ナイトクラウド   作:三概井那多

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深淵鏡変2

 ここ大和大陸は五つの国というか都市が存在する。東西南北とその中心の五つの都。その内の一つの《西の都》にやってきては師匠である誅禍(ちゅうか)から仏霊会の正式登録してもらっては別れた。

 

 後で知ったことだが、婚活戦士である我が師、誅禍との会話と姿を見たのは最後であり、永遠の別れだった。

 

 そんなこんなで約二、三年の修行を終えて、これから正式な霊能力者として食っていける体制が取れた、この夜名津我一(よなつがのいち)は、一先ずこれからどうしようかと路頭に迷っていた。

 

「あ~、なんか世界が壊れるくらい面白おかしいこと起こんねえかな? 《百鬼夜行》とか」

 

 ガキの頃に体験した、そして霊能力者になるきっかけになった大事件《大儀式・百鬼夜行》。

 

 住んでいた町を破壊されて、町の人々も全員死んでしまったアレ。大虐殺にして大破壊。町だった場所は今では闇の瘴気に満ちて危険区域に指定されて近寄ることができないとの話。

 

 故郷に関しては何も思い出はなく、悲しさや寂しさという思い耽る気持ちもなければ、そういう人間性を持ち合わせなかった。

 

 持っていたのは、アレが愉しかったってことだ。

 

「さて、これからどうつっぅかね」

 

 焼き付いたあの時の感覚を思い出しながら、今後について考える。

 

 最終目標は《百鬼夜行》をもう一度起こすこと。あるいは体験することが今のところが目的である。

 

 だが、残念なことに町一つ破壊する儀式がそう簡単に使えるわけでも、なりたての霊能力者に扱える代物でもない。仏霊会……霊能力者の組織としても禁忌の術扱いで情報を禁足事項として扱われているらしい。

 

 こっちとしても別に世界を破壊したい危険思想の持ち主ではない。そこら辺の真っ当な常識は持ち合わせている。ただ、……どっちかというと、「スリルを愉しみたい」というのが本音だ。

 

 この手の祭り事は誰からも邪魔されず一人で戯ぶのが一番楽しい。

 

 だけど、残念ながらそれは非常に難しい。どっかの馬鹿が世界を滅ぼしたいって理由でやってくれるのを気長に待つしかない。

 

 なので話は現実に戻る。

 

 今現在二つの道があった。

 

 一つは誅禍の推薦で仏間学園っていう所に通うこと。

 

 ちょうど十六になったばかりだし、高校行けと言われればその通りだ。最初は知りたいこともあったから従っておこうと思ったが、百鬼夜行が禁術扱いだと知って、誅禍からの監視が離れたことで行く理由がなくなった。

 

 二つ目は単純に霊能力者として働くだけ。

 

 仏霊会に正式に登録したから俺は仏霊会を通して働くことができる。ぶっちゃっけこっちの方が百鬼夜行や他にも色々と愉しませてくれる悪党と闘える可能性があるからだ。

 

 問題点は今のところ愉しそうな依頼がなかったってこと。下位クラスもことあって受けられる依頼が修行時代より難易度が低い。そのせいもあってやる気が起きん。

 

 さて、どうしたもんか。

 

「まずなんか食うか」

 

 ぐぅ~、と腹が鳴ったことで一先ず飯を喰うことにしようと公園から出て、街の方へと回ってみる。ちなみにいたのは仏霊会の近くの公園だ。街というか、店先が並ぶ商店街やらアーケード、駅前といった買い物類ができそうなものは周囲にはない。

 

 案内板の地図を見て、少し歩いた所に商店街があると分かり、うおっと!?

