ブルーレイブN.T.こと埜本豊和は夢を見ていた。
より正確に言うならば肉体に宿った魂の残滓が、自分の願いが叶った世界線からやってきたもう一人の自分である幻影と自分を重ねていると言えばいいか。
彼は幼き日にテレビで見た陸上の短距離走に深く感銘を受けてはその日から走り始めた。中学で陸上部に入っては大会でかなりの成績を収めては高校も推薦に入り、ますます力を高めていった。が、同時に負担が掛かり故障をしてしまい、二度と陸上ができない身体になってしまった。
その故障が起こらなかった、あるいは故障に関して上手く付き合いながらも活躍し、まだ続けられていた世界線の自分の夢を見る。
風を強く切る。トラックの大地を駆け出して、隣並び立つライバル達と熱き闘争心を互いにぶつけ合いながら数百メートルの距離を切る。
そんな懐かしくも、恋焦がれた青き春の日々。豊和が望んでいたもの。
走る、奔る、迸る、疾風る。
彼にとってはそれが全てだった。彼の世界はそれがあって当然でそれがなくては生きていられないもの。鳥が空を飛ぶように、魚が水の中を泳ぐように、走りこそが彼の生きがいなのだ。
走れなくなって、ずっと悪い夢を見ている気分だった。忘れようと別の何かで心に空いた穴を必死で埋めようとしていた、娯楽、物欲、食欲、酒、女。だが、それでも彼のぽっかりと穴を埋めるようなものは何もなかった。
走りたい、奔りたい、迸りたい、疾風りたい!
その欲求ばかり募っていった。
恋焦がれる、乙女のように。初恋を忘れられない、女々しい男のように。
彼は走ることを愛していた。
夢よ続け、醒めることなく永遠に。
そう、肉体にこびり付いた魂の残滓が湧き、高ぶり、跳ね上がり、叫んでいる。
いつまでもどこまでも、この高揚感に浸っていた!
もう二度と手放したくない!
―――《弾弦・九足》!
ぞわっ、と何か悪寒がした。
本来なら完全に自我と感情が消え、精々肉体にこびり付いた魂がその肉体に宿った夢を見る程度にしかない無意識の意識程度の彼の肉体が、恐怖を覚えるどころか、何かを感じ取ることはない。あるとするならば、それは肉体の反射でしかない。
人間が熱したお湯を触れた時に反射的に身を引いてしまう程度のそれ。
目の前の現実に違和感を覚えたのだ。
主の命令によって下された、朱月を先に通して、行動を共にしていた者を排除せよ。という命令され、何度も叩きのめしてきた排除対象。
何度も蹴り飛ばし、何度も踏みつけてきた。多少速い動きができる相手、どんな方法かは不明であるが加速もしてくる、けれど速さが増す度に動きが単調になっていく。
何の脅威でもない自分の速さに上回ることはない。
厄介なのは何度攻撃してきても頑丈さ、……それとずっと不気味に壊れたように嗤っていることくらいか。
もし、まだ正常に自我と感情があったならば、敵対する相手が何度蹴り倒しても立ち上がっては嗤って襲い掛かってくるのに対して精神状態に恐怖心を抱いただろう。
人形である彼は通常なら感じる恐怖の感性はないが、機械的な思考で『なぜまだ倒れない』という不可解な疑問を抱く。
―――《弾弦・十足》!
