ナイトクラウド   作:三概井那多

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深淵鏡変13

「あ! お母さん、お母さん!! はぁ~よかった……目が覚めたんだ」

「ママ! も、もう! ホントもう心配したんだよ!!」

「玲央奈姉、ずっとわんわん泣いてたもんね」

「おこちゃまは余計なこと言わなくてもいいの」

「玲央奈、鐘凛……朱月は? とそれに我一君は?」

「朱月姉はお兄ちゃんの方を診てるよ。お兄ちゃんもお母さん助けるために頑張ったらしい」

「もう~、実の母親よりも恋人取っちゃうなんて、お姉ちゃんも薄情だよね。昔はあんなにも素直で可愛いお母さんっ子だったのに……男出来て変わったよね。そりゃあ恋は人を変えるっていうけどさ、そうじゃなくてもお兄さんの方に誰一人見舞いにいないのは気が引けるのは分かるけどさ」

「……いえ、それでこそ郷村家の女よ。愛しい人の事を想い、結ばれてそして共に生きる。それはこの世でもっとも素敵なことなのよ」

「あ~、ハイハイ、分かった分かった。いつもの惚気文句吐けるってことは十分元気ってことね。心配して損した」

「玲央奈、そして、鐘凛。あなた達にもその内この言葉の意味が分かる日が来るわ。なんせあなた達は朱月と同じ、私と血が繋がった娘なんだもの」

「ハイハイ、その内良い男でも見つけて、紹介しますよ~、だ」

「うん、よく分からないけど私もパパとお兄ちゃんみたいな人見つけて結婚するよ」

「ええ、楽しみにしているわ。あなた達の結婚相手と産まれてくる子供を見るために私もまだまだ元気でいるつもりよ。だからこうやって今生きているもの」

 

「じゃあ、悪いけど朱月を呼んできてもらえる? あの娘はこれから必要となるものの場所を教えなきゃあならないから」

 

 

 × × ×

 

 

 目を覚ましたのは翌日のことだ。

 

 病院で目を覚ましては最初色々と混乱したが、傍らで看護してくれていた朱月ちゃんに色々と話を聞いた。

 

 あの宇宙服が逃げた後霊力が完全に尽きてしまって気を失ってしまったのだ。

 

 朱月ちゃんの話によると、あの青髪が色々と事後処理をしてくれたらしい。何でもあの青髪は仏間学園の生徒だったらしく、あの後青髪の仲間やら護血隊、仏霊会の人間達によって救出しに来たらしい。

 

 まあ、武器を持つ異能者……おそらく霊能力者じゃなくて血統者であること予想できたし、アイツの態度と性格からして、警察組織の《護血隊》か、仏霊会所属の異能者であることは何となく察せられた。少なくとも犯罪者系の異能者じゃないだろう。

 

 その後、気を失ったこっちや溟さんを病院に運ばれて朱月さんが事情聴取されたらしい。こっちも体調が整い次第、明日にでも事情聴取されるらしい。

 

 面倒癖え。知らんぷりするか。

 

 一先ず退院の手続きを済ませて、朱月と溟さんの方に見舞いに行っていた妹ちゃん達こと玲央奈と鐘凛と共に四人で郷村家へと帰宅。

 

 家は、というか店は当然なことに破壊されたまま。風通しの良いいつ泥棒やら不審者やら勝手に出入りしてもいい状態になってしまった出入り口は簡単に紐で繋ぎ止めて、店の方からの出入りはできなくなっている。

 

 ……修繕費はこっちが出すか。金だけなら結構あるし。ついでに、……いや、言葉として『ついで』じゃなくて……『責任を以って』か。あるいは『お詫び』か。溟さんの治療費についてもこっちの方で出すことにするか。

 

 護るって約束しておきながら、あのざまじゃあ締まらない。約束を反故にしてしまった責任と詫びとして家の修繕費や治療費、その他諸々の金銭面についてはこちらの方で出すことにするか。

 

 そんなこと考えながら簡単に店の方の瓦礫を片付けつつ、その日を終えて床に着くことになった。

 

 物置部屋こと寝泊まりだけは可能なスペースに寝転がりながら考える。

 

「とりあえず、あの宇宙服はぶっ殺すことは確定だ」

 

 脳裏に蘇る、あの不気味で真っ黒な宇宙服。

 

 あの勇者コス……だと他二人と被るか。あの速いヤツと戯んだ後だから体力的にも霊力的にキツかった、なんて言い訳はしねえ。

 

 実戦(戯び)常に死と隣合わせ(負けたらそこで終わる)。キツイとから辛いとか無理ゲーとか言い訳は通用しねえ。人生(ゲーム)なんだから。

 

