もし、異聞帯のウーサー君がバグキャラだったら 作:北国の放浪者
「先ほどは、戴冠式という目出度い場で毒を仕掛けられる事件が起きてしまった。だが、案ずるには及ばない。私はこの通り健在だ。
皆によって選ばれたブリテン王は、毒を盛られた程度で倒れることなど、絶対に無い」
新たにブリテンを統治する王としてウーサーは、神妙な顔つきをしながら戴冠式の会場を見まわし、この場にいる者たちへと語り始めた。
威厳に満ちた声が、戴冠式の会場に響く。それを、トネリコ、トトロット、エクター、『円卓』の騎士達はもちろん、多くの妖精達も耳を傾ける。
「今日という日を実現するため、『円卓』の騎士達だけでなく、多くの妖精達が賛同し、そして力を合わせてくれた。皆が一丸となって積み重ねてきた努力は尊いものであり、ブリテンの輝かしい未来を確信させるものだと私は考えている。
その輝かしい未来を覆すことは、いかなる者であろうと不可能なのだ」
そう、ウーサーは断言する。
例えどのような悪意があろうとも、そんなものに負けはしないのだと。
「そして、この日を迎えるために協力してくれた素晴らしい妖精達に、改めて礼を言いたい。
――皆、本当にありがとう。皆の王になれたことを、私は本当に嬉しく、そして誇りに思う」
ウーサーが戴冠式に集まっていた妖精達へ感謝の意を表明すると、妖精たちは驚いたような表情を見せる。先程トネリコの件で妖精達に厳しい態度を取った王が、ここでこのような事を言い出すとは思っていなかったからだ。
圧倒的な力を持った若き王の口から放たれる、感謝の言葉。
それを受けて、妖精たちは残っていた緊張を解き、表情を和らげる。
その様子を確認し、ウーサーは続ける。
「皆も知っての通り、このブリテンは度々災厄に見舞われている」
次の発した言葉は、ブリテン異聞帯と切っても切り離せない『災厄』のことであった。
「なぜ、ブリテン島に何度も災厄が起こるのか。なぜ、この島に住まう者達が理不尽に苦しむ現象が起こり続けるのか。残念ながら、それは未だ解明されていない。それ故に、現状で可能なのは対処療法のみだ。
そのことに、不安を覚える者たちは大勢いるだろう。この場に集まる皆とて、例外ではないと思う」
王の言葉に、同意を示す妖精達。
災厄に対する不安は彼らを付きまとい、それは今でも変わらない。
ウーサーは言葉を発しながら、戴冠式の会場内を余裕を持った動きで見まわす。
全員へと語りかけるように、じっくりと。
「しかし、恐れる必要はない。何故ならば――この私が、ブリテンの王となったからだ」
力強い言葉が、戴冠式の会場を駆け巡る。
「今日から新たに始まる、この国の王となったからだ……
これから訪れる、輝かしい未来の導き手となったからだ……!
素晴らしきブリテンの民である、皆の守護者となったからだ!
私はここで約束しよう!!
ブリテン島の民を苦しめる災厄は、この私がことごとく打ち払い続けると!!!」
若き王の宣誓を聞いた瞬間、会場の妖精たちは「おおおおお!」を歓喜の声を上げる。
『円卓』の騎士達は、自分たちの王をとても頼もしそうに見ていた。うんうんと、頷いてる騎士もいる。
ウーサーは先程から続けている動作で、ごく自然に戴冠式の会場を見回し――
とある氏族の妖精達が、僅かにぎこちない表情と仕草を見せているのを、視界に収めた。
多くの妖精達が歓喜の声を上げている中で、その氏族の様子は不自然であった。さも、何かやましいことでもあるかのような、そんな様子が見受けられる。
他の氏族の妖精達は、とある氏族の不自然な様子に気付いていない。ウーサーがそれに気づけたのは、彼が鋭い観察力を持っていたからだ。
ちなみに、妖精眼を持つトネリコは流石に気づいたようだ。戴冠式の会場が盛り上がっているので、表情には出さなかったが。
ウーサーは、とある氏族の不自然な様子を指摘しなかった。
その後、ウーサーは演説に妖精達への賛美を織り交ぜながら、さらに求心力を高めていく。
自分たち『円卓』に賛同した妖精たちが、如何に素晴らしいか。この国の輝かしい未来を築いていくのに、彼らの存在がどれだけ必要であるか。
そうやって妖精たちの自尊心を巧みに刺激し、彼らをコントロール下に置いていく。
若き王の口から放たれる美辞麗句の数々。もし妖精の実態を知る者がその様子を見たら、「こいつら相手に、よくそこまで誉め言葉が出てくるものだ」と呆れずにはいられなかっただろう。
途切れることのない聞き心地の良い言葉に、移ろいやすい妖精達の自尊心はどんどん満たされていく。気分は高揚し、その表情は恍惚としたものへと変わっていった。
妖精たちのウーサーへの支持が最高潮に達した段階で――彼は、演説の締めに入る。
「ブリテンの輝かしい未来には、誇り高き妖精達の力が必要だ!これからも、どうか私に協力してほしい!!
