「我一君!」
触手から解放された彼女はすぐさま恋人であろう、ヤツの所へと駆けていく。流石に限界なんだろう。傷や怪我は俺が癒したが、霊力や精神力の消耗まで回復させることはできない。
彼女に抱き起されたヤツは苦悶の表情を浮かべながらもヘヘ、とニヤついた不気味な笑みを浮かべている。まさにしてやったりの顔。
……なんてヤツだ。
俺からの共闘の申し出を蹴って、ヤツは本当に彼女を怪我させずに《弾弦》による移動で触手へと接近。白刃で斬り離してはそれを維持したまま身体を回転させて深淵卿へと当てに行きやがった。
戦闘センスと霊力の操作、何よりももう限界の状態でそれをやり遂げた精神力に戦慄してしまう。
尊敬に似た称賛と、同時に危険思想極まりない一歩間違えれば取り返しのつかない大惨事を引き起こしていただろうゾッとする恐怖に襲われる。相反する二つの感情に何とも言えない心情が俺の中で大きく揺らされる。
悔しさか、やるせなさか、怒りか、はたまた憧れか、自分でもこの感情は言い表せない。
ただ一つ。彼女を深淵卿から手を離れた、後は……!
パンパン、と乾いた拍手が部屋に響く。振り返るとそこに立っていたのは白刃を受けたはずの深淵卿が何事もなかったように称賛といわんばかりヤツに対して称賛を送る。
『素晴らしい! 確かにこれまでの価値観が破壊されるような見事な一撃。……ああ、故に《
相変わらずの無機質な機械の合成音だが、その音声は感情が弾んでいることが伝わってくる。
……その言動にそこはかとなく末恐ろしさを感じる。機械音声特有の無機質だからではない、むしろ、もし機械音声ではない、感情剥き出しのものだったならばどれだけ不気味な感情を込められたものか。
『では、貴方も含めて実験対象として回収しましょう。きっと貴方好みの、貴方の言葉に合わせるととって「愉しい戯び」が待っていますよ』
その一言で俺の勘が正しかったことを証明された。
ヤツも深淵卿の言葉に反応して、「上等!」と吠えて未だ噛みつこうとしている。お前はいい加減休め!
どこまで戦闘狂。恋人からも「流石にこれ以上は…」と止められる。が、聞くようなヤツではないことはここまでやり取りで分かる。
天ノ命の刀身を黄色に光らせて、ビリビリと音立てる雷を帯びさせる。
―――雷之太刀〝
雷を帯びた刃と雷によって活性した肉体で生み出される超高速による移動、一瞬で深淵卿との距離を詰めて、最強の突きを繰り出す。
その威力のあまり普段は絶対に使うまい、と使用しないと雷之太刀。だが、やはり深淵卿の謎の強度を誇る装甲を破れない。電気を流しているが、痺れている気配もない。
『流石ですね。その若さでこの威力。御爺様にはまだ遠く及びませんが面影は感じさせます。今からこれならば将来が楽しみですね』
深淵卿はまるで久しぶりに会った親戚の子に対して大きくなったね、とでも優しく語りかけてくる時のような語り口。
「っ! 君、ソイツを連れてさっさと脱出するんだ! ここは俺が引き受ける!」
彼女へとヤツを連れて抜け出すように叫ぶ。彼女は「は、はい!」と返事をするが、ヤツは「ああん!? まだ全然戯べるわ!」と強がって粋がる。
背後のヤツにバカ、と思いながらも目の前に集中する。脳裏に宿る今告げられたばかりの言葉が頭の中で反芻する。
殺傷力の高い、雷之太刀でも貫くことができない。なんだ、何が足りない!? アイツや爺様はコイツを斬ったのに、なんで俺にできない!? 一体何が足りないって言うんだ!?
チカラの溜め方? 剣の技術? それとも覚悟か?
