もし、異聞帯のウーサー君がバグキャラだったら   作:北国の放浪者

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今回は先代ムリアンと土の氏族長の登場(話の都合上、描写しない訳にはいかないため)ですが、土の氏族長は敢えて名前を定めませんでした。
理由の一つ目は、オリジナルの名前はオリキャラ感が前面に出てしまい、個人的に望ましくなかったこと。二つ目は、原作の女王歴と同じ名前の氏族長ばかりなのは不自然で、『スプリガン』という名前の使用は望ましくなかったこと。三つ目は、そもそも『スプリガン』の名称はナカムラ某のイメージが強いということが挙げられます。

今回は各氏族の動きについて触れるので、ウーサー君やトネリコさんは登場しません。


大事を前にした各氏族の動向(前編)

 

 時間が経つのは早いもので、戴冠式の日からすでに10日間が経過していた。

 

 ロンディニウムの『円卓』に各氏族がこれまで以上に協力しており、風の氏族以外のあらゆる妖精達──例え問題ある連中が多く含まれていても──が、『円卓』への貢献をしている。

 エインセルを筆頭とした鏡の氏族、ライネックに率いられる形で牙の氏族、マヴに付き従う王の氏族、そしてムリアンが治める翅の氏族など。

 

 そして当然ながら、土の氏族も例外ではない。

 

「急げ急げー!武器の制作を遅らせるなー!」

 

 『円卓』によるソールズベリー攻略を前に、土の氏族達は工房にて慌ただしく武器の制作に勤しんでいた。その職人気質を発揮し、数々の鉄の武器を生み出している。

 同時に、あちこちから血気盛んな声が飛び交う。

 

「いけ好かない風の氏族どもを合法的にぶちのめせるぞ!この絶好の機会を無駄にするな!」

「おお!俺たちの作った武器で、あいつらに思い知らせてやる!」

「前々から、あの連中は気に食わなかったんだ!上から目線で見やがって!」

 

 土の氏族と風の氏族は仲が悪く、これまで度々衝突してきた。それ故に、今回の一件で遠慮なく──元からそんなものがあったかはともかく──風の氏族を攻撃できると気勢を上げていた。

 

 そんな感じで武器の制作に取り組む妖精達を眺めるのは、土の氏族において氏族長を務める男だ。

 

 戴冠式を終えた後、彼はまずウーサーと短い会談を実施。その後、当日の夜にロンディニウムを出発し、出来るだけ日数を掛けないよう大急ぎで自らの拠点へと帰還。そして配下の妖精達を指揮し、すぐに武器の生産を開始した。

 そのように大急ぎで事を進めた結果が、今の光景である。

 

 職人気質を存分に発揮する妖精達を前に、土の氏族長はほくそ笑む。

 

(戴冠式で風の氏族がやらかしてくれたお陰で、遠慮なく奴らを叩き潰せる。今まで色々と暗躍していたようだが、今回は策に溺れたようだな。実に結構な事だ)

 

 戴冠式における出来事は、土の氏族にとって都合が良いと言える。

 とはいえ、彼は氏族長だけあって、感情に流される愚を避けるくらいの頭脳はちゃんと持っていた。

 

(あの王がどこまで苛烈な対処をするかは知らないが、流石に風の氏族を滅ぼすことまではしないだろう。それを踏まえて我々の目標は、風の氏族を大幅に弱体化させることだな。奴らの自治権の喪失()()は達成できる筈だ)

 

 観察眼が飛び抜けているわけではない土の氏族長だが、ウーサーが()()()()()()ことぐらいは分かっていた。

 もし若きブリテン王がもっと苛烈なら、楽園の妖精に濡れ衣を着せようとした女妖精をあの場で殺していただろう。また、他の一味も全員、すぐに首を跳ねていたに違いない。

 それをせず拘束で済ませたのは、あの青年なりに公正さを意識していたからだろう。

 

 ……もっとも、その後に()()()()()()()()()()()()は、また別の話であるが。

 

 戴冠式でやらかした連中の末路はお察しの通り──それぞれの役割に応じて下される刑に差はあるが──だが、ことの展開によっては別の未来も有り得た。

 

(あの場の流れによっては、『円卓』を見限って楽園の妖精を排斥することになっていただろうが……)

 

