もし、異聞帯のウーサー君がバグキャラだったら 作:北国の放浪者
今回の鏡の氏族に関する話は、断片的な情報から色々と想像して描きました。
これまで幾度も、惨劇を視てきた。
自分達『鏡の氏族』の妖精としての目的は、"誰かを護り奉仕する"というものだ。そのため争いごとを好まず、他の氏族達に対し融和的な姿勢を取り続けてきた。
このブリテンにおいてその姿勢だけで争いから逃れるのは難しく、幾度か戦わなければならない事はあったけれど、各氏族間における立ち位置に注意しながらなんとかやってこれた。私達の妖精としての目的が他の氏族達の警戒心を和らげなければ、もっと争いに巻き込まれていたに違いない。
もちろん、彼らが私達への警戒心を和らげたのは、私達を好意的に見るというよりも自分達にとって役立つ
そんな私達『鏡の氏族』に備わっている力は、『未来を詠む』というもの。別の言い方をするなら予知能力だ。
この能力はとても強く、これから起こる出来事を確実に当てることが出来る。というよりも、今まで外したことが全くない。
私達の生きる目的を考えると、未来を視ることで不幸な出来事を避け、皆を幸せにしていくということになる。
予知した未来へと至る具体的な道筋まではわからないため、能力の強さの割には融通が利かなかったが、未来がわかっていれば手の打ちようはあると思った。
この力を使って、より良い結果を導くために行動する。それが誰かの助けになり、ブリテンにもっと笑顔が増えていく筈だった。
そう、思っていたんだ。
だけど。
現実は、とても非情で───
「あ……ああああぁぁぁぁ……!まただ……!なんで……なんでいつも、こんなことに……!」
自分達の妖精としての目的は、ブリテンの妖精が持つ悪性の前に、容易く蹂躙されてきた。
視てきたものは、目を背けたくなるものばかり。戦争をはじめ数多くの悲惨な光景が、このブリテンで繰り返されてきた。
何度も何度も何度も……自分達の妖精としての目的をあざ笑うかのように。
どれだけより良い未来が訪れてほしいと願っても、惨劇は一向に減らない。
惨劇は絶対に──覆らない。
未来を詠めるといっても、その結果に至る過程がわからないから?
いつどこで誰が何をどんな理由でするか、具体的に知ることが出来たら何かが変わった?
いや、そんな生易しいものじゃない。
そもそもの話、自分達が一度その
誰かを護り奉仕するために備わっている力なのに、その能力があまりに強いせいで、避けたい未来が避けられなくなる。未来を視た当人がどれだけ変えたいと思っても、絶対に変えられない。
それは……何よりも辛いことだった。
「私たちが頑張っても……どうしようもないんじゃ……」
「鏡の氏族に出来る事は、何もない……」
「もう……やめてしまおうか……」
時が経つにつれ、一人、また一人と諦めていく氏族の妖精達。誰もが悲観的になり、そして自ら何かを成そうとするのを諦めていってしまう。
氏族長である自分は、「そんなことはない」と言うべきなのだろう。出来ることはあると言い続けるべきなのだろう。
わかってはいるけれど……幾度となく繰り返される惨劇に心が折れかけているのは自分も同じで、皆を鼓舞するような言動へ繋がることはなかった。
もし私がもっと強ければ、「諦めずに頑張れば、きっと未来は良くなる」と信じて前に進み続けられただろうか?
