もし、異聞帯のウーサー君がバグキャラだったら 作:北国の放浪者
話のタイトルで、全てを察してください。
「た、大変だっ!聞いてくれ!!」
鐘撞き堂がある建物まで走ってきた住人の人間達が建物内部へ入るや否や、オーロラの従者達に向けて大声で訴える。
急いで走ってきたのか、息も絶え絶えでたくさんの汗を流していた。
この状況下で予想もしていなかった来客に、従者である風の氏族の妖精達は一斉に視線を向ける。
「なんだ人間!こんな大変な時に、一体何の用だ!?」
人間の訴えに、従者である妖精の一人が苛立ち紛れに叫び返す。
用済みだと判断して従者の人間達を皆殺しにした妖精達は、オーロラを見捨てて討伐軍に降伏しようと準備を進めていた。そのため、全員がこの建物に入ってきた住人の人間達を睨みつけている。
負の感情が籠った視線を向けられて怯む人間達だが、黙り込むわけにはいかない。気持ちを奮い立たせて続ける。
「ぼ、暴徒達がっ……街のとち狂った妖精達が、この建物へと向かっている!オーロラ様を敵に差し出そうとしているんだ!『オレ達のためにその身を投げ出してくれる筈だ!』と叫んで!」
「オーロラ様を、差し出すだと……?」
人間の訴えに対して、風の氏族の妖精は戸惑った声をあげる。他の妖精達も似たような反応であった。
その言葉を聞いて危機感を抱く様子は、見られない。
以前のように無邪気にオーロラを崇拝していたならともかく、今の
むしろ彼女を差し出すことで自分達が助かるのならと、暴徒達の主張に魅力を感じるくらいだ。
ああ、それで自分達の身が助かるのであれば……
そんな風に自分本位な考えに捕らわれるが。
あいにく、住人の人間達の訴えはそこで終わらなかった。
従者の妖精達にとって、聞き逃せない事態が告げられる。
「それだけじゃない!アイツらは『どうせなら
「な、なんだって!?」
その話を聞いて、今度は驚愕の叫びをあげる従者の妖精達。自分達の身の安全が脅かされているからだ。
この話は、従者の妖精達に危機感を抱かせるため人間達が付いた嘘──などではなく、正真正銘の事実であった。
「こ、こんなに悠長にしている場合じゃない!早く建物から逃げるぞ!」
一斉に慌てだす風の氏族の妖精達。異論を述べるものなど誰もいない。言葉の通りすぐ建物から逃げ出そうとしている。
その様子に、自分達の主人を助けようとする姿勢は全く見られなかった。
「お、おいっ!オーロラ様はどうするんだ!?」
思ったのと違う反応を見せる妖精達に、住人の人間が疑念の叫びをあげるが。
返ってきたのは、怒声であった。
「うるさい!
「な!?」
その信じられない返答に、建物に駆け込んできた人間達は絶句する。
まさか、ここまでハッキリと責任放棄の態度を取られるとは思ってもみなかったからだ。
「あ、あんた達!オーロラ様を見捨てるのか!?」
驚きのままに叫び返すも、従者である風の氏族の妖精達が見せる反応は変わらない。さらなる怒声が返ってくる。
「オーロラ様だけでなく私達も暴徒達に狙われているのよ!?自分以外の事なんて、気にしていられる訳ないでしょう!」
「そうだ!今は急いで逃げないといけないんだ!オーロラ様に構っているヒマなんかある訳ない!」
「し、しかしっ!オーロラ様は、あんた達の主人だろう!?これまでソールズベリーを治めてきたじゃないか!見捨てるだなんて、そんな薄情な……っ!」
いくらその評判が失墜したとはいえ、それでもオーロラの身を案じて駆け付けた人間達からすれば、この反応は受け入れがたいものであった。
もちろん、そんな言葉で妖精達の身勝手な反応は止まらない。
人間達の言葉に苛立ちを募らせ、悪辣なる者達はさらに声を荒らげる。
「誰が薄情だって!?ふざけた事を抜かすな!そもそも、オーロラ様
「そうだそうだ!オーロラ様の邪魔になる連中を一生懸命どうにかしてきたんだ!でなければ、
「なのにオーロラ様といったら、碌に感謝もせず、あろうことかこの状況をなんとかしろと私達に無茶ぶりしてきたわ!
「あそこまで
「立派な御方だと思っていたのに、
───妖精とは、移ろいやすい存在だ。
オーロラの本性を目の当たりにした事で、従者を務めていた妖精達は自分達の主人に失望し、その心は離れていった。
さらに、そんな主人の肩を持った従者の人間達を皆殺しにした事で、彼らの意識は完全に切り替わってしまった。
その思考回路はすでに……反オーロラへと染まっていたのだ。
かつてオーロラを盛大に褒めたたえていたその口から、侮蔑を込めて罵る言葉が次から次へと出てくる。
人間とて掌返しは珍しくないが、妖精のソレはさらに上回る。いや、この場合は
一応はオーロラに対して『様』付けしているが、これは従者をしていた妖精達の最大限の譲歩なのだろう。他の言葉で全て台無しになっているが。
ある種の狂気ともいえる身勝手さに、従者の人間達は気圧される。
「暴徒達に狙われるだなんて、とんだ災難よ!こんな事になるなら、
「確かに人間の王や楽園の妖精は目障りだった!けれど、
「街が大混乱に陥ったのは、
「全く持ってその通りよ!私達は悪くない、私達は悪くない、私達は悪くないっっ!!」
反円卓行為を主導的に、そして積極的に行っていたのは自分達なのに。
その実行者としての責任さえ、自分達の主人だった女性に押し付けていた。
何から何まで他責であり、そこに責任感など全く見られない。
あまりと言えばあまりの言いようだったので……気圧されていた人間達の一人が、恐る恐るであるものの抗議してしまう。
「あ、あんた達……いくら何でも、そんな言い方はないんじゃないか……?
