もし、異聞帯のウーサー君がバグキャラだったら 作:北国の放浪者
ちなみに、今回はR15指定タグが仕事する際どい話題が飛び交います。
「トネリコ──あなたもついに、色を知ったようね!」
「再会早々にあなたは何を言ってるの!?」
久しぶりに顔を合わせたマヴが放ったのは、完全にトネリコの意表を突く言葉だった。それも恥ずかしい意味で。
救世主の少女は、顔を赤くしながら大きな声で反応してしまう。
ロンディニウム北方に潜んでいた反円卓派の残党が全て摘発されたその夜。立役者である北の女王マヴはロンディニウムへ足を運び、城内への入場を果たしていた。
ここは城の上層階──といっても汎人類史のキャメロットのような高層建築ではない──にある一室で、客室というには充分過ぎるほどの広さを誇っていた。窓からはロンディニウムの街並みを眺めることが可能で、『円卓』の者達の間で密かな展望スポットになっていたりする。
「あ──あはははは……ヤだなー、マヴってば。いきなりそんな事言い出すだなんて……
さては、手柄を上げて浮かれてますね?まったく、北の女王も現金なんだから、このこのー。
───あは、あはは、アハハハハ……」
目を泳がせながら極めてワザとらしく笑い、マヴに対して馴れ馴れしい態度を取るトネリコ。その言い草は常の彼女のものからは遠く、むしろ遠い将来に現れるかもしれない彼女の同胞にソックリであった。
戴冠式の日にはウーサーのバグっぷりに振り回され若干ポンコツ気味になってしまったトネリコであるが、その後は本来の才女っぷりを発揮してロンディニウムで数々の仕事をこなしていた。
ソールズベリー攻略を控えた大事な時にアホ面を晒すわけにはいかないと気を引き締め、改めて才女としての姿を周囲に見せてきたわけであるが、そんな少女の聡明さは予想だにしない言葉によって木っ端みじんにされてしまう。
もし他の事であれば、救世主として活動した長い人生経験を駆使して自然な態度で誤魔化せたであろう。しかし、こと恋愛事情──しかもR指定──の場合はそうもいかなかった。
汎人類史における彼女は恋愛強者であるが、この歴史の彼女は恋愛雑魚なのである。
明らかに挙動不審な救世主の少女に、かの北の女王が追撃をしないわけがない。
「エインセルや他の男たちは気付いてなかったようだけど、この私を欺くことなんて絶対に不可能!北の女王マヴを甘く見ないことね!」
「うぐっ!そ、そんな……!」
「そもそも、愛に関してはこの私の方が圧倒的に先輩!あなたは後輩、いえお子様なの。そこのところ自覚した方がいいんじゃなくて?」
「いちいち腹の立つ言いっぷりですね!?」
付き合いが長い故の遠慮の無さである。トネリコとしてはたまったものではないが。
マヴは目の前の恋愛雑魚に対してフッと余裕の笑みを見せ、その恋愛強者っぷりを見せつける。
「まあ、そもそも婚儀を済ませているのだから、初夜にヤルことヤっていて当然でしょうけど」
「なんか発音がいかがわしんですけどー!『北の女王』を名乗るなら、もっとデリカシーに気を付けるべきだと思います!」
「ふっ……3600歳のお子様が吠えているわね」
「年齢の話をするな!そもそも言葉の組み合わせが出鱈目でしょうが!」
3600歳のお子様というパワーワードに抗議するトネリコであるが、その程度でマヴは揺らぐ筈もなく、相も変わらず余裕の表情だ。
ソールズベリー攻略を控えた大事な時なので、すぐに幸せな新婚生活を開始という状況ではなかったが、マヴの言う通りでヤルことはヤっていたようだ。
まあ、仕事はしっかりとこなしているし、誰に迷惑を掛けてるわけでもないのだから、特に問題は無いのだが。