 氏族長であっても、下々の妖精達の意思を無下には出来ない。信頼といったものが根本的に希薄な妖精達の長を務めるのだから、しっかりと言い分に耳を傾ける必要がある。

 彼個人は救世主トネリコに対して特に好意的という訳ではなく、むしろ気に食わないという感情を抱いていた。ただ、積極的に排除しようと考えるほどの嫌悪には至っていない。

 

(まあ、幸いにもそうはならなかった。ならば、土の氏族はしっかりと勝ち馬に乗らなければならん)

 

 結果的に若きブリテン王が事態を収拾し、直後にやらかした連中を叩きのめした。現在の状況で土の氏族が取るべき最善の選択は、『円卓』にしっかりと協力することだ。

 『円卓』結成当初から味方した翅の氏族や、戴冠式後に全面的な協力をしている鏡の氏族、氏族長らが『円卓』と近い関係である牙の氏族と王の氏族など、これらの氏族に比べて土の氏族は出遅れてしまっている。

 ここで『円卓』に貢献し、これまでの遅れを挽回するべきだろう。

 

 そんなことを考える土の氏族長。

 続けて、風の氏族以外にも存在する反円卓派について思考を巡らせる。

 

(今後は、土の氏族にも存在する反円卓派を厳しく取り締まらねばいかんな。風の氏族の二の舞など、まっぴら御免だ)

 

 流石にそこら辺の判断は間違えない。そうでなければ、氏族長など務まらないのだ。

 まあ……下っ端の妖精達は見事に判断を間違えてしまうため、彼としては頭を悩ませるところであるが。

 

(……場の雰囲気で台無しにしようとするのは勘弁してもらいたいものだ。楽園の妖精に対して色々と思うところがあるにせよ、せっかくブリテンが安定しそうだというのに。

 土の氏族は職人気質でそこそこ信用と秩序がある分、比較的マシだったとは思うが……

 

 ………

 ………………

 ………………………

 

 ……マシだった、よな?)

 

 自分で考えながら、段々と自信が無くなってくる土の氏族長。

 いや、彼自身も楽園の妖精に対する強い警戒心はあるが、いくら何でも戴冠式でのあの扇動はないだろう。何あっさり乗せられているんだと、突っ込みたい気持ちであった。

 

 土の氏族長は決して善人ではないが、それでもブリテンが再び戦乱の時代に逆戻りするのは御免だった。

 だって、土の氏族だけ都合よく被害を免れるわけではないのだから。

 

(ああ……うん。これ以上思い出しても疲れるだけだな。引き続き、皆に発破をかけて武器の生産を続けるか……)

 

 氏族長とは、ある意味で苦労人と言えるかもしれない。

 時々、一般的な妖精と同じレベルの頭脳と酷薄さであればもっと楽に生きれただろうなあと、つい現実逃避したくなることもあるが。

 

 その場合は氏族長など務まらないし、彼も救いがたい妖精にカウントされてしまうので、やはり現状の自分が最もマシという結論に戻るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 ところ変わって、ここは翅の氏族の集落。

 

 ソールズベリー攻略を前に大急ぎで拠点に戻ったのは、翅の氏族において氏族長を務めるムリアンも同様であった。ただ、武器制作で慌ただしい土の氏族と違って、その様子は比較的に落ち着いたものとなっている。

 翅の氏族は軍事面でのアドバンテージが弱く、どちらかというと知識面でのサポートが主体となる。その労力を担うのはもっぱらムリアンなのだが、今回はウーサーや円卓情報局が高度な情報戦を繰り広げているため、現時点ではあまり出番がなかった。

 そのため、翅の氏族が現時点ですべきことは『円卓』への()()()()()()()姿()()───つまり()()()()()であり、それはすでに済ませていた。

 付け加えるのなら、力が弱い氏族なりの軍事力の提供体制も、スムーズに準備が進んでいる。

 

 なので、翅の氏族は時間に切羽詰まっているわけではなく──無論、頭はフル回転させているが──、今日(こんにち)に至る過程を振り返だけの余裕がムリアンにはあった。

 

「いよいよ『円卓』もここまで来ましたか。結成当初から協力している身としては、感慨深いものがあります」

 

 その言葉通り、彼女の言葉には深い感慨が込められていた。

 時には悪知恵を働かせることもある翅の氏族長だが、現状においてはやや情緒的な思考に浸ってしまう。

 