彼の魂の残滓は思い出す。
過去一度だけ、陸上をやっていて本気で恐怖を覚えた彼の事を。
赤みのある焼けた肌の九州訛りで話す、一つ下の後輩。才能こそあったが少し生意気なところが体育会系特有の上下関係の厳しさを教える意味で対決することとなった。
ソイツは長距離専門だったが、構わず豊和は自身の分野である短距離走で勝負した。軽くイジメてやる程度の体育会系にはよくある歓迎の意味を込めた洗礼と後輩とのスキンシップのつもりだった。
圧倒的な差で突き放されて敗北した。
短距離走と長距離走の違いはスピードをどこまで維持できるかどうかだ。短距離走は数百メートルを走り切るためにスタートダッシュの初速をどこまで維持して走り切るかどうか、最速を体力使い切ることが必要な技術。反対に長距離は長い距離を走り切るためにスピードより体力配分に気を取られてしまう。
スポーツをやっているものには分かるが、そのスポーツをやるためだけに筋肉や骨格がそのためのものに作り替えられてしまうものだ。
簡単に言えば、長距離走の人間は基本的に本気で走ることができない。短距離走で短距離の人間に勝つことができないのだ。
だが、負けた。ただ接戦して負けただけならば『凄い新人が入った』の一言で自分と周囲を誤魔化すことができた。少し調整不足だっただけでもう一度やれば負けない、少し情けないが、後輩に花を持たせた先輩の体を取り繕うことができた。
だけど、違う。圧倒的な大差を広げられて敗北したのだ。
陸上をやっていて初めて心が折れかけた。
その後、敗北をチカラに練習に打ち込んだが、オーバワークとなって故障して二度と走れない身体になってしまったが。
―――《弾弦・十一足》!!
いや違う、コレは、……この感覚は知っている。身体が憶えている。
背後から迫ってくる感覚。短距離走はスタートダッシュこそ肝心だが、それ以上に大事なことがテープを切るまで安心を覚えていけない。気を緩めていけないのだ。
背後から迫ってくる奴らはその刹那を狙ってくる。先頭を走り、テープを捉え、勝ったと確信した瞬間ですら、その背後から迫る死神たちは己が鎌を振って命を刈り取るが如く、それを狙ってくる。自分だってそうしてきた、そうやってきたからこそ、痛いほどにこの身体に沁みつき、刻まれている。
先頭を走る自分は一度として緩んだとは思っていない、集中力を掛けた覚えもない。テープを切るまでは無我夢中で全力で駆ける。
だが、後ろに駆ける者達はゴール以上に先を行く者に対して意欲を燃やす。
アイツに負けない、行かせない、食らいつく、抜く、越す、前へ、前へ、早く、速く、迅く、疾風く。
徐々に迫りくる激しいプレッシャー。
肉体に沁みこんだ、刻まれた、あの恐怖を思い出す。
―――《弾弦・十二足》!!
高速で展開するギアがまた一つ上がる。その速度は完全にヤツの姿が豊和の、N.T.の視界から消え、瞬間目の前まで詰め寄られる。
拳が来る。最高速で躱そうとするが奴は食らいつき、追ってくる。
身体が憶えている。ヒシヒシと背後から迫ってくる。生前何度も体験してきた後方から強烈のプレッシャー。勝ちを譲らない、勝つのは自分だと言わんばかりの自我をぶつけて、本能を剥き出しに駆けてくる。
―――《弾弦・十三足》!!!
…………ああ、そうだ。これだよ、コレ。
沁みつき、刻まれた身体が、肉体に宿った魂の残滓が歓喜する。
この感覚、全速力を以って刹那のやり取りの鎬を削り取り、理性を超えた本能がままに大地を駆けて何者にも触れさせないほどに強い風になっていく。
ああ、やはり走るのはいい。―――この感覚を、ずっと求めていた!!