さて、恋バナ(?)で白熱している救世主と北の女王であったが、この場にいるのは何も二人だけではない。つい5日前に距離を縮めて友人になった少女も同席しているのだ。
そばで話を聞いていた友人──エインセルが、顔を赤くしながらも興味津々で聞いてくる。
「ト、トネリコさん……とうとう、大人の階段を……!?」
「ちょっとエインセル!?マヴのいう事を鵜呑みに──いや、確かに外れてはいないんですけど……!」
新たな友人のやや天然じみた反応に、訂正の言葉を口にしようとしたトネリコであるが、事実であるだけにそうはいかなかった。
言葉の選択に迷っている救世主の少女を気遣ってか、エインセルはフォローするようなことを言いだす。
「えーと、あのっ……婚姻を結んだ男女なんですから……その──たとえ恥ずかしくても、堂々としていればいいと思います!」
「そ、そういうものでしょうか……?」
「はい!私は男女のあれこれについて縁がないので、あくまで個人的な意見ですが───」
トネリコのために、なんとか言葉を捻りだすエインセル。しかし、その中で彼女は格好のネタをマヴに漏らしてしまう。
「あら、縁がなかったの?あなたなら磨けばもっと輝くでしょうし、相手に困ることなんてなさそうなのに」
「マヴさん!?いえ、私の事はこの際置いておいて───」
矛先が自分に向いた事で慌てるエインセル。別にトネリコみたいに大人の階段を上った訳ではないので、冷静に反応すればいいのだが、彼女は彼女で初心なため──鏡の氏族の不遇でそっち方面に気持ちを向ける気にならなかった──、マヴからの矛先を上手い具合に躱すことが出来なかった。
「そうだわ!せっかく女子会メンバーと呼べる最低人数が揃ったのだから、今度エインセルをより魅力的にしましょう!この娘に似合いそうな衣装が、私の拠点には多くあるのだから!
あなたも賛成よね?トネリコ」
「そうですね!それは良い考えです!私もぜひ協力させていただきましょう!」
「ちょ、トネリコさん!?なんか私にマヴさんの興味を逸らそうとしてません!?」
これ幸いとマヴの提案に便乗するトネリコと、ささやかな抗議をするエインセル。二人は心の距離が近くなっているため、こういったやり取りもするようになっていた。
そして、そんな二人の様子を楽し気に眺めるマヴ。実のところ、北の女王として生きてきた彼女はこういう女子会のような会話とほとんど縁がなく、そこら辺は他の二人とあまり変わらなかったりする。
まだソールズベリー攻略を控えた時期ではあるものの、その中で空いた時間に賑やかな(?)会話を繰り広げる女性たち。
そこへ新たにやってきたのは───
「どうしたんだー?三人とも。なんか話が盛り上がっているじゃん」
たったいま結成された女子会メンバーに興味を示すトトロット。賑やかな会話の雰囲気につられてやってきたようだ。
「あー、トトロット。何と言いますか、みんなで恋愛事情に関する雑談をしていまして……」
目線を明後日の方へと向け、頬に一筋の汗を垂らしながら、トネリコは当たり障りのない答え方をする。
先ほどの自分の話題に再び言及されてダメージを受けるのは避けたかったが、かといってトトロット相手に誤魔化すわけにもいかなかった。
「おおーーっ!トネリコもついに女同士でそういう会話を楽しむようになったか!ウーサーと結婚して花嫁にもなったし、女の子として順風満帆だな!」
「そ、そうですか……あははは……」
トネリコは明後日の方へ向けていた目線をマヴへと向けて、びみょ~に切実な感じで訴える。妖精眼を持たない相手にその意図が正しく伝わるか、イマイチ心配であったが───
