もし、異聞帯のウーサー君がバグキャラだったら   作:北国の放浪者

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筆者は政治や軍事の専門知識に詳しくない素人ですので、描写に穴があるかもしれませんが、どうかご容赦願います。

ちなみに討伐軍の基本方針は、上空から偵察部隊に扮したトネリコの分身達でソールズベリーの要所(インフラや重要な戦力など)を爆撃し、敵の組織的な動きを封じた後にライネックやマヴの率いる戦力をソールズベリーに投入するというものです。

もっとも、状況が変わって対応を変えることになりますが。
 


崩壊する者達を前に、救世主の少女は───

 

「──わかった。ソールズベリーで事態が動いたら、すぐに連絡をくれ。そちらで決めた方針に従って前線部隊を動かす」

 

 トネリコからの連絡を受けてそう答えるライネック。話を終えると、通信用の魔術礼装を待機状態にする。

 

「暴動に発展する可能性は考えていたが、こんなに早くその可能性が実現しそうだとはな……ソールズベリーの奴らを嘲笑えば良いのか、それとも憐れめば良いのか」

 

 ソールズベリーの大混乱ぶりに、ライネックは呆れた表情を見せながら感想を口にする。

 妖精は移ろいやすいから、あの糾弾と告発は効果抜群だと予想していたが……まさかここまで効くとは。

 

 牙の長の独白を聞いた部下達が、次々と楽観論を言い出す。

 

「ははは、ソールズベリーの奴らはだらしないですな!これはもう、勝ったも同然でしょう!」

「これだけ戦力を揃えた段階で結果は見えてましたが、なんて呆気ない!」

「前線部隊の我々だけでなく、上空の頼もしい偵察部隊から強力な支援も加わる!負ける方がどうかしているというものですな!」

「そうだなそうだな!こりゃあ、祝杯をあげるのは早そうだ!」

 

 下っ端の妖精達だけでなく副隊長までそう言い出すのだから、前線部隊としては明らかに気が緩み過ぎだ。

 

 もう勝った気になって盛り上がる部下達を、ライネックはギロリと睨みつけ、厳しく叱咤する。

 

「油断するな!今はソールズベリーが混乱状態にあるというだけで、逆賊共が戦闘不能に陥った訳ではない!まだ戦端すら開いてないのに、勝った気になってどうする!」

 

「──!?も、申し訳ございませんっ……!」

 

 ライネックから厳しく言われ、すぐ謝罪して態度を改める部下達。戴冠式の一件で自分達の長からの信頼が著しく低下してしまったため、これ以上失望される訳にはいかなかったのだ。

 

 部下達の様子にライネックは軽くため息を吐き、『コイツらの前で考えを口にするのは得策ではないな』と判断し、内心での独白に切り替える。

 

(逆賊行為に加担した者達はなんら同情に値しない。トネリコの夢を台無しにしようとした連中だ、自業自得というものだろう。

 ただ、事情を知らない住人達は流石に気の毒だな……上層部の連中が早めに降伏勧告の受諾を表明していれば、このような事態にならなかっただろうに)

 

 無関係な住人達へ幾らかの憐憫を抱くが、あまり気にし過ぎると軍事行動に支障が出てしまう。

 自分達はブリテンの未来のため、逆賊討伐でソールズベリーへと来たのだ。その戦略目標を見失うような愚は絶対にしない。

 

(逆賊行為と無関係な住人であっても、『円卓』に良からぬ感情を抱いている者は多くいる。過度に罪悪感を覚える必要はないだろう)

 

 そう割り切るが、だからといってソールズベリーの住人達を無差別に攻撃をする訳ではない。

 

(戦いの際は敵を見定めて、非戦闘員との区別はするが……混乱した街中での戦いだ。果たしてどこまで選別出来るだろうか……)

 

 敵地である街中での戦い──いわゆる市街戦──の懸念事項に、頭を悩ませるライネック。牙の氏族の長である彼は博愛主義と無縁だが、同時に無秩序な殺戮行為は嫌悪している。

 

(こちらへの害意を捨てない者は、必ずいるだろう。降伏を装ってこちらを油断させ、背後から刃を突き立てようと企むに違いない。それを見分けるのは、至難の業だ。

 牙の氏族は肉体が強靭だから、そう簡単に奴らに遅れをとる事はないだろうが……)

 

 そう考えると、牙の氏族が前線部隊である事は理にかなっている。刃を突き立てようとしても簡単に肉を貫けないのだから、不意打ち対策にはもってこいの部隊だ。

 

 とはいえ、別の懸念事項もある。

 