彼は更に加速する。背後から迫ってくる好敵手に対して圧倒的な影を踏ませないほどの圧倒的な差をみせるために。
我一の《弾弦》は十四足まで到達しようとした。衣服、肌を切り裂いて血を飛び出し、筋肉の痙攣は激しく、全身の骨という骨はヒビが入った不穏な軋みを上げている。脳に異様なヒビ割れした音が響いている。視界の景色もほとんど映っていない。加速する度にN.T.の姿だけはハッキリと捉えていたのに、それすらもう朧げ。呼吸も、肺も動いていない。それができるほど暇も余裕がない。
やがて、…………我一の肉体が止まる。
天を衝くかの如く、振り上げた拳の我一の一撃を回避したN.T.の双眸が捉えた我一の姿は空中で一時停止したかのようにピタリと動きが止まっていた。
避けて回避し、けたぐり、打ち落としても何度も立ち上がって、追撃してきた存在だったが、ここにきてその動きはピタリとやんだ。
……限界か。
突如として膠着した我一の肉体はついに限界が訪れた。まるで機械の電源が切れたように動く気配がない彼。もはやその身体は地に落ちていくだけだろう。
灯が消えていくかの如く、その姿を認識した魂の残滓は同じように途端に冷めて、元通りの機械的に情報を処理するだけの人形になっていく。
競争相手がいてこそ、短距離走。
誰かがいてこその人の心。
形は違えど、生前の絶境期だった陸上競技で駆けて来たあの日々の記憶を、戦いを通して思い出させてくれたのは、彼にとって魂の残滓が完全に消え去るにはよかったのではないのか?
故に、完全に風が吹けば消えてしまう灯の魂の残滓が消え去る前に、埜本豊和の魂の最期の好敵手に対して称賛を送ることにしよう。
いい勝負だった。またいつか競い合おう。
そう告げるように、彼は風となって疾走して我一に対してとどめの一撃を放とうと―――、
―――《―――写身蝉》!!!!!
N.T.が一撃を入れようとした我一の姿は消え失せては、反対に背後から痛烈な一撃を入れられる。
その一撃にN.T.はフッ飛ばされて、我一は一撃を入れた勢いのあまりに地面へと転がっていく。
……まだ、ゴールテープは切っていない。
その悪魔はまだ君から勝ち取るために駆けている。
× × ×
「~~~~。……あはぁ、ぴぃゅー……ぴぅゅー……はぁぁ~~~、ぴぅゅー」
口の中に大量になのか、少量なのか、よく分からない量の酸素が取り込まれてはすぐに吐き出される。口の中が異様なまでに乾き切っている。放り込まれてくる空気が痛いほどに冷たく、裂けそうだった。
供給される酸素は確かに肺に回っているはずなのに、肺が拒否しているような感じ。足りない、圧倒的に空気が足りない。酸素が足りないから血が上手く回っていない。
頭痛が止まらない。頭蓋骨が大きく割れてしまったかのような強烈なもの。脳みそそのものが潰されているようなジンジンとする感覚。
視界がハッキリとしない。朧気な白黒の感覚、頭痛も合わさって意識が飛びそうになるが、それもできない。
全身の筋肉が痛い。痺れ、痙攣し、断裂するような、えぐられるような激しい痛みが続く。もう一度立ち上がれと言われてももはや根性でどうにかなるようなものじゃない。
《弾弦》の連続技、あまりの速さで残像を残すほど。それが《写身蝉》。
最後の最後でようやくコツを掴んだ程度で肉体にここまでの負担がかかるなんて。
霊力も限界に近い。霊力は魂のエネルギーであり、つまりは精神力も関係してくる。
肉体も精神も両方限界に近い。もう死んでしまってもおかしくないくらいの状態。っつーか、死んだ方がマシだ。
この死が近い感覚は憶えている。
あの日、百鬼夜行で受けた呪い。
数年の間呪いに蝕まれ続けられていつ死んでもおかしくない状態でいた。
呼吸しようと口を少し開くだけでも、指の関節曲げるだけでも苦痛が奔り、瞼を開けようとするその度に全身を壊すほどの頭痛に襲われた。鉛のような重さと常に高熱の身体。何かに全身を握りしめられているようなあるいは捻られているような激痛。
死んだ方がマシだ。この地獄のような苦痛から逃れられるなら死を受け入れられた方がマシだった。痛みに耐えるんじゃなくて、痛みそのものを受け入れて死んだ方が何倍もマシだった。
だけど、
―――死ねえよな、こんなところで。ここで、アレで、終わりじゃああんまりにも、まだ戯び足りねえよな!