 今回の戯びで宇宙服達に勝てなかった理由はハッキリしている。こちらの攻撃が通用しなかったことだ。全力の〝ゲェム・ブレイク〟があのおかしな触手を斬る程度で本体には全くの無傷だった。

 

 やっぱいるか。〝ゲェム・ブレイク〟を超える威力の必殺技が。あるいは強化……異能として真チカラを覚醒させる必要が。

 

 元々〝ゲェム・ブレイク〟はただの出力が強いだけの霊破衝だが、今回決めてとなった場面が殆どなかった。元々金行の破道系はそこまで相性が良い方ではない。シンプルに分かりやすい必殺技としての型として出来ているだけだ。

 

〝ゲェム・ブレイク〟を覚醒強化させるならば、霊能力としてどういう特性効果を付与するか、という話になってくる。

 

 これはどういうことかというと、例えば火を操る霊能力者がいたとして、ソイツの攻撃方法が単純な火を飛ばして燃やすといった攻撃。これだけならば破道に属することだ。

 

 だが、ここに陰陽術を加えることで、火で傷を癒す、熱で幻影をみせる、温度を操って低温化による氷を作る、といった異能として特性を加えることで真のチカラが発現する。

 

 そして〝ゲェム・ブレイク〟はその特性効果が含まれていない。

 

 理由としてはこれまでの戦いでそれ十分だったのと、本体である《我道、戯び心》がそれを認めなかった。

 

《我道、戯び心》の能力は技として型に対してレベルや熟練度による覚醒システムだ。今日の闘いで《弾弦》から《写身蝉》、そして消えてしまった《空間鬼ごっこ》の一連の流れが例え方として分かりやすい。

 

 ああいう風に使用の頻度による熟練度が高まればチカラが覚醒するということだ。〝ゲェム・ブレイク〟も結構使用しているはずだが、どういうわけかまだその覚醒の位に至っていない。

 

 だけど今日の戯びの中で少しだけ片鱗をみせた。

 

 思い浮かべるのは宇宙服の触手を切った時と宇宙服に噛ましてやり、宇宙服も口にした価値観破壊やら世界破壊との言葉。自分自身でもそこまで何か込めたわけじゃなかったがあの時の手応えは確かにあった。ここに何らかのヒントがある。

 

 そしてそのためには……、

 

「やっぱアイツら皆殺しにするには〝蒼碧〟ってヤツを何としても手に入れなくちゃいけねぇみたいだな」

 

 次のレベルを上げるために必要なパワーアップイベントってやつは〝蒼碧〟の取得。

 

〝蒼碧〟。

 

 朱月ちゃんの話と実際の体感からして、アレは人智を超えた超常的なチカラ。霊力やら他のチカラの真なる代物であり、チカラそのものの根源。

 

 少し触れただけで本能的な恐怖を覚え、まともに浴びたら自我の消失してしまう程の人間の手には余るチカラ。

 

 制御不可のチカラだが、いやだからこそ、アレがいい。

 

 おそらくあの宇宙服、将来的にアレを使いこなせば、これまでにないくらい愉しい戯びが起きる。《百鬼夜行》を超える、最高に最悪なこの世界の全部が全部台無しになってしまうような出来事が必ず起こる。

 

 これから起こるだろう祭事の未来に思いを馳せると自然と口角が釣り上がってしまう。

 

 ニヤけている場合じゃないか。その未来を思う存分に愉しむためにまず〝蒼碧〟を得て、制御することが必須だ。あんなもん触れるだけで狂っちまう相当危ないもんであるが、チカラにそれ相応のリスクがあって当然だ。問題はそのリスクをどれだけ制限させて自分のチカラに変換できるか、だ。

 

 ヒント自体はある。朱月ちゃんだ。

 

 朱月ちゃんの霊力を混じった状態で限界まで上限引き上げて引き出した〝ゲェム・ブレイク〟はあの硬い触手にも通じ、宇宙服の顔面に一発入れてやることができた。

 

 朱月ちゃん自身も〝蒼碧〟に耐性があると。それはつまり朱月ちゃんの霊力は〝蒼碧〟に近いものという証拠だ。朱月ちゃんの霊力を取り入れればこっちも蒼碧の耐性とそのチカラを引き出すことができる。

 

 問題は譲渡の方法だ。毎度毎度朱月ちゃんとキスして霊力を分けて貰うことで強化するのはあまりに効率が悪く、いざという時に今日みたいな人質に取られるなんてアクシデントが遭った日に弱点でしかない。いくら金行が他の行よりも制約の縛りから効果が発揮しやすい型とはいえリスクが悪すぎる。

 