今日から始まる新たなブリテンに、栄光あれ!!!!」
「おおおおぉぉぉぉ!!」
「ウーサー!ウーサー!ウーサー!!」
「俺たちの王様に、栄光あれぇぇ!!」
妖精たちは、見事なまでにウーサーの意のままとなっていた。
もしここでウーサーのステータスを視たら、保有スキルに『カリスマ:A+』と『扇動 EX』でも付いているかもしれない。
ウーサが行った演説において、似たような言葉が繰り返されてきたのは気のせいではない。彼は意図的にそうしていた。
例え人間であっても、大衆は聞いたことをすぐに忘れてしまう。それが移ろいやすい妖精ならば、尚更であった。だから、ウーサーは同じようなフレーズを何度も口にし、自分が王になるメリットを、妖精達へ巧妙に刷り込んでいったのである。
若き王の手際の良さに、トトロットは唖然としていた。
(ウーサーの奴すげえ……妖精達をうまい具合に手玉に取ってやがる……
あいつ、あんなに口が達者だったのか)
そんな糸紡ぎの妖精の傍らで、黒騎士エクターは異なった視点での感想を抱いていた。
(よくもまあ、先程とは真逆の言葉を次々と口に出来るものだ。本心では先程の怒りをまだ持ち続けているだろうに。
……いや、王となるからには、これは必要な能力ということか)
内心の感情とは別に、必要な時に必要な言動を取る。統治者ならば必須の能力であろう。
とはいえ、ここまで見事にやってのけるとは、エクターの想像以上であった。
(演説スキルまで上がっている……あはは。ウーサー君、何でもありだ……)
ここまで来たら、トネリコはもう驚かなかった。素直にウーサーの演説スキルに感心する。
そして彼女は、苦笑しながら自嘲気味に思う。
(……私には、絶対に出来ないやり方だよね)
救世主トネリコは極めて聡明な少女であり、カリスマ性も備えていたが、流石に卓越した演説スキルまでは持ち合わせてはいなかった。彼女がとある歴史を辿った場合、言葉が足りずに状況を悪化させてしまうことからも、この手のことに向いていないことが伺える。
さらに言うなら、彼女は楽園の妖精で、大多数のブリテンの妖精達から潜在的に嫌悪されている。もし仮に、目の前のウーサーと同じ演説スキルを持っていたとしても、妖精達に対して演説が高い効果を発揮することは難しかっただろう。
まあ、それはそれとして。
(……ウーサー君、
トネリコはもちろん、トトロットとエクターも気づいていた。
ウーサーが、何かを始めようとしていることに。
先程から行っている演説であるが、当然ながら明確な意図があった。無意味に妖精達の機嫌を良くしたのではない。
ここまで支持を取り付ければ、ウーサーが
だから――ここで敵対者の排除に動いても、問題は無い。
「皆も知っての通り、皆で築き上げた結果を否定する者たちがいる。誠に許しがたいことだ」
ウーサーは話の方向性を切り替え、攻勢へと移る。
「その許しがたい者たちが、一体何者なのかという事だが……
先ほどトネリコに濡れ衣を着せようとした妖精は、
ブリテン大掃除の始まりを告げる、鐘の音が鳴った。
(……危ないところだった)
ウーサーの演説を適当に聞きながら、とある氏族の妖精は内心でホッとする。
先ほどの女妖精――同志の一人――を見捨てることになったが、あそこで助け舟を出せば自分たちも道連れになるため、そこは許容するしかなかった。
(まさか、あの人間の王がこんな規格外だとは……上級妖精でもないのに毒が効かないだと?出鱈目にも程がある!そもそも『愛の力』などと、ふざけているのか!そのような言葉は、尊き御方にこそ相応しいというのに……!)
