もし、異聞帯のウーサー君がバグキャラだったら 作:北国の放浪者
オーロラから自分の輝きを否定する声を黙らせるよう言われ、彼女の部屋から退出していった従者達。主人の要望を叶えるべく奔走しているかと思いきや……そうではなかった。
オーロラの従者達は、妖精と人間で考えが分かれて──なんと言い争いを始めていた。
「こうなったら徹底抗戦あるのみ!ロンディニウムの失敗作どもに目にものを見せてくれる!」
目を血走らせながら、従者の人間の一人が怒りの咆哮をあげる。オーロラへの狂信が極めて深い者で、未だ忠誠を曲げてはいない。
他の人間はそこまでいかず、迷いを抱く者が多数であったが、基本的に彼の咆哮に同意を示していた。
しかし、妖精側の反応は違う。
「軽々しく言うな人間!オレ達は『円卓』だけでなく、他の全氏族も敵に回しているんだぞ!?数はあちらの方がずっと多い!」
従者の妖精の一人が、従者の人間に怒号を放つ。立場的に妖精の方が上であるため、その言葉には配慮など皆無だった。
だが、このような状況なのでその人間も黙っていない。怯む事なく怒鳴り返す。
「奴らは確かに各氏族合わせて10万以上の大軍を揃えたが、こちらだって街の住人を総動員すれば数万人の戦力になる!数に大きな差はあるが、絶望的というほどではない!街の城壁の内側という地の利だってある!籠城しながら工夫して戦えば、なんとでもなるだろう!」
その従者の人間が言う事は一理あるが、同時に穴もあった。妖精はそこを指摘する。
「そんな事言ったって、あちらは武装を整えて練度も高い軍隊なのに対し、街の住人はその大半が碌な装備もない非戦闘員じゃないか!しかも未だ混乱の真っ只中だ!ただ動員して戦っても、烏合の衆になるのは目に見えている!まともな戦力として数えるのは無理があるだろう!」
「それは確かにそうだが!」
「向こうには戦闘に特化した牙の氏族や統率に優れた王の氏族がいるんだぞ!?しかもあの排熱大公や北の女王が直接参戦している!おまけに上空には、強い魔力を感じるローブ姿の不気味な奴がいくつも飛んでいる始末だ!工夫して戦ってどうにかなるような戦力差じゃないだろうが!」
容赦なく畳み掛けてくるその妖精に、従者の人間は気圧されてしまう。
しかし、彼の口は止まらなかった。
「なら、奴らが混乱するような噂を流して───」
「どうやってだ!風の報せは未だ封じられているんだぞ!?」
ソールズベリー側にとって、風の報せを使えないというのが致命的だった。もしあれが使えれば、勝てるかどうかは別にしてまだ幾らかやりようはあっただろう。
意見を否定されて言葉に詰まる従者の人間であったが、ここで引くわけにはいかないと思ったのか急いで考えを捻り出す。
「敵に大声で叫べばいいじゃないか!噂を流すのは風の報せでなくても出来る!」
「そんなの向こうだってやり返してくるに決まっているだろ!?しかも向こうはソールズベリー全域に声を届けられるときた!そうなったら不利なのは浮き足立っているこちらだ!ただでさえ先ほどの糾弾と告発で、街の奴らの混乱は収まるどころか拍車が掛かっているんだからな!」
「ぐっ……!」
「こちらは嵐で封鎖され続けて疲弊している!そこにあの糾弾と告発だ!籠城するにしても最悪のコンディションだよ!下手したらソールズベリーは暴動が起きて、攻め込まれる前に自滅するぞ!」
最後の方はヤケクソ気味になる従者の妖精。ソールズベリーの絶望的な状況下で、精神的に追い詰められていた。
意見を否定され続けた従者の人間が、感情的に反発する。
「じゃあ一体どうしろと!?奴らに攻め込まれれば、烏合の衆だろうが何だろうが戦うしかないじゃないか!まさか、おめおめと奴らに負けろとでも言うのか!」
「そうは言っていない!他にもっといい選択肢を……!」
「そっちに代案はないじゃないか!それともなんだ!?まさか奴らの言うとおり、降伏しろとでも!?」
「降伏……」
