もし、異聞帯のウーサー君がバグキャラだったら 作:北国の放浪者
ちなみに前回同様、名前表記の無い妖精達が登場します。ただのモブキャラであり配役に深い意味はないので、サラッと流してください。
戴冠式からさらに日数が経ち、12日が経過した現在。
ロンディニウムの城にある大きな工房で、トネリコはいま取り組んでいる作業を終えようとしていた。
「今の段階で出来ることはこれでほぼ終わり、と……」
予定していた数量の魔術礼装を作り終えると、彼女は表情を和らげる。その顔には達成感と、ほんのちょっとだけ苦笑が浮かんでいた。
「やることが多くて仕事を急いだけれど、思ったより時間に余裕が出来ちゃいましたね」
目の前に並ぶ大量の礼装を眺めながら、よくここまで制作したものだと、つい可笑しな気持ちが湧いてくる。これまでだと考えられない量であった。
組織運営に関わったり事務作業を行ったりしていたトネリコであるが、最も多く担当していたのは先に述べた魔術礼装の制作だ。それはウーサーのアイデアを取り入れた特別なものだけでなく、大量生産を前提とした簡易的なものも含む。
しかし、その簡易魔術礼装の制作は彼女が単に魔術師としての力量を発揮しただけではなかった。
それを可能としたのが───
(ウーサー君が理論を構築してグリムが実装した、魔術礼装の生産設備。ここ10日間稼働させたけれど、本当に凄まじい……)
そう、若きブリテン王によって実現したこの生産設備だ。簡易的な魔術礼装を短時間で大量に生産するためのもので、個人の手作業と神秘を使いこなす力量に左右されていた生産性を、設備による自動化──術式を活用しているので機械化とは異なる──によって強化したわけだ。
あの男は、またやらかしていたのである。
この生産設備、トネリコとすこぶる相性が良かった。設備には複雑な術式が組まれているものの、トネリコからしてみれば全然大したものではない。彼女はその手腕を発揮して、設備を存分にフル稼働させていた。その成果が、目の前にある大量の礼装だ。
そのあまりの生産性に目にした当初はドン引きしたくらいだ。技術のブレイクスルーとは実に恐ろしい。
ちなみに補足しておくと、10日間で制作した礼装はこれが全てではない。すでに『円卓』の騎士達や善良な妖精達に配布されており、また全面的な協力をしてくれている鏡の氏族にも提供している。そのため、総生産量はもっと多いのだ。
抱えていた仕事を終えたトネリコであるが、少々困った気持ちになる。
(まさかソールズベリー攻略を控えた大事な時に、手が空いてしまうとは……)
今のところ、組織運営や事務関係で彼女がやらなければいけない仕事はない。軍事関係については主にウーサーとライネックが主導しており、ソールズベリー攻略の準備は順調に進んでいる。進捗についてはしっかりと確認しているし、彼女がこれ以上関与すべきことはなかった。
むしろ、何でもかんでも関与するのは良くない。仕事の流れや指揮系統を乱してしまうからだ。それぞれに役割分担というものがある。
そんなことを考えながら──トネリコはふと、友人について思考が向く。
(そういえば……エインセルは今頃、城に到着した鏡の氏族の妖精達と会っているはず)
今日の朝、鏡の氏族の援軍がロンディニウムに到着しており、その代表者三十名少々が城へと入場していた。当然ながら、氏族長たるエインセルは皆を出迎えにいっている。
本来であれば彼らが郊外に到達した時点で出迎えたかったようだが、間の悪いことに取り組んでいる仕事が忙しくてその場を離れられなかったのだ。その結果、城の中で顔を合わせることになったのである。
トネリコの口から、つぶやきが洩れる。
「鏡の氏族、か……」
"誰かを護り奉仕する"と言う目的を持った氏族。自分を育てた雨の氏族と同様、穏やかな性格をした妖精達。
かつて雨の氏族が同盟を結んだ他の氏族に滅ぼされた際───鏡の氏族は、唯一その同盟に加わらなかった。その点だけでも、トネリコにとって大きな違いだ。
故郷を滅ぼされた当時の彼女はやさぐれており、雨の氏族以外の妖精はみんな嫌いであった。しかし、冷静になった今では、鏡の氏族をそこに含めるのは公平でないと考えている。