まあ、流石に『愛の力』とやらで覚醒することなど、自分たちの主とて不可能なことくらいは、狂信者である彼にもわかってはいた。
とはいえ、自分たちの主が成し得ないことを成した人間の王に対し、見当違いの怒りは抱いていたが。
(おのれ……このままでは終わらさんぞ)
改めて、ロンディニウムの『円卓』によるブリテン統治への反抗を誓うも、ここで事を荒立てるのは得策ではない。
(尊き御方を差し置いてブリテンの王につくなど、許しがたいことだが……今は静観しよう。あの王に正面切って対立するのはマズイ。あまりにも力の差が大きすぎる。戴冠式が終わってから同志たちと合流し、今後の行動について練り直しだ)
ウーサーはこの場の全員に語り掛けるよう、会場内を何度も往復するように視線を動かしている。迂闊な動きをすると、すぐに見つかってしまうだろう。だから、ここはジッとするしかない。
若き人間の王は現在、妖精達を褒めたたえている。圧倒的な力を持った王に持ち上げられているため、妖精たちは王に対する肯定的な感情を膨らませ続けていた。
全く現金な連中め、と内心で蔑む。その感情を顔に出せないのが煩わしい。
(この場さえ上手くやり過ごせば、後から挽回が可能だ。我らの力を持ってすれば、他の氏族たちなど、どうとでも動かせられる)
そもそも、反円卓派は自分達だけでなく、他の氏族にも存在するのだ。自分達に比べればかなり小規模だが。
それらを焚き付けて、反抗勢力を増やしていくことは可能だろう。
(先ほど捕まった同志の女がどれだけ口を滑らすかが気がかりだが……それについては白を切るしかない。何か言ってきたらでっち上げだと言うまでの事だ。他の反円卓派の連中を焚き付ければ、それくらい有耶無耶に出来るだろう。
いや……いっそのこと、我々に不利な事を喋らないように
そのような、
この雰囲気の中で、反円卓派を探そうなどという流れにはならないだろう。
人間の王に対する賞賛が膨れ上がったことは極めて遺憾だが、今はこの場をやり過ごすことが最優先だ。
(どうやら、上手く誤魔化せそうだ)
とりあえず自分の感情に蓋をし、緊張を完全に和らげる。
その妖精や彼の同志たちは、これまで常に
であるがゆえに、自分たちが
だから――
「皆も知っての通り、皆で築き上げた結果を否定する者たちがいる。誠に許しがたいことだ」
(…………え?)
その言葉を耳にした時、彼らはすぐに反応することが出来ず。
「その許しがたい者たちが、一体何者なのかという事だが……」
(ま、待て……!!)
先程から色々と考えていた風の氏族の妖精が、内心で焦りの声を上げるも。
気づいた時には、取り返しのつかない状況に追い込まれていた。
「先ほどトネリコに濡れ衣を着せようとした妖精は、
彼らを一気に窮地へと追いやる、ブリテン王の言葉。
とある氏族の――風の氏族の妖精達は、みな驚愕してしまう。
「な………あ………」
その妖精は言葉にならない呻き語を漏らしながら、一気に血の気が引いていく。
束の間の安心は消え去り、解いていた緊張が、強制的に限界へと引き上げられる。
「い、一体……何を……」
彼の傍にいる風の氏族の一人が、喉を枯らしたような声を上げる。顔面の筋肉は滑稽なほどに引きつり、顔から首にかけて汗が大量生産されていた。
ウーサーはその様子を一切気にせず――気にするだけの価値も感じてないようで――、そのまま続ける。
「さらに付け加えるのなら、殊更騒ぎ立てていた者たちも、風の氏族だったな」
王の口から放たれる、絶対零度の響きを持った言葉。
演説をしていた時――他の妖精達を賛美していた時とは、真逆の温度感であった。
当然ながら、声だけでなく表情も。
先程から色々と考えていた風の氏族の妖精は、顔を真っ青にしながら問いかける。
「へ、陛下は………」
言葉を続けようとするも、緊張のあまり喉が引きつり、思うようにいかない。こんな経験は初めてで、適切な対処は困難であった。
それでも、このままだと破滅するだけなので、なんとか声を振り絞る。
「陛下は……私たちを、疑っておられるのか……?」
その声色は、縋るような響きを含んでいたが……
対するウーサーの返答は、非情だった。
「疑うだと?言葉は正しく使ってほしい。"疑う"という行為は、真実がハッキリとしていない時に行われるものだ。
私は貴公らが、先程の毒殺を企てた者達だと確信している」
ざわっ……!