その言葉に考え込む従者の妖精。他の妖精達も同様であった。
その光景に従者の人間達が動揺する中、言われた妖精がぽつりと呟く。
「やはり、その選択しかないよな……」
「──!?貴様、本気で言っているのか!?ふざけた事を言うな!」
その呟きを聞いた相手の人間は、カッと頭に血を上らせて怒鳴りつける。
当然であるが、言われた妖精は黙っていない。
「なんだと!?おい、さっきから聞いていれば何だその口の利き方は!人間の分際で調子に乗るのもいい加減にしろ!」
「この状況でそんな事言ってる場合か!」
「黙れ人間!この状況だからこそ降伏を考えるべきだろうが!だいたい肝心のオーロラ様があの調子だ!このままだとソールズベリーは、オーロラ様と共に終わってしまうんだぞ!」
「!?貴様ぁっ!!風の氏族でありながら、オーロラ様を侮辱するかぁ!!この恥知らずめ!!」
「───!!」
従者の人間が放ったその言葉に、言われた風の氏族の妖精はブチ切れた。
「がっーーー!?」
その妖精が放った一撃により、相手の人間は絶命させられる。
「な、何をする!?」
他の従者の人間達がその暴挙に動揺する中、手を下した妖精がギロリと人間達を睨みつける。
「お前たち人間が身の程を弁えず生意気だからだ!馬鹿な事を口にするな!」
「な、何が馬鹿な事か!尊き御方に使えるなら、たとえ殉じる事になってもお守りするのがスジだろう!?」
人間の一人が迷いを抱きながらも放ったその言葉に、風の氏族の妖精達は驚愕を露わにする。
「オーロラ様に殉じるだって!?お前達は一体何を言ってるんだ!冗談じゃない!」
ここで、妖精と人間の根本的な違いが浮き彫りになる。
妖精達は無邪気であるが故にオーロラを崇拝していたが、流石に自分達が不利になったこの状況下だと話は別であった。
彼らは本質的に自分本位で社会性が欠如しており、自分にとって不要だと感じたら手のひらを返して投げ捨てる生き物だ。なので、主人を崇拝していたとしても殉じるという発想に繋がらない。
あるいは、オーロラが先ほどの失態を見せなければ、一部の妖精が人間達に同調する可能性は残されていたが……生憎その可能性は潰えている。もう実現することはない。
それに対し、人間達の方は事情が異なる。自分達を取り立ててくれた事と比較対象に乏しかった事で彼女への崇拝は狂信へと昇華されているが、それは危機的状況に陥ったからといって消えてはいない。
彼らは『人間』という社会性を備えた生き物だ。それゆえに、オーロラへの崇拝は簡単には無くならないのだ。
厳密には、主人の異常性に迷いや拒否感を抱く者もいたが、それが主人を見放す事には繋がっていない。これが長期間続けばその限りでは無いだろうが、この短時間で手のひら返しする事はなかった。
結局のところ、風の氏族の妖精達が主人に向けていた崇拝は『オタサーのレベル』だったという事だ。
とある編纂事象の某教団にて女教祖のために命を捨てた信者達とは、抱く崇拝の次元が違った。
「勝てるのならともかく、勝てない戦いなんかしてたまるかよ!そもそも今となっては、オーロラ様が本当に尊き御方か怪しいものだな!お前達もあの有様を見ただろう!?」
先程の光景を改めてほじくり返されると人間達としても苦しいところだが、それでも抗弁を止めない。
「くっ……!だ、だからといって、そう簡単にオーロラ様を見放すなど、愚かな事だ……!尊き御方に選ばれた者のする事ではない!」
「何が愚かなものか!いつまでもオーロラ様に縋るお前達の方が、よっぽど愚かじゃないか!」
ヒートアップする風の氏族の妖精達。どんどん殺気立っていく。
そして……風の氏族の一人が、決定的な言葉を口にした。
「──ああ、コイツらは
その言葉を皮切りに、他の妖精達も続く。
「ええ、そうね……役に立つから重宝していたけど、こんなに生意気言うなら、もう必要ないわ!」
「ああ、その通りだ!いらない人間達は、いっそのこと処分してしまおう!」
