もし、異聞帯のウーサー君がバグキャラだったら 作:北国の放浪者
彼の華麗なる活躍をご覧ください。
(くそっ……!一体どうしてこうなったんだ!?)
とある街の裏道を駆ける風の氏族の妖精。逃走のため必死に足を動かしながら、内心で毒づかずにはいられなかった。
「あっちへ逃げたぞ!」
「追え、追えー!」
「逆賊を決して逃がすなー!」
後ろから聞こえてくる幾人もの声。その言葉からもわかる通り、声の主達はいま逃走している妖精を追っていた。
この地に派遣されている、『円卓』側の者達だ。彼らは手練れでしかも特殊な装備をしているため、妖精であっても一人で相手をするのは荷が重く、こうして無様に逃走する状況となっている。
(我々の動きが全て読まれている!?何故だ!)
本来ならバレる筈のない自分達の行動パターンが読まれ、混乱に陥る風の氏族の妖精。
(まさか、『風の報せ』でのやり取りが筒抜けなのか……?
───そんな馬鹿な!この力を扱えるのは我々風の氏族だけだ!他の氏族はもちろん、下等な人間共にわかる筈がない!)
思い至った可能性を否定したくなるも、そのまま切って捨てることは出来なかった。
(しかし……この状況はこちらの情報が筒抜けとしか思えない!それに───)
足を止めずに『風の報せ』の発動を試みるも──何も起こらなかった。
(やはり『風の報せ』が使えない……!『円卓』の奴らが何かしたのか!?)
焦燥のあまり、彼は思わず声を漏らす
「一体……どうすればいいんだぁ!?」
諜報活動をするにせよ逃亡するにせよ、切り札たる『風の報せ』が使えないのであれば他の手段を模索するしかないのだが……
単体としての力が強い妖精は、人間と違って工夫や発展というものから縁遠い。彼らに出来ることは、元から備わっている
そのため、逃亡している風の氏族の妖精は、代替手段による状況の打開という発想に至れずにいた。
(このまま『円卓』の奴らが目を光らせている街にいるのは危険だ!まずは身を隠さなければ!)
それでも、今はこの街から逃げ出さなければならないことはわかっていた。
足を止めることなく、必死に郊外を目指す風の氏族の妖精。
トネリコが築き上げた『円卓』は、基本的に人間の騎士達によって構成されている。彼らは屈強な者達だが、その出生が工場で生産されるという形態である以上、やはり全体の人数に限りがあった。
そのため、『円卓』の騎士達だけでブリテンの各集落を完全に制御下とするのは、本来であれば困難であったが───
「俺たちのバラ色の未来を邪魔する風の氏族を捕まえろー!」
「あんなヒドイ奴ら許すものか!」
「探せ探せー!あいつらを差し出して俺は幸せになるんだー!」
聞こえてきた声は、人間ではなく妖精のものであった。
(真にブリテンで価値がある御方を理解できない、愚か者共があっ!)
内心で盛大に罵声をあげる風の氏族の妖精。
3日前に無事戴冠式を終えたウーサーであるが、当然ながら彼はそれしか仕事をしていなかったわけではない。『円卓』によるブリテン統治のため、組織の構築をしっかりと行ってきた。
その中でも重要なものが
国軍の組織構成は、妖精達の移ろいやすさや悪性をしっかり考慮して作られたもの──言うことを聞かせるための
まあ、先ほどの叫び声を聞くと些か、というか凄く心配になってくるが……
そこら辺は、
そんな国軍の矛先が向かう風の氏族の妖精はというと、当然ながら心穏やかでいられる筈がなかった。
(奴らがここまで組織力を高めていたとは……やはりオーロラ様の不安は正しかった!おのれ──忌々しい人間共と楽園の妖精め!)
彼の心に、憎悪の炎が燃え上がる。
(尊き御方を主として仰ぐ我々がこのような目に合うなど間違っている!すべては、オーロラ様を差し置いてブリテンの統治者になろうなどと考える『円卓』の奴らのせいだ!
───そうだ……俺達は何も間違ってはいない!何も悪くないんだ!)
悪性を抱えるブリテン異聞帯の妖精らしく、自分達の行いを棚に上げて身勝手な事を考える風の氏族の妖精。
そうこうしているうちに、街の出口が見えてくる。
見張りは──いない。
(よし、出口だ!郊外に身を隠し、他の仲間と合流する───)
ああ、しかし。
人間の王によって変革させられたこの國の運命は、邪悪な思考をする妖精を許しはしなかった。
逃走する妖精の視線の先で、道に
(──ん?あれは一体、なんだ?)