王の断定に、戴冠式の会場は騒然となった。
そして、各氏族の妖精達は、それぞれが自分の近い位置にいる風の氏族の妖精に視線を向ける。
会場にいる風の氏族の妖精達は……一人の例外もなく、顔面蒼白であった。
「ち、ちがっ……!」
「私たちは、そ、そんな事……!」
狼狽しながら弁明する風の氏族の妖精達。
その様子を、ブリテン王のすぐ傍にいる王妃が、鋭い視線で観察していた。
この流れで各氏族の妖精達が、どのような反応を見せるかというと――
「こいつら、酷い連中だな」
「ああ。俺たちの頑張りを全部台無しにしようだなんて、絶対に許せない」
「なんて身勝手な奴らなの、あんまりだわ」
移ろいやすい彼ら彼女らにとって、風の氏族達の狼狽は、王の言葉への確信を深くするのに十分であった。
各氏族の妖精達から次々と湧き上がる敵意。それらの感情は、戴冠式を台無しにしようとした事に対する怒りだけでなく、自分たちが先ほどウーサーから圧力を食らう原因を作ったことに対する反発――つまり八つ当たりも、多分に含まれていた。
今度は自分達が糾弾される側になり、焦燥と恐怖を包まれる風の氏族達。
「い、言いがかりだ!我々がそのような企みをするなど――」
「下手な言い逃れは見苦しい。この私が、貴公らの反ロンディニウム活動を把握していないとでも思ったか」
慌てて抗弁する風の氏族の妖精だが、それをウーサーは一刀両断する。
王の言葉は恫喝のような激しいものではなかったが、戴冠式の会場にしっかりと響き渡るもので、有無を言わさぬ圧力が籠っていた。
「貴公らについては、これまで色々と調べさせてもらった。よもや『風の報せ』などという能力で、このブリテンに独自の情報網を張り巡らし、自分たちの都合の良いように他の妖精達を扇動するとは……もっと早く、貴公らの危険性に気づくべきだった」
そしてウーサーの口から暴露される、風の氏族による暗躍の実態。その情報に各氏族の妖精達は驚愕し――トネリコたち救世主メンバーも戦慄しているのが見えた。そこまでやってのけていたとは、流石に予想していなかったのだろう。
(どうして我々の情報網がバレたんだ!誰かが気づかれるようなミスをしたのか!?)