(気をつけなければならないのは、コイツらが暴走して住人の虐殺に走ってしまう事だ……

 牙の氏族は、他の氏族と比べて闘争本能が強い。戦いの気に当てられて凶暴化し、本当に戦意喪失して降伏する者達まで、見境なく殺害しかねん)

 

 そのような蛮行は、今後の『円卓』による統治の信用を傷つけてしまう。絶対に避けなければならない事だ。

 

 そういった事もあり、部下達の統率は細心の注意を払って行う必要がある。

 実に面倒な仕事だ。自分の体を動かす方が、どれだけ楽なことか。

 

(だが、俺は前線指揮官だ。この責務をやり遂げねばな)

 

 内心での独白を終えると、ライネックは自分が指揮する牙の氏族の妖精達に檄を飛ばす。そう遠くないタイミングで進軍するだろう事から、今のうちに態勢を整えておきたいからだ。

 

「お前達!司令部から指示が来たら、ソールズベリーへ進軍する!それまでは現在の位置で待機だ!警戒を一切怠るな!」

 

「「「はいっ!!」」」

 

「こちらが圧倒的に優位でも緊張感を保ち続けろ!慢心は厳禁だ!少しの気の緩みが、大きな損害に繋がると思え!牙の氏族として醜態を見せる事は許さんぞ!」

 

 部下達から先ほどの弛緩した空気は無くなり、その表情には緊張感が現れている。

 

(ほどよい緊張感だな。度が過ぎると戦闘に支障をきたすから、檄を飛ばすのにも加減が難しい)

 

 牙の氏族の長として思考していると、待機状態にした通信用の魔術礼装が鳴り出す。トネリコからの通信だ。

 ついにソールズベリーで何か起きたかと思い、ライネックは礼装を通話状態にして耳を傾けると───

 

「なんだと?こちらへ逃げてくる妖精と追ってくる妖精がいる?」

 

 魔術礼装からのトネリコの連絡に、訝しげな声をあげるライネック。彼は視線をソールズベリーの方へ向けてみると……

 

 

「た、助けてくれー!殺されるー!!」

「待てー、この諸悪の根源がー!」

 

 

 なんと向こうから、氏族がバラバラの妖精達が走ってくる。先頭を走る一人──風の氏族の妖精が逃げている方で、その後ろを走っている他の氏族の妖精達が追っている方だ。

 逃げている妖精だが、どうやら隙を見て正門から抜け出したようだ。街が混乱に陥っているため出来たのだろう。

 

 その逃げている風の氏族の妖精は、必死に誤解を解こうと叫ぶ。

 

「俺じゃない!俺は関わっていない!ただオーロラ様──いや、オーロラを住人の一人として尊敬していただけで、『円卓』をどうこうしようとした奴らと関わりなんてないんだ!!」

「うるさいうるさい!そんなの知るか!とにかくお前が悪いんだ!お前のせいなんだ!大人しく俺達に殺されろ!」

「ひ、ひいいぃぃぃ!?」

 

 追ってる者達は全く聞く耳を持たず、逃げている妖精は恐怖の悲鳴をあげる。

 そんな状況だから、なんとかライネック達の目の前まで辿り着くと、相手が討伐軍の前線部隊であっても救い主だと思い、すぐ助けを求めてくる。

 

「あ、ああああ!!お願いします!お願いしますライネック様!牙の氏族の皆様!俺を助けてください!このままだとアイツらに殺される!

 俺は、俺はっ……本当に、関係ないんだぁっ!!」

 

 その必死さから、とても嘘をついているようには見えない。ライネックは妖精眼を持っていないが、それぐらいは見抜く事が出来た。

 どうやら、街が混乱している状況で冤罪をかけられたらしい。

 

 その風の氏族の妖精に続き、追ってきた他の氏族の妖精達も辿り着くと、それぞれ勝手なことを言い出す。

 

「そいつを引き渡せ!そいつ等のせいで、俺達はこんな目にあっているんだ!俺達はそいつを殺し、あんた達『円卓』の仲間になる!そうすれば勝利の貢献者に納まれるんだ!」

「そうだそうだ!このまま勝ち馬に乗る──いや、ウーサー陛下に忠誠を誓っちゃうぞー!有利な方に着かないと勿体無いからさ!」

「新しいブリテンで美味しい思いをするんだ!きっと贅沢な生活が待っているに違いない!本当に楽しみだなー!」

 

「「「贅沢三昧!!そんな未来が待っているなら、寝返らない選択肢はない!!」」」

 

(いや、その本音はしっかり隠せ)

 

 欲望がダダ漏れしている様子を目にし、ライネックは半眼になりながら内心で突っ込む。

 というか、こちらに寝返ったからといって簡単に贅沢三昧が出来る訳がないだろう。一体何を言っているのだ、この馬鹿共は。贅沢したいのなら、真っ当に働け。

 