分からない。だが、今の俺には今できる精一杯のことを! 二人を逃がすための時間を稼ぐためだけの力を尽くすことに務めようとする。
深淵卿のヘルメットの反射によって背後の光景が見える。彼女が無理矢理ヤツを連れて行こうと動こうとする。それに深淵卿が反応する。
『させませんよ』
剣に迷い生じた一瞬、いや、おそらくはこちらが迷ってなくても関係なく深淵卿はそうしたのであろう、俺を弾き飛ばしてはあのグローブと背中から生えた触手を伸ばして二人を捕まえようとする。
させるか! とすぐさま天ノ命の刀身を雨の青へと切り替える。
―――《雨之太刀〝沫く雨〟》
ヤツらへと伸びていく触手を全て打ち落とそうと遮断する幾つもの雨飛沫が上がって、触手の軌道をずらす。切断は出来なくとも限界まで力を籠めれば防ぐことくらいはできる。
『なかなか、ではこれはどうですかね?』
そう言うと背中から生える触手の数が増えて、スピードと威力が上がる。上下前後左右四方八方から襲い掛かってくる。雨之太刀では対処しきれない、と判断して即座に風之太刀へと切り替える。
―――《風之太刀〝旋風陣〟》
旋風のつむじ風の舞による柔の型で襲い掛かる触手を弾き返す。見た目と相反して鉛のような重さと硬さ触手は風で吹き飛ばすには相当キツい。少しで力を緩めて集中を切らせば即死に繋ぐだろう攻防を必死耐える。
『素晴らしいですね。本来の目的を忘れていなければ』
―――しまった! 誘導か!?
気づいた時には二手の触手が二人へと伸びていく。……間に合え!
襲い掛かる触手を弾き飛ばして刀を納刀しては居合の構えを取る。
―――《風之太刀〝
抜刀と共に放たれる裂風による生み出された真空の刃は迸る。
空を切り裂いて触手へと向かっていくが、触手はあっさりと真空の刃を躱しては、刃は先のカーテン越しの何やら手術台のようなものへと―――不味い、人がいる!?
彼女から「お母さん!」と叫ぶ声が聞こえる。
ここに来た際ずっと深淵卿の存在感と、人質になっていた彼女、そしてあのバカのせいで周囲の確認を行ってしまっていた。背後の状況など、人がいることなんて全く想像していなかった。
元は彼女の母親が誘拐された話からきた依頼だった。
己の痛恨の失敗に悔やみ、どうするべきか、と刹那の間悩むがどうする手段も取れない。
『!? 行けません』
何かに気づいたような慌てた調子の言葉を漏らした深淵卿は途端に触手の軌道が変えて、真空の刃からカーテンを護る。
その後、触手はカーテンを切り、中の手術台の傍らに置いてあるテーブルの上に存在する四つのケースを掴み、触手を戻しては大事そうにその手で収める。
『結晶の方ともかく、こちらの御三方は失えばもう入手出来ませんからね……おや、これは?』
……護ったのはカーテンの中の人ではなく、その道具類の方か。
愛でるようにケースを確認すると、一つの箱状のケースを見て気づいたような声を上げる深淵卿。
……ん? なんだ、アレ、箱の中から蒼碧く光りが漏れているような……。
箱の中身が何かに反応したように怪しい光が箱の中から神秘的で怪しい光を零していた。アレは一体?
その蒼碧い光を見ていると何故か、ゾッと恐怖が奔って俺の身体を硬直させる。本能的に抗えない何かと対面しているような、……幼い頃、布団で寝ている時にふと目覚めて、真っ暗な夜の闇の中に何もいないはずなのにそこに何かいるような気がして耐えようのないどうしようもない恐怖と不安感に襲われた時のことを思い出す。
直感する。―――あの中身は、空けてはならないパンドラの箱だと。
そして、深淵卿は抑えきれないほどに輝きを放つ、その箱を解放するかのように開けるのだ。
× × ×
「逃げよう、我一君! もう無理だよ!! お母さんの事もあるし! 後はあの人に任せて」
「……はぁはぁ、そっか、……溟さんはどこだ?」
「あそ……お母さん!」
「……! ……っの野郎、危ねえことしやがって! (あの宇宙服が庇った? いや、道具の方か? っつーか溟さんの約束破っちまったじゃねえか、畜生が。やっぱ、宇宙服も青髪も両方ぶっ殺さないと気が済まねえ。……だけど霊力が…………待てよ、確かこういう時……それにさっきあの宇宙服が言っていた……試してみる価値はあるか)」
「お母さん、よかった……」
「……朱月、……考えがある。……後で何でも言うことが聞いてやるから…………チカラ貸せ」
「う、うん! 私にできることがあれば何でも言って―――ん!? ~~~~っ!!!」
× × ×
解き放たれた箱は眩いほどに、そしてどうしようもないくらい染めるように蒼碧い輝きを放つ。箱の中身は―――藍の結晶のようなもの。
蒼碧い深淵の中の深く、深く、底に存在するかのような結晶。蒼碧の中でより強い存在感を放ち、そして同時にその存在こそが蒼碧を生み出す元凶であることを想像できる。
その蒼碧の輝きに反応するかのように、何かが入ったケースへと光が降り注ぐ。ケースはブラックライトで中身が見えないように消えていたはずなのだが、蒼碧の光によって明かりがともされて、中身が見える。
それは子宮だった。
ホルマリン漬けにされていることで防腐を防ぎ、移植手術でもすればまだ正常に使えそうな子宮。
藍の結晶の光はまるで精子が受精を望んでいるかの如く、子宮へと光照らし続けるのだ。
異様な光景にゾッと怖気を走らせる。
…………駄目だ、アレは、絶対に駄目だ!!