自分たちの活動実態を暴露され、さらなる驚愕と混乱に追い込まれる、風の氏族の妖精達。
彼らの大半が動揺でまともに思考が働かない中、そこへさらなる残酷な現実が付きつけられる。
「予め言っておくが、貴公らの『風の報せ』に対する防止策は
すでに先手は打っていると宣告するウーサー。この場において、彼らの切り札はすでに封じられていたのだ。
風の氏族の一人が慌てて試してみたが、『風の報せ』が全く発動できない。その妖精の顔が、恐怖に歪む。
もっとも、仮に助けを呼べたところで、圧倒的な力を持つブリテン王の前には無力であっただろうが。
「しょ、証拠は、証拠はあるのか!?我々がそのような活動をしたという証拠は!」
なんとか頭を動かし、必死で言い逃れをするも、ウーサーはさらに風の氏族の『逃げ道』を塞ぐ。
「なるほど、証拠か。間接的なものであるが、今ここで見せるとしよう」
ウーサーが言ったと同時に、タイミングよく『円卓』の騎士の一人が戴冠式の会場に入ってきた。
その手には、文字が記された紙の束が抱えられている。
騎士はウーサーのもとに駆け寄り、主から指示を受けた後、その紙の束を会場にいる皆――救世主一行や、当事者たる風の氏族、そしてその他の氏族の妖精達――に配っていく。
もちろん、字を読めない妖精は多くいたが、字を読める妖精が口頭で伝えるため、問題はなかった。
「いま皆に配られた資料に、これまで風の氏族が行ってきた反ロンディニウム活動の詳細が記載されている」
その内容を目にした風の氏族の妖精達は、ただでさえ顔面蒼白だった顔色をさらに悪化させる。
ウーサーが述べた通り、そこには風の氏族が行ってきた反ロンディニウム活動について書かれていた。『いつ・どこで・誰が・何を・どうやって・どんな目的で』騒動や襲撃などを起こしてきたか、これ以上ないほどハッキリと。
サラッと書かれているだけなら、その書面の信ぴょう性に難癖をつけられただろう。しかし、その記載内容はあまりに詳細かつ具体的であり、非の打ち所がなかった。
なぜ、そこまで詳しく書かれているのか。情報源は一体どこなのか。自分たちはどんなミスをしてしまったのか。
糾弾されている彼らの脳内で、それらの疑問が大合唱されていた。
「風の氏族の妖精が全て、貴公らと同じ考えだとは思わないことだ。一部の心ある者たちが、風の氏族が行ってきた活動について事細かに話してくれた。
貴公らが行っていた反ロンディニウム活動の数々を、我々は
ウーサーのその言葉は、真実と嘘が入り混じっていた。
反ロンディニウム活動をほぼ全て把握していると言うのは、正しい。しかし、その情報を風の氏族の心ある妖精から聞いたと言うのは、嘘である。
実際には、ウーサーが築き上げた
とはいえ、そんなことを知らない風の氏族の妖精達からしたら、裏切り者がいると考えるのが自然であった。
彼らにとってそのような者がいるという事は、たとえ全体の割合からしたらごく一部であったとしても、到底許せる事ではない。
「おのれ!尊き御方の温情を忘れるとは、なんと恥知らずな者たちか!」
「愚かな裏切り者共め!絶対に許さんぞ!」
「我らの尊き御方こそ、
高すぎる忠誠心が仇となり、思わず激高してしまう風の氏族の妖精達。ほんのひと時だけ、今の状況を失念してしまう。
ああ、しかし。
彼らの激高は、まさに墓穴を掘る行為で。
特に三番目の激高は、致命的だった。
「――!?おい馬鹿!お前たち、余計なことを口にするな!」
彼らの中で比較的に冷静な者――先程から色々と思考を巡らせている妖精だ――が慌てて制止したが、すでに手遅れであった。
「よもやここで、自白と受け取れる言葉を口にするとは……主への忠誠心が高いのは結構だが、もう少し思慮深くあるべきだったな」
「――あ」
「し、しまった……!」
ウーサーの言葉に、遅れて自分たちが墓穴を掘った事に気づく。
だが、もう遅い。
「貴公らが言う『我らの尊き御方』とは――風の氏族長オーロラのことだな?」