その、あまりにも……勝手過ぎるだろう……っ」
反円卓行為を主体的に行っておきながら、この態度である。思わず抗議の声も出るというものだろう。
もちろん、人間とて状況によってはいくらでも獣に成り下がるのだが、この建物に駆け込んできた住人の人間はかなり良心的な者達であった。
そうでなければ、暴徒達がこの建物に迫る中で危機を訴えに訪れるというリスクを負う行為などする筈がない。
彼らは称賛すべき者達であったが、妖精達にとっては空気が読めない邪魔者でしかない。
なので、言われた側はその表情を危険なものへと変える。
「いい加減にしろよ、人間共っ!あまりしつこく言うと、あの生意気な連中と同じように処分して───」
それは激高する直前まで到達していたが……それ以上は進まなかった。
「この門を開けろ!さっさと出てこい!」
「オーロラ様を出せー!俺たちのために犠牲になってくれー!」
「従者の奴らも出てこい!オーロラ様と一緒にその身を投げ出すんだ!」
建物の外から……暴徒達の声が聞こえてくる。
「あ、ああ……!ついに、奴らが来てしまった!」
「もう、逃げられない……!」
逃亡の機会を逃してしまい、絶望する従者の妖精達。
外から聞こえる怒号の様子から、暴徒達の数はこの場にいる者達より圧倒的に多いことがわかる。まともに抵抗しても勝ち目はない。
ここまで押し寄せてきたのだから、建物の出入り口は全て暴徒達によって塞がれている事だろう。
恐らく……いや、ほぼ確実に……
逃げ道は、無い。
思考がその結論へと至った瞬間、従者の妖精の一人が人間に当たり散らす。
「お、お前たちが余計な事を言って、逃げるのが遅れてしまったじゃないか!」
「なっ───ふざないで!そもそも、あなた達がオーロラ様を見捨てて逃げようとしたのが悪いんでしょう!?」
たまらず言い返す人間の女性。それは本来なら命知らずの無謀な行為だが、彼女も冷静さを欠いていた。
当然だ。逃げられなくなったのは従者の妖精達だけでなく、人間達も同じなのだから。
「おいっ!そんな人間共に構うな!このままだと敷地の門が破壊されるから、せめて扉を強化するんだ!」
「───っ!そうだった!こうしてはいられない!」
他の妖精からそう言われたため、その妖精は敵意を外して扉の方へ駆け寄る。
人間達は運が良かった。もし敵意が外れてなければ、そのまま命を狩り取られていた事だろう。
「人間共!オーロラ様を助けるなら勝手にしろ!お前達があの方を連れて、この建物から逃げられるとは思えないがな!」
そう言い捨てる従者の妖精だが、それは怒りだけでなく、自分に迫る危機を誤魔化す意味合いが含まれていた。
妖精達は扉の前に集まり、神秘を行使して扉の強度を上げる。
「外は危険だから、敷地の門は強化できない!ならば、扉を強化するしかないか……!」
そんな話をして扉の強化をする妖精達を確認した人間達は、この建物に来た目的を果たすために上の階を目指して駆け出していく。
彼ら彼女らがこの場から離れた直後───
建物の外から、門が破壊される轟音が響いてくる。
「そんな馬鹿な!?どうして門がこんなに早く破壊されるんだ!!」
想定以上に早い展開に、狼狽の声をあげる妖精達。
そして、事態はそこで止まらない。
程なくして、扉の向こうから打撃音と共に罵声が聞こえてくる。
「この扉が邪魔だな!大人しく開けろよ腰抜け共が!」
「出てこいオーロラの手下ども!中にいるのはわかっているんだぞ!?隠れても無駄だ!」
「あたし達の安全を保障するのがあんた達の役割でしょう!?大人しく生贄になりなさいよ!」
容赦なく聞こえてくる罵声の数々。
悪妖精化した暴徒達はついにオーロラへ『様づけ』する事も忘れ、その凶気を存分に振りまいている。
外から齎される扉への打撃音と暴徒の罵声に、従者の妖精の幾人かが「ひいっ!?」と悲鳴をあげる。
その様子に他の妖精が場を落ち着かせようと──正確には自分への意味合いが強かったが───して、なんとか安心させるような言葉を口にする。
「だ、大丈夫だ!鐘撞き堂があるこの建物は目の前の扉も含めて、オーロラ様や以前の風の氏族の長による加護が加えられている!俺達だって幾らか加護を加えた!