地獄の苦しみを味わいながら瞼を、瞳を動かすだけで激痛が奔る頭に焼き付いた、光景を思い出す。
真っ暗な世界に周囲を囲むように燃え盛る炎の中。そこ幾つもの影が蠢く怪物達の盛大な宴。
逃げ惑う人々の絶叫と高々に嗤う怪物達。
泣き、怯え、叫び、狂い、命を乞い、痛み、苦しみ、嘆き、絶望する町の皆を嘲笑うように、無視するように、愉しむように、ハエを払うように、踏み潰すように、美食を喰らうように、恋にときめくように、仲間達と弾むように、怪物達は暴れまわる。
平和だったあのちっぽけなド田舎の町に突如起きた、最悪最大の事件。町の全員が死んでしまった厄災。
人間のちっぽけなチカラではどうすることも、霊能力者といった異能者達のチカラでも、誰もがどうすることもできなかった、阿鼻叫喚の地獄。
その光景に対して、思わず―――笑ってしまった。いや、嗤ってしまった。
怪物達の存在に心が弾んだんだ。
あの暴力を、理不尽を、絶対を、強大さを、
心が、魂が、コレだ、と歓喜した。
ずっと、心が探していて、求めていたものはこいつらなんだって。
住んでいた小さなド田舎の町、毎日代わり映えしない日々。学校で出された宿題で毎日、日記のやり直しを喰らっていた退屈な日常。昨日と今日に差がなくて、新しいことや珍しいことを探して、スリルを楽しむような馬鹿みたいな遊びを一人でやっていた。そんな日々。
日記に記すには毎日が変化がなさ過ぎた、同じ日々。
何かが起こればいい、と漫画やゲームのようなことが起きればいい憧れ、恋焦がれていた。
そして本当に起きたんだ。
想像していたよりも何倍も残酷でスリリングで、最高に愉しそうなゲームが!
ああ、そうだ、あの時初めて……―――価値観が壊されたんだ。
もう一度、あの地獄を。
もう一度、あの怪物達と戯びたい。
死んでいった奴らの仇とか、恨みとかそういうのは一切ない。家族とか友達とか良くしてもらったおっちゃんとおばちゃん達にはほんのり悪いと思うこともなくもないが、イチイチそんな負の感情に縛られるのは悪いが、嫌だ。そんな陰険な感情知ったこっちゃねえ。
死んだ奴のことを考えて沈むよりか、そんなことよりも生きている自分自身が愉しめることが大事だって思ってるから。
―――ああ、だから、……そうだ!
だからこそ、もう一度あの地獄で、今度は、全員一人残らず殺し尽くしたい。あの怪物達を全員残らずぶっ殺したい。
あの時、あんなにも愉しかったんだから、もう一度あの愉しみを味わいたい。そう思って今の今まで生きてきた。今だってそうだ!
………………なら、こんなところで、いつまでも寝転がっているわけにはいかねえよな。
―――この程度の地獄なら昔味わってきた! まだ、全然イケるよな!