 そもそも、こんな連中を味方にするのは御免被る。

 

 この光景には、最近駄目っぷりを晒してきた部下達も戸惑いを見せていた。よもや今になって部下たちのまともな反応を見る事になるなど、思ってもみなかったが。

 

 ライネックはため息を吐いた。深く深く、ため息を吐いた。なんか一気に疲れが押し寄せてくる。

 

 まあ、とりあえずは──

 

「ごはあっ!?」

「へぶっ!!」

「うわらばっ!!」

 

 ライネックは、追ってきた馬鹿共を適当に殴って気絶させた。悪妖精化していたら非情な決断をしていたが、そうではないためこれくらいの処置で済ませる。

 ぶっちゃけ処理してしまっても良かったのだが、なんか億劫になったため、そんな気も起きなかった。

 

 疲労感を漂わせた排熱大公は、逃げてきた妖精に顔を向けて告げる。

 

「命はしっかりと保障する。ただ、武装してないかの確認と、捕虜として監視はつけさせてもらう」

「あ、ああ。それで構わない……構いません」

 

 その妖精は言いかけてから、保護される立場だからと敬語に改める。せっかく助かったので、こちらの不興を買わないよう努めているようだ。

 

 ライネックは部下達に保護した妖精の監視を指示し──くれぐれも捕虜への狼藉は厳禁だと念を押し──、同時に気絶させた妖精を縛りあげるよう命じる。

 

 通信用の礼装は通話状態のままだったため、ライネックは通信の向こうのトネリコに報告する。

 

「あー、逃げてきた妖精は保護したぞ。それと追ってきた妖精共は適当に殴って黙らせた。今は絶賛気絶中だ」

 

 どこか投げやりな口調になってしまうライネック。通信越しでこちらのやり取りが聞こえたであろうから、トネリコが苦笑でもするかと思われたが───

 

 

 

「何?()()()()()()()()()()()()()()だと?」

 

 

 

 通信機から聞こえてきたトネリコの声に、ライネックの精神状態が切り替わる。

 

 改めてソールズベリーの方に顔を向け、耳を澄ませてみれば……城壁の内側から住人達の罵声と爆発音が聞こえてきた。

 

(ついに、暴動が発生したか)

 

 そう思いながら、引き続き通信用の魔術礼装に耳を傾けていると───

 

 トネリコから追加で知らされた情報に、ライネックは目を見開く。

 

 

 

「馬鹿な!?妖精達が()()()()で、()()()()()()()()()()()()だとぉ!!??」

 

 

 

 その、予想の斜め上をいく内容に。

 ライネックは思わず、驚愕の叫びをあげる。

 

 

 事態は……思いもよらぬ方向へ進んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前のせいだ!」

「ふざけるな!お前こそ、諸悪の根源だろ!」

「黙れ!この事態を引き起こしたクセに!」

「自分の悪さをこっちに押し付けるな!」

 

 ソールズベリーの街中の様々な場所で、住人の妖精達が激しく言い争っていた。

 ただ言い争っているだけではない。完全に殺すつもりの攻撃を相手に繰り出している。

 

「コイツよ!コイツが、ロンディニウムの戴冠式で余計な事をしでかしたのよ!」

「出鱈目を言うな!俺はずっとソールズベリーにいたんだ!お前こそロンディニウムから逃げてきたんだろ!」

「なんですって!アンタっ、私に冤罪を被せる気!?自分が悪いクセに!」

 

 お互いがお互いを、戴冠式で悪事を働いた者達だと決めつけ糾弾する。そこに、事実を元にした論理的な考察など全くない。

 理由を確認する以前に、目に映っただけでこの事態の責任を追及する妖精達。完全に正気を失っていた。

 

 ちなみに、前述の者達は『円卓』への逆賊行為に加担していた者達ではない。にもかかわらず、このような有様を見せている。

 

 

 そして、実際に『円卓』への逆賊行為に加担していた住人達はというと、これまた醜態を見せていた。

 

 

「お前があの王様に毒を盛ろうと言い出したんだろ!?」

「いや、先に言い出したのはお前だ!そしてお前が、楽園の妖精に罪を被せようと言い出したんだ!勝手な事をしやがって!」

「ふざけないで!全部先にアンタ達が言い出したんじゃない!私は賛成なんかしていないわ!」

「てめえ!責任逃れする気か!?」

「それはアンタ達の方でしょう!?」

 

