

 

 

「女の顔の皮膚を剥ぐだって!?しかも楽しそうに!?なんて奴なんだオーロラは!」

「それで『最も輝いている妖精』と言われても信じれるわけないだろ!?」

「なんてこった!やはり暗黒の大邪神妖精ってのは紛れもない真実だな!」

 

 

「「「悪い奴だ悪い奴だ!暗黒の大邪神妖精オーロラはとんでもなく悪い奴だ!!」」」

 

 

 ご丁寧に流れてくる討伐軍の妖精達による声。ソールズベリーの住人と違ってオーロラ崇拝者でない彼らは、今の暴露話を簡単に受け入れて次々と嫌悪の声をあげていく。

 そしてこれらの声は、ソールズベリー全域に届けられている。住民の大半を構成する妖精達は、その移ろいやすさゆえにこの悪評を無視することが出来ない。

 

「う、うそだ……オーロラ様が、オーロラ様が………ああでも、以前から変な噂が流れているし……そういうこと、なのか?」

「みんなが話していた『オーロラ様の輝きは偽物で、その正体は醜い老婆だ』っていう噂……あれは形を変えた真実だった?」

「街の混乱だって一向に収まらないし、本当はオーロラ様……全然すごくなく……輝いていない?」

 

 嵐の封鎖による混乱続きで精神的に追い込まれており、かつ悪い噂が流れていただけあって、妖精を中心に多くの住人が信じる方向へと流れていく。

 人間の住人は「いや、まさかそんなことが!?」とまだ信じ切れていなかったが、彼らは彼らで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ため、信じる者が続出するのも時間の問題だった。

 もちろん、全ての住人が信じ切るというまでにはいかないだろうが、全住人の半数を軽く超えることは確実だろう。

 

 そして、たとえ悪評を最後まで信じない者であっても、『オーロラは輝いている』という評判が汚れてしまった以上はそれを声高に主張することなど出来ない。社会的に許容されない考えというだけでなく、口にする当人の心の中で()()()のような違和感が渦巻くからだ。

 

 

 随分と呆気ない展開だが……大勢は決した。

 もはや、風の氏族の長オーロラを『最も輝いている妖精』と見る者など、このブリテンに()()()()いないだろう。

 

「……オ、オーロラ、さま……」

 

 かすれ声で主の名を呼ぶ従者の女性。受け入れがたい出来事が続き、最後に敬愛する主の信じがたい行為を聞かされたのだ。すでに頭の中は許容限界を超えてグチャグチャになっているだろう。

 その従者の女性は体をガクガクと震わせ、泣き出してしまっている。

 

 この部屋にいる他の者達も、似たような精神状態だ。誰もが精神の許容限界を超えていた。

 厳密には妖精と人間で()()()()()()()()()()()が、追い詰められている事に変わりはない。

 

 従者の女性のかすれ声を聞いたから、というわけではないだろうが。

 オーロラが静かに……震えを伴いながら口を開く。

 

 

「…………どういう、こと」

 

 

 あまりに静かで、かつ地の底から響くような不穏さを感じさせたため。

 他の従者の妖精が、辛うじて怪訝な声をあげる。

 

 

「オ、オーロラ様?」

 

 

 

 

 

「これは一体、どういうこと!!??」

 

 

 

 

 

 ───オーロラの怒声が、室内に響き渡る。

 

 偽りの輝きが、完全に砕け散る瞬間だった。

 

 

 

 あまりの剣幕に従者の妖精の一人が「ひぃっ!?」と悲鳴をあげるが、そんなのお構いなしにオーロラは捲し立てる。

 

「なんで!?なんでこの私が、あんなヒドい悪名で呼ばれないといけないの!?どうして氏族の長の方々は、皆でよってたかって私を糾弾するの!?どうしてあの子は、私に対してあんな誹謗中傷をするの!?

 ヒドい、ヒド過ぎる!こんなの理不尽だわ!あってはならない!!あってはならない事よ!!」

 

 これまで一度も見たことがないオーロラの狼狽ぶり──みっともない醜態に、彼女の従者達は呆然とするか、怯えた様子を見せている。

 だがそんな皆の様子など全く気にせず、彼女はとんでもない事を言い出す。

 

「あなた達!!今すぐあのヒドい方々を黙らせて!!いま、すぐに!!」

「そんな無茶な!?」

 

 取り乱すオーロラからの無理難題に、流石の従者達も悲鳴交じりに拒否する。どれだけ頑張ろうと無理なものは無理だから、当然の反応だった。

 だが、自分の輝きを否定されて完全に冷静さを失っている彼女は聞く耳を持たない。

 

「あなた達は今まで何でもやってくれたでしょ!?どうして出来ないの!?」

「そうは言いますが!あちらは大軍を率いて大義名分を掲げており、しかも我々の敵に回っているのは『円卓』だけでなく風の氏族以外の全氏族です!おまけに、かつての身内から告発者が出る始末!これでどうやって黙らせるんですか!?」

 

 ソールズベリーにとって悪い展開が続いたことで、反論した風の氏族の妖精も精神的に全く──そう、全く余裕がなくなっていた。無理難題を言ってくる主へ返す言葉は、自然とキツイものになる。

 だが、そんな相手の機微を悟るような賢さをオーロラは持ち合わせていなかった。普段なら考えずとも相手が崇拝してくるような言動を実行する彼女だが、今はそれが出来ずに誤った対応をしてしまう。