「そうだそうだ!こんな邪魔な奴らはいらない!」
元々備わっている悪性を発揮する、風の氏族の妖精達。それを前に、人間達は焦燥を深める。
「な!?き、貴様ら正気か!?」
「ぐっ……この、気狂い共がっ!」
妖精元来の酷薄さを見せつけられて非難の声をあげる人間達だが、彼らも彼らで狂信者だから、お互い様と言えるだろう。
余談だが、先程オーロラに踏み潰された妖精は知性が比較的に高く、性格も多少はマシであった。彼が存命ならば、ここまでヒートアップする前に止めていたかもしれない。それが成功したかはともかく。
まあ、過ぎた事なのでどうしようもないが。
「お、おのれぇ!ロンディニウムの奴らと戦って討たれるのならともかく、こんな気狂い共にやられてたまるかぁ!」
「そ、そうだ!その通りだっ!オーロラ様を見捨てた、愚か者どもめ!」
「五月蝿い!身の程知らずの人間共が!」
「処分してやる処分してやる!」
こうして、妖精と人間の間で生じた意見の違いは修復不可能な断絶へと発展してしまい、オーロラの従者達は破局を迎えるのであった。
そして当然ながら、人間と妖精では生き物としての格に大きな差があるため───
「ぐあぁっ!愚かな妖精共め、よくも──うぎゃああああぁぁぁ!!」
「何でっ、選ばれた人間である俺達が、こんな──ひ、ぎえええぇぇぇ!!」
「う、ああああ!やめろ!頼む、止めてくれ!!ひいいぃぃぃぃ!?」
「嫌だ!死にたくない!だ、誰かっ、助け──げはあぁっっっ!!」
───両者の衝突は……風の氏族の妖精達による、
さて、従者達が内輪揉めで殺し合い──とは言っても結果は一方的であるが──をしている最中、ソールズベリーの街はどうなっているかというと、相変わらず大混乱に陥っていた。
いや、むしろ状況は悪化していると言ってもいいだろう。
「終わりだ!ソールズベリーはもう終わりなんだ!」
頭を抱えて絶叫する風の氏族の妖精。彼は戴冠式で未遂に終わった風の氏族側の企てを知らず、『円卓』側から糾弾されて初めて知ることになった。
同様の住人達は他にも存在し、そんな住民達からすれば現在の状況はまさにとばっちりだった。
「一体誰なのよ!?こんな勝手な事をした連中は!お陰で関係ない私達まで巻き込まれているじゃない!」
「そうだそうだ!こんなの冗談じゃない!死ぬなら自分たちだけで死ねよ!」
「ロンディニウムの奴らは気に食わないけど、何もこっちに飛び火するような事までする必要ないだろう!?」
「やるならやるで、ちゃんと成功させろよ!?なに失敗してるのさ!こんな結果になるなら、最初からするな!」
口々に、余計な事をしでかした者達を罵る住人の妖精達。当人からしてみれば何もしていないのに巻き込まれたのだから、その反応も無理はないだろう。
ソールズベリーの街の各所で、次々と怨嗟の声があがり続ける。
企てに関わる者や事情を知る者はというと、事情を知らない者以上に焦燥を募らせていた。
「くそっ!あいつら上手くやるんじゃなかったのかよ!?ロンディニウムの奴らを滅ぼすどころか、こっちが滅ぼされそうじゃないか!あの役立たず共め!」
「ロンディニウムの奴らもロンディニウムの奴らだ!どうして大人しく滅ぼされない!?生意気な人間どもが!」
失敗したも者達に文句を言う妖精もいれば、『円卓』に対して勝手な文句を言う者達もいる。
そして、企てに関わった者達の中には、我が身の危険に顔を青褪める妖精もいた。
「不味いぞ!?今回の件を知らなかった住人達に、もし俺達が関わっているとバレたら……袋叩きにされてしまう!!」
「そんなもので済むかよ!?強制的に次代へ変えさせられるのは間違いない!あの反応を見たら、碌な死に方ができないぞ!?」
訪れるかもしれない未来を幻視し、恐怖に震える。
「その前に、ソールズベリーが攻め滅ぼされるだろうが!?早くこの街から、逃げないと……!」
「そ、そうだ……!逃げる、そう逃げるんだよ!さっき『円卓』の奴らは降伏勧告をしていたじゃないか!それに応じれば……」