 ちなみに、この妖精達は逆賊行為に加担してはいたが主犯格でないため、具体的な立案とかには全く関わっていない。あくまで、風の氏族の諜報活動に協力していた下っ端だ。

 つまり、妄想に近い考えで相手をなじっているのだ。まさに、狂っていると言って良いだろう。

 

 このような感じで、罵声と共に攻撃が飛び交っている。

 

「死ね、死ね、死ねっ!死んでしまえ!!」

「ぐあっ!?やりやがったな、この野郎!!」

 

 中級や下級とはいえ、妖精の攻撃だ。その威力は侮れない。

 相手の命を奪おうと悪意の具現化が、あちらこちらで飛び交う。

 

 

 ちなみに、逆賊行為に加担していた妖精達の中で()()()()()()()()()()()()()()()()()()()はというと……

 

 

「ひ、ひいいいぃぃぃ!?来るな来るな来るなあああぁぁぁぁ!!」

「たっ……助けてくれえええぇぇぇぇ!!」

 

「待てこの野郎ぉぉぉぉ!!」

「余計なことしやがって!逃げるなあぁぁ!!」

「自分だけ助かる気かああぁぁぁ!?」

 

 当事者達が危惧していた通り、怒り狂う妖精達に追い回されていた。向こうは悪妖精化しているから、追い付かれれば彼らの命はない。そして、それは時間の問題だった。

 街の各所で隣人同士で殺し合っている悪妖精化した者達だが、わかりやすい共通のターゲットを前にして、意識がそちらへと集中し共同歩調──当人たちにその意識はないが──を取る形になっていた。追いかけられる側からしてみれば、実に理不尽極まりない。

 

 これはある意味、事情を知らない者達よりも早く身の安全を図ろうとした報いとも言えるだろう。

 

 

 そして……悪妖精化した者達の狂気が向かう矛先は、同じ妖精だけでなく、残念ながら人間にも向いてしまう。

 

 

「おい人間!お前が『円卓』の奴らに余計な事をしたんだろ!」

「ち、違う!俺は関係ない!そんな大それた事、ただの人間に出来る筈ないじゃないか!」

「うるさい!言い訳するな!」

「あがっっ!?」

 

 誤解を解こうと必死に訴えた人間だが、見境を無くした妖精は聞く耳を持たなかった。激昂と共に放たれた一撃で、絶命してしまう。

 

 戴冠式の件は、ほぼ風の氏族の妖精が立案および実行しており、人間で関わっているのはオーロラの従者くらいだ。だから、ただの住人でしかない人間への追及は、完全に言い掛かりであった。

 しかし、正気を失って凶暴化した妖精──完全に悪妖精化している──に、そんな理屈が通じる筈もない。

 

 むしろ狂気に染まった妖精達にとって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()──は、積極的な排斥対象となっていた。

 

「人間共を殺せ!暗黒の大邪神妖精オーロラに味方する奴らを許すな!」

「未だにあんな奴を崇拝するだなんて、なんて酷い奴らだ!」

「こんな奴らはいらない!役立たずや邪魔ものは、処分するに限る!」

 

 ここでも、わかりやすい共通のターゲットを前にして、悪妖精化した者達の敵意は全てそちらへと集中している。

 

「「「う、うわあああぁぁぁぁぁぁ!?」」」

 

 悪妖精達から殺意を向けられ、必死に逃げ惑う人間達。生き物としての格が根本的に違うため、抵抗など出来よう筈もない。

 とはいえ、大混乱に陥ったこの街の状況だ。訓練を受けたわけでもない人間が悪妖精から逃げるのは、絶望的であった。

 

 

 このように、ソールズベリーの街は……凄惨な状況に陥っていた。

 

 

「痛え、痛えっ!!くそっ、なんで俺がこんな目に遭うんだ!それもこれも、全部俺以外の奴らが悪いんだ!!」

「げはあっ!!ああ、なんてこった……!どうして皆んな悪い奴らばかりなんだ!マトモなのは、俺だけかよ!!」

「どいつもこいつも自分勝手!冗談じゃないわ!私以外、みんなロクデナシよ!!」

 

 妖精達の多く──すでに半数へ達している──が、周りが悪いと喚いた。自分だけは悪くないと叫んだ。

 そして、その全てでは無いものの、大半が悪妖精化していた。

 

 

 それはまさに、ブリテンの妖精達が持つ悪性の発露であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何を考えているのだ奴らは!?」

 

 前線部隊にて響き渡るライネックの叫び。驚愕の色がこれ以上ないほど込められていた。

 部下達も、司令部からもたらされた情報に絶句している。

 

 確かに暴動が起きるとは予想していた。戴冠式でやらかした連中を吊し上げたり、手当たり次第に物を破壊したり、オーロラを生贄に差し出そうとするなど、そういった事は想定の範囲内だった。

 

 しかし、しかし──

 

「住人同士でここまで節操なく殺し合うなど、狂気の沙汰だぞ!?」

 

 まさか、ここまで愚かな連中だったとは!