その妖精が頭に疑問符を浮かべる中、その影はどんどん大きくなっていく。まるで、
そして───
どおおおぉぉぉんん!!
───激突音と共に、何者かが地面へと着地した。
「な……!?」
突然の事態に足を止め、呆然としてしまう風の氏族の妖精。
砂埃が舞う中で、その何者かは着地姿勢からゆっくりと立ち上がる。
「お、お前は……!」
徐々に砂埃が晴れてきて、その姿が明らかになる。
一般的な妖精に比べて大柄な巨体。
その肉体を覆う生命力に満ち溢れた体毛。
野人の荒々しさと氏族長の知性が同居した鋭い眼光。
その姿を確認した風の氏族の妖精は、驚愕と恐怖の叫び声をあげる。
「亜鈴返りの……排熱大公ライネック!!」
狼狽する妖精の声を受けたその男──ライネックは、その妖精をギロリと睨みつける。
その視線には、見る者の背筋を凍らせる怒気が込められていた。
「悪辣な逆賊よ、もう逃げられんぞ……命が惜しくば大人しく降伏しろぉ!!」
その一喝を受けて、「ひいぃっ!?」と情けない悲鳴をあげる逃走者。腰を抜かして地面に尻もちをついてしまう。
当然ながら、その様子を見てもライネックは一切の同情心を抱かなかった。
決して許せない逆賊をその眼光で貫きながら、ライネックは自らの決意を口にする。
「ようやく、アイツの夢が叶おうとしているのだ……
貴様ら等に、決して奪わせはしない!」
「───以上が、各地の逆賊共を一斉摘発した顛末だ。奴らがブリテンに張り巡らせた諜報網はほぼ壊滅した」
先の逃亡者を捕まえてから時は進み、2日後のロンディニウム。
城にある会議室にて、摘発任務を済ませたライネックは仲間たちに報告をしていた。
「あとは、数少ない残党をマヴが摘発するだけだな。奴らの諜報網が完全に壊滅したら、後方の不安に苛まれることなくソールズベリーを攻略できる」
報告を聞いたトネリコは、牙の氏族長でありながら長年にわたり力を貸してくれている──妖精歴800年からの友人なので400年経つ──ライネックに感謝を伝える。
「ありがとうございます、ライネック。とても助かりました」
「気にするな。お前の努力がようやく実を結んだのだ。それを台無しにしようとする奴らを潰すのは当然だろう」
彼にとって少女からの感謝は大切な報酬であるため、その表情は自然と上機嫌なものになる。
その様子をトトロットやグリムが生暖かい目で見ていたため、それに気づいたライネックはジロリと軽く睨みやるも、仲間たちは全く気にしなかった。
仲間たちの見慣れた光景に、エクターは気づかれない程度で口元を緩める。
牙の氏族長たるライネックがなぜ戴冠式に参加していなかったのかと言うと、ウーサーが気に入らないから代理を立ててボイコットした───訳ではなかった。
いや、気に入らないという部分はあるにはあるが、そんなことよりも大事な事情があったのだ。
ライネックはこれまで、ウーサーによって構築された国軍の組織構成をより盤石にするための仕事をこなしていた。同時に、円卓情報局と協力しながら反ロンディニウム活動を潰すための任務に就いていたのである。
知っての通り、これまで円卓情報局は『風の報せ』の盗聴で情報収集をしていた。5日前の戴冠式にて風の氏族がやらかした後、ライネックが指揮する国軍は円卓情報局と連携し、これまで集められた情報を活用しながら反円卓派の一斉摘発を進めていったのだ。
この治安維持活動には、北の女王マヴも協力している。もちろん、お互いに情報共有をしっかりと行いながら対処を進めていた。
「ウーサーが作り上げた『円卓情報局』の諜報能力は確かなものだ。おかげで、反ロンディニウム活動を行ってきた風の氏族共の一斉摘発をスムーズに行えた。
……発案者のことを考えると、凄まじく釈然としないものを感じるが」
説明を続けるライネックであったが、その最後の方で疲れの色がにじんでしまう。
そんな彼の様子に、気持ちが分かるトネリコは思わず苦笑を浮かべた。
さて、たったいま言及された当人はというと。
うんうんと何やら感心した様子で、しきりに頷いていた。
新たなブリテン王であるウーサーは、ライネックに対する心からの礼賛を口にする。
「さすが、我が宿命のライバルにして永遠の
「………………………………」