 ブリテンの状況は、かつてと比べて驚くほど変化していた。

 

 これまで数々の暗躍をしてきた風の氏族の反円卓派はすでに壊滅し、残るは彼らの本拠地であるソールズベリーを攻略するだけとなっている。

 しかも、当のソールズベリーは嵐によって物理的に外界との行き来が出来なくなっており、かつ彼らの能力たる『風の報せ』が封じられているという容赦のなさだ。

 

 現在のブリテンは、『円卓』の統治がほぼ確立されていた。

 

「戴冠式ではどうなることかと思いましたが、ウーサー陛下が上手く処理してくれました。お蔭で不穏分子を叩く口実が出来ましたから、結果オーライというやつですね」

 

 ムリアン的には歓迎すべき状況であった。

 氏族長たる彼女の言葉に、同じ部屋にいる側近が応じる。

 

「私も戴冠式での騒ぎは焦りました。せっかく『円卓』に最初から味方していたという立ち位置が、危うく台無しになるところでしたね」

「ブリテンの妖精は基本的に楽園の妖精を嫌悪しています。風の氏族の煽動が、ピンポイントで刺さったということでしょう」

 

 側近が零した言葉に同意しながら、ムリアンはさらに言葉を続ける。

 

「とはいえ……他の氏族はいざ知らず、知恵に秀でている筈の私達『翅の氏族』の大半が、あの扇動に乗せられるとは……

 妖精達の移ろいやすさ・楽園の妖精に対する嫌悪感は熟知しているつもりでしたが、それでもまだ認識が甘かったようです」

 

 戴冠式における同胞の振る舞いを思い出すと、翅の氏族長はため息を吐かずにはいられなかった。

 

 全く、私達妖精は一体どこまで愚かなのだろうか。

 他の氏族だけでなく自分の氏族も見せた醜態──それを思い出すたびに、ムリアンは憂鬱な気分を覚えてしまう。

 先ほど感慨に浸っていたにも関わらず、あっという間に気持ちがネガティブになっていた。

 

 側近は気遣わし気な視線を向けてきたので、安心させるように「大丈夫ですよ」と返すムリアン。

 

(もしウーサー王が毒に斃れていた場合、救世主トネリコを見捨てざるを得ませんでした。例え後味の悪い結果になったとしても……)

 

 仮定の話として、もし風の氏族の企みが成功してしまい、トネリコ排斥の空気が完全に出来上がっていたら───それを追認するしか、ムリアンには選択肢が残されなかっただろう。

 未だに楽園の妖精に対する警戒心を完全には捨てきれないとか、そういった彼女の内心は、この際関係がなかったのだ。

 

 大勢の妖精達がトネリコを糾弾した場合、仮にムリアンがそれを止めようとしても不可能だ。他の氏族はもちろん、同胞たる翅の氏族の者達も聞く耳を持たないに違いない。

 さらに付け加えると、下手にトネリコを庇えば、ムリアンだけでなく翅の氏族全体に他の氏族から敵意が向いてしまう。直接的な戦闘が得意でない翅の氏族にとって、それはあまりにリスクが大きい。

 彼女個人の思惑が別であっても、状況がそれを許さないといったことは充分起こり得るのだ。

 

(あの御方を完全に信頼したわけではないですが……それでも、そのような展開にならなくて何よりでした。

 はあ……それにしても、私達『翅の氏族』は温厚と言われていますが、今回の件から考えると正しい評価とは言えませんね)

 

 より正確に評するのであれば、『()()()()()()()()()()()()()()()()()』といったところだろう。

 かつて楽園の妖精を庇い滅ぼされた雨の氏族とは同列に語れないし、"他者への奉仕"を目的とする鏡の氏族にも及ばない。

 そもそも、翅の氏族が温厚というか争いを好まないのは、()()()()()()()()()()()()()。そのハンデを、知恵で補っているわけである。

 

 もし彼らの温厚さが善性によるものであれば───3600年前に雨の氏族を滅ぼす行為に加担しなかっただろう。

 なにせ、鏡の氏族はその愚行に関わらなかったのだから。

 

(……果たして、他にやりようはなかったのでしょうか)

 

 過去の4氏族による蛮行については、ムリアンなりに思うところがあった。例え楽園の妖精に罪を暴かれる──その罪がどんな内容か彼女は知らないが──ことを恐れたとはいえ、アレはやり過ぎだったのではと思っていた。