保身を図り、逃亡を企てる妖精達。ちなみに、ソールズベリーの総意として降伏勧告の受諾表明するという発想には至っていない──まあその権限を持ってる者達ではないが──。
この事態を招く片棒を担いでいながら、事情を知らない者達よりも早く身の安全を図ろうとしている。実に度し難い者達だろう。
ロンディニウムの『円卓』と全氏族を敵に回してしまい、大混乱のソールズベリーであるが……
当然ながら、混乱の要因はそれだけではなかった。
「なんてこった……オーロラ様が暗黒の大邪神妖精だったなんて……!」
「以前から流れていた『オーロラ様の輝きは偽物で、その正体は醜い老婆だ』という噂の真実は、これだったのか……!」
「俺達は、騙されていたんだ……」
「あんなにお慕いしたのに……!」
先ほどソールズベリー全域に届けられたオーロラの悪評は、住人の多くが抱いていた氏族長への尊敬や忠誠心に致命的な亀裂を入れていた。
悪評は住民達の多くに信じられ、次々と憤りの声をあがっていく。
「嘘だ、嘘だ……あの御方が、暗黒の大邪神妖精である筈がない……」
「これは、何かの間違いだ……!」
悪評を信じきれない者もいる──割合的に人間が多い──が、否定もしきれず苦悩に満ちた表情で形だけの否定を繰り返す。とはいえ、状況が状況なので声高に主張する事など出来ない。
「俺達はオーロラ様……いや、オーロラに騙されていたんだよ!」
「私達がこんな目にあっているのは、全部オーロラのせいだわ!」
仕舞いには、オーロラへの怨嗟を口にする者まで現れ出す。
それを見た、まだオーロラへの忠誠心が残る希少な住人の男──当然ながら人間だ──が怒りの声をあげる。
「──!?お前達、『円卓』の奴らの言う事を信じてオーロラ様を侮辱するのか!?」
この状況でオーロラを擁護するのは相当剛の者だが、返ってきた反応は周囲からの猛バッシングだった。
「信じるしかないだろうが!『円卓』だけでなく他の氏族の長まで糾弾して、元従者の女まであんな批判したんだぞ!?顔の皮を剥いだと言ってたじゃないか!」
「あの元従者の女、顔が良かったのに勿体ないよな!まあ自分で治したようだけど!」
「あの糾弾と告発を聞いて未だオーロラを信じ続ける方が、どうかしているわ!」
「ぐっ……!」
大多数の妖精達から責められ、人間の男は声に詰まる。
「オーロラ様を支持するのは、もう無理がある……」
「流石に、あの糾弾と告発を聞いたらな……」
そして、他の人間達は積極的にオーロラを批判しないものの、その態度はすでに不支持へと変わっていた。中にはまだ忠誠心を残す者もいたが、口に出す事なく黙っている。
すでに『オーロラは輝いている』という評判が汚れてしまった以上、それを声高に主張することはもう出来ない。ソールズベリーにおいて、許容されない考えとなってしまったのだ。
(しかし……それでも、オーロラ様を見捨てるのは……)
ただ、人間達は妖精ほど酷薄になれず、オーロラを切り捨てるまでには至っていない。尊敬の念が失望や軽蔑・怒りへと完全に切り替わるには、まだ時間の経過が充分でないからだ。
この意識の違いは残念ながら、後々の悲劇を彩るスパイスとなってしまう。
街の他の場所では、前述とは異なる方向の声があがっていた。
「オーロラ様が真に尊き御方なら、オレ達のためにその身を投げ出してくれる筈だ!」
自分達の氏族長への尊敬や忠誠心を、自分に都合の良い方へ解釈する妖精。
それを聞いた他の妖精も、次々と同意の声をあげる。
「そうだわ!きっと全ての責任を負って、『円卓』に命を捧げてくれる筈よ!」
「間違いない!なんたって尊き御方なんだからな!全部引っ被ってくれる事をぐらい、簡単にしてくれるだろ!」
「オレ達、なんでこんな簡単な事に気づかなかったんだろう!凄くいい考えなのに!」
その自分本位さを遺憾なく発揮する妖精達。これまで外に向けられていたその悪性が、オーロラへと向かっていた。