……正直なところ、あまり想像に結びつかなかった。
救世主トネリコ──あの御方を助けるべきだという考えは、昔からずっと抱き続けてきた。自分だけでなく、先代も、そして先々代の氏族長も。
しかし……実際には、彼女を積極的に助けるには至らなかった。
かつて彼女を育てた雨の氏族が、手を組んだ風と土と牙と翅の4氏族によって一夜のうちに滅ぼされた事実は、私達を足踏みさせるのに充分過ぎた。
私は、鏡の氏族の長だ。だから、先代や先々代の長と同様に皆を守らなければならない。救世主として活動する楽園の妖精を助けることで、他の氏族から目の敵にされるわけにはいかなかった。
また、他の氏族に比べて自分達は楽園の妖精にかなり同情的だけれど、ブリテンの妖精である以上、潜在的な後ろめたさと無縁という訳にはいかない。鏡の氏族の中にも、あの御方に対して拒絶反応を示す妖精がいない訳ではなかった。
その事実に、いったい何度やるせなさを覚えたことだろうか。
救世主である楽園の妖精を助けるに至らず、こちらの苦悩とは無関係に年月は流れていった。
そして妖精歴400年。
ついに、あの御方による『円卓』の結成へと至る。
人間と妖精の共存を掲げる騎士達がブリテン統一の行動を開始した頃、私は協力すべきだと考えた。翅の氏族が最初から『円卓』に味方していて、また人間の騎士達の勢いも凄まじく、それらが合わさり他の氏族達を圧倒していたからだ。状況的に救世主の方々を助けても不自然ではなく、他の氏族達から目の敵にされるリスクは少なかった。
鏡の氏族で自分以外にも同じ考えを持っている妖精は多く、これまでのブリテンの惨状に対する嘆きから、あの御方に良い感情を抱いていない一部の妖精達も『円卓』へ協力するべきと考えるようになっていた。
ブリテンで起こる数々の惨劇を視て心が擦り切れていた鏡の氏族。そんな自分達に、ようやく希望の兆しが見えてきたんだ。
しかし──未来を詠む力は、またしても私達の希望を奪い去る。
自分が視てしまった未来は、まさに惨劇の極めつけ。
救世主と『円卓』が辿る末路だった。
炎に燃えるロンディニウム。
一人残らず倒れ伏す『円卓』の人間達。
救世主を糾弾する各氏族の妖精達。
そして───自らが築き上げた大切なものを全て失い、逃走した森の中で狂ったように
そんな未来を視てしまったから、私達は絶望し……どうすれば惨劇を防げるか考えた。
未来に起こることを話し、『円卓』によるブリテン統一を諦めてもらう?
そんなことであの御方と騎士達は止まらないだろう。『円卓』の結成には、あの御方の並みならぬ決意が込められていた。こちらの言葉だけで自分の意思を変えるとは思えない。むしろ自分の訴えを聞いたら、それを考慮してブリテン統一のやり方の
けれど、それは自分達がこれまで何度も試し……そして、失敗してきたやり方なんだ。
私達は考えた。考えに考えた。襲い来る悲嘆と諦めの感情に抵抗し、必死に頭を働かせた。
その末に至った結論が───
あの御方が率いる『円卓』と戦うことだった。
彼女や騎士達が歩む先に待っているのは悲劇だと思い、そうなるのをなんとか阻止したくて──鏡の氏族は『円卓』のブリテン統一を止めようとしたんだ。
苦渋の決断だった。けれど、あの方々を救うのに他の方法が見つからなかった。私達は、自らの能力を嘆きながら戦った。
だけど『円卓』の勢いは凄まじく、それを後ろ向きな自分達が止めるなんて不可能で。
結局、私達は順当に敗北し、『円卓』によるブリテン統治に賛同するしかなかった。
その後、鏡の氏族は『円卓』と他の氏族との融和にある程度尽力したれけど、それも結局、未来に待ち受ける惨劇によって徒労に終わってしまうんだろう。
果たして、他にどんなやりようがあっただろうか。
もう、私達にはわからない……
結局……自分達はいつも通り、これから起こる惨劇を見届けることしか出来ないんだろう。
むしろ、自分達の能力に備わっている負の作用──『一度視た未来は変わらない』という性質を考えると、『円卓』に対する抵抗は無駄な足掻きだったのかもしれない。
そして、ついに訪れた運命の日。
全てが台無しになってしまう戴冠式当日。
私達『鏡の氏族』は、戴冠式を欠席した。その理由は、自分達が惨劇に巻き込まれて犠牲が出るのを防ぐため。自分達だけでは、他の氏族達の凶行を防ぐことは出来ないからだ。
惨劇が防げないのなら、せめて自分達の身を守るしかない。
……いや、これは恐らく言い訳なんだろう。
私達は──私は、救世主と『円卓』に訪れる惨劇を見たくなかったんだ。
「……ごめんなさい」
無力な自分を情けなく思い、自然と謝罪の言葉が漏れる。
いま自分達は、ロンディニウム近郊の小さな集落にいる。
間近ではなくとも、せめて事が終わった事実ぐらいは確認する義務があると思った。
誰かに指摘されるまでもなく、こんなの偽善だとわかっている。
惨劇が起こると知っている者がなに勝手な事を考えているのか。そう非難されても仕方ないだろう。
けれど、自分達では防ぎたくても防げない。
防ぎたくても……防げないんだ……!