 暴動で正気を失うとはいえ、流石に限度があるだろう!

 

(我々の逆賊討伐の方針だと、ソールズベリーの住人に配慮するにしてもあくまで軍事行動の範囲内だから、あちらに多少の損害が発生するのは仕方ないと考えていた!しかし……このままだと、()()()()()()()()!)

 

 討伐軍側が立てていた想定に対し、ソールズベリーの損害が大き過ぎる。これでは冗談抜きで、あの街は滅びてしまう。

 

 そもそも今回の情報戦を織り交ぜた攻略方法は、決着が早まれば全体的な被害を減らせるという算段があったのだ。味方だけでなく、敵側もである。

 新たなブリテンを治める『円卓』としては、オーロラ一味はともかく街の住人への被害か可能は限り避けたい考えであった

 

 しかし……この状況では、味方の被害を劇的に減らせても、敵側は住民諸共壊滅してしまう。

 

 当初は怒り心頭だったウーサーがバランス感覚を発揮し、現在の方針に落ち着いたというのに……なんという事だろうか。

 そう思うライネックであったが、討伐軍の前線部隊を率いる立場であるため、意識して非情な考えを巡らす。

 

(だが、ソールズベリーが敵対勢力である事は未だ変わりない……

 俺達の目的は、あくまで逆賊討伐だ。その戦略目標より住人の保護を優先するのは本末転倒……そう、本末転倒なのだ……っ

 

 ここは、向こうが自滅するまで待つべきだ……!)

 

 すなわち、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それが、非情ではあっても合理的な判断というものだ。

 

 彼らは逆賊行為の有無にかかわらず、基本的に反円卓派の集まりだ。向こうが丸ごと自滅するのを待てば、逆賊だけでなく全ての不穏分子を排除できる。こちらが労力をかけることなく、しかも不名誉を負わずにだ。

 

 自分達は軍事行動でここまで来たのだ。人道支援のため来たわけではない。

 

 ソールズベリーはあくまで、敵対勢力なのだ。

 

(……最終的な判断を下すのは、討伐軍の最高指揮官たるウーサーだ。奴が下す判断に、俺は従うのみ。

 尤も……奴がソールズベリーの奴らに甘い判断を下すとは、到底思えんが……)

 

 統治者として、大のために小を切り捨てる判断を下すのは別におかしい事ではない。まして、その対象が敵対勢力なら尚更だ。

 

 討伐軍の総司令官たるウーサーがどのような決断を下すか。前線指揮官たるライネックは、その指示に従うまでだ。

 

 とにかく、この戦いの()()()()()()。もはや、敵に組織的な抵抗など不可能だ。まだ矛を交える前だというのに、なんとも呆気ない幕切れであった。

 

 通信用の魔術礼装から聞こえてくるであろう指示を、ライネックが待っていると──

 

 

 

「は?トネ──ああ、いや。ソールズベリー上空の偵察部隊が、先行して街の暴徒共をある程度鎮圧するだって?」

 

 

 

 耳を当てている通信礼装から聞こえてきた、トネリコの予想だにしない言葉に……ライネックは目を丸くする。

 

 そして、彼が目を向けた先のソールズベリーでは……上空の偵察部隊が、次々と街に降下していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ソールズベリー上空の私の分身が先行し、街中で見境なく殺し合う暴徒達をある程度鎮圧します」

 

 トネリコはこれからやろうとしている事──否、すでに行動開始している事を、通信用の魔術礼装を使ってライネックに伝える。

 

「同時に、力のない人間達とまだ正気を保っている妖精達を保護します。魔術による小規模な防護結界で囲み、暴徒達が手出しできないようにする。これを()()()()()()()事で、ソールズベリーの行き過ぎた状況……滅亡への道を防ぎます』

 

 通信でライネックにぶっ飛んだ内容を伝えながら、分身達を次々とソールズベリーに降下させている。

 

 その光景を目にしたであろうライネックの驚愕している様子が、通信越しに伝わってきた。

 

『いや、待てっ!お前本気で言っているのか!?あの街に一体どれだけの数の住人がいると思っている!上空の偵察部隊だけで、どうにか出来るわけないだろう!?』

 

 通信の向こうで大きな声を上げるライネック。周りに部下達がいるため、あの偵察部隊がトネリコの分身と悟られないよう、注意しながら叫んではいるが。

 

 そんな前線指揮官の意見に対し、救世主の少女は冷静に答える。

 