 ……キスして強くなるって昔兄ちゃんが観ていた漫画かアニメであった戦闘手段だか必殺技に出すための仕様があったな。あれ観た時の感想は効率悪いな、って普通に突っ込んだ。

 

 まさか何年越しに昔の作品と自分の身で同じ目に遭うような場面に遭うとは。……もちろん採用はしない。単独で何とかできる手段じゃねえと。

 

 夜名津我一。『我、一人』って名前を授けて貰った以上、何事も一人でできる自立した人間にならねえとな。

 

 とりあえずこれからのことは朱月ちゃんに〝蒼碧〟についてあれこれ訊き出す所から始めるか。そんで修繕費と治療費とかを渡したらあの宇宙服野郎を追ってぶっ殺しに行くだけ。

 

 雑にだが、今後のことについてまとめ上げる。この問題で一番のネックは溟さんの約束だ。

 

 自分に何かあった場合、朱月ちゃんと結婚する。

 

 別に溟さん自体死んだわけじゃないが。あんなことがあって、あんな目に遭って、『何かあったら』の範囲には十分入るだろう。……あの人、こうなること分かっててあんな取り決めしたわけじゃないだろうな?

 

 だけど分かんねえな。朱月ちゃんと結婚することであの人に何のメリットがある?

 

 別にこっちは霊道師の家の出の人間じゃないし、パンピーからの成り上がり。金自体それなり持っているが巨満の富って訳じゃない。あの人も別に金自体求めている性格ではなさそうだし。顔やスタイルはいい。性格は『良い性格をしている』と言われるレベルの良さだ。……そんな会って間もない人間に対して結婚を強いるか、普通?

 

 おそらく何か狙いがあるんだろうけど……『孫の顔が見たい』とか冗談を言っていたが、まさか本当にそれが狙いじゃないだろう。いや、落ちぶれたとはいえ、霊道師の家系だから子孫繁栄は重点に置いているのか? いや、だからなんでそれの条件でこっちが選ばれたって話になってるんだって話だ。

 

 こめかみにグーで殴って考えるが、いい案は思いつかない。

 

 ま、いっか。特に害とかなさそうだし。もし何かしたらの計画があってこっち貶めるようなことになれば、恩があるといえ戯び相手判定してぶっ殺しにいけば。

 

「結婚ねぇ~、……約束だからする分にはいいが、ま、朱月ちゃんのことだし、いきなり言っても戸惑うだろうから返事を待つ間ということで、あの宇宙服を探し出して、ぶっ殺しに行けばいいか」

 

 そんな結論に至る。結婚云々は朱月が顔真っ赤にして『もうそんな冗談やめてよ』って感じの事言ってくると思うから「じゃあ考えといて」って感じで溟さんとの約束自体は護ったことにはできる。朱月ちゃん自体が望んでいないなら溟さんも無理強いしないだろう。

 

 自分に都合の良い感じの落し処を見つけて、そろそろ寝るかと瞼を閉じるとノックの音が響く。

 

「我一君、まだ起きてる?」

 

「あ~い、どうしたん?」

 

 腹筋運動で起き上がって、すぐさま出る。この部屋内側から鍵を閉められないのでスライド式の戸は簡単に開く。

 

 開いた先には寝間着姿の朱月ちゃん。なんだろう、ぽわぽわとした……ジャージじゃないな。なんだろう? 女の子のぽわぽわとかフワフワした感じで下はその上下セットの短パンのヤツ。この手のパンツって女子が穿く系でなんか名前あった気がするけど、駄目だ、思い出せない。まあいいや、女子の着る可愛い寝間着ってことで。

 

 風呂上りなのか、少し湿った艶のある髪の毛と少しだけ赤く染まった頬で緊張と不安げな表情を浮かべる朱月ちゃんと目が合う。……なんだ、夜這いか?

 

 冗談はよしとして、朱月ちゃんは口を開く。

 

「ごめん、その……今いいかな? 話したいことがあって」

 

「オフコース。丁度こっちも話したいことが色々あったから明日にしようと思ったけど、こっちもいいか?」

 

「え? あ、うん。でもここじゃあなんだから、私の部屋に来てくれる?」

 

「? 別にいいけど」

 

 なんでわざわざ移動する必要があるんだ? 別にここの部屋でもいいんじゃねえ? と思ったが、女の子で風呂上りだからこの埃っぽい部屋が生理的に衛生的に嫌なのだろうと納得する。……一応ここ、こっちが寝泊まりしている部屋なんだけど。

 

 しかし、だからいって女の子の部屋に男が入るのはいいのだろうか? あんまりそういうのってマナー的にも、朱月ちゃんの心情的にも抵抗があるものじゃあ。まあ本人がいいって言うんなら良いけど。