握りしめた拳から血が、したたり落ちる。
それを見た従者が、慌てて手拭いを持ってきた。
私は従者に力無く「ありがとう」と礼を言い、その手拭いを受け取って血を流している手をぬぐう。
すると、ほぼ同時に別の場所にいたもう一人の従者が慌ててこちらに向かってくるのが見えた。
ああ。ついに終わってしまったのか……
失意と共に、内心でそんな言葉を浮かべてしまう。
こうなるとわかっていたのに、心が軋んでいくのがわかった。
今はまだ自分達の身を守ることを考えられるけど、いつかこの苦しみから逃れたくて、死が救いと考えるようになるかもしれない。
その時、果たして自分の次代はどう感じるのだろう……
悲観的な思考に捕らわれている内に、慌てて走ってきた従者が目の前にたどり着く。
そして、自分の耳に飛び込んできたのは───
「エインセル!風の氏族達はウーサー陛下の毒殺を企てるも、その結果は失敗!彼らはトネリコ様に濡れ衣を着せようとしましたが、ウーサー陛下の怒りを買い全員拘束されました!
直ちに王命が発動され、ブリテン全土で暗躍する風の氏族達の一斉摘発に乗り出しています!
───未来は変わりました!ウーサー陛下およびトネリコ様、そして『円卓』は健在です!」
「…………え?」
そんな、従者の歓喜に満ちた声だった。
信じがたい報告を前に、鏡の氏族の長である自分──エインセルは、呆然と声を漏らしていた……
走る、走る、走る……!
エインセルは衝動の赴くままに、ロンディニウムの城の廊下を駆け抜けていく。
堅牢さを誇る城の内部の景色、『円卓』が誇る屈強な人間の騎士達、彼らに協力的である善良な妖精達。そして、陰湿さが全く存在しない賑やかな空気。
彼女の視界に映るものは、本来ならどれも失われていた筈の光景であった。それが今も、こうして無事に存在し続けている。
足を止める様子の無い彼女であったが、目に映るそれらの光景は彼女の心にしっかりと染み込んでいってる。
目的の部屋を目指して走り続けるエインセル。見た目は人間でいうと17~18歳くらいの少女であるが、彼女は氏族長である。その身に備わっている強さは決して侮れないもので、廊下を歩いている他の者と激突するような
とはいえ、昨日からブリテン統治の拠点となった城でこのような振舞いをするのは、決して礼儀が良いとは言えないだろう。氏族の長としてあるまじき振舞いだ。
しかし、廊下を走るエインセルを咎める者は全くいない。
彼女が鏡の氏族長だからではない。彼女が駆け抜ける理由を、この城にいる者達はあらかじめ偉大なる王から聞いていたからだ。
ロンディニウムの主は、こうなる可能性を予期していた。もし鏡の氏族長が訪れたなら、
疾走するエインセルの視線の先に、城の者達が慌ただしく入退室をしている部屋が見えた。
(あの部屋の中に、あの方たちがいる!)