「もちろん、人数が多いので全てを保護する事は出来ません。しかし、このまま前線部隊を街に進軍させるより、魔術で色々と応用が利く分身達を先行させた方が、確実に住人達の被害を抑えられます」

 

 ただ街を制圧するだけなら前線部隊を進軍させれば良いが、今からやろうとしているのは攻略対象の()()()()()()()()()()だ。暴徒達とそうでない者を選別し、後者をできる限り保護していく。

 そのような繊細な作業は、牙の氏族で構成されている前線部隊だと難しい。

 

「分身の数は数十体ですが、一つ一つが私と同等の戦闘力を持っている。『戴冠式の前の私』でなく、『ウーサー君の眷属になった私』です。決して暴徒達に遅れは取りません」

 

『逆賊行為に加担した者達とそうでない者達の見極めはどうするのだ!?』

 

 次々と作業を進めなければならないため、じっくりと判別している時間はない。ライネックはそこを指摘する。

 

 その懸念にも、トネリコは淀みなく答える。

 

「ウーサー君の()()()()()で、()()()()()()しています。それで悪意ある者達を見極めながら、事を進めていく。

 完全な判別までは出来ませんが、大雑把な判別なら問題ありません」

 

 妖精眼はあくまで『相手の嘘を見抜き真実を映す』もので、便利な読心術ではない。大勢の住人の思考回路を全自動で読み取るのは、流石に妖精眼が強化されても不可能だ。

 しかし、『誰が暴徒なのか・誰が悪妖精化しているか・誰がトネリコやウーサー達に悪意を抱いているか』くらいなら、一目で判別可能だ。そして、それぐらいの機能は分身にも持たせられる。

 

「私の分身数十体と強化された妖精眼の組み合わせで鎮圧と保護を進めていけば、迅速に進めていく事は決して不可能ではないかと」

『そうは言うが、いくら強力な偵察部隊であってもそんな事が───!』

 

 それにしたってあまりに滅茶苦茶だ。こんな個人パワーによるゴリ押しを、よく考えるものだ。

 通信の向こうのライネックは内心で、『コイツはやはり魔猪の氏族だ!』と慄いている。ここ最近はウーサーのバグっぷりに振り回されてきたが、トネリコの方も大概である。

 

 ちなみにライネックは現在、通信用の魔術礼装を通常モードではなくサイレントモードにしており、あちら側でトネリコの声はライネックにしか聞こえない。これは礼装に備わっている機能だ。

 スピーカーモードでなくイヤホンモードになっている、というような物理的なものではなく、魔術的な仕掛けでライネックにしか認識できない音声となっているのだ。この機能のお陰で、聞かれたくない言葉を周りが聞いてしまう事はない。

 

 まあ、会話の特定の内容が悟られないよう、ライネックは気を使って話さなければならないが。

 

 通信の向こうでなかなか納得しないライネックに対し、トネリコは真摯に語る。

 

「逆賊討伐という目的を忘れた訳ではありません。オーロラとその一派は、ブリテンの未来のために必ず排除しなければならない。

 しかし、その過程でソールズベリーが滅亡してしまうのは流石に行き過ぎている。なので、私がダメージコントロールに動きます」

 

 そんなトネリコの決意に、通信の向こう側から、ライネックの絞り出すような声が聞こえてくる。

 

『トネリコ……お前の言いたいことが、分からない訳じゃない。そもそも今回の戦いの方針は、味方はもちろん街の住人も可能な限り被害を抑えるつもりだったからな……それがこんな状況になってしまったのだから、是正すべきだという意見は理解できる……

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ライネックは一呼吸置いて、トネリコに問う。

 

『ソールズベリーの住人達は、基本的に反円卓派だ……たとえ逆賊行為に加担していない者であってもな……それなのに、奴らへそこまでの慈悲を向けるのか……?』

 

 お前が敵対勢力のために、そこまで労力を払う必要があるのかと。

 ソールズベリーの完全な自滅を待つ方が、トネリコの夢を叶えるのに都合が良いのではと。

 ライネックのそんな考えが、伝わってくる。

 

 牙の長が向けてくれる気遣いに対し、トネリコは感謝と共にこう答える。

 

「慈悲というほど大層なものじゃないけど……それでも、これだけは言える。

 

 

 

 私は、ソールズベリーの住人達を根絶やしにしたいわけじゃない」

 

 

 

 救世主の少女が望むのは、あくまで新たなブリテンを壊そうとする逆賊の壊滅だ。

 その過程で、ソールズベリーの住人達が戦火に巻き込まれるのは統治者側として覚悟していたが……全員の破滅まで望んではいない。

 

 