 

 朱月ちゃんの部屋は女の子の部屋だ。机があって、イスがあって、ベッドがあって、タンスがあって、本棚があって、小さなテーブルがあって、…………おかしいな、女の子の部屋を紹介しているだけなのに、自分で言っていて全然女の子の部屋感が伝わらない。

 

 さっきの衣服といい、何故ここら辺の表現が下手になるんだろう、まるで女の子に免疫にない童貞野郎じゃねえか。

 

 と、おふざけはここまで。まあ……、あえてこの部屋で気になったことがある事といえば、何か匂う。

 

 女の子特有の部屋の匂いっていうよりも何か香水とかそういうのに感じる。別に薬品的な不自然さはない。森山の中にある新鮮な空気の中に甘い花の香しさといったもの。

 

 鼻で嗅ぎ付け匂いの正体へと目を向ける。

 

「? コレ、この部屋の匂い?」

 

「うん、アロマキャンドル。嫌いだった?」

 

「いや、なんか変な匂いだなって思ったけど、別に。ほら、男ってこの手こと疎いから。うん、ちょっと気になっただけで馴れればいい匂いだと思う」

 

 どこか不思議な甘い匂いとは思うが、別に嫌な感じの匂いではない。少なくとも香水で常に甘ったるい感じの匂いを発していた誅禍の方がキツかったくらいだ。

 

 ………………?

 

 そう、よかった。と安堵したような表情を浮かべる朱月ちゃんは、こちら視ては少し緊張した趣で「……ここにどうぞ」と手をベッドの方へ向けられる。

 

「……他に座るところないから」

 

「あ、うんわかった」

 

 思うこともなくもなかったが、本人から了承得たので誘われるがままにそこへと腰を下ろした。その隣にゆったりとした動作で彼女も腰付いて、腰元がくっつきそうな近い距離で隣に座り、こちらを見上げてくる。

 

 目と目が合う。ほんのりと朱が染められた頬と何か求めているような瞳、何かを口に出さんとばかり口。一歩踏む出す勇気次第で動き出すような表情。

 

「で、話って何?」

 

「それは……先に我一君の方から言って」

 

「あ、いいの? こっち二つ、三つくらいあるけど」

 

「うん」

 

 先に何か言いだしそうな雰囲気とレディファーストの精神を誅禍から教わった身としてそう告げたが、朱月ちゃんは引いてくれた。一応前置きしたがそれでも先を譲ってくれたので、先にこちらの要件を放すことにする。

 

「まず一つ。家の修繕費や溟さんの治療費についてはこっちの方で出すわ。他にも色々な必要な金があるなら出す」

 

「え? いや、そんなの悪いよ」

 

「いや、出すよ。こんなことになっているのに何もしないのは気が引けるし、溟さんとの約束があってね。『何かあったらお願い』って。お金に関しては前ないとか言ったけど、アレは嘘で、実は結構持ってるんだ。修繕費や治療費くらいなら賄える」

 

「いや、でも……」

 

 申し訳なそうにやんわりと拒絶する朱月ちゃん。まあ、金銭面を受け取ることに抵抗があるのは仕方ないか。逆の立場なら遠慮なく受け取るが。お金大事だし。貰えるもんは貰っとくに越したことがないと思う。

 

 そんな単純脳みそとは違い、彼女は案外その辺の一線には厳しいというか、真面目らしい。

 

「じゃ~ん、けん」

 

「え? え? え?」

 

「ぽん」

 

 こっちはチョキ、若干遅出し感のある朱月ちゃんの出したのはパーだった。勝ち。

 

「じゃあ負けたから大人しく受け取ってね」

 

「え、それはちょっとズルい……っていうか。こんなので決めるのはちょっと」

 

「うるせえな、負けたヤツが勝ったヤツに逆らうんじゃねえよ。大人しく受け取れ」

 

「え? ……あ、はい」

 

 つい面倒臭くなって本音が出てしまった。

 

 いつも優しい応対していたのとは違い、荒っぽい言い回しに思わず頷いてしまった朱月ちゃん。若干委縮してしまう。しまったな……怖がらせてしまった。誅禍から唯一の常識での教えである『女に優しくしろ』で育った身としてはこれについては少し反省。戯び事になるとつい性格が出てしまう。

 

「あ、ゴメンね。ちょっと強い言い方になって」

 

「ううん、大丈夫。少しびっくりしただけだから。私の方も少し頑なだったね。親切でしてくれているのに」

 

「いいよいいよ、いきなりお金くれるって言っても困るだろうし。でも助けたいになりたいっていうのは本音だから受け取ってくれる?」

 

「……分かった。ありがたく受け取ります」

 