たかが暴徒風情に、破壊されるような事は───」
そう叫んで心の安定を図るも……現実は無情だった。
扉から『ピシィッ!』と、嫌な音が響く。
「───え!?」
呆気にとられた声をあげる従者の妖精。
扉をよく見てみると、亀裂が入っていた。
「な、なんでよ!?」
風の氏族の一人が、本来なら起こり得ない現実に悲鳴をあげる。
幾ら暴徒達の数が多いからといって、こんなにあっさり扉にヒビが入るなどあり得ない。
従者達は知り得ぬことであったが、これはオーロラの力が以前に比べて弱まっているためである。
何故弱まっているかだが、この際それは置いておこう。
程なくして、轟音と共に扉が破壊される。
「うわあああああ!?扉が壊されてしまった!」
扉という名の自分達を守る盾が破壊され、悲鳴をあげる従者の妖精。
追い打ちをかけるように、外から悪妖精化した暴徒達が雪崩れ込んでくる。
「いたわよ、私達の役に立ってくれる生贄達が!」
「これだけの数がいたら充分だ!オーロラと一緒にして『円卓』に差し出せば、俺達の今後は保証される!」
「また楽しい生活が待っているんだ!」
嬉々として叫ぶ暴徒達。その眼には例外なく狂気が宿っており、怒りと笑みが混ざった不気味な表情を浮かべていた。
どう見ても、話し合いの余地など見られなかった。
「く、くそっ……!?」
何もしなければ、徹底的に痛めつけられた末に『円卓』へと差し出される。
いや、差し出すにあたって別に生きている必要は無い。殺した後の死体──まあ自然物へと変化するが──でも構わないのだから。
ここまで来てしまったら、生き延びるためには応戦するしかない。
掛け声などあげなかった。
問答無用とばかりに、従者の妖精達は先制攻撃を仕掛ける。
「ぎゃあっ!?」
「ぐえぇ!?」
数メートル先からの攻撃に、悲鳴をあげて倒れる一部の暴徒達。
風の氏族だけあって、空気を使った遠隔攻撃はお手の物だ。加えてオーロラの従者を務めていたことから、その力は一般的な妖精と比べて上位に位置する。
幸先の良い戦いの開始ぶりにやや安心し、従者の妖精達は傲慢ぶりを見せる。
「は──はは、はははははは!なんだ、所詮は下級妖精共か!実力は俺達の方が上なんだ、思い知ったか愚図共め!」
「身の程知らずもいいところだわ!私達にかかれば、貴方たちなんて虫けら同然なのよ!」
上から目線の言葉を投げつけながら、自分達は生き延びれそうだと安心する。
だが、忘れてはならない。
従者の妖精達と悪妖精化した暴徒達では、
「なんだとぉ!?言いやがったな!
おいお前達、
「そうだそうだ!オーロラの手下の癖に、生意気言いやがって!」
「全員で袋叩きにしてやる!」
当然ながら、暴徒達の反応はこうなるわけだ。
それに慌てる従者の妖精達。
「ちょ、おい待て!お前達、一斉にかかってくるだなんて卑怯だぞ!?」
「そうよ!大人しく私達が戦える人数で掛かってきなさいよ!?」
「うるさい!自分からやられるような真似をする訳ないだろ!?」
悪妖精化した暴徒達ではあるが、言っている事は彼らの方が的を得ていた。
数による暴力により、最初の優位はあっさりと覆される。
「「「う、うわああああああ!?」」」
たちまちのうちに、叩きのめされていく従者の妖精達。
怒鳴り声・悲鳴・打撃音・破壊音など、あらゆる音によって野蛮なオーケストラが奏でられる。
数の差という現実の前に、まともな反抗など不可能だったのだ。
「がはっ───」
だから、この結果は必然だ。
従者の妖精達は、暴徒達によって倒されてしまう。
「う、うう……」
やられた方の一人が、床に倒れ伏しながらうめき声を漏らす。
彼らのうち生き残りは半数ほどで、それ以外は命を狩り取られてしまった。
ああ。だが、しかし。
彼らは決して、幸運ではなかった。
むしろ、さっさと死んだ方が幸せだっただろう。
暴徒達から、絶望を告げる声があがる。
「ようやく大人しくなった!けど、ここまで酷い事されたんだから腹の虫が収まらない!こっちは被害者なのにさ!」
「オーロラだけじゃなく、コイツらもこの街を混乱に陥れた張本人なのにな!俺達が助かる役に立ってもらう
「ええ!ただ差し出すだけじゃあ
「そうだ!俺達がこんな目に遭う原因を作ったんだ!その体でしっかり
「とても良い考えだわ!アッサリ終わらせるのは
「「「俺達(私達)が味わった嫌な気持ちを、思う存分晴らすんだ!!」」」
悪妖精化した者達が発した、その言葉の羅列を。
オーロラの従者である妖精達は、すぐに理解出来なかった。
「……あ……う……え……?」
否。理解する事を、頭が全力で拒絶していた。
だって、理解してしまったら……正気を保つ事が出来ないから。
悪妖精達に取り押さえられたまま倒れ伏し、ただ呆けた声をあげるのみ。
だが、そんな従者の妖精達の思惑など知った事では無いとばかりに、現実は無情に動いていく。
「それじゃあ、早速始めようかぁ!!」
狂気混じりの喜悦を含んだ掛け声で、従者の妖精の一人が否応無く正気に戻らされ、慌てて制止の声をあげる。
「ちょっ、待っ───」
だが……その制止の声は、全く意味を成さなかった。
取り押さえられた従者の妖精達に、為す術はない。
惨劇が、幕を開ける。
「お、おい!やめろ!やめるんだ!頼む、お願いだ!!助けてくれ───ぎぃいいいあああああああああ!!??」