部屋に向かって走るエインセル。ちょうど騎士達や妖精達が出入りしていないタイミングに、部屋の入口へたどり着く。室内では人々と妖精達がせわしなく働いており、そのうちの幾人かが彼女に気づいてそちらへ視線を向けていた。
彼女は目的の人物達を探そうと視線を走らせるも、ほとんど探すまでもなく見つかる。
部屋の中央に、目的の人物達──トネリコとウーサーがいた。
ちょうど周囲の者達と打ち合わせをしていたようで、エインセルの来訪に気づいて視線を彼女へと向けていた。
探し人の一人であるウーサーは、すぐに理解の表情を見せる。
「───エインセルか。貴女なら、きっと来てくれると思っていた」
「ああ……ウーサー陛下……トネリコ様……!」
二人の姿を見た瞬間、本当に未来が変わったという実感が、エインセルの中で押し寄せてくる。
途端に涙腺が刺激されるが、彼女はそれに抗う事なく身を任せた。
「お二人ともっ………よく……よくぞ……ご無事でぇっ……!」
瞳から止めどなく流れ落ちていく涙。喉が震えてしゃくりあげてしまうが、それさえもエインセルは堪える気にならない。
感極まったために足から力が抜け、彼女は膝を床についてしまう。
そんな鏡の氏族長を前に、トネリコとウーサーの反応は正反対であった。
救世主の少女は予想外の光景に慌ててしまい、氏族長の少女を慰めにかかる。妖精眼で相手の感情がわかることが、かえって彼女の動揺を助長していた。
新たなブリテン王はというと、全てわかっているといった様子で穏やかな表情を浮かべている。人間の彼に妖精眼は備わっていないが、氏族長の少女の想いはしっかりと伝わっていた。
しばらく泣き続けたエインセルであったが、トネリコの気遣いもあり、時間の経過とともに収まっていく。
氏族長の少女が落ち着いた頃、ウーサーは目の前の少女が望んでいるだろう言葉を告げる。
「我々はこのブリテンを良くしていきたい。そのためには、多くの氏族が一つに纏まらなければいけない。
もし貴女が協力してくれるのなら、これほどまでに心強いことはないだろう。
───エインセル。どうか私達に、力を貸してくれないだろうか」
「──―─―!」
ウーサーの頼みを耳にした瞬間、彼女の心にかつてない勢いで活力が湧いてくる。
それはこれまで蓄積していた諦めの感情を、余すことなく吹き飛ばすものであった。
エインセルは、悲観とは全く無縁の明るい表情で答える。
「はい、喜んで!
私達『鏡の氏族』は──あなた方『円卓』に、全面的な協力を致します!」
運命に裏切られ続けた氏族長の少女は─――
ついに、希望を見つけたのであった。
時は現在へと戻り、さらに1日経過して戴冠式の6日後となる。
エインセルがその力で視た光景を貴重な情報とし、北の女王マヴがロンディニウムの北方で反円卓派の残党狩りを進めている最中であった。
ロンディニウムの会議室では、今日もブリテンの未来を良くするための行動が決められていく。
「───それでは引き続き、鏡の氏族は他の氏族の方々に『円卓』へのさらなる支持を働きかけます」
「よろしくお願いします。私達だけでなく鏡の氏族からも呼びかけがあれば、『円卓』側の連合軍の結束がより強固となるでしょう。すでにウーサー君がブリテンの主導権を握り国軍も結成しているので、風の氏族以外でこちらに敵対する勢力はいないでしょうが、妖精達の移ろいやすさを考えると用心に越した事はありません」
「はい。それと風の氏族の中でこちらに敵対的でない方達の取り込みも、円卓情報局の方達と協力して進めていきます。もちろん、最大限の用心をしながらですが」