(良い機会だ。エインセルと親しくなったのだから、氏族の者達とも言葉を交わしてみよう)
以前には「もう妖精達に希望を持つのは止めました」とウーサーに語っていたトネリコであるが、色々とあって心境に変化が生じていた。
もちろん、エインセルが好ましい性格の妖精だからといって、氏族の他の者が皆そうであるとは限らない。だが、彼らの妖精としての目的や、雨の氏族の討伐に加わらなかった事を考えると、じっくりと言葉を交わす価値はあるだろう。
楽園の妖精に対する警戒心はあるだろうが、それは幼い彼女を拾ったばかりの雨の氏族も同じであった。鏡の氏族の性質を考えれば、乗り越えられないことはない。
「よーし、そうと決まれば後は行動あるのみ!すぐに伺うとしましょう!」
仕事を終わらせたためか、トネリコはテンション高めにそう宣言するのであった。
「エインセル、お疲れ様!元気そうで何よりだ!」
ロンディニウムの城へ入場してきた三十名少々のうちの一人が、前方にいるエインセルへと声をかけた。その声は親しみが込められており、旧知の間柄であることがわかる。
声を掛けられた鏡の氏族長は、声の主とその一行に花が咲いたような笑顔を見せる。
「みんな久しぶりー!かなり急いでこっちに来てくれたけど、長旅の疲れは大丈夫!?」
一行へと駆け寄るエインセル。そんな彼女に同じく笑顔を向ける同胞───鏡の氏族の妖精達。
彼らは、大事を前にしてロンディニウムへとやってきていた。
「若干は疲れがたまっているけど、1日ゆっくりすれば大丈夫だ。そこまで体はなまってないさ」
「そうそう。むしろロンディニウムに到着してから高揚感で一杯かな。だから、疲れなんて気にならないよ」
「そっか。良かった良かった!みんなも気力充分だね!」
移動の疲れなど些細な事だという皆の様子に、頼もしさを覚えるエインセル。
「私達みんな、あなたの活躍は耳に入っている。ウーサー王との協力関係は上手くいっているようだね」
明るいエインセルの様子に、嬉し気な口調で言う氏族の妖精の一人。それを受け、エインセルは朗らかに答える。
「どこまでお役に立てるか、自分でもちょっぴり心配だったけど……何事もやってみるものだね。思いのほか大活躍できてるかなー。
──って、自分で大活躍と言ったら自画自賛だよ!?あわわわ」
口走ってから、慌てだすエインセル。気心の知れた氏族の者達との会話で、彼女の抜けているところがより表に出ていた。
そんな自分達の氏族長を、微笑まし気に見る鏡の氏族の者達。春のような暖かな雰囲気だ。
彼女達のやり取りは、あまり上下関係を感じさせずフランクなものである。公の場ではある程度取り繕うが、氏族内での会話はこんな感じだ。
このような関係性となったのはエインセルの人柄もあるが、これまで鏡の氏族が味わってきた境遇も要因としてある。苦労を重ねてきたがゆえに、助け合いで心の距離が縮まってきたのだ。
顔を赤くしていたエインセルであるが、とりあえず気を取り直し、皆を見回しながら労う。
「私だけじゃない、みんなも凄く頑張っている。氏族の長として───ううん。同じ仲間として、凄く嬉しいよ」
自分だけでなく皆も同じ方向を向いているというのは、彼女にとって心強い。言葉には万感の想いがこもっていた。
エインセルからの労いを受け、皆は暖かい気持ちを抱きながらここ数日を振り替える。
「他の氏族の妖精達、ビックリしていたわよね。『鏡の氏族に何があったんだー!?』って」
「ここ数百年間の俺達って、かなり消極的だったからな。あの反応も無理はないだろうさ」
ついこないだまでの自分達を思い出し、しみじみとした口調になる鏡の氏族の妖精達。その様子に、氏族の長であるエインセルも「そうだね」と共感を示す。
現在、エインセルだけでなく鏡の氏族の一般的な妖精達も、以前とは見違えるほど精力的に動いていた。自分達の氏族長だけに負担を掛けるわけにはいかないと、各氏族が『円卓』にさらなる協力をするよう図らっている。自分事として考えない者など皆無であった。