「ひぃっ!?お前達、こんな事して、一体何の意味が───う"、ああああああああああああああ!!??」
必死に抵抗する、従者の妖精達だが……
圧倒的な数の差によって、彼ら彼女らは蹂躙される。
「や、やめでぐでえええぇぇぇぇ!!おでの腕を、足をっ、ぢぎらないでぇぇぇええええ"え"え"!!!」
「ひぎいぃぃ!?胸が、もがれ──あ、あああああ"あ"あ"あ"!!?」
「裂けるっ、腹が、裂けるぅぅぅぅぅぅぅ!!?き"ぃっ、あああああ"あ"あ"あ"!!?」
その悪意は、彼ら彼女らが従者の人間達を殺害した時のソレを、さらに上回っていた。
腕をもがれる。
足を引きちぎられる。
眼球を抉られる。
腹を引き裂かれる。
内臓を引き抜かれる。
凄惨な行為の数々が、無邪気に、無慈悲に行われる。
ただ街の主人に賛同しただけでなく、逆賊行為を主導した者達だ。向けられる怒りは、街の住人に対するものよりずっと大きい。
その怒りと狂気が、恐るべき残虐さとなって従者である妖精達に襲い掛かる。
次々と上がる、オーロラの従者である風の氏族の妖精達の悲鳴。
自分達が殺害した従者の人間達を上回る、苦悶と恐怖と絶望を味わわされていた。
そこには希望など無い。
助かるための展望など、無い。
肉を蹂躙する音と、魂の奥底から絞り出される絶叫。
苦悶のソレは……容易く終わってくれる事は、なかった。
建物入り口の広場から響く凄惨な悲鳴は、急いで上の階へ向かっていた人間達の耳に届いていなかった。ある程度の距離を稼いだためだ。
悲鳴を耳にしたらさらに冷静さを失っていただろうから、その事態を回避できた事は幸運だろう。もっとも、恐るべき事態の到来を知る機会を逃したという点では不運ともいえる。
どちらに比重を置いて考えるべきか、中々に判断が難しいところだ。
「オ、オーロラ、さまはっ……最上階だ、な!?」
「部屋から、お出になってなければっ、その筈よ……!」
ただ、事態が切迫している事は既知であったので、全員が必死に足を動かしている。息を乱していない者などいない。
「……くそっ!やっぱり、外は囲まれている!」
走る途中で外を見られる窓があったが、建物の周りは悪妖精化した暴徒だらけだ。とても逃走出来そうな経路など見当たらなかった。
その事実に彼ら彼女らは焦燥を深めるも、足を止める訳にはいかない。
そうこうしているうちに、最上階にある目的の部屋──オーロラの部屋へと辿り着く。
時間の感覚が曖昧になっていたから早く着いたのか遅く着いたのかすら判断できないが、もはやそんな事に意識を回す余裕はなかった。
ドアのノブに手をかけ、手首を捻って押す。
「オーロラ様!ご無事で───
───え?」
部屋の中に入り込んだ人間達は、視界に入った女性の姿を目にして……硬直した。
「───!?ひ、ひぃっ!!」
来訪した者達を認識し、その女性───否、老婆は悲鳴をあげる。
「い、いやっ!?こっちを見ないで!」
人間達から視線を向けられ、取り乱す妖精の老婆。
その顔は恐怖に染まっており、自らの姿が見られることを拒絶している。
一見だとわからなかったが……
よくよく見てみると、背丈や顔の雰囲気が記憶にある女性と共通している。
「ま、まさか……オーロラ、様……ですか?」
恐る恐るといった感じで確認する人間の男性。
訊ねながら信じがたい気持ちではあったが、ここはオーロラの部屋だ。この混乱したソールズベリーの状況も合わせて考えると、目の前の老婆は部屋の持ち主としか考えられない。
妖精の老婆──風の氏族の長オーロラは、その顔に浮かんだ恐怖をより色濃くする。
「ち、ちがっ、違うの、これは違うの!こんなの、絶対に違うの!
私じゃない、私じゃない、こんなのは私じゃないわ!
ほ、本当の私は、もっと、輝いて……!」
オーロラは錯乱していた。かつて見たことがない程に。
考えてみれば当然の話で、彼女は本来だと誰よりも輝く事を目的とした妖精だ。『内面はともかく』という注釈はつくものの、見た目の輝きは比類なきレベルであった。
そんな彼女が、翅や肌の色が変色して皺だらけとなってしまい、しかもそれを他者に見られたとあっては、錯乱しない筈がなかった。
しかし、そんな彼女の様子に人間達は
これから自分達は、目の前の老婆を連れて逃げなければならないのだ。悪妖精化した暴徒達の魔の手を掻い潜って。
錯乱されたらそれに支障が出るため、彼ら彼女らとしては困る。
「お、落ち着いてください、オーロラ様!今は一刻を争う事態です!まずは、ここから逃げなくては!」
「そ、そうです!一体
「……え?」
この場に現れた住人の人間達の反応は、オーロラの予想と全く異なるものだった。
「あ、あなた達は、気に、しないの……?今の私を、見て……」
戸惑いがちな声をあげるオーロラ。
姿を見られたらロクな反応をされないと思っていたのだろう。一般的な妖精相手だと、その予想は正しい。
こと『輝き』という点では、当人なりに現実を認識していた。
もっとも、助けに来た人間達は気にしなかった。
良識があるからというのもあるが、今は逃げることが先決だからだ。
「今はそんな状況じゃないでしょう!?モタモタしていたら暴徒共に殺されます!」
「アイツらは話が通じません!どいつもこいつも悪妖精化しています!」
目の前にいる風の長だけでなく、自分達の命も掛かっているから、みな必死の表情で訴える。