本能的な恐怖心によって直感する。
もしアレが受精したら、アレから産まれてくる生命は絶対に異様な存在だ! 人の手を超えた、異様な化け物か何かである。この星に住んでいけない、どうしようもない危険な怪物が産まれてくるに違いない! 産まれたら最後―――この世界は終わる。
何がそう思わせるのか、自分でもよく分からなかったが、だけど確信を以ってハッキリと言える。
アレは、今ここで確実に壊さないと近い将来確実にやらかす、と。
だが、何故か身体が動かない。動けない。身体に動くという意思の伝達が届かない。もう何年も味わってこなかった恐怖に身を竦んでしまった時の硬直と同じ感覚。
本能的にアレに近づいていけないと身体が動く事に対して拒絶反応を起こしている。
クッソ、動け動け動け動け、動け!! 今動かないと本当にヤバい!
そう自分の肉体に叱咤しては無理矢理にでも動かそうとする。
硬直しているこちらとは違い、深淵卿は『おお!』と無機質な機械音声でも隠し切れないほどの興奮と感動がこもった声を漏らす。
『素晴らしい! 結晶は自ら郷村溟の子宮へと受肉を求めて、この世に産まれることを望みますか! 郷村溟さん、貴方が子宮を提供してくれたことこれ以上ないほど感しゃ―――』
「―――〝ゲェム・ブレイク〟!!」
歓喜に打ち震えているかのように興奮している刹那、深淵卿の目の前にヤツが出現して必殺の白刃を纏った霊剣で斬りかかる。さっきの触手をぶった斬った時と同じ攻撃方法だ。
「その仮面ぶち壊してやらぁあああ!!!」
『おおおおおおおおお!!!』
気迫と共に形成された霊剣の白刃の威力を増す。深淵卿は驚きと威力に圧されているのか、衝撃を受けている時の声を上げる。
ピリリ。
深淵卿のヘルメットにヒビが奔った音を立てて砕けた音が響くと共に白刃の霊破衝に耐え切れずに地面を引きずって後退する。その際ケースと両手と触手でガッツリと掴まえ、身を呈して守護していた。
「チッ、顔面かち割る気で殴ったのに、頭のが少し割れた程度か」
ヤツはそう忌々しそうに舌打ちと共に悪態を吐き捨てる。……また深淵卿にダメージを与えたのかコイツは。
あの霊破衝が強力なのか、それとも何かしらの特性を秘めたものなのか。考えられるとしたら深淵卿の発言も含めて、後者だ。だが、ヤツの霊力の白さからして金行に属することが分かる。金行において破道系はあまり相性が良くないらしい。
霊能力者が使う陰陽五行の中で特殊型と言われている金行。他の行よりも、己が課した自身の法則に基づいたことでしか異能のチカラとして発揮しないとの話。つまりは縛りや制約が他の行よりも厳しいということ。
金行で破道系を必殺技にし、あそこまで威力を引き出せてあの深淵卿の謎装甲にダメージを与えられているのは何らかの能力が起因している考えた方が納得できる。
……それと噂程度で聞いた話だが、金行特化の霊能力者の性格はスター性や天才型、そしてサイコパスといった人間が殆どらしい。なるほど、確かにな。
深淵卿は大事に守護していたケースを無事だと確認すると、ヘルメットが割れた箇所を抑えながらヤツの方へと顔を上げる。
『……限界だったはずでは?』
ヘルメットが割れたせいか繰り出される機械音声にノイズが奔ったもの。深淵卿の疑問に対してヤツは馬鹿にしたように哂い、ベーと舌を出して唇に指を差した後に答える。
「勝利の女神から口づけをもらってきた。負ける気がしねえ」
『なるほど、陰陽術による霊力の交換ですか。若い方は邪な感情が先走ってしまい間違った方法をしがちですが。なかなかのプレイボーイですね』
「昔色々と遭ったもんでな、師匠も師匠でこの手の術が得意なんだ。こっちとしては―――!?」
軽口を叩くようにして語るヤツは途端に紡ぐ口は閉ざし、目を大きく見開かせた信じられないものを見るようなギョッとした瞳になる。
それは俺も同じ気持ちだった。
正面に立つ深淵卿。先ほどまでヘルメットの割れた箇所を手で押さえていた所を露わにする。
割れたヘルメットから逃せたその素顔は―――っ!?