「じゃあ、早速オーロラ様に掛け合おう!『
「賛成だ賛成!そうと決まれば、モタモタしていられない!ロンディニウムの奴らがくる前に、オーロラ様にこっちの言うことを聞かせないとな!」
「早く鐘撞き堂がある建物へ向かわないと!急ごう急ごう!」
オーロラを差し出せば助かるとの主張は、その場にいる妖精達を瞬く間もなく熱狂させた。彼らはその熱狂のまま、風の氏族の長が住まう鐘撞き堂がある建物へと向かい始める。
ただし、妖精達の集まりは規模が群衆なので、移動速度はあまり早くない。
その光景を遠目に見て、戦慄する少数の人間達がいた。だいたい十数人くらいだ。
「ああ……あの妖精達、オーロラ様を生贄に差し出すつもりだ……!」
「そ、そんなっ……いくらあの御方の正体が恐ろしいとはいえ、そこまでするだなんて……!」
「なんという事だ、自分達の氏族長なのに……!」
いくらオーロラの評判が失墜したとはいえ、ソールズベリーの住人全員が例外なく支持を無くす訳ではない。中には、それでも義理立てする者はいるのだ。
「くっ……あの妖精達よりも早く、オーロラ様の元に辿り着かねば……!」
彼ら彼女らは狂騒を見せる妖精達よりも早く辿りとこうと、鐘撞き堂がある建物へ急いで向かっていく。
人数が少ないため、移動速度は群衆である妖精達よりも早かった。
事態は、急速に動いていた。
ソールズベリーの住人達にとって、悪い方向に。
少し時間を遡って、討伐軍の司令部へと場面が移る。
そこでは、トネリコとウーサー、そしてエインセルが、現状について言葉を交わしていた。
「ソールズベリーは、先ほどの糾弾で混乱に拍車が掛かっていますね」
街の住人達の混乱ぶりを観測したトネリコは、冷静にその状況を報告する。
「あらかじめ流れていた噂で、住人達の間にはオーロラへの不信感が芽生えていたようですが、それが急速に燃え上がっています。移ろいやすい妖精達はもちろん、数が多くない人間達の間でも無視できない規模に膨れ上がっている」
「風以外の全氏族の糾弾、そして元従者の暴露がソールズベリー全域に届けられたんだ。妖精達の移ろいやすさと人間の集団心理を考えたら、この展開は必然と言っていいだろう」
降伏勧告は住人達への慈悲だけでなく情報戦も兼ねるため、この流れはあらかじめ予想されたものだった。
戴冠式のやらかしを知らない者達も多くいるため、出来るだけ犠牲は減らしたいと思っているトネリコとウーサーであるが、逆賊討伐でソールズベリーを攻略する以上は人道的に事を収めるにも限界があった。
二人の話を傍で聞いていたエインセルが頷き、そして感想を口にする。
「この混乱で抵抗を諦め、降伏してもらえるといいんですが……」
鏡の氏族の長が述べた言葉は二人も同意するところだが、現実はそう上手くいかないだろう。
「それが最も望ましいですが、オーロラの従者の人間達が降伏を受け入れるのは難しいかもしれません。妖精達の方は、その移ろいやすさから降伏に流れる可能性はありますが……」
そう答えるトネリコであるが、その場合は従者の人間達の未来は暗いだろうと考えた。意見に従わない人間達を、妖精達がそのままにしておくとは思えないからだ。
トネリコの考えを聞いたウーサーが、別の視点で考えを述べる。
「そもそも、今のソールズベリーは混乱が凄まじい。指揮系統が正常に働かず、風の氏族として降伏勧告の受諾を表明出来ない事も考えられる」
「それは……あり得そう……」
「ないとは、言えませんね……」
ブリテン王の言葉に、なんとも言えない表情を見せる救世主の少女と鏡の氏族の長。
あちらがそれだけ混乱に陥っているという事は、こちらが圧倒的優位である事を意味し、逆賊討伐という点では大変喜ばしい事ではある。ただ、まともに降伏勧告の受諾表明が出来ないとなると、戴冠式のやらかしとは一切関係ない住民達に引け目を感じざるを得ない。