 

「……なんだ、静電気か?」

 

 電子案内板だったせいか、軽く指先で触れた瞬間に何か嫌な感じのビリっと来た感じがきた。

 

 手を軽く振って、指先の感覚を確かめつつ無事だったので特に気にせずに案内板に描かれたそちらへと向かってみる。

 

 しばらくして歩いて行くとそこは……シャッター商店街だった。

 

 ちゃんと開いている店は立ち並ぶものの、幾つかシャッターが閉じてはだいぶ使われていない様子の店が幾つも存在する。パッと見た感じだと比率としては六:四くらいか? 一応《西の都》って都会なのにこんなシャッター商店街なのは如何なものか? 普通ならこんな都会なら繁華街で持ち上がっていてもおかしくないのに。

 

「……美味いパンの匂いがする」

 

 商店街に対してそんな感想を抱いていると、鼻孔を擽らせる小麦粉が焼けたものと、温かさと優しさ的な美味いパン特有の匂いが香ってきてそこへと足を運ぶ。

 

 町のパン屋か、蒼白い透明色の輝き放つような看板に書かれていた店の名前は崩したタイプ英語なので読めない。多分、崩してなくても英語だから読めない。店の名前に関してはすぐさま諦めて中へと入る。

 

「いらっしゃいませ」

 

「いらっしゃいました」

 

 店の中にいたのはバイトなのだろう、エプロン姿の同い年くらいの女の子に挨拶を交わす。挨拶が返ってきたことで『??』と首を傾げている様子だったが、それは無視して今は置いてあるパンを見回してみる。

 

 種類は三十種類から四十種類ほどか。商店街の小さなパン屋としてはまあまあ品揃えといったところだろう。だけど匂いからくるここのパン屋は絶対に美味いことは鼻が告げている。

 

 チョココロネ、カレーパン、チーズパン、ソーセージパンにチョコドーナツそれにアップルパイと好きなパンを選んでさっきのバイトの店員さんへとレジを打ってもらう。

 

 待っている間ふとレジの横に入ってあるお手製のチラシを見て『バイト募集中』と書かれていたことに気づく。

 

「合計で三三二〇円です」

 

「ここってバイト雇ってんの?」

 

 若干被る調子で訊くと「え、あ、はいそうですね」と驚いた緊張しがちながらも柔和な声での返答がきた。

 

 パンばかりに意識が行って気づかなかったが、結構な美人さんだ。顔立ちは整っており、目元は垂れ目でどことなく天然さを感じさせる。髪は長いけど、飲食店ってことでポニーテールの団子状にした髪型。……若いのに、どことなく人妻の色気のようなものを感じさせる、おっとり美人ってヤツか。

 

「雇ってもらえる?」

 

 自分に指を指しておっとり美人さんにバイトができるか訊ねてみると予想外のいきなりの提案だったことで驚いた顔をされる。

 

「えーっと、すいません。母に聞いてみないと」

 

「母? ああ、ここ君の家だったの」

 

 どうやらここは彼女のバイト先ではなく彼女自身の自宅のようだ。

 

 その事に、そうです、と頷いては店内の奥、厨房の方へと「お母さん、ちょっと来て」と母親を呼ぶ。そしてやってきたのはおっとり美人さんのエプロンとは違う、白い厨房服を着たおっとり美人さんが出てくる。ああ、なるほど、この人の血筋か。こりゃあ、美人さんになるのも頷ける。

 

「お客さんがバイトをしたいって」

 

「そうなの、分かったわ」

 

「こんちわ~」

 

 端的に内容を伝えられて、母親の方がこちらを向けてくる。愛想よく笑顔で挨拶をすると、ニコと営業スマイルなのか、普段通りなのか判断が付かない笑顔で「こんにちは」と挨拶を返された。

 

「バイトしたいって履歴書とか持ってきてない?」

 

「今バイト募集中の紙見たんで、なんもないっす。ぶっちゃっけ美味そうなパン屋だったから気分で決めました」

 

 素直に見切り発車だと告げると、まあ、と細い目を開いて驚いた顔をみせるけど、さらに質問を重ねる。

 

「なら履歴書は置いておいて。名前と年齢、あと何かあった時のためにご両親の方に相談したいから電話の方を」

 

「名前は夜名津我一。年齢はついこの間十六になったばっか。両親というか家族は全員死んでいません」

 