 ようやく朱月ちゃんが納得してくれて援助費を受け取ってもらえることになった。とりあえずお金の件クリア、と。このままの流れ話を続けていく。

 

「で、もう一つなんだけど。こっちも溟さんからの約束もあって、朱月ちゃん、……え~と」

 

 流れのままに口にしようとした、いざ話そうとした瞬間につい詰まってしまった。

 

 あ~、流石に少し恥ずい。冗談やからかいで言う分には別に、口から勝手に出てくる感があるけど意識すると流石に羞恥心が入る。

 

 こちらが気まずそうな雰囲気を悟ってか、ん? と首を傾げつつ何を言い出すのか、子犬のように待つ朱月ちゃん。

 

「……結婚する?」

 

「え?」

 

 頭で考えても良い言葉が思いつかず、いつものその場のノリで冗談ばかり口走ってくれる口に任せようとしたら、出て来たものが自分でもビックリするほど何の前置きもないストレートの一言だった。

 

 あまりにもストレート過ぎて自分の発言なのに、他人の言葉かと思ったくらいだ。

 

 おい、どうした、いつもの誅禍の真似した口説き文句のレパートリーは。あるだろ、良い感じの口説き文句。ナンパの時じゃない、本気で落とす時にハートを射抜くようなくっさい台詞。

 

 ……特にねえな。アイツが婚活失敗しているのって決めての言葉を持ってないからか。

 

「あ、待った。ちょっと言葉は間違えた……わけじゃないが。……まあ恋人として付き合う……ってこれもなんか違うな? え、ちょっと待って。流石に混乱するわ」

 

 流石にテンパる。訂正しようとするがまた出て来た言葉が少し直球過ぎる。

 

 

「―――……………………………たいです」

 

 

 どういい直そうかと思って待ったをかけるが、顔を落とした朱月ちゃんが小さな雨の雫が一つ粒落ちたような小声が漏れる。そこそこ耳が良いのでそれを拾えた。

 

 少し間を開けて、やがて顔を上げた朱月ちゃん。その朱色の頬は一目で風呂上りだけのものでないことが分かる。少しだけ潤んだ、不安そうな雨の日の迷子になった幼子のようで、同時に欲しい物に対して何か期待に満ちてそれを悟られるのを恥じるような乙女のそれ。それでもちゃんと想いを口にしてくる。

 

「……したいです。我一君と結婚も、恋人として付き合うのも、……したいです」

 

「…………」

 

「私は我一君の事が好きです。彼女にも、お嫁さんにも……なりたいです」

 

「…………………」

 

 予想外の反応に流石に言葉が詰まった。

 

 こっちの予想としては告る、朱月ちゃんがテンパる、とりあえず保留。溟さんとの約束を破ったわけじゃないから、ある意味時期を見るか、期間を設けられるからその間宇宙服探し出してぶっ殺しに行く、との考えだったんだが。

 

 聞こえないのに彼女の心臓を音が聞こえてくる。今に泣いてしまいそうな、羞恥のあまり逸らしたい気持ちを必死で抑え、想いよ、伝われとの一心でブレずにこちらを見詰めてくる。

 

 ………………。

 

 そっか、と絞り出す。

 

「分かった。じゃあ付きあおっか。結婚を前提にってヤツで。法律で結婚っていつからだっけ? こっちはいま十六だけど」

 

「………男の子は十七。女の子は十五からできるよ」

 

「ってことは来年か。……おし」

 

 彼女の手を取る。朱月ちゃんはあっ、と声を漏らす。

 

「こういうのって言うのあんまり良くないらしんだけど、一応言っとくね。最初は溟さんに約束されて『自分に何かあったら朱月と結婚して』って言われてさ。でも、今朱月ちゃん見ていたら、そんな約束どうでもいいってくらいに可愛く見えた。―――君の事を本気で好きなった」

 

 最後一部分だけ伝えた方がいいんだろうけど、だけど最初のヤツを話さなかったら後々拗れるかな、って誅禍という失敗例を見ていた身として素直に話すことした。

 

 ショックを受けるか、と思ったが、ううんと強く首を振って彼女は言う。

 

「わ、私も、最初お母さんの占いで『運命の人に出会える』って言われて、それで我一君のことを意識し始めたから、えっと、あの、……ある意味同じ!」

 

「なんだよ、溟さん恋のキューピットじゃん」

 

 そう表現するしかなかった。え、もしかしてあの人狙いってコレだったりするのか? 娘の恋を成就させるっていうそんな感じの。

 

 溟さんのまさかの狙いに気付く。ま、そんなことはどうでもいいと隣に置いておいて彼女と正面に向く。

 