「ふっ……そうね。この娘、見た目の割にこれまで鉄の女だったから。同性として改めて祝福しておくわ」
幸いな事にその訴えは届いたようで、マヴは当初の話題を再燃させることはなかった。
先ほどの話題にしつこく触れるほどデリカシーに欠けてはいない。その手の配慮は熟知している。
とりあえずホッと安心の息を吐くトネリコ。まあ先程の話をトトロットに知られたところで特に問題はないのだが、彼女的に肌を重ねる云々の話題はまだ恥ずかしかった。
気が緩んだ彼女は、なにやら感慨に浸っている長年の親友をなんとなく眺める。
(本当に、トネリコが女の子として順風満帆で嬉しいんだわ)
(あ……まただ)
視えてくるトトロットの心の声に、トネリコは内心でつぶやく。
最近、やけに妖精眼が強化されている──というか誤作動を起こしており、こうして嘘や隠し事の有り無しに関係なく心の声が視えることがある。
妖精眼とは本来、『相手の嘘を見抜き真実を映す』というものだ。相手が嘘や建前、また隠し事──意図的に言葉を切って含みを持たせる事も含む──をしている場合なら、それを見抜くことが出来る。これまでのトネリコは、そう言った相手にほぼ読心みたいな事をしてきた。
しかし、今のトトロットのようにごく普通に考え事をしている場合はその限りではない。他者の考えていることが、自然と言語化して流れてくるわけではないのだ。
(全自動の読心術ではないんだよね。まあ、その割には心の声が嵐という形で視えたりするんだけど)
そのように視たくもないモノが視えるから、妖精眼とは実に難しいものである。
(でも、なんで妖精眼がこんな誤作動を起こすんだろう?この現象が起き始めたのは、ここ数日のことだけど)
トネリコには思い当たる節がない──わけではなかった。
(まさか……ウーサー君と肌を重ねた事が関係している?)
顔が赤くなりそうなのを堪えて、そんなことが頭をよぎる。
体液交換で魔力パスの繋がりが強化されることは、魔術を扱うものにとって常識だ。原因として考えられるのはそんなところだろうか。
とはいえ、本来ならパスが強化されたところでこんな誤作動は起きない。
(普通に考えれば、少し強引なこじつけなんだけど……なにせウーサー君だからなあ……)
おかしな現象であっても『ウーサーだから』で説得力を覚えてしまうのは、自分でも如何なものかと思うけれど。
妖精眼の誤作動は気になるところだが、目の前のトトロットから伝わってくる祝福が嬉しくない筈はない。
自然と穏やかな笑みが浮かんでくる。
(とりあえず、今はトトロットの祝福を喜んでおきましょうか)
トネリコはそう考えるも───事はそこで終わらない。
(あー、それにしても……戴冠式の日の夜は、本当にビックリしたな……)
(……ん?)
続けて視えたトトロットの内心の呟き。
その思考の流れが若干飛んだものであったため、トネリコはすぐに理解が及ばなかった。
(ビックリした?一体何に対して?)
そんなことを考えながら、頭の上に疑問符を浮かべるものの───
少女の直感が、何故かやたらと警鐘を鳴らしていた。
そして、その答えは──すぐに知ることとなる。
(やっちゃあいけない失敗だよなあ……眠気でボーッとしていたとはいえ、夜中に新婚夫婦の寝室に近づいちゃうなんてさ)
(───え"?)
さらに続けて視えた内心の声に、ピシリ!と彫像のように固まるトネリコ。
(え、え……?夜中に、寝室に近づいちゃった……?しかも、戴冠式の日の夜に……?
その日は確か、ウーサー君と……!?
ま、待って、ちょっと待ってちょっと待って!それって、も、もももも、もしかしてぇ!?)