「「え?」」

 

 二人から先程よりも大きな驚きの顔が露わになる。娘の方はおどおどと母の方を見て、母の方は冷静さを取り戻してから聞いてくる。

 

「冗談でしょ。あ、高校入学して上京してきたから、バイト探しているってそういう」

 

「いやいや。ほんと、ほんと。あ、ちょっと待って」

 

 嘘だと思われたのか、話を分かりやすいあり得そうな方へ持っていこうとする母の方に違うと告げて、信じてもらえるようにバックの中から書類の束を取り出してそれをみせる。

 

「これ、色々書類。親代わりだった人からは困った時は勝手に名前とハンコ使えって」

 

「……う~ん、その親代わりの人は?」

 

「だいぶ前に別れた。もう一六だからあとは勝手に生きろって。婚活戦士だからね、子供がいたんじゃあできるもんもできねえって」

 

 本当は別れたのはつい一時間ほど前だけどな。ここら辺言っても多分雇ってもらえないだろうからあえて言葉を変えて、数日ほど前に別れた的なニュウアンスにしてみる。

 

「だいぶ前って……それまでどうしていたの? 寝泊まりとか」

 

 おっと、わりと当然の疑問ながら突かれてほしくない所に来たな。この辺上手く誤魔化さないと不自然に思われる。えーと、確か嘘つく時は真実を一つ入れれば残りが嘘でも真実味が出来上がるって話だったか。

 

「別れたのは一週間くらい前でね。年齢誤魔化してホテルとか適当に借りて、金がそろそろヤバいから真面目に働こうかと」

 

 うん、どこにも真実がねえや。

 

 金自体もそこそこあるから多分数ヵ月のホテル暮らしはできる。未成年のホテル暮らしって色々とむずいが、仏霊会所属の霊能力者として登録したらなんか融通してくれるって話らしい。

 

「……事情はとりあえず分かりました。……バイトの方は採用します」

 

「あ、ほんと。ラッキー」

 

 事情を汲んでくれたようであっさりと採用する流れになった。娘の方へ見て「朱月もそれでいい?」「う、うん。お母さんいうなら」と娘さんも受け入れてくれた。……この家族は詐欺の被害に遭うんじゃないかって思える。

 

「改めて自己紹介をします。私は店長の郷村溟(さとむらめい)。一六ってことは朱月の一つ下ね。こっちは娘の朱月(あかつき)、年が近いから仲良くしてあげて。朱月、先輩でお姉さんなんだから色々教えてあげて」

 

「うん分かった、お母さん。よろしく」

 

 どうやらこっちのおっとり美人さんは朱月って名前で年上だったらしい。

 

「よろしくね、朱月ちゃん」

 

「……う、うん」

 

 改めて愛想よく挨拶をしてみたら、緊張した趣で頬を赤く染めて目が泳いでいる様子。恥ずかしがり屋の照屋さんか。その様子に母親の方は「あらあら」と愉し気な調子。

 

「娘は朱月の他に二人いるの。朱月の二つ下、君とは一つ下ね。それと四つ下の子ね。三姉妹」

 

「へえー。そりゃあ凄い、美人家族だ」

 

 見てはいないが美人親子二人を見れば、残りの二人も美人だと予想は付く。親父さんは相当徳を積んだ人なんだろうな。

 

「美人ってそんな。これから一緒に住むからって四人まとめて襲っちゃあ駄目よ」

 

「そうっすね、朱月ちゃん一人にしときます。って、は?」

 

「え? はい? え?」

 

 適当に話を合わせる口のまま返事していたら、よくよく考えたらトンデモないことを母親が口走っていることに気づく。朱月ちゃんの方も母親の発言に驚き、またこっちの方の適当に合わせた冗談発言にも驚いた様子。

 

「ちょ、お母さん! 一緒に住むってどういうこと!」

 

「どうもこうも、住む場所無いって言っているし、仕事してもらって放っておくのもなんだし。お父さんいなくなって男手も欲しかったし。とりあえず、住居が見つかるまでの仮屋としてね」

 

「それは……そうだけど」

 

 ポッと頬を染めてこちらへと視線を向けてくる。……よし、ときめきスマイルで返してやろう。

 

「~~~っ!」

 

 ときめきスマイルを振ってみると、恥ずかしそうに顔を背けて「お母さ~ん!」と若干涙目で訴えられた。バカな、このイケメンスマイルが効かないだと!?