「オーロラ様のお姿ですが、ここから逃げられたら何とかなりますよ!ブリテンを探し回れば、きっと解決策はあります!」
その言動から錯乱していた理由にあたりを付け、当人に希望を持たせる言葉を口にする。
効果はてき面だった。オーロラの表情は、明るいものへと変化する。
「そ、そうね!そうだわ!今の私の姿は、本来のものとは違う!ここを離れたら、きっとあの輝きを取り戻せる!」
こと『輝き』という点において、オーロラは常に都合の良い発想をする。今から逃げることを考えると、それがプラスに働いたと言えるだろう。
彼女の反応にホッとする人間達。これでなんとか、逃亡の算段を付ける事が出来る。
「こちらから助けに来たのに申し訳ないですが、オーロラ様にはそのお力を振るっていただきたい!」
「私の、力?」
住人の人間はオーロラに作戦を提案するも、言われた当人は基本的に他力本願であるため、なぜ人間がそのような事を言うかすぐに理解できなかったが。
そんな反応を予期していたのか、提案者はより詳しい内容で続ける。同時に、落ち着いた口調を精一杯に心掛ける。
「俺達はただの人間です。そして戦いの訓練は受けていません。そんな俺達じゃあ、暴徒共に抗うのは不可能です。だから、オーロラ様にはそのお力で暴徒共を陽動していただきたい」
「で、でも……風の報せは封じられているわ……」
今のソールズベリーで風の報せが使えないのは、風の氏族の一般的な妖精だけでなく氏族長もであった。なので、彼女はどうすれば良いかわからない。
そして、提案者はその反応も予期していたようだ───危機的な状況でかえって思考回路が研ぎ澄まされている───。なので、さらなる提案を口にする。
「他にも風の力を使って、遠隔で騒ぎを起こしては?アイツらは正気じゃないから、離れたところで大きな音を立てて逃げたと思い込ませれば、簡単に陽動できます」
風を使った神秘の行使自体は封じられていないため、その提案を実行することは可能であった。
(とはいえ……果たして言うほど上手くいくだろうか?あの狂った連中の行動パターンを完全に読み切るだなんて、出来る訳がないし……)
額に多くの汗を浮かべながら、提案者の人間はそんな事を考える。なんなら動悸も激しく、心臓がバクバクと鳴っている。
どれだけ落ち着いた口調を心掛けても、この状況で冷静になるには限度があった。
実のところ、言っている当人もそれで成功するかは大いに不安があるのだ。暴徒達がこちらの想定通りに動かない可能性は充分にあるし、また動いたとしても満足な数を陽動できない事も考えられる。現実とは、なかなか想定通りにいかないものだから。
それでも逃げるには、敵を別の場所に引き付け、逃走経路を確保するしかなかった。
オーロラと協力して正面突破など、愚策も愚策だ。人間であり訓練も受けていない自分達は戦力外に等しく、またオーロラも氏族長とはいえ戦闘に不向きでかつ老化という現象が起きている。まともに戦っても返り討ちに遭うだけだろう。
英雄でも何でもなく、ただの住人でしかない人間に考えられる事などこれぐらいであったが、オーロラは感銘を受けたようだ。
本来の輝きを失っていながらも、上機嫌になって言う。
「あなたたち、とても頼りになるのね!妖精の皆は
「そ、そうですね!オーロラ様も苦労なされたようで!」
とてもにこやかに従者の妖精達をこき下ろすオーロラに、彼女を助けに来た人間達は表情を引きつらせながらも当り障りのない言葉を返す。
先の討伐軍によるプロパガンダも合わさって、この時点で人間達は彼女の本質を察知してしまったが……今は一刻を争う状況なので気にしない事にした。
オーロラが他の妖精達と同じサイコパスであろうと、こうして助けに来てしまったのだ。そして、今は逃亡するのに彼女の力が必要だ。
色々と本末転倒な気がしないでもないが、余計な事を考えている時間はない。
そのようなやり取りをしている中で……助けに来た人間達のうち一人の女性の目に、棚の上に置かれた三つの瓶が映っていた。
(あの瓶は……以前に旅人が売っていた飲み物?どれも中身が少量しか残っていないけど……)
三つの瓶の模様やその中身の色彩などから、かつてソールズベリーに訪れた旅人が売っていたモノである事に気付く。
その人間の女性は薬草などの知識に詳しく、霊薬の扱いにも長けていた。そのため、三つの瓶の中身がどういう効用を持っているか把握していた。
そして、
(あれらは確か、
ゆえに、オーロラの身に起きた異変の原因に思考が向かう。
旅人が売っていたあの飲み物は、単体で飲用したら『妖精としての活力を促進する』だけに留まるが、同時に飲んだら『
ただ、従者の人間達が毒味して『特に問題なし』と判断したことから、その副作用はかなり弱い。
(でも、たった数日間で氏族長クラスの妖精を衰えさせる効果なんてない。影響が出ても100年単位の筈……
ひょっとして、妖精達がオーロラ様を見捨ててしまったから、それと飲み合わせの悪さが合わさって、急激に老化してしまったとか……)
彼女がそんな思考をしていると、室内の者達は「さあ逃げるぞ!」という流れになっていた。
(今はそんなこと考えている余裕なんてない!原因究明は後回し!)
そう考えて、人間の女性はその思考を断ち切る。
今は時間がないので、先ほど他の者が言っていた通り原因究明は後回しだ。
「じゃあ逃げるとしましょう!ああ、傍に置くのならやっぱり人間だわ!