「そうですね。こちらの味方のフリをしている危険性は付きまとうので、慎重に進める必要があるでしょう。ただ、ソールズベリー攻略までそれほど日数の猶予はないので、実行可能な範囲で問題ないかと」
「トネリコさんの言う通りですね、了解です!それでは不肖ながらこのエインセル、新たなブリテンのために全力を尽くします!」
「ふふ……ありがとうございます。エインセル、頼りにしていますよ」
「はい!」
運命が変わったあの日から数日が経ち、鏡の氏族長エインセルは今日も『円卓』をより盤石にするための活動に勤しんでいた。
その姿はかつての諦観していた頃と比べると見違えるもので、自分の視た未来が覆ったという事実は、彼女にそれほどの大きな変化をもたらしたのだ。
鏡の氏族が持つ『未来を詠む力』の負の作用が跳ねのけられたのは、今回が初めてのことだ。彼女の変わりようも頷けるというものだろう。
ロンディニウムの城内にある会議室にて、トネリコとの話を終えたエインセル。救世主の少女が近くで仕事をしているウーサーの方へと歩いていくのを確認すると、彼女は自らの仕事をこなすため会議室を後にしようと入口へ歩き出す。
すると、会議室の端でこちらを眺めている糸紡ぎの妖精トトロットと目が合った。
「えーと、トトロットさん?私がどうかしましたか」
足を止めてそう尋ねると、トトロットは感慨深そうな様子で口を開く。
「いや、エインセルがこうしてトネリコ達の助けをしているのが、見ていて新鮮でさ」
「そうですね!自分でも不思議な気持ちです!」
糸紡ぎの妖精と同じ感慨を覚えていたのは、鏡の氏族長である彼女も同様であった。
トネリコ達による『円卓』結成およびブリテン統一行動が開始された際、その理由がどうあれ、鏡の氏族は敵対姿勢を取った。それだけでなく、戦いの敗北後に『円卓』のブリテン統治へ賛同したものの、『円卓』に対してあまり積極的に関与はせず、どこか距離を取っていたのだ。
そんなかつての自分達の立ち位置を思い出し、当時と今との違いにエインセルは笑みを零す。
「数か月前の私達、あなた方の連合軍に思いっきりヘコまされましたからねー。今となっては懐かしいです」
「よくよく考えてみたら、鏡の氏族がボク達の敵に回ったのは不思議だったかな。風の氏族の奴らは考えるまでもないし、土と牙の氏族が敵に回るのはおかしくなかったけどさ」
「私が個人的に印象深かったのは、翅の氏族が最初から『円卓』側だったことですね」
「ボクも翅の氏族だからな!ムリアンの奴と話したら、あいつは『円卓』の統治に賛同してくれたんだわ」
「彼女の優れた知性は、『円卓』を是と判断したと」
鏡の氏族のような未来を詠む力を持たず、純粋に知性のみで判断すれば、翅の氏族長ムリアンの判断は合理的であっただろう。
そのマトモな判断を台無しにしようとしたのが、風の氏族長オーロラの思い付きでありその取り巻き達だ。それによって齎される結果をエインセルは視て、鏡の氏族は『円卓』を否と判断した。
最も、彼女が視た未来はウーサーによってひっくり返されたわけだが。
数か月前のことを思い出しながら、トトロットは合点がいったという表情でしみじみと呟く。
「……あの時点で、鏡の氏族には良くない未来が視えていたんだよな」
「本当にすみません……あの時の私達は、あなた方のためになることを、何もできませんでした……」
「仕方なかったんだろ?今までどれだけ頑張っても、未来を変えることが出来なかったんだしさ。
自分が視た未来へと至る過程が具体的にわからなければ、対処が難しいのは言うまでもないし、そもそも一度視てしまった未来は、これまで例外なく確定していたのだ。それは致命的であり、エインセル達にはどうしようもなかった。
鏡の氏族はある意味、自らの力に翻弄されてきたとも言えるだろう。