今が大事な転換期であるというのは、鏡の氏族にとって全員の共通認識だ。ウーサーが運命を覆した事実は、鏡の氏族にとってそれだけ大きな意味を持っていた。
鏡の氏族の協力内容は、『円卓』と各氏族の関係強化だけではない。彼らの兵力がロンディニウムに到着していたが、その数はなんと5000人である。彼らが出来る限りの大盤振る舞いであり、元からそういう役割を持った妖精だけでなく志願者も多くの含まれていた。
エインセルが『円卓』への全面協力を決断したのは戴冠式の翌日だから、わずか11日という短い期間で、旅団規模の人数を集めてロンディニウムまで移動してきたわけだ。元から街の防衛に従事していた妖精達がいたとはいえ、驚異的な早さだろう。異常と言っても過言ではない。
いかに鏡の氏族が強い決意で挑んでいるか、よくわかるというものだろう。
元々、国軍の体勢に鏡の氏族はほとんど組み込まれていなかったが、その状況は大きく変わった。この兵力はソールズベリー攻略における国軍の主力本体──つまりウーサーが直接指揮する軍団に組み込まれる。それによって、主力本体の規模はさらに強大となるのだ。
鏡の氏族は『誰かを護り奉仕する』という目的を持つ妖精だが、だからといって融通の利かない不戦主義者の集団ではない。話し合いで解決しない事など幾らでもあり、自衛を目的とした武力の必要性は心得ている。もちろん、そんな現実に思うところは多分にあるだろうが。
今回はブリテンの未来を決める大事な時なので、本来は戦いを好まない彼らが、決意を胸に多く参加することになったわけだ。
この鏡の氏族の動きを『ウーサー王に取り入っている』と警戒する妖精もいたが、現状では少数派だ。鏡の氏族がこれまで築いてきた
「しかし、エインセル……話には聞いていたけど、凄まじい力の上昇ぶりだな……」
そして、変わったのは行動だけではない。鏡の氏族長エインセルの
彼女から感じられる魔力の強さは、単なる氏族長のそれではない。
氏族の者の言葉に頷き、エインセルは語る。
「うん。こないだ連絡した通り、今の私は『ウーサー陛下の眷属』だから。あの方から眷属化の提案をされた時、氏族長としてどうするか迷ったけど……陛下の目指す方向は間違ってないと思ったから、その提案を受け入れたんだ。
………ここまでパワーアップするのは、流石に予想外だったけど」
途中まで真面目な語り口のエインセルであったが、最後の方になると遠い目をせずにはいられなかった。彼女自身、自らの力の上昇っぷりにビックリしていたからである。
眷属化した当時には、喜ぶよりも顔を引きつらせてしまったくらいだ。というか、今でもやや現実感がなかったりする。
「未来を覆したウーサー陛下の凄さは、わかっていたつもりだったけど……まだまだ認識が甘いエインセルなのでした」
「まあ……そこまで強くなれるなんて普通思わないわよね」
「あー、そうだよなあ……」
その場にいる皆が揃って遠い目をする。全員がそのような反応をしてしまうのは、無理からぬことであった。
エインセルの強化具合は、マジでシャレにならないレベルだったのだ。普通に亜鈴返りと同格あるいは凌駕する戦闘力を身につけており、上級妖精が束になろうと何の苦もなく蹴散らせるだろう。それどころか、妖精の軍を相手にしても戦えるくらいだ。
そして、何よりも特筆すべき点は───
翅の氏族長ムリアンとその側近が話していた通り、反円卓派の摘発が一週間で終わったのはエインセルの貢献が大きく影響していた。そして、翅の氏族の2人が考えていた"エインセルの未来視にどれだけ自由度があるか"という疑問に対する答えは、『ウーサーの眷属になって強化されました』というのが答えだ。
ここでもあのバグった王様が関係していた。もはや何でもありと言えるだろう。
「思い切った事をすると思ったが……まあ、異論はなかったけどな」
「そうだな。今は重要な時だから、決断を躊躇ってはいけないだろう」
エインセルを慕っている氏族の者達は、彼女の決断を尊重していた。事ここに至って、異論を唱える者はいない。
少女は皆の言葉に感謝しながら、改めて決意を述べる。
「うん。今はブリテンの未来が変わる、とても大事な時だからね。だから決めたんだ」