事の内容に思い至り、内心で羞恥のパニックに陥るトネリコ。
そんな彼女の混乱に気づくことなく、トトロットは──薄っすらと顔を赤くしながら、トネリコにトドメをさす。
(…………………………………………
……トネリコのあんな可愛い声、初めて聞いたんだわ)
「アレが聞こえてたんですかあああぁぁぁ!?」
顔を真っ赤にしながら、トネリコは衝動的に叫んでいた。
普通なら当人しかわからない内心の言葉であるが、残念ながらトネリコにはバッチリと伝わってしまっていた。
こんな時に誤作動で仕事する妖精眼が、実に恨めしい。
花嫁があげる羞恥の叫びに、トトロットは「しまった」と自分の失態に気いて慌てる。
ここ最近における妖精眼の誤作動に関しては、トネリコからちゃんと聞いていたのだが……すっかり失念していた。
「あああ!いや、もちろん花嫁の秘密なんて知る気なかったぞ!?そんなデリカシーの無いことは全然する気なかったんだわ!けど、たまたま夜中に目が覚めて、頭がボーっとしながら廊下を歩いてたら、いつの間にかトネリコとウーサーの寝室の近づいちゃって───
そしたら、つい聞こえてしまって……!」
ここまで慌てるトトロットを、かつて見たことがあっただろうか。いや、確実に無いだろう。
ロンディニウムの城におけるトネリコとウーサーの寝室があるフロアは、敵対者がいたらそれを知らせたり迎撃したりする結界が張ってある。その結界は多層構造をしており、鉄壁の構えだ。暗殺者の類が二人の寝室に侵入できる余地は絶無で、二人のプライベートはしっかり確保されていた。
ただ、それらの結界が効果を発揮するのは敵意を持つ者か、あるいは敵意が無くても無自覚に害を及ぼす者に対してである。当然ながら救世主一行のメンバーに結界が働くはずもなく、トトロットが二人の寝室に近づくことは簡単であった。
もちろん、普段のトトロットであれば夜にそのような行動は取らない。しかし、本人がいま口にした通り、その時は夜中の寝起きが頭が働かず、そのようなミスをしてしまったのである。
……聞いたことのない友人の声を聞いてしまい、糸紡ぎの妖精の眠気が一気に吹き飛んだのは、あえて説明するまでもないだろう。
「ああああああ………私があげていた……あんな恥ずかしい声を……トトロットに、知られてしまった……!」
「は、恥ずかしがる必要なんてないぞ!?トネリコ、すっごく可愛かったじゃん!あんな同性でもドキッとするような声を出せるんだなと───って、ボクはナニ余計な事を……!?」
「同性でもドキッとするような!?まさか【自主規制】とか【自主規制】とか【自主規制】とか!?」
「いや、そんなこと言ってないぞ!?というかトネリコも落ち着くんだ、なんか自爆しちゃってるから!」
「は!?私は一体何を口走っているんだ───」
両者ともにテンパってしまい、言わなくてもいい事を口走ってしまう。
まさに混乱の極みであった。
そして、二人は口にしてしまってから同時にハッと気づき、同席している他の二名の方へ首を勢いよく向けると───
「あー……ええと、そうね……北の女王にも情けはあるから、言及するのは控えておきましょう……」
「はわわ………わ、私は……何も聞いていませんっ……何も聞いてませんから、安心してください……!」
流石にこれを話のネタにするのは女として良心の呵責を覚えたようで、マヴはサッと顔を逸らしながら気遣わし気に告げる。
エインセルはフォローしようとしていたが、残念ながら全く上手くいってなかった。
恥ずかしさで顔を赤くしているトネリコに対し、トトロットはものすっっごく申し訳なさそうに謝罪する。
「いや、ホント……申し訳ないんだわ……」
「────!!──────!!!!」
そこでトネリコが叫び声をあげなかったのは、彼女の聡明さゆえか、あるいは救世主としての矜持ゆえか。
彼女は羞恥心に悶えながら、頭を両手で押さえて床の上をゴロゴロと転げまわる。どれだけ恥ずかしがっているか、よくわかるだろう。
救世主の滅多に見られない有様に同情しつつ、マヴは頭に浮かんだ疑問を口にする。
「それにしても、どうして寝室に防音対策をしていなかったの?あなたなら、その程度の事は魔術で行えるでしょうに」
魔術師として神域の天才であるトネリコなら、魔術による防音対策など容易いことだ。普通に考えたら、それぐらい済ませていてもおかしくはない。
救世主の少女から返ってきた答えは、まあ納得のいくものだった。
「……あの時は、初めての経験を前にテンパってまして……すっかり失念していたんです……」
「あー……そういうこと。まあ、初めての男女の営みだから、無理もないわね……」
「はい。それに付け加えて……」
「付け加えて?」
理由はそれだけでないようで、言葉を続けようとするも口ごもるトネリコ。そんな少女に対し、マヴはオウム返しに聞く。
それを受けて、トネリコは───
「……あんなに幸せな気持ちになったのは……初めてだったから……」
新婚さんのトネリコは、視線を斜め下に向けつつ、頬を上気させながら、消え入るような声で呟いた。
そんな初々しい仕草と言葉に、他の女子会メンバー一同は固まる。
(え?何この可愛い生き物。外見はそれっぽくても中身は容赦ない性格だったでしょうに……これが本当にあの鉄の女?)