目の前にいる若者の言葉を受けて、ライネックは──その風貌に似つかわしくない仕草で眉間に皺をよせ、とてもとても沈痛な表情を浮かべた。
うんざりとした口調で、呻く。
「……おい、ウーサー」
「なんだろうか。我が友ライネック」
「これまで幾度となく疑問に思ってきたが、多忙を極めたゆえに確認できなかった……いい機会だ、その疑問に対する答えをいま聞かせてもらおう…………
俺は一体いつから、お前の"宿命のライバル"だとか"永遠の
ライネックの声には、この世の苦労を全て煮詰めたかのような響きがあった。傍で聞いていたグリムが、思わず同情の視線を向けてしまう。
そんな疑問を向けられた当人はというと、キョトンとした表情を見せる。
「むう……出会った17分後に、お互い宿敵として認め合ったはず」
ごく当たり前といった様子で述べるウーサーであったが、ライネックは半眼になりながらその言葉をバッサリと切り捨てる。
「俺にそんな記憶は存在せんぞ」
「なんだって!?そんな馬鹿な!」
「馬鹿は貴様だ!記憶の捏造も大概にせんか、この大たわけめ!」
たまらず叫び返してしまうライネック。当人的に不本意極まりなく、抗議の意思を表明せずにはいられなかった。
だが、不思議な事にウーサーは納得がいかない様子で、ライネックに対して熱弁し始める。
「僕らが宿敵同士であることを否定するのかライネック!つい一か月前も、河原で拳を交えて語り合った仲だろう!あの熱い時間が偽りだったとでも言うのか!?」
「偽りであればどれだけ良かったことか!ああ、確かに河原で殴り合ったな!チョコレートはキノコ型がいいかタケノコ型がいいかで、何故か激論を交わしてしまったわ!つくづくあの時の自分はどうかしていた!」
「おお!やはりライネックの中でも、あの熱い時間が記憶に残り続けているか!本当に良かった!」
「良いわけがなかろう!?偽りであれば良かったとキッパリ言っているだろうがぁ!記憶から抹消できないのが実に嘆かわしい!」
「その記憶こそまさに宿敵としての証!未来永劫、お互いの心の中で輝き続けることだろう!」
「貴様こちらの話を聞いているのか!?」
「それはそれとして、タケノコとはどういう植物なのだろうか?ふと頭に思い浮かんだ不思議な植物だったんだが……このブリテンでは見かけたことがないな。ライネック、どう思う?」
「そんなこと俺が知るかあああぁぁぁ!!」
ウーサーのマイペースぶりについていけず、ライネックは頭を抱えて絶叫する。牙の氏族長であろうが亜鈴返りであろうが、ブリテン王のバグキャラっぷりには翻弄されるしかなかった。
ちなみに、キノコと違ってタケノコ──より厳密には竹林──はブリテンに生えていない。まあ大したことではないが。
騒がしい二人の様子を眺めていたトネリコが、意外そうな表情で呟く。
「……二人とも、いつの間に仲が良くなっていたんですか」
「トネリコ!?頼むからそのような誤解はやめろ!あまりにも不名誉だろうが!」
少女の呟きを聞き逃さなかったようで、ライネックは精一杯抗議の声を上げる。心底勘弁してほしそうな表情をしていた。
だが彼の願いは届かなかったようで、仲間たちから次々と本人的に聞きたくない言葉を送られる。
「つまり、ウーサーとライネックはマブダチってことだろ?別にいいじゃん」
「おいぃ!?冗談抜きでやめろトトロット!」
「ふむ……良かったなライネック。これまで突っかかってたウーサーと友になれて」
「黒騎士もやめろ!?というか貴様わかっていて言ってるだろう!」
「あー、なんだ。強く生きろよライネック」
「グリム!?頼むから俺を見捨てるな!」
「まあ、何はともあれ……ウーサー君とライネックの距離が近くなったのは良いことです。私は二人の関係を喜ばしく思います」
「うがあああああぁぁぁぁぁっ!!」
最後にトネリコからとどめを食らい、再び絶叫するライネック。このような祝福を受けてしまう現実の理不尽さに、彼はダイナミックに悶絶する。
違う、俺はこんなキャラではない!亜鈴返りの排熱大公だぞ!?多くの妖精共が恐れる存在だというのに、何故このような苦労を負わねばならんのだ!?
ええい、それもこれも目の前にいる馬鹿者のせいだ!愛の覚醒とやらは本気で感心するが、その副作用で頭のネジが外れてどうする!?もっと知性を磨かぬか大たわけめ!