 

 これをやっとけば大半の女の子は落ちるとか婚活戦士の誅禍が言っていたのに! ちなみに実戦として誅禍がやってきて失敗した数については今まで一緒に行動してきた限りは全敗だった。なんだ、使えねえな。

 

「別にいいじゃあない。いい歳なんだから」

 

「いい歳だからだよ~!」

 

「なーに? 邦充君の方が気になるの」

 

「? なんでここで邦充君が出てくるの?」

 

「あら~、相変わらずご愁傷様」

 

 愉し気な母と娘の口論にこのまま見ていた気もあったが、流石に自分の住居のことでどうのこうのだと気分が落ち着かない。

 

「別にここで住むこともないんですけど、ホテル暮らしならしばらくは何とか(全然いけるし)」

 

「それでも住居は会った方がいいでしょ? その時は私の名前を貸してあげるから。それまでここに住み込みなさい」

 

「いや、勝手に誅禍の、親代わりの人の名前借りるんで」

 

「ダメよ、子供だけじゃあ。不動産さんは携帯屋さんと違ってそこらへん厳しいんだから」

 

 ……もう面倒くさいから仏霊会のライセンスを見せた方がいいかな? いや、そしたら、なんで霊能力者がパン屋でバイトすんだって話になる。霊能力者なら仏霊会から仕事を斡旋してもらえって突っ込まれる。

 

 いやだよ。常にその場のノリと勢いと見切り発車で生きていくことを死んだ兄貴と約束したんだ! 匂いに釣られて入ったパン屋でたまたまバイト募集していたらとりあえずバイトしてみたくなる、それが夜名津我一って生き方ってもんだ!

 

 適当なノリで内心では盛り上がり、霊能力者であることは秘密にしようと心に決めた。

 

「なんでそこまで良くしてくれんの? ……くれるんですか? 普通、怪しいだ……ですよね」

 

 雇われる身、バイト先の店長ってこともあって一応慣れない敬語を使って、言葉を選びつつどうして初めて会ったばかりの自分をよくしてもらえるのか訊ねる。すると優しく、それこそ菩薩のような心の広さで答えてくる。

 

「私ね、趣味で占いをやっているの。そしたら今朝『来る男児、快く歓迎すべきが大吉』ってね。きっと君の事よ」

 

 ……こっちとしてはこれでも町一つ滅ぼす大儀式を待ち望んでいるアホなんだけど。どっちかというと厄ネタだと思うんだが。

 

「……お母さんの占いがそういうなら(今朝の占いってことは、やっぱりこの人が私の……)」

 

「え? それでいいのか、朱月ちゃん」

 

 こちらへとチラチラ見ながら頬を紅くし、母親の占いだからって理由で娘の方はあっさりと納得される。こっちが言うのもなんだが、もう少し怪しんだ方がいいぜ。というか、信用する理由が母親の占い一つってどういうことだ?