その言葉は問いかけの形を取っていたが、実質的には事実確認であった。
『風の氏族長オーロラ』。
この妖精歴においてすでに600年間生きており、このブリテン島で誰よりも輝きを放ち、周囲の者達から狂信的なまでに崇拝されている、力ある妖精だ。
そして――隠された醜悪さと危険性にいち早く気付いていたウーサーが、このブリテンにおいて最も警戒し、近いうちに排除しようと考えていた妖精である。
風の氏族長オーロラがこの暴挙に関わっているという事実。
それがついに、白日の下にさらされる。
「あ、ああああぁぁぁぁ……!?」
取り返しのつかない事態に絶望の声をあげる、先程から色々と思考を巡らせていた風の氏族の一人。
実際には、オーロラは部下たちに毒殺を直接指示したわけではない。ロンディニウムの『円卓』による統治、すなわち人間の王の誕生に不安を吐露していただけだ。
『妖精達はみんな、人間の王の誕生を祝っているわ。とても素敵な事ね。新しいブリテンの始まりは、めでたいことだけれど……本当に大丈夫なのかしら』
彼の脳裏によぎる、ウーサー王の誕生について話すオーロラの姿。
『彼らは確かに立派な人達よ。そう見えるのは確かだわ。でも、私には不安で不安で仕方ないの。彼らが手に入れた権力を使って、妖精達を無理やり押さえつけないか。自分達の思い通りにならないみんなを、弾圧してしまわないか……』
明確に思い出せる、主の憂いを含んだ表情と、懸念の言葉。
『ウーサー王だけでなく、王妃となるあの方も……彼女は救世主と呼ばれているけれど、本当にそうなの?私にはあの方が何を考えているのか、わからないわ……』
新たな王となるウーサーだけでなく、王妃となるトネリコに対しても、恐れを含んだ不信の言葉を漏らす。
『ああ……本当に心配。もしあの人達が圧政者になったら……そう思うと、安心して眠ることも出来なくて……この輝きが色褪せそうで、とても怖いの……』
そんな主の不安を解消しようとして。
人間の王と楽園の妖精が、目障りだと思ったから。
自分達の主こそ至上の存在であり、ブリテンの統治者に相応しいと思ったからこそ。
今回の犯行へ、及んだというのに。
一体どうして……こんなことになってしまったのだろうか。
そんな絶望に捕らわれている、風の氏族の妖精に対して。
戴冠式の会場にいる他の氏族の妖精達からは、すでに疑念や敵意だけでなく、殺気まで流れている。
「ふざけるな!風の氏族は結局、自分達が一番偉くなりたかっただけじゃないか!」
「俺達のことを何だと思っているんだ!この妖精の面汚し共め!」
「この恥知らず!あんた達なんか、いなくなればいいのよ!」
次々と上がる、他の氏族の妖精達からの罵声。彼らはウーサーおよびロンディニウム側に回っており、完全に風の氏族の敵になっていた。さきほどの演説が、高い効果を発揮している。
人間の王の狙いは、最初からこれだったのだ。
ここで補足すると、先ほど風の氏族の一人が『反円卓派は、他の氏族にも小規模ながら存在する』と考えていたが、確かにいる。それは、この会場内に限定しても同様であった。
にもかかわらず、彼らの誰一人、風の氏族の味方をする者はいない。
知っての通り、ウーサーの力は圧倒的だ。この場にいる妖精が全て束になってもかなわない。蟻がどれだけ数を集めても象に勝てないのと同じ理屈だ。そんな王の敵対者になるのは、自殺願望者くらいだろう。
つまり、他の氏族の反円卓派は、さり気なく勝ち馬に乗っかっているのだ。
風の氏族を、スケープゴートにして。
まあ、彼らは風の氏族に比べると小規模であり、かつ暗躍する能力は高くないので、あとでウーサーが如何様にでも料理できるのだが。
そんな状況下で、先程から必死で思考を巡らせている風の氏族の一人が、絶望に捕らわれたまま思考する。
自分たちは一体、どうなるのだろうか。
もしかして、一人残らず滅ぼされてしまうのだろうか。
かつてのオークニーのように。
3600年前の――雨の氏族のように。
(い、嫌だ……嫌だ嫌だ嫌だ!!)