内心で盛大に罵声をあげるライネックであったが、そんな彼の苦労が伝わったのか、トネリコが申し訳なさそうに言う。
「ええと……ライネックが苦労しているのは、それはもう痛い程わかります。いや本当に……
それでも、出来ればウーサー君と仲良くしていただきたいのですが……やはり難しいですか?」
「うぐっ……いや、トネリコがそう望むなら、俺も認めなくは………ぐぬぬ……!」
心から慕う少女の言葉に、かなり迷うライネック。聞いてあげたくはあったが、ここで頷いたらなんか負けのような気がしてならない。
排熱大公がそんな苦悩しているにもかかわらず、その元凶はというと相変わらず我が道をゆく。
「なるほど。つまり僕とライネックはトネリコ公認のライバル関係という事か。ふふふ、僕らの友情がさらなる次元に到達したわけだな。実に喜ばしい」
「頼むから、お前はその口をひとまず閉じてくれ………」
胃袋が発する盛大な警告に、ライネックは顔をしかめずにはいられなかった。
おかしい。亜鈴返りの強靭な肉体で、なぜ胃痛などという人間と同じ苦労を味合わなければいけないのだろうか。
誠に、理解不能である。
「ええい、この話はとりあえず置いておく!それよりも、捕まえた奴らの事だ!」
これ以上この話題を続けると胃が持たなそうだったので、ライネックは最初の話題へと戻す。かなり強引な持っていき方ではあったが。
仲間たちは話の引き際は弁えているので、彼の話題転換を止めるようなことはしなかった。
なんとか気を取り直して、ライネックは戻した話題へと入っていく。
「摘発した連中は、この大馬鹿とグリムが作り上げた極めて強力な魔術礼装で封印している。術式の解除をしない限り意識は目覚めないし、また強引に解除することは氏族長クラスでも不可能だ。それが可能なのは、このたわけ者やグリム、あるいはトネリコぐらいだろう」
「つまり、解除が可能なのはブリテンで3人しかいないということか」
ライネックの説明にエクターがそう解釈すると、同意が返ってくる。
「そういうことだ。王の氏族長であるマヴにも解除は不可能だ」
「マブにも!?あいつ北の女王だから強い力持ってるのに、それでも解除できないのか!」
「それは、本当に凄い。彼女の力の強大さを考えると、ウーサー君とグリムが作り上げた封印の魔術礼装がいかに強力であるかわかります」
トトロットが驚く横で、魔術の天才であるトネリコはその礼装の強さに感心していた。
もちろん、彼女がその気になれば、同じ効果を持つ強力な魔術礼装を作ることは出来る。ただ、それを大量生産するとしたら多大な労力を必要とするだろう。
ウーサーはそれを、戴冠式の準備やら組織の構築やらと同時並行で行っていたのだ。グリムの協力があったとはいえ、大したものである。
彼女らの反応を確認したライネックは、さらに説明を続ける。
「こちらの降伏勧告を受け入れず抵抗した奴らもいたが、そちらについては
先ほどまでの会話の雰囲気を考えると、その内容は会議室の空気をやや硬質なものに変化させるものであった。
そして、説明に応じるウーサーの言葉はその変化をさらに助長する。
「それで構わない。風の氏族が行ってきた反ロンディニウム活動は、許容可能なレベルを著しく超えていた。
我々に降伏するならともかく、この期に及んでまだ敵対するのであれば、彼ら自身の命で
───あの戴冠式の日において、ウーサーはこれまでの自分のやり方が
当然ながら、それはあの場限定ではなく
「風の氏族を滅ぼすといった過激な事までするつもりはないが、優しくしてやるつもりもない。彼らには自分達が犯した罪の重さを、徹底的に思い知らせる」
ウーサーは、彼らがトネリコに対してしたことを決して許していない。
ソールズベリーを軍門に下し、風の氏族長オーロラとその側近達を排除するのは、もはや撤回など有り得ない決定事項だ。
話を聞いていたトネリコは、自分のために怒ってくれているウーサーに感謝しながらも、それを甘受するだけで済ませるつもりなど全くなかった。
「ソールズベリー攻略は早急に行う必要があります。ですから、私が出来ることは何でもしましょう。出し惜しみなどしません」
「……すでに、充分過ぎるほど助けられているんだけれどね」
「それでもです。今はブリテンの今後の未来を左右する大事な時──悠長にしている余裕など全くない」
強い意志を宿した彼女の瞳に、ウーサーは惚れた弱みを差し引いても降参せずにいられなかった。