昔の事を思い出したのは走馬灯か。だが、逆に風前の灯火ってヤツに火が付いて、燃え上がる。
呼吸を拒否していた肺が徐々に活動を再開して酸素の供給を受け入れるようになる。上手く血が回ってきて頭痛が少しだけ緩和される。暗いぼやけた視界も色彩を取り戻してハッキリと見えるようになる。悲鳴を上げる筋肉と骨も無理矢理黙らせる。
死に体を死体蹴りするように起き上がる。
上半身を起こすとふと近くにあったそれを見つける。
まるで伝説の剣が勇者に引き抜かれるのを待っていたといわんばかりにその存在を光らせる。
そこまでゆっくりと歩いて行ってそれへと拾い上げる。
「はぁはぁ……あった、あった、あった。はぁ…、こんなところに落ちてたのか。また一から作らなきゃあならねえところだったわ。作り直すと霊力がかなり消耗すっからな」
いつぞやにどこかへと飛んで行ってしまっていた《ゲーハード・ギア》を拾い上げる。
画面にメッセ―ジを表示されていた。それは見ると、自然と口角が釣り上がる。
「えーと、なんだっけか? 空間とか移動を英語で言うと、エリア? フィールド? ゾーン? エア? テレポート? ムーブ? ポインター? ここら辺だっけか? はぁはぁ……。エリアゾーン? いや、なんか違うな。フィールドバッグ? これじゃない。……ムーブメント? テレポートエリア? ポイントセッション? 違う、違う、違う、これじゃない。はぁはぁ……えーとなんだっけか?…… あーそうそう、ゾーンってなんか、最高の状態的な意味があったっけ? じゃあ、それだな。はぁはぁ………もう一声? えーと……絶好調だからな、テンションアゲアゲな感じで………ムーブ? ブーム? ああ、これだな」
良い感じのワードを出てきて、そのネーミングを《ゲーハード・ギア》が入力される。
殺気を感じ取り、そちらへと正面向く。見ると、奴も起き上がり、羽織っていたマントだとかローブだとか脱ぎ去って軽装の状態になってこちら見つめてくる。
相変わらず人形みたいな無表情な奴だけど、だが、その瞳にはこれまでとは違う、炎が宿っている。
お前もそっち側か。っつーか、男ならそっち側でいんのが当たり前だよな。そうだよな。
今までみたく不意打ちは来ない。それはただ対処するだけの、片手間だけで済ますだけの排除対象から真正面からぶっ殺すには十分な強敵認定されたってことでいいんだよな?
うれしいねえ。ようやくちゃんと戯んでくれるってことでいいんだよな!
痛みを忘れて、限界寸前であることなんてどうでもよくなり、今はただこの高揚感のままに暴れたい気分を抑えて切れない。
指をさすようにして《ゲーハード・ギア》をヤツへと向けて叫ぶ。
「コイツは、テメエの
この戦いの中で成長した。《弾弦》の連続による《写身蝉》の領域に踏み込んだことで《ゲーハード・ギア》がまた一つレベルが上がって新しいチカラを手に入れることができた。
《我道、戯び心》の能力は戦いを通して、成長すればそれを認識した《ゲーハード・ギア》が新たな能力を踏み出して手にすることができる能力。
自分自身をゲームキャラの如く認識しては成長させて、
そして、コレから見せるのが今完成したばかりの新しいチカラ。
「
新しい玩具を手にして友達に自慢するように不敵に嗤ってみせる。
その口先をきっかけに奴は駆ける。相変わらずの、いや、これまで以上のスピードを以って接近してくる。放たれる蹴りはノーモンションの無駄のないもの。速さに特化した奴だからこそ最適で最低限の最速の動作だ。
「―――」
だが、空振りに終わる。こっちの姿が消えたからだ。
こちらはヤツの一瞬で背後を取って霊大剣の一閃を奔らせる。が、ヤツはそれを予見していたように高速でそれを躱―――、させない! それに食らいつくに空間を跳躍する。
「!?」
「鬼ごっこは愉しいよな、追われる奴のビビる顔観んのはよ!」
回避しようとしたヤツの先へと先回りし上を取る。その時の反応したヤツの顔を嘲笑いながら刃を振り下ろす。反射による行動だろう、蹴り上げによる一蹴でその一撃を防せごうとする。
こちらの方が力強さを瞬時に理解したのか、もう片足も強引に蹴り上げてサマーソルトキックの要領で威力を上げ、弾き、距離が離される。
が、そんな間を開けずすぐさま後を追ってヤツへと斬りかかる。ヤツはまた反応した表情をするが、二度も三度も続けば流石に予見していたのか蹴りで返してくる。
一息も体制を整わせる暇も与えねえ。地獄の底までだって喰らいついてやる。そっちだってさっきまで一方的だっただろうが、どうしても休みを入れたいならなら、限界を超えてスピードを上げてて!!