「は、ははは……そうですなっ」
上機嫌なオーロラの言葉に、人間達は頬に汗を垂らしながら『確かにその通りだけど、それって自分自身も含んでいない?』という思考が頭をよぎったが、先程と同じように話を合わせておく。
こういうのは適当に聞き流すに限る。まともに取り合っていたら時間の無駄だから。
何はともあれ、人間達はこの頭妖精の氏族長を連れて逃げに取り掛かる。
たとえ老いさらばえた姿になっても手を貸してくれる存在は、オーロラが生きた600年の人生──いや妖精生において目にしたことがなかった。
このひと時は、彼女が生きた時間において、もっとも幸福な瞬間であっただろう。
……同時にそれは、オーロラが味わう最後の幸福でもあった。
「さあ、乱暴になった彼らを引き付けるよう、風を操作して───」
そうオーロラが口を開いた瞬間。
部屋の壁が盛大に吹き飛び、室内を爆風が蹂躙した。
「─────────!?」
「─────────!!」
爆音にかき消されるオーロラの声と、人間達の声。
先ほどまで室内にあった未来への僅かな展望が、情け容赦なく蹂躙される。
やや間を空けて……室内に吹き荒れていた暴力的な風は収まる。
「う……ううっ……」
全身の痛みにうめき声をあげながらも、なんとか上体を起こすオーロラ。
もっとも、動けるのは彼女だけであった。
室内にいた人間達は、みな倒れていた。
瓦礫が当たったり爆風を浴びたせいで、手足が変な方向に向いていたり、頭から血を流している様子が伺える。
ただ不幸中の幸いと言うべきか、命を落とした者は一人もいないようであった。今の爆発で死人が出なかったのは奇跡と言う他ない。
事実をより正確に述べると、オーロラが発動しようとした風の神秘が瞬間的に防御として働いたため、被害がこのレベルで済んでいた。
幸運ではあったが……それはあくまで人間達にとってであり、オーロラにとってではなかった。
「いい感じで吹き飛んだぞ!部屋の中はもう滅茶苦茶さ!」
「けど誰も死んでいないなー!おかしいぞおかしいぞ!?一体どうしてだろう!」
「当たり所良かったんじゃない!?私は知らないけど!」
「何だよそれ!あはははははは!」
そして室内に入ってくるのは、悪妖精化した暴徒達だ。ついにここまで来てしまった。
その言動から、彼らの危険性がわかるというものだ。
「俺の言った通りだろ!?こっそり部屋に近づいて外から爆破すれば、不意打ちが出来るって!」
暴徒の一人が得意げに語る。どうやら、悪知恵を働かせて事に及んだらしい。
狂気に染まりながらも全く思考しない訳ではないのが、実に厄介である。
「さあいるぞ、ここに諸悪の根源が!俺達を苦しめるロクでもない女が!どれどれ───
って、あれぇ?」
室内を見渡した暴徒達の目に一人の老婆の姿が映り、みな不思議そうな顔をする。
その様子を見て、当の老婆であるオーロラは、引きつった表情を浮かべずにはいられなかった。
「なんでこんな所に婆さんが?それも人間でなく、妖精だって?」
「ええっ、妖精の婆さんですって!?ブリテンにいない訳じゃあないけど、こんな場所にいるだなんて一体どういうことよ!?」
「いや、おい待てよ!ここはオーロラの部屋だ!そんな場所にいるということは───」
「ああ!なるほどなるほど!そういう事かぁ!」
話しているうちに、自分達で納得する答えを見つける暴徒達。
そして……オーロラの未来を決定づける言葉が放たれる。
「───やっぱり、今まで俺達を騙していたんだな」
暴徒の一人が発したその言葉に、オーロラは心臓が鷲掴みされるような錯覚に襲われた。
「う───あ────」
口だけでなく体を震わせながら、慄く風の氏族の長。
そんな彼女に……悪妖精化した暴徒達は、一切の慈悲を見せなかった。
「何が『ブリテンで最も輝く妖精』だよ!街で流れていた噂の通り、『その正体は醜い老婆』じゃないか!」
「これまで素晴らしい妖精だと思っていたのに、それが全部嘘っぱちか!よこも俺達を欺いたな!」
「あんまりだわ!同じ女性として憧れていたのに、実際は違うだなんて!こんな酷い裏切り信じられない!」
「ふざけるなふざけるな!俺達の今までの貢献はなんだったんだ!この醜いバケモノめぇ!!」
「私達の貴重な貢献を返して!あれを自分のために使えば、もっともっと幸せになれたのにぃ!!」
「俺達から奪ったモノを返せ!返せかえせカエセ!この醜悪な簒奪者ガァ!!」
「「「こんな氏族長はいらない!役立たずのご主人はイラナイ!!だから───
ナニモカモ、ウバイトッテヤル!!!」」」
これまで経験したことのない悪意の嵐が、オーロラを襲う。
容赦なき狂気が、かつて最も輝いていた妖精を貫く。
彼女の妖精としての存在価値は……全否定される。
「あ……あ………」
───これは、何だ。
一体、何が起こっているんだ。
「ぅ……あ……ぁぁ………ああ……」
嘘だ嘘だ。こんなの嘘だ。
自分が見ているモノは、全て幻だ。
「ああ……ううっ、ああああぁぁ………っ」
だって、こんなのおかしい。絶対におかしい。
自分はブリテンで最も輝く妖精で、皆から最も注目されて、尊敬されて、そして愛されて───
「あああっ……ああああぁぁぁぁっ………!」
なのに……どうして。
一体どうして、誰も彼もが自分に罵声を浴びせているのか。
輝いている筈の自分を、醜いと非難するのか。
「あああっ、あああああああああああぁぁぁぁっ!!」
どうして誰も彼も……自分の妖精としての在り方を、全否定するのか。