圧倒的な恐怖に、彼を含めた風の氏族の妖精達は、恐慌状態に陥る。
そして――彼は衝動的に、絶叫していた。
「こ、こんな、こんな勝手な事が、許されてたまるかあっ!!!」
もう、冷静に算段を立てることなど不可能であった。ただ只管、思いつくままに叫び続ける。
「こんなの、全て出鱈目だ!これまでの反ロンディニウム活動も、先程の毒殺未遂も、全て……すべてすべてっ、我々を陥れるための『円卓』による自作自演だぁ!!」
肺活量を限界まで使って放たれる、風の氏族の妖精による叫び。まさしく魂の絶叫であった。
もし平時であれば、この叫びの内容は他の氏族達を扇動できるものであったが――ウーサーへの支持が最高潮に達して、大勢が決したこの状況においては、無駄な努力と言うしかない。
ウーサーは呆れたように、その風の氏族の妖精へと告げる。
「貴公は本気で言っているのか?風の氏族を陥れるためだけに、我らが今日という大切な日を台無しにするなどと。全く、話が荒唐無稽ではないか」
「黙れ黙れ黙れぇぇぇ!!全部貴様たちの企みだ!そうに決まっているっ!!」
ひたすら現実を拒絶する、風の氏族の妖精。
目を血走らせ、表情をゆがめ、口から唾を飛ばしながら、必死に喉を震わせる。
もう、言葉遣いを取り繕うことさえしない。
そして、正気を失っていた彼は、言ってはならないことを口にし――自らの死刑執行書に、サインすることとなる。
「そ、そうだ!先程の、救世主トネリコへの濡れ衣騒動だってそうだ!あ、あれで、我らを追い詰めて――」
「私がトネリコの名誉に泥を塗ったと、貴公は言うかっ!!!!」
戴冠式の会場を、王の雷鳴が駆け抜けた。
「う……あ……あ……」
真正面から受けたその妖精は、魂の絶叫を止める。強制的に止めさせられる。
彼がそこでショック死しなかったのは、奇跡と言う他ないだろう。あるいは、ウーサーがギリギリの手加減をしたのかもしれない。
先程のように力の影響で地鳴りを響かせところまではいかなかったが、空間がウーサーの意思に染められているような、圧倒的な圧力は現れていた。
「数々の悪行を成しながら、この期に及んでなお我らを貶めようとするとは!!その振る舞い、断じて許せん!!!」
王の力と剣幕に、腰を抜かす風の氏族の妖精達。
ちなみに、絶叫を止めさせられた妖精は、体から力が抜けて膝を折っていた。
「これから貴公らを拘束し、念のため取り調べを行う。真に潔白であるなら、貴公らにも新たなブリテンでの安寧が待っているだろう。
まあ、有り得ないことだろうがな」
ウーサーがそう言った後、配下の騎士達に命を下す。
「騎士達よ、風の氏族の妖精達を拘束せよ」
「はっ!承知いたしました!」
彼の命を受けた『円卓』の騎士達は、風の氏族の妖精を次々と拘束していく。
抵抗らしい抵抗はなかった。そんな気力は、たった今、ウーサーの恫喝によって根こそぎ奪われたから。
膝を折っていたその妖精も、他の者達と同様に拘束される。
風の氏族の妖精達は、心の底から後悔した。
こんな恐ろしい
「お疲れ様です、ウーサー君」
「ありがとう、トネリコ」
トネリコの労いの言葉に、お礼を返すウーサー。戴冠式の会場で敵対者への対処を終えた後、二人は共に自室へと戻っていた。
仲間であるトトロットやエクターは、さきほど労いの会話をし、いまは別の部屋で他の仕事をしている。後でこの部屋に訪れ、改めて言葉を交わす予定だ。
戴冠式の会場にいた各氏族の妖精達だが、風の氏族に対する怒りは相当なものであった。自分達の明るい未来が閉ざされかけたのだから、当然の反応だろう。
もしロンディニウムの『円卓』によって拘束されなければ、あの場にいた風の氏族は皆殺しにされていたに違いない。
拘束された風の氏族の妖精達は絶賛取り調べ中で、
非人道的なやり方は、一切していない。そんなロクでもない事をせずとも、自白させる手段はあるのだ。
ひと仕事を終えたウーサーであるが、戴冠式の会場における自らの振る舞いを思い出しながら、自嘲気味に苦笑する。
「全く、我ながら悪辣な事をしたものだ。あれでは恐怖政治を敷く独裁者だよ」
そんな夫の感想に対し、トネリコは「いえ、あの対処は正しかったです」とフォローする。
「新たなブリテンが始まる大事な時ですから、多少の荒治療は仕方のないことかと」
汎人類史の現代社会という極めて恵まれた環境であれば、法に則るなど手続き的な面で気を付けるべきだろう。しかし、いま彼らがいるブリテン異聞帯は妖精文明だ。しかも、文明は未だ大して発展しておらず、国家という社会形態もこれまで出来たことがない。
そのため、建前でさえ法治に乗っとる必要性はほとんど無く、力によるゴリ押しが可能ならばそうすべきであった。トネリコの言う通り、新たなブリテンが始まる大事な時なのだから、尚更だ。
「王となるからには、時に非情な判断が必要となります。ウーサー君は、統治者として当然のことをしたまでです」
――救世主トネリコは、夢のような国を作りたいと願う少女であったが、現実を知らぬ夢想家では断じてない。むしろ必要とあらば、苛烈な判断を下すことが出来る。
長年の仲間であるグリムは、彼女をこう評している。
『一度も勝負を分けた事がない、自分か相手かが斃れるまで止まらない、鉄の女だ』と。
彼女は、それぐらい半端ない女だった。
(それでも、トネリコは可愛らしい
まあ、ウーサーにとっては少女が魅力的な事には変わらない。むしろ、そんな面でさえ、彼女への愛おしさに繋がる。
いっそのこと、彼女の魅力全集でも執筆してみようか。書く内容に困ることは絶対に無いから、さぞかし筆が乗ることだろう。
一体何巻まで書けるだろうか?目標は高く見積もるべきだから、100巻まで書いてみる?そうだ、それがいい!