 それは、救世主としてブリテンを駆けてきた少女の矜持だった。

 

 

『……この、お人好しめ』

 

 通信用の魔術礼装から、ライネックの絞り出すような声が聞こえてくる。そこにどんな想いが込められているかは、妖精眼を頼らなくてもトネリコには分かった。

 

(……まあ、そう思われても仕方ないよね)

 

 敵の自業自得とはいえ、ソールズベリーの暴動がここまで加熱してしまったのは討伐軍の様々な施策によってだ。そのフォローをトネリコがする──分身という間接的な手段を使ってだが──のだから、本末転倒と言えるだろう。

 

 しかし───

 

(現実は大概、こちらの想定通りに進まない。だから、状況に応じて臨機応変に対応する必要がある。これはその一環なんだ)

 

 トネリコがそんな事を考えていると、通信の向こうからライネックの嘆息交じりの感想が聞こえてくる。

 

『よくよく考えてみれば……今回の戦いの方針も含めて、あのウーサーがよくソールズベリーの住人達に手を差し伸べる気になっているな』

 

 今回の鎮圧活動だが、当然ながらトネリコは独断でこのような真似をしている訳ではない。指揮系統的に、ウーサーの了承はしっかりと得ている。その前提が分かっているからこそのライネックの感想だ。

 戴冠式の一件を考えると、若きブリテン王がこのような温情を発揮している事にライネックは驚きを覚えずにはいられない。

 

 ウーサーはあの事件直後、風の氏族に対して『徹底的にやってやる』と苛烈な決意をしていた。ライネックはその事を聞き及んでいる。

 第三者から見れば、よくトネリコの今回の発案を許可したものだと思うのが自然だろう。

 

 ライネックの疑問に、トネリコは柔らかい表情を浮かべて答える。

 

「風の氏族の妖精が全て悪辣な訳ではないからね。たとえ9割がそうだったとしても、残り1割には希望が残されている。

 

 ()()()()の告発には、大いに助けられたし」

 

『……それは、確かにそうだな』

 

 ──ここで話に出てくるのが、あの告発を行った風の氏族の女性だ。

 

 オーロラの元従者だった彼女がこちらに味方した事は、討伐軍に多大な恩恵をもたらした──プロパガンダが効き過ぎたという副作用もあったが──。

 そして彼女の存在は、ウーサー達『円卓』の対ソールズベリー戦略の方針を軌道修正する事に繋がっていた。

 

 ようは、風の氏族そのものに対する悪印象がある程度、緩和されたのだ。

 

「あのように協力してもらいながら、『ソールズベリーは見捨てます』だなんて私には言えません。もちろん、ウーサー君もです」

 

 ソールズベリーにある程度の犠牲が出る事は告発した女性も覚悟していたであろうが、流石に都市丸ごと壊滅はショックが大きいだろう。

 彼女のそういった心境に配慮しなかったら、恩知らずになってしまう。

 

「また、私やウーサー君の感情を抜きにしても、彼女の協力に報いなければ今後のブリテン統治に支障が出ます。

 反円卓派の残党は恐らくこう言うでしょう。『ロンディニウムの奴らは恩に報いない薄情者共だ』と」

 

『む……そういう見方もあったか……』

 

 ソールズベリーを見捨てた場合の政治的なデメリットを提示されると、ライネックとしても納得せざるを得ない。

 

「極端な選択はどこかで歪みが出ます。バランス感覚は必要でしょう」

『はあ……分かった。これ以上はつべこべ言わん』

 

 色々な事情を汲み取り、通信の向こうのライネックは引き下がった。

 

 とはいえ、トネリコは別に慈悲深き聖女になった訳ではない。今回の遠征における目的は、しっかりと見据えている。

 

「ソールズベリーの人間や正気の妖精は出来るだけ保護しますが、間違ってもオーロラとその従者達には手を差し伸べません。

 彼女達『反円卓活動の中心メンバー』には、暴動によって自滅してもらいます」

 

 トネリコはすでに、オーロラを討伐軍に差し出そうと氏族長の住処へ向かう者達を確認しているが……そちらに関与するつもりは無かった。

 

 トネリコの言葉に、ライネックは頷く。

 

『当然の判断だな。奴らにはしっかりと報いを受けてもらわねば』

 

 この遠征の目的はオーロラ一味の排除だから、あちらが勝手に自滅するなら、討伐軍としては放置するまでだ。

 

 魔術礼装による通信で会話している二人だが、現在進行形で偵察部隊に扮したトネリコの分身達はソールズベリーで鎮圧と保護の活動を進めている。

 

 そして、オーロラがソールズベリーから逃げてしまわないよう、鐘撞き堂がある建物の周りには魔術的な監視網が構築済みだ。

 