 

(雨の氏族を滅ぼす蛮行に関与することを決めたのは当時の翅の氏族長なので、私は直接の関係はありませんが、だからといってそれで開き直るのは流石に………

 時期を見計らって、当時の翅の氏族長に代わって謝罪するべきしょうか?ああ、でも……優れた妖精眼をもつトネリコ王妃に、形だけの謝罪など失礼でしょうし……)

 

 嘘や建前が通用しない相手なだけに、割と無視できない悩みどころであった。かつて翅の氏族が犯した蛮行に今のムリアンは全く関わっていない──何代か前のムリアンあるいは別の名前を持った同じ存在がどのような立ち位置であったかは不明だが──ので、罪悪感を持とうにも限界がある。

 ただ、『自分は関係ない』と考えるのは、彼女的にモヤモヤするものを感じた。

 

 楽園の妖精に対するスタンスが、未だ定まり切っていないムリアン。

 さて、どうするべきだろうか───

 

「……ムリアン様、どうかされましたか?何か悩み事でも」

「───ああ、いえ。ちょっと考え事をしていただけですので、ご心配なく」

 

 側近の言葉に、意識を現実へと戻すムリアン。いつの間にか長く考え込んでいたようだ。

 

 結成当初から『円卓』に協力した氏族の長として、先ほどの思考内容は捨て置いていいものではないが、すぐに結論を出すべき緊急性はない。

 もう少し状況が落ち着いてから考えることにしようと、彼女は先程の思考をとりあえず保留する。

 

「それにしても……まさか一週間で、風の氏族の反円卓派を壊滅させてしまうとは思いませんでしたね」

 

 ムリアンが悩んでいると思い、気遣いを含んだ口調で別の話題への転換を図る側近。

 深く思い詰めているわけではなかったが、気遣い自体は有難いと感謝しながら、彼女はその話題に乗っかる。

 

「ええ、それは私も同感です。まさかこんな早く摘発を終えてしまうだなんて……あまりに想定外でした」

 

 その言葉通り、ムリアンにとって想定外の早さだった。

 

 たった一週間。

 そう、たったの一週間だ。

 

 そんな短い期間で──これまで風の氏族が築き上げてきた諜報ネットワークを、完膚なきまでに壊滅させてしまった。

 

 その事実に、『円卓』に協力している身であっても戦慄に近いものを覚えるムリアン。

 

 ウーサー率いる『円卓』の組織力が、いかに凄まじいか。彼らが成し遂げたことが、如何に非常識極まることであるか。

 そのことに気づいている者が、果たしてこのブリテンにどれだけいるのだろうか。

 

 彼らの()を正しく認識している聡明なムリアンは、呑気な気分ではいられなかった。

 

「あの動きの早さは、入念な事前準備あってのものではないでしょうか?」

「それは間違いないでしょうね。ぶっつけ本番で、あそこまで素早く事を進められはしないでしょう」

 

 側近の意見に、同じことを考えていたムリアンは頷く。

 

 今回の風の氏族の一斉摘発を行うまでに、『円卓』は時間をかけて様々な下準備をしていた事だろう。情報収集および攪乱・誘導など、やれることは全てやっていたに違いない。

 物事が成功するかは、事前の準備をどれだけ済ませているかで大きく変わってくる。そこをしっかりと押さえていたという事だ。

 

 また、別の見方をするなら───

 

「戴冠式の後に、鏡の氏族が『円卓』に全面的な協力をしています。その辺りも大きいのでは?」

 

 反円卓派の摘発に鏡の氏族の未来視が使われたのではと、側近が意見を追加してくる。

 ムリアンは再び頷きながらも、今度は同意するだけではなかった。

 

「それもあるでしょう。鏡の氏族の貢献がなければ、風の氏族の摘発はもっと時間を要したとも考えられます。ただ、そう考えた場合に気になるのが、エインセルの『未来を詠む力』にどれだけ()()()があるかということです。

 果たして彼女の力は、そこまで使い勝手の良いものだったのでしょうか?」

 

「ああ……考えてみれば、確かにそうですね」

 

 上司の疑問に、側近は異論を返さなかった。

 