「"あ"あ"あ""あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!」
オーロラは、絶叫した。
「おい、何だコイツ!?そんなに暴れるな───ぎゃあああああああああ!?」
「くそっ、皆で取り押さえろ!氏族長と言ってもたった一人だ!全員で掛かれば───ぐあああああぁぁぁぁっ!!」
「往生際が悪いぞ!?大人しく俺達のために───ぎょえええええぇぇぇぇ!!」
「ちょ、やめてやめて!こっちに来ないで!私は何も悪いことは───ぐげええええぇぇぇぇぇ!!」
次口と上がる暴徒達の悲鳴。犠牲者の数はどんどん増えていく。
「"あ"あ"あ""あ"あ"あ"あ"あ"ぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!」
絶叫をあげ続けながら、その身に宿る力をひたすら振るうオーロラ。その様子はまさにバーサーカーだ。
彼女は戦闘に秀でていないが、氏族長なのでその力は大きい。それが正気を失って振るわれたら、一般的な妖精にとって圧倒的な脅威となる。
追い詰められたはずの氏族長が、追い詰めた暴徒達を蹂躙していく。
「こんなの聞いてないぞぉ!?女一人捕まえるだけの簡単な作業なのに───あんぎゃあああああぁぁぁぁぁぁ!1」
「ひいいいいいぃぃぃぃ!?助けて、助けて、助けてええええぇぇぇぇぇ!!」
「死にたくない、しにたくない、シニタクナイ!!」
絶え間なく暴徒達からあがる、悲鳴・悲鳴・悲鳴。
氏族長の力を見誤った彼ら彼女らは、その暴虐の前に次々と命を落としていった。
そして、この部屋からオーロラと暴徒達の姿は無くなり……
残されたのは、傷を負いながらも命を保っている人間達だけであった。
どれだけ時間が経過したか、当人にとって定かでない中で……オーロラは建物内を一人で歩いていた。
「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、はあっ……!」
息が切れて呼吸を荒くしながら、力のない足取りで歩く。一歩一歩が弱々しく、疲労困憊していた。
すでに、絶叫はあげていない。ある程度の精神的エネルギーを消費した結果、暴走状態が沈静化したからだ。
「はあ、はあ、はあ、はあっ……んぐぅ!」
息を詰まらせ、苦しそうにするオーロラ。そんな彼女の周りに暴徒達はいない。暴走状態の彼女によって、すでに薙ぎ払われていた。
もちろん、悪妖精化した暴徒達はまだ多く残っている。この場にいない理由は身の危険を感じて退避したためで、建物の外にはまだ大勢いる。
「ふう、ふう……ぐっ……どうして……こんな、ことに……っ」
老化現象によって皺だらけとなった顔で、オーロラは悲嘆の声を漏らす。
これまでの行いから現在の状況は自業自得なのだが、当人にとっては理不尽極まる事であった。
「わ、私が……私が一体っ……何をしたというの!?」
その理不尽に対するありったけの憤りを、オーロラは声に込めて吐き出す。
「これまで私は、何も……何も悪い事なんて、していないわ……!ときどき、私を不安にする人達が現れて、
何も悪くない私が……どうしてこんな、酷い目にっ……!」
事ここにいたっても、オーロラは『もっとも無垢な簒奪者』のままであった。その本質は全く変わらない。
多くの罪なき者が彼女の気まぐれで破滅させられてきた事など、彼女は自覚しないのだ。
その
「ぐっ……こ、ここは…………」
己の悲惨な状況を嘆いていたオーロラであったが、自分がたどり着いた場所に気付いて、一時的に嘆きを止める。
「大聖堂……いつの間に………」
知らないうちに足を踏み入れていたのは、この建物内にある大聖堂──ソールズベリーが誇る建築物だ。
時間や方向感覚が狂っていたため、今になるまで気付かなかった。
「どこだって、構わない……私の輝きが、否定されない場所なら……!」
オーロラは大聖堂の奥に向かって歩みを進める。特に目的があってという事ではないが、強いて言えば奥のステンドグラス目当てであろうか。
焦燥で満ちた心は、ステンドグラスの美しい色彩に自然と安らぎを求めていた。
先程の暴走で力を消費したがゆえに、その歩みは遅い。一歩一歩が緩慢で、足を動かすオーロラ本人を苛立たせる。
暴徒達だけでなく自分自身の体も彼女を否定しているようで、やり場のない感情が湧き上がってくる。
大聖堂の奥に向かって、ゆっくりと歩みを進めていると───
唐突に、右足に激痛が走った。
「ぐうっ───!?」
その結果、オーロラは体のバランスを保てなくなり、崩れ落ちてしまう。
流す汗の量をさらに多くしながら、彼女は右足の激痛が走った部位に視線を向ける。
「っ!?こ、こんな時に……!」
右足の状態を確認した瞬間、毒づかずにはいられなかった。
なぜなら、その足は途中で折れていたからだ。
「た、立てない……っ」
なんとか左足だけで立とうとするが、無理だった。バランスが悪い云々以前に、上手く力が入らない。
先ほど暴走状態になった事で、オーロラは力の大半を消耗してしまった。
そして、それは今の老化した彼女にとって、肉体へ大きなダメージを与えるものであった。
それ故の骨折であり、それ故の筋肉疲労である。
今の彼女は、とても歩けそうになかった。
「こ、これじゃあ逃げられないわ……!私をいじめる酷い妖精達は、まだ外に沢山いる!いつここに入ってくるかわからない!
このままだと、私は……
その光景を、思い浮かべて。
オーロラは心の底から、恐怖に震える。
「い、嫌……それだけは嫌よ……!