今の彼女は、かつて諦観を宿していた頃の彼女ではない。
そして同時に思う。あの頃の自分には、もう戻りたくないと。
「私はこのまま、前へと進む。もう……悲劇ばかりのブリテンは嫌だから」
だから決めた。ロンディニウムの『円卓』に、全てを掛けると。
一点賭けなど本来ならあまりにもリスクが大きいが、氏族の者が言った通り今は決断を躊躇ってはいけない時だ。この機会を逃したら、自分達の苦悩が晴れることは永遠にないだろう。
そう──この機会を逃したら、永遠にないのだ。
無論、ソールズベリー攻略において一切の血が流れないという事はないだろう。どのような経緯をたどるにせよ、犠牲者ゼロというのはあり得ない。
それでも、彼女は進むと決めた。
鏡の氏族長エインセルは、もう迷わない。
「エインセル。街に残ったミラーから伝言」
「ミラーから?」
そして、前へ進むと決めたのはエインセルだけではない。氏族の者達もだ。
「『みんなの帰る場所は、残った私達が守る。だから、エインセルは自分のやるべきことに集中して』」
「ミラー……」
ああ──自分はなんて、仲間に恵まれているんだろう。
街に残った氏族の者──ミラーの伝言を受け、エインセルは静かに目を閉じた。
理解ある仲間の言葉を心に刻み、しっかりと自らの魂に染み込ませていく。
(ありがとう、ミラー。あなたの言葉は心強い)
「───そう言ってもらえたら、もう怖いものはないよ」
目を開けて、宣言するエインセル。それを聞いた氏族の者達は、皆一様に頷く。
その場にいる全員が、より一層決意を固めるのであった。
さて、ちょうど話に区切りがついたところで。
氏族の者の一人がエインセルの前に歩み出て、その口を開く。
「エインセル。一つ頼みがある」
「頼み?それはどんな内容かな、ポーチュン」
エインセルは頭に疑問符を浮かべながら、その妖精──ポーチュンに問いかける。
彼には、かねてより確かめたい事があった。
「以前から気になっていた救世主トネリコ……彼女とじっくりとひざを突き合わせて話をしたい」
それは、楽園の妖精であり長い間救世主として活躍してきたトネリコの人となりを知る事である。
ブリテンの妖精が彼女に感じている後ろめたさの是非──それを対話によって見極めたかったからだ。
「ええ!?トネリコさんと!?今はソールズベリー攻略を前にした大事な時なんだけど……」
だが、その要望にエインセルは難色を示す。この忙しい時期にトネリコの時間を多く取ってしまうのは気が引けたからだ。
それでもポーチュンは引き下がらなかった。強く自己主張しているわけではないが、簡単に意見を曲げもしない。
「エインセルの言うことはわかる。だが、お前が信じた救世主の人となりを、戦いの前にぜひ詳しく知っておきたいのだ」
「うーん……顔合わせならともかく、じっくりと話すのは流石に時間の都合上───」
「構いませんよ。それぐらいの時間はありますので」
「トネリコさん!?」
唐突に聞こえたトネリコの声に、エインセルは驚きの声をあげる。救世主の少女は自分の仕事──魔術礼装の作成、組織運営の調整、または事務仕事など──に取り組んでいて、今は手が離せないと思っていたからだ。
周りの妖精達はというと、「おお、救世主トネリコだ!」と賑やかになる。この場で楽園の妖精だからと嫌悪を示すような者はいない。中にはかつてトネリコに良い感情を抱いてなかった者も一部いた──ポーチュンはその一人だ──が、事ここに至ってそのような感情に囚われるべきでないと、例外なく認識していた。
それはまさに、鏡の氏族が他の氏族とは違う事の証明であろう。
その光景をトネリコは新鮮な気分で──あるいはどこか懐かしそうな眼差しで眺めていた。
そして、彼女はすぐに表情を改め、申し訳なさそうに口を開く。
「すみません。勝手に話を聞くつもりはなかったのですが、耳に入ってしまったので……こうして口を挟ませていただきました。
意図していなかったとはいえ盗み聞きするような形になってしまったことを、謝罪いたします」
そう言って頭を下げるトネリコに対し、エインセルは慌てて「いえ、どうかお気になさらず」と言って彼女を気遣う。