 もしエインセルの力の使い勝手が良ければ、これまでもっとうまく立ち回っていたのではないか。もう少しぐらい、ブリテンの争乱を止められたのではないだろうか。

 鏡の氏族の目的は"誰かを護り奉仕する"というものだ。これまでのブリテンの現実を考えたら、妖精としての目的を充分に果たせていたとは言えないのではないだろうか。

 つまり、彼らの未来視は強力であっても、使い勝手は良くないと考えられる。

 

 そこまで考えて、()()()()()()()()()()()が足りない事を実感する。

 

「はあ……こんなことなら、エインセルの状態をしっかりと確認しておくべきでした」

 

 これまでは使い勝手が悪くても、今は違うのでは?そうだとしたら、それは()()()()なのか、それとも()()()であるのか。

 そこを判断するのは、現状だと難しかった。

 

「今からエインセルについて情報収集するのは───今の段階だと、優先的に取り組むべき事ではないですね」

 

 鏡の氏族長について側近が意見を述べようとするも、話している途中で現状における優先事項ではないと気づく。

 そんな彼の様子に、ムリアンは頷く。

 

「ええ。私達が優先すべきは、『円卓』への協力を今まで以上に進めることです。それによって、今後における翅の氏族の立ち位置をより強固なものとすることでしょう。

 戴冠式後に鏡の氏族が全面的に協力している状況で、翅の氏族が労力の出し惜しみをするなど有り得ません。『円卓』に最初から味方していたアドバンテージを捨てるなど、愚の骨頂ですから」

 

 最初の説明の通り、翅の氏族は時間に切羽詰まっておらず、慌ただしく動いてはいない。しかし、怠けるつもりなど皆無であり、必要な事は着実に行っていく考えだ。

 すべては、ウーサーによるブリテン統治を完成させ、その新しい時代において翅の氏族が安寧を得るため───

 

 そこまで考えて、ムリアンは思わず苦笑する。自らの思考が妖精らしくないと感じたためだ。

 彼女は、何気ない本音をつぶやく。

 

「ブリテンが安定したら、書斎で好きなだけ本を読み漁りたいものです」

「あともう少しの辛抱ですよ。あの非常識なウーサー王なら、ソールズベリーの攻略も上手くいくでしょうし、ブリテンの皆を悩ませる災厄も何とかするでしょう。好きな事に没頭できる時間くらい持てますよ」

 

「そうですね……私の次代が気兼ねなく本の虫になれる、そんな世の中が来てほしいです」

 

 そんな想いを口にし、翅の氏族長ムリアンは改めて感慨に浸るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「───ソールズベリーへの進軍は近いらしいぞ。幸い、俺達はあそこの住人じゃあないが……それでも風の氏族に対する目は厳しいものになる筈だ。

 そろそろ俺達も、自分達の身の振り方を決めた方がいいんじゃないか?」

 

 それは、とある小さな集落における光景だった。

 さびれた家の中で、幾人かの男女がなにやら相談事をしている。

 

「まさか……オーロラ様を見限るのか!?」

「それは流石に……恐れ多くない……?」

 

 人数で言えば10人前後といったところか。各々の容姿は当然個人差があるものの、全員が人間に近い見た目をしている。

 

 その場にいるのは全て、風の氏族の妖精だった。

 

「ソールズベリーの住人じゃない俺達に、オーロラ様の味方をして何の得があるんだ?むしろ『円卓』側に付いて、ウーサー王の機嫌を取った方がよっぽど良いだろう」

「それは確かに、そうだが……」

 

 基本的に風の氏族の者達は氏族長であるオーロラを讃えており、悪感情を向ける者はほとんどいなかった。

 とはいえ、当然ながら個人差がある。

 

「各地で動いていた風の氏族の反円卓派は、どうやら壊滅したらしいぞ。風の氏族──いや、ソールズベリーの連中はもう落ち目だ。あいつらの肩を持ったっていい事なんか何もない」

「そうね。私達が同類だと思われるだなんて、考えるだけでもゾッとするわ」

 

 同じ風の氏族でも、ソールズベリーのオーロラ信者と、他の場所に住んでいる関係性の薄い風の氏族とでは、その()()()に差が生じるのは必然だった。

 

「俺もソールズベリーの奴らと一蓮托生だなんて御免だ!だいたい、前々からあそこの連中は頭がおかしいと思っていたんだよ!」

「全くだな!なにが『オーロラ!オーロラ!』だよ、自分以外の誰かを崇めて喜ぶってのがサッパリわからん!」

 