「もっと上がんだろ、本気を出し尽くそうぜ!!」
そう吠えると、ヤツも応えるようにしてギアを一つまた上がる。高速の風から超高速の風へと。強風から、竜巻や台風を思わせる怒涛なスピードに。
新しいチカラを手に入れて粋がっていたこっちを文字通り踏みつけるようにして。
この野郎、本当にまだ上げるんのか、クッソ、面白れえな、おい!
また若干圧され始めることに参るが、関係なくこっちは突っ込んでいく。どうせ、いつ倒れてもおかしくねえ限界寸前なんだ、だったら死ぬまで戯び尽くすだけだ。
「……」
速さが再び上回ったことでヤツも薄々こちらの速さの正体を気づき始めているようだ。
そうだ、てめえのチカラが超高速なら、こっちは空間移動だ。
《空間鬼ごっこ》。霊術、力道の《弾弦》や《写身蝉》の派生からではない。結界術や空間術に属する法術《間道》から派生されたチカラ。
単純な話瞬時に指定された場所に一瞬で移動できる能力。移動できる範囲は目に見える範囲と、空間を把握しているなら目を瞑っていてもおおよそ十メートル弱の範囲なら発動できる。
こっちとしては今まで散々《弾弦》からの《写身蝉》の型までいったから、力道としての派生だと思ったんが《ゲーハード・ギア》はどういうわけか、間道としての霊能力に発現させた。使用者であるこっちとしても《ゲーハード・ギア》の仕様がよく分かってない。
細かい理屈はいい、今はヤツをぶっ倒す方法が先だ。
超高速と瞬間移動による攻防が火花散らせる。
こっちはノータイムで移動するのに対して、ヤツの速さはこちらの移動を悠々と超えてきやがる。《空間鬼ごっこ》をさっきまでの弾弦並みに発動させる、が常に先回りしてヤツが先手の一手を取ってくる。
戦いを続けていく中でとある違和感を覚える。
……なんだよ、そっちもできんのかよ。
内心で悪態吐いてその違和感に気付いた。
視界に捉えたヤツの姿は何人も存在していた。
《写身蝉》。正確には違うかもしれないが。ヤツの驚異的なスピードを以っているが故にここまでの何人ものの残像の分身を生み出すことは可能なんだろう。
こっちはようやくできたってレベルに対して、あっちはあっさりとこっちを超えた幾人ものの分身を生み出してはどこに行こうとその残像が存在している。どれが本体なのか、一目では分からない。
やがて疾風怒濤の蹴りの連撃が放たれて、一方的に押され始める。何とか霊大剣で防ぎ、空間跳躍することでその嵐をやり過ごす。
速さはヤツが上。パワーはこっち。体力はヤツがイエローラインでこっちはレッドライン。こっちの霊力もそろそろ切れかけている。ヤツの霊力は……っつーかコイツ霊能力者か? なんかおかしい気がするが……まあその謎はいいとして異能を発動させるためのエネルギーは分からん。多分、全然満タンとは言わなくても半分も削り切れている気配がない。まだ加速する可能性だってある。
加速し続ける嵐のような疾風と、突如として出現しては荒げる裂風がぶつかり合う。連続蹴りを繰り出してくるのに対して、こちらは必殺の一撃二撃で対抗する。
……チャンスは一度切り。
狙いはカウンター。決めに来る大振りの一撃に合わせて空間を飛んで背後を取り、全力の一撃を喰らわせる。決まればこっちの勝ち。読まれて外せばあっちの勝ち。
本当は真正面からぶっ倒してやりたいが、あっちの方が速さが上な以上、残念ながら今の勝ち筋それしかない。
そう覚悟を決めるとまるで示し合わせたようにヤツも最強最速一撃を放とうしてくる、右足に収束した小台風のようなものが纏わせる。
……必殺技か、いいね。やめた。
考えていたカウンター策を投げ捨てて、正面からぶち破ることにする。
あっちが真っ向からくるならこっちも真正面からぶっ壊す方が筋でもんだろ!