「あの……本当にいいんでしょうか?」
エインセルが時間の都合を心配して問いかけるも、トネリコは穏やかな表情で「大丈夫ですよ」と返してくる。
「私がすべき事は概ね済ませました。国軍の様々な準備についてはウーサー君とライネックが主導しているので、実は思っていたより時間に余裕ができまして。だから、そちらの方とはもちろん、皆さんとも言葉を交わす事に支障はありません」
「そうでしたか……トネリコさんの仕事ぶりは凄いです。私だとここまで早くは出来ません」
トネリコの素早い仕事ぶりに感心するエインセル。改めて凄い人だなあと実感していた。
そして、落ち着いた口調で述べる救世主の姿を目にしたポーチュンはというと、感心したように口元を綻ばせる。
「なるほど……一体どのような人物かと思っていたが、あなたは只者ではないようだな」
「初見でそのように言っていただけるとは光栄です」
見定めるような目を向けるポーチュンに対して、不敵な笑みを浮かべるトネリコ。
「それでは、この目と耳で確かめさせてもらおう……救世主トネリコの神髄を」
「ふふふ……望むところです。私のブリテンにかける想いを語ってみせましょう」
トネリコは全く臆することなく、威厳タップリに応じる。
長年にわたり救世主をしてきただけあって、その振る舞いは様になっていた。伊達にブリテン異聞帯という魔境で走り続けてきたわけではない。
その光景を見たエインセルは、トネリコに尊敬の眼差しを向けながら感嘆の声をあげる。
「ト、トネリコさんから凄い気迫が伝わってきます……!これが救世主の神髄!幾たびもブリテンの災厄を退けてきた御方の存在感!
私はまだまだ、この方の偉大さを理解しきれていませんでした!なんという凄まじい威厳でしょう……!
顔を赤くして床を転げ回っていたのが嘘みたいです!!」
「ナチュラルに私のカリスマを破壊するの、勘弁してほしいんだけど!?」
天然気質を発揮して暴露される数日前の出来事に、トネリコは反射的に突っ込みを入れる。顔を赤くしながら、割と切実に顔を引きつらせており、せっかくの救世主としての威厳が台無しであった。誠に哀れである。
そんな哀れな少女に、周囲の鏡の氏族達は物凄く同情的な視線を向ける。かつて氏族の妖精がここまで良心的な眼差しを向けたことがあったであろうか。ロンディニウムに集まった妖精以外はなかっただろう。
ポーチュンはというと、救世主の名誉を慮ってどう口を開くべきか迷っていた。見定める筈が可哀そうに思ってしまうとは一体どういうことだろうか。彼の慧眼(?)を持ってしても、この展開は見抜けなかった。
自らの失態に気づいたエインセルがトネリコに平謝りしたのは、まあ言うまでもないだろう。
鏡の氏族の援軍が到着して3日後。つまり、戴冠式から数えて15日が経過していた。
ソールズベリーを攻略するための国軍の体勢は整い、後は細かな調整を残すのみだ。ブリテンの未来を決める
ロンディニウムには大事を前にした緊張感が漂っていたが、この国の主であるウーサーは変わらない。
「ああ、我が友ライネック。誇らしき朋友よ。変わることのない驚嘆すべき仕事ぶりに、僕は誇らしい気持ちで一杯だ」
今日も今日とて、偉大なるブリテン王は絶好調であった。ソールズベリー攻略を前に多忙を極めていたが、疲労によるスタンスの変化など全く起こり得ないのだ。
「……とりあえず、現時点では何も言わん。何も言うまい……いつかは、腹を割って話さなければならんだろうが……」
そんなウーサーに対し、極めて不本意ながらも忠臣かつ親友という位置づけになった──正確にはされてしまった──ライネックは、眉間に皺を寄せながら言いたことをグッと飲み込む。認めたくない現実だが、相手が本気で賞賛しているのは理解していたからだ。
とはいえ、ソールズベリー攻略を終えた後にこのバカ野郎とは決着をつけなければと、固く決意していたが。
「ふふふ、逆賊達を成敗した暁には、じっくりと杯を酌み交わそうじゃないか。永遠の友情を誓う──否、再確認するための杯だ。ああ、今からとても楽しみだな」