 大半の妖精の本質が、酷薄なものだ。絆を大切にする妖精と言うのは少数派で、救世主一行やロンディニウムに集まる良き妖精が例外なのだ。

 自分達の身の安全や優位性が確保されている状況ならともかく、逆に立場が危うくなるとこの通り。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()は──あっさりと打ち捨てられる。

 

「私も同感よ!あの方々の破滅に巻き込まれるだなんて、絶対にイヤ!」

「鏡の氏族のエインセルが、各氏族のさらなる協力を取り付けているらしいわ!私達も便乗したらいいじゃない!」

「ああ、その通りだ!ウーサー王に味方した方がずっと得だ!」

 

 彼ら彼女らは、別にオーロラを嫌悪し始めたわけではない。

 ただ、自分達に都合が悪くなったから、()()()()()()()を捨てただけである。

 

「「「そうだそうだ!ウーサー王の味方をしよう!勝つ馬に乗ろう!その方が絶対に楽しい思いが出来るぞ!!」」」

 

 始まりの六人から受け継がれる原罪──その魂にこびり付いた悪性を発揮する妖精達。

 

 オーロラを見限るというのは、『円卓』にとって都合が良い事である。

 ただし──見ていて不快になる光景であることも、紛れもない事実であった。

 

 

 

 

 

 

 

 ただ──ブリテン異聞帯の妖精は、何も悪い者達ばかりではない。

 9割がダメな連中でも、1割はそうではない。

 

 例えケルヌンノスの許しを得るまでに至らなくても、少数ながらある程度の善性を持った妖精がいるのは事実だった。

 

「……オーロラ様からは、危険なものを感じていた」

 

 二人の風の氏族の男女が、街外れで言葉を交わしている。

 そこに、打算の気配は存在しない。

 

「これまで風の氏族は、ブリテンで人気者になりそうな妖精を排除してきた。オーロラ様の意を汲んで……

 今の状況は、その過ちを正す機会だと言える」

 

 男性の言葉に、女性が頷く。

 

「ええ、そうね……私達の頑張り次第で、風の氏族が悪意ある者ばかりでない事を証明できる。

 エインセルの勧めに従い、ウーサー王に協力しましょう。形だけでなく、本心からの忠誠を抱いて」

 

「ああ。自分勝手な理由でなく、他者のために動こう。それが新たなブリテンで求められていることだから」

 

 それは、とても希少な光景であったが、確かにこのブリテンにおいて存在していた。

 これまでは大多数の妖精達の悪意に飲み込まれ、時には踏みにじられてきたささやかな善性であるが……

 

 これから訪れる大事を前にして、それが無駄に終わることは無い。

 

 

 




 今回は、トネリコさんと距離が近しいとは言えない氏族長について触れました。
 土の氏族長は楽園の妖精に対していい感情を抱いていませんが、状況を見て理性的に動けるだけの頭脳は持っているといった具合です。善人ではありませんが、馬鹿でもありません。
 翅の氏族長ムリアンは当初から『円卓』に協力しているのでやや距離を近くしていますが、それでも楽園の妖精に対する警戒心が完全には取れていないといった感じです。知性や倫理観があるので、彼女なりに悩んでいるといった状態ですね。

 氏族長なので、当然ながら下っ端のように刹那的には動きません。色々と頭を働かせながら動きます。しかし、下々の妖精達の意思を無視することは出来ないため、氏族長がどのような感情を抱いていようと、結果的に楽園の妖精に対して非情な判断を下す結果に行き着くのではないでしょうか。
 2021年8月の竹箒日記で触れられていましたが、ライネックでさえ各氏族に糾弾されるトネリコの味方をすることが出来ませんでした。まあ戴冠式で全てが終わってしまった後のことでしたが、例え戴冠式の場にいても「何も変わらなかっただろう。何も」とライネックは言っていたので、そういうことなのだと思います。

 ブリテン異聞帯の妖精達の愚かさと、そんな下っ端とは違う氏族長。それでも氏族長は楽園の妖精に警戒心を抱いているか、例えそうでなくても味方をするのは容易ではない。
 そういった描写のバランスが、難しいですね……

 あ。風の氏族のオーロラさんは、完全なる別枠扱いということでお願いします。


 
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