戴冠式当日はウーサーの凄まじさに直面して翻弄されたトネリコだが、いつまでもそんな状態を続けるほど彼女の能力は低くない。むしろ彼女は天才であり、とても優秀であった。
翌日には夫の規格外ぶりに順応し、彼のアイデアを取り入れた魔術礼装の制作をはじめ、様々な事をしていた。その仕事量は激務と言っても過言ではなく、新婚の花嫁がすることではないだろう。仲間たちからしてみれば、もう少し休んでもらいたくなるくらいだ。
とはいえ、ソールズベリー攻略を控えた大事な時である。すぐに幸せな新婚生活を始めるというわけにはいかなかった。
糸紡ぎの妖精であるトトロットからしてみれば、トネリコには王妃としてドレスくらい着て欲しかったが、仕事での動きやすさを優先した彼女はいつもの救世主衣装を着ている。長年の友人として、彼女の新婚生活を邪魔したと言う意味でもオーロラやその取り巻き達は許せなかった。
無論のこと、夫たるウーサーも同様であり、実は内心で『人の新婚生活を邪魔する奴らは地獄に叩き落す!』とそっち方面でも固い決意を抱いているのであった。
そんなふうに会話を続けていると、会議室のドアが外からノックされた。
ウーサーが入室を促すと、一人の兵士が入ってくる。
「──陛下。
報告を受けたウーサーは仲間たちに視線を向けると、皆は了承の意を返してくる。
「わかった。今からそちらへ向かう」
そう答えたウーサーと仲間たちは会議室を出て、前を歩く兵士について廊下を歩いていく。
青年の後ろに歩くライネックが、感慨深げにつぶやく。
「……まさか、あの悲観的な鏡の氏族が、全面的な協力を申し出るとはな」
「彼女たちにとって、今は大きな転換点だということだろう。これまで"数々の悲劇を視てきた"……鏡の氏族にとっても」
感慨深かったのはウーサーも同様のようで、歩みを進めながら言葉を返してくる。
(定められた未来さえも変える男、か……)
数か月前は人間の範疇に納まっていたが、今ではこのブリテンの理不尽を強引に捻じ曲げそうな凄みがあるウーサー。
亜鈴返りのライネックでさえも、畏敬の念を覚えずにはいられない。
……同時に、頭のネジが外れてるのをどうにかしてほしいと、切実に願ってしまう排熱大公であった。
「ウーサー陛下、お忙しい中で申し訳ありません。すぐに報告したいと思ったので」
「いや、構わないさ。私達に協力してくれている貴女だ。時間を割くことに何の問題があるだろうか」
会議室から出て城内の廊下を歩いていき、とある部屋へと入るウーサー達。
そこでは、『円卓』の兵士である人間達や彼らに協力的な妖精達──良心的な性格をしておりブリテン異聞帯だと極めて珍しい。いや冗談抜きで──が、精力的に仕事をしていた。
妖精文明において滅多に見られない、陰湿さが全く存在しない賑やかさで室内は満たされている。
そんな中で、一人の女性がウーサーに報告をしてくる。
大人しめの雰囲気を漂わせながらも、その中に愛嬌が含まれている金髪の女性だ。その容姿は人間の年齢に換算したら17~18歳くらいで、少女と言う呼び方も出来るだろう。
「ロンディニウムの城壁から北へ30キロ離れた場所に、反円卓派の残党が集う光景が視えました。近くにマヴさんがいるので、すぐに摘発が可能です」
彼女の名は、エインセル。
鏡の氏族長を務めており、『未来を詠む力』を備えている妖精だ。
その能力で視た未来はどうあっても変えられず、それにゆえに鏡の氏族は悲観的になっていたのだが───
「彼らを摘発したら、風の氏族の諜報網は完全に壊滅します。その後はソールズベリーを攻略するだけ。
───ブリテンの未来が変わるまで、もうすぐです!」
かつて諦観を宿していた彼女の瞳はいま──未来への希望で輝いていた。
鏡の氏族長エインセルが、ウーサー達に協力するためロンディニウムへ訪れたのは、今から4日前──戴冠式の翌日のことであった。
本来の順番的にはマヴを先に登場させるべきなのでしょうが、先にエインセルの登場です。とはいっても、原作で登場した異聞帯ガレスではなく、その先代に当たりますが。
名前を変えようか迷いましたが、ムリアンやグリムのように先代が同じ名前というパターンもあるため、そのまま『エインセル』にしました。
ガレスほど前向きにはなれず悲観的になっていましたが、運命の転換点を前にした彼女は――
その流れは、次回の話で触れていきます。