もちろん、このバカ野郎──失礼、偉大なるブリテン王ウーサーは、そのようなライネックの決意で揺らぐことはない。まあ、そもそも伝わっていないのだから当然だが、伝わっても結果は変わらなかっただろう。
亜鈴返りの排熱大公は、盛大にため息を吐く。
「最近、言葉というモノの存在意義について深く考えてしまう……何故こうも、こちらの意図が伝わらんのだろうな……」
「ライネックは哲学者だな。我が友の知性に、僕は大いなる尊敬の念を覚えずにはいられない」
「ああ、うん。お前が本気で言っているのは、よーくわかっている……目を逸らしたくて仕方ないが……」
もう自分に友情を向けてくるのは仕方ないと諦めたが、その向け方をもう少し考えてもらえないだろうか。トネリコを幸せにするという点で信頼しているし、凄くいい奴なのは百も承知だが、何故こうも頭のネジが飛んでいるのだろう。
ああ、すでに何度も考えたことだな。無益な思考に労力を費やすのは止めにしよう。
いつか腹を割って話し、わからせるのは決定事項だがな!
そう思いながら、ライネックは頭を切り替える。何度も繰り返したことなので、もう慣れたものであった。
「ソールズベリーに巣くう逆賊共を討伐するための準備は整った。もうすぐ進軍を開始できる。お前があの街に仕掛けた嵐の壁はあと半月、『風の報せ』の妨害術式は1ヶ月半維持できるから、国軍が現地に到着しても術式は終わらないな。仕事を急いだ甲斐があるというものだ。
まったく、いくら氏族長を務めてきたとはいえ、元々は頭脳労働が苦手だった俺が、よくここまで大規模な組織運営に取り組めたものだ。マネジメントスキルが格段に向上してしまったぞ」
ここ数日だけでなく2~3ヶ月体験してきた苦労を思い出し、呆れ混じりの感想を漏らす。
氏族の長として部下を動かす事はしてきたが、『円卓』における組織運営は初めての事ばかりであった。当初は戸惑いが多く頭を抱えることもあったが、任された以上はいい加減に終らす事など論外だ。彼は強い決意でもって職務に挑み、そして見事にやってのけたのである。
その元凶たるウーサーであるが、彼は当初から何の心配もしていなかった。
「ライネックなら出来ると信じていたからね。そして君は見事にやり遂げた。僕の判断は間違っていなかったわけだ」
「よく俺の手腕を信じれたものだな。牙の氏族は、頭脳労働より肉体労働の方がずっと得意だというのに」
青年の言葉に、やはり呆れの色を見せる牙の氏族長。その信頼は一体どこから湧いてくるのか、いつも頭を捻ってしまう。まあ、向けられて嬉しくないわけではないのだが。
「国軍の中で、牙の氏族は攻撃力に秀でた師団だ。それ故に、今回の戦いにおいては先陣を務める事になる。逆賊共の気勢を挫くのが奴らの責務だな。
……しっかりと、その役割を全うしてもらいたいものだ」
そう語るライネックであったが、言葉の最後にはやや憂鬱な感情が込められていた。その後にため息をついてしまう。
牙の氏族長がそうなる原因に、ウーサーは心当たりがあった。
「ところでライネック。随分と部下たちに
青年が振った話題に対し、ライネックは思い出すのも不愉快だといった風に鼻を鳴らす。
「ふん。戴冠式で風の氏族の扇動に流されて、トネリコを糾弾していたようだからな。信じるべきは誰であるかを、徹底的にわからせたまでだ」
自分に叱責されて縮こまる部下達の姿を思い浮かべながら、牙の氏族長は苛立ちを露わにする。
「牙の氏族は、あの時点ですでに国軍へと組み込まれていた。そう、組み込まれていたのだ。ブリテンの王であるお前はもちろん、その王妃たるトネリコにも忠義を示さなければならん。それが例え、本心からのモノでなくてもな……
だというのになんだ、あの
思い出しているうちに怒りが再燃してきたのか、荒々しい声を出すライネック。自然と、拳が強く握りしめられる。
脳裏に浮かぶのは、みっともなく言い訳する部下たちの有様であった。
いや~、周りの奴らが騒いでるから、つい本当なんじゃないかと信じちゃいまして……
そ、そうなんですよ!救世主トネリコ、ああいや王妃様は何と言いますか……楽園の妖精だから、充分に有り得るとおもった次第で──いえいえ、今はそんなこと思ってないですよ!?