「「―――な、なんだ、その顔(面)は!?」」
俺とヤツの言葉が被る。もしこの場に他に対面した人間がいたとしたら、声に出た言葉は俺達と全く同じセリフを吐いたのに違いない。
ヘルメットから垣間見えた素顔は人の顔をしていなかった。いや、それは通常の生物の顔をしていなかった。
ドロドロと溶けた液状に近い滑らかな軟体生物の蒼い肌、目や鼻や口なのか、あるいはそういう模様なのか、よく分からない碧の凹凸箇所。キバからヒレか何か分からない幾つも並んだ小さな突起部分。特殊メイクでもそうはならないだろう異常な外見をしていた。見ているだけで精神的にキツイ何かがある。
これまで幾度となく、怪異や人間に近い怪物を見てきたが、深淵卿のこれはそれらとは一線を凌駕したもの。垣間見えたのは隙間だから良かったものの、もし完全に露出された状態で見た素顔はどれほどまでに異常な存在と認識し、発狂せずにいられるか。
嫌な想像によって身が強張る緊張感に襲われている俺達に対して、深淵卿は溜息を吐くようにやれやれと肩を竦める。
『あまり女性の顔を見てそのような言動は感心しませんね。紳士たるもの、女性へと向ける表情は常に笑顔でなければなりませんよ』
「その面で女性もクソねえだろ」
『女性差別ですか? フェミニストから反感を買ってしまいますよ。最近のネット社会はとても怖いからですね。私も常にネットの回線は切っています。気分転換にエゴサしてみたら悪口を叩かれているのを知ってとても気分が沈んでしまいましたからね。どういうわけか、社会では私のことを特級犯罪者扱いなんですよね? とても心外です。名誉棄損で訴えたいくらいです』
「お前のこれまでの経歴を一つずつ思い出してみろ」
「ついで今日しでかした溟さんにやったこともな、いやマジでやってくれたなお前」
『はて? 何か悪い事しましたか?』
すっとぼけているにはあまりにも自然な疑問符だった。
……少なくとも前半のネット回線やエゴサの下りだけはおそらく冗談か何かだろう。ネット回線を切っているのは単純にそこからホワイトハッカーによる居場所の特定を防ぐための手段の一つだろう。
馬鹿なやり取りのおかげで一先ず恐怖感は薄れる。
小さくも大きい一拍の呼吸をして体内の血液を、血縢を循環させる。若干こびり付いた沁みのように張り付いたままだが恐怖心は薄れて肉体が動けるようになる。
……よし!
―――風之太刀〝
しゅうう、と広大な大地を駆ける疾風の如く、迅く鋭い突きの一撃を繰り出す。狙うはケース。
本来なら深淵卿の魔の手から逃れる。誘拐し巻き込まれた一般市民(……一般市民?)を救出、この場から脱出することが第一優先だったが、今はその優先順位を入れ替えられず得ない。
もし、俺の直感が正しければアレを破壊することが世界のためだ。
そう最速の一撃で仕留めようとする。
ビュン! と空を切る鋭い音が聞こえる。上下左右の死角から触手が飛んできたのだ。が、風之太刀の効果で空を切る音は把握できる。例え、距離がある場所の声も拾えるし、鋭い小さい音も聞き入れる事ができる。
死角から繰り出される乱れ打ちの触手を躱し切り―――
~~~♪ ~♪♪ ~~~♪♪♪
―――瞬間、何かメロディが奏でられる。バイオリンやピアノ、ホルンといったまるで楽団の演奏のような高潔かつ神聖な迫力のあるクラシック音楽。聴く者を皆圧倒させて心に響かせるほどの感動を与えるほどの高度な技術で演奏。
「!?」
その音楽の影響か俺の身に纏っていた風が途端に吹き飛ばされ、あるいは圧し潰されては消え、肉体も地面へと沈めるようにたまらず倒れてしまう。
なんだこの音楽は!? 一体どこから?