ああ、きっと素晴らしい本になるだろう!自分にとっての
そんな風に内心で惚気ていると、それを妖精眼で視たのか、呆れを含みながらも赤面しながらトネリコが文句を言ってくる。
「……魅力全集って、ウーサー君はアホなんですか。それに、いきなり褒め殺しするのは、恥ずかしんですけど」
「はは、ゴメンゴメン。ただ、内心で思ってしまうのは止められないし、難しいかな」
ウーサーにとって、妻への惚気はライフワークみたいなものだ。止めようと思っても止められるものではない。
最も、止めるつもりなど欠片もなかったが。
「ひょっとして、トネリコは僕が惚気ない方がいいのかな?」
少しいたずらっ気を出し、そう確認するウーサー。
自分でハッキリ惚気と言うあたり、なんとも厄介である。
夫にそう言われると、妻としてはこう返すしかない。
「いえ、その……不意打ちでなければ……たまには……」
答えている最中に声が小さくなっていくトネリコ。汎人類史と違って、彼女は恋愛強者ではないのだ。
そんな妻の様子を前に、『なんだ、この可愛い
うん。誰かこの男を何とかした方がいいかもしれない。
というか、風の氏族達を政治的に叩きのめした絶対者は、一体どこに行った。
トネリコの身の安全が脅かされなければ、この男はどうしようもないアホであった。
少しの間いちゃついた後――トネリコは全力で否定、いや言い訳を言うだろうが――、少女はコホンと咳払いして気を取り直す。
「……風の氏族が、あのような力を使い暗躍しているなんて、気付きませんでした」
『風の報せ』による情報網を築いて他の氏族達を扇動しているなど、トネリコの想像の外だった。
妖精は移ろいやすい存在だ。そんな彼らに対して良からぬ噂を流せば、上手い具合に流されてしまうだろう。意図的に暴動を起こす事だって可能だ。
その実態は戴冠式の場でウーサーによって暴露されたが、かといって他の氏族達に適切な対処が出来るかといえば、かなり難しい。
ウーサーがどうやって彼らの実態を掴んだのか、トネリコはとても気になったが、それについては後で聞くことにして。
今は、これからの方針を確認することが先決だ。
「毒殺を仕掛けた妖精達は拘束しました。しかし、元凶は未だ健在です」
その言葉に、ウーサーは同意の頷きを返す。
「トネリコの言う通りだ。今日の彼らの拘束は、始まりに過ぎない」
この日に至るまで、色々と
「風の氏族長オーロラとその狂信者達は、ソールズベリーにいる。ブリテンの平和を実現するために、彼らをそのままにはしておけない。
――早急に準備を整え、ソールズベリーを攻略する」
ウーサーの宣言に――今度はトネリコが、同意の頷きを返した。
今回、ウーサー君は容赦ない対応をしましたが、風の氏族そのものを滅ぼすとか物騒なことは考えていません。オーロラとその取り巻きの排除を考えており、そのためにソールズベリー攻略をする考えです。
とはいえ、全く血が流れないというのは難しいので、それをどれだけ抑えられるかは、今後の進め方と運次第になります。
ちなみに部下たちへ不安を吐露したオーロラですが、そのあと自分の言ったことはコロッと忘れている模様。そして、「何か嫌なことがあっても、みんながなんとかしてくれるわ!」の精神で、細かいことは何も考えていません。
まあ、いつものオーロラ・クオリティです。