 ……言うのは恥ずいけど、こういうのは一応形としておいた方がいいか。

 

 そう思って彼女へと真剣な声色で告げる。

 

「朱月ちゃん、いや朱月。出会ったばかりのこんな男だけど、結婚を前提に付き合ってください」

 

「……はい。こちらこそお願いします」

 

 彼女もほころんだ笑顔で頷く。

 

 しばしの間朱月と見つめ合う。何かを察したように、朱月はそっと目を閉じて唇を上へと向けてくる。キスの合図だと思って―――、

 

「でもちょっと待ってくんない?」

 

「………………ん?」

 

 その言葉を聞き、キス顔だった朱月の顔が膠着しては目を開ける。

 

「あ、うん、少し急ぎ過ぎたよね」

 

 アハハ、とショックを隠した、照れながらも乾いた笑いを浮かべる。いや、そうじゃなくてまだこっちの話が終わってなくて、と前置きを言ってから告げる。

 

 

 

「宇宙服いたろ? 付き合うとか結婚とかの前にアイツぶっ殺してくる。だから、最期に一つ聞きたかったことを答えて。〝蒼碧〟アレどうすれば使える?」

 

 

 

「…………………………ん? んん?」

 

 

 

 完全に予想外と言わんばかりの反応。笑顔のまま膠着しながらも理解に努めようとするが、やはり意味が分からないというようなはてなマークを浮かべている。

 

 

「アイツぶっ殺すには今のレベルじゃあ無理だ。次のレベルに上がるにはどうしても〝蒼碧〟が必要だと痛感した。霊力だけでは無理、根本的に次元が違うチカラが必要だ。アイツにこっちの技が効かないのはアイツが〝蒼碧〟のチカラを使っているからだ。だからこっちにも手に入れたい」

「朱月ちゃんの家は〝蒼碧〟に精通してそれで危険視されて、一族として禁忌扱いされたのは分かっているけど、でもアイツらその禁忌のチカラに踏み込んでいる。勝つためにはどうしても同じチカラを必要だ。でなきゃ、勝てないし、勝ち得ないし、価値がない」

「あ、別に〝蒼碧〟が目的で付き合うとか結婚するとかはないから。そこは安心して。ちゃんと、朱月は朱月として好きだし、恋人やら夫婦として生きていこうと考えている」

「だけど、その前にあの宇宙服とはケリを付けなきゃならない。アイツをぶっ殺すにはチカラがいる」

 

 

 

「だから、朱月。―――〝蒼碧〟について教えて」

 

 

 

 そう笑顔で告げた。

 

 付き合うにしても結婚するにしてもあの宇宙服を野放しにはできない。いつアイツがまた襲ってくるか、また溟さんや朱月、あるいは妹達を狙われて何の打つ手も無しにいられない。対抗するために、護るためにも、〝蒼碧〟のチカラがある。

 

 そうじゃなくとも〝蒼碧〟のチカラは手に入れて置きたいかどうかと聞かれれば、素直に言って欲しい。あのチカラは本能的に拒否を起こすほどまでに危険ではあるけど、同時にそれほどまでにリターンが存在する。

 

 ハイリスクにはハイリターンが付きものだ。実に好みだ。

 

「(…………やっぱり、どこまでもお母さんの言う通り。郷村家はそういう星の下で生まれてきたんだ……)」

 

 朱月は悩んだように顔を伏せてはやがて、顔を上げて答える。

 

 正直、断れるかと思った。もしそうならば、もう少し強く頼んでみる。それでも駄目だった場合は折れた振りして溟さんから聞き出すか、付き合うなり結婚なりでこの家を自由していいだろうし、その時は霊道師の家なんだし秘伝の書物があるだろう。それを勝手に盗み見ればいいか。

 

 だが、朱月の返答は意外なことにオーケーだった。

 

「…………分かった。教える。でもその前に、恋人だって証拠を、〝蒼碧〟の事関係なく私の事を好きだって証拠を教えて」

 

「オフコース、……キスでいい?」

 

「…………うん」

 

 訊ねると恥ずかしそうに頷く。

 

 そっと肩を抱き寄せて唇と唇を重なり合わせる。実は三度目のキスになる。

 

 一度目は〝蒼碧〟に呑まれて人工呼吸の意味で。

 

 二度目は霊力が尽きたから回復させるためもの。

 

 そして今回で三度目が、前二つのやけに色気と情熱的な激しいものだが、目的遂行の手段としての可愛げのないものに対して、今回のは口の中に舌を這わせることや舌同士で絡みつかせることなく、口と口で触れ合う程度もの。だけど恋人らしい柔らかく温かい、好きという気持ちが溢れ―――、

 

「!?」

 