奏でられる音楽を上空からだと理解して、顔を上げる。そこにいたのは全身楽器で構成された精霊のような存在が一体とその傍らには白を基調した蒼と碧のラインの騎士だか、勇者を思わせる格好の眼鏡をかけた男がいつの間にかいた。……召喚士類の能力者か!?
『天気使いにまとも気圧を操作させるわけには行きませんからね、対策くらい取ります。彼はブルーレイブI.Yこと
深淵卿がその存在についてまるで自慢の息子の才能を誇らしげに語ってくるように告げる。
異世界の勇者? なんだ、それは。そんなラノベやアニメの設定みたいな称号は? ご都合主義だらけのチートハーレムで築き上げるつもりか?
そんな馬鹿げた発想が脳裏に過るが、存外的外れではないことを直感する。
音量に圧される。天気を操る俺のチカラだが、まさか音楽の音圧だけで無効化される事態。普通に考えて立場が逆。天候操る側が強く、音楽の異能なんて簡単に鎮めることができる相性がいいと説明された方が合理的だ。
だが、この音量の出力を考えれば現状逆転された立場となっていてもおかしくない。
少なくとも異世界勇者の云々は冗談としても、この演奏を奏でる識神は俺の天候操作よりも上であるのに変わりない。
大音量の攻撃は耳が潰されるというよりも肉体が空気の振動によって、まるで強力な重力の攻撃を受けてしまっている感覚。……不味い、このままじゃあ音に圧し潰される!
「音割れ!!」
雄叫びが上がる。その正体言わずとも知れたヤツだ。ヤツは霊剣を振い、音の識神を吹っ飛ばす。瞬間俺の身体の自由を取り戻す。
アイツ、まさか俺を助け、ごぶ!?
上空にいた識神を吹っ飛ばしてからの落下した所にいた俺を踏み台にしやがった。絶対狙ったぞ、コイツ。
ヤツは俺を何も言わずに《弾弦》の高速移動で再び深淵卿の背後を取る。
「アイツのよっか軽りぃぞ! 〝ゲェム・ブ―――!?」
再び高速移動による背後に回っての不意打ちによる必殺の一撃を放とうとするヤツだが、それが放たれる前に深淵卿を護るようにして一つの白い影が迸る。それは中学くらいの少女の外見しており、その手に握っているのは木刀。
木刀でヤツの必殺の一撃を切り上げによって防いではそのまま無防備になった所を面、胴、突きの三連続によって打ちのめされる。
「~~~っってえな!」
地面に転がりながらもすぐに態勢を持ち直しては、痛みと敵意を込めた叫びと視線をぶつける。
少女は死んだ瞳で何事もなかったようにしては、彼女の肩をそっと叩いてよくやったと言わんばかりの深淵卿が口を開く。
『そう何度も通じませんよ、パターンの決まったゲームのNPCじゃないんですから。洗練された型と思考放棄の同じ動きは同じでありません。彼女はブルーレイブC.E.こと
「(あの目、……そこの音楽の野郎といい、あの速いヤツと同類か……あの木刀も霊具というよりも識神か?)……四対一か。ハンデとして上等、まとめてぶっ殺してやる」
そう凶悪な笑みを浮かべて強がりを吐く。……四対一って俺も含まれているのか。コイツには状況を見て、共闘という選択肢はないのか。少なくとも俺は味方であることの理解は示して欲しい。……もしやさっき踏み潰したのはわざとじゃなくて、敵として認識した一撃だったのか?
どこまでも唯我独尊のヤツに呆れつつ、俺も天ノ命を構え直す。
四対一はともかく、三対二の構図で数的にはあちらが有利であり、同時に今の攻防からしてあちら側の戦力が上であること判る。深淵卿一人相手でも十分厄介だというのに、そこに未知の戦力が二人加わる。
ここを切り抜けることやケース破壊をすることも厳しくなってきた。
どうするこの状況をどうやって切り抜ける!?