王妃様はこのブリテンの立役者ですから、悪事なんか働く筈ないと信じております!悪いのは風の氏族の奴らと、それに騙されて先に騒いだ奴らです!
そうですよ!我々はつい乗せられただけで、別に悪くはないんです!むしろ被害者と言っても過言では───
貴様ら……そんなに俺を怒らせたいのか!?
ひ、ひいいいぃぃぃぃ!?
スイマセン、スイマセンッ!
どうか、お許しをぉぉ!
ギシリと固い物の擦れる音が響く。ライネックが歯ぎしりをしたのだ。
いま脳裏に浮かんでいた部下たちの醜態は、彼にとって実に許し難いものであった。
彼は額には血管が浮かび上がらせ、憤怒の形相で叫ぶ。
「あいつらは今まで何を見てきたのだ!?『円卓』の統治機構を盤石にするため、氏族長たる俺が多忙を極めていたというのに!まさか冗談抜きで、奴らは体を動かす事しか能がないのか!?
もし俺が遊んでいるように見えたのだとしたら、この手で殴り殺してやりたいくらいだ!!」
頭妖精というのは、ああいうのを指すのだろうか。実に嘆かわしい限りであった。大事の前でなければ、時間をかけて徹底的に再教育するところだ──それが成果につながるかは、当人も自信がなかったが──。
ウーサーの依頼もあって、国軍の組織構成をより盤石にするため代理を立てて戴冠式を欠席したが……あんな事が起こるなら何が何でも出席すべきだったと、ライネックは強く思っていた。
まあ、彼にその仕事を任せた当人が圧倒的な強さで事件に対処したから、事は丸く収まったが。
部下達への怒りに震える友の姿に、ウーサーは心からの信頼の眼差しを向ける。
「そうか……やはりライネックは頼もしい。氏族の長である君がトネリコの味方をしてくれることが、彼女にとってどれだけ有難いことか。
王が自らの妻を大切にするだけでは足りない。ブリテンの妖精による支持は必ず必要だ」
基本的にブリテンの妖精からは嫌悪されてしまうトネリコだ。味方は出来るだけ多い方が良いし、それが氏族長であればとても心強い。
ライネックに対しては、どれだけ感謝しても足りなかった。
「改めて礼を言おう、ライネック。君がトネリコの仲間で、本当に良かった」
そんなウーサーの言葉に、ライネックは感じ入るように目を細める。
「……いや、礼を言うべきは俺の方だろう」
排熱大公たる男は、意地など欠片もない誠実な態度で言葉を返す。
「お前がトネリコの守護者となってくれて、とても助かっている。これまでは氏族長という立ち位置から、表立ってあいつの味方をする事が難しかった。そんな
結局、放り投げたとしても事態の改善には繋がらないから、現状維持しか選択肢は無かったが……」
もし、ウーサーや『円卓』という後ろ盾がない状態でトネリコが各氏族から一斉に糾弾されたら、ライネックであっても彼女を助けられなかっただろう。彼が氏族長としての立場を捨てて命がけで庇っても同じだ。トネリコと一緒に排斥され、余計に事態は悪化していたに違いない。
だが───その後ろ盾は健在だ。
「もうそんな縛りを気にする必要はない。お前のお蔭で、俺は気兼ねもなくトネリコの味方をすることができる。あいつのために、配下の者達に断固たる姿勢を示せるのだ。
……そのことを、心から感謝している」
ウーサーがこうして健在であることが、トネリコだけでなくライネックにとってもどれだけ助かっていることか。
目の前の青年に色々とモノ申す排熱大公であったが、しっかりと感謝の念は抱いていた。
その感謝を受け、ウーサーは珍しく照れた表情を見せる。若者らしい顔つきだ。
とはいえ、彼にしてみれば自分だけの功績だとは思っていない。
「僕だけでなく、鏡の氏族の存在も大きい。エインセルや氏族の者達が、『円卓』だけでなく
「あれは、大きく出たと思ったな。エインセルはああ見えて、かなり大胆な氏族長なのかもしれん」