 

 少し感性がおかしい、天然さを感じさせる親子郷村親子の働くパン屋で働くことになった。

 

 一先ず、今日からここで(店名は『ミロワールド』っていうらしい)泊まり込みでバイトすることでエプロンを貰って、朱月ちゃんから色々と店の事、パンの陳列位置やレジ打ち、接客といったことを教えてもらいながら残り半日を過ごした。

 

 店は朝の八時から夜の七時までが営業時間だったらしい。

 

 六時頃になると後は溟さんがやると言って、朱月ちゃんと共に上がらせる。いつもは残り一時間は母親一人で店番して、朱月ちゃんが家の夕飯とか準備をするだとか。

 

 家の方に案内されて空き部屋というか物置部屋を好きに使っていいと朱月ちゃんに言われて、俺はその部屋眠れるスペースだけ確保して軽く掃除する。物をどかしての雑巾掛けをしていると廊下からこちらへとやってくる足音が聞こえてくる。布団を取りに行った朱月ちゃんが来たのか、と雑巾掛けをしていると。

 

「ただい―――うわ、誰?」

 

「あん?」

 

 帰宅の挨拶から不審者にでも遭遇したような戸惑った声。振り返ってみるとそこには中学生ほどのギャルっぽい感じの娘。垂れ目だがどこか生意気というか勝気感のある、悪戯っ娘って言葉が似合う目をしており、オシャレのつもりか明るめの色に染めた髪をした少女が立っていた。

 

 見た感じの性格は似てないけど、垂れ目があの親子に似ている。話に出ていた妹ちゃんか。むしろここで妹ちゃん以外の人間が出てきたらこっちが困るというもんだが。

 

 冷静に目の前の中学生が妹ちゃんだと当たりを付けていると、こちらとは違い、誰なのか戸惑った様子から戻らない妹ちゃん。

 

「え? 誰?」

 

「夜名津我一。そういうお前は……アレか? 妹ちゃん? 今日からしばらく泊まることになったからよろしく」

 

「え? あ、うん。よろ~……?」

 

 フレンドリーに今日からしばらく同居人ということを簡単に紹介すると、納得したというよりもとりあえず話を合わせようという調子で返してくる。ギャルはノリで生きている生き物だからな。とりあえず適当なノリで押せば大丈夫だろう。

 

 そんな適当なことを思っている朱月ちゃんがやってくる。

 

「あ、玲央奈(れおな)、帰ってきたの」

 

「あ、お姉ちゃん。何その布団?」

 

 朱月ちゃんが俺の寝袋用の布団を持ってきてくれる、サンキューとそれを受け取ろうと手を伸ばして布団を抱きかかえる、その際に朱月ちゃんとの手が触れ合い、あ、と朱月ちゃんが頬を染めて反応する。

 

「……お姉ちゃんの彼氏? え、邦充の脳破壊されるじゃん」

 

「ち、違うわよ! この人は夜名津我一君。今日からバイトで雇って、住む場所がないからしばらくの間泊まり込みってことになったの! か、彼氏とかじゃないわよ」

 

 切羽詰まったように慌てて必死で否定する。そのやり取りを傍らに運ばれた布団を部屋に運んで軽く敷いてそこに寝転がって、朱月ちゃんの方へと身体を向けてわざと片腕を広げては言ってみる。

 

「今晩どう?」

 

「~~~~!!」

 

 冗談で挑発するように誘ってみると朱月ちゃんは顔を真っ赤に困惑した表情を浮かべ、目を右往左往させている。

 

「……彼氏じゃん」

 

「違います! ……夜名津君も変な冗談をやめて!」

 

「ありゃりゃ、残念」

 

 とクスクス笑いながらからかうのをここでやめておく。可愛いな、コイツ。

 

 からかえる朱月ちゃんはお気に入りの玩具感になりつつある。そういえば好きな娘をイジメたがる小学生心理ってあったな。なるほどこれはイジメがいがあるってやつだ。

 

 少し一般的とはズレた感性での好きな娘イジメ心理を思い描いていると、廊下から別の声がかかる。

 

「朱月姉、玲央奈姉、廊下で何騒いでんの?」

 

 幼い声からして小学生くらいか? 廊下から顔を出して誰だかを確認するとその娘と目があう。

 

 やはり見た目小学生……中学年から高学年くらいか? この家の女性特有の垂れ目だが、どこかキリっとした感じの真面目さが伝わってくる。生真面目さを感じさせて、委員長資質のようなものを感じさせる娘だ。

 