───オーロラにとって、自分の『死』は別に恐ろしいものではない。
ブリテンで最も美しく輝ける妖精にとって、生命の断絶そのものは恐怖の対象とならない。
彼女にとって恐ろしいのは、輝きが無くなること。
色褪せて、特別ではなくなることだ。
ましてや、老いた姿となりそれを他の者達に『醜い』と評され、罵声を浴びながら無残に殺されるなど。
それは、輝きとは正反対だ。オーロラが望むあり方とは真逆だ。
『最も輝く事』を目的とする彼女にとって、そのような死に様は、これ以上ない恐怖であった。
「死ぬなら、輝きを保ったまま……!そう、輝きを保ったままよ!こんな姿で、果てるだなんて……あり得ない!」
ああ……仮に美しい姿のまま、自分を慕う者に剣で貫かれて死ねれば、どれだけ幸福な事だろうか。
それで味わう激痛など、最期まで輝ける事と比べたら些細な問題でしかない。
たとえそれが無理でも、モース化して討たれた方が、この姿で殺されるより遥かにマシだった。
なぜ自分は今の姿を保ったままで、モースにならないのだろうか。もっと体を傷つける必要があるのなら、自分は喜んでそうする。
もはやかつての優美さなど欠片も無く、目を血走らせながら己の望む最期を渇望するオーロラ。
しかし……
彼女の願いは、叶わない。
「いたぞ!暗黒の大邪神妖精オーロラだ!
大聖堂の入り口から、破滅を告げる序曲が鳴り響く。
「あ─────────」
口が開く。息が止まる。目を見開く。意識が凍る。
時間そのものが停止したような錯覚。
世界そのものが凍り付くような怖気。
肉体の内側と外側を隔てる境界が崩れ去るような混沌。
彼女が生きてきた妖精生において、もっとも長い停止時間。
長い長い、引き伸ばされた停止時間。
オーロラの世界が停止から解放された瞬間───彼女の口から、悲鳴があがる。
「ひ、ひいいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃ!!??」
右足が折れて歩けず、左足も力が入らないため、両手を使って必死に後ずさる。
「嫌っ、来ないで、来ないでぇぇぇ!!」
だが、それで出来る後退など遅々としたものだ。一向に距離を稼げない。
もっとも、大聖堂の奥へ逃れたところで行き止まりなので無駄な労力なのだが。
「足が折れているぞ!しかも疲れ切っている様子だから、これはチャンスだ!」
「やったやった!散々俺達をてこずらせやがって!これでようやく終わる!」
「一体どうなる事かと思ったけど、これで解決ね!さっさと
「そうだそうだ!
悪妖精化した暴徒達───否、これはもうそんな生易しい表現で済ませるべきではないだろう。
ひたすら悪性を濃縮したケダモノ達が、『もっとも無垢な簒奪者』に破滅をもたらしに動く。
輝きを否定する者達が、いつまでも輝きに縋る者に、破滅をもたらす。
「あ、あああ、ああああああああああ!!なんで、なんでぇ!?一体なんで、こんな事になるの!?どうして私の輝きを貶めるの!?」
魂の底から絶叫をあげるオーロラ。だが、悪妖精化したケダモノ達は一切耳を貸さず、殺意と狂気を振りまきながら迫りくる。
「私の輝きが嘘だというの!?私の輝きが偽物だというの!?何もかも、否定すると言うの!?」
ケダモノ達は、耳を貸さない。その歩みは、止まらない。
「みんな、あんなに私を称えていたのに!?あんなに褒めてくれたのに!?あんなに愛してくれたのにぃ!?」
もう、誰もオーロラの言葉に耳を貸す者はいない。そんな善性など、この場には存在しない。
「あああっ!!わた、しは!わたしは!私はっ、私は私は私はああああぁぁぁぁぁ!!!!」
ブリテンで最も美し
「私はただっ、自分が一番、輝きたかっただけなのにいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」
そして──────
「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"
あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!!!」
大聖堂に、オーロラの断末魔の絶叫が響き渡った。
風の氏族の長が暴徒達に討たれたという報をウーサー達が受け取ったのは、その30分後だった。
先んじて具体的な末路を知った、トネリコとウーサーの二人は………苦渋に顔を歪めた。
アンケート結果に基づき、一切の情け容赦無しで徹底的にやりました。
そしてエグイ話にドン引きされた方は、誠に申し訳ございません(汗)
原作でやらかしたキャラとはいえ、筆者も書いていて辛かったです(げっそり)
今回の話の内容を加味し、必須タグ「アンチ・ヘイト」を追加しました。
個人的には追加したくなかったですが、流石に今回の内容をスルーする訳にはいかないので……
なお、オーロラが飲み合わせの悪い飲み物を購入した件に『円卓』は一切関わっていません。そもそも、副作用自体が弱いため暗殺(やらないけど)に使うという発想にはつながらないです。
これがミステリー物なら、時間をかけた殺人事件のネタにするとかあるでしょうけれど。
ちなみに、話のタイトルの元ネタは『鎌●殿の1●人』の最終回。
まあ、あっちと比べて今回の話はエグ味たっぷりですし、そもそも『報い』の意味合いが異なりますが。
前回の前書きで次から戦後処理に移ると書きましたが、まずはソールズベリーの暴動を沈めたすぐ後の話となります。
本当は今回の話と一緒にするつもりでしたが、流石に詰め込み過ぎとなるため話を分けさせていただきました。
次の話は、それほど間を置かずに投稿させていただきます。