 突如、胸元の心臓の方に何か痛みが奔った。

 

 背筋が反射的に伸びて仰け反る。見れば胸元に置かれた朱月の手。その手には鏡が握られており、その鏡の中から一本の矢が突き出て俺の心臓を射していた。

 

「あか、……つき!? お前なにすん、―――っ!?」

 

 ドクン! と心臓が強く、高く跳ね上がる。口の中から飛び出るのではないか、と思えるほどに。たまらずよろめいて片腕を付き、もう片方で心臓を抑える。ドクン、ドクン何度も強く打つ。

 

 顔を上げて朱月を見上げる。朱月は細い目で何を考えている読み取れない表情で申し訳なくもそれでも譲れない意思を感じさせるように呟く。

 

「ごめん、だけど―――我一君が悪い(の為だ)から」

 

 何言ってんだ、お前!?

 

 そう叫びたかったが、口に出せない。

 

 体がおかしい。

 

 これまで何度も死にそうな目に何度も遭った。ガキの頃に《百鬼夜行》で死に掛けた。修行時代《堕害魔層》で死に掛けた。《大霊墓死闘場》で殺されかけた。誅禍の仕事で殺されかけた。今日、いや昨日か? 〝蒼碧〟に呑まれて自我を失いかけ、精神的に死に掛けた。あの速い勇者コスとの戯びでも死に掛けた。

 

 何度も死にそうな目に遭ってきた。

 

 だけど、コレは!

 

 苦しい―――心臓が締め付けられるように苦しい。

 痛い―――心を貫かれたようにして痛い。

 熱い―――全身が火照って頬が紅くなるのを感じるくらいに熱い。

 欲しい―――身体がそれを求めているどうしようもないくらいに欲しくてたまらない。

 

 ドクン、ドクン! 心臓が強く打つ。動けないくらいに苦しくて痛くて、熱くて欲しくてたまらない。

 

 見上げる朱月に対して熱く湧き上がってくるこの感情を抑えきれず衝動のままが起き上がり、朱月へと手を伸ばす。

 

 

 朱月、朱月、朱月、朱月、朱月! お前、お前、お前、お前、お前!!

 

 

 

「朱月―――お前の事が好きだ!!」

 

 

 

 感情のままにこの抑えきれない感情のまま叫び、彼女を強く抱きしめる。

 

 女の子特有の華奢な細身と肉付きが全身に伝わる。抱きしめたことで彼女の匂い、甘くて、花やハチミツ、あるいはミルクのような良い匂いが鼻を漂わせる。

 

 先ほどまで第一優先だった〝蒼碧〟の秘密なんてどうでもよくなって、ただ今は彼女の事だけを想っている。

 

 ―――ああ、朱月のことがどうしようもなく好きで好きでたまらない。彼女が欲しくて欲しくてたまらない。このままずっと包んで彼女の温もりを感じていたい。耳元で「あっ」と零す脳を揺さぶらせる声を聴いていたい。さっき味わっていた唇の感触をもっと味わい―――

 

 瞬間、ゾゾっとせり上がってくる何かがあった。

 

 いつもの感じる戯び心や愉しさからくる興奮に似て異なる感覚。

 

 いつものは夜名津我一としての趣味嗜好、これまで生きて来たことで培われてきたことで出来上がった個性や核と言うならば、コレはただの本能。

 

 この世に生を受けた生物、皆が持つ、野性的な本能。

 

 愛しい人の肌を直接触れて、抱きたくて、喰らいたくて、貪りたくて、……熱く滾ってくる膨張している下半身のそれを押し付けて、暴れさせて、彼女を感じたい。彼女を感じさせた。彼女の声を聴きたい、彼女を喜ばせたい、歓ばせたい、悦ばせたい。

 

 朱月と一つになるくらいにどうしようもなくに愛し合いたい。

 

 そう彼女の事を全身で感じるとどうしようもない愛おしさと、雄としての本能が目覚めてくる。

 

「……朱月、はぁはぁ……、お前の事が好きだ、ああ、好きだ。大好きだ。愛してる。……愛してるんだ」

 

 呼吸が乱れる。語彙力が低下している。いつもの冗談且つあれこれと働く口走りはなく、ただ感情のままに出てくる飾らない言葉を繰り返す。言葉を紡ぐ度にそれに比例するように抱きしめる強さが自然と強くなってしまう。

 

 このままじゃあ彼女を壊してしまいそうに崩れてしまうのでないのか、とそんな不安が過ってしまうがそれでもこの気持ちを抑えきれない。

 

 ギュッ、と彼女の方からも抱きしめ返された。

 

「―――……うん、私も我一君の事が好きです。誰よりも愛しています」

 