 彼女もこちらの存在に気づいては見知らぬ存在を遭遇した時の驚きつつも、何者か訝しげな調子で言ってくる。

 

「どちらさまですか?」

 

「夜名津我一。しばらくこの家にお世話になる。よろしく」

 

「お姉ちゃんの彼氏」

 

「え、邦充泣くじゃん」

 

「だから違いますって! というかなんで皆邦充君が出るの? まるで邦充君が私の事好きみたいじゃん」

 

「「………あ、うん、そうだね(相変わらずご愁傷様)」」

 

「?」

 

 姉の突っ込みに憐みの視線を送って諦めたように頷く妹達、その姿を見て朱月ちゃんは不思議そうな顔をしている。なんだか、知らんが、その邦充ってヤツが朱月ちゃんに惚れていて、朱月ちゃんはそれに気付いていない鈍感キャラだということが察せられる。

 

 ……よし、その邦充と出会う機会があれば見せつける様に朱月ちゃんを口説き落とす真似して二人してからかうか。

 

 こちとら基本的に人とのコミュニケーション取る時にからかう手段を取る性格。

 

 ひっそりと未来の弄りの愉しみを自分の中で決めていると、調子を取り戻した朱月ちゃんが小さい方の妹を出して話してくる。

 

「夜名津君、この子は末の妹の鐘凛(しょうり)。鐘凛、こっちは夜名津我一君」

 

「どうも」

 

「よろしくな、末の方の妹ちゃん」

 

 朱月ちゃんから小学生の妹ちゃんの名前が鐘凛と名前を教えてもらい会釈された。よろしく、とこちらも軽い調子で挨拶を返す。

 

「あ、私は玲央奈ね、よろしくね、お義兄さん」

 

 と次女ちゃんの方も遅れて名乗ってくれる。

 

 こうして一先ず郷村家の全員と顔を見合わせて、部屋の掃除も一通りも終わったことでリビングへと移動し、朱月ちゃんは夕飯の準備に取り掛かり、こっちは姉妹二人との交流を深めていく。

 

「これって何? ゲーム? でもなんかデザインがなんか違う」

 

「ああ《ゲーハード・ギア》っていう、お手製のヤツ。普通のゲームはできねえけど」

 

「え、手作り!? 凄ッ!!」

 

「どこからきたの?」

 

「どっからって言われてもな、あっちこっち行ってたからな。誅禍のヤツの婚活の旅に付き合わされていたからな」

 

「中華のトンカツ?」

 

「トンカツじゃなくて、婚活。鐘凛にはまだ先の話。ま、簡単に言えばお姉ちゃんが今お兄さんに対してやっているのと同じこと」

 

「あ~、なるほど」

 

「だから違うって言っているじゃない! 誤解を招くようなことはやめなさい! 夜名津君に、その、……迷惑でしょ!」

 

「ところで誅禍って誰? 名前からして女の人っぽいけど」

 

「! ………」

 

「男だよ、おっさん。誅禍は親代わりの人。家族全員死んだから」

 

「あ、そうなんだ、ゴメン」

 

「別に気にしなくていいぞ。もうあんまりよく覚えてねえし」

 

「それって悲しくない? 私も生まれてくるのと同時にパパが亡くなったから。パパの事知らなくてちょっとだけ寂しいし」

 

「ああ、そうだったのか。……パパはともかく、お兄ちゃんって呼んでいいぞ。これでも昔妹いたし。ちょうど生きていたらお前くらいだし」

 

「私くらいのはいた? お義兄ちゃん、お姉ちゃんには内緒で浮気しようぜ」

 

「玲央奈! だからそういうのやめなさいって!!」

 

「おーこわ。ハハ、正妻が怖いから隠れてしようね」

 

「玲央奈!!」

 

 こっちよりも姉をからかっている玲央奈に、そんな妹をしかる姉、そしてこちらを見ては興味深そうに、戸惑いつつも「……兄さん」と小さく口にしてくる。

 