トトロットの気遣いを受けたエインセルは、感謝と申し訳なさが入り混じった表情を見せる。
そんな鏡の氏族長に、糸紡ぎの妖精は「これ以上気にしてもしかたないじゃん」と続けて気遣う。
二人がそんなやり取りをしていると───
「マヴから連絡が入ったぞ!ロンディニウムの北方に潜んでいた反円卓派の残党を、一人残らず摘発したとのことだ!」
大きな声でそう告げながら、牙の氏族長ライネックが会議室へと入ってきた。
その吉報に、トネリコは喜びの声をあげる。
「!?本当ですか、ライネック!」
「ああ!これで風の氏族の諜報網は完全に終わりだ!マヴのやつは、すぐにこちらへ向かうとのことだ!」
「そうですか!報告ありがとうございます」
「いよいよだね、トネリコ」
「はい、ウーサー君。後はこちら側の連合軍を整えて、ソールズベリーを攻略するだけです」
ライネックの報告を受けて、高揚感を伴いながら言葉を交わすトネリコとウーサー。二人だけでなく、会議室でせわしなく働いていた他の者達も、吉報を耳にして大いに沸き立つ。
かつての話にしんみりとしていたエインセルやトトロットも、事態の進展に高揚感を覚える。
「これでソールズベリー攻略に移っても、後方の心配をしなくて済みますね!あまり日数の猶予はありませんので、急いで他の氏族の方々へ働きかけ、さらなる支持を取り付けなくては!」
「そうだな!こういう時、人気者の鏡の氏族はとても頼りになるんだわ!よろしく頼むぜ!
あ、それはそれとして──エインセル」
「はい?なんでしょうか」
張り切るエインセルが疑問符を浮かべると、トトロットは穏やかな表情を浮かべ───
「ありがとな。トネリコの事、気にかけてくれて」
そう、感謝を述べるのであった。
不意打ち気味のお礼だったので、面食らうエインセル。すぐに反応を返せず戸惑ってしまう。
とはいっても、それはほんの数秒という短い間であった。彼女は自分の中の気持ちを整理し、ゆっくりと言葉を紡いでいく。
「……いえ。今まで私達は……私は、トネリコ様の助けになれませんでした。
遅くなってしまいましたが、今度こそ……あの方の力になります」
静かに、しかしはっきりと決意表明をするエインセル。
彼女の瞳には、これまで出来なかったことを今度こそ成し遂げるという強い意志が宿っていた。
そこでふと、彼女は遅れて気付く。
「あ……今までの習慣で、トネリコさんの事をまた"様"付けで呼んでしまいました……」
エインセルはトネリコとの距離を縮めたことで"様"付けから"さん"付けへと呼び方を改めたのだが、これまでの癖で時々かつての呼び方をしてしまう。細かいことであるが、当人的にはこだわりがある模様だ。
照れた表情を浮かべる鏡の氏族長を、トトロットは微笑まし気に見る。
「うーん、これについては慣れるしかないよなー。まあ時間が経てば大丈夫だろ」
そうフォローされたエインセルは恥ずかし気な表情を崩さないものの、柔らかい表情を浮かべる。
鏡の氏族長と糸紡ぎの妖精の間に流れる、とても穏やかな空気。
かつては考えられなった関係性に、エインセルの心は暖かい気持ちでいっぱいだった。
もうすぐ訪れるブリテンの新たな未来に向かって、鏡の氏族長は走り続ける。
偉大なる人間の王と、尊敬する楽園の妖精、そしてその仲間たちと共に───
鏡の氏族は温厚な性格をしており、妖精歴4000年に雨の氏族が他の氏族達に滅ぼされた際、その戦いに加わっていませんでした。しかし、妖精歴400年に起きた『円卓』によるブリテン統一の戦い──『秋の戦争』の際は、翅の氏族が味方しているにもかかわらず、『円卓』に敵対しています。
その不整合を考えた結果、今回の話のような解釈になりました。