 事態は、刻々と進んでいる。

 

「こちらが合図を送ったら、前線部隊を進軍させてください。あの偵察部隊だけで終わらせるのは、流石に討伐軍として体裁が悪いですから」

『そうだな、対外的にあまり良くない。分かった。そのタイミングが来たら連絡を寄越してくれ』

 

 それで、二人は通信を終えるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 通信を終えたライネックは、ふうと息を吐く。久しぶりに、『楽園の妖精』が『魔猪の氏族』である事を思い知らされた。黒騎士エクターの慧眼を称えずにはいられない。

 

(やれやれ……ソールズベリーを見捨てた場合のデメリットには納得したが、それでもやはりアイツはお人好しだ。戴冠式で冤罪を被せられそうになったというのに……

 まあ、だからこそアイツは『救世主』なのだろうな)

 

 そんなトネリコの考えに、ウーサーも色々と葛藤した事だろう。救世主の少女の考えにある程度の理があるとはいえ、よく納得したものだ。

 

 そんな事を考えながら、ライネックは改めて視線をソールズベリーへと向ける。

 

 城壁の内側からは、爆音と悲鳴が聞こえてくる。どうやら街のあちこちで、トネリコの分身達は派手に暴れているようだ。鎮圧活動はともかく、保護活動の方は上手くいっているのだろうか。地味に不安になってくる。

 

 まあ、当人が『やれる』と言っていたのだ。ここは信じるしかないだろう。魔猪の氏族っぷりを発揮し過ぎない事を願うばかりだ。

 

(全く……王妃ともあろう者が、分身とはいえ最前線で派手に動きおって。アイツのために戦おうと意気込んだのに、結局アイツに頼る事になるとはな)

 

 色々と忸怩たる想いを抱くライネックであったが、トネリコから聞いた作戦が最も丸く収まるだろう事は明白だった。

 

 どれだけ徹底的に統率しようと、戦いの気に当てられた牙の氏族が凶暴になる事を完全に避けるのは難しい。まだ正気を保つ住人にまで被害が及んでしまう事は避けられないだろう。

 ならば、トネリコの分身が先行してソールズベリーの状況を整えてから進軍した方が、後々の火種の発生を抑えられる。

 

(暴徒達を鎮圧と言っていたが……悪妖精化した者はもう更生不可能だから、その実態は『駆除』だ)

 

 決して気楽な作業ではないが、そんな事でトネリコが揺るぐ筈もない。迷わず作業を進めていくだろう。

 

(トネリコは、やると決めたらやる女だ。グリム曰く『鉄の女』だったか。今までのアイツの行動を思い返すと否定は出来んな。

 しかし……随分と可憐な『鉄の女』がいるものだ)

 

 思考の後半でそう思うあたり、ライネックのトネリコに対する敬愛ぶりが表れている。

 

「ライネック様、だいぶ騒がしいやり取りだったようですが……」

 

 通信が終わったのを見計らって、部下の一人──副隊長が躊躇いながら話しかけてくる。どうやら自分達の上司の様子に、声を掛けづらかったようだ。

 

 ライネックは思わず苦笑する。

 

(俺とした事が、みっともない姿を見せてしまったな)

 

「いや、司令部の方針に対する理解が俺に欠けていただけだ。それも意識の擦り合わせをしたから問題ない。

 今は偵察部隊がソールズベリーの状況を整えている。それが済んで司令部から指示が来たら、進軍を開始するぞ」

 

「はい!了解致しました!」

 

 説明を聞いて副隊長は納得したようだ。傍から離れていくのを眺め、ライネックは内心で肩をすくめる。

 

(やれやれ、コイツらの前で考えを口にするのは得策ではないと思っておきながら、随分と色々話してしまった)

 

 司令部と情報共有するための通信なので、仕方ない面もあったが……今後はもっと気をつけなければ。

 

 そう考えながら、ライネックは佳境に入った逆賊討伐の行方に思いを馳せ、進軍に備えるのだった。

 

 

 




 想定以上にソールズベリーの状況が過熱してしまったため、アフターフォローに入るトネリコさん。
 ライネックが当初考えていた通り「自滅を待てばええやん」と判断したくなりますが、色々あっても救世主であるトネリコの考えと、オーロラの元従者である風の氏族の女性の協力を得たこともあって、このような判断に至りました。
 もちろん、戦いの大勢が決まってなければこのような慈悲ある判断は下しません。

 そして次回は、トネリコさん大活躍の巻。

 彼女の考えにウーサー君がどう思ったか、また通信で話を聞いたマヴがどういう反応をしたかは、次回にて触れさせていただきます。


 
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