 しっかり者の長女とからかい上手の次女、まだどこか甘えたがりの三女って感じの郷村家姉妹って感じか。その上、母親は天然っぽい感じの中々個性的な家族だ。

 

 親睦を深めていると玲央奈に声を上げながらもしっかりと準備をしてきた。どうやら今日は鍋のようだ。

 

「これって何の鍋なの?」

 

「スッポン鍋」

 

「……あ(察し)」

 

「へえ~、スッポン鍋か、初めて食うわ。……ごめん、スッポンってなんだ? 檸檬とかミカンの仲間?」

 

「それはたぶんポン酢のことだよ……お兄ちゃん。そうじゃなくてスッポンは亀のこと」

 

「え、亀って喰えんの!? 」

 

 亀の鍋なんて初めて食う。というか鍋自体だいぶ久しぶりに食うわ。精々食ったのは弁当やのすき焼き弁当くらいだ。久しぶりの鍋としかも物珍しいスッポン鍋に興味津々でいながら、亀の使役する側からするとこれは共食いに含まれるのではないかと疑問抱かなくもないが。食の興味に関心が上回る。私も初めて食べる、と同じく初めてらしい鐘凛は鍋を覗き込む。

 

 玲央奈の方はやれやれと肩を竦めながら横目で朱月ちゃんに言う。

 

「お姉ちゃんさぁ~、ムッツリにもほどがあるよ」

 

「違うわよ! 材料を買ってきて下処理したのはお母さん! 私はしてあった状態を整えただけ!」

 

「??? 何の話してんの?」

 

「え? マジ? お義兄ちゃん。コレ、結構分かりやすいよ。カモがネギ背負って、

 

『わたしをた・べ・て♡』のまんまだよ。大丈夫か思春期男子」

 

「? 最近のヤツってこの鍋で何かわかるのか? こっちとら長い間の入院とそのあと誅禍の婚活の旅で同い年のヤツの常識ってよく知らねえんだわ。学校も小学校で止まっているし」

 

「「「え?」」」

 

 ぐつぐつと煮だつ鍋の中身を覗きながら、右手に箸をカチカチとさせて、左手にお椀を持って今か今かともう鍋が出来上がるのを待つ。

 

 三人は一度顔を見合わせてから一番意味がピンと来てなかった様子の鐘凛から訊ねてくる。

 

「どういうこと?」

 

「ん~、ある災害? みたいなのに巻き込まれてな。家族とか知り合いとか全員死んで、こっちはこっちで長い間療養生活して、治ったら誅禍の婚活旅に付き合いながら色々学んで、それで最終的にまあ、今に至るってこと。なあ、もう喰っていいか? 亀ってどんな味すんのか結構興味ある」

 

 ざっくりと話を纏めて説明しながら鍋の方へと話を戻す。あ、どうぞ、と戸惑った調子で朱月ちゃんに許可を貰っていただきますと亀へと箸を伸ばす。

 

 歯ごたえがあって、鶏肉に近い柔らかくも少し硬さがある感じ。確か、テレビか本かで訊いたけど川魚とかちゃんと下処理をしないと川の水のせいでどぶ臭い味になりやすいとかあったが、この亀自体その手匂いや味は感じられない。普通に柔らかな上質な肉。

 

 やべえな、これ。これからノンヘイの見る目が変わるわ。非常食として、タタラやムツの方に意識あったけど、ノンヘイのこともいざって言う時に全然イケることが証明されたわ。

 

「お~、結構イケるな、これ」

 

「ほんとだ、亀って聞いてなんかいやだなって思ったけど、……鶏肉っぽいね」

 

 同じく初めてスッポンを喰ったのか、鐘凛と共に美味いと感想を零しては鍋の中身を平らげていく。

 

 その間、何故か姉二人は鍋そっちのけでこそこそ内緒話をしているようだ。

 

「(もうお姉ちゃん、家族になってあげたら? そのためのスッポンでしょ?)」

 

「(家族って、だからそういうのじゃなくて!)」

 