 

「それを考えるのがあなた達の役割でしょう!?そもそも、なんであの子が私を告発しているのよ!?」

 

 その言葉にカチンと来た風の氏族の従者は、これまでなら絶対にあり得ない怒声をオーロラに叫び返す。

 

「彼女の話を聞いていなかったんですか!?笑いながら顔の皮膚を剥がされたら、そりゃあどんだけ慕っていても裏切りますよ!少し考えればわかることでしょう!?」

「あなた私に口答えする気!?」

「本当の事を言っただけでしょう!?こんな事で難癖つけられたら堪ったものじゃありません!」

 

 先ほどの告発でオーロラへの幻想が砕かれたのは、何も街の住人だけではない。()()()()()()()()()()()()()()()()であった。

 そのため、怒声をあげる心理的ハードルが告発前より格段に下がっていたのだ。

 

 ヒートアップするオーロラと従者の妖精の一人。まさかこのような光景が実現してしまうなど、ソールズベリーにいる者で誰が想像しただろうか。

 お互いがあまりの剣幕で怒鳴り合うものだから、未だオーロラへの崇拝を維持している従者の人間も口を挟めない。

 

 そして、破局は上位者によってもたらされた。

 

「──────!!」

 

 ブチ切れたオーロラがその力を行使し、自分に抗弁してくる従者の妖精を毛虫へと変えたのだ。

 

「───な!?」

 

 目の前で行われた主人の凶行に、従者達一同は絶句する。

 

 だが、オーロラはそこで止まらない。毛虫に変えられ床でのたうち回る従者の妖精に向かって、大股で足を踏み出していき───

 

 

 ぶちっ!!

 

 

 やけに嫌な音を響かせ、毛虫に変えられた従者は主人によって踏み潰された。

 

「「「…………っ!!」」」

 

 目の前で惨劇を見せられた従者達は、みな背中にドッと汗が流れる。

 他の全氏族を敵に回したのとは全く別の意味で、彼らは恐怖に捕らわれた。

 

 誰一人口を開けず、沈黙によって支配される室内。

 

 だが、従者達の心境など知った事ではないとばかりに、オーロラは悠然と微笑みながら告げる。

 

「あなた達」

 

「「「は、はいっっ!!」」」

 

 一斉に返事をする従者達。恐ろしさゆえに、誰もが反射的に声が出た。

 風の氏族の妖精はもちろんであるが、未だ崇拝の心を維持している人間であってもそれは変わらない。それだけの恐ろしさだ。

 

 従者達の怯えなど気にせず、オーロラは続ける。

 

「私の輝きを否定する酷い人達を黙らせて。もちろん、外だけでなく()()()()()()()()

 

「り……りょっ……了解です!!直ちに黙らせてきます!!」

 

「うふふ。頼りにしているわよ?」

 

 これまで素晴らしいと思ってきたその微笑みが、今は心の底から恐ろしくて仕方がなかった。

 ああ……どうしてこんな事になってしまったのだろうか。

 

 この場を逃げるようにして、従者達は次々と部屋の外へと退出していく。

 従者の妖精達はオーロラに視線を向けず走っていくが、従者の人間達は控えめに視線を向けてから走り去っていく。

 

 その、最後の方に退出する従者の人間が、オーロラに視線を向けて───

 

「───!?」

 

 主の姿の()()に気付き、驚愕するも。

 自分からは言い出すことが出来ず、後ろ髪を引かれながら走り去っていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ええ、そうよ。まだ終わらないわ。こんなところで、私の輝きは色褪せないの」

 

 誰にという訳でもなく、自分に言い聞かせるように独白するオーロラ。

 変えることのできない妖精としての目的を、一人で再確認し続ける。

 

「私はこれからも輝く。誰にも邪魔なんてさせない。ブリテン王ウーサーであろうと、救世主トネリコであろうと、他の氏族の長であろうと……

 いつまでもいつまでも、このブリテンで最も輝き続けるのよ」

 

 妄執にも等しい独り言を続けながら、オーロラの視線は偶然にも部屋の鏡へと向き───

 

 

 

「───え?」

 

 

 

 そこに移る自分の姿を認識した瞬間、呆然とした声を漏らした。

 

 

 

「ど……どう……して…………!」

 

 

 

 信じられないといった様子で──否、()()()()()()()()()()様子で声を震わせる。

 その声には……これまで味わったことのない恐怖に満ちていた。

 

 

 

 

 鏡に映るオーロラの姿は、人間換算で20歳以上の姿へと成長しており、そして───

 

 

 翅の色が、どす黒く淀んでいた。

 

 

 




 従者の妖精達「うちの主人、なんか思ってたのと違う」
 従者の人間達「わ、我々は……オーロラ様に忠誠を誓っているっ……!」

 同じオーロラの従者でも、風の氏族の妖精と人間では崇拝の在り方に差異があります。
 この差異がどのような結果につながるかは、続きの話をお待ちください。


 ソールズベリーは大軍で囲まれているだけでなく、上空に巨大な魔力を持つ謎のローブがいくつも飛んでいます。
 さて、何者だろうなー。果たしてどんな天才魔術師なんだろうなー(すっとぼけ)
 答えは、原作本編にてお探しください(答え言ってるじゃん)


 

オーロラにどうなってほしい?

  • 一切の情け容赦なくヤレ
  • ど、どうか手心を……
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