二人の登場によって一気に状況が絶望的な状況に転落してしまった。このままでは全員での脱出ももはや不可能に近い。深淵卿は彼女やヤツへと目を付けている。何が狙いかは分からないが、深淵卿の研究や実験のモルモットとされる未来になることは間違いない。
深淵卿は生まれたばかりの赤子を愛でるようにケースを抱え、その深淵卿を護るようにして二人と一体の識神が立ち塞がる。
『……これはコレは多勢に無勢。結晶の受肉のこともあります。残念ながら今宵はここまでにしておきましょう。結構気にいた実験場だったのですが、放棄するしかありませんね』
「………?」
突如として何か気付いたように意味深なことを呟く。
多勢に無勢? 戦力的に俺達の方が負けているというのに、なんでそっちが負けているような言い回しをするん……あ!
ここである閃きが訪れる。
禮だ。ここに来る前に禮が俺の血の匂いを嗅ぎつけて援軍を連れてくれたに違いない。なら今の言い回しは納得がいく。そして、それはもう近くまで辿り着いていることだろう。
「ああん、何言ってやがるテメエ」
「お前は黙ってろ!」
「テメエこそ黙ってろ、さっきから邪魔ばっかしやがって。順番入れ替えてお前から先に殺すぞ」
余計な事を口にするのを黙れと咎めると、気を悪くしたようにあくまでも俺の事も敵として認識しているヤツは喰ってかかってくる。こっちに火の粉が掛かってくる分にはいいが、今深淵卿に対して余計な挑発をするな。もうすぐ援軍がくる。ならばそれまで時間稼ぎに費やすことに裂くことが重要だ。
深淵卿はこの場から脱出するような言い回しだった。応援が来るまで逃がさないよう食い止める努力を行うつもりだが、最悪逃げられてもいい。より正確にはこの場を切り抜けられても援軍の部隊の捕縛可能な範囲での完全逃走を失敗に終わらせるほどのレベル。勝負に負けても試合には勝つ、という意味だ。
援軍が来ること判り、この状況に置いての活路を見出す、と失いかけていた戦意と気力が湧いてくる。天ノ命を握る手も自然と強くなり、口角がやや吊り上がる。
さあ、次の手はどう動く?
奴らの出方で窺う。どんなことが起きても必ず対処して、時間を稼ぐことに心血を捧ぐ思いで奴らの一つ一つの動作を見逃さないように目を配る。
そして、動いたのは深淵卿だった。深淵卿は空いている手を懐から何かを取り出して翳すようにしてそれを割る。
瞬間、割れた中身が飛び出すようにして、その場に蒼碧でできた異空間が生み出された。
転移系の道具か!? クッソそうだった、このアジトに来た際も空間移動によってやってきた。ならば逃走にその手の異能か何らかの手段を常に持ち合わせていることは十分に考えられたではないか。
深淵卿はこちらへと顔を向ける。
『新たな発見と興味深い真実、そして何よりも〝蒼碧〟へと足掛かりとなる、人類にとって小さくも大きな一歩を踏み出すことができました。本当に、とても有意義で楽しき一時でした。心の底からの感謝の言葉を述べましょう。この出会いと数奇な巡り合わせに感謝を』
まるで心の底からの感謝の祝辞を述べるかのような、いや深淵卿にとっては実際の事実として語っているんだろう。
『では、またお会いできる日を楽しみにしておきます。唯曇千寿さん、郷村朱月さん、そして我一君。次出会える時はぜひ、この祝福されし誕生したこの子と遊んであげてください』
蒼碧の異空間へと溶けて呑み込まれていくように奴らの肉体が消えていく。
不味い、逃げられる! 走って逃げられるならまだしも、転移を使われたら居場所は特定できない!
「待ちやがれ! 〝ゲェム・ブレイク〟!!」
「〝裂風刃〟!」
逃がさないと必殺の白刃の霊破衝と真空の刃を繰り出すが、俺を抑えた音楽の識神の演奏によって俺達の必殺我は圧し潰されてしまう。
そして、深淵卿とその手下達は蒼碧の中に完全に入り、この場から消え去ってしまった。
「勝ち逃げみてえなことしてんじゃねえぞこの野郎!!!」
逃げられたことに心の底から絶叫するヤツはそう心底悔しそうに雄叫びを上げると、う、と事切れたように地面へと倒れて、気を失った。
霊力が切れたのだ。「我一君!」と隠れていた彼女が恋人の元へと駆け寄る。
こうして、この都で起きていた深淵卿との事件、そして、夜名津我一との出会いは幕を閉じたのだ。
ちなみに千寿が技名の叫んだのは最後の一撃だけです。残りは全部心の中で言っています。
恥ずかしがるなよ、男の子ならこの手の異能バトルは技名をガンガン叫べよ