(トネリコさん……凄く可愛い……)
(すげえ……花嫁力が急上昇しているんだわ)
三者それぞれで考えることは微妙に違うが、トネリコが可愛いという方向性は同じであった。
とりあえず、トネリコが途中で切らした回答の先を、マヴは正確に予測する。
「──つまるところ、"幸福感で他の事を考えられなかった"ということね?」
「は、はい………」
恥じらいを含んだ返事に、同じ女として頬が緩んでしまう。
「まあ……いいんじゃないかしら。3600年も生きてようやく色を知ることが出来たのだし」
「だから、年齢の話はやめてくださいってば……」
生暖かい視線を向けてくるマヴに、改めて抗議の声を上げるトネリコ。とはいえ、前回のより口調は大人しかったが。
その様子を眺めながら、北の女王は思い出したように尋ねる。
「それにしても、あなた今回が初めての経験だったのでしょう?普通なら痛い筈なのだけど」
些か赤裸々な疑問ではあったが、先ほどの体験もあって今更と割り切ったのか──つまり慣れた──、トネリコは特に気にせず答える。
「……もちろん痛かったですよ、正真正銘の初めてだったので───」
「ええ!?初めてって、痛いんですか!?」
トネリコの言葉にマヴが反応しようとするも、それより早く素っ頓狂な大声が上がる。
その声の主はというと───
「あ、いや、あの、その……えーと…………」
女子会メンバーの視線が自分に集まっていることに気づき、エインセルが慌てと羞恥が混ざり合った様子で言葉に詰まる。
そんな鏡の氏族長に、トネリコは聞きづらそうにしながらも、確認の言葉を口にせずにはいられなかった。
「あのー、エインセル……ひょっとして、そっち方面の知識自体に縁がないとか……?」
「はうっ!?……う、ううぅ……面目ないですぅ……」
その確認に対し、とても恥ずかしそうにするエインセル。いや、別に悪いことではないのだが。
鏡の氏族の不遇でそっち方面に気持ちを向けず初心のままだったエインセルであるが、実のところそれを差し引いても、彼女がその手の知識に疎いのは仕方のない事情もあった。
その生を終えたら次代が発生するという生態である以上、妖精は生殖活動を必要としていない。なので、その手の知識または本能を持っている必要性が無いのだ。
人間の模倣という点に考えても、ブリテン異聞帯の人間は生殖能力を持ち合わせおらず、男女の行為というものが汎人類史ほど活発ではない。結果、妖精文明にその手の文化はあまり浸透していなかった。
もちろん、無いわけではない。その手の事を好む妖精もいる。だが、汎人類史の人間と比べると、その割合は明らかに少ないだろう。
「ふふふ……これはいよいよ、この北の女王が色々と手ほどきをする必要がありそうね」
「マ、マヴさん……あの、どうかお手柔らかにしていただきたいんですけど……」
不敵な笑みを浮かべて怪しい気配を漂わせる北の女王を前に、思わず後ずさりしてしまう初心な鏡の氏族長。
なんとも微笑ましい(?)光景である。
それを眺めながらトネリコは、エインセルの驚きで中断された話を続ける。
「話は戻りますけど……初めてなんで、確かに痛かったです。けれど、それを遥かに上回る幸福感が……まあ、ありまして……」
話しながら情事の最中の事を思い出していると、一体何度目なのかわからない羞恥がこみ上げてきた。まあ、ここまで来たらと割り切りもしていたが。
そんなトネリコに対して、マヴは滅多に見せない柔らかい表情を見せる。
「……まあ、初体験でそう思えたのなら、いいんじゃないかしら。あなた、本当に苦労してきたものね……」
随分と優しい表情を見せるマヴに対し、トネリコは戸惑を覚えずにはいられなかった。
「あの……今日のマヴって、やけに優しくないですか?」
「なによ。私があなたに優しくするのがそんなにおかしい?」