「(鐘凛に『お兄ちゃん』って言っていいよ、って優しさじゃなくて、昔の懐かしさに浸って出たんじゃないの? 誅禍って人も婚活どうのこうのって言っていたし、家族作ってあげたかったんじゃあ)」

 

「(でも昼間の話だと、それで捨てられたって。子持ちは結婚できないどうのって)」

 

「(DVじゃん! やっぱ、このお兄さん、なんだかんだで家族愛に飢えているんじゃない? お姉ちゃん家族になってあげなよ)」

 

「(で、でも。まだ会ったばかりだし……もう少し関係性を深めたいっていうか)」

 

「(その反応はオーケイなんだよ、あ~もう、じっれたい。私ちょっとエッチが誘いやすい空気にしてくれるよ)お義兄さん、お姉ちゃんと結婚しない? やったね家族ができるよ! 今なら可愛い妹も二人付いてきま~す」

 

「ああ、それはいいな。こんな美味い飯作ってくれるかみさん出来れば言うことないしな」

 

「~~~~!!!」

 

「(いや、お姉ちゃん。コレ、脈ありって言うより、冗談(ノリ)に対して冗談で返しているだけだよ。ガチなラブじゃないよ)」

 

「(わ、分かっているわよ!)」

 

 何か仲良さげに話をしている二人を横にこっちは美味しく鍋を食べる。「二人も話してないで早く食べれば?」「ねえ」と鐘凛と共に言いながら鍋を食する。気に入ったわ、この亀鍋。

 

 二人でモグモグして呼びかけに対して二人は少しだけ間を開けてから、お喋りはやめて二人も倣って食事を始める。

 

 しばらくして、お店が終わったのか、溟さんがやってきた。

 

「どう? 美味しい? たくさん食べてる?」

 

「はい、亀ってか、スッポンだっけ? めっちゃ美味い。気に入った」

 

「あらあら、それは何より。お父さんが生きていた時はよく食べていたわ。お父さんはそれでよく元気だった」

 

「へえ~、そうなんっすか」

 

「へえ~、そうなんだ」

 

「(そういえばそうだった)」

 

「(うわ~、あんまり聞きたくなった両親のそういうの。あ、薄っすらだけど何となく思い出してきたわ)」

 

「コレを食べて、頑張って頂戴ね。我一君。朱月」

 

「? はい」

 

「お母さん!!」

 

 なんで、妹二人には名前を呼ばなかったんだろうと思ったけど、バイトで働いているのが朱月ちゃんだけで、そこに加わるからそっちの二人は呼ばなかったんだろうな、と納得して返事をすると、何故か顔を赤くして怒っている朱月ちゃん。

 

 別にからかってないのに、なんでこの子はさっきからずっと顔紅いんだろう? 誅禍が言っていた女の子が調子の悪い日ってヤツかな?

 

 遅れながらも溟さんも席について郷村家との食事をする。

 

 ……なんというか、誅禍と一緒にいた時とは違う、人ン家のだけど、どこか懐かしい感覚を思い出した。

 

「我一君はお赤飯は好き?」

 

「お母さん!」

 

「いや、あんまり。出されば喰うけど」

 

「あらあら、じゃあ好きになって貰えるものを作るから、そのためにも頑張ってね、我一君、朱月」

 

「? オフコース」

 

「お母さん!」

 

「ちょっとちょっと、ママ。頑張るのは別に私でもいいでしょ、ねえ、お義兄さん」

 

「玲央奈!」

 




・郷村家の秘密その1
 郷村家は女家系。生まれてくる子は女の子。

・郷村家の秘密その2
 郷村家の女の恋愛事情は基本的に全員一目惚れから始まる。

・郷村家の秘密その3
 郷村家の女は男を見る目がない、ダメ男好き。

・郷村家の秘密その4
 郷村家の女は自分へと向けられている好意には気づかない鈍感女。


× × ×


『親父さんは相当徳を積んだ人なんだろうな』

この台詞を覚えておきましょう。
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