霊大剣に霊力を流し込み、霊力の刀身が白く輝く。
ヤツは空へと上昇していく。
高く、高く、高く、高く、高く!
陸上のハイジャンパーのように、雲より高く、空より高く、太陽に届くのではないのかと思えるほどに高々度の領域まで達する。そして、そのまま―――落下する。
まるでスカイダイビングでもするかのように高々度から落下。傍から見たら物凄い愉しそうでこっちもやってみたいと思えるほどのそれ。
同時に何が狙いかハッキリとする。
落下による加速と纏う風の強化か。落ちていく度に風は強まり、激しい音立てていく。
ぶぅううううう!!!
大気を切り裂く、いや、大気を味方に付けてこちらへと向かってくる。
その風の塊は台風や竜巻を超えて、もはや神の暴力かの如く天災そのものに等しい爆風。
正面からぶつかればひとたまりもないどころではない。五体は無事に繋がった状態でいられるはずがないことは容易に想像できた。
愉しいいねぇ~―――勝負だ!!
「〝ゲエェエエエム・ブゥレェェエエエイクゥゥウウウ〟!!!!!」
天を裂くように解き放てる最大威力の白刃の霊破衝。
その白刃を呑むかのように爆風の竜巻は落ちてくる。
ぶつかり合う白刃と爆風。
切り裂くか、吹き飛ばすかの衝撃が激突する。
初撃こそ均衡した威力張り合いをみせたが、白刃にピリリ、と繊細なガラスにヒビが奔るようにして亀裂が入り、やがて砕け散ったのだ。
霊力が限界な状態での最大火力では、通常より少し強い程度の威力しか引き出せなかったのか。
白刃を呑んだ爆風がそのまま向かってくる。
そして、
ドドドドドドド!!!!!
何もかも吹き飛ばすかのような爆風が競技場ごと呑んだ。
直撃した威力は五体をバラバラに引き裂かれるあまりにどこまでも散り散りに肉体を何も残らないように霧散させる。
そう、霧散させたのだ。
「!!」
ヤツもその異変に気付く。
―――つ~か~ま~え~たぁ!
爆風を直撃する直前で《写身蝉》と《空間鬼ごっこ》でヤツの背後を取った。気配を感じ取った奴は振り返るがもう遅い。いや、逃げずに振り返ったその判断が間違いだった。
「ハハハ!!! 愉しかったぜ、お前との鬼ごっこ!!」
霊大剣を振り下ろす。袈裟斬りにより肩から胸元まで刃が斬り込んでは真っ赤な鮮血がプシャーと勢いよく飛び散る。苦悶の表情を浮かべ、抜け出そうとするが、逃がさずに片手で剣が入っていない方の肩をしっかりと掴んで離さない。
霊大剣に霊力を流し込める。
「ぎゃはははは!! 地獄でまた戯ぼうぜぇ、―――〝ゲェム・ブレイク〟!!」
解き放たれる白刃の霊破衝が奴の肉体を両断する。
地面へと崩れていくヤツの顔は……まるで最速で駆け抜けてゴールしたランナーの如き満足気で、最後の最後で抜き去られた時のような悔し気な、そして寂しげな顔だった。
まだ走れるのに、まだ奔り足りないのに、とその顔は告げている。
ハハハ、だから言ったろ、地獄で戯んでやるから、あの世で風になって待ってろって。今度は真っ正面からあの技ぶっ壊してやるから。
名残惜しく余韻に至るようにヤツは倒れ、こっちはヤツを讃えるように左手をグットラックの構えを下へと向けて、十字を切るようにして横へと一線を敷く。
「