その表情を若干不本意そうなものに変えて、マヴは軽く抗議をする。
「いえ、そうではないんですけど……あなたが私にそういう態度を見せた記憶がないので、少々驚いています」
長年の好敵手からの厚意に、相変わらず戸惑いを隠しきれないトネリコ。
そんな少女の言葉に、マヴは「はあ~」とこれ見よがしにため息を吐いた。
どうやら目の前の女はよくわかってなさそうなので──自分への感情には鈍いところがあるようだ──、ハッキリと告げることにする。
「あのねぇ、トネリコ。わかり切ったことを敢えて言うけれど───
これまで私があなた達と何度も敵対してきたのは、私がブリテンの王を目指していたからです。北の女王としての誇りゆえに、それを簡単に譲るわけにはいきませんでした」
王の氏族の長として──北の女王として、このブリテンを手に入れようとするのは彼女にとって当然のことであった。それゆえに、ブリテンに対する想いが強いトネリコ──汎人類史の自分からブリテン島の管理者の意識を受け継いだため──とは何度も対立してきたのだ。
しかし──それはもう、過去の事。
「けど、色々とあってウーサーがブリテンの王になることが決まり、私もそれを認めた。まあ、決まるまでに言いたいことは言わせてもらったけれど……一度認めた以上、それを反故にすることは絶対にしません。北の女王の誇りにかけて。
だから、今の私にはあなたと敵対する理由がないの。そもそも、個人的にあなたを嫌っているわけじゃないし。
───あなたの幸せを祝福すれど、否定するような真似はしないわ」
マヴはすでにウーサーをブリテンの王と認め、その統治に協力することを約束した。それはすなわち、トネリコとも今後は協力関係にあるということだ。
であれば、
「おー!マヴって、意外といい奴じゃん!」
「当然でしょう?持つべき情を持たなくて、北の女王が務まるわけないじゃない」
トトロットの感心する声に、マヴは自信に満ちた様子でそう答える。エインセルはその様子を嬉しそうに眺めていた。
「なんというか……今になって、あなたの新たな一面を知ったような気がします」
その厚意を受け止め──トネリコは、真摯な面持ちになる。
「北の女王からそのような言葉を頂けるのなら、私もしっかりと礼を返しましょう。
───ありがとうございます、マヴ。私達を祝福してくれて。貴女の誠意を裏切らないように、救世主トネリコはブリテン王ウーサーと、素敵な夫婦関係を築いていきます」
「ふふ、随分と仰々しいけど、悪い気はしないわね。
───救世主からの返礼、確かに北の女王は受け取りました。これから先、ウーサーと絆を深めて、ちゃんと幸せになりなさい」
そう改めて祝福した後、ほんの少しだけ発破を掛ける。
「そして、あなた達と『円卓』で力を合わせて、ブリテンの未来を切り開いてみせなさい。私達『王の氏族』も、出来る限りの協力をします。
後になって、この私に『やはり自分こそ王に相応しい』なんて言われないよう、ウーサーと精進するのよ?」
「ふふ、あなたにそう言われるのは勘弁してほしいので、全霊を尽くします」
北の女王流の応援に対し、トネリコは茶目っ気交じりの表情で応じる。
戴冠式の日を乗り越えて、様々な事が変わっていく。
それは、トネリコとマヴの関係も同様であった。
かつて何度も戦った二人は今後、このブリテンの重鎮として色々と議論を交わしながらも、共に歩んでいくことになる。
それは、本来であれば訪れなかった筈の未来で──掛け替えのないものだろう。
ウーサーがもたらした変化は、より大きなうねりとなって運命を変えていく。
そして、それは……他の氏族長達にとっても同様であった───
トネリコさんは数々の迫害を受けてきましたが、幸いにも
恐らくそこら辺の解釈は人によって分かれると思いますが、当作品ではそういうことにしています。