とはいえ、ソールズベリーを無力化するのは統治者側として必須事項だ。オーロラとその配下達が降伏勧告の受諾を表明しない──あるいは出来ない──なら、ソールズベリーを制圧するしかない。
微妙な空気が流れてしまったので、ウーサーは話を変える事にした。
「それにしても、やはりトネリコは頼もしい。君のお陰で城壁内部の様子が簡単に把握出来て、さらには単体でなく軍という集団としての戦力を大幅に強化出来ている。これほど心強い味方はいないな」
彼が述べたトネリコへの称賛はエインセルも同意するところで、彼女も明るい声で友人を褒め称える。
「私も同感です!さすが何度もブリテンを救ってきた救世主!トネリコさんがいてくれて、本当に良かったです!」
エインセルが言うと、過剰に持ち上げるような称賛も純粋なものとして受け止められる。
トネリコは照れた表情を見せ、ウーサーとエインセルに感謝を述べる。
「二人とも、ありがとうございます。災厄を打ち払ってきたこの力、ブリテンの未来を決める大事な戦いで活かさない選択肢はありませんので」
トネリコがどのようにしてソールズベリーの城壁内部の様子を知ったかといえば、上空からの観察である。
ここから彼女が直接偵察に向かった訳ではない。ブリテンの妖精達の多くから潜在的に忌み嫌われている彼女が目立つ行為は、今回の討伐作戦において控えている。余計な敵意を増やすリスクは避けていた。
では、ウーサーの傍に居続けるトネリコがどうやって上空から城壁内部を観察したかといえば……
ソールズベリーの上空にいくつも飛んでいる強大な魔力を持ったローブ姿の存在だが、これらは全てトネリコが魔術で作り出した分身だ。誰だか分からないよう姿を偽装した上で、偵察兼前線部隊として送り込んだのである。
上空を飛んでおり火力も申し分ないため、その実態は強力無比な航空戦力だ。まあ、このブリテン異聞帯に制空権なる概念は存在しないが。
「とはいえ、今回の分身による戦力増強はウーサー君の眷属になった事がとても大きい。以前の私であれば、分身の数はもっと小規模になっていました」
IFの歴史において、『冬の女王』は分身を多く使って上空から反逆者達を焼き払った。今のトネリコは、同じ事をそれ以上の規模で、造作もなく行える。
『冬の女王』と『
だが、これが『冬の女王』と『
まあ、『戴冠式前のトネリコ』であっても、『冬の女王』と比べて圧倒的に弱かった訳ではない。これまで何度も鐘を鳴らしてきたためその身に宿る魔力は強大であり、また魔術の腕はすでに神域に達していた。
ただ、『救世主』として振る舞っている以上、『冬の女王』と比べて妖精達に付け入られる隙がどうしてもあったのだ。『冬の女王』が圧倒的な存在に見えて、『救世主トネリコ』が容易に排斥可能な存在に見えたのは、そのスタンスの違いが大きいだろう。
その排斥可能と思われた隙も、ウーサーという最強の守護者や彼によって盤石となった『円卓』、そしてエインセルやマヴなどの救世主仲間以外の理解者を得る事で解決済みだ。今のトネリコを排斥する事は、強さという面だけでなく社会的にも不可能となっている。
話が些か横に逸れてしまったので戻すが、ようはトネリコの活躍でソールズベリーの城壁内部を詳細に観察できるだけでなく、制空権が完全に支配下となっている状況だ。このアドバンテージは、極めて大きい。
分身を使って上空から街を観察していたトネリコだが……遠目で見た住民達の様子に、懸念を抱く。
(それにしても……街の混乱が、
もう少し、討伐軍側と逆賊側で駆け引きが行われると睨んでいたのだけれど……
これは、想定より早く事態が動くかもしれない。
自分が抱いた懸念と予測をウーサーとエインセルに伝えた上で、遠隔通信の魔術礼装を使い前線のライネックとマヴにソールズベリーの大まかな状況を情報共有する。
救世主トネリコの懸念と予測は、このあと的中する事になる。
彼女の予想を上回る、なんとも愚かしい形で。
プロパガンダは効果抜群だ!
なお、あまりに効き過ぎてしまった模様。