かつての諦観を宿していた姿が嘘であるかのように、エインセルは積極的に動いて『円卓』に貢献していた。彼女だけでなく、その配下の氏族達も活発な動きを見せている。
秋の戦争で『円卓』と敵対したのが腑に落ちなかったが、戴冠式後の全面的な協力から本意でなかったことがわかる。今の状態こそ、鏡の氏族の本懐なのだろう。
「鏡の氏族の一部には、かつて楽園の妖精であるトネリコに良い感情を抱いてなかった者もいたけれど、お互いに顔を合わせてじっくり話し合ったらわかってもらえた。中には彼女に強い信頼を向けてくれる者もいたから、上手い方向に納まったと思う」
ウーサーの話を聞いたライネックは、その『強い信頼を向けてくれる者』に心当たりがあった。
「確かポーチュンという名だったな。『私だけでなく次代ともども、トネリコ様に忠誠を誓います!』とか言っていたが……お前に対してより強い忠義を向けているように見えたのは、気のせいではあるまい」
「僕としては歓迎すべきことだね。僕の妻だからという理由ではなく、トネリコの人柄に感銘を受け、彼女に忠義を向けている。これはとても良い事だ」
「そうか……ああ、そうだな。あいつ自身を慕うものは、出来るだけ多い方がいい」
これまで排斥されてきたトネリコの境遇を思うと、ウーサーの意見に異論は無かった。
牙の氏族や鏡の氏族に関する会話をしたことで、ライネックは他の氏族についても意識を向ける。
「改めて振り返ってみると、やはり氏族間で違いはあるものだな。まあ、鏡の氏族と王の氏族以外はアレだが」
ライネックの言葉を受け、ウーサーは戴冠式における各氏族達の振る舞いを思い出しながら簡単に整理する。
「風の氏族が扇動し、それに土と牙と翅の3氏族がアッサリと乗せられた。王の氏族はそこまでいかずに戸惑っていたが、疑心暗鬼には駆られていたよ」
「妖精である以上、移ろいやすさと無縁ではいられないからな。王の氏族も例外ではない」
他の氏族と違って王の氏族はマシであったが、妖精としての性質から扇動に対して平静を保つのは難しかった。
望みの指向性が定まっていながら、同時に移ろいやすくもある。妖精の厄介なところだ。
と、そこへ───
「ライネックの言うとおりね。そこは北の女王としても悩ましいところだけど、妖精である以上は解決が難しいでしょう」
王の氏族長マヴが、二人の元に訪れた。
話の進行が中途半端ですが、ここで一旦切らせていただきます。この続きは後編にて。
書き始めた当初は今回の話を後編にする予定でしたが、話がまとまり切らなかったので中編となりました。
サラッと登場した名前有りモブキャラ(おい)であるポーチュンですが、当然ながら先代です。話だけ出てきたミラーもそうですね。
原作本編のポーチュンですが、よくよく考えたらウェールズの森でガレスを見た際にエインセルであると気づかなかったんですよね……ひょっとしたらエインセル時代の彼女はその姿が違ったか、あるいは顔がわからない格好をしていたのかも。仲間に対して顔がわからないようにする必要性が思いつかないので、姿が違った可能性の方が高いと思いますが。
まあ、当作品において登場している先代エインセルは、ガレスをほんの少しだけ大人びさせた感じの容姿となっています。仮に原作と違うのだとしたら、歴史が細かいところで変わっていると辻褄を合わせてください。
ちなみに、当初は鏡の氏族による援軍を10000人と師団規模にするつもりでしたが、書き始めた段階で「流石に短期間では無理があるなあ……」と考え、5000人と旅団規模に押さえました。まあ、この規模であっても異常な早さだと思いますが。人間社会でなく妖精文明であるとはいえ、実現可能であるかの是非はあるでしょう。
細かい設定を突っ込まれるとボロが出そうなので、どうがサラッと流してください(苦笑)