 それを告げた時の朱月の表情がどうなっていたのか分からない。喜んでいたのか、笑っていたのか、悲しんでいたのか、悔やんでいたのか、それとも……だったか。

 

 分からない。それどころじゃなかった。

 

 彼女の方も好きだと、愛していると、言われて歓喜に舞い上がってしまっていた。それをハッキリとした了承だと理解した。

 

 少し体を離しては顔と顔を突き合わせて、唇を奪う。

 

「あ」

 

 彼女から小さな声が零れる。

 

 触れ合う互いの唇同士を上唇と下唇同士のみ会合(Wデート)というように離れていき、口の間にほんのりと隙間が産まれる。

 

 そこへと舌を伸ばして侵入させて彼女の中へと小さな唇とそこに生える小さな舌が伸ばしたこっちの舌と触れ合う。ねっとりとした熱くて柔らかさとちょっとした硬さ、弾力性。

 

 最初は触れ合った時に驚いたおっかなびっくりとした反応をみせたが、だけどすぐに受け入れるように身を任せる。

 

 熱い蠢きが絡み合う。最初されるがままだった朱月の舌だったがやがて自らも求めるように振動し始める。

 

 ぐちゅ、ぐちゅ、と水音が部屋の中に響く。

 

 ふっ、と呼吸のための間を開ける。互いに高揚した頬で見つめ合う。互いに言葉などなくもう一度貪るように唇を重ねる。

 

 キスをしたまま、自分の中にあった獣として本能が覚醒していく。その衝動に駆られて朱月を押し倒す。彼女の方もそれ受け入れるように抵抗なくあっさりと崩れ落ちた。

 

 ベットに寝転がる朱月、纏っているフワフワモフモフとしたジャージのようでそうではない衣服の上半身部分のチャックを下げる。その下はピンク色の下着に近い薄いシャツのようなものを着ていた。

 

 殆んど布一枚の状態。隠された胸元は豊満というべきか、女としての魅力としては十分といっていい程のサイズ。さっと手を伸ばして彼女その一枚の布切れ越しに軽く揉む。柔らかくも確かな弾力感。

 

 んっ、と零す艶のある彼女の声。男のさがを刺激させる甘くも誘うような官能的な言葉にもっと聴きたいと思ってさらに揉み上げていく。ただ揉むだけじゃなく、腹から下乳や横腹から横乳へと脂肪を移すように。中央の突起部分をボタンでも押すかのように突く。彼女の声が「あっ、ん、だ、ダメ」と拒否の声を上げられる。思わず止めてしまったが、彼女も「え?」と不思議そうにこちら見上げる。乱れた呼吸、恥ずかしそうにしながらもどこかだらしなさ感じる顔で、もっと、と告げていた。

 

 拒絶は嘘。それを許しだと思い更に彼女の身体を触れていく。

 

 やがてこちらの下半身のモノが熱く硬く、雄々しくなってはズボンやパンツ越しでは痛くなってくる。

 

 胸だけで物足らなくなり、そっと、太ももまで露出させているフワフワの短いズボンへと手を偲ばせ―――、

 

 ふと彼女と目が遭う。

 

 その瞳は不安げに恥ずかし気にしておきながらも、期待した瞳が向けられる。

 

 大丈夫? するよ? と初々しい恋人達の優しい声色で訊ねるようにして口にする。

 

 

「―――お前の価値観を壊してヤル」

 

 

 獲物を見つけ狩る時の闘争本能剥き出しの獣の声で告げる。

 

 

「あなたと出会った時に―――もう壊されています」

 

 

 その一言によって理性が爆ぜた。

 

 

 こうして、夜名津我一は郷村朱月と結ばれた。

 

 どこまで、どこまで、恋に落ちていく。

 堕ちていく。

 墜ちていく。

 溺れていく。

 沈んでいく。

 恋し合っていく。

 溶け合っていく。

 交じり合っていく。

 一つになっていく。

 

 おそらく、互いに真に愛し合うこと知らずに。

 




・郷村家の秘密その7
 郷村家の女は『愛しい人』と結ばれるために自分達の元々霊能力以外のアプローチとして霊具の開発に成功した。その名は《射留矢》。その効果は当てた相手を惚れさせる、惚れ道具。キューピットの矢。これによって『愛しい人』と結ばれる。

・郷村家の秘密その8
 郷村家は女系家系であるのと同時に一人娘のみの誕生。一子相伝。姉妹が生まれることはない。生まれる場合、つまりは…………
 ちなみにこの秘密については歴代の郷村家の人間はケースが少ないため、ちゃんと把握していない。

・郷村家の秘密その9
 郷村家の女は性欲が強い。
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